えー、早くない?
フラグ回収早くないですか? というのが、俺の正直な意見である。
いやぁ、色々と怪しいところはありましたよ? あの鴉さんから、切羽詰まった電話がかかってくるところとか、事前の、玲音との会話とか。
でも、早くないですか?
ここはもうちょっと引きのばしても良かったんじゃないですかね?
…………などと、現実逃避をしていても、事態は変わらない。やれ、ならば、仕方ないか。ここは覚悟を決めて、戦うしかないな。
「――――お義父さん! 娘さんを俺に下さい!」
『君にお義父さんと言われる謂れはない』
俺は心の中にある願望をさらけ出すと共に、疾走。ワイヤード内の路面を蹴り、駆け出して、瞬く間に『お父様』とやらの間合いに入り込む。
「娘さんを幸せにしますパンチぃ!」
『どこの馬の骨とも知れん男にやることは出来ないガード』
そして、相手が何かをする前に拳を振るって、一撃で意識を刈り取ろうとしたのだが、俺の拳がペストマスクを吹き飛ばす前に、謎の障壁で阻まれる。透明なそれは、俺の渾身の拳を寸前で止めて、謎の抵抗力でむしろ弾き返そうとしている。
まるで、透明なゴムの壁を殴ってしまったような感覚だ。
『残念だが、君がどれほどの力を持っていようが。このワイヤード内に居る限り。ペルソナ能力の所有者である限り、この私には勝てな――』
なので、その厄介な障壁を破壊するために俺は気合を入れる。
連想するのは、玲音のちょっと際どい風呂上りの姿。だぼだぼ気味のTシャツから覗く、上気した肌。形のいい鎖骨のライン。それを思い描くだけで、俺の心の中に無限の力が湧き上がってくるから不思議だ。そうか、これが絆の力!
「うぉおおおおおおおおっ!! エロティシズム・ブレイク!!(五秒前に考えた必殺技の名前)」
『ぬぉおおっ!!?』
やはり、ペルソナ使いにとって大切なのは、心の力らしい。
俺の中から絆の力が湧き上がると、謎の障壁は瞬く間にひび割れて、届かなかった拳を、ペストマスクまで届かせることが出来たのだから。
「おやじ狩りパンチ! おやじ狩りパンチ!」
『がっ、きさっ、やめっ』
「お小遣いくれよ! なぁ! お小遣いくれよ、おっさん!」
『貴様ぁ!!』
俺は、相手の心を挫くワードを連呼しながら、幕ノ内一歩ばりのデンプシー・ロールで何度も、頭部を拳で強襲する。その度に、新たな障壁で拳を阻もうとするが、俺の拳は既に、一度壊した壁を前に止まるほど、弱くはない。べきぃんっ、ばりぃんっ! と障壁を砕く音と共に、俺の拳が何度も敵対者の頭部を揺さぶっていく。
――――だが、浅い。障壁で勢いを抑えられているが故に、相手の意識を殴り砕くほどの威力が、ある程度緩和されてしまっている。
『舐めるな、若造がぁ!!』
「うぉおおおおおっ! よく考えたら、このまま戦ったら、鴉さんがあぶねぇ!」
六発ぐらいは拳を入れたのだが、やはり、デンプシー・ロールの弱点が出てしまったようだ。
規則正しい振り子運動による弊害か、素早く俺の拳のタイミングを見切った『お父様』は、カウンターの要領で、謎の斥力を放出。ドラゴンボールとかで、『破ぁ!!』とすると、周囲の奴が吹き飛んでいく感じのアレをくらってしまい、仕方なく後退する。
左腕で、何やら消耗している様子の鴉さんを抱えて。
「鴉さん、大丈夫か!? 一体、何があった!?」
「…………ぐ、う……だめ、だ……にげ、ろ……」
「逃げろだってよ、『お父様』とやら!」
『何故、そこで私への言葉だと思うのだ、貴様は』
「だって、勝てるもん、俺。多分」
『…………はっ、かつて、私にそういった『ワイルド』も存在したが、そいつがどうなったのか、貴様に教えてやろうか?』
「――――娘さんを俺に下さい! 俺たちはぁ! 愛し合っているんですぅ!」
『興味なさ過ぎて、先ほどの茶番を再開させるのを止めろ。なんなのだ、貴様は。大体、玲音が明らかに「えー」みたいな不満げな顔で貴様を見ているぞ』
「それもまた良し!」
『なんなの、こいつ……』
何やら敵対者にドン引きされている俺であるが、いつもの事なので気にしない。
大体、そっちの恰好もなんなの? ペストマスクに白衣とか、頭がおかしい要素しかないんだけれども? 中学校二年生の頃に発症した病気が、中年になるまで治っていないの? あ、でも、うちの親父殿も、『心はいつだって少年だからね、大人だって』と言ってショタ顔で笑っていたので、大人の男も大体そんな感じなのかもしれない。
『急に生暖かい目で見てくるぞ、この男子高校生…………なんなのだ、本当にわからん……だが、まぁ、いい。いや、よくはないが、ともあれ、だ』
ペストマスク越しに、深々とした溜息が聞こえてくる。
なんだぁ、テメェ? やんのか、ああん?
