皆で綴る物語   作:ゾネサー

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ゴールデンエイジの輝き

「そろそろ試合が始まる頃ね……」

 

 緊急ということで会場に近い小さな病院に運ばれて肘の経過を見ていた高坂は以前から世話になっている総合病院へと移動することになり、向月の捕手に荷物を持たせて病室を後にしていた。

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「順当にいけば界皇でしょうね」

 

「まあ、総合力でいえば界皇だろうね……。けどアタシ達との試合みたいに清城が得意の投手戦に持ち込めば分からないかも」

 

「それはどうかしらね。界皇も爆発的な打線に隠れがちではあるけど、投手戦が苦手なわけじゃないわ」

 

「夏の決勝で無失点リレーされただけによく分かるね……」

 

 そんな話をしながらエレベーターに乗り込んだ二人が静かな空間に身を委ねていると、同乗した一人の患者が途中の階で降りていって二人きりとなり、再びエレベーターが下降して行く。すると沈黙を破るように高坂が口を開いた。

 

「ただ……」

 

「ん?」

 

「アタシ達が抑えられた理由……その原因の一つはあのスライダーにあるのは界皇も分かったでしょうけど、もう一つの原因に気付かなければ清城にもチャンスはあるかもねぇ」

 

「ああ……確かにね。その原因をスライダーとの緩急差によるものだと思ってしまえば、うちの二の舞になるかもしれないな」

 

 そしてエレベーターを降りた彼女たちが病院から一歩外に出ると静かな秋の日光が彼女達を照らし、高坂は眩しそうに左手で軽く目を覆った。

 

「でもちょっと意外だった。アタシ達に勝った清城と因縁のある界皇の試合だし、椿なら無理言っても見に行くかと思ったよ」

 

「今は他の奴らに構うより、やるべきことがある。それだけよ」

 

 こうして高坂が遠くに小さく見える球場に背を向けた頃、その球場では球審の「プレイボール!」という宣言が響き、界皇の先攻で試合が始まっていた。

 

(界皇は伝統で地元のボーイズリーグ出身の選手が多い。一年ながら1、2番を張っている大和田さんと相良さんもその流れを汲んだ二人。同じ一年でも油断は禁物。内を中心に攻めて、最後は外のスライダーを振らせにいこう。サード、念のためセーフティ警戒お願いします)

 

(了解)

 

(まずはインコース低めにストレート……そうですね。界皇の特徴の一つは初回得点率の高さ。特にこの大和田さんを出してしまうと得点までの流れをスムーズに作り上げてきます。公式戦のデータが少ない私たちのデータを取ろうと見てくるうちに、ストライクを先行させた方がよいでしょう)

 

(サインは……分かったと。1番バッターに求められるのは今後のバッターへ繋がる情報収集。ばってんボールを見極めるだけが情報収集じゃなかとよ。あたしがチームの指針になるけん! まずはミーティングで決めた通り……)

 

 界皇の三塁コーチャーがサードが半歩前に出てくるのを視界に収めながら、コーチャーボックスから投手のクセを探ろうと神宮寺を見つめていると、首を縦に振った彼女が投球姿勢に入り腰を右向きに捻って浮かせた左足を二塁ベース方向に向ける。すると前側に体重移動しながらその左足を前足として踏み込もうとした直前にある違和感を覚えていた。

 

(グローブがまだ三塁方向(こっち)に向いてる。随分左肩を入れるんだな。そんな体勢からリリース出来るの?)

 

 右打席へと入った大和田に神宮寺が前足を踏み込んで右腕を振り切りこの試合の幕開けとなる1球目のボールを投じると、インコース低めへと投じられたストレートに対し大和田はスイングの始動へと入った。

 

(神宮寺の“急”はストレート、シュート、高速スライダーの3つ。第一に確かめるべきは……一番早くミットに届くストレートに振り遅れないかどうか!)

 

(初球から振ってくる!? けど、少し振り遅れて——)

 

 ——キィン。快音と呼ぶには鈍さの混じった打球音が振られたバットから響くと、放たれた打球は右中間方向にふらふらと上がっていた。

 

(あそこから振り負けずに打ち返した!?)

