皆で綴る物語   作:ゾネサー

38 / 72
目立ちたいワケ

(どきどき……)

 

「3・2…………」

 

(あれ? 1は——)

 

「『大咲みよのタッチアップ☆フォーユー』!」

 

(わっ!?)

 

「さぁ、今日も球場からお届けしています! 『タッチアップ』のセンター、大咲みよです! みんな、前の試合は見てくれたかな? 今日から見始めたよって人も、この試合を通して少しでも女子野球に興味を持ってくれたら嬉しいな。……さてさて。試合前に今日の試合の対戦相手、里ヶ浜高校のキャプテンにお越し頂きました! お名前をどうぞ!」

 

「あ、あ、有原翼です!」

 

 秋大会二回戦、明條学園対里ヶ浜高校。その試合開始前に翼は大咲の隣でキャプテンインタビューを受け、慣れないテレビカメラに向かって震えた声で答えていた。

 

(緊張してるわね……。まずは簡単な質問から入ってほぐしていくか)

 

「有原さんのポジションはショートでしたよね?」

 

「えっ」

 

「……?」

 

(ど、どうしよー!? まだオーダー表交換前だし……)

 

 ぐるぐる目になりながら頭の中を整理しているうちに里ヶ浜ベンチから飛ばされた東雲の鋭い視線が頬に突き刺さる感覚を覚えた翼は意を決したように返事をする。

 

「は、はい! 普段はショートを守ってます!」

 

「ですよねー! 良かった。間違えちゃったかと思った。アタシもショートなんです! 同じ一年生ショートとして今日はよろしくね!」

 

「えと……よろしくお願いします!」

 

 少し大袈裟に胸を撫で下ろす仕草を見せた大咲は溌剌とした明るい声で主導するように語りかけると次第に翼の緊張もほぐれていった。そんな二人のインタビューの様子を見ていた鈴木はスタッフの手際が良いことに気づいていた。

 

「そういうことだったのね」

 

「ん? どうしたにゃ?」

 

「……ちょっと気づいたことがあって」

 

「何に気づいたんだにゃ?」

 

「前に明條と練習試合をした時、球場での試合とテレビカメラでの撮影を希望してきたでしょう?」

 

「ああ……そういえばそうだったにゃ。そのために球場を借りる費用も負担してくれたんだったにゃ」

 

「あれは今思えば予行練習だったんだわ」

 

「なるほどにゃ。実際にやってみてよく分かったけど、大会の試合進行は本当に速いんだにゃ。あの撮影は生放送らしいし、不備がないように色々確認していたんだにゃ」

 

 少人数のスタッフで手際よく進められていく撮影を見ながら二人が前の練習試合で提示された条件と関連づけて納得していると、翼へのインタビューも簡単な質問は終えられ佳境に入っていた。

 

「里ヶ浜は夏の大会では二回戦で敗れたという話でしたが……ずばり! この大会の目標は?」

 

「……! 目標は……」

 

 声の震えは既にどこかへと消え去り、はきはきと大咲の質問に答えていた翼は場が盛り上がってきたところで満を辞して切り出されたこの質問を聞いて心臓が跳ねるように波打つのを感じた。そして挟んだ一瞬の間に入学した里ヶ浜高校で野球を再び始めてからのことが脳裏に流れると、自身に向いたカメラを真っ直ぐに見つめて言い放った。

 

「優勝です!」

 

「……優勝ですか! 高い目標ですね! アタシ達もそんな里ヶ浜に負けないよう頑張ります! 最後に握手を……」

 

「はい! ……!」

 

(さっきの界皇の試合を見てなお優勝が宣言出来るのは褒めてやるわ。けどアタシだって……一試合でも多く勝ち残りたい理由があるのよ! 練習試合では負けたけど、今日は負けないわよ……!)

 

(痛たたた……! わ、悪いこと言っちゃったのかな? ……でもそれが東雲さんや皆と立ちたい頂だから……どれだけ険しい道のりでも、一試合一試合(一歩一歩)勝ち進むんだ!)

