皆で綴る物語   作:ゾネサー

11 / 72
本気の熱意に触れて

(ホームラン……)

 

 野崎はダイアモンドを一周する大咲を見ながら高坂に言われたことを思い出していた。

 

「ボール高めに浮きすぎ。良いバッターにそんな甘いところ投げてみなさい。痛い目見るわよ」

 

(そう言われていたのに。ストライクにしなきゃって要求されたアウトハイより中に入れにいってしまいました……)

 

 大咲のホームインが認められたことで明條学園に3点が入る。既に本塁を踏んでいた二人が大咲を囲うように迎えた。

 

「みよちゃんおめでとう! 練習だと何回か打ってたけど、試合では初ホームランだね」

 

「ありがと。ギリギリスタンドに届いてくれたわ」

 

「なーに冷静にコメントしてるのよ。もっと素直に喜びなさいよ〜」

 

「わっ、先輩」

 

 キャプテンが肩を抱くようにして大咲を引き寄せると頬を軽く指で突っついた。

 

「なにするんですかぁ。そりゃ凄い嬉しいですけど……アタシがした失点も3ですから。あーあ、満塁なら逆転だったのになー」

 

「お? 言ってくれるじゃない」

 

(……そんくらい生意気で自信たっぷりな方がアンタらしいわ)

 

「……そこの3人。さっさとベンチに戻る。相手校に迷惑でしょ」

 

 ネクストサークルから5番打者が出てくるとキャプテンが悪気はなさそうに手を挙げながら大咲を解放する。するともう一人の一年生が肩をびくっと震わせ、頭を下げた。

 

「あっ、は、はい! すいません!」

 

……そこまでは

 

「し、失礼します!」

 

「あ! ちょっと待ってよ!」

 

 頭を上げるとあたふたした様子で2番打者がベンチに小走りで戻っていき、その後ろを大咲が追っていった。

 

「もー。脅しすぎよ?」

 

「そんなつもりは……」

 

「冗談よ。そんなつもりがないのは分かってる。でももう少しやわらかーい表情で話しかけないと、ね」

 

 キャプテンは白い歯をこぼしながらそう言うと、悄然(しょうぜん)として(うつむ)くエースに右肩を軽く二回叩いてからベンチへと戻っていった。彼女はそれを目で追うと盛り上がるベンチに、ホームランの祝福を受けている大咲に視線を移す。

 

(ああいうの愛嬌があるっていうのかな。アイツの周りには自然と人が集まる。……ふぅ。試合中に何を考えてるんだろ)

 

 首を二、三度横に振るとベンチから目を離し、左打席へと向かっていった。

 

「みんな。まだ同点だよ! 切り替えてー!」

 

「翼……」

 

 明條ベンチとは対照的に沈んだグラウンドの雰囲気を吹き飛ばすような有原の声援が里ヶ浜ベンチから飛ばされる。

 

「そうだよ! まだ負けてないよー!」

 

「うん! ワンナウトー! 後アウト2つ取るよ!」

 

「わ、ワンナウトー!」

 

 その声援に応じて秋乃を皮切りに内野陣から声が出始める。

 

「ゆうきー! 打たれたことはもう気にするなー! フレー! フレー!」

 

 有原に負けじと岩城も大声を張り、精一杯の応援を送った。しかし全員が3失点のショックから立ち直れたわけではなかった。

 

(わたしが慎重になりすぎないで最初のランナーを刺せていれば……)

 

(わたしがベースカバー間違えなきゃ……)

 

(私が落ち着いて二塁に送球させていれば……)

 

(上等よ大黒谷! アンタがそう来るならアタシはもっと目立ってみせる! 主役はアタシよ!)

 

 そんな状況でバッターが地面をならし終えて準備を整えるとプレイが再開された。

 

「……! 近藤さん、一旦タイムを取って間をおいた方が……」

 

 鈴木の考えに反して近藤はタイムを取らずにサインを出し終えており、野崎が既に投球姿勢に入っていた。投じられたボールはインコース真ん中へと向かっていく。

 

(う……指先にボールが上手く引っかかった感覚が無い……!)

 

(棒球! いける!)

