玲音が拗ねて口を利いてくれなくなったので、仕方なく俺たちはこのワイヤードなる街を探索することにした。
「なー、悪かったって。分かる、うん、俺も分かるよ? 中学生の頃、そうだったもん。これでも、俺は真剣に魔術とか、武術を使いたくて練習したんだけどさー。結局、魔術の方は使えなかったんだよ。武術はそれっぽいのを漫画から引用して真似ることが出来たけどさー」
「…………」
「だから、悪くない。むしろ、中学生の間にさ、そういう熱っていうのかな? そういう病にかからない人ってのは、面白味が無いと思うのよ、俺は。そう、つまりは成長に必要な過程なんだよ、分かるかな?」
「…………」
「駄目だ、完全に拗ねてやがる」
このワイヤードと言う街は、奇妙な場所だった。
何せ、誰も居ない。都会の真っただ中みたいな構造で、道路の脇には店やコンビニが見えるというのに、店内には誰も居ない。なのに、商品とかはずらりと棚に並んでいる。その上、賞味期限もまだ大分遠い物ばかりだ。
無人の街。
どれだけ大きな声を上げても、誰も居ない。
途方に暮れて空を仰げば、蜘蛛の巣の如き電線が、空を閉すように張られている。電線の下には、コンクリートの電柱が、規則性なく、道路でなくともお構いなしに建てられている。
ここは、明らかにおかしい場所だった。
唯一、何かを知っていそうな玲音も、今はすっかり拗ねて、定期的に俺の脇腹を手刀で突いてくるだけのリアクションしか取ってくれない。
「うぐ、げぇ……」
「大丈夫かい、京子? 屋外がしんどいようだったら、何処かの店の中で休む? お金をレジに置いといて、薬とか水とか貰ってくる?」
そして、京子は体調を崩してしまっていたので、現在は俺の背中で負ぶわれている。
どうにも、平衡感覚が狂ったような気持ち悪さで、まともに歩くことも出来なくなってしまっているようだ。
「ば、馬鹿か、お前は。ヨモツヘグリを、知らんの、か? 明らかに、異界だろうが、ここは。そんな、ところで、飲み食いしたら、戻れなくなる、ぞ?」
「えー、知らんよ、そんな小難しいのー。あ、でも、マヨイガは知っているぜ? 程よい盗人には、幸が訪れるって話だろ?」
「微妙に違う……つーか、なんでマヨイガを知っていて、ヨモツヘグリを……ええい、とにかく、だ。飲み食いはするな、極力、な」
「はぁーい」
「あ、あと……そ、その……む、胸が当たっても、き、気にするなよ!? 絶対に、意識するな! いいな!?」
「む……ね……?」
「当たってるだろ!? なぁ、当たっているよな!? 何、『え? これ肋骨じゃないの?』みたいなリアクションは止めろ! 絞め殺すぞ!」
ただ、俺にアドバイスをしたり、怒鳴ったりする元気はあるみたいなので、今すぐどうにかはならない様子。
けれど、困った物である。
神隠しというのは、東北地方では結構昔話に出てくる現象であるが、流石に、現代っ子のこの俺はそこら辺に詳しくない。民俗学者とかが、パーティに居てくれれば、この場で何かしらの仮説を披露してくれるだろうに、この場に居るのはハッカーと馬鹿と、よくわからない美少女だけだ。
「とりあえず、探索を続けるしかないか。何もせずぼーっとするよりは、気分がマシになるだろうし。探索している内に、何処かの誰かが機嫌を直してくれるかもれないし」
「…………」
「ありゃ? やっぱり、まだご機嫌が――――」
「来た、よ」
「ん?」
ざ、ざざざざっ、という夕立ちの如きノイズ音がどこからか聞こえたかと思うと、急に、目の前の風景が歪んだ。
「預言を、実行せよ」
「預言実行せよ。預言を実行せよ」