 

 思わず握りしめる力を強める大咲とそんな彼女に驚きながらも優しく、されどしっかり握り返す翼。そんな二人を映すレンズ越しにゆかりはこの映像を泊まっている宿舎のテレビを通して見ていた。

 

(ついに優勝を宣言したね。さっきゆいさんの妹ってあのアイドルが触れてたし、これであなたも……比べられるよ。……さっきの目……)

 

「みよちゃんは試合の準備に入るのでここからはこの番組では『実響(じっきょう)ちゃん』でおなじみ、ワタクシ実浦響(みうらひびき)がお送りします!」

 

 二人の握手でインタビュー映像が締められて画面が切り替わり、実況アナウンサーの声が聞こえてくる中、ゆかりは先ほどの翼が優勝宣言の時に見せた目が気になっていた。

 

(前に試合した時のみささんと同じ目をしていたな……)

 

「ねー、ゆかちゃん」

 

「ん、なにかな?」

 

 試合前日ということで身体を休めている里ヶ浜サッカー部員、同じ里ヶ浜高校ということで興味を持って見ている者がゆかりの他にもおり、そのうちの一人である友人に話しかけられたゆかりはハッと顔を上げた。

 

「野球のルール分からないから、分かんないところあったら解説してー!」

 

「いいよー。どどーんとゆかりさんに任せなさい。これでもチュリオーズの試合は欠かさず見てるんだから」

 

「ああ……チュリオーズってプロ野球球団でも最弱の……」

 

「違うんです先輩! 今シーズンは5位と0.5ゲーム差まで迫ったので、来年はいけるはずなんです!」

 

(……確か5位も今年は首位のファンタジーズと20ゲーム差は離れていたような……)

 

 そんなこんなで周りとなんてことのない会話をしているうちにやがて試合開始の時間が迫ってきた。

 

「——続いて後攻、里ヶ浜高校。先発は東雲龍、今大会初登板です。キャッチャーは鈴木和香。そのバックを守る内野は……」

 

「お。そろそろ試合始まるねー!」

 

「そだねー」

 

「ファースト有原翼、セカンド河北智恵、サード阿佐田あおい、ショート新田美奈子。そして外野は……」

 

(……! あれ、ファースト……?)

 

 少し談笑して気が抜けていたゆかりはその言葉に違和感を覚えてテレビに意識を戻すと、続けて告げられた言葉に大きく驚くことになった。

 

「レフト九十九伽奈、センター永井加奈子、ライト宇喜多茜。以上のスターティングメンバーでいよいよ試合が始まります!」

 

「えっ! ここちゃんは……!?」

 

 ゆかりは目を見開くと整列する両校の選手の中にいる逢坂を見ながら、翼と電話した後に逢坂と交わしたNINEのやり取りを思い出していた。

 

《ここちゃん、ちょっといい?》

 

《どしたのゆかりん?》

 

《ここちゃんは……どうして野球を始めようと思ったの?》

 

《あれ? 前に話さなかったっけ。エース兼4番としてチームを率いて優勝して……ってやつ》

 

《……野球って凄く怖いよ》

 

《え?》

 

《時々勝ったり負けたりすることを楽しむレベルなら頑張って欲しい。でも、もっと上を目指すと怖くなってくるんだ》

 

《才能があっても、たくさん練習してもたった一球で色んなことが変わっちゃう。誰かと比べて自分のことが嫌になる……そんなことばっかりだよ?》

 

《……やだなー。いきなりどうしたの、ゆかりん〜?》

 

《ここちゃんはあたしの友達だよ。友達のことが心配だから……だから、あたしは本気で心配してる》

 

《……うん。分かった。じゃあ、アタシも本気で話す》

 

《アタシね。無いんだ。今まで自分の力で何かしたり、何かを決めたり。そういうことが一度も無いの》

 

《え? でも、子役で活躍して……》

 

《うん。演技には自信あるよ。アタシも向いてるって感じてた。でもね……》

 

《きっかけは赤ちゃんの時に親が応募したからだし、演技だってよく知らないおじさんの指示通りに覚えたセリフを言ってただけかもしれない》

 

《それに芸能界から離れることになったのも……ママが事務所とお金のことでケンカして……》

 

《……急にごめんね》

 

《そう……だったんだ》

 

《だからね。アタシ、欲しいんだ。自分の力で掴んだ何かが……》

 

《だから4番エースでチームを率いてなんて……?》

 

《うん。だってそれって、ママの力とか全然頼らずに自分の力でやり遂げたってことになるでしょ?》

 

《そしたらきっと、芸能界に戻る話もやらない理由を並べるんじゃなくて……やりたい理由を見つけられると思うから》

 

《……って、もー。何真面目に語ってるんだろ! 恥ずかしいなー。女優はこういうの表に出しちゃダメなのに》

 

《ここちゃん……。ううん、話してくれてありがと》

 

 チャット形式で交わした会話が脳内でスクロールするように流れたゆかりは宇喜多の肩に手を置いてからベンチに戻っていく逢坂を目で追っていた。するとカメラ外へと消えてその姿が見えなくなってしまう。

 

(ここちゃん……)

 

 そして宇喜多を含めた守備陣がグラウンドへと散っていき、それらがカメラに収められるとプレーボールの宣言がグラウンドに響き渡った。

 

(さーてと里ヶ浜は後攻を取ってきたか……高波との試合でも後攻で勝ってるから、そこら辺が理由かな?)