 

 普段より勢いの無いストレートに反応したバッターは足を開いてスイングを行うと、バットがボール中心部からやや下の部分を叩いた。

 

「ら、ライト!」

 

(上から叩くつもりがフライになったか。でもこれは捕れない)

 

 振り切ったバットの先が背中の後ろまで回るとバッターは走り出し、ライト線へと放たれた打球を視界の隅へと収めた。

 

(絶対にノーバウンドで捕る!)

 

 定位置から全力で走り出した逢坂は落下地点へ一直線に向かうとその勢いを殺すことなくその身を宙に投げ出した。

 

「ていっ!」

 

「な……!」

 

 ダイビングキャッチを敢行した逢坂のミットの先に引っかかるようにボールが収まると落ちてきた身体がミットを伸ばした状態のまま芝に擦れるような形となる。

 

(絶対に放さないわ……!)

 

「……アウト!」

 

 捕球の瞬間に力が込められたミットからボールは衝撃を受けてもこぼれ落ちることなく、辛うじてその先に残っていた。

 

「ここー! ナイスキャッチー!」

 

「ふふん。任せなさい!」

 

 腕をぶんぶん振る秋乃に逢坂は自信満々の笑みを浮かべてボールを投げ返した。

 

「……宇喜多さん。今のプレーをどう思ったかしら?」

 

「えっ! な、なんで茜に……?」

 

「同じライトとしてどう思ったかを聞きたいのよ」

 

「え、えと……ナイスキャッチ、だと思うよ」

 

「……本当にそれだけ?」

 

「う……。ちょっとだけ一か八かだったような……。いや、でも逢坂さんなりに確信があったかもだし……」

 

 東雲の問いに宇喜多は言いづらそうにすると、あやふやな言い回しで答えた。

 

「そう。……分かったわ」

 

(私からも今のはかなりリスクがあったように見えた。勿論無理を通してこそ取れるアウトというのもある。けれど彼女はカバーに入れる選手がいないことを考慮していたのかしら。逢坂さんの守備範囲自体は十分だけれど、魅せるようなプレーを選択しがちな判断は実戦ではかなり怖いところなのよね……)

 

 逢坂が元気よく、かつベンチに今のプレーを敵味方問わずアピールするように「ツーアウト!」と声を出す様子を見ながら東雲は今のプレーについて考察をしていた。

 

「ゆうき! はい!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 秋乃はマウンドまで歩いていくと逢坂から受け取ったボールを野崎に直接渡していた。

 

「どんどん打たせて大丈夫だよ! 小麦たちもりょーやつばさに一杯ノック打ってもらって、たくさん練習したから!」

 

「小麦さん……」

 

 野崎は秋乃からボールを受け取ると一度目を閉じて息を吐き出す。そして目を開くと微笑んで返事をした。

 

「分かりました。沢山お世話になってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

「任されたよー!」

 

 そう答えると秋乃は快活な笑みを浮かべてファーストの守備位置へと戻っていった。

 

(私は……出来ないことまでやろうとしていたのかもしれません。無駄のある投球フォームを改善し、以前と比べて確かに出来ることは増えました。でもいきなり倉敷先輩や高坂さんのようなコントロールが身についたわけじゃない……!)

 

 6番打者が右打席に入りバットを構えると近藤からサインが出される。そのサインに野崎は首を横に振った。

 

(え……インハイは投げたくないのかな。ならアウトローに……)

 

 近藤が困惑したように驚くと少し間を空けて出されたサインに野崎は再び首を横に振る。そして射抜くように見つめられた近藤はマウンドでかけられた野崎の言葉を思い出した。

 

(練習で培ったものを出し切る……。野崎さんが投球フォームを変えてからの2週間、私たちが重点的に取り組んだのは四隅へのコントロールと……そうか、もう一つあるじゃない。四隅の前にしっかり狙えるようになりたいと言っていた……)

 

 近藤から三度(みたび)サインが出されると野崎は頷き、息を短く吐きながら縫い目に指先を引っ掛けるようにすると投げ下ろすようにしてボールをリリースした。

 

「ストライク!」

 

(速い……! しかも……低い!)

