「ゆかちゃんー!」
「わっ!? もー、急に飛びついたらびっくりするじゃん」
「ごめんごめん。でも勝てたのが嬉しくてー。それに私もゆかちゃんにアシスト出来たしさ!」
「あれは良いオーパーラップだったね! クロスも合わせやすいところに来てたよー。それが決勝点になって勝てたしね」
(ただそれで調子に乗って後半のロスタイムでも上がり過ぎちゃってたのは良くなかったけど……ま、いっか)
里ヶ浜女子サッカー部は初戦を1-0で制して宿舎へと帰ってきており、急に飛びついてきた友人にゆかりは驚きながらも互いに勝利の喜びを分かち合っていた。するとその友人がゆかりが
「あれ? 誰かと連絡ー?」
「うん……ちょっと野球部の子と話すことがあってね」
「え……?」
「ちょっと待っててね。すぐに終わらせてくるからさ。パパパーっとね」
「……わ、分かったー」
そう言うゆかりの背をぎこちない微笑みで見送った彼女は以前ゆかりが野球部のグラウンドの方を見つめていたような気がしたことを思い出していた。
(ゆかちゃん、昔野球やってたんだよね。あれは懐かしかったからつい見てた……だけだよね? でも野球部と話すことって……)
彼女が離れていくゆかりにとっさに手を伸ばすと、扉が閉じられてその後ろ姿が見えなくなってしまう。すぐに戻ってくると理解しつつも彼女にとってはそれがとても嫌なことが起こる前触れのように思え、寂寞の思いを抱くのだった。
(さーて、何の用かなー? もう翼と話すことなんてないと思ってたんだけど)
玄関口から外へと出ていったゆかりは『今電話大丈夫?』と送信するとすぐに返ってきた『大丈夫だよ!』という返信を見てNINEの無料通話機能を使い翼に電話をかけながら宿舎裏の壁を背にした。電話をかけたゆかりだったが、鼓膜に響く呼び出し音がそのまま鳴り続けても構わないとも思っていた。しかしそんな思いとは裏腹に呼び出し音はすぐに消え去る。
「あっ! もしもし、椎名さん?」
「そだよー。で、早速本題だけど……なんであたしが公欠中なの聞いてきたの?」
「あ、あのね。私たち水曜日から第二試合なんだけど……良かったら見て欲しいんだ!」
「……へ? そのためにわざわざここちゃんを通して連絡したの?」
「うん……!」
翼の言葉に頭が追いつかないというふうにポカンとした表情を浮かべたが、少し考え込むと切って捨てるような言い方で答えた。
「無理だよ。そこまでめっちゃ遠いし、あたし達も木曜に第二試合あるから見に行けるわけないじゃん」
「あ……! そうじゃなくって、ええと……」
「……?」
容量を得ない翼に戸惑っている間を挟み、携帯端末から少し離れた翼の「そうだった!」という声が微かに聞こえ、ゆかりは翼の近くに誰かがいて補足を入れたことを察した。
(誰かいるんだ。ま、いいけどさ……)
周囲を見渡し誰もいないことを確認したゆかりは再び携帯端末に耳を預ける。
「テレビで見て欲しいんだ!」
「テレビ……? 高校女子野球って二回戦放送するほど認知度あったっけ?」
「いや、無いかなぁ……面白いのに。でも二回戦の相手は明條学園っていうところで……」
「明條……ここちゃんに聞いたことある。芸能人をいっぱい輩出してるとこだよね」
「うん! そこの部員の企画で、明條が出る試合だけは生放送してくれるんだって!」
「なるほど……だから公欠かどうか確認したんだね。授業あったらさすがに堂々と生放送見るわけにもいかないからね〜」
逢坂伝いに聞いた情報を嬉しそうに話す翼の言葉にゆかりは納得しながらも顎に人差し指と親指を当てるようにすると、翼の声色が変わり恐る恐るといった様子で問いかけていた。
