岩倉玲音と俺の夏休み。それとペルソナぁ!!!   作:げげるげ

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第36話 勝てない相手には、イカサマしろ

 黄泉帰り。

 死者の国である黄泉に出向き、そこから帰還するという偉業。

 古今東西、数多の逸話の中で、神々や英雄が死者の国に出向くという逸話は多い。その中でも、恋人や大切な家族を取り戻そうと黄泉へ出向いた逸話も存在する。

 だが、多くの逸話では死者を蘇らせようとした結果、とんでもないしっぺ返しに遭い、這う這うの体で現世へ逃げかえったという結末になっている。

 

 例えば、日本神話に於いて登場するイザナギもまた、片割れであるイザナミを死者の国である黄泉まで迎えに行ったが、取り戻すことは出来なかった。何故ならば、既に死者の国の食べ物を口にしてしまい、死者の国の住人となってしまったからである。これを、ヨモツヘグリと呼ぶらしい。いわゆる、同じ釜の飯を食うという奴である。神道では、一度神へ供えた物を下げて、自らの口に運ぶことにより、その神の力にあやかれるという考え方も存在する。

 要するに、一緒に同じご飯を食べたら、仲間だもんげ! というわけである、多分。

 さて、そんなわけで黄泉の国の住人となってしまったイザナミであるが、折角、夫が、しかもゴッドであるイザナギが迎えに来てくれたということで、黄泉の管理人と色々相談した結果、現世までの帰り道を振り返らなけば、まぁ、生き返らせてもオッケーよ、というお話になったわけだ。

 まぁ、イザナギは振り返って見ちゃうわけだが。

 その結果、死者の国の住人と同じく、醜い姿になってしまっている自分を見られたことにより、イザナミは大激怒。そりゃあもう、激おこぷんぷん丸あいつぜってぇ許さねぇ、となり、黄泉平坂という現世と黄泉を繋ぐ道のりを命懸けの追いかけっこをすることに。

 イザナミが、死者の住人を使った人海戦術で迫ったり、イザナギが『こっちくんな、バーカ!』と桃を投げつけて追い払ったりした末、なんとか命からがら逃げ伸びたという逸話もある。

 つまり、神々でさえ、死の理を覆すのは難しいということだ。

 ましてや、神話ならざる現代において、人である身の上ならば、単独であったとしても、死者が黄泉路から帰還するのは不可能である。

 そう、不可能だったのだ、今日、この日までは。

 

「うぉおおおおおおおおおっ!!! 素足で、背中を踏み踏みマッサージプレイぃいいいいいいいいい!!!」

 

 黄泉路を、一つの魂が逆走してく。

 全裸で。

 腕を組みながら。

 十傑走りで。

 

「クマさんパジャマプレイぃいいいいいいいやっはぁあああああああ!!」

 

 己が性癖を叫び散らかしながら、駆けて行く。

 その魂の名は、天原晴幸。

 一度、三途の川に魂を叩き込まれてもなお、馬鹿が治らなかった、生粋の大馬鹿野郎である。

 彼の魂は驚くべき速さで、黄泉路を逆走しており、すれ違う死者の群れや、案内人、本来、彼を止めるべき存在であるヨモツシコメという亡者でさえも、彼に触れることは出来なかった。

 理由は簡単である。

 

「あっ、でもでもっ! 最初は! ダボダボの全裸シャツみたいな感じのぉ! イチャイチャプレイでお願いしまぁああああああああっす!!!」

 

