皆で綴る物語   作:ゾネサー

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今回から投稿形式を週に一度、更新できそうな日の午後8時9分に投稿する形へと変更することにしました! 以前の形だと更新きてせっかく開いても完成してないことがあるという辺りが良くないと感じたためこの形式を取ることにしました。事前に伝えられれば良かったんですが、事後報告の形で申し訳ない。

平日よりは休日のほうが時間が取りやすいため、恐らくは休日更新の方が多くなるかと思いますが、今後ともよろしくお願いします!


踏み出した一歩の向き

「ゆ、ゆかちゃん……一体何が起こったの?」

 

「……分かんない」

 

「あっと! 責任審判がマイクを取りました」

 

「失礼します。只今(ただいま)のプレー、一塁に転送されたアウトよりもホームインの方が早かったです。しかし里ヶ浜高校からのアピールがあったため、得点を認めずチェンジと致します」

 

「んー? アピールってなんのこと?」

 

「ホームインの方が早かった……それに得点って言ってるし、多分三塁ランナーがアウトだってアピールしたってこと、かな……?」

 

「えー? でも、それってアウトを4つ取ったってことー? 野球って確かアウトを3つ取ったら交代なんだよね?」

 

「うん……」

 

(そう……三塁ランナーにわざわざ触れなくても、アウトは3つ取ったんだ。後はサササッとベンチに帰ればいい。……目の前で起きたことが……理解、出来ない)

 

「……! 資料、ですか。…………お待たせしました! 只今のプレーの補足ですが——」

 

 3回の表が終了し、里ヶ浜高校の守備陣がベンチに引き上げていく様子をテレビを通して見たゆかりは先ほど目の前で起きた光景に困惑しながら、アナウンサーの説明を静かに聞いていた。

 

「ねえねえ。さっきのあれ、なんだったの? まだよく分かってないんだけど」

 

 時を同じくして里ヶ浜ベンチでは新田が先ほどのプレーの真意について不思議そうに聞いていた。その疑問にベンチの皆の視線が集まる中、東雲が口を開く。

 

「そうね……。新田さん、あなたがもしサードランナーで打球がダイレクトで取られた時に塁から飛び出していたらどうするかしら?」

 

「そりゃー戻るよ。戻らないとアウトになっちゃうじゃん」

 

「その通り。その感覚は間違っていないわ。なら飛び出したサードランナーをアウトにしたい時は?」

 

「簡単じゃーん。三塁に投げればフォースアウト……じゃないんだっけ。アピールアウトってやつに出来るんでしょ?」

 

「そうね。三塁ベースを踏んで、ランナーがアウトであるとアピールする必要がある。これらを踏まえて聞くけれど……飛び出したサードランナーが帰塁義務を果たさずホームに進み、守備側が三塁に投げなかったらどうなるかしら?」

 

「え? えっと……戻らないで、しかも投げない? ……あれ?」

 

 テンポ良く東雲の問いに答えていた新田だったが、この問いに対して考え込むと知恵熱が出そうになる感覚を覚え、近くにいた人物を頼った。

 

「……は、初瀬ー! どうなるの?」

 

「わ、私ですか!? そうですね……。サードランナーはアウトにならない、ということになるのでしょうか……」

 

 急に振られて困惑する初瀬だったがこれまでの問いから推測される答えを恐る恐る口に出してみると、その答えに東雲は頷いていた。

 

「えー! そうなの? でもそれって帰塁義務ってやつを無視してるんでしょ?」

 

「けれど守備側がアピールしない限り、それを指摘することが出来ないのよ。それがフォースプレーとアピールプレーの大きな違いね」

 

「そ、そうなんだ。でも普通はそんなことしない気がするけど……」

 

「そう……普通はしない。けど今回のケースはどうかしら?」

 

「え? 今回のって……」

 

「確か……1アウトランナー一塁三塁の場面で大咲さんの打球がセカンドライナーになりましたね。そして両ランナーが飛び出していて、河北さんはより近い一塁でランナーをアピールアウトに取りました。3つ目のアウトが取られたので皆さんベンチに帰ろうとして……。……!」