 

 右打席に入った1番バッターが髪を結ったマウンド上の東雲が少し硬い表情で息を吐き出す様を見ながらバットを構えていると、この試合の幕開けとなる1球目が投じられた。

 

「ボール!」

 

 真ん中高めに投じられたストレートに低めを要求した鈴木はとっさの反応で上にミットを伸ばすようにして捕球し、これが高めに外れてボールとなる。

 

(スピードはみよと同じくらい……。ただみよより背が高い分、少しだけリリースポイントが高いかな)

 

(肩に余計な力が入ってるわね。……無理もないわ。東雲さんは公式戦では初めてのマウンドだもの。ここは肩の力を抜くために……)

 

(ふう……そうね。……ん)

 

「東雲さーん! ストレート走ってるよ! その調子でガンガンいこう! 後ろは任せて!」

 

(有原さん。……高波戦とは大違いね。そうだったわ。試合中、賑やかすぎるくらい積極的に声をかける……それが貴女だったわね)

 

 ファーストからの掛け声に東雲がそちらを向いて頷くと翼も屈託なく笑い、2球目。投じられたカーブに虚を突かれたバッターのバットが止まると弧を描いてアウトコース低めに構えられたミットに収まった。

 

「……ボール!」

 

(少し外に外れた……けど、今のは要求したところには来ていたわ。上手く力を抜けたようね)

 

(今の入ったかと思った……ちょっと外にズレてたのかな。けどこれで2ボール0ストライク。厳しいコースに手を出す必要はないか。もし私なら次は……)

 

 そして投じられた3球目は真ん中低めのストレート。これにバッターはバットを振り出した。

 

(タイミングが合ってる……!)

 

(ビンゴ! 狙わせすぎると自滅させちゃうし、大雑把に低めのストレートで来ると思ったわ!)

 

 低めに投じられたストレートは低めギリギリではなく真ん中よりやや下という高さに投じられており、これが打ち返されると三遊間へと打球が転がっていった。サード寄りに放たれた打球に阿佐田が追い縋っていく。

 

「抜けたー! 打球は三遊間を抜け、レフト前ヒット! 明條学園、ノーアウトからランナーを出しました!」

 

(ふぅ。余裕を持って抜けると思ったのにちょっと追いつかれそうだったわね)

 

「ぐぬぬ……」

 

 反応良く動き出した阿佐田だったが伸ばしたミットの先を打球が抜けていき、ノーアウトランナー一塁。続く2番打者が右打席へと入るとバントの構えを取っていた。

 

(明條のオーダーは練習試合から変わってない。このバッターは近藤さんの話だとバントがかなり上手い。それに野崎さんのボール一つ分高めに外れたスピードのあるストレートを見極めていた。今の東雲さんにはバントをさせない、というのは難しいかもしれないわ。それに……)

 

(……! 分かったよ!)

 

(キャプテンの指示は送りバント……。はい! 任せてください!)

 

 一塁ランナーがじりじりとリードを広げる中、背になる一塁ランナーを気にしながら東雲はボールを長く持った。

 

(大丈夫よ。……来て!)

 

(……行くわ!)

 

 そして東雲はクイックモーションに入り、ボールを投じた。一塁ランナーは投げられてから少しだけリードを広げながら、そのボールの行方を見守る。

 

(アウトコース真ん中……バントしやすいコースだ。ここはセオリー通りファーストに捕らせる!)

 

 バントの構えは崩れずに投じられたストレートに合わされ、コン……という音と共に勢いの抑えられた打球が一塁線へと転がされた。

 

「任せて!」

 

(……! ファーストが激しくチャージを……!)

 

 バントに合わせるように一塁ランナーがスタートを切る中、鈴木からチャージのサインを出されていた翼は猛ダッシュで前進していた。そんな翼に焦燥感を覚えながらバッターランナーも一塁目掛けて走り出す中、翼がこのボールをミットに収める。

 

(刺せる……かもしれない。けど際どすぎる!)