 

 真ん中低めに投げられたボールがストライクになり、この試合で初めてストライクを先行させられたことに野崎も胸を撫で下ろした。

 

「ナイスボールです!」

 

「ありがとうございます!」

 

(もう一球同じ……内外を問わない低めのサイン、ですね。清城との練習試合では狙って投げられなかったこの高さ……でも今なら!)

 

 2球目が投じられると先程よりやや内よりに来たボールが同じような高さに決まり、ストライクとなる。バッターはベンチからのサインを確認するとバットを短く握り直した。

 

(待機解除か。今までの投球考えれば有利なカウント作れそうだったけど、そう甘くはなかったね。とにかくここはバットに当てよう)

 

 3球目は1球目と同じような真ん中低めへと投じられ、バッターはコンパクトなスイングで捉えにいく。やがて鈍い金属音が鳴るとあまり勢いが強くないゴロが一二塁間方向へと転がっていった。

 

(重っ……!)

 

 バッターは痺れた手を気にしながらも足を動かし一塁へと走っていく。

 

「よし、これでスリーアウトにゃ!」

 

(いやちょうどファースト、セカンド、ピッチャーのトライアングルの間に転がってる! これは簡単に処理できる打球じゃないわ)

 

「ファースト!」

 

「分かった!」

 

 打球に向かう秋乃とすれ違うようにして野崎がベースカバーへと向かっていく。ボールを捕った秋乃が反転してスロー体勢に入った。

 

(思いっきり投げる時と違ってこういう時は……これだ!)

 

 腕をコンパクトに動かし手首を使ったスナップスローによって投げられたボールがベースに入ろうとする野崎の進行方向に投げられると、野崎はそのボールを無理なくキャッチし、ベースを踏んだ。

 

「アウト!」

 

「小麦さん、ナイスフィールディングです!」

 

「えへへ。この前ミスしちゃったから、上手くいって良かったー。ゆうきもナイスボールだよ!」

 

 ベンチに戻りながら思いきりミットを上に伸ばす秋乃に合わせるようにして野崎がミットを前に突き出して重ねると二人から自然と笑みがこぼれた。内野陣がベンチに戻り、続いて外野陣が戻ってくる。逢坂がミットを外し、気を良くしてマウンドに上がる大咲の方を眺めるようにしながら愚痴をこぼした。

 

「くぅー、アイツめ。たまたまホームランが打てたからって……」

 

「あら、貴女なら分かるはずよ。あれが偶然の産物ではないことが」

 

「え……?」

 

 その言葉に反応して東雲がマウンドから目を離して逢坂の方に振り返った。

 

「貴女は素振りの段階から意欲的に長打、しかもホームランという明確な目標を持って練習に取り組んできた。けれど貴女は練習でも一本もホームランを打ったことがない」

 

「うっ……」

 

「それだけ難易度が高い上に、私たち女子選手にとってはさらに容易に達成出来るものじゃない。それを引っ張りではなく、打球を伸ばしにくい流し打ちでスタンドインした。……彼女は間違いなく、長い努力の積み重ねによってそれを達成したのよ」

 

「うう……そう、かもしれないけど……!」

 

 投球練習が終わり右バッターボックスに入った初瀬に向かって投げ込む大咲を睨むように見つめる逢坂は言いようのない気持ちを抱いていた。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 0ボール2ストライクから一球アウトローに外れたストレートを見送ると、次に投じられたインハイのストレートに振り出されたバットはタイミングが遅れて空を切っていた。

 

(か、かすりもしないなんて。ボールは前より見えるようになってきたのに……)

 

 初瀬が悔しそうにベンチに戻るとネクストサークルから近藤が右打席に入った。

 

「あの……オーダーを聞いた時から気になっていたんですが、私よりボールに上手く合わせている近藤さんの方が打順が低いのは何故なんでしょう……?」

 

「ああ、それね」

 

 ヘルメットを外した初瀬の水色髪が跳ねる中、その質問に鈴木が答えた。

 

「キャッチャーの負担を軽減するためよ」

 

「キャッチャーの負担……ですか」

 

「ええ。特に近藤さんは初めての試合だし、攻撃の負担を少しでも減らしてリードに集中してもらいたかったの」

 

「ストライク!」

 

 1ボール1ストライクから投じられた膝下のストレートを見送った近藤は追い込まれていた。

 

(次の投球練習では低めと高めのそれぞれの調子を見ないと。後は守備の指示出しも落ち着いて……って、そうじゃない! しっかりバッティングに集中しないと……)

 

 大咲から4球目が投じられるとストレートのタイミングで待っていた近藤の足が止まった。

 

(しまった! スローカーブ……!)

