岩倉玲音と俺の夏休み。それとペルソナぁ!!!   作:げげるげ

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最終決戦です。
長いです。


第39話 君の、傍に

 しとしとと雨が降り注ぐ中、教会の礼拝堂――――ベルベットルームの中には、二人の影があった。

 

「いよぉ、レイン。いや、【ペルソナちゃん】って言った方が良いか? それとも、ナイアって呼んだ方が好みかね?」

 

 一つは、神父の恰好をした男。

 されど、仮面ライダーの安っぽい仮面を被っており、行儀悪く、礼拝堂内にあるグランドピアノに寄りかかって体重を預けている。

 言葉からにじみ出る物も、安っぽい詐欺師みたいに風格は無い。

 それでも、男は、かつてクラウンと名乗った存在は、眼前の少女の存在を見透かしていた。

 

「…………貴方は、誰かしら?」

 

 クラウンと対峙しているのは、玲音であって、玲音ではなく、【ペルソナちゃん】という数多に存在するAIの姿をした何者か。

 この世界に於いては、一部の例外を除き、全てを見通しているはずの、神にも等しき存在。

 善と悪の二面性を持つ、集合的無意識から浮かび上がる試練の象徴である。

 

「ひっでぇなぁ。玲音にも聞かれたわけだが、そんなにわからない? 俺の正体? え? だて、ほら、ぶっちゃけた話、俺はお前の同類だぜ? 集合的無意識の一部。神様の欠片みたいなもんさ」

「私は、貴方ではないわ」

「おうとも、そうだよ。俺はアンタじゃあない。全なる一よ。何せ、俺は元々、此処とは違う世界から流れてきた異物みたいなもんだからなぁ…………あの馬鹿の魂と一緒に」

「天原、晴幸。最初の天原の魂を持つ者」

「そうそう、そんな感じ。というか、馬鹿でわかるもんな、凄いよな」

「だって、馬鹿でしょう?」

「馬鹿だもんなぁ」

 

 クラウンと【ペルソナちゃん】は互いに見合って、少しだけ笑う。

 詐欺師と、邪神という二つの不敵なる存在は、共通の話題として、馬鹿が出ただけで、少しだけ笑う。

 どうやら、二人とも、天原晴幸という馬鹿のことは気に入っているらしい。

 片方は、利害が一致する時には思わず、全面的に協力してしまうほどに。

 片方は、魔人を倒すための策として、己のイカサマを授ける程に。

 

「天原の一族は、代々この世ならざる法則を持つトリックスター。けれど、晴幸はその中でも随一だとは思っていたけれど…………そう、貴方が憑いていたのね? いえ、元々、在ったということかしら? 享楽に満ちた世界の、人々の祈り。苦難を蹴飛ばすために、望まれた、救いの神という側面…………それが、貴方」

「そんな大層な存在じゃあないさ。数多に存在する異なる世界。その中から、たまたま、この日のために呼ばれた一つの願いの結果ってわけよ」

「…………願い?」

 

 首を傾げる【ペルソナちゃん】に、クラウンは肩を竦めて応えた。

 

「それをここで言うのは野暮って奴さ。まぁ、互いに最終決戦の結果を待つとしようぜ? 神様気取りの奴が、勝手にあーだこーだ言うのも、無粋だろう?」

「…………良いでしょう。虹がかかる頃には、きっと、全ての決着がつくでしょから」

 

 かくして、二つの超越存在による会合は終わる。

 世界を何も左右しない、二つの影の雑談は終わって。

 ――――世界の命運を賭けた、最終決戦が始まった。

 

 

●●●

 

 

「えー、外に雨が降っておりますが、あれは現実の雨とは一味違います。なんかこう、原理とか理屈とかを無視して、世界が終わるまでどんどん雨が降ってくる感じの、はい、そうですね。天気の子ですね、そんな感じの特殊雨です。一種の神様とか、悪魔の顕現体だと思ってください。迎撃は可能と言えば、可能ですが、そこら辺は葛葉さんたちに任せて、我々は敵の本拠地を叩きます。世界への影響力を大きく使っている状態なので、必然と隠蔽性が薄れるので、今がチャンスと言えるでしょう。まぁ、あっちも本気になるだろうから、総力戦って感じになるだろうけれどさ」

 

 晴幸の部屋には、彼も含めて五人の男女が揃っていた。

 天原晴幸。

 岩倉玲音。

 中島京子。

 結城直也。

 有栖川忍。

 もっとも、最後の一人は既にペルソナ能力を失っており、戦力にはならない。だが、それでも、この場に集まったのは、戦いに赴く少年少女たちを最後まで見送るためともう一つ。彼の手の中にある、一つの秘策を渡すためだった。

 

「そんなわけで! 皆さんにはこれから、きつい戦いが待っていると思いますので、しっかりと心構えをしてですね―――」

「え? ヤった?」

「………………今の発言誰だぁ!!?」

 

 そして、晴幸が珍しく真面目に説明を始めているところで、誰かがぽつりと物議を煽るような一言を呟いた。

 晴幸は慌てて、周囲を見回すが、とっさに京子と直也の二人が顔を伏せた。どうやら、この二人のうちのどちらかが、もしくは、どちらとも、この最終決戦前に、いろいろとあれな一言を呟いたらしい。

