皆で綴る物語   作:ゾネサー

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小さな足跡は道標になって

 逢坂がグラウンドへと足を踏み入れる少し前、永井が打席へと向かっていった頃。里ヶ浜ベンチでは慌てた様子の阿佐田を落ち着かせた九十九が宇喜多の足の容態を見ていた。

 

「打撲ですね。走塁の際、ほとんど減速していないボールに当たってしまったのが原因でしょう」

 

「うう……すまないのだ。あかねっち」

 

「だ、大丈夫です……! ただの打撲ですから……」

 

「……宇喜多さん、立てますか?」

 

「……は、はい」

 

 ベンチに座っていた宇喜多は右足を地につけるとおずおずと左足を伸ばし、立ち上がった。

 

「無理はせず、痛かったら言ってください」

 

「……い、痛くないです」

 

「……左足に体重が乗っていませんね」

 

「うっ……」

 

「普通に立てますか?」

 

「えっと…………ひうっ!」

 

「……やはり厳しいですか」

 

 そっと左足に体重を乗せた宇喜多の身体が跳ねるようにして体勢が崩れると予め支えられる位置取りをしていた九十九が彼女を支え、左足にこれ以上負荷がかからないよう阿佐田と協力して彼女の身体を浮かせて再びベンチに座らせた。

 

「打撲というのは刺し傷や切り傷のような外出血が見られないことから軽視されがちですが、皮下組織が大きなダメージを受けていたり、骨折というケースも考えられる損傷です。気力でどうにかしようというのはおすすめ出来ません」

 

「こ、骨折してるんですか……?」

 

「見た限りでは分かりません。ですが熱や腫れがあり皮膚が青紫色に変わっていることから内出血が起きているため、その可能性は考慮したほうが良いでしょう」

 

「うう……」

 

「……あかねっち。無理はしない方が良いのだ」

 

「師匠……」

 

「たとえ骨がピンピンしてたとしても、ここで無理したらきっと長引いちゃうのだ。あおいはあかねっちにそんな辛い思いはして欲しくないのだ……」

 

(……そうか。以前の捻挫であおいは……)

 

 宇喜多と正面から向き合い、阿佐田は真剣な表情で自分の正直な気持ちを吐露する。その言葉に九十九が清城との練習試合の時に告白された悩みを思い出していると、言葉を受けてから一度考え込むように顔を下げていた宇喜多がゆっくりと顔を上げ、阿佐田の目を真っ直ぐ見つめて答えた。

 

「分かりました。この足で無理してもきっとみんなの足を引っ張っちゃうと思うし……師匠の言う通りにします」

 

「……うん。それが良いのだ」

 

(あかねっちはこの試合が公式戦で初めてのスタメンだったのだ。本当は下がりたくなんてなかったはず……)

 

 笑顔を取り繕ってそう言った宇喜多をそっと引き寄せた阿佐田が彼女の頭を優しく撫でているとグラウンドから金属音が響き渡った。その当たりに2人はグラウンドへと目を向けたが、ホームへと突入した東雲がブロックされてアウトになり、ベンチへと戻ってくる。

 

「伽奈先輩! 氷嚢(ひょうのう)と包帯借りてきました!」

 

「……! 氷嚢?」

 

「東雲さん! 実は……」

 

 九十九に頼まれて医務室から手当てに必要なものを借りていた逢坂が帰ってくると、彼女の発した言葉で東雲もすぐに異変に気づき、翼から事情を聞いていた。

 

(チェンジか……。急がなくては)

 

 逢坂から包帯を受け取った九十九は宇喜多の左足を適度に圧迫するようにして手際良く巻きながら、周りを見渡して阿佐田に指示を飛ばすと、それに応じるようにして阿佐田は邪魔にならないように奥の方に置いておいたバッグを持ってくるとベンチに置き、その上にタオルを乗せた。

 

「何をするつもりなんですか?」

 

RICE(ライス)処置です」

 

「へ? ら、ライス……?」

 

「宇喜多さん、巻き終わりました。後は患部に氷嚢を当て、このタオルの上に足を置いて下さい。氷嚢は20分当てたら一旦外して、間を置いて断続的に冷やして下さいね」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 阿佐田が準備する間に包帯を巻き終えた九十九は困惑する逢坂をよそに宇喜多を横に寝かせると、そっと左足をバッグの上のタオルに乗せた。

 

(……お米……?)