 

 足が止まった近藤のバットが振り出されることはなく、真ん中から外へと流れていくスローカーブがミットに収まった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

「ナイスボール!」

 

(ホームランで同点に追いついたからか気が楽になったみたいね。いい感じで力みが抜けてきた)

 

 近藤がベンチに戻ってくると待っていたように初瀬が話しかける。

 

「あ、近藤さん。阿佐田先輩から話があるみたいです」

 

「う……結局バット振れなくて、ごめんなさい……」

 

「いやいや、あおいは一度上手くいかなかったくらいで責めたりなんかしないのだ。それより、2巡目からの方針を二人に伝えようと思ったのだ」

 

「私たち二人だけですか?」

 

「皆に伝えた時には打席に入ってたはせまりとネクストにいたさっきーには伝えられてなかったから、なのだ」

 

「なるほど……」

 

「それで方針というのは何でしょう……?」

 

「それは——」

 

「ボール!」

 

(際どいところ見てくるな……。でも高めに目つけは出来た。これで仕留めるわよ)

 

 アウトハイに外れたストレートを見送り2ボール2ストライク。5球目が今、投じられた。

 

(来たっ!)

 

(身体の軸がブレていない……!?)

 

 膝下へと向かって曲がるスローカーブにバットの始動を溜めた秋乃は足を開いてスイングに入った。

 

(……!)

 

 しかしそれでも振り出すタイミングが早く、振り出したバットの軌道よりボールはまだ前にあった。

 

「とりゃ!」

 

(な……)

 

 それに気づいた秋乃は勢いのついたバットから左手を放すと体の重心を低くし、右手一本でバットの行方をコントロールした。

 

「セカンド!」

 

 バットに乗せるようにして捉えられた打球は一二塁間ややセカンド寄りにふらふらと上がっていた。セカンドがそのボールを下がりながら追うが捕球には至らず、芝に落ちた打球をライトが捕ると一塁から少し飛び出した秋乃はベースへと戻っていた。

 

(ふー……びっくりしたぁ。りょーのカーブよりさらにググーッて溜めなきゃなんだ)

 

「しかし秋乃はよくあんな打ち方が出来るもんだにゃ」

 

「秋乃さんは幼い頃からよく走り込んでいたらしいから足腰が強いみたいね。後は彼女が右利きだから、前側にある右腕を主導にしたバットコントロールが効きやすいのかしら」

 

「そういえば秋乃は右利きなのになんで左で打ってるんだにゃ?」

 

「ああ。ポジションテストで外野を試した時に秋乃さんの足の速さは武器になると思ったから、より一塁に近い左でスイングを固めるのを勧めたのよ。まだ右でスイングを固める前だったしね」

 

「むむむ。確かに秋乃の足はワタシより少し速いんだにゃ……」

 

(……まあ、一直線に走る足の速さと走塁技術はまた別物だけれどね)

 

 秋乃がランナーとしての準備を終えると河北が打席に入った。

 

(私も続くんだ……!)

 

 初球膝下のストレートを見送るとストライクになり、第2球。大咲が投球姿勢に入った瞬間、宇喜多の声が響いた。

 

「ごぉー!」

 

(スチール!? しまった……)

 

 大咲がボールを投じるとスローカーブが外のボールゾーンへと変化していく。そのボールにバットを出しかけた河北はそれをなんとか止めて見送った。

 

「ボール!」

 

(くっ、間に合わないか……)

 

 すぐに送球体勢に入ったキャッチャーだったが既に二塁ベースの近くまで走っていた秋乃を見て、送球を中断した。

 

(一球牽制挟んでおくべきだったか。これは私のミスね。反省するとして……。外野前進。このランナーを返すわけにはいかないわ)

 

(外野を前に出すってことはランナー返したくないってことよね。ならここはストライクを入れにいっちゃいけない)

 

(大黒谷、さっきの打席はこっちの方ちらちら見てたくせに、全然見なくなったわね……)

 

(打つ……!)