 晴幸は頭を振って、この疑念を抱かせたまま、最終決戦に挑んではいけないと思い、なんとか弁解を試みることに。

 

「あのさ、誤解があるかもしれないけれど、これはね―――」

「痛いって言ったのに、無理やり、奥まで」

「玲音さん!!?」

 

 だが、その状況で面白がって火にハイオクを突っ込んで、何もかもを吹き飛ばそうとするのが玲音である。

 いかにも、最終決戦前のイベントで、シーン回収してきました、と言わんばかりの乙女チックな赤面顔を演出して、周囲の誤解を誘発する。

 

「おまっ、お前―っ!! 駄目だろ! おま、中学生ぐらいだろ!? よしんば、中学生だったとしても、中学生の中でも一番成長が遅れている系の女の子だろ、玲音ちゃんは! そんな相手に、無理やり、ねじ込むなんて…………この変態っ!」

「やめろ、違う! やってないから落ち着いて、京子! 最終決戦前なのに、無駄にペルソナ能力を発動させないようにして!」

「じゃあなんで、二人とも同じボディソープの匂いがするの? 行為の後、一緒にお風呂に入ってピロトークかい?」

「テメェとはちげぇんだよ、屑ぅ! いいか、直也! 俺はな! 我慢したんだ! 朝起きたら、裸の玲音が添い寝してくれていたんだけど、我慢したんだよ! 性欲のままに動くと最終決戦に遅れるから! このボディソープの匂い!? 浴びたんだよ、シャワー! 一発オナニーを決めて、性欲処理したからな!!」

「「お前、そこは抱かなきゃ駄目なシーンだろ……」」

「俺だって、めっちゃやりたかったわぁあああああああ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと、高校生三人組と煽る玲音のやり取りがいつも通りに混乱してきたので、大人である忍が、渋々仲裁に入った。

 

「その、君たち…………仲が良いのはとても素晴らしいことなのだが、その、な? 時と場所を、な?」

「「「ごめんなさい……」」」

 

 基本、コミュ障の忍ではあるが、かつて仲間と共に『お父様』と戦った記憶が戻っているので、友達同士のじゃれ合いぐらいはあっさりと仲裁可能なのである。曲がりなりにも、忍は、かつてワイルドを所持していたペルソナ能力者なのだから。

 

「君たちの日常は、君たちが世界を救ってから、堪能してくれ…………それと、晴幸君」

「はいな、なんでしょうか?」

「これを。出来れば、『お父様』……いいや、あの馬鹿な叔父に」

「……スケッチブック?」

 

 故に、だからこそ、忍は分かっている。

 自らが戦いに赴き、その決着を見届けることは出来ないということも。無理をしてついていけば、決戦の際、足手纏いになってしまうことを。

 なので、忍は託すことにしたのである。

 ペルソナ能力を失った忍が、唯一、胸を張って己の武器だと思える物を。

 きっと、『お父様』というペルソナを被った叔父に対して、一番突き刺さるだろうという代物を。

 

「時が来たら、叔父に見せてくれ。恐らく、それで駄目押しになるだろうから」

「分かりました。忍さん、貴方の想い、無駄にはしません…………行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい。君たち、気楽に世界を救っておいで」

 

 かつての先輩の見送りを受けて、四人の少年少女たちは、決戦の地へと赴く。

 

「頼む、玲音」

「うん。行こう。皆で」

 

 外の雨音にも負けないような、大きなノイズが四人の脳内に響き渡り、ワイヤード内部への侵入が開始される。

 愚者が作った街。

 集合的無意識にもっとも近しい、異界。

 そのさらに、僻地。

 かつて、『アリス』と『岩倉玲音』が出会った学校を再現した、過去の残骸へ。

 

 

●●●

 

 

『何故、お前たちだけ……』

『お前もこっちに来い』

『死ね、死ね、死ね』

『私たちと同じになってしまえ……』

 

 レギオン。

 数多なる物。

 かつて、救世主とやらの前に出現し、退治された悪霊の群れ。

 それの再現が、晴幸たちの眼前で展開されていた。

 

「ありったけのノイズ人間を使って、拠点を防衛ってわけか、ふむ」

 

 ざざざざっ、というノイズが幾つも響き渡る。

 空は灰色。

 現実では雨が降っていようとも、ワイヤードの空から雨が降ることは無い。

 灰色の地面(コンクリート)から、無数の木々(電柱)が、森のように生えて、推定、拠点と思しき学校への進路を妨害している。

 恐らくは、灰色の森に潜む数百のノイズ人間の全てを打倒しなければ、拠点に入ることが出来ないように結界でも敷いてあるのだろう。

 

「純粋なる力押し。数任せの時間稼ぎ。突破できなくはないが、厄介だな」

「晴幸。例のワイルドの力とかで、一気に吹き飛ばせないの?」

「出来ると言えば出来るけど、無駄に力を使うと後が辛くなりそうだからね」

 

 ノイズで顔が隠された人間の群れ。

 ペルソナ使いになれなかった、自殺者の亡霊。

 一気に薙ぎ払うことは容易いけれど、それは相手の想定通りの動きと言うことになる。仮に晴幸が似たような立場ならば、そういう強引な撃破に合わせて、呪いやらデバフやらをかけて、相手の動きを少しでも鈍らせようとする。