 

「ライト!」

 

「……届かない、か……!」

 

 セカンドのはるか頭上を越えていった打球が失速しながら落ちてくると、ライトは無理に突っ込むのをやめてワンバウンドしてから再び落ちてくるところを狙い、確実にこのボールを捌こうとする。

 

「……! 二塁狙ってるよぉ!」

 

「えっ……! わ、分かった!」

 

 確実に捕ろうと打球に対してやや後ろで構えていたライトがセンターの指示で前に出てワンバウンドしたボールをジャンプしてミットを上に伸ばしながら捕球すると、一塁ベースを大きく回った大和田は一塁コーチャーのバックの指示に反応して戻っていった。それに気づいたライトがファーストに送球を行い、タッチが行われる。

 

「……セーフ!」

 

「ふぃー。危なかぁ……」

 

(うっそでしょぉ……。あの打球で二塁狙う?)

 

(むー。データによるとレフトとライトは捕球判断が甘めだって話やけん、隙をついてみたんけど……惜しかったと。ストレートも思ったよりは詰まらされた。ばってん神宮寺のストレートのスピードもスピン量もあたし達なら対応出来る範疇やけん)

 

(ヒットにされましたか……ボールに力が乗った感覚はあったのですが)

 

(今日の小也香のストレートは向月戦と比べるとやや荒れ気味、体力はなんとかなっても三振率の低い向月相手にずっと神経を張り巡らせた精神的な疲れが残っちゃったかな……。それでも振り遅れたと思ったのに、スイングスピードが予想以上だった。やっぱり小也香が言ってた通り……)

 

 神宮寺のストレートに信頼を寄せている牧野は要求より僅かに中に入ったとはいえ低めに投じたストレートを難なく打ち返されたことへの驚きを顔に浮かべながら、先日のミーティングのことを思い返していた。

 

「界皇高校の強さの秘訣?」

 

「ええ……界皇高校は毎年圧倒的な実力を持つチームを作り上げています。勿論今年も……」

 

「んー? 一杯練習してるからなんじゃない?」

 

「毎年って話だから、設備が充実してるからとかじゃないかなぁ。シニアの強いところとか、大体設備しっかりしてたし……」

 

「私は……ええと。名のある強豪だから単純に運動神経が良い人が集まりやすいんだと思うな」

 

 部員が様々な意見を出していくとやがて出きったところで神宮寺が再び口を開いた。

 

「強さの理由は一つではないと思うので、皆さんがおっしゃったことも正しいと思います。なのでこれはあくまで私の意見なのですが……界皇高校は黄金の成長期を逃さないシステムを完成させているからだと考えています」

 

「黄金の……成長期?」

 

 聞き慣れない言葉に部員から疑問の声が上がると神宮寺はその疑問に答えるべく、グラフを拡大コピーしたものをホワイトボードに貼り付けた。

 

「これはアメリカの医学者兼人類学者のスキャモンが発表した『スキャモンの発育曲線』と呼ばれるグラフです」

 

「そのグラフは何を表してるの?」

 

「このグラフは20歳時点での人の発育状態を100%とし、一般型・神経型・生殖型・リンパ型の4系統に分けたそれぞれの発達の仕方を表したものです。そしてこの4系統のうち神経型は運動神経に大きく影響するとされています」

 

「運動神経って生まれつきで決まるイメージがあるけど……それだけじゃないんだね」

 

「……あれっ。神経系ってこのグラフだよね?」

 

「ええ。そうですよ」

 

「で、ここが100%の線だから……えっ? 12歳くらいでほとんど100%になってるじゃん……!?」

 

「そう。この5歳から12歳ごろまでが神経系の発達が著しい時期。この時期は今のように理性で行動を分析するのではなく、感覚で動作を覚えられることからスポーツの技術を習得しやすい年代とされています。そして……この一生に一度の時期はこう呼ばれているのです。“黄金の成長期”(ゴールデンエイジ)、と」

 

「ゴールデン……エイジ」

 

「け、けど私たちにだってゴールデンエイジがあったわけじゃない。全員じゃないけど、何人かスポーツをやってた人もいるし……」

 

「……! さ、小也香。そういえば界皇って地元のボーイズリーグ出身が多いって……」

 

「そう。加えてボーイズリーグは中学生だけでなく、小学生の部もあります」

 

「私たちが清城として動き出したのはもちろん高校に入ってから。だけど界皇は小学生の時から動いて……ゴールデンエイジに設備や環境の整ったボーイズリーグで多くの練習をこなさせることで運動神経を鍛えに鍛えた選手が入ってくるシステムを作り上げてるってこと?」

 