 

 3球目。再び投じられたスローカーブがアウトコース低めへと曲がっていった。

 

(貰った! センター……返しっ!)

 

 そのボールを引きつけた河北はスローカーブにタイミングを合わせると、センター方向を意識してバットを振り出した。僅かに低めに外れていたボールをバットの先で捉えると、彼女の目論見通りセンターに向かって打球が放たれた。

 

(やった……あ!)

 

 前進した守備位置を取っていたセンターがさらに前に出ると落下地点に入り、浅いセンターフライを捕球した。

 

「アウト!」

 

(河北さんは外野の頭を越える打球が極端に少ない。外野が前に出た時にどういうバッティングをするかは彼女の課題かもしれないわね)

 

 河北が悔しそうにベンチに戻っていくとバットとヘルメットをしまい、代わりにミットを持って2回裏の守備へと向かった。

 

(よし。低めと高めの投げ分けは練習通り出来てる。鈴木さんが書いた清城戦の配球のノートを見せてもらって勉強したのは一旦置いておこう。ここはまず……)

 

 7番打者が右打席に入ると近藤が出したサインに野崎が頷き、ボールを投じた。

 

「ストライク!」

 

 インコース低めやや真ん中寄りに投じられたボールに思い切ってバットが振り出されたが、既にボールがベースを通過していたタイミングだった。

 

(……! このバッター、野崎さんのストレートに振り遅れてる。そういえば中野さんが明篠学園は3年生が抜けて打力が落ちたと言っていたっけ。ここはストライクを続けても大丈夫かもしれない)

 

 2球目がアウトコース低めやや真ん中寄りに投じられると、再び空振りを取った。

 

(ここはさらに低めに。ボールの勢いで上手く内外に散っているし、四隅を要求しなくてもこの低めのストレートは簡単には打てないんだ)

 

 3球目が投じられると今度は低めにボール一つ分外れていたが、振られたバットが空を切った。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

「ナイスピッチです!」

 

「ありがとうございます!」

 

(まいったな……。あのストレートを淡々と低めに投げ込まれたら、そう簡単には打てなくなる)

 

 低めの制球が功を奏し、続くバッターをピッチャーゴロに仕留めると、9番打者からは空振り三振を取り、3アウトとなった。

 

(どうやらお互い上位と下位に打力の差があるようね。こうなると上位に回る攻撃はいつも以上に重要になるかもしれない)

 

 3回の表になり、逢坂が打席に入っていく。すると大咲が一度間をとって深呼吸を挟んだ。

 

(さすがに意識しないってわけにはいかないけど、意識しすぎない。先輩のミットをよく見て……そこに投げ込めばいい!)

 

「ストライク!」

 

 膝下に投じられたストレートが見送られると際どいコースではあったがストライクが取られた。

 

(アタシの狙いはこれじゃない。早く来なさい……あのボール!)

 

 2球目、ストレートがアウトコース低めに投じられると今度は外に僅かに外れてボールとなる。3球目は再びアウトコース低めに投じられ、今度はストライクとなった。

 

(追い込まれた……!)

 

(いい集中力ね。甘いところに入ってこない。ここはアンタの一番得意なコースで仕留めるとしましょうか)

 

(分かりました!)

 

 サインにしっかり頷くと大咲は腕を振り切ってストレートを投げ込んだ。投じられたコースはインコースの高め。

 

(げっ、あのボールじゃない!? 見送ったら三振になっちゃう……!)

 

 逢坂がとっさに腕をたたんでバットを振り出す。するとバットがボールの下に入り、打球が打ち上げられた。

 

「任せて!」

 

(やられた……!)

