「終わった……終わったー!」
「こら有原さん! まだ試験用紙の回収が終わってないわよ!」
「ご、ごめんなさーい!」
静寂を打ち破るようにチャイムの音が鳴り響くと有原は喜びを全身で表すように勢いよく立ち上がり、両腕を天に向かって目一杯伸ばす。すると月島に注意され、慌てて着席していた。今日は試験の最終日。最後のテストが終わったことで有原に限らず教室中が解放感に満たされていた。月島の指導により湧き上がる気持ちを抑えられながらテスト用紙の回収が行われ、掛橋先生により名前の書き忘れがないか確認が終えられた。
「問題なさそうね。みんな、お疲れ様!」
「今度こそ終わったー!」
テストの呪縛から解き放たれた学生たちは力が抜けたように机に突っ伏したり、問題の気になったところを確認しあうなど各々の反応を見せる。
「有原さん、どうだった?」
「大丈夫そう! ありがとうみんなー!」
「わっ。もう……テンション高すぎよ」
「翼ー! 大丈夫だった!?」
「ともっちー! うん。赤点は平気だと思う! ありがとー!」
気分が高揚した有原が鈴木や隣の4組から真っ先に駆けつけた河北に嬉しさをぶつけるように抱きついていく様子を野崎は穏やかな表情を浮かべながら見守っていた。
「中野さんはどうでしたか?」
「お疲れ様ですにゃ。本日の試験は午前のみの日程で、精神的負担も少なく……」
「え、えっと……中野さん?」
斜め45度にお辞儀をしてから落ち着いた口調で話す中野に野崎は困惑し、苦笑いを浮かべる。
「はっ……! またやってしまったにゃ! 能見先輩と九十九先輩のマナー講座の影響がまだ……!」
度々図書室で騒ぎ立てる中野に先日能見が説教をし、秩序ある行動を取るよう叩き込まれていた。またやり過ぎてしまったと感じた能見は九十九にフォローを頼んだが、九十九は中野の厚生にフォローを入れるという勘違いを起こしており、中野にとってはダメ押しとなっていた。
「違和感はあるけど、礼儀正しいのは良いと思うわ」
「それだと普段のワタシが礼儀正しくないみたいに聞こえるにゃ!?」
「そこまでは言わないけど……たまに度が過ぎることはあるわね」
「うっ、確かに図書室で騒いだのは反省してるにゃ……」
「いや、それ以外にも……」
「か、勘弁してくれにゃ! この前散々注意されて、懲り懲りなんだにゃ!」
「みんなー! 早く部活行こうよ!」
「有原さん、まだ終礼が終わってないわ」
「うー! 早く野球したいー!」
テストが終わり一層の賑わいを見せる3組、その喧騒は5組にまで届いていた。
(テストが終わったくらいで浮かれ過ぎでしょう……)
「りょー! やっと終わったねー!」
「……そうね」
(こちらの教室も騒がしさはさほど変わらなかったわ……)
急に机に手をついて身を乗り出すように怒涛の勢いで話しかけてきた秋乃に東雲はビクッと肩を震わせると、声をかけてきた者の正体に気付き警戒心を緩ませた。
「貴女、一学期に追試を受けたそうだけど今回は大丈夫なのかしら? 大会前の貴重な時間が追試で潰れるのは痛いわよ」
「うんとねー、大丈夫! 一学期の成績を見せたらローテーションを組んでみんなが一杯勉強教えてくれたんだー」
(私は自主練を優先して勉強会には参加しなかったけど……大変だったでしょうね)
ローテーションを組んでまでサポートを必要とする秋乃の成績を察した東雲は勉強会でフォローに回った皆の苦労を推し量り、心の中で労をねぎらった。
「……なんにせよ、大丈夫そうで安心したわ。大会まであと3週間弱。ここからはより実戦形式の練習を増やしていくからそのつもりでね」
そう言うと東雲は立ち上がり、荷物を纏めて歩き出した。
「うん! ……あれ。どこに行くのー?」
「どこって……部室によ」
「まだ終礼が残ってるよー?」
「……あっ」
秋乃の指摘に東雲は小さく声を漏らすと、心なしか顔が赤くなっていくのを感じながら再び席に座り直したのだった。