「ええ……。あくまで私の考えですが」

 

 思い起こしながらキャッチャーボックスに座り直した牧野は2番バッターとして右打席に入って地面を見上げながら、その様子を窺っていた。

 

(漠然と挑んでも勝てない。なら、しっかり意識するんだ。お兄さんに憧れて小学生の時から野球に打ち込んできた小也香のゴールデンエイジの輝きを私が引き出すんだって! ……! バントの構え……)

 

(手堅い作戦と言うべきか、それとも構えだけなのか……ですね)

 

(サインは……1ストライクになるまで待て。北山監督は大和田にチャンスをあげたんだ。行けたら行ってもいい青信号(グリーンライト)の指示を貰ってる大和田に……しっかりやりなよ)

 

(分かっとるよ相良。あたしの足でプレッシャーをかけてや……っと!)

 

「セーフ!」

 

 牧野からのサインを受けて神宮寺の牽制球が投じられ大和田が頭から帰塁すると伸ばした手がタッチより先にベースに触れてセーフの判定が上がっていた。

 

(ばりばり警戒されとる……)

 

(まあ、夏大会だけでも5試合分データを取られてるんだ。当然大和田の足は警戒するよね)

 

「セーフ!」

 

 ボールが投げ返されリードを広げ直した大和田に再び牽制球が投じられると、今度も反応してしっかり塁に手を伸ばした大和田はセーフとなっていた。

 

(しつこかー……)

 

(……リードは変わらず、ですか)

 

 神宮寺は自分の感覚より半歩分二塁側に踏み出している大和田のリードを注視していたが、二度の牽制球を受けても狭まることのないリード範囲を見て慎重になっていた。

 

(あまりランナーを警戒させすぎてもピッチングに集中出来なくなる。無難に送りバント……足の速さを生かして盗塁……相良さんは堅実なバッティングが持ち味だから初回からエンドランでもおかしくない。……小也香、これでいこう)

 

(高速スライダーを高めにですか……。なるほど、相手がどんな作戦を取っても簡単にやらせないというわけですね)

 

 牧野からのサインを受けてピッチングに意識を向け直した神宮寺はそのリードに納得して頷くとセットポジションに入り、そのまましばらく間を置くと一度大和田に顔を向けてから前に向き直った。

 

(警戒されてるのは厄介やけん。ばってん……今の二回の牽制で間合いは掴んだと!)

 

(えっ……小也香はまだ足を上げてな——!?)

 

「スチール!」

 

(……!? くっ……!)

 

 ファーストからの声に僅かに目を見張りながらもセットポジションからクイックモーションに入った神宮寺はインハイにボールを投じた。

 

(ストレートか? この構えからならボールの軌道がよく見え……えっ。曲がった!?)

 

「ストライク!」

 

 バントを解きながらボールの軌道を目に焼き付けようとじっくり見ていた相良は視界から逃れるように真ん中高めへと曲がっていく高速スライダーに目を丸くすると、捕球音と共にスムーズに前へと踏み出した牧野は二塁に送球を行った。セカンドがベースに入り低めにコントロールされたこの送球を受け取って大和田の足にタッチにいく。

 

「セーフ!」

 

(は、速いわね〜)

 

 タッチより早く二塁に到達していた大和田はベースを踏むようにして立ち上がるとしてやったりという表情を浮かべていた。

 

(今の……小也香のモーションが盗まれた?)

 

(送球しやすい高めへのスピードボール。牧野さんの送球も低めに来ていました。ただ私が投げると決めたタイミングで走られてしまった分……間に合ったようですね)

 

(ピッチングは集中が必要やけんの。足を上げてなくても投げようとしていたら、無理に中断なんて出来んのは分かってたとよ)

 

(さすが大和田。足の速さもさることながら、今のタイミングで走れる走塁技術……あれで一か八かじゃないんだからピッチャーにしたら溜まったものじゃないでしょ。……ん?)