 

「……あれ。それって……サードランナーが、アウトになってない?」

 

 先ほどのプレーの情報を纏めていた初瀬がその目を見開くと、状況を改めて客観的に聞いた新田は思ったことを呟き、その言葉に話を聞いていたほとんどの者が息を呑んだ。

 

「そして今さっき審判も伝えていたけれど、一塁での……3つ目のアウトよりホームインの方が早かった。もしあのまま私たちがベンチに戻っていれば、明條に追加点が入っていたはずよ……」

 

「ま、まじで……?」

 

 説明を受けてようやく事情を飲み込んだ新田は背中を冷たい汗が伝うのが分かった。同様に衝撃を受けた初瀬も眼鏡の縁に触れながら混乱する頭の中を整理していくと、残った疑問が浮かび上がってきた。

 

「……驚きました。まさか、そんなことが。……ですが、この回明條に点は入りませんでした。皆さんは一体どのようにしてそれを防いだんですか? 今の話だと3つ目のアウトを三塁で取るしかないように思えますが……」

 

「そう……取ったのよ。3つ目のアウトを三塁でね」

 

「え……? しかし先ほど3つ目のアウトは一塁で取られていましたが……」

 

「3つ目のアウトを取った後、有原さんが三塁を踏んだわよね。あれで私たちは擬似的に4つ目のアウトを獲得したことになるわ」

 

「え、ええと……でも1イニングにおけるアウトの個数は3つまでですよね」

 

「そうよ。だから……」

 

 東雲はここで翼に目配せすると、その意図を汲み取った翼が引き継ぐように初瀬の質問に答えた。

 

「さっき東雲さん達に言われてボールを持って三塁を踏んだ後に審判の人に言ったんだ。これを3つ目のアウトにして下さい! って」

 

「えっ……! つ、つまり3つ目のアウトを置き換えたということですか……?」

 

「そんなこと出来るの?」

 

「出来るわ。リトルシニアでやっていた時、犠牲フライでサードランナーが還った後他のランナーが走塁死して3アウトになったのだけれど、サードランナーの離塁が早かったのをアピールして、それを第3アウトにしてもらったことがあるもの」

 

「ほえー……そうなんだ」

 

「知りませんでした……。あの短い時間でそんなやり取りが行われていたんですね。……それにしても不思議ですね。フォースプレーやアピールプレー自体は特訓を始めた時に既に教えていただいたルール、そんな基本的なプレーが今になって牙を剥くなんて……」

 

「……そうね。頭で考えれば確かに違いはあるけど、その2つのプレーは身体にとってはどちらも塁を踏んでアウトにするプレー。練習や試合で多くのアウトを取るうちに一々考えることをしなくなっていった……。はっきり言ってあのプレーで1点が入るとは私も認識していなかったわ。改めてルールに向き合ったからこそ気づくことが出来た」

 

 ランナーが進まなくてはいけない時はタッチせずとも先の塁を踏めばアウトに出来る、ランナーが戻らなくてはいけない時もタッチせずとも前の塁を踏めばアウトに出来る。東雲の言葉を聞いた初瀬は野球部に入って二週間ほど経って打球を処理出来るようになった辺りから、そんなことを繰り返し考えながら身体を動かし、ルールを把握して身に染み込ませようと練習を重ねていったことを思い出していた。

 

「けどアピールの権利が残るのは今の場合、投手及び内野手(私たち)がファールラインを越えるまで。とてもじゃないけど普通だったら気づくより早く、ベンチまで戻っていたでしょうね。……聞かせて、有原さん。貴女はどうして……立ち止まったのかしら?」

 

「……ずっと引っかかってたんだ。明條学園が鉄壁高校と一回戦で戦った時に仕掛けたピックオフプレーが」

 

「ああ……確かにあれでトリックプレーに注意する必要があるとは思ったけれど、引っかかることがあったかしら?」

 

「あの時守備が右にシフトしていたのに、ショートにいた大咲さんが定位置まで戻ってた。シフトを敷いた時は周りとの距離感が気になるはず、同じショートとしてそう感じるところがあったのに、それがまるで当然のことだと思わされた……」