 

 フェアゾーンに上がったフライを落下地点で構えると、キャッチャーはバックスピンがかかったボールを落ち着いて捕球した。

 

「アウト!」

 

 大咲と逢坂の表情の明暗が分かれる中、逢坂が頬を膨らませてベンチに戻った。

 

「あおい先輩! スローカーブ一球もなかったじゃないですか!」

 

「落ち着くのだここっち。チームで狙い球を絞るっていうのは、プレッシャーをかけ続けるってことなのだ。だからここっちがアウトになってもそのトライは次のバッターに繋がってるのだ」

 

 その言葉を裏付けるように金属音がグラウンドから響き、二人がそちらを振り向くとアウトコース低めに投げられたスローカーブを弾き返した打球がライナーでショートの頭上を越え、野崎がレフト前ヒットで出ていた。

 

「ほ、ホントだ」

 

「ふっふっふ、なのだ」

 

「夕姫ちゃん。ナイバッチー!」

 

 野崎が逢坂の声援に手を上げて応えると、続く岩城が打席に入っていく。そして投じられたボールにフルスイングで応じた。

 

「ファール!」

 

 膝下のスローカーブを思い切り引っ張った打球がファールスタンドにライナーで入った。

 

(前の打席でこのバッターにスローカーブは投げれなかった。けど初球から来たか……。打ち気満々のようね。なら、打たせてやればいい)

 

「どりゃあああ!」

 

「ファール!」

 

 先程より内に外されたスローカーブに再びフルスイングを敢行した岩城だったが、ファールスタンド前に設置されたフェンスに勢いよく打球がライナーで突き刺さる。

 

(で、一球外して……)

 

「だりゃあああ!」

 

(え!?)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 アウトハイに外されたストレートに三度フルスイングで応じた岩城だったが、ボールの下をバットが潜った。

 

(し、しまったぁ……! 見逃したら三振だと思ってつい振ってしまった! 不覚!)

 

(結構はっきり外したボールよ……? もしかしてこのバッター、選球眼がないんじゃ……)

 

「ツーアウト!」

 

「ツーアウトー! みよちゃん、あと一人!」

 

「ここで抑えるわよー」

 

「打たせて大丈夫だから、思い切り行きなさい!」

 

「はい!」

 

 内野陣から声が上がり外野からも声が聞こえてくる中、永井が打席へと入った。

 

(さっきからバッターがスローカーブに手を出してきてる。混ぜるにしても慎重に使った方がいいか。まずストレートをインハイに……)

 

(あおい先輩)

 

(かなかな。頼んだのだ)

 

 サインに頷いた大咲が一度野崎の方を見るとサイン通りインハイに向かってストレートを投じた。

 

(お願い……当たって!)

 

 ——キィィィン! 痛烈な打球音がグラウンドに響き渡った。

 

(なっ!)

 

「レフト!」

 

 野崎が迷わずスタートを切ると打球がライナーで伸びていく。するとレフトが後ろに下がり、勢いに焦りながらミットを伸ばした。

 

「アウト!」

 

「ああっ……!」

 

 打球が伸びていく軌道にレフトの定位置が入っており、横に移動はせずミットに突き刺さるように捕球されていた。

 

(あ、危な……! 少しでも横に逸れてたら長打で一塁ランナーが還ってた。このバッターも長打力があるのか……)

 

 3アウトになりチェンジになる。落ち込む永井に野崎が声をかけると、少し元気が出た様子で永井はセンターへと向かっていった。

 

「惜しかったですね、あおい。あなたの作戦が上手くいったようでしたが」

 

「うむ……。1〜5番まではスローカーブを、6〜9番まではストレートを狙い球として絞ってたのは上手くいってるみたいだからこのまま続けさせてみるのだ」

 

 投球練習が終わり、一番打者が打席へと向かっていく。3回の裏が始まった。

 

(リードを見るに初球は低めにストレート来るでしょ……。ただこのピッチャーくらい球速や球威があればそれだけでかなりの脅威だ。それでも打つしかない……!)

 

 野崎が頷くと足を垂直に上げ、体重を前に乗せるようにして真ん中低めやや内寄りにストレートを投げ込んだ。

 

(とにかくいけっ……!)