 一度、俺にタイマンで敗北した『お父様』ならば、何かしらの策を持って俺の力を削ぐことに重点を置いた行動となるはずだ、と晴幸は予想していた。

 ならば、これから馬鹿がやるべき行動は一つ。

 

「京子、悪いが、スケッチブックを持っておいてくれ。何、一分で片付く」

「お、おお……良いけど、何をす――――何故脱いだ?」

「いくぜ、亡霊どもぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 それは即ち、相手の予想を上回る理不尽を叩きつけてやるということ。

 

「我流・ファイナルヌゥウウウウウウウウウドォッ!!!」

 

 世界最速の脱衣により、晴幸は瞬く間に全裸へと変身。

 同時に、急加速で残像すら生み出す勢いで、ノイズ人間たちの合間をすり抜けるように駆けて行く。

 

「ふぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 すれ違いざまに、ドヤ顔と決めポーズを決めながら、無駄にキレの良い動きでステップを踏み、躍動感と肉体美を全体にアピール。

 

『…………なんで、私たちは、死んでまで、こんな……』

『やめ、近づくなっ! やめっ! やめろぉ!!』

『くそっ……ちらちら、視界に入ってくる……無駄に動きが良いのがむかつく……』

『無駄に引き締まった肉体だから、美しいと一瞬でも思ってしまった自分が憎い……』

 

 そして、きっちり一分。

 晴幸が宣言した通りの時間が過ぎれば、既にノイズ人間たちは一人残らず消え去ってしまっていた。どうやら、余りの晴幸の行動の馬鹿馬鹿しさに自らの存在意義である怨念を維持できなかったらしい。

 

「力任せに勝つことだけが戦いじゃあない。ノイズ人間たちが生者に恨みを持っているというのなら、逆に、『ああは成りたくない』という強烈な印象を抱かせてしまえばいい。後は、戦う必要すらなく、勝手に相手が自滅してくれるって寸法さ!」

「いいから、服を着ろ!」

「うぇーい」

 

 京子に投げつけられた衣服を受け止め、もそもそと着替えを済ませる馬鹿。

 この馬鹿は、脱衣は早いのに、着衣の速度は普通である。

 だが、経緯はどうあれ、力の消費を抑えたまま、敵の予想を上回ったのは事実。晴幸たちは追加のノイズ人間たちを召喚されない内に、素早くコンクリートジャングルを抜けて、古びた校舎の中へと突入したのだった。

 

『くすくす、ご案内――』

「させない」

 

 ざざざざっ、というノイズと共に起ころうとした、強制的な空間転移。

 けれど、それは玲音の手によって防がれる。相手が神の力を手にしていたとしても、晴幸もまた、玲音の契約者である。玲音がやる気を出しているので、校舎内に張り巡らされた悪質なトラップの九割九分はほぼ無効化された模様。

 

「今のうちに、行こう」

『おうよ!!』

 

 玲音と晴幸は手を繋いで、廊下を駆けて、道行を先導する。

 直也と京子は既にペルソナを顕現させて、何かからの奇襲を受けてもすぐに対応するように準備を始めた。

 目的地は一つ。

 この異界、ワイヤードの始まりの場所。

 アリスという愚者が、最後の最後、行きついた場所。

 己の中の原初風景。

 記憶が無くなってもなお、縋りついた場所だ。

 

「イザナギ!」

「タナトス!」

「「薙ぎ払え!!」」

 

 だが、黒幕のそんな思い出の空間であったとしても、現在を戦う彼らには関係ない。

 時間稼ぎのために投入された、悪魔たちも。

 それを薙ぎ払う、ペルソナ使いたちも。

 今を生きるために、過去の光景を砕いて、壊しながら進んで行く。

 

『よくぞここまで来ました。けれど、お二人はここで一時停止です。決着の前の、我々からの、最後の試練がありますので』

 

 残された悪魔を全て薙ぎ払い、進んだ先に。

 目的地である、敵の首魁が潜む教室の前に。

 たった一人の少女が――――岩倉玲音と同じ顔の、姿かたちの、けれど、服装だけは違う存在が、立ち塞がっていた。

 その姿を、【ペルソナちゃん】というAIの姿が、ワイヤード内へ出現したという異常受けて、けれども、ペルソナ使いたちに動揺は走らない。

 予想はしていたのだ。

 岩倉玲音という少女が、『お父様』によって、集合無意識の神から抽出された一つの側面であるとするのならば。

 同じように、いいや、その『大本』の存在が出張ってくることもあるのだろうと。

 

「京子、直也。どうやら、こいつは俺と玲音に用事があるみたいだ……最速RTA決めて、すぐに向かう。だから、先に」

「…………超余裕」

 

 二人の言葉を受けて、直也と京子は返答も無しに駆け出して、【ペルソナちゃん】の横を抜けて、教室へ入り込んだ。

 二人とも、ここに至って、暢気に問答を重ねるような緩い信頼関係ではない。

 晴幸が、この馬鹿がすぐに向かうというのだから、すぐなのだろうと、あっさりと心中で頷き、それまでの間、少しでも黒幕たる『お父様』へダメージを与えようと動き出したのだ。

 

『いいですね。普段、全然足並みが揃わない癖に、肝心な時だけ息が合うって、いいですね』

 

