岩倉玲音と俺の夏休み。それとペルソナぁ!!!   作:げげるげ

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第35話 喚くな、抗うな、疾く、死ね

・フラグメント6

 

 愚かな娘の話をしよう。

 此処とは違う世界の話をしよう。

 東京にミサイルが落ちず、洪水によって沈むこともなく、新たな世界を受胎することもなく、ベルの悪魔たちによる争いも、人を滅ぼす者たちによる襲撃も無かった世界の話だ。

 あるところに、仲の良い兄妹が居た。

 

「わぁい、兄様! 兄様! 異種族レビュアーズの新刊が出るそうですよ! 早速、買いに行きましょう!」

「時に落ち着け、妹。流石に、小学生の妹に買ってやるには躊躇いがある漫画だぞ、それは」

「じゃあ、我々の稼業のためになる漫画ということで、つぐももの最新刊を」

「それも結構、デッドボール級の荒れ球だろうが! というか、最新刊ってことは、既に既刊を読破しているな!?」

「てへっ」

「まったく、しょうがない妹だ…………本当にしょうがない妹だな、おい」

 

 妹はちょっと馬鹿でスケベ。

 兄は常識人で優しい苦労性。

 年の差は六つ。

 高校生の兄と、小学生の妹という、年の離れた兄妹であったが……いや、年が離れていたからこそ、彼らは仲良く育って行った。

 彼らは他の同年代と同じく、健やかに、特に何の問題もなく生きてきた。

 ただ一つ、他の同年代と彼らが違うところがあるとすれば、

 

「じゃあ、悪魔祓いの後に、新刊を買ってきてやるよ、二つとも」

「わぁい! 兄様大好きぃ!」

「その代わり、ちゃんと術の練習をしておくんだぞ? あ、練習するときは、必ず母様が居る時にしなさい、いいね?」

「はぁい!」

 

 彼らの字(あざな)が、『葛葉』だったということだろう。

 ――――葛葉一族。

 それは、その世界では表立って国家を守護する護国の一族だった。

 何処かの世界とは違い、戦後の混迷の流れでも、権威を失わず、むしろ、戦後の悍ましき怪人共の跋扈から国家を守護し続けたため、必要不可欠の存在として台頭していたのが、葛葉一族だった。

 無論、その世界でも悪魔やそれに抗う者たちの戦いは、民草へと公表しているわけではない。

 表立ってと言っても、葛葉の字を持つ一族は、少しでも政界に絡む経験をしている者であれば、優秀なるボディーガードを輩出する一族として認識されている。

 けれども、その程度の認識であったとしても、国家のしがらみの中でも堂々と護国の輩が生き残り、魑魅魍魎を打ち払う世界は平和だっただろう。

 幸いなことに、その世界では世界を二分するような宗教は早々に潰され、存在すらせず、また、闇に潜む悪の組織などは、葛葉一族が根切りにしていたのだから。

 

「ほら、妹。まだまだ剣に振り回されている。しっかり、体幹を意識した立ち回りをしなさい」

「ぶぅ! 難しいよ、兄様!」

「ははは、とりあえず、素振りを千回してみるといいぞ」

「ははは、兄様でもそんな冗談を言うのですね?」

「冗談……?」

「兄様は、兄様はちょっと頭がおかしい……」

 

 平和な世界で、されど、兄は慢心することなく成長を続けた。

 全ては、『葛葉ライドウ』という誉れある名を受け継ぐために。

 兄は、悪魔たちすら誑かすほどに、人が良くて。

 兄は、かつての英雄すら舌を巻くほどに、卓越した剣技の持ち主で。

 何よりも、力なき民草のために、尽くす滅私奉公の心構えがあった。

 誰しも、兄のことを認めていた。

 間違いなく、彼こそが葛葉ライドウに相応しい存在であると。

 彼ならば、必ずや試練を踏破して、見事に名を受け継ぐに足ると。彼の十四代目にも迫る逸材の持ち主であると。

 

「………………え? 嘘でしょう? なんで、兄様、が?」

 