「…………ガンつけて、ないで、にげ、ろ……ペルソナ使い、では、勝てない。何故なら、奴は……」
『――――殺してしまうのだから、わからないままでも構わない』
鴉さんが息も絶え絶えに、何かを伝えようとする前に、それは起こった。
『ペ・ル・ソ・ナ』
呟かれた言葉と共に、世界が、ワイヤードの光景が一変する。
晴天から、曇天へ。
周囲の電線が捻じり切れて、まるで蛇の如く『お父様』の周囲へ集まっていく。
灰色のビル群は崩れ、路面はひび割れ、壊れた世界の下から、何かが、とてつもなく強大で、恐ろしい何かが、姿を現そうとしているのだと予感した。
『顕現せよ、グレートファーザー』
そして、現れたのは、悍ましい怪物だった。
まず、それは巨大だった。どのビル群よりも巨大な体躯を持ち、なおかつ、それは異形だった。死体の如く血の気の失せた人間の上半身……首なしの上半身の姿で、下半身は無数の電線と、機械の部品、ケーブルで何処かと繋がっている。両腕も、手首から先は存在せず、ただ、無数の電線で、『どこか』と繋がっている。
『千貌の権能を持つ、我が影よ。愚かなるヒトへ、鉄槌を』
小さく、厳かに『お父様』が何かを呟いたかと思うと、急に、その上半身の肉の下から、無数の貌が浮かび上がり、げらげらとこちらをあざ笑う。
その嘲りと共に、さらに世界は姿を変え、曇天の空から、赤い月のような何かが、こちらを睥睨している。
「にげ、ろ……かて、ない……だれも、その、影には、勝てない…………人が、居る限りは。勝てない…………にげて、対策を、立てるんだ…………ここは、俺が、なんとか、する」
「いやいや、鴉さん。アンタ、死に体で何言ってるの?」
「…………愚かなのは、どっちなんだろうね? その影は、貴方の影なの? ねぇ、『アリス』。貴方こそ、邪神にそそのかされている、一番の愚者なのにね?」
「え? なんて!? ごめん、玲音! 多分、シリアスなことを言ったんだと思うんだけど、なんか、空から効果音的なあれが『ごごごごご!』ってうるさいから、もうちょっと声を張ってくれるとありがた――――はい、すみません! 空気を読みます、自重します!」
「むぅ」
拗ねた玲音が俺の尻を叩いてくるが、仕方ないだろ、なんかうるさいんだもん、空。なんだよ、『ごごごごっ』みたいなよくわからない音。どこから出てるの? 雷鳴なの?