 

(……脇役にばかり選ばれた大黒谷が主役を食うほどの演技を見せれたのは、視線誘導が上手かったから。仕草やセリフ、目の動きでアイツは演技の焦点を変えるのが得意だった……)

 

 先日の試合を思い出しながら語る翼の言葉を聞いて脳裏に子役時代のことがよぎった逢坂はベンチから見てきた大咲の一つ一つのプレーが演技と同じで丁寧に積み上げられた動作から成り立っていると感じられていた。

 

「フォースボークを仕掛けられた時もそうだった。あれだけリードを広げていたのに、牽制を誘われているとは思えなかった。不自然なはずなのに自然に感じちゃう……それが、なんていうか……もやもやになって出てきたんだと思う」

 

「……なるほど。河北さんが捕球した時にサードランナーがそれを見ていたような気がするという違和感がそれらのトリックプレーを見た際の違和感と同じようなものだった。頭で分かっていなくても、そんな既視感が貴女の足を止めさせたのね……」

 

 先ほど急に翼が足を止めた理由が気になっていた東雲は彼女の説明に納得していると、明條の準備投球が終わろうとしていた。慌ててバッターの準備を整えた河北が先頭バッターとしてグラウンドに向かおうとする。

 

「あ、あのっ……!」

 

「……? 初瀬さん?」

 

「皆さんに伝えたいことがあって……あのピッチャーのことなんですが——」

 

 初瀬に声をかけられた河北が足を止める。視線が集まる中、初瀬は気づいたことを皆に伝えると、明條の準備投球が終わり、3回の攻撃が始まった。

 

(……みよも少し変わったな。アタシが入った頃なんて生意気ばかり言う奴だったのに)

 

 ロジンバッグを放ったエースは右打席へと入ってくる河北へと目を向けながら先ほどのベンチでの出来事を思い出していた。

 

「みよちゃんごめん! 私がもうちょっと自然にホームに行けていたら……」

 

「……しょうがないわよ。今のプレーばかりは狙ってやれるもんじゃないから練習してないし、こういうプレーがあるって知識だけ入れてたからね。よく走ってくれたわ」

 

「……う、うん……」

 

 里ヶ浜が第3アウトの置き換えを行うのをベンチから目にしたサードランナーは大咲のように自然なプレーが出来なかったことに責任を感じていたが、大咲はそれを宥めていた。

 

「それに今の場面、犠牲フライも打てなかったアタシが悪いのよ」

 

「あら。珍しく謙虚ね」

 

「アタシなりに4番には思い入れがありますから」

 

(4番か……。しかもみよはアタシの背にあるエースナンバーまで狙ってる。アタシはどうなんだろう。この背番号に思い入れと言えるものを込めれているのかな)

 

 実力で4番打者を任されたことを誇りに感じている大咲を見ながらエースは自分の背中の方に首を向けながら考え事をしていると、ちょうど責任審判の説明が終わったところだった。

 

「みんな! 元々あの打球をセカンドに取られた時点で正攻法じゃ得点出来なかった! その上で仕掛けた策も阻まれたけど、元々0のところが0になっただけ、気落ちすることはないわよ! 仕掛けて損はないけど、もし成功したら相手の士気を下げられる。キャプテンで言うところの逆プロデュースってやつなんだから!」

 

「みよ……そうね。追加点を上げられなかっただけで、こっちがまだリードしてるよ! 気を引き締めていこう!」

 

「はい!」

 

「先輩! 守備は任せてください。しっかり守り抜いてみせます!」

 

「ああ。頼りにしてるよ」

 

(この野球部もアタシが入った頃と比べると色々変わったな。明條は芸能人を多く輩出してることもあってか、個性の強いやつが多い。そんなやつらが互いに影響しあって、少しずつ変わっていってるんだ。……アタシは、変われてるのかな)

 

 先ほどの出来事を思い返しながらエースが投じたスローカーブが弧を描いてアウトローへと向かっていき、これが見送られてストライクとなった。

 

「打席の河北選手はタイミングが合わないのか、手を出さないまま2球で追い込まれました。さあ、バッテリーは3球勝負に打って出るのか!?」

 

(落ち着くのだともっち。練習試合の時の傾向からして、一球遊び球を混ぜてくるはずなのだ)

 

(はい!)