「御許に、【岩倉玲音】を、届けよ」
風景が歪んだのは一瞬の出来事だったのだが、その間に、五人の男女が現れた。
年恰好がバラバラで、一番年上は白髪の混じった壮年のサラリーマンだったり、一番下が、ランドセルを背負った小学校低学年の少女だったりする。
だが、皆一様に言動がおかしい。
まるで、操り人形みたいに生気の無い目をして、ロボットみたく、ぎこちない動きでこちらに歩み寄ってくるのだ。
「冥府から、死者が溢れ出ている」
彼らを見て、俺の隣に居る玲音は、ぽつりと呟いた。
ここで、俺はようやく気付く。玲音の言動は全て、中二病のそれでは無く、『本物』だったんだって。
「「「――――シフト」」」
それを証明するかの如く、五人の男女は、俺たちの目の前で変貌――いいや、『変身』した。
ざざざざ、という音と共に、ボールペンで間違えた場所を塗りつぶすみたいな、乱雑な黒の線が、五人の体を塗り潰して、そして、化物が現れた。
『ゲゲゲゲッ』
『マルカジリ! マルカジリ!』
『オレサマ! オマエ! マルカジリ!』
奇怪な化物だった。
まるで、地獄絵図に出てくる『餓鬼』の様。
体全体が骨ばっていて、痩身であるというのに、腹だけがぽっこりと大きく出ている。手足は細くとも、指の先がかぎ爪のように鋭く、ぎょろりとした大きな獣の眼球は、こちらを見て、嗜虐的な感情を隠していない。
「に、げろ」
『ゲゲゲッ!』
背中から、京子の押し殺した声が聞こえたのと、化物の内の一体が、俺に襲い掛かってくるのは、ほぼ同時だった。
非日常の怪物。
突然の異界。
エンカウント。
背中と、隣には、女の子。
俺は、脳裏に様々な考えが過ぎり、混乱する。
こういう時、馬鹿は損だ。急いで考えなければいけないのに、頭はまるで回らない。どうするのが一番良い方法なのか、さっぱりわからない。
「とぅあっ!」
『グゲッ!!?』
なので、考えるだけ無駄と判断して、思考をカット。
襲い掛かってくる化物の顎に、勢いよく蹴りをぶち込んで昏倒させる。
「…………えっ」
「あれ?」
『グゲッ?』
俺が襲い掛かって来た化物の一体を蹴り倒し、ついでに念入りに頭を踏み砕くと、化物だった奴は、再び、ノイズ音と黒の現象が起きて、壮年のサラリーマンへと姿が戻った。
「よし、この方法で正解だな。んじゃ、悪いけど、揺れるぜ、京子」
「ん、あ、へ?」
「うるぉおおおおああああああああああっ!!」
俺は気合いを込めた咆哮を街に轟かせると、そのまま化物の群れに突っ込む。
「ずぇい!」
『ゴゲェ』
まず、一体。
呆けていた化物の顔面を蹴り砕いて、人間に戻す。
『ぎ、ギギッ――――』
「おせぇ」
さらに、二体。合計三体。
動揺の混ざった乱雑な動きで反撃しようとする一体を蹴り砕き、その反動で、もう一体の爪攻撃を避ける。爪攻撃を仕掛けて来た化物には、膝裏を蹴りぬき、行動を制限。無様に転んだところで、逃がさず、頭部を踏み砕く。
『アイツ、マジヤバ――ゴブンッ』
『ニゲ――ブギョ』
ついでに、何でか知らんが逃げようと背を向けていた化物二人も、背骨を蹴り折って動きを封じた後、きっちりと倒す。
…………倒した後、人間に戻った人たちをちょんちょん、と蹴って意識確認。ついでに、怪我がないかも確認。うん、うん、よし、意識もあるし、怪我も無いな。俺が蹴ったりした部分に、ひどい打撲の跡が見られるが、重傷でなければノーカンよ。
「…………えぇ」
問題があるとすれば、俺の奮闘ぶりを見ていた玲音がドン引きした目でこちらを見てくることぐらい。
あっるぇー? そこは俺の雄姿に好感度をアップさせるところでは?