 

 一番打者が振り出したバットの内側にボールが当たると鈍い金属音と共に打球が転がった。振り切ったバットの先が身体の前に出るとバッターランナーが腕に生じた衝撃で表情が歪みながら走り出す。

 

「サー……いや、ショート!」

 

「分かった!」

 

 三遊間への打球はちょうど二人の間を縫うように転がっていく。食らいつく初瀬の横を抜けていくと深い位置で新田が捕球し、足の向きを変えて一塁に向かって送球した。そのボールを秋乃がベースの隅を踏んでミットを伸ばして捕球する。

 

「……セーフ!」

 

 間一髪のタイミング。ボールが届くより一瞬早くバッターランナーが一塁を駆け抜けていた。

 

(完っ全に打ち取られたぁ。転がったところが良くてセーフになったけど、あの球威が低めに決まるのは想像以上にヒットにしづらいわね)

 

 してやられたといった様子で野崎の方を見ながらキャプテンはグローブを外すと息を大きく吐き出して気持ちを切り替えた。

 

「野崎ー。ごめん!」

 

「今のはしょうがないと思いますよ! 切り替えていきましょう」

 

(今のは……翼だったら)

 

 河北の脳裏にそんな考えがよぎり、頭を横に振っていると2番打者が打席に入り、バントの構えを取った。

 

(このピッチャーを攻略するためにクイックモーションで投げさせて球威を落とさせたい。でも左投手だから一塁だとクイックでは投げてくれない。だから頼んだわよ……!)

 

(はい!)

 

(さっきは高めのボール球を打ち上げさせようと思ってボールカウントを悪くしちゃった。同じ失敗はしちゃだめ……さっきの経験を生かすんだ!)

 

(高めのストライクゾーンにですね。分かりました!)

 

 野崎がサインに頷くとボールを長く持ち、ゆっくり足を垂直に上げる。そして足を前に踏み出すと高めにストレートを投じた。バッターはバントの構えを崩さず、秋乃と初瀬が前に出てくる。

 

(うっ!)

 

「ファール!」

 

 勢いのあるストレートに押され、バントした打球がバックネットへと当たった。

 

(チームで一番バントが上手いあの子でも打ち上げさせられるのか……。それでもここはバントよ)

 

(次で決めなきゃ……)

 

 2球目。再び高めにストレートを投じるとバッターはバットの位置を調整して当てにいった。

 

(……!)

 

 その打球の行き先に反応した近藤はキャッチャーマスクを取ってバックネット方向に向かい、飛び込んだ。

 

「ファール!」

 

 思い切って飛び込んだミットの先に無情にもボールが落ち、ファールになった。

 

「近藤さん……」

 

「すいません! 次は捕ります!」

 

「は、はい。お願いします!」

 

(……! スリーバント……)

 

(下手に打たせるくらいならスリーバント失敗の方が痛くない。それに大丈夫。あなたなら転がせるよ)

 

(2球も失敗したのにチャンスをありがとうございます。バントだけは……成功させてみせる!)

 

 3球目。三度高めに投じられたストレートはやや内に寄っていた。バッターはボールをよく見ると自身の感覚を信じてバットを合わせにいく。

 

「サード!」

 

「はいっ」

 

 バットにボールが当たると三塁線にボールが転がっていった。前に出る初瀬と一塁ランナーの位置を確認すると近藤は判断を下す。

 

「一塁に!」

 

「分かりました!」

 

 捕球前に指示を受けた初瀬はボールを拾うように捕ると落ち着いて足の向きを変え、ファーストに向かって送球した。ワンバウンドで投げられたボールを秋乃が捕るとバッターランナーはアウトになった。

 

(す、凄いなあ。芯に当たったようにみえたけど、バントの瞬間バットを引いてたから思ったよりボールが転がってこなかった。ああいうことも出来るんだ……)

 

 今の一連のバントの様子をサードから見た初瀬は感心しながら定位置へと戻っていった。

 

「ナイバン!」

 

「えへへ……」

 

 二塁ベースの上からキャプテンに声をかけられたバッターは照れながらベンチへと戻っていく。ネクストサークルに向かっていた大咲と両手でハイタッチし、緊張がほぐれたように笑うとベンチに入っていった。

 

(ヒッティングよ。お願いね。ここでクイックを捉えて!)

 

(後輩が繋いでくれたんだ。先輩として打ってみせる!)