 

「ボール!」

 

 投じられたスローカーブが今度は外に外れると河北は慌てて手を出すことなく見送り1ボール2ストライクとなった。

 

(外に集めたし、これで仕留めようか)

 

(分かった。胸元の厳しいところを狙って……!)

 

 投じられた4球目はインコース真ん中、内に厳しく攻めたストレート。このボールに河北はバットを振り出した。

 

(……! 対応した!?)

 

(本当に来た! これを……センター返しだ!)

 

 振り出されたバットがこのストレートを弾き返すとフライ性の打球が二塁ベースを越えてセンターの前へと向かっていく。

 

「任せてください!」

 

「みよ! お願い!」

 

(うっ! 読んでたのに、打ちたいポイントより後ろで打たされた! 振り遅れたんだ……!)

 

 詰まった当たりがふらふらと落ちてくると反転して外野へと走り出していた大咲がバウンドするすれすれのところを狙って遠い打球へとダイビングキャッチを試みた。

 

「アウト!」

 

「ああっ……!」

 

 外野の芝まで出てきた大咲のミットの先に引っかかるように打球は収まり、里ヶ浜ベンチからは思わず溜め息が漏れ出ていた。

 

「ともっちナイストライ! 惜しかったよ!」

 

「うん! 次こそは……! あ、それと初瀬さんの言った通りだったよ!」

 

 そんな雰囲気を切り替えるように翼が手を叩くと、顔を上げたまま戻ってきた河北に声をかけていた。そして代わるように8番バッターとして鈴木が右打席へと入っていく。

 

「……ボール!」

 

(ちょっと内に外れたか……)

 

 内に厳しく投じられたストレートが見送られると、三塁コーチャーボックスからそれを見届けた倉敷は心の中で頷いていた。

 

(注意して見ないと分からないくらいの差だけど、クロスファイヤーを投げるときだけリリースポイントが低い。あのピッチャーはオーバースロー……けど、真上から投げ下ろすのって実際にやってみるとかなり難しい。あのピッチャーは普段それが出来ているけど、内に厳しく狙おうと横の角度を意識して、少しだけ腕の振る角度が横にズレてるんだわ……)

 

(……もし間違っていたら、皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。言い出すのが怖かった……。けどこの試合私に一塁コーチャーを任せてくれた。そんな皆さんの期待に応えようと一歩踏み出して……そうしたら迷わず受け入れてくれた……。……嬉しかった)

 

 自分の気づいた違和感を信じて動く皆を見て込み上げるものを感じる初瀬だったが、そんな自分に気づくと首をブンブンと横に振って目の前の光景へと集中し直すのだった。

 

(……そういえば麻里安ちゃん、翼ちゃんがバントのことで分かりにくい説明をした時、実際にやってるところを見てコツを理解してたっけ。観察力……かぁ。……アタシは何が出来るんだろ。この試合、チームのためにアタシが出来ることって……あるのかな)

 

 この試合が始まってからグラウンドとの境になる柵のそばでベンチから声援を送り続けていた逢坂は一塁コーチャーとして動く初瀬を見ると、柵を掴む手が自然と強くなっていた。

 

(分かっててもクロスファイヤーをヒットにするのは簡単じゃない。なら狙いはスローカーブ! 内に厳しくストレートが来ないと分かっていれば……!)

 

 グラウンドでは2球目として投じられたスローカーブが膝下のストライクゾーンへと投じられており、このボールにタイミングを合わせた鈴木は体勢を崩さずに始動を溜めるとバットを振り出した。するとバットはボールの上を叩くように捉え、打球は鈴木の目の前で大きく跳ねるように放たれた。

 

(これでもバットが上に入るの……!? なんて角度……!)

 

(ちぃ! 厄介なとこに……!)