 

「一塁に!」

 

「ともっち!」

 

「うん!」

 

 二塁への送球に備えて共にチャージをかけた東雲が送球コースを妨げないようしゃがむと鈴木は一塁への送球を選択して指示を出した。その指示に応じるように翼が一塁ベースからフェアゾーン側に逸れた送球を行うとベースカバーに向かった河北は身体の前に送られた送球を難なくミットに収めてから一塁ベースを踏む。

 

「アウト!」

 

 河北がベースを踏んでから数瞬後にバッターランナーが駆け抜けてアウトのコールが為されると河北は二塁側へと向き直り、一塁ランナーがベースを大きく飛び出してないことを確認してから東雲へとボールを戻した。

 

「送りバント成功! 明條、初回からチャンスを作りました!」

 

(刺せるかは微妙なところだったし、二塁へ投げれば両ランナーがセーフになる可能性もあった。初回ということを踏まえれば今のは無理をすべきでは無かったわ。良い判断よ、鈴木さん)

 

「ともっち! スムーズにカバー入れてたよ!」

 

「ありがとう! 翼も送球捕りやすいところに来てたよ!」

 

「和香ちゃんも早めの指示助かったよ!」

 

「ええ。この調子でいきたいわ」

 

「東雲さん! まずこれでアウト一つ目! 一つずつ取っていこう!」

 

「そうね」

 

(初先発ということで浮き足立っていたところはあったけど、まずアウトを一つ取れたことで少し落ち着けたようね)

 

 1アウトランナー二塁となり、3番打者が右打席へと入っていく。

 

「明條はここからクリーンナップに入ります! 里ヶ浜バッテリーはこのピンチに対してどう立ち向かうのでしょうか!?」

 

 バッターが地面をならしている間、鈴木は一瞬ベンチでこの試合の記録を取っている近藤へと目を向けると、それに気づいた近藤は頷いた。

 

(このバッターはバットの先で大きく円を描くような、ドアスイングって呼ばれるバットの振り方をする。だから練習試合と同じように内を攻めれば、スイングが大きい分バットが遅れるはずです!)

 

 近藤の意図を汲み取った鈴木が前に向き直ると、地面をならしおえたバッターは既にバットを構えていた。するとその姿を見て鈴木は違和感を感じる。

 

(……! このバッター……バットを短く持った? 前の練習試合では普通に持っていたはず……)

 

(バットを短く持てばバットの先で描く円も当然小さくなる……。ドアスイングの隙を小さくしようという試みでしょうね)

 

 事前に共有していた情報から東雲がバットを短く持つ意図を察すると鈴木も同じ考えにたどり着いた。

 

(バットを短く持てば外に届きにくくなる。なら……)

 

(外へのスライダー……)

 

 鈴木から送られたサインは外低めの際どいところを狙うスライダー。このサインに対し、東雲は迷わず首を横に振る。

 

(……!)

 

(ここで弱気になれば相手の思う壺よ。バットを短く持っても内に弱く、外に強いというのはそう簡単に変わるものではないわ。どうやら立ち位置も大きくは変えてないようだし、この場面は強気にデータ通り攻めればいいわ)

 

(……バットが描く円が小さくなっても外から回り込むようなスイング自体は変わってない、か。そうね……もう少しで得意なところに投げさせてしまうところだったわ)

 

 そして続けて送られたサインに今度は首が縦に振られると一度二塁ランナーに目をやってから東雲はボールを投じた。

 

(うっ!)

 

「ストライク!」

 

 投じられたインコース真ん中のストレートにバットを振り出したバッターだったが、ミートポイントの狭いバットの内側の上をボールが通過し、空振りでストライクを取られていた。

 

「バッテリー、ここは強気に内を攻めてきます!」

 

(インコースの特打ちはしたんだ……。色々試して、外への対応を捨てずに内を打つためには、立ち位置は変えずにバットを短めに持つのが一番だった。今くらい厳しくこられるとつらいけど内を執拗に攻めてくるなら、中に入ったボールが来れば苦手でもなんとか打ち返してやる!)

 

 内に投じられたボールに打ちづらさを感じながらも捲土重来のチャンスを窺ってバッターがバットを構え直すと2球目が投じられた。

 

「ボール!」

 

 再びインコース真ん中に投じられたストレートは内に大きく外れて1ボール1ストライクとなる。

 

(東雲さんは内に曲がる変化球を持っていない……。ここは押せ押せで行くわよ)

 

(分かったわ)

 

 そして3球目。インコース低めに投じられたストレートはやや中に入っていた。

 

(いけっ!)

 

 このボールに対してバッターが思い切ってバットを振り出すと金属音と共に打球は東雲の足下へとライナーで放たれた。

 

「くっ!」

 

(これは届かない!)