「それで、その……見て欲しいんだ。私たちの野球を」
「…………どうしてあたしに?」
「それは……あの食事会で野球を辞めたことを椎名さんのお姉さんを見ながら寂しそうな顔をして言ったから……。きっとまだ野球に未練があるのかなって」
「……あはっ。そっかぁ……」
(有原翼……やっぱりあなたにはあたしのことは分からないよ。だって、あの時あたしが見てたのは……あたしのお姉ちゃんじゃないからね)
「……いいよ。試合前日は軽く身体動かすだけでほとんど休養日みたいなものだから暇だし、折角だから見てみる」
「本当!? ありがとう……!」
「その代わり……一つだけいいかな?」
「な、なに?」
「確か言ったよね。今は秋大会の優勝目指して頑張ってるって……。あれはその場限りの出任せじゃないよね?」
「うん! 本気だよ……!」
「じゃあさ。その試合生放送するくらいだから、事前にキャプテンインタビューくらいあるよね? その時に言ってよ。目標は優勝だって……」
「……分かった!」
(これで新設野球部だからって逃げ道は消えて、優勝を目指す以上ゆいさんと比べられる。そしていつか翼もあたしと同じ気持ちになる……その時が見られるなら、見てもいいかな。あなたの野球を……)
提案を承諾した翼の力強い返事を聞いてゆかりはかすかな冷笑に似た奇妙な笑みが唇の端に浮かぶと、その瞳には地平線に沈んでいく夕日が映っていた。
「それにしても運が良かったねー」
「え? なんのこと?」
「あたし達が一回戦勝ってなかったら、公欠じゃなくなるから見れなかったってことだよ」
「あ、そっか……! 確かにそれは気付いてなかったけど……でも椎名さん達なら勝てると思ってたよ」
「えー? 野球部とグラウンドも違うし、あたし達の実力なんて分かんないでしょ」
「みさお姉ちゃんが言ってたんだ! 『強かったー! それにこれからもっともっと強くなれる可能性を秘めてるよ』って」
「……でもさー。みささん達との試合1-3で負けたんだよ」
「大学生と高校生のフィジカルの差があったし、最後の3点目は残り時間考えると攻めるしかないところでのカウンターだったから、実際にはそこまで大きな実力差があった訳じゃ無かったって言ってたよ」
「……ふーん……。強くなれるってのは?」
「あれ? みさお姉ちゃんは椎名さんがそれに気付いてるみたいだって言ってたんだけど……。確かラインがどうって言ってたような……」
(……ラインの上げ下げの判断か……)
「……そっかー。そう言ってくれるのは嬉しいなぁ。あたし達も頑張るからさ、翼達も頑張ってねー」
「うん! 椎名さん達も大会頑張って! 一緒に勝ち上がっていこう!」
「おー。じゃ、切るねー」
そう言ったゆかりは電話を切るとツーツーという音を聞きながら背にしていた壁へと振り向くと、自らの影にしばらく目を落としていた。やがて顔を上げたゆかりは宿舎の中へと戻っていく。すると待っていた友人から早速話しかけられた。
「ねー、ゆかちゃん。なんの電話だったの?」
「水曜日に二回戦が生放送されるみたいだから見てーって」
「そーなの?」
「うん。ま、折角だし見ようかな。ここちゃんとか凄くアピールしそうだなあ……」
(私の……気にしすぎだったのかなー?)
いつもと変わらず屈託なく話すゆかりに彼女は抱いていた嫌な予感が和らいでいくと安堵に近い感情を覚えたのだった。
「くしゅん!」
「大丈夫ですか?」
「へ、平気よ。きっと誰かがアタシの噂をしてるんだわ。人気者は困るわね〜」
(待ってなさいよ大黒谷! ピッチャーになるのは間に合わなかったけど、この試合だけはスタメン入りしてアンタを返り討ちにしてやるんだから……!)