 

 芯を捉えた感触が無かった鈴木は驚きながらも一塁へと向かって走り出すと、高くバウンドした打球は二遊間のちょうど中間へと向かっていた。

 

(捕れる!)

 

(先輩!?)

 

 その打球がピッチャーの頭を越えようというところでエースが右腕を真上へと伸ばしていた。すると打球が落ち始めたところで伸ばされたミットの先で掴み取るように捕られたボールが一塁へと送球される。

 

「アウト!」

 

(くっ、内野安打にするどころか余裕で……?)

 

 一塁ベースを駆け抜けることに集中していた鈴木は早いタイミングでの送球に驚きながらベンチへと帰っていくと、その際にネクストサークルへと向かう阿佐田とすれ違った。

 

(あのピッチャーの高身長(じらふっぷり)に阻まれたのだ……。抜けてればいやーなところに行ってたのになのだ。……!)

 

(うう……ここまでノーヒット。どうしよう……茜に打てるのかな)

 

「あかねっち!」

 

「……! は、はい!」

 

 すると阿佐田は打席へと向かう宇喜多の足取りがおぼつかないことに気付いて声をかけると、表情筋を柔らかく動かしてチェシャ猫にも負けないようなニカッとした笑いを見せた。

 

「後のことは任せて、あかねっちらしく挑んでいけばいいのだ」

 

「師匠……分かりました!」

 

 そんな阿佐田を見た宇喜多は両手を胸の前で構えながら元気よく返事を返すと右打席へと入っていった。すると外野が前に出てくるのが目に入る。

 

(う……飛ばす力無いって思われてるのかな。ほんとに無いけど……。でも……師匠曰く、茜は土台がブレなくなってきてる……みたい。やってきたことを信じて……)

 

 アウトコース低めに投じられたシュートをバットを出さずに見送るとこれがストライクになり2球目。先ほどよりリリースポイントが低くなったのに気づいた宇喜多は思い切ってバッターボックスギリギリまで左足を引いた。

 

(……! 読まれたか!?)

 

(今の茜がストレートに合わせるだけだと、ボールの勢いに押されちゃう。引っ張るんだ……! そのためには届きにくい外じゃなくて、内っ!)

 

(……! 引っ張る意識が強くて……ちょっと振るタイミングが早すぎるのだ……!?)

 

 立ち位置を左に寄せたことで角度の窮屈さを軽減した宇喜多は膝下に厳しく投じられたストレートにバットを振り出した。すると振ったタイミングが早く、宇喜多の狙いより前のポイントで捉えられ、バットは芯より先でボールを打ち返していた。

 

「サード!」

 

(うっ! バットは振り切れたけど、あんまりボールに力が……)

 

(ライナーか? いや、打球がフックしてる! 思ったより伸びてこない……ワンバウンドで処理だ!)

 

 三塁線に放たれた打球はフェアゾーンに沿うような軌道からファールゾーンへと逸れるようにフック回転がかかって曲がってきており、サードはダイレクトでの捕球は難しいと判断すると三塁ベース後方でワンバウンドでの捕球に備えた。対して打球を放った宇喜多は上手くボールに力が伝わらなかった感覚に焦りを覚えながらも一塁ベースを駆け抜けようと懸命に足を動かしていた。

 

(切れるか……? ……えっ!?)

 

 逸れていく打球に合わせるように位置取りを整えたサードは落ちてきた打球がファールになると感じていた。すると次の瞬間、その目は大きく見開かれた。

 

「……! 宇喜多さん、二塁狙えます!」

 

「えっ!? う、うん……!」

 

 打球のバウンドに反応するように初瀬から指示が飛ばされると駆け抜けることに集中していた宇喜多は打球の行方が分からず驚いたが、指示に従うように一塁ベースに対して膨らんで入るとそのまま一塁ベースを蹴って二塁に向かった。すると視界の左隅で打球がサードとキャッチャーの間のファールゾーンを点々と転がっている様子が感じ取れた。

 

(な、なんで……?)