 

 頼もしい味方の走塁に相良が思わず口角を上げていると、神宮寺が息を吐き出してから集中した面持ちで前を向いて牧野のサインを待っているのが目に映った。

 

(ショックだっただろうに……タフなピッチャーだね。これが向月に通用した精神力か。北山監督、このチャンスは絶対に逃してはいけませんよ)

 

 界皇ベンチを力強い目で見つめる相良に気づいた北山が頷くと、次のサインを受けた相良は再びバントの構えを取った。

 

(またバントの構え……今度こそ送りバントだと思うけど、あのランナーなら三盗も警戒しておかないと。三塁は二塁より送球距離が短いとはいえ、このバッターが反則にならない範囲で右打席に立っていれば投げる前に一歩横に動かなくちゃいけないことも頭に入れて……)

 

(インハイのストレート、可能なら先ほどの高速スライダーのコースに合わせる形ですね)

 

 やがてサインの交換が終わると神宮寺は今度はほぼ溜めを作らずにセットポジションからクイックモーションに入り、インハイにストレートを投じた。

 

(また高速スライダーか? ……いや、これは……ストレート!)

 

 目線と水平になるような高さに構えたバットを崩さずにその目でボールを追っていた相良は先ほど曲がり始めたタイミングでの軌道の変化を感じ取れなかったことからとっさにストレートと判断すると、膝を衝撃のクッションにするようにしながらバットを合わせた。

 

(良し!)

 

(打球が上がらなかった! それどころかこれは……)

 

「サード!」

 

「分かった!」

 

 三塁線に放たれた打球は勢いが完全には殺されておらず転々と転がっていくと神宮寺が処理するには間に合わないと判断した牧野の指示によってサードが捌き、ファーストへの送球が行われて相良はアウトになった。

 

「上手い……サードを前に出す送りバントだね」

 

「二塁ランナーもバントに合わせて流れるようにスタートを切っていたわ……あれは刺せないわね」

 

(神宮寺さん……)

 

 里ヶ浜高校の面々はこの試合をスタンドから見守っており、河北は東雲と隣に座る翼の会話を聞きながら、マウンドに立つ神宮寺を心配そうな眼差しで見つめていた。

 

(ここからクリーンナップ……初回から流れを持っていかれるわけにはいきません。ここで食い止めます!)

 

(さきがけ女子との試合のように、初回で一気に流れを作るのは界皇の必勝パターン。ここで止めよう!)

 

 その神宮寺が牧野と視線を交わすと互いに頷き、右打席へと向かってくる3番バッターを迎え入れた。

 

(内野は……前進させてくるか。外野はほぼ定位置。無理はしすぎないってわけだな)

 

(このバッターはスイングの荒々しさに反してデータによると右方向へのバッティングが得意。たとえ打ち取られた当たりでもランナーを進めてくるくらいには器用なバッター……)

 

(……界皇の情報は彼女たちもある程度手に入れてるはず。それがネット上に有志の方がアップした映像からのものだとしても、試合数の多い私達二年生のデータを取るには十分でしょう。となれば外の甘いところには来ないわね)

 

 ネクストサークルに座るレナが不敵な笑みを浮かべながらグラウンドの光景を見守っているとバッテリーのサイン交換が終わり、神宮寺がセットポジションに入った。するとリードを取る大和田が神宮寺の目に入る。

 

(先輩のためにもこっちにも神経使ってもらうとよ)

 

(……大和田さんを先頭バッターとして出した場合の得点率の高さもピッチャーとして実際にマウンドに立つと頷けますね。ですがどちらにせよ牽制に入れるサードが前に出ている今、開き直らせてもらいますよ)

 

 大和田から目線を切って神宮寺は3番バッターへの集中を高めていくとクイックモーションに入り、ボールを投じた。投じられたボールはインコースの低めへと向かっていく。

 

(やっぱり外は避けてきた! 悪いけどアンタたちの得意な投手戦は早々に断ち切らせてもらうよ! ……!)

 

 スイングの始動に入ったバッターが前足を踏み出すと、このタイミングで僅かなボールの変化を感じ取った。

 

(シュート!?)

 

(よし。ストライクからボールになるシュートを振らせた!)

 

 既に前足を踏み込んでバットを振り出していた3番バッターはバットを止めることは出来ないととっさに判断すると、内に曲がる軌道に反応して可能な限りバットの軌道を修正する。するとバットの芯よりボール1個分内側にボールが当たった。

 

「っらぁ!」

 

(あれだけ差し込んでバットを振り切った!?)