 

 右足の横を抜けようとする打球に東雲が左手のミットを伸ばしたがその先でバウンドし、二塁ランナーがスタートを切る中、打球はそのまま二遊間へと転がっていく。

 

「ショート!」

 

「おっけー!」

 

(この打球……思ったより勢い無くない? なら……)

 

「一塁に!」

 

 二遊間へと走っていた新田は速い打球を走りながらミットを伸ばして捕るつもりだったが、打球の勢いが想定より遅いことに気づくと二塁ベースの横まで足を動かしてこの打球の正面に入り、腰を落としての捕球に成功していた。駿足を飛ばして三塁ベースへと向かう二塁ランナーを見てタッチプレーでのアウトには厳しいと判断した鈴木が一塁への送球を要求すると、新田の送球は翼の構えた位置から少し逸れたが、翼は右足をベースに触れたまま左足の位置を変えてこの送球を受け取った。

 

「アウト!」

 

(ちぃ……詰まらされた)

 

 バッターランナーは余裕を持ってアウトになり、痺れたような感覚を覚えながら一塁側の明條ベンチへと帰っていく。

 

「美奈子ちゃーん! ナイスフィールディング!」

 

「逢坂……ありがとー! この調子で頑張るよー!」

 

 里ヶ浜ベンチから飛ばされた声援に新田が応える。その声援の主はこの試合が始まってからずっとグラウンドとの境になる柵に手をついて応援していた逢坂だった。

 

「…………」

 

 そしてその声援を送った逢坂は今の新田のプレーを見て、昨日のミーティングでオーダー発表が行われた後の出来事を思い出していた。

 大咲との因縁を意識して明條との試合はなんとしてもスタメンに入ってやると意気込んでいた逢坂はスタメンを外れてしまったことにショックを受けていた。そこに東雲と鈴木の会話が聞こえてくる。

 

「秋乃さんの言う通り、一回戦と比べて守備位置が大きく入れ替わったオーダーになったわね。ファーストを有原さんに任せるのは予想はしていたけど、それでも意外だったわ。東雲さんはファーストの守備を軽視せず、守備にも比重を置くべきとしていたでしょう?」

 

「ええ……だから話し合いだけでは決められなかったわ。運動場で有原さんの調子を見て、ファーストの守備をどれだけこなせるか確認しないことにはね。一回戦の不調もあったし……」

 

「なるほどね……。一番調子を見たかったのはファーストの有原さんの動きだったのね」

 

「そうよ。もし無理そうならファーストだけは対左を諦めるつもりだったけど、ショートでの動きに比べると見劣りするとはいえ十分に動けていたのが確認できたからこのオーダーにしたのよ」

 

「ちょっとちょっとー! 有原だけじゃなく、この新田ちゃんのことを褒めてちょうだいよー!」

 

 すると二人の間に割って入るように腕を伸ばした新田が突入してきた。

 

「前に鈴木さんには少し話したけど私は相手のヒットゾーンを減らすために一人一人の守備範囲の広さ、確実性も含めてそれを重要視しているわ」

 

「ふむふむ……つまり?」

 

「貴女と逢坂さんは入部当初、派手なプレーを好んで守備に無駄が多かったでしょう?」

 

「……!」

 

「そういえばそんな注意何回かされたっけ」

 

「何十回としたわ。実戦で必要な判断を出来るようにするには、まずそれを頭に入れた上で練習で身に染み込ませるしかない。貴女は貴女なりに指摘を受けて、少しずつ必要なプレーが出来る様になっていった。あの紅白戦がその証拠よ」

 

「んと……平たく言うとわたしは東雲に認められるくらいには守れるようになったぞー! ってこと?」

 

「……まあ、平たく言えばそうね」

 

「この照れ屋さんめー!」

 

「……有原さん。やっぱり明日のオーダー……」

 

「わー!? ちょっとちょっとー!」

 

 調子に乗った新田が東雲の頬を突っつくと額に怒りマークを浮かべた東雲が有原にオーダーの変更を提案しようとし、それを新田が必死に止めようとしていた。そんな様を横目に一連の会話を聞いていた逢坂は紅白戦での後逸を思い出しながらぽつりと言葉を漏らした。

 

「……そっか。そうだよね。目立つって……そういうことだよね」

 

 前日の出来事を思い出し終えた逢坂は顔を上げるとグラウンド上で交錯するように上げられる2アウトのコールに合わせるようにベンチから声援を送っていた。するとある人物と目が合い、逢坂は気まずそうな表情を見せた。

 

「2アウトランナー三塁となり、4番として打席に向かうのはみよちゃ……大咲みよ! 初回から迎えた山場、どんなバッティングを見せてくれるのでしょうか!?」

 

(逢坂ここ……)

 

(う……大黒谷。怒ってる……?)