 例え、死者であったとしても。

 例え、亡者であったとしても。

 例え、死神と呼ばれる、世界の理に属する存在だったとしても。

 ――――全裸で、ヤバい笑顔を決めながら、己の性癖を叫び、十傑走りをしている馬鹿野郎とは関わり合いになりたくないのだから。

 まして、それがヤマ――――閻魔の力を宿す魂であれば、猶更である。

 閻魔。

 あるいは、泰山府君。

 命の理を決定する、恐るべき存在。

 黄泉に住まう亡者たちの上役とも言うべき存在。

 想像してほしい…………物凄く怖いが、とても仕事が出来て皆から尊敬される上司が、ある日突然、全裸になって、性癖を叫びながら十傑走りをしていく様を。

 とてもではないが、亡者たちには彼を止めることは出来なかった。

 ああ、疲れているんだなぁ、とそっと目を逸らすことしか出来なかった。

 ちなみに、晴幸が全裸の理由は、モーターボートで三途の川の岸辺へ突っ込んだ際、苦情を言ってきた奪衣婆を黙らせるために、人類最速の脱衣を決めたからである。

 奪衣婆とは、人の服を奪い取り、その重さで罪を測るという存在だ。

 そのことを知っていた馬鹿は、服を奪衣婆に叩きつけて、『全裸だから無罪! 全裸だから無罪!』と叫んで走り去ったのである。奪衣婆はもう、『そういうことじゃねよ』というツッコミの言葉すら出ず、人類最速脱衣を記録した馬鹿を見送ることしか出来なかった。

 

「はっはー! 感じる! 感じるぞ! 玲音の! 京子の! 直也の! 俺たちの仲間の、命の鼓動を! うぉおおおおおおおお、なんかいい感じに、今こそ、覚醒しろ、俺のペルソナぁああああああああああああっ!!」

 

 誰も邪魔することが出来ない、いや、むしろしたくない黄泉路逆走もいよいよ終盤。

 現実時間ではほんの数秒にも満たない間に、晴幸は長いようで短い黄泉路を駆け抜け、段々と現世へと近づいていくことを実感していた。

 それと同時に、このままでは足りない、と考えていた。

 仮に、このまま蘇生したところで、再びあの魔人と戦えば、元の木阿弥。今度は、再走する余地もなく魂ごと消し飛ばされてしまうかもしれない。

 ならば、そうだ、覚醒だと馬鹿は考えた。

 シャーマンキングよろしく、ドラゴンボールよろしく、死の間際から復活すると、なんか主人公っぽいキャラは覚醒して強くなる法則があるので、自分もそれに乗っかれないかなー、とふわふわした考えで、とりあえず『全世界に轟け、俺の祈りぃ!』とばかりに魂のパトスを放出してみたのである。

 

『――――いいですとも』

「あれ!? マジで返答があった!!?」

 

 この叫びに、なんか呼応してしまったのが、この世界の集合的無意識だ。

 神にも等しいそれは、黄泉路という、ある意味、集合的無意識の根底に近しい部分で叫んだ魂の祈りを聞き届けて、良い感じのパワーを多少の矛盾に目を瞑って、馬鹿に送ったのである。

 何故? 人類の総体に近しい神の如き存在が、玲音の契約者といえど、たかが一人の人間に過ぎない晴幸に対して力を貸すのか? 理由はもちろん存在する。

 

『この力で、あいつをマジでなんとかするのだ、異邦の魂を持つ馬鹿よ……』

「なんか厳かな声で馬鹿って言われた!? あ、はい、でも頑張ります、はい!」

『それと、あいつがキレるとその場のノリで惑星を砕くから、うまく良い感じに宥めるのだ』

「世界観、間違えてません、あいつぅ!!?」

『それな! マジそれな!』

 

 かくして、馬鹿は神にも等しい力の加護を受けて、現世へと再誕する。

 あの厳かな声は、ひょっとすれば、玲音の大本とも呼べる存在だったのかもしれない。あるいは、終わりの神と呼ばれていた、そのものだったのかもしれない。

 ただ、一つ確かなことがあるとすれば、それらの力をもってしても排除が不可能なライドウという存在の度し難いほどの強大さであり、

 

「…………あれ? でも、これひょっとして、割と無茶ぶりされているんじゃ――」

『我は汝。汝は我。一なる全。全なる一。さぁ、目覚めなさい。貴方の大切な人たちが待っていますよ……』

「待って! 厳かな声で良い台詞を吐いているけど、責任を擦り付けられてません!?」

『頑張れ……』

「頑張るけどさぁ!!」

 

