なお、女子が居ないパターンしか経験できていない。
ごつん、という固い衝撃が後頭部に走って、俺は目を覚ました。
「いててて……ええと、ここは?」
俺はワンチャン、目が覚めた時に誰か膝枕してくれないかなー? という期待を裏切られたがっかり感を胸に秘めつつ、周囲を見渡す。
…………どうやらここは、どこかのマンションの一室みたいだ。カーテンが閉め切られているので薄暗いが、綺麗に掃除されたフローリングの床に、ベッドや本棚、学習机といった家具が辺りにあるのが見られる。
間違っても、俺たちがワイヤードという異空間に入り込んでしまった時に居た、イオンの店内ではない。
「うぐぐぐ……手が、手がぁ」
俺が状況を把握していると、少し離れた場所から、呻き声が聞こえて来た。
移動して確認してみると、どうやら、マンションのキッチン付近で京子が右手を抑えて蹲っている様子。
ふむ、無事かどうかはさておき、京子も一緒にこの場所へ転送されてしまったらしい。
「もぐもぐ、もぐもぐ」
なお、玲音はキッチンの棚と冷蔵庫を勝手に漁り、シリアルと如何にも高そうな牛乳を勝手に頂戴して、無表情で食事をとっている。
ふふ、相変わらずマイペースな奴だぜ、玲音は。でも、だからこそ、頼もしい。
「玲音」
「もぐもぐもぐ……ん、なに?」
「ここはワイヤード? それとも、現実?」
「街の一部は、貴方が壊してしまったでしょう?」
「なるほど、つまり、現実か……ふっ、すまないな、皆。俺の覚醒した力が、あまりにも強すぎたせいで、迷惑をかけた」
「どや顔で言っても、謝意を感じねぇんだよ、ああん!?」
「…………むー」
俺は左手で投擲された、京子のスマホを軽やかに受け取り、玲音から投げつけられた角砂糖の一つを華麗に口で受け取る。あめぇ。
「ともあれ、あのよくわからない空間からの脱出は成功したわけだ。ふぅ、九死に一生を得たな、やれやれだぜ」
「スタンド能力みたいな力を得たからって、急にジョジョ作品の主人公を気取ってんじゃねーよ、馬鹿。テメェなんざ、『バカテス』とか、『ぐらんぶる』の主人公がお似合いだ」
「割とストレートに馬鹿と言いおって。ならばせめて、川上作品の主人公になりたい」
「お前は全裸になったら、普通に逮捕されるし、銀髪巨乳の自動人形も嫁にならない」
「ちぇー。欲しいなぁ、主人公補正」
美少女に囲まれて、いちゃいちゃしてーなぁ、と呟きながら、俺は手早く京子の右手を見る。ふむふむ、軽い打撲だな。この程度なら、放置しても問題ないけど、一応、冷やしておくか。ええと、救急箱、救急箱は……ん、あったあった。
「なぁ、晴幸。その、な? 手当をしてくれるのは、正直、有難い。殴った私を手当てするなんざ、本当にお前って奴は底抜けのお人好しだと思う」
「親友が傷ついていたら、出来る限りのことをするが俺だぜ」
「だ、誰が親友か! じゃ、なくて、その! もっと大切なことがあるというか、お前はその状態でよくもまぁ、ずっと自然な会話を出来るなぁ、というか」
「…………んん?」
「…………さっきからずっと、お前の背中に負ぶさっている、お子様は一体、誰だ?」
指摘されて、俺はようやく自覚する。
そういえば、ずっと倒れていた時から、何かぐんにょりと脱力した女の子を小脇に抱えていたなぁ、と。しかも、ついさっき、京子の右手を治療するために邪魔だから、背中に負ぶさるように位置を調整したんだった。なんかこう、無意識化でこれを手放したら危ないと思っていた所為か、ついつい、自然にあるものとして取り扱ってしまっていたぜ。
「ふむ」
俺は背負っていた少女をフローリングの床に降ろして、改めて姿を確認する。
小柄な背丈。幼さの残る容姿。大体、小学校高学年ぐらいの年齢だろうか? 黒髪を短く切りそろえた、おかっぱ風の髪形に、よく言えば上品、悪く言えば地味な色合いのワンピース姿の少女が、そこに居た。
そして、少なくとも、俺はその顔や格好に見覚えが無いはずなのに、なぜか、奇妙な既視感を覚えてしまっている。
「ふむむ」
俺はこの既視感の正体を推理する。
まず、背負っていた時や、下ろした時に意図せずお尻を触ってしまった時に感じた、右手の疼き。次に、俺がワイヤード内で気絶する際、どのようなポジションに居たのか。
…………大体の予想は付いている。
けれど、こいつの正体を確定させるのには、足りない。最後の一つ、何か、何か言い逃れが出来ないような物証があれば――――そうか!