 

「ショート!」

 

(さすがに浅い……これじゃあ捕られたらタッチアップは出来んと)

 

 ボール球を詰まりながら打ち返した打球はショート後方へと飛んでいった。外野方向に反転しながらショートが必死に追い縋る中、大和田はリードを保ったままこの打球の行方を見守った。

 

「届けっ……!」

 

 打球が落ちてくるタイミングでショートが飛びつくようにジャンプしてミットを伸ばした。すると……その僅か先で打球がバウンドする。

 

(くっ……)

 

 やがてこのボールをセンターが収めると一塁を少し回ったバッターランナーがベースに戻っていくのを目にしながら、唇を噛んでいた。

 

「先制……あの神宮寺さんが初回から点を取られるなんて」

 

「今の場面、内野ゴロでのホームインを警戒して内野を前に出すのは間違いではないわ。守備もミスらしいミスは無かった。界皇の打撃力が正面から神宮寺さんを上回った大きな1点ね……」

 

(でもまだ1点。挽回は出来る……はず! だから踏ん張って!)

 

 打球を落ちたのを確認してスタートを切った大和田が悠々とホームインし、界皇に1点が入った。神宮寺を今までの対戦から好投手として認めている里ヶ浜が動揺する中、河北は動揺しながらも神宮寺にエールを送っていた。

 

(今のはインコースだけじゃなく、最初からタイミングを“急”に絞ってなかったら越えなかったかもな……。まあ、それでも繋げて良かったよ)

 

 ボール球に詰まらされながら打ち返した一塁ランナーは少し痺れを覚えながらバッティンググローブを外して安堵していると、やがてランナーとしての準備を終えて信頼の眼差しを右打席へと向かうレナへと向けていた。

 

(今の打席、恐らくインコース狙いを読んだ上でストライクからボールになる球で誘いに来たのよね。キャッチャー……牧野さんだったわね。彼女のリードは警戒しておきましょう)

 

 悠然とした態度で打席に入ったレナと目線が合った牧野は恥ずかしそうに目を逸らすと、マウンドに佇む神宮寺に目を向けた。

 

(小也香……もちろん点をあげるつもりは無かっただろうけど、あのミーティングでゴールデンエイジを万全に生かした界皇との差を覚悟させたのはこういうこともあり得ると思っていたから。小也香は予め心構えを私達にさせてくれてたんだ。ショックを引きずってる余裕は無い……界皇の波に飲み込まれるわけにはいかないんだ)

 

(草刈レナ……。広角に鋭い打球を打ち分けてくる隙のない4番打者。ここでコントロールを乱すわけにはいきません。集中し直しましょう……!)

 

(この回打ったのはストレートとシュート……心理的には避けたくなるところかしら?)

 

 レナがバットを構えて神宮寺の投球を待っていると高鳴る鼓動を鎮めた神宮寺がセットポジションに入り、1球目となるボールを投じた。

 

(際どい……)

 

 アウトローの際どいコースへと投じられたスピードボールにレナのバットが止まると牧野の捕球音が響いた。

 

「……ボール!」

 

「良いコースに来てるよ!」

 

 アウトローに決まったストレートは外に少し外れてボールとなったが、牧野の掛け声に神宮寺は軽く頷きながらボールを受け取る。

 

(今のコースからシュートでストライク狙える?)

 

(……このバッター相手に先ほど打たれたシュートをストライクに投げるのは少し怖いですね)

 

(そっか。じゃあ……)

 

(良いストレートね。一年でこれなら三年までしっかり土台作れば……ああ、つい考えちゃうわ。ウチに欲しかったって……。けど、集中しないとね。確か向月との試合だとバックドアの配球も積極的に使っていたから、警戒しておこうかな。……!)

 

 2球目となるボールが投じられるとインコース真ん中に投じられたボールにレナは目を丸くするが、スイングの始動に入るとこのボールを前で捌かずにギリギリまで引きつけた。

 

(……曲がる?)

 

 やがてバットが振り出されると真ん中のコースを打つように振り出されたバットの先にボールが当たり、打球は一塁方向のファールスタンドへと入っていった。

 

「ファール!」

 

(……今のが高速スライダーなんだ。思ったよりキレが凄いわね)

 

(いきなり合わせてきた……でもまだ合ってるわけじゃない。もう一球いくよ)

 

(分かりました。先ほどより気持ち低めに……)

 

 3球目。再び高速スライダーが投じられると内のボールゾーンからインコース低めやや真ん中寄りのストライクゾーンへと入っていく。するとこのボールに対して今度はレナは前で捌くようにバットを振り出すと快音が響き渡った。

 

(えっ……)

 

 レフトへと伸びていく打球に神宮寺は目を見開きながら振り返ると、打球はポールの横を通り過ぎていった。

 