 また、使命を課された馬鹿の双肩には、割と世界の命運がかかっていたりするということだった。

 

 

●●●

 

 

「うぉらぁああああああああああああああああああ!!」

「…………くっ」

 

 奇跡の大復活を遂げた後の、晴幸の猛攻は凄まじい物があった。

 ライドウが振るう、雷光の如き剣閃。人間の感知速度を超えたそれを、難なく避けて、骨の大剣を用いた反撃を振るう。剣を振るうと共に、エフェクトの如く花びらが舞い、それが的確にライドウの視界を奪い、能力を低下させて、自由を奪う。

 

「召喚・ヒノカグツチ」

 

 たまらず、ライドウが召喚したのは、葛葉から支給される量産品のそれを遥かにしのぐ一品。剣に古代の神々の力を宿すように合体を繰り返し、鍛え上げられた神殺しの剣。赤い刀身の大太刀である。

 

「排除します」

「出来るものならなぁ!!」

 

 紅蓮の神殺しが振るわれ、可憐なる花吹雪がそれを押し返す。

 それはさながら、神話に出てくる戦いの一幕のようで。

 

「…………すげぇ」

「はは、もっと早く、復活してよね」

「かっこいい、ハルユキ……」

 

 その戦いの壮絶さに、死からの大復活を遂げた上に、なんか凄い力に覚醒した晴幸の戦いぶりに、思わず外野の三人は感嘆の吐息を漏らした。

 相棒枠の京子ですら、骨の大剣を振るう晴幸の横顔に目を奪われ、直也に至っては。やれやれ、敵わないぜ、とばかりに肩を竦める。そして、本日、感情がジェットコースターとなっている玲音に至っては、とても珍しいことに頬を硬直させて、晴幸の姿に見惚れていた。

 やはり、服を着てまともに覚醒すると、好感度が段違いなのである。

 

「…………泰山府君の祭。冥府の王であるヤマによる特権。いえ、イザナギ、タナトスという死にまつわるペルソナ能力者たちとの絆。それが、貴方を復活…………ヤマの転生体として、再誕し、力を振るうことが可能な理由ですか」

「さてなぁ! 難しい理由はさっぱりだぜぇ!!」

 

 黄泉路より帰還した、晴幸の能力は各段に上がっていた。

 己のペルソナを最大限に高める方法として、ヤマという存在の転生体としての覚醒。さらには、人類の総体による全面バックアップという名の加護を受けて。

 そのため、晴幸は限界以上にヤマの力を引き出す。

 浄玻璃鏡という、死者の罪を暴く閻魔大王としての側面を最大限に活用し、殲滅者であるライドウの過去を暴く。隅々まで暴き、罪を知り、強さを、弱さを知り、そして、それらの観測によって相手の動きを読むことが可能になったのだ。

 それはさながら、攻略本を片手にボス戦に挑むような卑怯な手法である。

 

「ヒャッハー! 大層な剣だが! 俺には全然効いていないようだなぁ!!」

「…………むぅ」

 

 だが、卑怯だろうが何だろうが、勝てばいいのだぁ! とばかりに晴幸は容赦の欠片も無く戦う。

 神殺しの力を持つ、ヒノカグツチの刃。もしも、ヤマの神としての側面を全面に出していれば一発で即死だったかもしれないが、ヤマは同時に、人間として最初の死者としての逸話も持つ。加えて、あくまでもこの場に居る晴幸は人間としてライドウと相対している。

 神々に対してどれだけの特攻効果があろうとも、人間である相手には意味を為さない。まぁもっとも、切れ味が良くて丈夫な刀を。雷光の如く振り回されたら人間の大半は死ぬわけなのだが、そこは覚醒した晴幸の凄いところだ。

 

「まずは一発、おかえしだぁ!!」

「―――ぐっ」

 