 彼が、国家を騒がす連続殺人鬼として指名手配されるまでは。

 …………結論から言えば、それは苦肉の策だった。

 平和だった国家に潜む、悪魔の影。

 人の皮を被り、人に成り代わり、社会を脅かそうとする悪魔たちの群れ。それらを打倒するために、粉骨砕身の戦いを続けていた兄はある時、『とても勇敢なる記者の一人』によって、その戦いを暴かれ、勘違いの末に、連続殺人鬼としては民草に認識されてしまったのだ。

 戦後の、まだ、インターネットが普及していない時代ならば、国家として圧力をかけられた。

 けれども、いつでもどこでも、誰でも、世界に情報を発信できる時代となってしまったが故に、情報の拡散は抑えきれず、かくして、英雄は殺人鬼として世界に詐称させられてしまったのである。

 何せ、人に成り代わった悪魔を討伐する兄の姿は、無知なる民草から見れば、ただの危険な殺人鬼にしか見えないのだから。

 

「仕方がない、一度捕まってくれ」

「何、問題ない。それらしく逮捕して、死亡を偽装すれば、煩いゴミども静まるだろう。まったく、誰のために彼が骨を折っていると……」

 

 されど、それだけのことで葛葉一族は、国家は兄を見捨てようとしない。

 何とか陰謀とも呼べる策謀を整え、兄をどうにか無知なる大多数の悪意から庇おうと考えていた。

 そう、今回の件に関して、国家の上層部は何の落ち度もない。

 大人たちは、有識者と呼ばれるような彼らは、この世界では聡明であり、また、有望なる若者を切り捨てるなどという残酷な決断を許さない大人だった。

 無論、政治家であるので、当然、清涼潔白とは言い難い経歴や癖のある人物ばかりだったのだが、それでも、今まで国家に尽くしてきた若者を何もせず見捨てるという選択肢を選ぶような輩ではなかったのである。

 

「妹の仇だ!」

「姉さんの仇だ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「許すな! あの殺人鬼を許すな!!」

 

 故に、愚かだったのは無知なる子供たちだ。

 彼らは、インターネットの普及と、一人の悪意によって身に余る力を手に入れていた。

 ――――悪魔召喚プログラム。

 世界崩壊の引き金。

 人に余る力を、フリーソフト感覚で世界に拡散させる天才の所業。

 金色の瞳をした、とある邪神の化身による試練が、愚かなる子供たちは凶行に走らせた。

 

「ゲゲゲッ! オロカ! オロカ!」

「救いがたい愚かさだな、人間の子供たちよ」

「普通に考えて、自らよりも低い立場の存在に、我々が従うわけがないでしょう?」

 

 悪魔の力で、護送中の兄を殺そうとした子供たちはとんでもない愚行を犯した。

 自分の力量で制御できない高位の悪魔が、次々と現世に解き放たれて、暴れ始めたのである。無論、子供たちに悪魔を制御できる力など存在しない。

 

「―――――流石に、それは見過ごせん」

 

 だからこそ、兄は動いた。

 葛葉ライドウに最もふさわしい彼は、例え、無手であったとしても、例え、鬱陶しく動く子供たちが、人質が居たとしても、周囲に喚く群衆が居たとしても、動いた。

 装備はろくにない。

 徒手空拳の上に、悪魔の牙から身を守る防具も存在しない。

 囚人としての装い。

 間違いなく、兄が戦った中でも最悪の環境の中で…………けれども、兄は戦い抜き、守り抜いた。高位の悪魔を全て打倒して、群衆に、実行犯の子供たちですら一人の犠牲も出すことなく、守り抜いたのである。

 

「…………ご、ほ。ああ、よかった。守れた、か」

 

 その命と引き換えにして。

 たった一人だけならば、どうとでもできたというのに、よりにもよって愚かなる群衆すらも最後まで守り抜いて、命を散らしたのである。

 ……………………ここまでならば、ここまでならば、まだ、彼女は許せたかもしれない。許せたのかもしれない。とてつもなく納得いかず、怒りが溢れるけれども、兄らしい尊い最後だったと、納得できたのかもしれない。

 

「ち、違う! 悪いのは俺たちじゃない!」

「そうだ! そうだ、こいつが! こいつがあの化け物共を呼び出して!」

「俺たちは! 俺たちは悪くない!」

 