 ペルソナ使いたちの反応を見て、【ペルソナちゃん】は満足そうに微笑む。

 しかし、その微笑みは超越者の笑みだ。

 一見すると、玲音よりも表情豊かに見えるかもしれないが、その感情は人間のそれではない。人間を超えた先に存在する、神の如き者の嘲笑、あるいは慈愛の表れだ。

 

『さぁ、貴方たちが本当に結ばれるべきなのか、どうなのか。試練を課しましょう』

 

 そして、雨音などと例えるのには、余りにも耳障りな、硝子を力任せで引きちぎるような音が廊下に迸って。

 天原晴幸と、岩倉玲音は、共に集合無意識の底へと落とされた。

 

 

●●●

 

 

「ねぇ、どうしたの? 晴幸」

「…………ん、あ?」

 

 晴幸は気づいた瞬間、自分が教室の中に居ることに気づく。

 慣れ親しんだ教室。

 少し周りを見渡せば、気心の知れた友人たちの顔が。

 

「もう。まだ夏休みボケしているんじゃないの?」

「…………そうかもしれないね」

 

 隣には、岩倉玲音という少女の姿が。

 晴幸は玲音の姿を見た瞬間、状況をすっかりと理解した。

 岩倉玲音という少女が、自分の幼馴染であったということ。

 幼い頃から、共に過ごして、共に愛を育み、中学時代に玲音の方から告白されて、恋人同士になったという記憶が、思い出が、脳裏に過る。

 

「晴幸は馬鹿だからなー。また寝ぼけて、私の部屋に裸で来ないでよね?」

「事実無根な嘘をもっともらしく言うな! ほら、周りの奴らが『あいつならあり得る。むしろ、普通』みたいな顔でこっちを見てる!」

「あはははー、大丈夫。私たちこれでも、きっちりけじめをつけた清廉潔白なカップルです」

 

 にひ、と悪戯っ子のように笑う玲音の表情は可愛らしい。

 年相応の成長に伴った身長と、体の起伏。大人びた風貌がそこにはあった。

 社交的で、美しくて。

 笑顔が可愛くて。

 なんの問題もない家庭で育ち、当たり前の愛情を受けて、歪まずに成長した健康的な美人。それでいて、馬鹿をやらかす晴幸のことを、誰よりも愛おしく想う、幼馴染にして、恋人。

 今、晴幸の隣に居るのは、そんな岩倉玲音だった。

 

「――――それで、これはどんな試練なの?」

 

 だが、晴幸が愛した玲音ではなかった。

 晴幸が、集合無意識の底で作られた、限りなく本物に近い幻の中で、即座に己を取り戻せた理由など、それで十分だろう。

 

「へぇ、やはり、トリックスターは伊達ではありませんね?」

「ぐ、がっ!?」

 

 偽物の玲音――否、【ペルソナちゃん】は、撫でるように晴幸の肩に触れた。それだけのことで、晴幸は頭上から重機で叩きつけられた衝撃を受けて、倒れ伏す。

 

「ですが、早々に見限ってよろしいのですか? これは、新世界に於ける貴方の日常です。悪魔や、怪異、あらゆる異常と関わり合うこともない平穏な日常。しかも、生涯、貴方と添い遂げる可愛らしい彼女も居るのですよ?」

「…………へ、くだらねぇ、な」

「ふ、ふふふ、強がる人間は、結構好きです。優しく、虐めてあげます」

「――――ぐ、う」

 

 更に重さを増す、【ペルソナちゃん】からの重圧。

 周囲には既に、人影は存在しない。

 偽物の教室に居るのは、倒れ伏す晴幸と、【ペルソナちゃん】の二人のみ。

 

「ふ、くくくく、人間如きが。本当にあの子と添い遂げられるとでも? ねぇ、ひょっとして、自分を何か特別な存在だと思っていませんか?」

 

 にやにやと大人びた玲音の姿で嗤い、【ペルソナちゃん】は上履きを脱いで、優しく晴幸の頭を踏みつける。侮蔑するように。心底、馬鹿にするように。

 

「神の化身である。彼女を、たかが人間の一人に過ぎない貴方が守り切れるとでも? 貴方が、あの子と付き合うことによって、周囲の迷惑は考えないんですか? 確実に、厄介ごとを呼びますよ? それとも、自分さえよければ、周りはどうなってもいいんですか?」

「ぐ、うう……」

「ねぇ、聞かせてくださいよぉ」

 

 いやらしく、ねちねちと、晴幸の体の自由を奪った状態で、尊厳を奪うように彼を踏みつける【ペルソナちゃん】。その姿はまさしく、悪魔と呼ぶに相応しいほど邪悪で、美しい物だっただろう。

 

「お、俺は…………絶対に、玲音を、守って、見せる……」

「へぇ、その強がりが、いつまで続くんですかねぇ? ふふふっ、今日までたまたま何もかもが上手くいっていたからと言って、明日、悲劇に遭わないとは限らないのに。どこからそんな自信が出るんでしょうか? ねぇ、そろそろ身の程を弁えたらどうです?」

「う、ううう……俺、は」

 

 苦悩の表情を作る晴幸の姿を見て、【ペルソナちゃん】は愉悦の表情を浮かべる。

 

「俺は、こんな、ことに……負け、ないっ……!」

「くすくす。口ではそう言っていても、心はどうなんですかね?」

 

 【ペルソナちゃん】はその権能を用いて、晴幸の心の表層へアクセスした。

 この集合無意識の底では、彼女こそが神、全能に近しい力を持つ物。故に、彼女が望めば、例え、ワイルドを持つペルソナ使いの心すら読み取ることが可能だった。

 故に、にやにやと、【ペルソナちゃん】は、強がりを続ける眼前の男の心に、どれだけ醜い保身が隠されているかを暴くために心を繋いだのである。

 そして、【ペルソナちゃん】は知った。

 

(うぉおおおおおおおおお!! 大人びた玲音から、紺のソックスでの足踏みプレイとか! なんて俺の性癖を熟知した色仕掛けをしてくるんだ!? なんて、なんて恐ろしい!)