 浄玻璃鏡の権能による過去観測からの、行動予測。

 さらには、周囲の環境が全て晴幸の行動を補佐することにより、ライドウの攻撃を弾き、なおかつ、一太刀、逆襲の一撃を加えることに成功したのだ。

 これには流石のライドウも無表情を崩し、顔をしかめる。

 それとは対照的に、晴幸はにやり、と不敵な笑みを浮かべて、力強い言葉を紡いだ。

 

「駄目だ! 勝てねぇえええええええええええ!!!」

「「「えぇえええええええええええええ!!?」」」

 

 それはそれは、力強い弱音の咆哮だったという。

 思わず、晴幸の戦いを見守っていた三人が揃ってツッコミを入れる程に。

 

「なんでだよ! 勝てるだろうが! 押せているだろうが! さっさと倒せよ、馬鹿!」

「いや、違うんだよ、京子。これね、全然優勢じゃないの。俺が勝てているように見えるだろう? 違うんだよなぁ、これが」

「何が違うの? さっき、反撃にも成功したじゃん」

「や、成功したけど、ほれ、見てみ? 装備とか服は切れたけど、肌には傷一つ付いてないんだぜ? まったく、気合を入れると魂の質量がやばすぎて全然ダメージ入らないんだよね、これ。嫌になるよね。あの顔をしかめる仕草ね、痛いからじゃなくて、『あー、手加減が難しいぞ、どうしよう? このままだとうっかり攻撃の余波で国が滅んじゃう』みたいな苦悩の顔だから、あれ」

「…………ハルユキ」

「あ、はい、頑張るよ? そんな残念な顔をしなくても、頑張りますよ、玲音。ただちょっと、アプローチを変えようと思います、はい。ということで、ライドウさん! 休憩! 作戦会議に入ります! 十分間の休憩です!」

「…………致し方ありません」

 

 いえーい、タイムぅー、と両手でTの字を象った晴幸による休憩の申し出。それを、ライドウは渋い顔をしながらも、渋々了承した。

 何故ならば、ライドウからしてもこの現状は千日手の気配がするからである。

 無論、ライドウが本気を出せば、今の晴幸と言えど、易々とはいかないが、葬れるだろう。葬れるが、その時は惑星ごと葬ることになるので、葛葉ライドウのロールとして動いている彼女としては、本末転倒。さらに言えば、宇宙規模で強くなり過ぎた弊害なのか、ライドウは手加減がとても下手くそなので、今の晴幸と戦い続けると、うっかり国が滅ぶ規模の攻撃をしそうになってしまうのだから、困り物だ。

 

「…………むぅ」

 

 ここは一端退いて、葛葉上層部からの指示を仰ぐべきだろうか?

 一人で悶々と悩むライドウであったが、答えは出ない。ここ数十年規模で、自分の判断で行動をしたことが皆無であるが故に、決断能力が著しく欠如していた。

 対して、馬鹿とその愉快な仲間たちの作戦会議は明快である。

 

「「キース! キース! さっさとキース!!」」

「…………あー。その? 目とか、瞑ってもらっていい?」

「やだ」

「じゃあ、その、俺が目を瞑るとか?」

「見合って、しよう?」

「あああああああああ!! 玲音が可愛すぎるよぉ!!!」

「「うるせぇ! さっさとキスしろ!!」」

 

 京子と直也が、晴幸と玲音のキスを煽るという、どこの小学校のお昼休みなんですか? みたいな光景が繰り広げられていた。

 無論、彼らはふざけているわけではない。

 人類の総体とも呼ぶべき加護を万全に受けるのであれば、集合的無意識に存在する神々の化身である玲音と同期を深めるのが手っ取り早いのだ。要するにキスをすれば、強くなるのである、晴幸は。さらに言えば、玲音が面倒臭がって与えてなかった、契約者としての様々な特典も晴幸に与えられるので良いこと尽くめだ。

 ただまぁ、晴幸がこの期に及んでヘタレ童貞丸出しの顔で「や、でも、こういう仕方なくキスするのってどうかと思う?」と言い出し、そこに痛烈なカウンターを決めるように、玲音が「私も、晴幸のこと、好き、だよ?」とたどたどしく答えたものだから、二人がブチ切れた。もう、さっさとキスして付き合えよ、お前ら! そういう気持ちを込めての煽りなのである。