やがて終礼が終わると部室に続々と部員が集まっていき、練習に行く前に各々昼食を取っていた。勉強会も皆が来たわけではなく、日によって来れない者もいたため、全員が揃うのは先週のミーティング以来であった。また勉強という目的のために集まっていた時とは違い、久しぶりの部活という高揚感から話もいつも以上に盛り上がっていた。
「いやー、試験終わった後にこんな晴れやかな気分でいられるなんてね」
「ねー! 追試がいっぱいでうわーってならなくてもいいんだ!」
「逢坂さん、やれば勉強が出来ないわけじゃないのにどうして一学期では追試を……?」
「だってぇー……めんどくさいんだもん」
「追試の方が面倒な気もしますが……」
「いや、わかる! わかるよー。面倒なことは後回しにちゃうよね!」
「そうそう!」
「そうかなぁ。後で面倒になるなら、先にやった方が楽だと思うけど……」
「今回は野球部の勉強会に参加したけど、いつもは咲ちゃんが誘ってくれるよね」
「わたしの家で開いてさ。そこでみっちりと仕込まれるわけですよ」
「良いことでしょ」
総勢17人となった女子硬式野球部。全員が一箇所に集まるには人数が多く3つのグループに分かれて食事をしていた。
「生徒会の用事はもういいの?」
「ええ。落ち着いてきたので、後は野球部の活動にあわせながらで大丈夫ですよ」
「さすが九十九だな! 応援する隙もない!」
「むむむ。おのれ九十九〜。テストの時は特に仲良しになるという誓いを破った恨みは深いのだ〜」
「元から一方的な誓いだったじゃないか」
「しかし雫がウチらのことに気付いてくれて助かったな! おかげで今回も何とかなった!」
「おや……? 岩城さんが呼んだんじゃなかったのかい?」
「ん……いや、ウチは呼んでないぞ!」
「し、雫が元から図書室で勉強しようと思ってたんじゃない」
「……なるほどね」
倉敷の表情を見て九十九は腑に落ちたように頷くと、話題を切り替えたのだった。
「来週の日曜日にやる紅白戦に備えて今週の土日でメンバーを決めるわよ」
「うーん……折角だからさ、今週の日曜にやって来週もやろうよ!」
「練習期間も空いてしまったし、すぐに試合をするというのは難しいと思うわ」
「それに付き合ってくれる塚原先輩のことも考えれば、今週だとまだ慣れないんじゃない?」
「そっかー……そうだね」
「それと岩城先輩から左投手のことで相談を受けたわ。特に野崎さんしか左投手がいないから、野崎さん自身が左投手を打つ練習が出来ないと」
「岩城先輩が……ありがとうございます」
「ん……ははは! 後輩の助けになるのは先輩として当然のことだ!」
「野崎さんのピッチング練習の時間を考えればバッティングピッチャーとして投げる負担も減らしたいし、誰か協力者を募りたいの」
「けど左投手なんてそう簡単には見つからないにゃ」
「私に任せて!」
「心当たりがあるの?」
「うん! そろそろ帰ってくる頃だし、頼んでみるよ!」
(帰ってくる……?)
「あ……翼。もしかしてあの人?」
「そうだよ!」
「そっか。久しぶりに会いたいな」
「……よく分からないけど、任せていいのね?」
「大船に乗ったつもりで任せていいよ!」
「……分かったわ。お願いね」
やがて昼食を食べ終えた者からグラウンドに向かっていくと練習が開始される。
「セカンド行くよー!」
「うんっ!」
ノッカーを務める有原が放った打球が一二塁間に転がっていき、河北が飛びついてミットを伸ばすと前に落とされ、河北はボールを拾い上げて一塁で構える秋乃に向かって送球を行った。すると有原が打つと同時に走り出していた新田より送球が早く届いた。
「いいじゃん河北! その調子でいこ!」
「ありがとう!」
(何とかアウトには出来たけど、まだまだ際どいところは前に落とすので精一杯。足が速いランナーだと、折角の打ち取った当たりをセーフにしちゃう。少しずつでも私に出来ることを増やしていかないと!)