「な、なぁ、馬鹿? 馬鹿晴幸?」
「なんだよ、京子。つか、大丈夫? 背負ったまま動いたけど」
「だ、大丈夫…………それよりも、さっきの動きはなんだ? とても、素人の物とは思えなかったが。ま、まさか、お前、知らない内に世界の平和を守っていたりする系の男子だったりするのか? 秘密の組織のエージェントだったりするのか?」
捲し立てるように尋ねてくる京子の言葉へ、俺は自嘲の笑みと共に答えた。
「京子よ、これが中二病を中二病で終わらせなかった俺が手に入れてしまった力だよ。具体的に言うと、中学生の夏休みのほとんどは、ヤタガラスっていう、謎の警備会社の合宿訓練にぶち込まれてね?」
「え? さっきの話はマジだったのか? マジで修業したの? 痛々しい中二病の行動をやらかしたとか、そういうのじゃなくて?」
「母さんに、『俺、強くなりたいんだ! マジで! いずれ来る戦いに備えて!』と言ったら、神妙な顔で頷かれて、中学生の夏休みがほとんど地獄の特訓漬けの日々に……うう、無理です、教官! 人体の拳では鉄塊は砕けません!」
「馬鹿が予想以上に馬鹿過ぎる!? いや、それで助けられているんだから、無駄じゃないんだろうけど」
「そうだぞ! 現在進行形で助けているんだから、好感度を上げろよな!」
「嫌だよ。代わりに、後でラーメン奢るぜ」
「わぁい、ラーメンだぁ!」
しかし、何だったのだろうか、あの化物共は。
化物の割には思ったよりも弱かったような? 確かに、蹴りごたえは多少頑丈だった気がするが、あんな如何にも化物みたいな見た目で、あっさり倒されるんだもんなぁ。
まー、でも弱くて助かったかな? さて、あの化物の増援が来ても嫌だから、どうにか、この場から逃げて――――
「あららららーん? おっかしいですわねー? ただの一般人に、ノイズ人間が倒されるなんて。これはちょっと、前代未聞かもしれませんわーん?」
ぞくり、と背筋に極大の氷柱でも差し込まれたみたいな、悪寒。
先ほどの化物共など、比べものにならない嫌な感覚。プレッシャー? 殺気? そういう感じの、やばい空気を、俺は感知した。
「ああ、でも、『宿主』でいらっしゃるのね? それならば、あの理不尽なまでの怪力無双振りも納得ですわ」
俺は耳を澄ませ、この声の主の居所を探った…………結果、探るまでも無く、その声の俺たちの前方に居た。正確に言えば、前方でありながら、上方。そう、俺が見上げた先、電柱の上に、一人の奇妙な少女が居た。
「けれども! まさか、ペルソナも使わずにノイズ人間を倒すなんて! あら? あららららら? これはひょっとして大手柄でありませんこと、ワタクシ。【岩倉玲音】と共に、このイレギュラーなる宿主を捧げれば、きっと『お父様』もお喜びになりますわ」
まるで、漫画に出てくるキャラクターのような恰好だと思った。
ゴシックロリータというのだろうか? 黒くてひらひらの服に、ミニスカート。膝上まで、青と黒のボーダー柄のニーソックス。靴は厚底で、動きづらそう。その上、片目に眼帯、片手に日傘という、かなり行動が制限される格好だ。
身長は小柄で、髪色は銀。長さは肩にかかる程度のショート。隠されていない左目の色は赤。顔つきは幼い。玲音よりも幼い。小学校高学年ぐらいか?
そんな少女が、まったく恐れることなく電柱の上で、俺たちを見下ろしている。
「と、言う訳で。申し訳ありませんが、お兄様、お姉様? 大人しく、私について来てくださります? 抵抗するようでしたら、ちょっとおしおきの時間になりますけど?」
圧倒的格上である自負に基づいた、余裕の笑み。
俺は、その笑みに気圧された風を装って膝を着く。
「な、なんてプレッシャーだ、くそう」
肌に感じる圧倒的なオーラ。
生命の生存本能を刺激してくる恐怖の眼差し。
華奢な足を優しく包むニーソックスのエロス。
それらを受けながら、俺はひらひらと動くミニスカートに隠された布地を、きっちり下方からベストポジションで確認。
そして、一つの衝撃を受けたまま、叫んだ。
「馬鹿な!? その服装でクマさんパンツだと!? まさか、玲音と同じタイプのスタンド使いか!?」
「…………最低」
「死ね」
「殺しますわ」
この後、俺は女性陣三人にボコボコにされて戦闘不能になりました。
あの、お二人さん。これでも俺、味方なのですが?