「……あら? 二人とも自主練ですか?」
「あ、おかえりー。遅かったわね」
「私たちも買い出し手伝った方が良かったでしょうか……?」
「大丈夫よ。ね、野崎さん」
「はい……!」
「なんか良いことあったみたいね」
「そのようですね」
逢坂と初瀬が宿舎前のスペースで素振りをしていると野崎と近藤が買い出しから帰ってきていた。
「あれ、でも今日って休養日じゃなかった?」
「といってもアタシ達はそんなに疲れるほどは動いてないからさー。それに、昨日龍ちゃんの“対左投手”のオーダーを組むって発表があったでしょ? あれでアタシ達右打者はやる気いっぱいなのよ」
「私も中野さんに背中を押される形で……。『少しでもコンディションを上げておくんだにゃ!』って言われて、今出来ることをやろうかなって」
「あ、今の綾香ちゃんの声真似似てたわね!」
「そうでしたか? えへへ……」
「そうそう。試合にがっつり出てたみんなは今日は身体を休めるのに専念するーって言ってたけど、茜ちゃんはランニングに行ってたし、智恵ちゃんも壁当て出来るところ探してくるって言って、美奈子ちゃんはそれについて行ってたわよ」
「なるほど……皆さん気合いが入っているんですね」
「近藤さんも、もしかしたら起用があるかもしれませんね」
「ううん……勿論、準備を怠るつもりはないんだけど。対左投手のオーダーって言っても、ベースはやっぱり一回戦のベストメンバーのオーダーだと思うから、右打者の鈴木さんと入れ替える理由はないと思うな」
「そっかー……和香ちゃんも頑張ってるもんね。あ、それと明日と明後日は近くの運動場借りて練習するって」
「運動場を借りるのは元々予定していたみたいですが、今の皆さんの調子を改めて確認したいと言っていました」
「分かったわ。でもそう言うってことは、有原さんと東雲さんオーダーをどうするか悩んでいるみたいね」
しばらくの間その場で話し込んでいた四人だったが初瀬が荷物を持ったままの二人を気づかい、話を中断して荷物を四人で分担して宿舎へと運んでいくのだった。
「悩んでいるみたいね」
「ええ……」
やがて夜になり翼と東雲は一室を使って話し込んでいると、ノックしてから鈴木がその部屋へと入ってきた。
「スタメン決めを任せた身としてはオーダーに口を挟むつもりはないけれど、ただ不思議なのよ」
「どういうこと?」
「ベストメンバーとして選んだ9人の内、7人は右打者だもの。そこまで深く悩むようなことはないと思うのだけれど……」
「最初はそうかとも思っていたわ」
「けどねー。ファーストとライトをどうしようって話になって……」
「確かにライトは右打者が複数いるし、倉敷先輩を先発とするならファーストは左打ちしかいないから悩みどころかもしれないけど……」
「有原さん、貴女相変わらず説明が下手ね……」
「そ、そうだった?」
有原の説明に呆れるようにおでこに手を当てながら東雲がため息をつくと、鈴木の方に振り返って話を続けた。
「まず前提として前に有原さんのお姉さんに協力してもらって、うちのバッターの対左投手のデータを取ったわよね?」
「ええ……記録したのは私だもの、覚えているわ。左バッターの成績は軒並み右バッターより落ちていて、左打ちだけどサウスポーに強い例外的なバッターはいなかったわね」
「そう……わざわざ対左投手のオーダーを組む一番の理由はそこよ。けど優勝を目指す上で次の明條戦で最も考慮すべきなのは、清城対界皇の勝者と三回戦で当たる点。界皇はもちろん、向月と界皇に勝って清城が上がってきても激戦が予想されるわ。そして三回戦は二回戦から中二日……明條との試合でエースの倉敷先輩に疲労が強く残れば、勝ち目はかなり薄くなってしまう……」
「一回戦も5イニングを投げ切っていることを踏まえると、この二回戦で倉敷先輩を先発させるのは望ましくないということね。もっと言えば、登板を避けられたらベストだけど……」
「それは試合の状況を見て判断するわ」
「そうね。ただそうなるとファーストで悩むのはおかしくないかしら? 倉敷先輩は右打ちよ」
「……守備よ」
「……なるほど。倉敷先輩はエースとしてピッチングの練習に集中してもらった分、ファーストの守備には不安があるということね」
「新入部員が入って人数に余裕が出た分、倉敷先輩はピッチャーに専念してもらおうってことになってたしねー。それに……」
「別に言ってもらって構わないわ」
「……?」
翼が言いづらそうに振り向き、東雲が淡々と答える様子を鈴木は不思議そうに見ていると再び翼が説明を続けた。
「先発は東雲さんの予定なんだ」