…………ただまぁ、現状がやばいのはよくわかったよ。
何せ、あの赤い月は俺たちのところへ落ちてきて、俺たち全員――玲音は平気なのだろうけども――を潰そうとしているのだから。
『弁えろ、人類。ここが世界の終点。乗り越えることは叶わぬ壁だ。貴様らに、未来は必要ない。世界は正しく、リセットされるべきなのだ』
「…………やれやれ、これだから拗らせた中二病患者は」
なにやら、『お父様』がラスボスっぽい言葉を言っているのだが、先ほどまでの茶番があった所為か、いまいちシリアスになり切れない俺である。
しかし、なんだなぁ。ヤバいってことは肌がびりびり来るから分かるんだけど、ううむ、そんなにヤバいのだろうか? なんだろう、あまり怖くないぞ。確かに、悍ましくて、凄く強かったり、傍から見たら無理ゲー臭漂う敵なのだろうけれどもさぁ。
――――まるで、怖くない。
「不躾だけれどさ、若造から『何も分かっていないおっさん』へ、一つ忠告だ。なんでも、世界の所為とか、誰かの所為とか、社会の所為にしたところで、過去は変えられないんだぜ? 変えられるのは、現在から未来までだ」
『…………いいや、変えられる、変えられるのだ。神さえ、居れば!』
「変えられない。どれだけ望んだところで、アンタが変えたがっている一番のところは、よくわからんが、『世界なんて終わってしまえ!』と投げやりになるほどの想いは、何も変わらない。アンタが情けなかったって事実は、多分、変わらないんじゃないか? いや、知らんけど」
『貴様、貴様、貴様ぁっ!!』
「おいおい、ヤンデレかよ、おっさん。やめてくれよ、ストライクゾーン外だ。俺の好みは、お宅の娘さんだぜ?」
なので、とりあえず、ニヒルな笑み(当社比)を浮かべて、やれやれと肩を竦める。
さながら、俺の好きなジョジョ系主人公のそれを真似て。ばぁーん、と謎のポーズを付けて、精いっぱい格好つけて――――さて、後は戦いの時間だ。
「そう、俺の好みは、岩倉玲音……やや発育不全気味の色々拗らせた女の子だ!」
「ちょっと?」
「――――神様なんかじゃない! 俺の隣に居てくれる女の子だ!」
「…………ちょっと、その」
「ひゅう! 玲音の貴重な照れ顔頂きましたぁ! かーらーのっ! ペルソナぁ!!!」
顔をやや赤く染めた玲音に背中を叩かれながら、俺は力あるヴィジョンを顕現させる。
我が影、俺の力、独善の象徴――ヤマ。
鬣の如き金色の長髪をなびかせ、その肩には身の丈ほどの骨の剣を担ぎ、揺らぐことなく敵対者を見据えている。
『戯言を、戯言を、戯言をぉ! 結局は、力なのだ! 何を言おうが、何を叫ぼうが! 力なき者に、未来は存在しない! それを、思い知るがいい、若造ぉ!』
「生憎ぅ! 自他共に認める馬鹿でね!」
強大な力の奔流を空から感じる。
ぐるぐると、灰色の雲が渦巻き、渦巻く中央からは赤い月が、こちらを潰そうと、そのままこちらへ近づいてくる。まるで、世界の終わりのような光景だ。なんか普通に立っているだけでしんどくなり、びりびりと肌が焼け付くように痛む。
けれども、それが一体、どうしたと言うのだろうか?
「愚者よ。己の過去から目を逸らし、在りもしない世界を望む愚者よ」
どれだけ、相手が強大な力を持っていたところで、関係ない。
相手が、己を偽っているのであれば。
あるべき現実から目を逸らし続けているのであれば。
そんな奴に、俺が負ける道理が無い。
「裁定の時間だ」
俺は、空が割れる音と共に迫りくる月に向かって…………いや、鴉さんと玲音以外の、このワイヤード内に存在する全ての悪意に向けて、剣を振るう。
一振りで足りないのならば、何度でも。
心の力が顕現しているというのであれば、物理限界すらも超えて。
「空間殺法・無限斬り」
刃を重ねろ。
想いを重ねろ。
例え、言葉にはまるで足りない数の剣閃だったとしても。
己だけは、本当に無限すら切り裂けるほどの剣閃であると信じて。
そう、俺の一撃は、月すら穿つ。
「うおぉらぁあああああああああああああああっ!!」
みしり、という重々しい音が鳴って、月の落下が止まる。
否、違う。落ちていく月が削れて、斬り飛ばされているのだ。ヤマの振るう骨の剣によって。え? 距離? 物理的な限界? やれやれ、ここは心の世界だぜ? そういう細かいことは考えず、その場のノリでやり通すものだ。うん、そうすると以外に出来るもんだなぁ、これが。
『ふ、ふざけるな! なんだそれは、なんだそれは! なんだ、その無茶苦茶な力はぁ! なんで、なんでそんなものがあるのならば、あの時――――』