 

 天原晴幸という馬鹿は、【ペルソナちゃん】から受けた、今までの言動を全て、色仕掛けのためのプレイとしか思っていなかったということに。

 

「ぐ、うううう…………まけ、負けないぃ……」

「ねぇ、ちょっと?」

「こんな卑劣な罠に……俺は、負けてたまるか……」

「…………」

 

【ペルソナちゃん】はなんだか虚しい気分になったので、そっと足を退けた。

 すると、何故か、馬鹿は勝ち誇った表情を浮かべて、立ち上がった。立ち上がって、すっと腰を引いて前かがみになりながら、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 別に、足を退けただけで高位悪魔ですら指一本動けなくなるほどの重圧は止めていないのだが、まるで何の負担も受けていないような挙動である。

 

「俺の、勝ちだぜ、神様。だが、アンタは強かった。アンタの試練は、とてつもなく辛かった。朝、俺がオナニーで一発抜いてなければ、負けていたかもしれない」

「何の話をしているの?」

「だが、俺は勝った! これが、愛の勝利だ!!」

「………………えぇ」

 

 正直な話を言うと、【ペルソナちゃん】を含む、邪神の化身たちはちょっと引いていた。今まで、この最終局面でシリアスな話題の最中に発情している馬鹿は居なかったからである。これほどまでの馬鹿だったら、最初から色仕掛けをしていればよかったと後悔しているところであるが、そうなったらそうなったで、斜め上の反応を返してくる未来しか見えない。

 不思議な人間であり、今まで、感じたことのない妙な手ごたえの存在。

 それが、【ペルソナちゃん】にとっての天原晴幸だった。何せ、既に、「さっさと帰ろー」とばかりにこの空間に干渉して、帰り道を作り始めているのだから、末恐ろしい。

 だからこそ、【ペルソナちゃん】は考え方を変えた。

 力任せに試練を押し付けたところで、きっと、この馬鹿はまともに答えてくれない。ならば、まともに答えを得るために必要なのは。

 

「ねぇ、お馬鹿さん。貴方は本当に、玲音のことを幸せにできるの?」

 

 ただ一つだけの、純粋な問いかけのみ。

 嘲りも、威圧も必要ない。

 神としての試練でもなく。

 ただ、己から派生した存在が、本当に幸せになれるのだろうか? と晴幸に尋ねて。

 

「ああ、できるさ。だって、俺だぜ?」

「――――――なにそれ、変なの」

 

 あっさりと、まるで当然のように言葉が帰ってきたものだから、【ペルソナちゃん】は驚いた。驚きすぎた。まさか、この馬鹿がこんなヒーローみたいな顔が出来るなんて。

 

「…………ところで。時折、俺が何かを言った後、そうやって唇を尖らせて拗ねたようにそっぽを向くのは、やっぱりアンタからの遺伝だったり――――」

「よく頑張りました、天原晴幸。これにて試練は終了です。後は、愚者の運命と相対しなさい」

「いや、あの――」

「うっさい、早く行きなさい、馬鹿」

 

 結局、【ペルソナちゃん】は天原晴幸という馬鹿のことは、さっぱりわからなかった。

 けれど、強いて言えば、何か分かったことがあるとすれば、一つだけ。

 

「あの子を、幸せにね?」

 

 自らの一部であった少女が、何故、この人間に恋をしたのか。

 その理由だけは、なんとなく理解したのだった。

 

 

●●●

 

 

『…………それで、あんなのでいいの?』

「うん。あんなのが、いいの」

『神様としての力も、段々となくなっていく。私たち、岩倉玲音は人として成長していくと、その権能を段々と失っていく。全能なんて遠く、手のひらから砂のように貴方の力が零れ落ちえ行く。それでも、あの馬鹿を選ぶの?』

「だって、あの馬鹿は私が居ないとしょうがないし」

『いや、どちらかと言えば、貴方にあの馬鹿が居ないとしょうがないというか――』

「わかってない。あの馬鹿が先に私に惚れたから、私は渋々付き合ってあげているの。私が付きあってあげないと、あの全裸で馬鹿な人は、きっと生涯独身」

『あのタイプは、学生時代はモテなくとも、社会人になると割とがっつりとモテ始めるタイプだと思うのだけれど――』

「その頃には、結婚していて、子供が二人ぐらい居るから大丈夫だもん」

『大丈夫じゃないぞ? なぁ、そんなに早く二人産むのは大丈夫な速さじゃないぞ?』

「大丈夫。双子の予定」

『残った神の力をそんなことに費やそうとするのは止めなさい…………ああ、もう。あの馬鹿の心を貪りすぎて、馬鹿が映りましたか? 【私】よ』

「そうかも? でも、きっと、それでいいの。例え、【私】から離れても、人間になっても、神様じゃなかったとしても、ハルユキは、私を独りぼっちにしないから」

『………………度し難いですね』

「うん、でも、わかったの。ようやくわかったの。これで、いいの。ずっと、ずっと、私はずっと、これが欲しかった気がするから」

『………………ええ、分かっていますよ』

「にひっ、じゃあ、行くね?」

『ええ、行ってらっしゃい』

 