「次パームボールをお願い!」
「はい!」
(野崎さんは倉敷先輩ほどとはいかなくても大会の時と比べるとストレートのコントロールはだいぶつくようになってきたわね。さて、パームの方は……)
野崎は手のひらで包むようにしてボールを握ると押し出すようにしてボールを投じた。
「……!」
そのボールがやがて降下してくると鈴木の目の前でワンバウンドする形になり、鈴木はミットに収めきれず弾いてしまう。
「す、すいません!」
「いや、これでいいのよ。ボールは良かったわ」
「そ、そうですか?」
(緩いボールがで目の前でバウンドするキャッチャー泣かせの軌道だけれど、パームは勢いがないからストライクゾーンに入ってタイミングを合わされると長打を貰いやすい。落ちる球はワンバウンドするくらいが丁度いいわ)
「もう一球!」
鈴木が投げ返したボールを受け取った野崎は再びパームボールを投じると今度はワンバウンドせず、鈴木はミットを想定より上げるようにしてから捕球した。
(落ちる軌道だから低めには来やすいけど、そう簡単にコントロールは仕切れないか)
「もう少し低めを意識して!」
「分かりました!」
(私も試合であのボール弾いちゃったから、何とか捕球出来るようになりたいな……)
「近藤、次チェンジアップ行くわよ」
「あ……はい!」
野崎に向きかけた意識を戻した近藤は目の前で佇む倉敷の投球に備えるとやや山なりの軌道で投じられたボールが落ちてくる。
(捕れ……えっ!)
低めに投げられたボールに上手くミットを合わせたと思った近藤だったが、ミットの中心ではなく根本側での捕球になったことに驚いた。
(野崎さんのボールと比べて急激に落ちる軌道じゃないけど、ほんの少しだけ利き手側に向かって沈むんだ……気をつけよう)
(倉敷先輩のチェンジアップ、内外はともかく低めに決まるようになってきたわね。あのボールがあるだけでリードはグンと広がるわ)
近藤の捕球位置を見て高まっていく精度を感じた鈴木は前に向き直るとパームの捕球を安定して出来る様になることに意識を切り替えて練習を続けたのだった。
グラウンド側の練習が次のメニューに移ると鋭い金属音が響き渡った。
「にゃ……!?」
その打球は中野の頭上を越えていくとワンバウンドしてから外野の奥にある生い茂っている草むらへと転がっていった。
「おお! いいじゃないか加奈子!」
「あ、ありがとうございます。この前の練習試合でグルメセンターロードの中でわたしだけヒットが打てなかったので、頑張らなきゃって思って。最近帰った後に素振りをするようにしてるんです」
(後、最近体重が気になってきたから少しでもカロリー消化しなきゃって……)
「そうか! それは良い心がけだな! よーし、ウチも続くぞー!」
(変化球はまだ難しいみたいだけど、ストレートには慣れてきたわね。新入部員の中で最も長打に期待出来るのは、永井さんのようね)
(やるわね加奈子ちゃん! アタシももうちょっと素振り増やそうかな。ホームラン打ちたいし)
(むむ……これはまずいにゃ。早いこと打撃スランプを克服しないと……)
「どりゃあああ! おわっ!」
東雲が投じた高めに外したボールをフルスイングした岩城は勢い余って尻もちをついていた。
「先輩。ボールをよく見て下さい」
「たはは……悪い悪い! 今度こそ!」
(鈴木さんのアドバイスで手元で振りやすいバットに変えた分、ボールを見れる時間というのは長くなったはずなのだけれど……岩城先輩の場合そういう問題じゃないのかしら)
こんな様子で練習の日々が流れていき、土曜日。紅白戦に向けて宇喜多は気合いが入っていた。
(大会1週間前に試合ってことは、そこでの結果、凄く大事だよね……。コーチャーとか、スタメンだけが大事なことじゃないのは夏の大会で分かったけど……でも)
「行ってくるね、弥太郎」
リビングでくつろぐようにしていた亀の弥太郎に声をかけると、弥太郎はのっそりと首を伸ばしてから窓辺へと歩いていき、日向で日差しを浴びながら眠りについた。
(まだ、眠いんだ。茜も眠いけど……頑張るもんっ!)