 

「RICE処置は4つの処置の頭文字を取って名付けられた応急処置方法のことで、RICEはRest(安静)Icing(冷却)Compression(圧迫)Elevation(挙上)を指します」

 

「……そ、そうなんですね。……あの、最初の3つは分かるんですけど、挙上(きょじょう)ってなんですか?」

 

 考えを見透かされたかのようなタイミングで解説をされた逢坂が動揺しながら質問していると、東雲も翼から事情を聞き終え、考え事をしていた。

 

(交代の選択肢は2つ。逢坂さんにそのままライトに入ってもらうか、九十九先輩にライトに回ってもらって岩城先輩にレフトに入ってもらうか。……二塁から見えた大咲さんのピッチングはやはりエースよりは落ちるように感じた。となれば彼女がマウンドに上がり続ける方がこちらにとっては望ましい。つまり警戒すべきはその逆……)

 

「挙上とは患部を心臓より高い位置に保つことです。血液が心臓に向かって流れる。つまり患部に血液が流れにくくなることから、腫れや痛み、内出血を抑止する効果があります」

 

「な、なるほど……」

 

(……あおいも知識として、そういうのがあるのは漠然と知ってるのだ。けど実際目の当たりにすると慌てちゃって……こういう時、九十九みたいにスムーズに対応出来るよう、もっとちゃんと勉強しとかなくちゃなのだ……)

 

 宇喜多の腫れた足を発見して頭が真っ白になってしまった阿佐田は九十九の冷静かつスムーズな対応を実際に見て、捻挫で苦労した経験からももっと真剣に向き合おうと感じ始めていた。

 そんな中、考え込んでいた東雲が顔を上げると交代してもらう選手へと声をかけにいく。

 

「……逢坂さん。宇喜多さんに代わってライトに入って頂戴」

 

「えっ!? あ、アタシ?」

 

 交代のことが頭から抜け落ちていた逢坂は急にそう言われて大きく驚いていた。

 

「でも……」

 

 そして宇喜多の方へと振り向くと、申し訳なさそうに頬をかく。

 

「逢坂さん……。清城との練習試合の時、言ってくれたよね。選ばれた人は選ばれなかった人の分まで頑張るものだって」

 

「あ……」

 

「茜も……逢坂さんがこの試合、絶対に出ようと張り切ってたのは知ってたんだ。だからスタメンに選ばれた時、逢坂さんの思いも受け止めて頑張ろうって……そう思ったの」

 

「そうだったんだ……」

 

「そんな逢坂さんだから、託せるよ。茜の分も……頑張って欲しい」

 

「……! わ、分かったわ。茜ちゃんの分も……頑張ってくる!」

 

 宇喜多の力強い眼差しに押されるように頷いた逢坂はミットを手に、ずっと越えられなかった柵の横を抜け、グラウンドへと足を踏み入れたのだった。

 

「茜ちゃん! 後のことは任せて!」

 

「貴女が起点となって作った流れ……無駄にはしないわ」

 

(アタシは……茜ちゃんの思いを背負えるの? ライトのポジションをやるって決めた時から、ずっとアタシは……茜ちゃんの背中を追ってばかりだったのに。しかも、それに気づいたのはこの試合のオーダーが発表された後……)

 

「逢坂さん」

 

「ひゃいっ!?」

 

 言葉とは裏腹に宇喜多の言葉に応えられる自信があまり無かった逢坂は顔を上げながら出て行った翼や東雲とは対照的に顔を俯かせてしまっていた。そんな逢坂に話しかけた九十九は並行するようにして一緒に外野へと向かっていく。

 

「手短に話します。私は一年の時に生徒会に入って以来、運動部の適正審査を担当してきましたが、今までどの部にも入ろうとは思いませんでした」

 

「な、なんですかいきなり。……そりゃ生徒会が忙しかったからなんじゃ?」

 

「確かに生徒会との掛け持ちは大変ではありますが、出来ないことはありませんでした。事実今はその状態を維持出来ていますし、会長……能見先輩にも折角だから入ってみてはと勧められたこともあります」

 

「じゃあなんでですか?」

 

「単純なことです。多くの運動部に審査をして、ほとんどのスポーツが初体験であるにも関わらず、即戦力として捉えられました」

 

「へ……?」

 

(急に何を言うかと思ったら……自慢じゃない!)