「見えたっ! これが、答えだ!!」
俺は意識が無く、フローリングで寝かされている年下の少女。その少女が着ているワンピースの、スカート部分を大胆に捲り上げた。スカートを巡り上げた先に合ったのは、年齢相応と呼ぶには少し幼い、クマさん柄のパンツ。
「京子……こいつは、ワイヤード内で遭遇した、ゴスロリ少女だ」
そう、ワイヤード内で、ゴスロリスカートの下から見えた物と完全に同じ物だった。
「そうか、死ね」
「うぶぅ!」
冷静かつ、迅速な行動によって真実に辿り着いた俺。
されど、真実の対価は安い物ではない。
どうやら、俺の行動が気に入らなかった京子は、負傷した右手ではなく、なおかつ、ツッコミの威力を落とさないために、右足を動かした。運動不足、だが、ツッコミの際は尋常ならざる力が働く京子のミドルキックにより、俺は痛烈な打撃を脇腹に食らい、そのまま倒れ込む。
「あっ」
「やべっ」
そう、俺の顔面がスカートのはだけた少女の腹部に直行し、結果――――
「みょんっ!!?」
意識を失った小学生にするには、あまりにもマニアックかつ、変態的なアクションで、少女を起こしてしまったのだった。
●●●
「た、助けて、助けて……殺さないで……殺さないで……食べないで……」
「食べないよっ!(甲高い奇声)」
「みゃぁあああああああああ!!」
推定、ゴスロリ少女の心は完全に折れてしまっていた。
無理もない。老け顔かつ、黙っていると割と怖い説があるこの俺が、いきなり腹部に顔をうずめていたら、それりゃあ、怖いだろう。俺だって怖い。ならば、幼い少女であるこの子も、さぞかし怖かったことだろう。
なので、もう二度と抵抗されたために、軽く威嚇の意味を込めて少女の腹部で「すぅううううううううっ! ぶぼぉおおおおおおおっ!」と深呼吸した結果、少女は泣き出してしまったのである。
「ひぃ、ひぃっ……せ、せめて普通に殺してぇ……」
「お、おい、やりすぎじゃねーのか? 晴幸。もうすっかり、私の後ろに隠れて、びくびく怯えているじゃねーか」
「でも、尋問の結果、認めたじゃん。自分が『ガルーダ』。あの時、俺たちを殺そうとした張本人だって。んでもって、恐らく、ワイヤードで死ぬと、現実でも死ぬと思うんだよね。多分、ほら自殺者とかになったりして。そこら辺、玲音はどう思う?」
「…………」
「ほら、『まぁ、大体当たりかも?』みたいな表情を返してきたぁー。やっぱり、そうなんだ」
「お前それ、降水確率80%は雨と言っても過言じゃない、みたいな断定の仕方だぞ」
「概ね間違ってないだろ?」
「そうだけどさぁ!」
京子は優しく、甘い。
俺の事を底抜けのお人好しと言っているが、俺から言わせれば、京子の方が甘ったるく、優しい人間だ。
恐らく、そのことを自覚しているからこそ、普段は強気な態度と毒舌で、人を近寄らせないようにしているのだろう。多分、無意識なる防衛本能として。
だけど、京子は一度関わってしまった相手だと、この通り、躊躇ってしまう。例え、自分を殺そうとしていた相手でも、外見が弱々しい小学生ならば、同情してしまうのだ。
…………正直、このまま放置しても問題ないのだ。
ワイヤードや、ノイズ人間などの諸々な事情を、この子にわざわざ尋ねなくとも、こちらには玲音が居る。玲音は気まぐれで、完全にこちらの味方とは言わないが、それでも、取引には誠実に応じてくれる存在だ。こちらが、それなりのリターンを提示すれば、きちんと説明してくれる。
「京子、お前はそいつを庇うのか? お前を殺そうとした奴を」
「ああ、庇うね。庇って何がわりぃ。私とお前も、玲音も死ななかった! だから、間違えて、取り返しがつくなら、私はどうにかしてやりたい」
だが、どうにも、駄目だね。
親友にそう願われれば、俺としては断るわけにはいかないじゃないか。
「…………しょーがないなぁ、京子は」
俺はジョジョの主人公のように、「やれやれだぜ」と呟くと、京子へ笑いかける。
「んじゃあ、どうにかしてみようか! さしあたって、今日の宿が無いので、このマンションの家主であろう、この少女の両親を説得するところから始めないとね!」
「え? あ、そ、そうなのか? ここ!?」
「はっはっは、多分、力任せにワイヤードの一部をぶっ壊したから、俺たちが居た場所よりも、ガルーダちゃんの居た場所に引っ張られたんじゃない? それに、さりげなくダイニングにあった写真立てで、この子も含めた家族三人の集合写真を確認したし」
「目ざといなぁ、おい」
けらけらと笑いながら、俺は京子の後ろで怯えている少女に向けて、尋ねる。
心持ち、怖そうな顔になる様に頑張ってから、問う。
「もちろん、君も協力してくれるだろう? なぁ、ガルーダちゃん?」
「…………は、はひぃ」
すると、少女は涙をぼろぼろと流し、鼻水をずるずる垂らしながら頷いた。
あれ? えっと、そこまで怖いですか? 俺。