 

(ふん……)

 

 ネクストサークルから打席へと向かってくる際に逢坂と目が合った大咲はそっぽを向くように視線を逸らすと右打席に入っていった。

 

(アンタが出てこないなら、それでもいい。その代わり……この球場(舞台)をアタシの独壇場にしてやるわ!)

 

 キッ、と睨むように東雲へと視線を向けた大咲はバットを構えるとその様子を後ろから鈴木が分析するように窺っていた。

 

(確かに逢坂さんと構えが似ているわ。ただこのバッターは内外や高低で苦手なコースが分かってない。注意すべきは小柄な身体に似合わずホームランを打てるほどの長打力があること。ここは厳しく攻めるべき場面だわ)

 

(内外野定位置で勝負……。浅い当たりでも1点の場面。初回から失点して流れを持っていかせるわけにはいかないわ。打たせない……!)

 

 セットポジションに入った東雲はリードを取るランナーが視界に入りながらも目の前のバッターへの集中を優先して高めていくとボールを投じた。

 

「ボール!」

 

(打てないスピードじゃない……。際どいボールを振らされなければチャンスは来る!)

 

(見られた……。確かにこれは外れすぎね)

 

 インコース真ん中に投じられたストレートが大きく内に外れ、2球目。アウトコース真ん中に投じられたストレートだったが、これも大咲は見送った。

 

「……ストライク!」

 

(また見た? 狙いは何……?)

 

(今のは外の際どいところに来た……。こういうのは追い込まれるまでは手を出さない! 甘く入ったボールを一撃で仕留める!)

 

 バットを振ってこない大咲を怪訝そうに見つめる東雲にここでカーブのサインが送られる。そのサインを受けた東雲は握りを変えながら、ストライクゾーンをホームベース上に映し出すようにイメージしていた。

 

(私は変化球のコントロールはまだまだ……。ここまでストレートは見られているし、もしかすると変化球に狙いを絞られているのかもしれない。となれば浮かないようにしないと……)

 

 映し出されたストライクゾーンのインコース低め、真ん中低め、アウトコース低めの列を強く意識した東雲が投球姿勢に入ってボールを投じた。

 

(……! 低すぎる……! プロテクターで……いや、慌てず……!)

 

「ボール!」

 

(走れるか? ……!)

 

 三塁ランナーが大咲が伸ばした手の静止を受けてスタートを自重するとワンバウンドしたカーブはミットの中に収められていた。

 

(助かるわ……。半年前までは変化球自体捕れなかったけど、今の貴女はキャッチャーとして頼もしいわよ)

 

 2ボール1ストライクとなり後逸での失点を免れた鈴木は高鳴っていく心臓の鼓動を落ち着かせながらリードを組み立て直すと次のサインを送った。

 

(三塁には駿足のキャプテンがいるのよ。ワンバウンドしたカーブは怖すぎでしょ。ストレート甘く来たらもらう!)

 

 サインを受けた東雲が頷くと4球目が投じられた。コースはアウトコース真ん中。

 

(甘い! もらった! ……!)

 

(そのまま引っ掛けて……!)

 

(曲がった!?)

 

 中に寄った軌道のボールに絶好球と判断して踏み込んだ大咲がバットを振り出すと僅かな変化を感じ取り、手首を返さずにそのままバットを振り切った。するとバットの先で流されて打ち上げられた打球は大きくスライスして逸れていき、ファールスタンドへと入っていく。

 

(このピッチャー、スライダーが投げられたのね……)

 

(今のは手首を返していれば平凡な外野フライ……今ので仕留められなかったのは痛いわね。けど追い込んだ……)

 

 今まで投じられた球種がストレートとカーブのみだったことから想定外の変化に大咲は驚いていた。打球がファールになる間に一旦打席から離れた大咲は少しだけ時間を使ってから打席に入り直す。

 

(追い込まれたから際どいコースはカットね……。けど狙いは同じ。カーブもスライダーも変化が大きいわけじゃない。甘いところにきたら打ってみせる!)