「うるせぇ! テメェが言ったんだろうが! 俺は愚かだと! おお、そうさ! そうだとも、俺は愚かだ! でも、お前とは違う! 俺は俺が愚かだと知っているし、馬鹿だって認めている! だから、『難しいことは考えない』ことにした! 出来ないなんて考えない、本気で月だってぶっ壊せるって信じている! だって、馬鹿だからな、俺は!! つまり、お前が認めて、俺が認めたんだ!! 俺は! なんでもできる馬鹿だって!!!」
『認めていないし、貴様の方がうるさ――――』
「隙ありぃあああああああああああああっ!!」
会話で相手の動揺を誘い、力の行使が緩んだ隙を狙い、穿つ。
守るべき日常。
倒すべき相手。
玲音のエロス。
心を奮い立たせるあらゆるものを思い浮かべて、俺は終幕の一撃を放つ。
「ワールド・エロティシズム・ブレイク!!」
ついさっき考えたばかりの必殺技を改良し、己の力ある言葉として叫ぶ。
そう、技名は叫ばないとダメだ。
そして、俺のような馬鹿には、こういう少し間の抜け得た必殺技の方が似合っている。そうとも、どう足掻いても俺はハードボイルドみたいにはいかないし、ジョジョ作品の主人公のように、格好良くはなれない。
だが、それでも、この一瞬、この一撃だけは、愛しい隣人を守り抜ける主人公であると主張するように。
『そんな、馬鹿な、ことが……』
赤い月も。
曇天も。
無数に絡み合う電線も。
前衛的な芸術みたいな、グレートファーザーというペルソナも。
世界なんて、滅んでしまえ、という誰かの投げやりな破滅願望さえも。
俺が振るった一撃は、拳は、真っ白な閃光を放ち、一瞬、ワイヤード内に存在する全ての視界を眩ませて。
「やれ、知らないなら教えてやるよ、おっさん。男子高校生ってのはさ、好みの女の子とエロエロイチャイチャするためなら、月の一つや二つぐらい、この通り、砕いて見せるんだぜ?」
視界が戻った後にあるのは、雲一つない晴天。
地平線すら見えそうなほど真っ平になった、ひび割れた路面。
信じられない馬鹿を見ているような顔の鴉さんと、呆れてこちらをジト目で見ている玲音。
――――『お父様』の姿は、無い。
「…………ふっ」
俺はニヒルに笑みを浮かべると、心地よい脱力感を抱えたまま、玲音へ告げた。
「ごめん、逃がしたわ、あのラスボス」
「…………馬鹿」
こうして、俺はラスボスとのエンカウント戦に勝利し、玲音からお褒めの言葉を頂いたのだった。
うん、割と頑張ったから、もっと普通に褒めてくれてもいいのよ?
●●●
敗北者の姿がある。
ペストマスクは半分が破け、その露出した部分からは、気弱そうな男の目が見える。
白衣はほとんど破け、所々に血が滲み、路地裏の壁に寄りかかりながら動くのが、やっとだ。もう、既に、ワイヤードへアクセスする力も残されていない。
ペルソナである、グレートファーザーは馬鹿の一撃によって完膚なきまでに消滅した。
残されたのは、誰かの目を欺き、逃げ回るという本来の彼の力のみ。
「…………まだだ、まだ、私は……『僕』は、負けない」
ぶつぶつと、朦朧とした意識の中で、彼は己に言い聞かせるように呟く。
「大丈夫、大丈夫だよ。もうすぐ、もうすぐ会えるんだ……ああ、そうだとも。君と会えない、世界なんて、僕は認めないよ」
どことも知れぬ薄暗い路地裏を、老人よりも遅く、足を引きずりながら歩くその姿は、まさしく弱者その物だろう。その原因が、勝てると確信していた相手に敗れて、惨めな敗北を受けた所為となれば、まさしく愚者としか言いようがない。
そう、愚かなのだ、彼は。
とても、とても、愚かなのだ。
『じゃあ、貴方はアリス。アリスね。いいでしょ? アリスとレイン。なんとなく、お似合いの二人って感じがしない?』
『ううーん、僕が男の子じゃなければ、お似合いのあだ名になっていたかもしれないけどね?』
過去に、一年にも満たない間、共に居た少女と再会するためだけに、世界を滅ぼそうとしてしまう程度には、愚かなのだ。どこかの馬鹿にも負けないほどに。
「絶対、大丈夫だ…………ああ、君と会えたら、何を言おう? そればかり、最近は……」
ぶつぶつと、朦朧とした意識で何かを呟きながら、彼は歩く。
愚者は、暗闇の中を歩く。
「くすくす、やっぱり、愛おしいね、人間って」
路地裏の片隅に打ち捨てられた、古めかしいブラウン管のテレビ。
その画面に映る、【ペルソナちゃん】に似た何かが、彼を嘲笑っていることにも、気づかずに。