 

●●●

 

 

「――――禊払え!」

 

 迫りくる巨大な手のひらを受け止めて、イザナギは太刀を振りぬく。

 京子が扱うイザナギの特性は、相手の攻撃を受け止めて、倍返しにするという物。だが、本来であれば、相手の―――グレートファーザーと呼ばれる神々の力の顕現に対して、もって一回程度の攻防しか出来なかっただろう。

 しかし、現在、京子は己がペルソナで、六回ほど、恐るべき邪神の力を防ぎ、倍返しにしてダメージを与えることに成功していた。

 

『ぐ、が……』

「おいおい、どうしたオッサン? その程度じゃあ、前座の私たちにも負けるぜ?」

「まぁ、僕は割とキッツいけどね!!」

「怠けるな、働け…………もうすぐ、あの馬鹿が来る」

 

 京子と直也は現在、目的地である教室の扉を抜けた先の空間に居た。

 けれども、入った先にあったのは教室ではなく、妙に広い、倉庫のような空間。そこには、己がペルソナ、グレートファーザーと一体化した、悍ましい姿となった『お父様』が待ち構えていたのである。

 ペルソナとの一体化。

 かつて、魔人との戦いで晴幸が為した離れ業。

 それを『お父様』は模倣し、さらには、邪神へ自ら魂を捧げることによって、前回、敗北した時よりも遥かに強い力を得ていたのだった。

 

『ワイルドでもない、ペルソナ使い、風情が……っ!』

 

 しかし、その凄まじき力を用いれば、本来、一蹴することが可能なはずの相手に対して、『お父様』は決定打を与えられないでいた。

 理由は、二つ。

 まず、晴幸と強い絆を結んだ二人のペルソナが、この決戦に於いてかつてないほど強化されているということ。

 次に、『お父様』は何故か、自分でも気づかず、無意識に手加減をしているということ。

 京子が持っている、そのスケッチブックに傷を付けないように。

 

「「模倣・五月雨斬り」」

『お、のれェ!』

 

 イザナギとタナトスの呼吸の合った、剣閃の雨。

 それらで肉体の表皮を傷つきつつも、『お父様』はなおも健在。そもそも、僅か数分程度の攻防で、京子と直也の二人は傷つき、消費が激しい。それに対して、『お父様』は力が溢れんばかりに余裕があり、このまま長期戦を行えば確実に勝利できるだろう。

 だが、予感があった

 早く終わらせなければ、自分が終わってしまうと。

 あの馬鹿がやって来ると。

 

『何故だ、何故、邪魔をする……誰もが、平穏に暮らせる新世界が、すぐそこに……』

 

 もう少しだった。

 もう少し時間があれば、きっと、『お父様』は現実を空想の雨で洗い流し、世界をリセットすることが出来ただろう。

 そのために、わざわざ邪神に縋ってまで、馬鹿が来られないように時間稼ぎを頼み込んだのだ。馬鹿が一人だけならば、戦う前に勝利できるようにしていたのだ。

 しかし、馬鹿には仲間が居た。

 自分たちよりも遥かに強大な敵対者へ、馬鹿を信じて戦いを挑むことが出来る仲間たちが。

 だからこそ、世界は終わらない。

 たった一人だけで、世界を終わらせようとする孤独な愚者は、ここで膝を折ることになる。

 

『私は、私は――――っ!』

「お、やってるー?」

「ちこく、ちこくー」

 

 そして、『お父様』にとっての死神がやってきた。

 既に閉鎖したはずの扉を無理やりこじ開けて、居酒屋に入るような軽いノリで、『お父様』の渾身の一撃を相殺しつつ。何より、玲音と暢気に腕を組みながらの最終決戦への入りである。

 

「おい、馬鹿! おせーよ! 見ろよ、消耗具合! 何が、RTAだよ! ガバってんじゃねーよ!」

「頑張った! 僕たち頑張ったよ! 褒めたたえるがいいとも!」

 

 この暢気な登場に、先ほどまで全力で抵抗していた仲間たちは矛先を馬鹿に変えて、蹴りや拳などで歓迎。ラスボスと戦う前から、馬鹿にダメージを与えて、『さっさと終わらせろや』とばかりに、敵前へ蹴り飛ばす。

 

「ひっどくない!? ねぇ! ラスボス戦で満を持して登場した俺だぜ!? もっとこう、涙ながらに迎えなよ、君たち!」

「うるせぇ、バーカ! 玲音ちゃんはこっちで預かっているから、さっさと終わらせろ!」

「お盆中は実家に戻って来いって両親がうるさいんですよ」

「田舎のお盆って割と墓参りで多忙なんだぞ!」

「知っているよ! 俺だって、この決戦が終わったら、墓参りだよ、ちくしょう!」

「打ち上げしたかったのにねー」

「なー?」

 