 守り抜いた、愚かなる子供たちが、醜悪なる自己弁護の下、クソの如き誤報を世界中にばらまかなければ。

 金色の目をした、邪神の化身が、これも試練だとそれを煽り、あたかも真実のように脚色して、捏造しなければ。

 この事件がきっかけで、世界中に悪魔の存在が周知されることになった。

 当然、世界中は大混乱であり、ろくな統率も取れない。

 人心は乱れ、悪魔は跋扈する。

 そして、人の悪意と愚かさを煽り、火をつけて、これが試練だ、とばかりに邪神の化身は、嗤う。

 さぁ、抗えよ、人類、と。

 乗り越えて見せろ、と。

 滅ぶなら、それも面白い、と。

 人の心の奥底に潜む、悪意の塊、影は嗤う。

 物語の始まりだと、邪神ニャルラトホテプは嗤っていた。

 

「――――――黙れよ、ゴミ共が。ああ、鬱陶しい、鬱陶しい、全て、死ね。お前が全ての人の影だとすれば、全ての人間を皆殺しにすれば、消えるだろう?」

 

 たった一人の超越者に、全人類が皆殺しにされる、その時までは。

 それは、不可能であるはずの殺戮だった。

 全人類を一人残さず、たった一人の人間が殺し尽くすなんて、不可能であるはずだった。例え、可能であったとしても、最後の一人である自分を殺すその瞬間まで、ニャルラトホテプという邪神は存在し続けるはずだった。

 だから、勘違いがあるとすれば、それは彼女を人であると誤認してしまったということ。

 彼女は人の皮を被った、悍ましき来訪者の魂。

 怒りと嘆きを強く持てば持つほど、力が増すという理を刻まれた世界から零れ落ちた、魂の一柱。

 ジャンルの違う、何かとても理不尽なる力によって、全ては蹂躙された。

 人々が抗う暇もなく。

 邪神が嗤う暇すらもなく。

 惑星の命すらも、残さず切り捨てて。

 怒りのままに、全てを蹂躙し尽くしたのだった。

 

「…………まだだ、まだ、この怒りは収まらない……そうだ、悪を、ゴミ共を、滅ぼさなければ、収まりはしない……」

 

 そして、残ったのは怒りに狂う超越者が一体。

 彼女はしばらくの間、宙を漂い、死ぬこともなく、苛立ちのままに力を振るっていたが、次第に、周囲の理を曲げて、他の世界線へ移動する力を身に着けてしまったのである。

 それは、来訪者としての特性が極まった結果、異なる世界を闊歩する力に覚醒してしまった結果なのかもしれない。

 あるいは、理由など彼女には必要なく、ただ、そうありたいと願ったからこそ、世界の理を捻じ曲げて、自ら作り出してしまった力なのかもしれない。

 

「死ね、死ね、悪は死ね! 屑は死ね! 全て、消え去ってしまえ!!」

 

 怒りのままに、異なる世界線を渡って、超越者は剣を振るう。

 東京に核を落とした世界を滅ぼした。

 洪水によって黙示録が起きた後の世界も、滅ぼした。

 東京が死んで、新たに受胎した世界すらも醜いと滅ぼした。

 ベルの悪魔たちの争いを、貴様らのような悪魔が居るから悪は生まれるのだと、滅ぼした。

 神の試練に抗う人々に手助けしようとしたけれども、怒りで手元が狂って滅ぼした。

 第三帝国の野望を秘めた残党が居る世界は、見かけた瞬間、惑星ごと斬り捨てて滅ぼした。

 ……………………最後に滅ぼした世界は、怒りが鎮まり、今までの己の殲滅を後悔しながら、それでも誰かを守ろうとして、失敗した。その世界で寄り添ってくれた大切な隣人を守り切れず、結果、怒りに狂って世界を滅ぼしてしまった。

 

「………………こんなの、こんなの、私が、悪じゃあないか」

 