 

 そして5球目となるストレートがインハイの際どいコースに投じられると大咲はバットを振り切らずに軽く当てるようにし、打球はバックネットへと突き刺さった。

 

(今のは打ちにいったら多分詰まらされたわね……。ちょっと窮屈な振りになったし、当てるのでやっとだった)

 

(今のも対応されるのね……。このバッター、焦りを感じない。場慣れしているとでも言うのかしら……)

 

 6球目として投じられたのはカーブ。今度は外に大きく外れ、大咲もバットを出さずに見送ってボールとなる。

 

「これで3ボール2ストライク、フルカウントになりました! 次が勝負の一球となるでしょうか!」

 

「カーブか……。あれは他の球種より遅くて変化量が多い分、コントロールが予想以上につけづらいのよね」

 

(倉敷先輩……?)

 

 倉敷が零した言葉に野崎が不思議そうに見つめる中、バッテリーのサイン交換が終わり7球目が投じられた。

 

(プレッシャーかかった場面でここまで2球も大きく外れてるカーブは無い。ストレートかスライダー……)

 

 アウトコース低めに投じられたボールの正体を探る中、大咲はストレートのタイミングで踏み込むと、バットを振り出した。

 

(……スライダー!?)

 

 そして外のボールゾーンへと変化していくスライダーに反応してとっさにバットが止められると球審からボールのコールが上がった。すると鈴木からのスイングの主張を受けて、一塁審判に確認が行われると判定が上げられた。

 

「ノースイング!」

 

(振らせられなかった……!)

 

「あっと! 判定は覆らず! 里ヶ浜、フォアボールで塁上にランナーを増やす結果になりました!」

 

(ふん……フォアボールか。打てるなら打ってやりたかったけど……ふふっ)

 

「タイム!」

 

「なっ……?」

 

 一塁まで歩いた大咲はここで攻撃のタイムを要請すると呼び寄せた伝令に小声で何かを伝えた。その伝令は三塁ランナーにいるキャプテンに伝言を伝えていく。その様子を近くで見た阿佐田は顎に手を当てて相手の狙いを探っていた。

 

(……ちょっと待つのだ。確か……そう、あおい達との練習試合。アウトカウントは違ったけど、あおい達も初回の一塁三塁の場面でタイムを取ったのだ。あの時は一塁ランナーのともっちを二塁に進めるために、三塁ランナーのこむぎんにスタートを切ってもらうフリをしてもらうことでディレードスチールを匂わせたのだ)

 

 やがて伝令がベンチへと帰っていきタイムが終えられると、5番バッターが左打席へと入っていきプレーが再開される。

 

(……あるいは本当にディレードスチールを仕掛けてくる可能性はあるのだ。2アウトということは一塁ランナーをアウトにすれば3アウトでチェンジ。その分三塁ランナーのホーム突入への警戒が弱くなるからなのだ。……!)

 

 阿佐田が頭の中を整理しているとボールを持っていた東雲が一塁ランナーの大咲のリードに目をやっており、その視線に促されるように阿佐田もそれに気がついた。

 

(リードがめっちゃ大きいのだ!?)

 

 一塁ランナーの大咲は不敵に笑いながらリードを大きく取っており、阿佐田は自分の中にある確信を深めていった。

 

(これみよがしなのだ……。勝負師の勘、なのだ。明條は必ずここで何かをしかけてくるのだ!)

 

(……もし一塁ランナーがスタートし、鈴木さんが二塁へと送球して三塁ランナーがスタートするとして、こちらの対応策としてはカットマンを配置すること。セカンドがボールを受け取る前にショートがベースの前で構えておくことで、走った三塁ランナーを刺すことが出来る。ただショートは新田さん……基礎が固まったとはいえ、このプレーは簡単じゃない。ならこちらもそれを簡単にやらせるわけにはいかないわ)

 

(確かにこのリードは大きすぎる……。もしかすると牽制でアウトを取れるかもしれないくらいには。……一球、試してみましょう)

 

 鈴木から牽制のサインが出されるとそれに頷いた東雲はすぐには牽制を行わずにセットポジションに入ってボールを長く持った。そして相手の虚を突くようにプレートに軸足となる右足をつけたまま、軸足のかかとを上げると同時に身体を回転し始め、左足で地面を蹴ろうとした、瞬間だった。

 

「しのくも! こっちなのだ!」

 

「え……!?」

 

 三塁ランナーがスタートを切り、阿佐田は珍しく大声を上げた。そして……それに驚いた東雲の足が、止まった。

 

「あ……」

 

 阿佐田の口から吐息のような小さな声が漏れる。そして、その僅か1秒後。球審が声を上げた。

 

「ボーク!」

 

「こ、これは……牽制動作を途中で中断してしまいました! 全ランナーにボークによる安全進塁権が与えられます!」

 

(し、しまった……!)