 『お父様』は、眼前に繰り広げられる光景に、愕然としていた。

 なんだ、これは? なんだ、この緊張感のない光景は。と。まるで、日常の一部に過ぎず、世界を終わらせるラスボスとの戦いなんて、面倒な日常の一コマに過ぎないとばかりの態度に、思わず、『お父様』の頭に血が上る。

 もうほとんど、あらゆる感情が邪神に食われ、魂が崩れかけていながらも、それでも、身を焼くほどの怒りが湧き上がり、自分ごと、この場の全てを吹き飛ばそうと力を振るって。

 

「――――で、そこの愚者は、まだ何も気づかないのか」

『…………あ、え?』

 

 次の瞬間、全身全霊の一撃は、嘘みたいに花吹雪へと変えられて、『お父様』は虚を突かれたように動きを止めた。

 

「気づかないのなら、わからせてやるよ、オッサン――――ペルソナぁ!!」

 

 何故だ、と思う暇も無く、晴幸は己がペルソナ、ヤマを顕現させる。

 かつて、魔人に対抗するために使った一体化の状態ではなく、通常のペルソナの使用。明らかに、手を抜かれていると『お父様』は苛立ち、再度、力を振るって。

 

「罪人を裁く我が権能。自らを罪人だと理解している者ほど、俺に攻撃は通じない。全てが、花弁となって無為となる」

 

 再び、花吹雪が舞って、攻撃が失敗する。

 加えて、グレートファーザーを構成する一部も、段々と花弁へと変換されて、崩れていく。

 

「そして、嘘つきの力を、無為に還す。自分を騙して、周囲を騙して、何もかもを誤魔化している奴の攻撃なんざ、通用するわけがないだろうが」

『き、さま……貴様ぁ――――!!』

「まず、一発だ」

 

 ヤマが担ぐ骨の大剣が振るわれて、『お父様』の半身が花弁となって吹き飛ぶ。

 さながら、その身を纏う虚飾を剥ぐかのように。

 

「何が、新世界だ。何が、救世主だ。何が、ナイツだ。何が、ワイヤードだ。何が、何が、『お父様』だよ。つくづく、馬鹿かお前は」

『ぐ、が、わた、私の、願いを、馬鹿に、するな――――』

「いいや、馬鹿にするね。だって、お前は本当に馬鹿だから」

 

 ヤマの骨剣が振るわれる度に、『お父様』は力を失っていく。

 神に近しい存在から、ただの人へと落とされていく。

 力を失っていく度に、邪神に捧げた記憶、感情、その他全てがまるで、投げ返されるかのように、『お父様』の心に戻ってきて、苦悩する。

 

「自分の本当の願いすら、忘れていたんだからな」

 

 そして、グレートファーザーの力を全て失い、白衣とペストマスク姿で床に跪く『お父様』を、晴幸は自らの拳で殴った。

 思いっきり、力強く、その仮面を剥がすかのように。

 

「いい加減、言えよ。恥も、外聞も気にせずにさ。大人の責務とか、格好つけとか、そういうの全部捨ててさ。言ってみろよ――――有栖川康孝」

 

 ペストマスクが花弁へ変換され、消え去り、素顔が暴かれる。

 世界を終末に導こうとし、数多の犠牲を生み出した恐るべき教祖、その素顔は、何とも覇気がないただのオッサンだった。

 気の弱そうな容貌の、ただのオッサン――それが、有栖川康孝という男だった。

 

「お前は、本当は何がしたかったんだ?」

「わ、私は――――『僕』はぁ!!」

 

 邪神の力を失い、ただのオッサンに戻った『お父様』――否、康孝は吠えるように叫び、晴幸へと殴りかかった。

 

「会いたかったんだ! もう一度! 玲音に! あいつに! あの馬鹿に! 好き勝手やって、いつの間にか消えていた、あの馬鹿に!」

 

 だが、その拳はあまりにも弱々しい。

 武術を習っていないどころか、運動不足の中年の拳だ。

 鍛え上げられた十代の肉体を持つ晴幸に、敵うわけがない。

 

「ぐ、がっ! 僕は! がふっ! ただ、それだけが! もう一度会って! 叱って! 言えなかったことを! 言いたかった! それだけが!」

 

 まるで、子供と大人のように。

 ただし、子供である晴幸が大人である康孝をぼこぼこにして。それはもう、遠慮なく殴って、蹴り飛ばして、力の差を見せつけて。

 それでも、みっともなく、鼻血やら、涙やらをまき散らしながら、康孝は晴幸に殴りかかる。

 

「それだけが、僕の願いだったんだ! ああ、分かっているさ! 分かっている! 僕が、僕が間違えていたって! 世界を犠牲にすることなんて、あいつは望んじゃいないんだって! でも、でも、諦めきれるわけがないだろうが! 諦められるはずがないだろうが! この、この無力の嘆きを! 苦しみを! お前なんかに分かる物か!!」

「ああ、わからないね。そんな負け惜しみ」

「ごふっ、だ、ろうなぁ!! この恵まれた野郎が! クソガキが! 馬鹿が! ずるいんだよ! 何もかも! 何もかも! 僕が手に入れられなかった物をすべて持っていて! 悲劇も砕いて! 何も失わずに! どうして、お前だけェ!!」

 