「えっ、野崎さんじゃなく……!?」
「野崎さんは練習試合でフルイニング投げている分特徴を掴まれているかもしれないからリリーフに回ってもらうわ。そして先ほどのは倉敷先輩や野崎さんよりピッチングが未熟な私が投げる分、守備に不安を残したくないということよ」
「……そ、そうだったのね」
(けどそうなるとファーストの問題は振り出しに戻ってしまうわ。ファーストだけ対左を諦めるか、もし対左を徹底したいのであれば……手がない事はないけれど)
「他のポジションは決まっているのかしら?」
「ええ、ほとんど決まっているわ。後はファーストとライトを決めれば、自ずとオーダーは完成するわよ。それが悩ましいのだけれどね……」
「なるほどね……」
その答えが腑に落ちた鈴木は二人の邪魔をしないよう部屋から出ていくと、翼と東雲はその後もオーダーを話し合ったが結局その場では決まらなかった。そして二日後の夜。二人は運動場での皆の調子を鑑みてオーダーを決めると、翼の口からオーダーが伝えられ、そのオーダーに皆が大きく驚いていた。
「わー! すっごくいれかわったねー!」
「凄く入れ替わった? ……ああ。そうかもしれないわね」
秋乃の言葉が引っ掛かったようにオーダーを確認し直した東雲はその意味を理解すると、合点がいったように頷いたのだった。やがて明日に向けてのミーティングが終わり解散となると、ちょうど帝陽学園の面々が帰ってきたところで宿舎前で乾が指示を飛ばす様子が見受けられた。
「——するように。バッテリー斑はすぐにミーティングを始めるぞ」
「えー、少し休ませてくれよ……」
「身体に疲労を残させるような真似はしない。だが反省点を洗い出すには試合後が最も鮮明に思い出せる。この時を逸する訳にはいかない」
「ははは。分かってるよ。ちょっと言ってみただけだって……ん?」
(どうやらあの様子だと勝ったみたいね……。ただ何か違和感が……ひゃあ!?)
「わあ!?」
するとその様子を扉を少し開けて見ていた鈴木は何を見ているのか気になった翼が肩に手を乗せるようにして覗き込んだ重みに耐えきれず、二人とも外に倒れ込んでしまった。
「……里ヶ浜高校の者か」
「あははは……どうも」
「もう、翼ったら……」
申し訳なさそうに差し出された翼の手を掴んで鈴木が恥ずかしそうに立ち上がると、乾の鋭い眼光が突き刺さる。
「覗き見とはあまり趣味が良くないな」
「す、すいません……」
「ごめんなさい……」
「無論同宿舎での会話、聞かれたところで文句は言わないさ。だが礼儀は重んじるべきだ」
「「は、はい……!」」
「ケイ。口調変えるの忘れてるよ」
「はっ……! こ、こほん。失礼……私としたことが。とにかくこれからは気をつけて下さい」
「「分かりました……」」
(……なるほど。どうやら丁寧な口調は外行きに作っているもので、先ほどのが素の口調というわけね)
こうして帝陽学園が帰ってきた宿舎が大勢の部員で賑やかになる中、その賑やかさに紛れるようにスタメン入りを果たした部員たちは明日の試合に向けて最終調整に励むのだった。
「オーダーは特に変わりはないわね」
「鉄壁高校との試合と同じように先輩が先発で4イニング、アタシが3イニング投げる感じですか?」
「その予定だけど、試合の進行次第で変えるから頭に入れておいてね」
「分かった」
「はい!」
そして同時刻、明條学園も宿舎内でキャプテンからオーダー発表が行われ、エースと大咲にピッチャーとしての心構えを作れるように起用法が伝えられていた。
「出来れば予定通り分業して、三回戦に余力を残したいんだけどね……」
「問題は誰が先発してくるかですよね。練習試合で投げてきたあのサウスポーか」
「あっちもエースを登板させてくるかもしれないわよね」
「そうなると弱るなー。サウスポーの方はあの試合3得点止まりとはいえチャンスは作れてるイメージがあるけど、エースの方はあの強打の高波を結構抑えてたしうちの打線で何点取れるか……」
「そう弱気になる事はないと思うわ」
「どうして?」
「夏の高波は中条だけじゃなく、ほとんどのバッターに神経を使わされるような怖さがあった。それだけ打線が繋がる恐怖を感じさせられた……。けどあの試合の高波はそういう恐怖を感じられなかった」
「新チームになって打線が上手く噛み合ってなかったってこと?」
「多分ね……」
「それなら良いんだけど……うちは打線が課題だからね。ただ誰が先発してきても3点は取るぞーって気持ちは持っていきましょ!」
「はい!」
(待ってなさい。逢坂ここ……! 今度こそアタシ達がアンタ達に勝つ!)