 

「それなら良いじゃないですか。入っちゃえば」

 

「……それはつまり、経験の浅い私に実力で排除される部員がいるということです」

 

「……! でも、それは……仕方ないんじゃないですか」

 

「けれど私はそこまで思い入れがあったわけではありません。それなのにその人を押し除けてまで入り込む、そういう気にはなれなかったのです」

 

「………」

 

「しかし私にも野球をやりたい理由が出来ました。だから私はここにいます。……そしてあなたも理由は違えど、やりたい理由があってここにいるはずです」

 

「そうですけど……」

 

「高波との試合の時に言いましたね。私を追い抜くから覚悟をしておけと」

 

「い、言いました。先輩には負けたくないんです!」

 

「ならあなたも覚悟を決めることです」

 

「……! 覚悟を……」

 

「……どうやら話せるのはここまでですね。後はあなた次第です」

 

「あ……」

 

 ライトに向かう逢坂と並行するように歩いていた九十九は外野まで出てきたところで方向を転換してレフトへと向かっていく。

 

「ふふふ、なのだ」

 

「……? どうしたんだい?」

 

「なんでもないのだー」

 

 サードからその様子を見ていた阿佐田が遠いライト側から回り込むようにやってきた九十九に対してにやにや笑っていると、そのライトには外野へと向かう短い時間の間に言われた言葉を反芻するように思い出しながら逢坂が到達していた。

 

(うう……いくら時間がないからって言いたいことずばすば言ってくれちゃって! なんでもお見通しみたいに言われて……黙ってるアタシじゃないわ。やってやるんだから! ……でもそっか。アタシも覚悟を決めないと。アタシは今、ここに立ってるんだから……!)

 

 そしてライトの定位置から鈴木の指示に促されるようにライト線側に数歩歩いたところで外野の芝を踏み締めると、その顔を上げた。

 

「ばっちこーい! ライトはアタシに任せなさい!」

 

 彼女の腹から出した声がホームまで聞こえてくると、4回の表の先頭バッターとして出てきたエースが左打席へと入っていく。

 

(守備位置をまた右に、今度は予め寄せてきたか。どうやらプルヒッターってことがバレてるみたいね。でもそんなに極端なほどじゃない。強い打球を飛ばせれば抜けるわ。……このピッチャーの球種はストレート・スライダー・カーブ。スライダーとカーブは左バッターのアタシにとっては中に入る球だ。アタシが引っ張りに強いバッターだと分かってるなら、この2つを簡単には使えないはず。初球はストレートに張る! それも引っ張って強い打球を飛ばしやすい内を避けてくると読んで……!)

 

(……! 読まれた……!?)

 

 やがてサインの交換が終えられ東雲がボールを投じると、アウトローへと投げ出されたストレートにバッターは踏み込んでいた。そしてバットが振り切られると捉えられたボールはライト線へと放たれる。

 

(しまった! あの長いリーチ、外はむしろ腕を伸ばしやすい分、バットを思い切り振り切られてしまった……!)

 

(いきなり来た! アタシの課題は守備。龍ちゃんは目立ったプレーも堅実なプレーもどっちかだけをすれば良いわけじゃなく、必要な時に必要なプレーをするのが大事だって言ってた。でもアタシはまだそこらへんの感覚がよく分かってない。だから……!)

 

「逢坂さん! フェアになるよ!」

 

「分かったわ!」

 

 ライナーで放たれた打球に逢坂はダイレクトでのキャッチに向かうか、回り込んで捕球するか、その選択に一瞬悩んでいた。

 

(茜ちゃんなら、どうするか。アタシは茜ちゃんのプレーなら一杯見てきた。そのプレーを追いかけるのよ……。……! これは……龍ちゃんとカーブ打ちの特訓をした時の……!)

 

 今まで見てきた打球の中で似ている軌道をとっさに思い出した逢坂の目にその時の宇喜多の動きが映し出されると、逢坂はその背中を追うようにして打球に対して回り込んでいく。

 

「フェア!」

 

(……! 茜ちゃんは……打球を身体の正面で捕れる体勢に入ってる! けど……!)

 

 勢いよく跳ねた打球に対して追っていた宇喜多のイメージが捕球体勢に入ったところを目の前で見た逢坂はとっさにミットを前へと伸ばしていた。すると身体をファールゾーン側へと向けた体勢で伸ばしたミットが打球を掴み取った。

 

「二塁に!」

 

(やっぱり見様見真似じゃ茜ちゃんには及ばない。けど、今はこれが精一杯。足りない分は……肩で補う!)