 嘆く中、虚空の宙を漂いながら超越者は観測した。

 かつて、己が滅ぼした世界――並行世界の、源流を観測した。

 それらは全て、『自分が関わらなければが、上手くいく』可能性があった。どれだけ過酷であったとしても、苦しんだとしても、人類の中から抗う者が生まれ、そして、『答え』と共に世界の理不尽に立ち向かい、絆の力を持って勝利する。

 許しが無いはずの邪悪すら、心にあることを認めて、乗り越えて。

 悪魔たちの力を借りて。

 時に、邪悪だったはずの者すら改心させて。

 世界を救う、美しい物語が、そこにはあった。

 

「私は、今まで、何を…………」

 

 彼女は後悔し、挫折し、決断した。

 この怒りこそ、どうにもならない灼熱の感情こそが、全ての失敗なのだと。

 ならば、それを律して、可能な限り排して、自らはただの暴力装置であろうと。

 判断を放棄して。

 ただ、使われるべき主によってのみ、敵を判別して討ち滅ぼす刃であろうと。

 故に、彼女は軍服を身に纏う。

 かつての十四代目に近しい姿で自らを固め、己を排した姿で、命じられるままに刃を振るう。

 それが、殲滅者・葛葉ライドウという、愚かな娘がたどり着いた成れの果てだった。

 

 

●●●

 

 

 民間人の犠牲は極力抑えて。

 なおかつ、邪神の化身である岩倉玲音を討ち滅ぼす。

 それが、葛葉ライドウに課せられた指令だった。

 ――――だからこそ、葛葉ライドウは周囲の民間人の意識を奪い、戦闘範囲外へとまとめて転移させた後、真っ先に岩倉玲音を狙った。そう、狙ったのだが、まさかあのタイミングで隣に居た少年――晴幸が庇うとは思わなかったため、致命傷を与えてしまった、というのが事の始まりである。

 これは失態だ。

 正統なる葛葉ライドウであれば、かつての兄であれば恐らく、少年に傷一つ付けずに事を為しただろうと己を自嘲しつつ、けれども、動きは止めない。

 殺してしまったのは仕方ないと切り替えて、さっさと軍刀を少年の胸から引き抜き、岩倉玲音を殺そうと思い直し…………軍刀が抜けないことに気づいた。

 

「げぼっ、ごぼっ!! 貫通傷は! ファッション!!!」

 

 ばきゃん、と刀身が砕ける音。

 次いで聞こえたのは、明らかに大丈夫ではない強がりの声。それと共に振るわれる拳は、致命傷を受けたにしては元気すぎる代物だった。

 

「ふむ。警告します、少年。戦闘行為をやめて、投降しなさい。それだけの生命力があれば、今からでも辛うじて助かる見込みはあるでしょう」

 

 もっとも、葛葉ライドウにとっては児戯に等しい一撃だった。

 音速も超えていない打撃など、葛葉ライドウにとっては無意味だ。わずかに首を動かすだけで回避が可能であるし、余裕を持って警告さえ行える。

 

「ごほ、げほっ! 女の子を、犠牲に、して? そりゃあ――――笑えねぇ冗談だ! 来い、ヤマぁ!!」

「なるほど、残念です。では、恨みながら死んでください」

 

 ただ、ペルソナを発動した晴幸の動きは、少しばかり葛葉ライドウにとって予想外だった。

 まずは、その生命力が規格外であるのが驚いた。常人ならば即死している傷を受けてもなお、動いている。生命力が肉体を凌駕しているのかもしれない。

 加えて、ペルソナ能力を現実でも発動し、なおかつ、高位悪魔すらも切り伏せそうな力あるヴィジョンの顕現。葛葉一族の中でも、これほどの強さを持つペルソナ能力者は稀であり、今まで葛葉ライドウが滅ぼしてきた世界の中でも、両手の指の数に入る実力者だろう。

 

「ぎ、ぐ、がぁあああああ!! なんなの、この化け物! おかしくない!? ラスボスよりも強い敵が出てくるとか、難易度バグってない!!?」

 

 しかし、それでも葛葉ライドウの方が強い。

 ペルソナと本体との、二重の攻撃の嵐を軽々と避けて、折れた軍刀を振るえば、それで事が済む。まずは、ヤマが持つ骨の剣を素手で砕き、次いで、折れた軍刀で晴幸の首を――――

 

「――――死んでくれる?」

 

 ざ、ざざざざざざっ!!