キャプテンの檄に部員全員の返事が重なるように響くと、大咲は拳を握りしめ明日の試合への思いを募らせていくのだった。
「調子はどう?」
「高校に入る前から私は先発完投型の投手でしたし、大会での連投も慣れています。問題ないと思いますよ」
「今日軽く投げてもらったけどボールの質は落ちてなかったよ」
(心配があるとすれば結局球数を抑えられなかったこと……それがどう響くか、かな)
「そっか……」
清城高校が泊まる宿舎では明日の試合に向けての最終調整を終えた神宮寺が早めの休息を取ろうとしていた。
「後は当日のボールの精度ですね……」
「うん」
「……あのさ、神宮寺さん。あまり無理しないでね」
「……? どういうことですか?」
「向月の高坂さんみたいにはなって欲しくないんだ……」
「ああ……そういうことですか」
試合後に肘を押さえていた高坂を思い出した神宮寺はその言葉の真意を汲み取ると右腕を見つめた。
「明日の相手はあの界皇です。無理をしなければならない場面も出てくることでしょう……」
「え……」
「ですが……」
そしてその視線を心配そうに見つめる同級生に向けると真剣な面持ちを崩さずに自らの胸の内を打ち明けた。
「清城の投手は私1人です。私が壊れてしまったら、その時点で敗北したも同然……。もし無理を必要とする場面が来るのであれば、どうすべきか相談することにします」
「神宮寺さん……」
「……小也香なら大丈夫だよ。名門清城の復活のために無理はしても、無謀なことはしないから」
あの試合から抱き続けていた不安を思い切って伝えた彼女は二人の返事を受け止めると、心から安堵したように笑みを零した。
「そっか……分かった! 花、マウンドでは神宮寺さんをよろしくね」
「任せて!」
こうして清城高校が早めの休息を取ろうとしていた頃、その対戦相手である界皇高校は明日の試合への最終ミーティングを行なっていた。
「向月との試合では4回……いえ、正確に言うなら3回の高坂さんの打席が境目ね。ここまではスライダーやシュートを低めに集めて打ち取る配球なのに対し……」
「そこからはフルカウントになる事も度々あるし、高速スライダーも多く投げるようになって、代わりに浅いカウントではスライダーを温存する傾向がありますね」
それぞれの部員に纏められた資料がコピーして配られており、キャプテンのレナの言葉を相良が引き継いでいた。
「そうね。この後半のピッチングが彼女本来のものと考えて良さそう」
「キャプテン。復習はいいから明日に備えて早く対策伝えた方がいいと思うんですけど」
「釣れないなぁ……。ちゃんとデータは頭に入ってる?」
「当然なんですけど。先発としてバッターも神宮寺のデータもしっかり叩き込んでるんですけど」
「頼もしいわね。じゃあ北山監督と相談して立てた方針を伝えるわ」
エースの鎌部の催促を予期していたのか余裕を崩さずにレナは全体に目を向けるようにして方針を伝えた。
「スライダーを捨てましょう」
「えっ……どうして捨てると!? ウチらなら捉えられるけん!」
「大和田、落ち着いて」
「相良〜。ばってん……」
1番バッターとして神宮寺の決め球を捉える気満々だった大和田は不満げに顔を膨らませるとそれを相良が宥めていた。そんな二人の様子を微笑みをたたえて見ながらレナは話を続けた。
「スライダーを捨てるのは勿論その変化量の鋭さもあるけど、一番の理由は緩急よ」
「どういうことですか?」
大和田を宥めながら相良が代わりにその意図を聞くと、レナは先ほどの資料に目を向けさせた。
「まず打たれるリスクを承知で低めに変化球を集めていたのは私たちとの試合に向けて球数を抑えていたからと考えても良いと思うわ。そんな彼女達が私たちとの試合でも同様の作戦を取るとは思えない。つまり本来のピッチングである……ここからが参考になるわ」
先ほど少し話題に出た区切れ目となる3回の高坂の打席からその前を切り離すように線を引いて見せたレナはそれ以降の内容に目を向けさせた。
「向月は高速スライダーに苦戦させられているようで、実際には高速スライダーで打ち取られた打席はそう多くはないわ。コントロールがバラけているのもその一因ね」
「なるほど……実際にはストレートとスライダーで打ち取られるものが多いですね。それにスライダーは高速スライダーとの違いからか、タイミングが合っていないものが多い」