 

「てやっ!」

 

 ボールを取り出しながら反転して送球の体勢に入った逢坂が二塁へと送球を行うと、勢いのある送球が二塁カバーに入っていた新田のミットへと届いた。

 

(よっしゃ! アウトだ……って、一塁に戻ったんだ)

 

 一塁を蹴ったランナーは送球を見てやや慌てた様子で一塁へと戻っており、スライディングに備えていた新田は切り替えて送球しようとしたが、判断よく戻っていたランナーを見て間に合わないと感じ、送球を中断していた。

 

「ナイスプレー! その調子でいこう!」

 

「勿論よ!」

 

(ツーベースいけると思ったんだけど、良い肩してるじゃない)

 

(代わったところに飛ぶとは言うけれど、本当によく飛ぶものね。……まだぎこちないけれど、逢坂さんなりに工夫しているのは分かるわ。今はその守備を信じて、私は目の前のバッターに集中しないと)

 

「……ねえ、みよちゃん。あの人の守備、あんな感じだったっけ。前に対戦した時は同じライトとして、その……」

 

「別に遠慮しなくていいわよ。アイツの守備はちょっと一か八かなところはあったわ。……ただ逢坂ここってやつはまず本番に恐ろしく強い。そして……良い手本と自分を比べて、修正するのが上手いのよ。昔からね……」

 

「そうなんだ……」

 

(みよちゃんなんだか嬉しそう。気にしてないって言ってたけど、やっぱりあの人と戦いたいって心のどこかで思ってたんだ)

 

「キャプテン! ここはどうしますか?」

 

「そうね……。攻撃のチャンスはあと4イニング。ここは慌てて積極策に出ずに……」

 

(送りバントか……相変わらず堅実ね)

 

「……明條は伝統で堅実な野球だけを貫いてきたチームだった」

 

「それは知らなかったんですけど。あんまりそんなイメージはないんですけど」

 

「もうトリックプレーのイメージが強いけん」

 

「そうだな……。ただ細かいプレーを見るなら、そんな伝統も感じますね。ほら、ファーストストライクでバントを決めましたよ。スムーズに送りバントを決めると攻撃のリズムが生まれますよね」

 

 積極的なシフトは取らずにストライクからボールになるスライダーでファールゾーンへと転がさせてカウントを稼ぐのを狙ったバッテリーだったが、見送られて1ボール0ストライク。一転してインコースを突いたストレートをピッチャー前に勢いを殺して転がされ、送りバントが成功し1アウト二塁となっていた。

 

(そんな伝統に変化が訪れたのは大咲さんが入ってからだった。そして彼女は女子野球そのものを定期的にアピールしている。これらを考えれば……あのトリックプレーの意味を察することが出来るわ。……もっとも、理由は一つじゃないかもしれないけどね)

 

 レナがぽつりと漏らした言葉に界皇高校の面々が反応する中、グラウンドでは右打席に7番バッターが入っていき、明條がチャンスの場面を迎えていた。

 

(得点が動いた回のすぐ後は試合が動きやすいとはいえ、折角逆転したところで点を返されたら相手に追いつく希望を与えてしまう。ここは抑えきらないと)

 

(このバッターはさっきは追い込んでからカーブを打ち上げさせた。ここは初球カーブを外に外して、今度は見せ球として使いましょう。手を出してくれたら儲け物ね)

 

(分かったわ)

 

(さっき打たされたカーブ。バットが下に入りすぎたけどタイミングは合ってたんだ。狙うぞ!)

 

 そしてそのバッターへの初球。投じられたカーブにタイミングを合わせたバッターは前足を踏み込んだ。

 

(外れてる!? ……止まんない。そのままいけっ!)

 

(よし。バットの先!)

 

(……! いや、振り切られた分嫌なところにいってるわ)

 

 アウトコースに外れたカーブにバットが振り切られると打球はライト方向へとフライ性の当たりで放たれていた。

 

「……セカンド!」

 

「逢坂さん! 私、飛び込むからフォローお願い!」

 

「わ、分かったわ!」

 

(これは……さっきの回も似たような打球があった! 茜ちゃんはボールからこれくらい下がった位置に……でも、もう少し前にいれば智恵ちゃんが捕れなかった時にボールの上がりっぱなを捕れるような。……いや、ここは茜ちゃんの動きを参考にする!)