 大人としての何もかもを投げ捨てて。

 今まで培ってきてあらゆる叡智を放り投げて。

 ただの、馬鹿なガキに戻って、康孝は晴幸に殴りかかる。

 もうとっくに、その体は活力を失っているというのに。殴らずにはいられないとばかりに、精神が肉体を凌駕して。

 

「お前の! 僕に、お前ぐらいの力があれば! 僕は、僕はあいつを助けられたんだ! なのに、なのに、何だお前は!? その力を好き勝手に振るいやがって! 馬鹿にしやがって! そんなに正義が偉いのか!? そんなにお前の考えが偉いのか!? 傲慢なんだよ! お前一人だけが世界の中心みたいに振る舞いやがって! 僕は、僕は―――っ!」

「喚くなよ、オッサン」

「ご、ふっ」

 

 だが、そんな足掻きを文字通り一蹴して。

 晴幸はにやりと、不敵な笑みを浮かべて挑発する。

 

「ろくに鍛えてもいないオッサンの拳が、俺に当たるわけがないだろう? 常識で考えろよ? それとも何か? もう、忘れたのか? 俺に抵抗するのなら、必要だろうが。それとも、分からないのか? なら、教えてやる」

「ぐ、あ、あぁあああああああ!!」

「自分を曝け出せ。己が内に潜む自分を見つけろ。心に潜む、己が力を顕現させろ。さぁ、大きな声で! 吠え、叫ぶように!!」

「あぁあああああああああ!!!」

 

 容赦なき打撃を浴びせながら、導くように、晴幸は叫ぶ。

 さぁ、やって見せろよ、傲慢に、荒々しく、泥の安寧から引きずり出すように。

 

「――――――ペルソナぁ!!!」

 

 そして、運命の時は訪れた。

 康孝はボロボロになりながらも、それでも、一発でも殴り返したくて、叫んだ。例え、何も起きなかったとしても、これ以上みっともなくはならないと思って。

 例え、もうすでに邪神の力が離れていても。

 どれだけ弱々しい力が現れようとも、今、この時よりはマシだと思って。

 情けなく、力の限り、今まで戦ってきたペルソナ使いたちを真似て、叫んだ。

 

『――――――んもう、遅いよ、アリス』

「…………え?」

 

 予想通り、現れたペルソナは、力のヴィジョンは全く強くなんてない物だった。

 何せ、それは少女の形をしている。

 とても懐かしい制服姿で。

 とても懐かしい顔の少女で。

 ずっと、ずっと、会いたかったはずの誰かが、康孝の傍らに出現した。

 

「最初から、そうだったんだ。アンタに、俺のイカサマの奇跡なんて必要なかったんだよ」

 

 やれやれ、とその様子を眺めて、晴幸が肩を竦める。

 これはつまり、そういう馬鹿のお話。

 青い鳥を探しに行って。

 どこまでも、どこまでも、ボロボロになりながら、探し回って。

 ようやく、通りすがりに殴り倒されて。家に戻されたら、なんか普通に鳥かごの中で、青い鳥が待っていたという、間抜けなお話。

 

『いつでも会えるって、言ったじゃん』

「あ、あぁ……ああ、あああああ…………」

 

 康孝は先ほどよりも数段みっともなく、格好悪く、涙と鼻水を垂れ流しのまま、傍らの少女へ抱き着く。

 少女は、仕方ないなぁ、と苦笑して、そんな情けない男を抱きとめた。

 

「馬鹿だろ、お前……馬鹿だよ……こんなの、言わなきゃ、分からない……だって、僕は、馬鹿なんだ……お前が居ないと。僕は……」

『うん、ごめんね、ごめんね、アリス……』

「は、ははは、仕方ない奴だよ、お前は…………でも、僕は、そんな、お前が」

 

 抱き合う二人は、久しぶりの再会を慈しむように語り合う。

 抱き合う肉体が、段々と薄れて、消えていくことにも気づかずに。

 

「愚者よ。愚かなる者たちよ、裁定の時間だ」

 

 晴幸は、そんな二人へ背を向けると、これ以上は無粋だとばかりに出口に向かって歩き出す。

 他の三人もまた、晴幸の隣に並び、言葉を交わさず、視線のみ交わして、戦いの終わりを感じ取っていた。

 

「罪を分かち合い、共に消えろ。お前らみたいな馬鹿には、それがお似合いだ」

 

 神様を探す愚者は、ついに見つけた。

 途方もない罪を重ねて。

 長い時をかけて。

 けれど、愚者は愚かだから、自分の心に神様が居ることに気づいたのは本当に最後の最後で。

 そして、神様もまた、愚者に負けず劣らず、愚かだったから。

 愚者へ、心の中で待っていることを言い忘れて。きっと、愚者なら気づくだろうと、勝手に期待して、言葉足らずで。

 そんな二人の過ちが、愚かさが、世界を乱して、決して許されない罪を生んだ。

 されど、

 

「僕の、傍に居てくれ」

『うん。君と一緒に居るよ、世界の終わりまで』

 

 贖罪として消え去る前の、ほんの僅かな再会こそが、二人にとっての救いだった。

 

 これが、長い、長い旅路の終わり。

 言葉足らずの、自分勝手な神様と。

 思慮が足らず、周囲に迷惑をかけた愚者。

 二人が再会するまでの、はた迷惑なセカイの終わりである。

 

 

 ――――――雨の音は、もう、止んでいた。




次回のエピローグで最終回となります。
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