 折れた軍刀が振るわれる直前、世界にノイズが走った。

 すると、そのノイズは葛葉ライドウの方に集まり、その姿を歪ませ、この世界から弾こうとしている。神に等しい岩倉玲音だからこそできる、敵対者の除外。

 本当の本気で、葛葉ライドウという存在を排除しようとする攻撃。

 手加減など、欠片もせず、容赦なしに怒りや憎悪と共に振るわれた神の一撃。

 

「鬱陶しい」

 

 それを、葛葉ライドウは事も無さげに斬り払った。

 

「この世界の絶対者であったとしても、来訪者である私は意味がありません」

 

 この世界の集合的無意識に属していない葛葉ライドウは、力任せに軽々と、神に等しい干渉を斬り払って見せた。

 本来、抗えぬはずの一撃。

 絶対なる神の権能を切り裂かれて、岩倉玲音の体にこの世ならざる苦痛がもたらされる。それは、世界の一部を切り裂くのと同値の一撃だったが故に、岩倉玲音であったとしても、遍在する神々の一部だったとしても、容赦なく痛みを与えていく。

 

「――――余所見ぃ!!!」

「ぐ、が」

 

 だが、葛葉ライドウが岩倉玲音にとどめを刺す前に、晴幸の一撃が、葛葉ライドウの脇腹に突き刺さる。遠慮なし、容赦なしの一撃。高位悪魔ですら吹き飛ぶその一撃だったが、葛葉ライドウは少しよろけた後に、軽く呼吸を一つ。

 

「手加減をするには、君は強すぎますね」

 

 瞬く間に振るわれた剣閃は五つ。

 乱雑に四肢を切り取り、胴体を薙ぎ、首を刈る剣閃。

 それらが、人間の反射速度の限界以上の雷速で振るわれて――――晴幸が防げたのは、二つまでだった。

 

「――――――ぁ」

 

 岩倉玲音の喉の奥から、絞られた声が漏れる。

 眼前で起こったのは、冗談みたいな悲劇。

 晴幸の体があっさりと斬り飛ばされ、岩倉玲音の眼前に、ゴロゴロと外れてしまった晴幸の首が転がってきた。

 岩倉玲音はその首を茫然と拾い、けれども、なんとか蘇生しようと試みて、

 

「無駄です。魂を黄泉路へ叩き込みました。既に、蘇生のタイムリミットは過ぎている」

 

 剣よりも先に、言葉で葛葉ライドウは断じた。

 天原晴幸という存在は、既に手遅れである、と。

 

「イザナギぃ!!」

「タナトスぅ!!」

 

 だから、ある意味、この窮地へ駆けつけた二人の友は手遅れだった。

 京子と直也は、己の目に映る悲劇を信じ切れず。それでも、何もせずには居られず、渾身の力と共にペルソナを顕現した。

 二人は夏休みの告白シーンをこっそり覗こうと隠れていて、そこで葛葉ライドウに他の群衆と同じく奇襲を受けて昏倒し、戦闘区域外へと転移させられていたのだった。けれども、他の群衆と違い、ペルソナ能力の所持者である二人は耐性があり、何度か昏倒から覚醒して、この場に駆けつけたのだった。

 

「君たちには手加減できそうで何よりです」

 

 けれど、それになんの意味があっただろうか?

 葛葉ライドウは瞬くほどの間に、二人のペルソナを切り裂き、また、二人を手加減の下に叩き伏せた。殺す必要が無い、と言わんばかりのあっさりとした迎撃だった。

 

「…………一人に、しないで? 寂しいよ、ハルユキ。ねぇ、エッチなことでも、なんでも、してあげるから…………一緒に、居てよ」

 

 馬鹿は四肢を切り裂かれ、首を刈られた。

 二人の増援は無残に敗れた。

 神の力は及ばず、馬鹿の亡骸を抱えて、涙を流すのみ。

 

「死の安らぎは平等に訪れます。人に非ずとも、悪魔に非ずとも」

 