 

「私の方が投げやすい! 任せて!」

 

「お願いします!」

 

 ワンバウンドした打球に備えた体勢を取っていたサードと、まさか捕球に行く必要があると思っていなかったキャッチャーは反応が遅れていた。スピードが弱まっていく打球にややサードの方が早く追いつけそうだと互いに判断したが、二塁への送球を考えると体勢的にキャッチャーの方が早く送球出来ると考えられ、サードがブレーキをかけるとキャッチャーミットを下に向けてすくうようにボールを捕ったキャッチャーから二塁へと送球が行われた。宇喜多も足からのスライディングで二塁に滑り込む中、送球が足の高さに届いてタッチが為された。

 

「……セーフ!」

 

(や、やった……!)

 

「なんとツーベースヒットです! 里ヶ浜、2アウトからチャンスを作りました! それにしても打球がなんとも予想外な動きを見せました。まさかこれは狙ったのでしょうか!?」

 

 二塁へと滑り込んだ宇喜多の足の方がタッチより一瞬早くセーフになり宇喜多は胸を撫で下ろすと、先ほどの打球の軌道が気になった。するとそんな宇喜多の耳に阿佐田の高笑いが聞こえてくる。

 

「くっくっく……よくやったのだあかねっちよ! ベースに当てて軌道を変えることで相手を翻弄する必殺打法、『すぴにんぐたーとる』を見事使いこなしていたのだ!」

 

「ええっ!?」

 

(も、もしかして……打球が直接ベースに当たったの? それに必殺技って……あれ、本当のことだったんですか……!?)

 

 打球は進行方向から見て三塁ベースの左下の角に直接当たっていた。ベースにダイレクトで当たったことでその時点でフェア、さらに跳ね返るようにサードとキャッチャーの間に転がった打球に守備は虚を突かれる結果になっていた。

 

(そんなわけないでしょ! バッティングピッチャーが投げてる時にベースの辺りを狙う練習して当たることがある……くらいなら分かるけど、実戦でしかも意図的に軌道を変えられるわけない。偶然よ!)

 

 大咲がその言葉を間に受けた様子の宇喜多を見てその背中を睨みつけると、右打席に入った阿佐田は地面をととのえながら口元に手を持っていって思わず笑みを溢していた。

 

(ま、偶然なのだ。けど運を掴めるのは挑戦者のみなのだ。流されるままに打つんじゃなく、あかねっちなりの狙いをもって打ったからこそこの結果に繋がったのだ。それにあかねっちだって今の打球は予想外だったのだ。それでもはせまりのコーチを受けて迷わず二塁を狙ったあかねっちと、戸惑った相手。二塁到達への本当の勝負の分かれ目はそこなのだ。……さて)

 

 地面をならしおえた阿佐田は宇喜多から相手ピッチャーへと視線を戻すと、今度は勝負師としての不敵な微笑みをたたえていた。

 

(ここで打てなかったらあおいは師匠も勝負師も失格なのだ! ……今あおい達がこのピッチャーに合わせられてるのは、はせまりの見つけてくれた違いのおかげ。けど、キャッチャーもそろそろ警戒してくるはずなのだ。上手く潜り抜ける必要があるのだ)

 

(チームでストレートに狙いを絞ってるのか? ……いや8番はスローカーブを打った。それにここからようやく2巡目だし、チーム単位での策は仕掛けてない気がする。……とりあえずスローカーブを低めに、外れてもいいから厳しくね)

 

(点はやらない……! ここで切る!)

 

「2アウトランナー二塁。里ヶ浜は打順が一巡して1番打者の阿佐田選手へと回りました! 明條はこの場面、外野を前に出して……ファーストとサードもやや前に。これは1打席目に仕掛けたセーフティへの警戒でしょうか!」

 

 里ヶ浜にとってはこの試合初めてのチャンス。明條にとってはこの試合初めてのピンチ。阿佐田とピッチャーは互いに高鳴っていく心臓の鼓動を感じながらもそれを表に出さず。そんな状況で一球目が投じられた。

 

(これがスローカーブ……!)