 

「…………なんなのでしょうね、あれは?」

 

 なお、ライドウは普通にその光景に引いていた。

 何せ、小学生みたいなやり取りをしている中で、ライドウを警戒しつつ、イザナギ、タナトスという二つの強力なペルソナが世界の加護の分け前を受けて、さらに強化されていくのである。ライドウとしては、よくわからないシステムで強くなる奴らだなぁ、という珍生物を見るような心境だった。

 だが、慌てはしない。何せ、ライドウは今まで七つの世界を滅ぼした殲滅者である。例え、どのようなことになったとしても、己に勝てる相手など存在しない、という自負があったからこその余裕だった。だからこそ、ライドウは特に何の疑問も無く、二人のキスを見送った。

 

「…………んっ」

「んべっ」

「んみゅ!?」

 

 ――――その瞬間こそが、唯一、葛葉ライドウとしての彼女が持ちうる勝機だったとも、気づかずに、ただ、二人の青春丸出しなキスを眺めていた。

 

「…………破廉恥です」

 

 なお、二人のキスは、晴幸が油断したところを、玲音が彼の頭をがっつりと掴み、固定してからのたっぷりディープキスとなったらしい。

 かくして、運命のドアは叩かれた。

 

 

●●●

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ! ただし、賃貸だけどな! はい、ちょっと待ってな、今、お茶出すから、お茶…………あん? 違う? 分かっている、分かっている、そうとも、解決策を求めて、ここまでやってきたんだろ、お二人とも。いいとも、ここまで来たご褒美だ。存分に俺流のイカサマを教えてやろう」

 

 ベルベットルーム。

 それは、精神と物質の狭間にある場所。

 ワイルドの資格を持つ者にのみ、扉が開かれる場所。

 レインの契約者の中でも、信頼関係、あるいはとても強い絆を結んだ者しか辿り着くことの出来ない場所である。それは、玲音が、レインという群体としてではなく、明確に、個人としての意識を持ち、晴幸へと好意を示したからこそ開かれた空間だった。

 もっとも、肝心の晴幸本人はというと、玲音から受けたディープキスの衝撃で放心して話にならない状態なのであるが。

 

「…………あー、玲音ちゃん、やりすぎじゃね? 折角の覚醒イベントなのに、本人がこんな感じじゃ駄目じゃん。え? 想いが溢れて仕方なかった。じゃあ、仕方ないね! とりあえず、頭にワイルドとしての力と、そうだな、あの魔人に勝つイカサマでもぶち込んでおくか……よし、これで良し。んじゃ、後はお二人で頑張ってな! んん? ペルソナ合体? あ、ごめんな? 俺、免許持っていないから無理なんだよ、ごめんなー? まぁ、下手にペルソナ変えるよりも、このままで強いから良くない?」

 

 だからこそ、気付かない。

 晴幸は、気付けない。

 我が物顔で、教会の礼拝堂の如き場所に居るそいつが。

 神父服を纏い、プリキュア初代(ホワイト)の仮面を被った頭のおかしいそいつの姿が、己と酷似しているということに。

 

「…………貴方、だれ? フィレモンでも、イゴールでも、『邪神』ですら、無い」

 

 故に、玲音は警戒する。

 腕の中でぐんにょりしている晴幸の体をぺたぺたまさぐりながらも、警戒心は怠らない。多分、いや、ちょっとぐらいは怠っていたかもしれないが。

 

「俺? 俺かい? 参ったな、そんな大層な存在じゃあないぜ? しいて言うなら、そいつの片割れ。本来あるべき世界からの影響力。ただの詐欺師。ただの語り部。そうだな、どうしても名前を付けたいのならば、『クラウン』とでも呼べばいいさ! はぁーい、ジョージぃ! という声と共に、排水溝からこんにちは! なんてな! あはは! あれはピエロか!」

 

 げらげらと、クラウンと名乗ったそいつは愉快そうに笑った後、二人に対して手を振った。

 