 

 外野が前進してから様子を確認しながらキャプテンがサインを送ると3番打者もそのサインに応じてヘルメットのつばを掴んだ。

 

「ワンナウト! しっかり声出していきましょう!」

 

 声かけに応じて皆それぞれの反応を示し、近藤はキャッチャーボックスに座りなおすとサインを出した。

 

(外野を前進させてるから高めは慎重に使わないとだ。だから初球は低めに)

 

(はい。しっかり低めに……)

 

 野崎が一度ランナーを確認するとクイックモーションに入り、ボールを投じた。真ん中低めに投げられたボールをバッターは見送る。

 

「……ボール!」

 

(球威が落ちてる。とはいっても相変わらず速いし、低めに決まってる。当てにいっちゃダメだ。しっかり狙いを絞って振り抜こう)

 

(う……)

 

「野崎さん、大丈夫よ。その調子!」

 

「は、はい!」

 

(そっか。甘くなるなら、外れていた方がいいですよね。この調子でしっかり低めに投げ込めばいいんだ)

 

 近藤の声かけに安心した野崎は再び低めを狙ってボールを投じる。内低めやや真ん中寄りに投げられたボールを再びバッターが見送った。

 

「……ストライク!」

 

(コントロールは大きく乱れてない。こうなったら、その低めのボールをなんとか打つしかないわよ)

 

 3球目。三度低めを狙って投じられたストレートは真ん中低めやや外寄りに向かっていた。

 

(よし。外側に来た……いけっ!)

 

 ここでバッターが初めてバットを振り出す。大きく弧を描くようなドアスイングで両腕が伸ばされるとバットの先でボールを捉えた。

 

(これは……落ちるか?)

 

 二塁走者が真上を見上げるようにしてその行方を探るとリードを広げていった。

 

(加奈ちゃんまでは伸びなさそう。そしてこれは……ちょっと美奈子寄りの打球!)

 

「ショ——」

 

「私が捕る!」

 

「わ、分かった!」

 

「……!」

 

(河北さんが打球に向かった……! ここから指示を上書きしても混乱させちゃうだけ。ここは……!)

 

「美奈子、ベースに戻って!」

 

「うん!」

 

 ボールを捕ろうと飛び出していた新田が二塁ベースに戻ってくると二塁走者もリードを少し縮めた。

 

(届けっ……!)

 

 二遊間にふらふらと上がった打球に河北が飛び込んだ。そのミットの先にボールが落ちてくると僅かに届かず、打球がバウンドした。それに反応して二塁走者が三塁へと向かう。

 

「あっ!?」

 

 飛び込んだ勢いがあまり、ノーバウンドで捕ろうとした河北のミットがワンバウンドした打球と接触してしまう。その結果、ボールを押し出すような形になり、カバーに入ろうとした永井の横をボールが抜けていった。

 

「えっ!」

 

(……! 回すか……!?)

 

 永井が驚いた声を上げながらボールを追っていく様子を見ながら三塁コーチャーが本塁突入の指示を出そうとする。

 

「加奈子、任せろ!」

 

「岩城先輩! お願いします!」

 

 センターの横を抜けレフト方向に転がっていくボールをカバーに入った岩城が収めた。

 

(前進位置での捕球……。ここは突っ込ませちゃダメか)

 

「ストップ!」

 

 三塁コーチャーが二塁走者を止めると岩城が新田に向かってボールを投げる。そのボールを受け取った新田は反転して一塁の方を見ると、少し飛び出したランナーがベースへと戻っていった。

 

「い、岩城先輩。ありがとうございます」

 

「智恵、気にするな。切り替えていけー!」

 

「はい……」

 

(ともっち……? どうしたんだろう。今のは新田さんのボールだった。二遊間の練習であんな判断ミスしたことないのに……)

 

 河北の様子に有原が違和感を覚える中、ネクストサークルから4番打者が打席へと向かっていく。

 

(1アウト一塁三塁……)

 

(ここで、このバッター……ですか)

 

 大咲がネクストサークルから右打席に入ると先程のホームランがよぎり、里ヶ浜ナインに緊張が走った。

 

(ここで突き放してみせる!)

 

 地面をならした大咲は塁上にいる2人の先輩を視界に入れると気合を入れてバットを構えたのだった。




途中で途切れてたので21時50分に大きく追記させていただきました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。