 

 東雲の背筋に冷たい感覚が走る中、一塁ランナーの大咲はしてやったりという顔を浮かべながら二塁に、三塁ランナーはホームへと進んでいった。

 

「ホームイン!」

 

(……みよ。確かに“この作戦”を使うかもしれないというのは聞いていたし、練習もした。けど……それは先発が私達との試合で投げてきた左投手(サウスポー)だと予想していたから。……もしかして、少し焦っている?)

 

 対してキャプテンは得点への喜びと大咲への僅かな不安が混じりながらホームを踏むと、後で話をすることを心に決めてベンチへと帰っていった。

 

「これは……フォースボーク……!?」

 

「え? え? ゆかちゃん、何が起こったの? かきーん! って打ってないのに点入っちゃったよ!」

 

「今のはボークっていって……えっと、説明難しいんだけど。ボークはピッチャーの反則行為のことね。今の場合だとプレートを外さないで一塁に投げようとしたよね?」

 

「うん」

 

「二塁に投げる時は例外なんだけど、プレートを外さないで一塁や三塁に投げる場合は偽投……投げるフリはしちゃダメなんだ」

 

「それがボークっていう反則に取られたってこと?」

 

「そうそう。ボークに取られるとさっきアナウンサーも言ってたけど、全ランナーが一個ずつ進めるんだよね。それで三塁ランナーが一個進んだから点が入っちゃったんだねー」

 

「うえー……運が悪いね」

 

「……いや、わざとだよ」

 

「えっ?」

 

「プレート外さずに一塁に投げる時は必ずそのまま投げないといけないから、牽制に入った時から三塁ランナーがスタートを切ることで一塁に投げてる間にホームに突っ込んじゃえってのがフォースボークなんだ。今回みたいにピッチャーが途中で牽制を止めちゃっても成功だね」

 

「えー! そんなこと狙ってできるの!?」

 

「うーん。ただトリックプレーの部類で、しかも使われる時は左投手相手に使われることが多いんだ」

 

「なんでー?」

 

「三塁ランナーが背になって見えないし、左投手だとプレート外さずに牽制するのが多いからねー。多分右投手に仕掛けるよりはそっちの方がまだ成功すると思うよ」

 

「ほえー。じゃあよく成功させたねえー」

 

「うん。よっぽど一塁ランナーの人が上手く視線を集めたんだろうね」

 

「なるほどー。ゆかちゃん、よく知ってるねー」

 

「あはは……実はチュリオーズが得点力不足を解消するために一時期多用したのが話題になったから知ってたんだ。苦肉の策って意味合いの方が強いんだけどね」

 

「ふーん。じゃあもしかしたらさー、明條ってところも——」

 

 ゆかり達が話している間に里ヶ浜はここで1回目の守備のタイムを取っていた。阿佐田が青い顔をしてマウンドに集まっていく中、この試合の様子をスタンドから見ていた先の試合の勝者、界皇高校の面々も口々に感想を漏らしていた。

 

「——得点力不足。明條が初回から右投手相手にフォースボークを仕掛けたのは得点力の自信の無さの裏返しなんじゃないか?」

 

「なるほどー。それはあり得るけんねー」

 

「それに今のは一塁ランナーも上手く視線を引きつけたとはいえ、成功したのはピッチャーの経験不足が明るみに出たからなんですけど」

 

「……確かにね。私もみんなの言う通りだと思うわ。今のフォースボークは私も少し強引だった気がする。下位ならともかく、5番バッターだったものね。……ただ」

 

「……? ただ、何ですか?」

 

「明條がこういったトリックプレー……もっと言うなら派手で目立つプレー。そういったプレーを積極的に用いるのは……ある特別な理由があるのよ」

 

「……なんでそんなことをレナさんが……?」

 

「相良相良」

 

「大和田? なんで小声で……」

 

「実は一回戦が終わった後に聞いたんやけど、キャプテンは大咲みよの大ファンらしいけん」

 

「ええ? いや、そんな……本当に?」

 

(ふふ……さて、試合はまだ始まったばかり。これからどんな展開を見せてくれるのかしら。期待してるわ。明條学園……そして里ヶ浜高校にもね)

 

 王者が次の試合の相手を見定めるようにスタンドから見守る明條学園対里ヶ浜高校の試合。里ヶ浜高校にとっては初回からあまりにも予想外の形での失点を喫する波乱の幕開けとなったのだった——。




明條との練習試合を書いてからもうとっくに半年経ってるってことに凄く驚いた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。