 

 阿佐田にとっては初めての体験となるスローカーブに対し、ぐらついた体勢から振り出されたバットは途中で止められると、真ん中低めへとボールが収まった。

 

「ボール!」

 

(要求より低く外れちゃったか。仕方ないか……この試合初めてのクイック、しかもコントロールしにくいスローカーブだもんね。バッターはどうかな……打ち気なら高めのストレートを打ち上げさせる?)

 

(ストレート? 違う。遠慮しないで)

 

(ん、そっか。ごめんごめん)

 

 サインに首を振られたキャッチャーは苦笑いしながらサインを変更すると、首を縦に振ったピッチャーが投球姿勢に入る。

 

(クイックのリリースポイントはどうやらそこ……。セットポジションとそんなに変わらないのだ。これならきっとチャンスは来るのだ)

 

 続けて投じられたアウトローのストライクゾーンへのスローカーブに阿佐田のバットがフルスイングで振り切られると、大きな空振りとなってストライクとなった。

 

(外野の頭越え狙いか? なら高めは危険ね……)

 

(うーん……ちょっと、大袈裟な空振りな気もするけど……)

 

 サインが交換される間に大咲がこのスイングに僅かに眉をひそめると3球目、アウトローを狙ってボールが投じられると阿佐田は振り出したバットが身体の前に出ないように途中でスイングを止め、シュート回転がかかったボールが流れて外のボールゾーンへと動かされたキャッチャーミットに収まった。

 

「……ボール!」

 

(見極めてきたか……)

 

(引っかけてくれたら良かったんだけど)

 

(ふぅ……ただでさえ高低の角度がきついのに、飛ばしにくい外に絞っても望み薄なのだ。それならやっぱり確実に来る内に狙いは絞る。ただ悠々と見逃したら外でストライク取れると思われていいことないのだ。……布石は打ったのだ。後は…………来たのだ!)

 

 ピッチャーが4球目の投球姿勢に入ってボールを投じるとクイックモーションでも同じようにリリースポイントが下がったのを感じ取った阿佐田はそれに合わせるようにバットを短く持ち直して、インコース真ん中へと厳しく投じられたクロスファイヤーを打ち返した。

 

(なっ……またクロスファイヤーを……!)

 

「サード!」

 

(ちょっと詰まったけど振り切ったのだ……!)

 

 宇喜多に続いて厳しく投じたクロスファイヤーを打ち返されたピッチャーが驚きを見せる中、ゴロで放たれたやや勢いの弱い打球は三遊間ややサード寄りへと転がっていった。2アウトで宇喜多が迷わずスタートを切り、阿佐田もこの打球を目で追いながら走り出すと、三遊間へと足を動かしたサードが横っ飛びでこの打球に食らいついた。

 

(届かなくても外野には抜かせない。深くてバッターは刺せないかもしれないけど、止めてみせる! ……なっ!)

 

「痛っ……!?」

 

「あっ! こ、これは……抜けた打球が二塁ランナーに当たってしまいました!」

 

 ミットに収められずに転がっていったボールは深いポジションへと走っていた大咲のミットに収まることなく、宇喜多の左足のすねへと当たり、三塁ベース後方を抜けて白線を越えていった。

 

(ふん、お粗末ね。ランナーが打球に当たったらその時点でアウトよ!)

 

「走るのだあかねっち!」

 

「……! は、はい……!」

 

(だから無駄だって……)

 

「フェア!」

 

「えっ!?」

 

 痛みを堪えて走り出す宇喜多に呆れた眼差しを送っていた大咲だったが審判の判定に驚くと、一瞬遅れて飛び込んだサードの後ろを走り抜けてボールを追いかけていった。

 

(フェ、フェア? 打球は……アタシ達のベンチの前まで転がる! こ、これは……いける!)

 

「回って!」

 

「……! バックホーム!」

 

 転がっていく打球が三塁側ベンチの前までいくと予測した倉敷は三塁コーチャーとして宇喜多をホームへと向かわせる。その指示に合わせるように宇喜多は三塁ベースに対して膨らんで入り、ベースを蹴ってホームへと向かっていった。

 

(有り得ない! あれがフェアなはずがない。けど今はとにかく……。……! 逢坂ここ……!)