「ファール!」

 

(少し……前で捌きすぎたわ。キレがいい分コンマ1秒の遅れが命取りになる以上、やむを得ないけどね)

 

(も、もう高速スライダーを完璧に……)

 

(コントロールの不完全な高速スライダー、たとえキレが良くても真ん中付近に入れば名門の好打者にとっては甘いボールというわけですか……)

 

 神宮寺の脳裏に向月の4番にも高速スライダーを完璧に捉えられたことがよぎると、一度心を落ち着かせるようにロジンバッグを手に取った。

 

(1ボール2ストライク。仕留め損なったことで追い込まれちゃったな。でも今の当たりを見て高速スライダーはさすがに投じづらくなったわよね。そしてこの回ストレートとシュートを打たれていて、なおかつまだ投げていないあのボールは追い込む前は温存する傾向がある決め球。狙わせてもらうわ……スライダー!)

 

(小也香。次は……)

 

(ええ……。このバッターは球数を使ってでも抑えましょう)

 

 ロジンバッグを放った神宮寺は牧野のサインにしっかり頷くと指先についた粉を適度に吹き飛ばしてから投球姿勢に入り、4球目となるボールを投じた。

 

(先ほどと同じコース? ここから入るとすれば高速スライダーだけど……合わせるほどのコントロールは無いはず。……!)

 

 3球目と同じく内の低めやや真ん中寄りのボールゾーンに外れたスピードボールに少し意表を突かれながらレナは身体を引いて見送ると、内に曲がったシュートが牧野のミットに収まった。

 

「ボール!」

 

(厳しく内をついてきたわね。そしてここまでのリード、内のスピードボールを意識させる配球になってるわ。そうなればスライダーを投じるとすればコースは……)

 

 サイン交換の間に素早く頭の中でここまでの配球を整理したレナが次に来るボールを予測すると5球目が投じられる。するとレナが外へと踏み込み、さらに身体の開きを抑えていた。

 

(……! 踏み込んで来た)

 

(やはりコースは外。先ほどの高速スライダーの軌道から予測してこれは……アウトローの四隅へと曲がるスライダー!)

 

 真ん中低め僅かに外寄りに投じられたボールにタイミングを崩されなかったレナは自身が予測したボールの変化に合わせるようにバットを振り出すと、スライダーが変化して外へと曲がっていった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 スライダーは外のボールゾーンを通って牧野のミットに収まると、球審の宣言が上がり、レナは3秒ほど呆然として動きが止まっていた。

 

(高速スライダーより、さらに変化量が大きい……! しかも今のは本当にギリギリ外れる軌道だった。追い込まれてからこれほどの変化量のボールをここまでコントロールされるのはたまらないわね。それに……)

 

 止まっていたレナが動き出すと牧野に挑戦的な眼差しを送ってから界皇ベンチへと戻っていった。

 

(3番バッターの打席(さっき)と同じだったのね。狙いを読んでそこへのボール球で誘われた……4球目のあからさまに内に外したシュートも外のスライダーを狙わせる仕掛けだったんだわ。その読みをする牧野さんと要求に応えた神宮寺さん……面白いわね。私もこのままじゃ終われないな)

 

「4番のキャプテンを抑えた……! 神宮寺さん、凄いよ! これで清城にも流れが戻ってくるね!」

 

「いえ……まだね。清城に流れが戻ってくるとすればそれは後続を断ち切った時よ」

 

「そっか……。……! えっ……!?」

 

 2アウトランナー一塁になり右打席に入った5番バッターへの初球だった。ど真ん中からインコース真ん中へと変化していくシュートが捉えられた快音に河北が振り返ると打球は左中間へとグングン伸びていった。後退守備をとっていた外野がそれを追いかけていくとフェンスにダイレクトで当たったクッションボールの跳ね返りを予測していたセンターがこの打球を捌いてバックホームを行った。すると三塁付近まで来ていた一塁ランナーがベースを回ったところで足を止めてボールはワンバウンドで牧野のミットに収まり、バッターランナーは二塁まで進んでいた。

 

「……草刈レナに集中力持っていかれたわね。よっぽど神経使わされたみたい」

 

 倉敷がそう呟くとそれを裏付けるようにタイムを取った牧野がマウンドへと駆け寄って間を取っていた。

 

「少し甘くなるとこれですか……恐ろしいですね」

 

「本当にね……。でも跳ね返りが強くて一塁ランナーが還らなくて良かった。ここで切ろう!」

 

「はい!」

 

 やがてタイムが終わると牧野がキャッチャーボックスに座り直し、左打席へと入った6番バッターを見上げた。

 

(ここは絶対点をあげたくない場面。初球から使っていこう)

 

(分かりました。膝下に……)

 

 そのバッターへの初球。真ん中低めへと投じられたスライダーが内に切れ込んでくるとストレートのタイミングで踏み込んだバッターはこれを空振った。

 

「ストライク!」

 

(初球から……!?)