「ふっふっふ。待っていたのだあかねっち」
「あ、師匠!」
家を出るとそこには阿佐田が壁に背を預けるようにして待っており、芝居がかった口調で話しかけてきた。
「休日練前の秘密特訓と行くのだ!」
「えっと……足腰を鍛えるためにランニングに行くんじゃ……」
「あかねっちよ、これをただのランニングと思ってもらっては困るのだ」
「ごくり……」
「さあ、現れるのだ!」
阿佐田が指パッチンを鳴らすとその音に反応するようにして一匹の猫が姿を現した。
「こ、これは……なんですか?」
「秘密特訓の内容、それは一直線に走るランニングじゃなく……猫ちゃんの気ままな動きに合わせてついていく……その名も『猫ちゃんランニング』なのだ!」
「えっと……どういう意味があるんでしょう……?」
「ライトを守るあかねっちは自分の周り360度方向のどこにもすぐに反応できるのが望ましいのだ。気ままな猫ちゃんの動きに即座に反応できる足腰があれば、試合にも生かせるのだ!」
「な、なるほど……?」
(分かるような分からないような……。でも師匠のことを信じてやってみようかな)
「走るのだあかねっち! あの茜空に向かって!」
「師匠……あれは夕日じゃなく朝日です……」
そんなこんなで阿佐田と宇喜多は猫を追うようにして走り出したのだった。
「紅白戦のメンバー分けはこれで良さそうね」
「ええ。経験者の有原さんと東雲さんを分けたし、上級生の偏りもないから問題ないと思うわ」
「そうだね! じゃあこのままオーダーも決める?」
日曜日の休日練が終わり、日も沈んできた頃。有原・東雲・鈴木の3人はメンバー分けを含めた紅白戦の細かい調整を話し合っていた。
「いえ、各チームで相談して決めるといいと思うわ」
「そうね。打順毎に求められる役割を考える機会にもなるんじゃないかしら」
「分かった!」
「これで決めることは終わったわね。……有原さん、東雲さん。二人に話しておくことがあるの」
「ん……どうしたの?」
「何かしら?」
「今までスタメンを決める際、私たち三人で話し合ってきたでしょう。けど今度の秋大会のスタメンは……あなた達二人で決めてもらえないかしら」
「え……」
「それは何故かしら?」
鈴木の提案に目を見開く有原と怪訝そうな表情を浮かべる東雲。そんな二人を見て鈴木は意を決した様子で話を続けた。
「少なくとも秋大会の段階であなた達二人がスタメンを外れることはないと思う。けど夏大会と違って……私はそうとは限らない」
「和香ちゃん……」
「……いいのね?」
「構わないわ。勝つためのオーダーを組むには、二人に任せるのが最善の選択だと思うから」
「……分かったよ。責任を持って……私たちが決めるね」
真っ直ぐ目を見て自分の考えを伝えてくる鈴木に有原もその目を見つめながら彼女の願いを聞き入れたのだった。
「紅白戦、ですか」
「うん! もう明後日に迫ってるんだ……」
「……自信が無さそうに見えますが」
「う……翼と別のチームになったのが不安で……」
紅白戦2日前。ひまわりグラウンドでの練習後、神社にあるスペースで河北は神宮寺と共に練習し、その後ベンチに座って話し合っていた。
「関係ないでしょう。貴女は有原さんがいなくても、夏の頃からこうして練習しているではないですか」
「そ、そうだけど……」
「河北さん。試合というのはどちらのチームも負ける可能性がある。その不安を始まる前に完全に拭うことは出来ないのです。終わらないことには何が起こるか分からないのが試合ですから」
「神宮寺さん……」
「奇遇なことに私たちも日曜日に紅白戦をします」
「え……清城も? でも清城の部員の人数じゃ……」
清城の女子硬式野球部は神宮寺が入部する前に監督の不祥事があり、一度は廃部していた。そこから神宮寺が再び部を発足させ部員を集めたという事情から人数に余裕はないというのが現状だった。
「ええ。しかし清城にはもう一つ……男子の野球部があるのです」
「そういえば……でも確か清城の男子野球部って甲子園出場の経験もある強豪だったような」
「そうです。明後日私はその相手に投げることになる……不安がないとはとても言えません」
「あ……」
(いつも揺るぎないように見える神宮寺さんも不安なことはあるんだ……)
「しかし、不安に押しつぶされないよう私たちはこうして練習で力を積み上げているのです。試合の結果がどうなるにせよ、私は自分がやってきたことを信じるようにしています」