 

(大黒谷……)

 

(くっ、今はアンタに構ってる暇はないのよ!)

 

 三塁側ベンチ前との境になる柵に跳ね返って勢いの収まったボールはそこに止まると、ようやく打球に追いついた大咲はその柵の手前にいた逢坂の姿が目に入り、それを振り切るようにすぐさまホームへと振り向いて送球を行った。足から滑り込む宇喜多の背中を僅かに追い抜くように届いたボールはキャッチャーの目の高さでミットに届くと、キャッチャーはこのスライディングに対してミットを落としてブロックをしにいった。すると球審の判定が響き渡る。

 

「セーフ!」

 

(くっ!?)

 

(ま、間に合った……!)

 

「……! セカン!」

 

「えっ!?」

 

 ホームのカバーに入っていたピッチャーからの指示に反応するように視線を二塁方向に向けたキャッチャーは阿佐田が二塁へと向かっていることに気づくとブロック後に宇喜多を避けるように立ち上がって送球を行ったが、セカンドにボールが届くより一瞬早く阿佐田がスライディングで伸ばした足が二塁ベースに届いていた。

 

(ふっふっふ。強かなることあおいのごとし、なのだ)

 

「ど、同点ー!」

 

「追いついた……!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 今のは守備妨害です! あの子が打球に当たったし、それにアタシだってそのままボールが抜けていれば捕れる位置にいました!」

 

 1点が入ったことに沸き立つ里ヶ浜ベンチだったが、そんな声を遮るように大咲が審判に対して宇喜多の守備妨害を主張していた。

 

「それはどうかな? なのだ〜。まず他の内野手が捕れるかどうかっていうのは、捕りにいった選手が最初にいた位置から一歩も動かずに取れるとこに打球が飛んだ時と、トンネルしちゃった時しか関係しないのだ」

 

「なっ……! け、けどあの子は打球に当たったのよ!」

 

「確かに打球に当たったらアウトなのだ。……それが本当に打球だったら」

 

「どういう意味よ……!」

 

「み、みよ……ごめん。あたし……ミットの先で掠ったみたい」

 

「えっ!? そ、そうだったんですか……!?」

 

(そう……ほんのちょーっとだけ、打球の軌道が変わっていたのだ)

 

 走りながら僅かな軌道の変化に気付いた阿佐田はようやくサードからそのことを知らされた大咲の驚いた表情を見て、にやりと笑っていた。

 

「内野手が触れたボールにまでランナーに避けるのを課すのは酷だから、この場合は例外としてアウトにならないのだ。もっともあかねっちが故意に打球に当たったと主張するなら話は別なのだ……?」

 

(……気づかなかった。あの子と重なってそこまでは見えてなかった……! ……それにあの子がわざと当たってないことなんて、目の前で見たアタシには分かりきってる……!)

 

「く……主張を取り下げるわ……」

 

(それにホームへの送球も、あの深い位置からすぐ様投げても正確な送球なんて難しいし、タイミングもあれは……間に合わなかった。しかも一瞬アイツに気を取られてバッターランナーの方を見るのを怠った……。アタシは……キャプテンの言う通り、焦ってるっていうの……?)

 

 正式に認められた1得点がスコアボードに表示されると、里ヶ浜ベンチからは同点に追いついた喜びの歓声が上がっていた。

 

(師匠……ありがとうございます。茜がすぐに走れたのは、師匠が声をかけてくれたおかげ……ランニングを始める時にいつもかけてくれた掛け声と同じだったから、とっさに身体が動いてくれました……)

 

 そんな里ヶ浜ベンチに足を引きずりながら帰ってきた宇喜多が祝福されると、一番に出迎えてくれたのは鈴木だった。

 

「あなたもこれで、初めてを手に入れられたわね。……おめでとう、宇喜多さん」

 

「……うんっ! ありがとう……!」

 

 そう声をかけられた宇喜多はあどけない笑みを溢すと、そんな宇喜多の嬉しそうな表情を見て鈴木も優しげな笑みを浮かべたのだった。




ハチナイ3周年おめでとうございます!
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