「じゃあな、お二人とも。クライマックスは近い。願わくば、俺にハッピーエンドを見せてくれ」

 

 そして、世界の狭間での邂逅は終わり、現実の秒針が動き始める。

 

 

●●●

 

 

 休憩の十分は過ぎた。

 対峙するのは、異なる二人。

 

「貴方たち二人を、殺します。この街が壊れる限界まで、力を解放して」

 

 神殺しの剣を構える、軍服の魔人は個人だ。

 強さとしては、個の極致。

 単独で世界すら終わらせる、殲滅者としての強さ。

 例え、神々ですら、彼女の決断を妨げられない。

 

「安心しな、葛葉ライドウ。憐れな殲滅者。勝負は一瞬で着く。無論、俺の大勝利でな? だから、今のうちから土下座の準備をしておくといいぜ」

 

 骨の大剣を担ぐ、再誕の馬鹿は群体だ。

 強さとしては、絆の集合体。

 誰かと絆を結び、誰かを嗤うのではなく、誰かに笑われることを選び、結果として、世界すらも味方に付けた道化師の強さ。

 例え、神々ですら、彼の言葉を妨げる権利は無い。

 

「第三十四代目、葛葉ライドウ」

「ちょっとスケベで格好いい男子高校生、天原晴幸」

 

 両者は示し合わせも無く、互いに名乗り合い、

 

「「――――推して参る」」」

 

 一瞬で決着を付けるべく、ギアを上げた。

 

「灰燼に帰せ」

 

 ライドウが振るうのは、神殺しの剣。

 神々すら焼き殺す。紅蓮の刃。

 これが振りぬかれれば、東北の田舎町に過ぎないその場所は燃え尽きて、人ひとり生き残ることは出来ないだろう。

 だからこそ、それよりも前に、手加減した全力などよりも、よほど早く、晴幸の『イカサマ』が発動した。

 

「――――ペルソナぁ!!!」

 

 ライドウの視界を埋め尽くすほどの大量の花びら。

 可憐なる桜色の目くらまし。

だが、ライドウはそれを小賢しいと切り捨て、剣を振るう。例え、どのような神や悪魔の力を借りようとも、己の一撃は防げないだろうと確信して。

 

「お前は本当にしょうがない妹だなぁ、おい」

 

 だが、その確信を伴った一振りは、余りにも呆気なく弾かれた。

 綺麗に、よどみなく、力を空へと流されて。

 ヒノカグツチという特級の武具が、『なんの変哲もないただの木刀』によって弾かれて、流されたのである。

 

「――――え?」

 

 視界の桜色が晴れて、ライドウはまず、目を疑った。

 何故ならば、そこには、居るはずのない存在が居たから。失ったはずの、兄の姿があったから。兄が、渋い顔をして、ジャージ姿で、木刀を構えていたから。

 まるで、いつかの日の稽古のように。

 だからこそ、ライドウの感情は烈火の如き怒りに飲まれた。今まで律していた鋼の理性も焼き払い、己の大切な記憶の一部を土足で汚そうとした相手を、この世界ごと斬り滅ぼしてしまおうとして、

 

「妹よ、構えなさい」

「え、あ?」

「――――構えなさい」

「…………は、ひ」

 

 けれど、その怒りは一瞬で沈下した。

 眼前に現れた兄の、ガチで怒っていますというトーンの声で、感情が氷点下まで下がってしまったのである。

 え? 偽物? 幻? でも、あの兄様のガチ怒りトーンは本物としか思えない。過去の再現? え? 何が? 何が起こったの?

 

「馬鹿な妹よ、稽古をつけてやる」

「う、あ、ううう……」

 

 否定と疑問が渦巻く中、ライドウは魂レベルで直感してしまった。

 眼前の存在は、間違いなく、本物の兄であると。

 彼女自身が、『心の底から再会を望んでいた、兄その物』であると。

 死者蘇生? 別の世界の魂なのに? どうして? どうして、こんなことが起こるの? 私はどうすればいいの? 

