「岩倉玲音…………【れいん】ね。晴幸、お前はどうにも厄介な出来事に巻き込まれてしまったかもしれないぞ?」
玲音が俺の腹をくにぐにと踏んで遊んでいると、京子が何やらにやにやと詐欺師の笑みを浮かべて、俺に声をかけて来た。
ふむ、一体何だろうか? 俺は今、どうせ踏まれるのならば、今日の玲音の服装はホットパンツではなく、スカートの方が良かったと…………いや、待て。考え方を変えるんだ、俺。逆に考えるんだ、スカートじゃなくて、ホットパンツで良かったと思うんだ。スカートの場合、丈が長いと寝っ転がっている状態でも、パンツが見えない。しかし、ホットパンツの場合、結果的に見えている肌の面積が多くなる上に、動きによっては結構ぶぼばぁ。
「えっち」
「はい、すみませんでした。流石に全体重をかけてのトランポリンは勘弁してください」
「変態」
「本当に申し訳ありません」
「…………おい、そこのスケベ。いいから、私の話を聞け。割とシリアスな話だ」
「なんだい? 推定、女子中学生よりも色気が無いジャージ姿の女子高生」
「死ね」
京子は俺の肩を蹴り飛ばした後、パソコンの画面を指差して、説明を続ける。
「なぁ、晴幸。Vチューバーって知ってるか?」
「んあー、なんか聞いたことがあるような? でも、詳しくは知らない。なんかこう、色んなアバターを作って、それを動かしながら動画配信する人たちの事だろ?」
「ん、概ね合っている。誰にでも簡単に始められるネットアイドルの形式みたいなもんだ。アバター制作さえできれば、アイドル活動でネックとなる『外見』の問題が解決する上に、プライベートも割れにくいって寸法だ。もっとも、現実と同じで、上手くやれる奴だけが人気が出るんだけどな? ピンからキリまでいろんな奴がいる。んでもって、これを見ろ」
「ふーむ?」
京子が指差したディスプレイに映っていたのは、一つの動画だ。
3Dのアバターキャラが、バストアップの状態でころころと表情を動かしている。
まぁ、そこまではいい。Vチューバーなどの動画は、インターネットと密接した暮らしの高校生にとっては大して珍しくない。
そう、そのアバターが、知っている人間に――玲音の姿に酷似していなければ。
キャラクターの名前すらも、同じ音の物でなければ。
「バーチャルネットアイドル【れいん】。こいつが活動を始めたのは、一年前。設定としては、ネットワーク上で作り上げられた超凄いAIが、画面の外側の視聴者さんたちとお話していますよー、みたいな形式で色々と動画を上げている。もっとも、AIを自称している癖に、感情豊かな語り口調と、明らかに音声ソフトじゃない生の音声で語っていることから、この設定自体が冗談みたいな物として受け入れられている。動画の内容は一部を除き、ありきたりだ。雑談。ゲームの実況プレイ。他のVチューバーと一緒のTRPGセッション。明るくて、どんな話題でも一定以上の知識を持っていて、ウィットに富んだ言葉のセンスの持ち主だから、そこそこ有名。少なくないVチューバーの界隈でも、人気者の方だな……だけど、問題が一つ、存在する」
次に、京子は自身のスマートフォンを操作して、その中の一つのアプリを起動した。
アプリ名は、【ペルソナちゃん】だ。
数秒の起動時間の後、起動したアプリはディスプレイ上に一つのアバターを映し出す。
玲音――いや、【れいん】が、SFチックというか、未来の電脳存在みたいな服装を着ている姿のアバターだ。
それは、可愛らしく背伸びして見せると、こちら側に視線を向けて、ウィンドウを表示する。
『おはようございます、ケー様。何か、御用でしょうか?』
モーションは淀みなく、3Dアバターがまるで生きているみたいに、動いて、こちらを見ていた。
「これが、【れいん】が配布している無料アプリ【ペルソナちゃん】だ。内容としては、視聴者の端末からでも、【れいん】とお話出来るように、簡易的な分身である【ペルソナちゃん】を配布しました。皆さん、仲良くしてね? って感じだな。流石に、このアプリでは会話の音声はある程度、合成音声っぽくなってしまうが、それでも上等の部類。よく調教されたボイスロイドみたいに、会話してくれる。もっとも、うるさければ、今みたいに音声をオフして、ウィンドウに文章を打ち込み、文章上で会話が出来るって代物だ」
「んんー、この出来で無料アプリは凄いけど、でも、会話アプリってのは、それなりに良く聞くからねぇ。ほら、人工無能って奴。玲音と一緒の外見なのは驚いたけど――」
「違う、そんなレベルじゃない。明らかにおかしい…………はっきり言って、現代の文明レベルを超えているとさえ、私は思うぜ。『ブレイクスルー』の向こう側に存在する、未来の技術だって言われても、私は疑問に思わない。むしろ、納得する」
「ええと、そんなにか?」
「やってみろよ、直ぐにそのやばさが分かるぜ?」
薦められた通り、俺は自分のスマートフォンにアプリをダウンロードして、起動させる。