「……そうだね。うん! ありがとう神宮寺さん! 私も私がやってきたことを信じて頑張ってくる!」
「それがいいでしょう。……ここで次に特訓をするのは大会後です。なので今度は……試合で会いましょう」
「うん! 試合……いや、グラウンドの上でまた会おうっ!」
「……! ええ、楽しみにしています」
河北の返事に神宮寺は目を見開くと微笑を浮かべながら立ち上がり、共に階段を降りていくと、別れを告げて暗くなった夜道に分かれていったのだった。
そして日曜日になり、紅白戦の準備が着々と進められていた。
「つばさー! 一番打者はだんちょーにするのだ!」
「ええ!? でもそれだと岩城先輩のパワーが生きないですよ……」
東雲チームのウォーミングアップを見ながら有原達はオーダー決めをしているところだった。食い下がる阿佐田に有原は勢いに押されながらも、思いついたように提案した。
「そうだ! 阿佐田先輩、一番やってみませんか?」
「あおいが? 今まで二番が多かったから慣れないのだ……」
「折角の紅白戦なので、今までやってこなかったことを試すのもいいと思うんです!」
「おお! なるほど……それはアリなのだ。やってみるのだ!」
有原達のオーダー決めが進められていく中、肩を作り終えた倉敷に東雲が近づいていく。
「どうしたの?」
「私も投球練習をしておこうかと」
「気持ちは嬉しいけど、野崎の方のチームにリリーフ出来る投手いないでしょ」
「それはそうですが……」
「同じ条件でやらせてくれない?」
(この試合、スタメンピッチャーを決めるのに大きく影響する試合でもある。そうね……二人がどれだけ先発投手として投げられるか、というのを見るのも大事なことね)
「……分かりました」
「ありがと」
倉敷の気持ちを汲んだ東雲はこの試合リリーフに回らないことを決断すると、サードとしてウォーミングアップを続けたのだった。やがて東雲チームのウォーミングアップが終わると有原チームが代わりに準備を始めたのだった。
「初瀬! ちょっと付き合って欲しいにゃ」
「え……あ、はい!」
野崎がマウンドで肩を作っている間、中野はキャッチボールをしていた初瀬に頼んでボールを投げてもらっていた。すると軽い金属音が響く。
「中野さん、練習でもバントをしていましたよね」
「バッティングの調子崩してるからにゃ……。基礎に立ち返ってバットの芯に当てる感覚を掴みたいんだにゃ」
(鈴木さんに勧められて私もバントの練習を始めましたが、それほど重要なことなんですね……)
「あ、あのっ。私も後で投げてもらっていいですか? 練習でやったことの確認をしたくて……」
「分かったにゃ!」
やがて有原チームのウォーミングアップが終わると有原と東雲によってオーダー表の交換がなされ、先攻後攻が決められる。そして互いのチームがグラウンドで向かい合った。
「この試合塁審はいないから一塁コーチャー、三塁コーチャーが公平にジャッジしてちょうだい」
「うん! 分かったよ」
「掛橋先生。今日は球審、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。……こほん。それでは今から紅白戦を始めます! 互いに礼!」
「「よろしくお願いしまーす!」」
18人の声がひまわりグラウンドに響き渡ると後攻になった有原チームがそれぞれのポジションに散っていく。
「近藤さん。今日もよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。ふぅ……緊張はしてるけど、前の試合ほど頭がテンパってないかも」
「初試合はやはり特別ですよね……」
「そうね。……よし! 最終確認ね。まず今回は低めのストレートを軸に組み立てていくわね。相手チームは全員右バッターだから明條戦で有効だったクロスファイヤーも混ぜることになると思うわ。そして決め球としてパームを試していきましょう」
「はい! 分かりました!」
近藤の確認に野崎は迷わず返事を返すと互いにミットを合わせる。そして二人とも笑みを零すとミットを外して、近藤はホームへと戻っていく。
「プ、プレイボール!」
近藤がキャッチャーボックスに座りながらマスクを被り右バッターボックスへと入る九十九を見上げると、初めて球審を務める掛橋がやや上擦った声で試合開始の宣言を上げ、紅白戦が始められたのだった。