「だから緩急……でもそれなら“緩”の方に狙いを絞るという手もあると思うんですけど」
「それは考えたわ。けど超高校級の変化でコントロールも良いスライダーに全員狙いを絞るのは凡打も増えてしまうし、それに彼女のストレートはそれ自体の力では私たちにとっては苦になるものじゃないと思ったからよ」
「確かに全国No.1ピッチャー、高坂椿に標準を合わせた私たちにとってはまだ1年生である彼女のストレートはそう打てないボールではないでしょうね」
「…………」
「そう不満げな顔をしないでください」
「別に……私が全国No.1ピッチャーって呼ばれるべきなんて言ってないんですけど」
「今思いっきり言ったけん……! はうっ!?」
本人は小声で話したつもりで零した言葉を聞いた鎌部は左手の人差し指を伸ばして大和田の頬を突っついた。
「うぅー。何も言っとらん。何も言っとらんかったとー!」
容赦なくグリグリと侵入してくる人差し指に屈した大和田がようやく解放されると短くため息をついた鎌部は何事も無かったかのように先ほどの話に戻った。
「ビデオ見る限りだとシュートは並の変化だったし、ストレートのスピードが苦にならないなら引きつければ対応できそうなんですけど」
「高速スライダーは厄介そうですが大きく外れるものやど真ん中に入るものも多いみたいなので、緩のスライダーを捨てることで後半の向月のように対応出来るかもしれませんね」
「相良ー! なんで助けてくれんとー!」
「先輩の顔は立てるものだよ。……でも大丈夫ですか? 相手がこちらが急のタイミングにのみ絞っていると分かれば、当然逆手に取られてしまうのでは」
「その場合、彼女はあるリスクを負わなければならない……。それが神宮寺小也香の弱点よ」
「弱点……ですか?」
「……なるほど。神宮寺の緩はスライダーのみ、こっちが緩を捨てていることに気づいたとしても決め球であるはずのスライダーを連投する以外に道はない。ピッチャーにとって最もやりたくない行為なんですけど」
「ええ……その場合、決め球に目が慣れてくるわ。だから第一の方針は緩のスライダーを捨てることなの」
「そして相手の出方を伺って、もしスライダーをゾーンに集めてくるようなら方針を変えるというわけですか」
「一辺倒の攻めならウチらには通用しないけん! あ、そうだ! キャプテーン!」
「どうしたの?」
「この方針はいつも通り4番は免除と?」
「ええ、そうね。相手に方針を簡単に気づかせない意味もあるけど、それが界皇の4番の特権だから」
「よかねー! ウチもいつか4番になりたいけん!」
(大和田は足の速さ考えると上級生になっても1番にいて欲しいんじゃないかなあ……)
途端に目をキラキラと輝かせる大和田に言いづらそうに相良が頬を掻いていると、その後の方針や細かい確認が行われてお開きになった。すると鎌部は真っ先にミーティングルームから出て行ってしまう。
「うーん。鎌部先輩、今日ちょっとおかしかったけん」
「そうだね」
「鎌部さんは高坂さんと直接投げ合える機会を待ち望んでいたからね……。戦う前に向月が敗れたことにやり切れないものがあるのかも」
外へと出ていった鎌部はベランダ前の通路まで来ると月明かりに照らされて、胸元にかけているロケットペンダントを開いた。中に入っているのは彼女が憧れている藤原という先輩と一緒に撮ったツーショットの写真だった。その写真を見ながら夏大会決勝戦で自分と同じ学年ながら自分が敵わなかった藤原と堂々と投げ合う高坂の姿を思い出す。
(なんで勝手に負けてんの……納得いかないんですけど)
大きく息を吸い込んで胸の中に巣食うイライラを吐き出すように長く強く息を吐き出した彼女はロケットペンダントを閉じると、寝室に入りながら首からそれを外して枕元に置き寝支度を整えた。
(確か清城は高坂からヒットを2本打った。なら私はそれ以内に抑えてやるんですけど……!)
イライラの代わりに胸に焼き付けるように誓った鎌部はそのまま眠りについた。
こうして清城高校・界皇高校・明條学園・里ヶ浜高校は二回戦当日を迎え、それぞれの想いを胸に球場へと向かっていくのだった。
良ければ里ヶ浜がどんなオーダーを組んだか考えてみてねー。