起動させると、【ペルソナちゃん】のアバターが画面に出て来て、色々な質問をし始める。名前。性別。出身地など、色々。無論、個人情報なのでそこら辺は適当に。あ、会話は音声入力もできるということなので、折角なので音声入力で遊んでみることに。
「おっはよー」
『おはようございます、ハル様。何か、御用でしょうか?』
「ずばり、俺好みのエロ本を探して欲しいんだ!」
『駄目ですよ、ハル様。十八歳以上の方でなければ、ご紹介できません』
「そっかー、残念」
『代わりに、性癖をおっしゃっていただければ、ネットの海からおススメを厳選します』
「性癖を!? え、ええと、それじゃあ、巨乳、女教師で、こう、絵の質感がしっかりしている感じの二次元絵をお願いします」
『はい、検索します…………こちらの絵師の方々はいかがでしょうか?』
「うわぁ、俺がツイッターでフォローしている絵師の人たちの情報がずらりと」
『あら、もうご存知でしたか、それは残念。詳しい指定をしていただければ、より快適な検索をご利用できますが、どうしますか?』
五分ほどアプリを使ってみて、確かにこれはやばいと思った。
まず、レスポンスが早い。音声入力の場合、最新機器に搭載されている会話アプリでも、不自然なずれという物を感じてしまうのだが、【ペルソナちゃん】にはそれが無い。加えて、合成音声ソフトであるはずなのに、声のイントネーションが人間のそれに近しい。その時の文脈に合わせて、感情の数値や音声の大きさを自動的に変更し、自然な声に近づけているのだ。
だけど、一番俺がやばいと思ったのは、会話能力だ。
この【ペルソナちゃん】と話していると段々、会話アプリを使って遊んでいるというより、画面の中に入っている一つの人格と、直接対話しているような気分になるのだ。
それこそ、SFに出てくる、超凄い人工知能と本当に対話しているような錯覚すら抱くほどに。
「この性能の理由としては、相互にネットワークで繋がっているから、処理能力とかが向上するみたいな触れ込みがあるが、だとしても技術的に明らかにおかしいだろ? 試しに、人工知能や機械が嫌がりそうな質問や、矛盾を含んだ問題を解答させても、あっさりとその矛盾を飲み込んで答えるし。矛盾を許容可能な機械ってそれもう、一つの生命体――」
「ペルソナちゃん、ちょっとエッチなポーズを取って」
『めっ、駄目ですよ、エッチなのは』
「「…………」」
「オーケー。わかった、俺が悪かった。ひとまず落ち着こう、二人とも。真面目に話を聞かなかった俺が悪かったし、玲音と似た外見のキャラなのにエッチなポーズをさせようとしたのは、配慮が足りなかったと反省しごばぁ!?」
京子からの痛烈なボディブローで悶絶した俺を、玲音は優しく床に横にしてくれた。そして、玲音は容赦なく俺の頭を踏みつけた。頬を赤くして「むー」と唸っていることから、今回の件に関してそれなりに怒っているらしい。やれ、玲音にエロ関係の緩和を求めるのは、随分先の話になりそうだな。
「さて、話を戻そうか、京子。確かに、このアプリは凄いよ、お前が興味を持つのも分かる。だが、凄いかもしれないが、今の所、害は感じない。とてつもなく凄い技術が使われているのかもしれないが、やばいぐらい凄いかもしれないが、それでも、『問題』ではない。あるんだろ? この凄まじい性能とは別に、この【ペルソナちゃん】に隠された、厄介な問題って奴が」
「あるけど、あるけどさぁ……お前、女の子に頭を踏まれながらシリアスな顔になるなよ。どういう反応すればいいのか、わからないぜ」
「ふっ、案ずるなよ、親友。非力な女子中学生にいくら踏まれても、鋼の肉体を持つ俺は大丈夫だぜ? ちょっと性癖が拗れそうなこと以外は」
「玲音ちゃん、足をどけてやれ。そのままだと、性的に興奮されるぞ?」
京子の言葉に、玲音はドン引きした様子で俺から足を離した。
流石、親友。あえて、この俺に変態の汚名を被せることによって、この窮地から救い出してくれるとは。まぁ、被害の程度を考えると、変態の汚名を被るよりもあのまま踏まれていた方がマシだったかもしれないが、それはさておき。
「んで、何が問題なんだ? 話せよ、京子。俺はもうこの通り、肩までどっぷりと厄ネタに漬かっているんだ。今更、躊躇う必要は無いはずだぜ?」
「その厄ネタ少女をドン引きさせているお前は何者なんだよって問いたくなるわ」
「お前の親友だけど?」
「言っておくけど、私はお前の事を親友だと認めてないからな?」
はぁー、と深々としたため息を吐いた後、京子は脱線した話を戻すため、努めて真剣な表情を作った。
「後、この問題に関しては本当にやべぇんだ。凄いって意味のやばいじゃない。命の危機に関わるって意味だ…………いいか、よく聞け」
詐欺師めいた笑みでは無く。
真顔で淡々と。
そっけないほど、あっさりと京子は俺に告げる。
「連続自殺事件の『被害者』は全て、この【ペルソナちゃん】のアプリを使用していたという共通点がある――――こいつは、人を殺すアプリなんだ」
まるで、都市伝説のような一つの仮説を。
世間を騒がせている、連続自殺事件についての、新たなる見解を。