 

(界皇のバッターにしては珍しく盛大な空振りだった……。ストレートを決め打ちしていたのかな? なら……)

 

(……! インハイの少し内に外れるストレートですか?)

 

 牧野から次のサインが送られると神宮寺はどちらに首を振るか、少し迷っていた。

 

(今日のストレートは力はありますが、コントロールが荒れ気味な自覚はあります。インハイは一歩間違えば長打になるリスクも……しかし牧野さんもそれは分かっているはず)

 

(ストレートに力はあるし、よほどゾーンに入らなければそうは打てないよ。それにこのバッターは夏大会だと8番だったけど、低めをすくうのが上手かった。6番には少なくてもあと二回は打席が回ってくる……スライダーを見せすぎるのは危ないんだ。分かって、小也香)

 

(……良いでしょう。コントロールが荒れてるなりに、入りすぎないようコントロールしてみます。その分大きめに外れても勘弁してください)

 

 逡巡の末に神宮寺は首を縦に振るとセットポジションに入り、今度はその首を横に動かして二人のランナーを見た。

 

(これ以上失点はさせません。私は私なりに磨き上げてきたこのストレートを……精一杯投げ込んでみせます!)

 

 クイックモーションから2球目を投じた神宮寺のストレートはインハイへと向かっていた。このボールに対してタイミングを速いボールに合わせていたバッターはバットを振り出すと、右投手から左バッターへ投じた角度のある軌道から内に外れていたことへの反応が遅れてこのボールをバットの根本側で打っていた。鈍い金属音が響くとほぼ同時に牧野は立ち上がりながらマスクを外すと反転してバックネット前のフェンスへと向かっていく。やがて強いスピンのかかった打球が落ちてくると牧野はフェンスに飛び込んで捕球しにいった。

 

(牧野さん……!)

 

「……アウト!」

 

「よ、よかった……」

 

 減速しては間に合わないと判断して飛び込みとっさに回転して背中でフェンスにぶつかる衝撃を抑えた牧野はミットの先で掴んだボールが溢れなかったことに安堵していた。

 

「私よりあなたの方が無理をしますね。……怪我はありませんか?」

 

「わ、私は大丈夫だよ」

 

「良かった……。見事なキャッチでした」

 

「小也香も良いストレートだったよ」

 

 神宮寺が差し出した手を取って立ち上がった牧野は素朴な笑みを浮かべると神宮寺も思わず釣られるように微笑を溢すのだった。

 

(1点止まりか……。まあ、1点あれば十分なんですけど)

 

 3アウト目が取られたことで1回の表の界皇の攻撃が終わり、その裏の清城の攻撃が始まろうとしていた。投球練習をする鎌部を見ながら1番バッターが準備を整えると、確認するように神宮寺に問いかけた。

 

「ねえ、本当にあの方針でいくの?」

 

「はい。鎌部さんは高坂さんに次ぐ実力を持っていると言われている投手です。無策で挑んでも攻略は難しいと思われます」

 

「それは分かるんだけどね……。結構勇気のいる策だからさ」

 

「一人以外は全員『低めに来たボールを捨てる』だもんねー」

 

 やがて鎌部の投球練習がラスト1ボールになると切れ味鋭くフォークボールがホームベースに突き刺さるようにワンバウンドし、キャッチャーのミットに収まった。そして鎌部は打席へと向かってくる1番バッターを見ながら立てた目標を思い出し、堂々とした振る舞いで打席に入ってくるバッターを迎え入れたのだった。




調べた限りだと大和田と相良が右打ちなのか左打ちなのか分からなかったので、どうすべきかめっちゃ迷いました。
迷った末に二人の画像を見て界皇高校は引き手の手首にリストサポートをつけているのでは?と結論付けて両者とも右打ちとさせて頂きました。二人の情報が公表されて違ったらごめんね。
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