 どうすればいい? どうすればいいのだろう?

 混乱しながらも、稽古は始まる。

 木刀を持った兄が振るう剣。今まで敵対してきた神々に比べたら、何段も劣るはずのそれに、ライドウは翻弄され、惑い、受けることしか出来ない。

 

「力任せに振るな。剣術が下手だな、お前は相変わらず。そんなことだから、お前は間違えたんだよ、馬鹿」

「う、うるさい! うるさい! うるさい! 兄様の馬鹿! 私は! 私は!」

「すぐに感情的になるのが悪い癖だ」

「あっ」

 

 やがて、神殺しの剣は兄の一撃によって手から落とされた。

 眼前には、ガチ怒りした兄の姿が。

 その恐怖に、思わず、ライドウは目を瞑る。かつて、外なる神々の威圧ですら鼻で嗤った彼女が、たった一人の兄の怒りに怯えている。

 

「悪かったよ、お前を遺してしまって…………駄目な兄ちゃんでごめんな?」

 

 だが、そんなライドウの頭に置かれたのは、優しい兄の手のひらだった。

 恐る恐る目を開けて見上げると。そこには申し訳なさそうな兄の顔があった。違う、そうではない。そうじゃない、そんな顔をさせたくは無かった。

 ただ、ただ、私は、私は――――一緒に居られれば、それでよかったのに。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ! 兄様、兄様、私は、私は、貴方の誇れる妹でありたかったのに」

「…………あぁ、本当にしょうがない妹だ」

 

 長い時を経て、魔人と化したはずの魂はようやく、一人の少女へと戻る。

 ほんの僅かな奇跡に縋るように、兄の姿へ身を委ねる。

 そう、兄の姿が再び桜色に散るまで、七つの世界を滅ぼした殲滅者は、ただの妹として、兄の温もりを感じていた。

 

「勝てない相手が居るのならば、そいつに勝てる相手を用意すればいい。今の俺なら、世界からの加護を受けている俺なら、僅かな時間ぐらいなら、それを再現(イカサマ)可能だからな」

 

 奇跡の再会を為した晴幸は、けれど、それを誇るでもなく、淡々と呟く。

 

「愚者よ。七つの世界を滅ぼした愚者よ。その再会と離別こそが、お前への罰だ」

 

 裁定を為す者として。

 奇跡を起こした者の責任として。

 殲滅者へ、裁きを下す。

 

「精々、罪を抱いて苦しみ続けるといい」

 

 再会の奇跡は、魔人の刃を折り。

 やがて来る離別は、否が応でも彼女を正気に戻すだろう。

 例え、既に償いきれない罪を犯したとしても、彼女が死することは許されない。何よりも大切な者に叱られたが故に、彼女は苦しみに満ちた旅路を続けることになる。

 それが、葛葉ライドウと名乗った殲滅者と、天原晴幸という馬鹿の決着だった。

 

 

●●●

 

 

「……あ、あの、玲音さん。その、ですね。俺はですね、こう、頑張ってですね? 生き返って、最強最悪の敵をなんとか倒したわけで、その、ご、ご褒美というか……」

「…………」

「あああああ! 何その笑顔! 可愛い! めっちゃ可愛い笑顔だけどなんで無言!? どうすればいいの!? ねぇ、どうすればいいの、これェ!!」

 

 なお、ライドウとの死闘の後は、下心満載の晴幸が、玲音に対してヘタレ極まる対応が始まっていたという。

 どうやら、どれだけ覚醒しても、馬鹿は玲音に翻弄される宿命にあるらしい。

 

「…………」

「え? 何? 無言で目を瞑られたけど、え? そういうタイミング!? え? キスですか!? あ。はい…………避けられた!? 違うの!? え? 今度は抱き着かれた!? ちくしょう! 弄ばれている! 弄ばれているよ、俺!」

「にひひひっ」

「笑い方が邪悪ぅ!」

 

 もっとも、どんな凄まじい力よりも、それこそが、馬鹿が求めることなのだろうけども。

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