 岩倉玲音が…………少女が、愛しい者の首を抱えて涙を流す情景にも全く心を動かさず、葛葉ライドウは淡々と折れた軍刀を構える。

 さながら、それは死刑執行人のそれの如く。

 間違っても、彼女のことを、国家を守る守護者だと認識する者は居ないだろう。

 しかし、それでいいと葛葉ライドウは思っている。

 どれだけの非道だろうとも、汚れ仕事だろうとも、善悪の彼岸を超えようとも。

 愚かな自分が判断するよりは、よほどマシな結末になるだろうと思考を放棄して。

 

「無に還りなさい、邪神の化身よ」

 

 神すら殺す、魔人の刃が、振るわれた。

 

 …………………………。

 …………。

 ……。

 

「――――何故?」

 

 疑問の言葉は、静かに紡がれた。

 口に出したのは、葛葉ライドウ。

 確信をもって振るったはずだった。逃れる術など無いはずだった。

 それ以前に――――殺したはずだった、確実に。

 

「おいおい、何故だって? 仕方ねぇな、馬鹿なお姉さんには理解できないようだから、聡明で、とても賢いこの俺が答えてやるよ」

 

 葛葉ライドウの刃を防ぎ、弾き飛ばしたのはどこからか吹き込んできた花吹雪だった。

 まるで、桜の花弁の如きそれらは、突如として夏の薄闇に発生した。

 魔人の一撃によって、死したはずの晴幸の亡骸から、突如として桜吹雪が発生して、まるで世界を塗り替えるかの如く可憐なる情景が生まれた。

 

「アンタの時間はもう終わりだ、葛葉ライドウ。憐れなる愚者。自らの選択を放棄した、最低最悪の殲滅者よ」

 

 その桜吹雪は世界を塗り替える。

 亡骸は全て、可憐なる花びらへ。

 倒れ伏した友には、活力を。

 涙を流す最愛の少女には、顔を上げ、涙を拭わせるだけの奇跡を。

 

「ここから先は、俺の時間だ。クソッタレなシリアスは退場しやがれ」

 

 かくして、ここに馬鹿は再誕する。

 不可能と言われた黄泉帰りを達成して見せて。

 絶対なる死すら捻じ曲げて。

 骨の大剣を担ぎ、かつての古き神々の如き和装を身に纏って。

 

「ハルユキ……ハルユキぃ!」

「はは、泣くなよ、玲音。約束しただろ? お前を、一人にさせないってさ」

 

 たった一人の最愛との約束を叶えるために。

 天原晴幸という少年は今、世界を滅ぼす魔人に挑む。

 

 

●●●

 

 

 数秒前、黄泉路にて。

 

「え!??!!!??? 玲音がエッチなことをなんでもしてくれるって!!? こうしちゃいられねぇ! 死んでいる場合じゃねぇ!! 船頭さぁーん! キャンセルでおなしゃーす!」

「ちょ、やめ、お客様ぁ! やめてください、お客様ぁ!!!」

「うるせぇ、骨だけなのに何処から声を出してやがる! おら、貸せっ! オールを貸せぇ! よし、行くぞ、プール逆走丸ぅ!」

「お客様ぁ!! 三途の川を逆走するのは止めてくださいお客様ぁ! というか、人の船に変な名前を付けないで――」

「プール逆走丸……お前に魂があるのなら、応えろっ!!」

「うわぁあああああ!!? 小舟がモーターボードに変形したぁあ!!? 知らない、有史以来、この船で魂を送ってきたけど、こんな機能知らないんですけどぉ!!?」

「行くぜ、黄泉路逆走RTAだぁ!! よーい、スタート!!」

「あぁああああああ!! 誰か、この馬鹿を止めてぇ!!」

 

 この逆走の果てに再誕した馬鹿であるが…………精いっぱい格好つけている割には、この通り、割と下心を抱えた末の黄泉帰りだったという。

 もっとも、だからこそ、天原晴幸という馬鹿は、岩倉玲音という少女との約束を守ることが出来たのかもしれない。

 

 これより先に、悲劇は不要。

 さぁ、少年よ――――己が理で、世界を覆せ。


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