 

 河北が打球を見上げるようにして追いかけ続けていると、逢坂は宇喜多のイメージと自身を重ねるように落下地点より余裕を持って後ろに位置取った。

 

「あっ!?」

 

「……!?」

 

 この打球が落ちてきたところに河北がダイビングキャッチを試みると惜しくもミットの中には収まらず、先に掠るような形となり、ボールの軌道が変わった。

 

(……そっか。突っ込みすぎてたら、このボールに対処出来ない!)

 

 急に変わった軌道に対して逢坂は驚きはしたが、大きく跳ねた打球が落ちてきたところを難なく収めていた。その間にハーフリードを取っていた二塁ランナーが三塁へと進み、バッターランナーは一塁ベースを少し回ったところで止まっていると、逢坂は前進していたこともありそのまま内野までやってくる。すると三塁への送球が逸れたら二塁へと進もうとしていた一塁ランナーも戻っていき、東雲にボールが投げ渡された。

 

「惜しかったわよ智恵ちゃん!」

 

「さっきより良いスタートが切れたのに、あとちょっと……! ……でも、フォローありがとう!」

 

(……正直、ベンチから見てる分にはなんてことのないプレーに見えてたわ。けどこうして茜ちゃんのプレーを追ってると感じる……。一つ一つ丁寧に対応してるんだって)

 

 逢坂はダイビングキャッチで際どいボールを捕球したりなどは凄いプレーだと感じていたが、普通にこなされている守備を見ても凄いと感じたことはほとんど無かった。派手でほとんど起こらないビッグプレーに対して、それらの守備は1試合中幾度となく行われているため、なんとなく自身も“普通”にやれば出来るものだとどこか思っていた。

 

(……もっと知りたい。茜ちゃんが、みんなが、何を考えて……どう動いてるのか)

 

 今のプレーはスタンドから見て歓声が湧くようなビッグプレーでは無かった。しかし、逢坂はそんなプレーに胸が高鳴っていくのを感じていた。

 

(こちらにミスは出ていない。それだけに……嫌な流れね。1アウトランナー一塁三塁。確実に送りバントでランナーを進めてきたなら、考えるべきは……スクイズ)

 

(恐らく東雲さんも同じ考えね。ここは1点返しつつ、一塁ランナーを二塁へと進めてもうワンヒットで追加点が狙えるスクイズはありの場面。けど3点差……極端な前進守備を敷くのは躊躇われるわ)

 

(きゃ、キャプテン。す、スクイズなんて無理ですよ……! そんな小技がいけるなら2番から8番に落とされなかったし……)

 

 里ヶ浜バッテリーがスクイズを警戒する中、左打席の前でベンチからの指示を待つ8番バッターはスクイズのサインが出されるのではないかと内心焦っていた。

 

(……げっ! そ、そのサインは……)

 

 そしてサインを受けたバッターは顔を引きつらせるとヒッティングの構えを取らず、バントの構えを取った。

 

(最初から構えた? ……明條はこの試合多くのトリックプレーを仕掛けている。この構えで警戒させることで、ボールカウントを悪くさせる狙い……かもしれないわね。あるいはこのままスクイズもあり得る。……こうしましょう)

 

(インハイのストライクゾーンにストレート。……相手が何を仕掛けても打ち上げさせれば、ランナーを走らせる作戦を封じることは出来る。……ここは貴女の判断に委ねてみるわ)

 

 極端な前進守備を取らずに里ヶ浜は中間守備を選択した。そんな中、サインの交換が終えられると東雲がセットポジションに入った。すると東雲が一度プレートを外してから一塁へと牽制を行う。

 

「セーフ!」

 

「東雲さん! ナイケン!」

 

(まず一試合に2回のフォースボークは有り得ない。ただあれのせいでプレートに足をつけたままの牽制はやりづらくなってしまった。とはいえ3回のように無警戒も危険すぎる。ここは牽制死は狙いづらくなるけど、プレートを外した牽制で一塁ランナーの動きを抑えましょう)

 

 ボールを投げ返された東雲は再びセットポジションに入ると今度は長い間を挟んでいた。そして投げる直前一瞬三塁ランナーに目を向けてから、クイックモーションへと入った。

 

「ランナースタート!」

 

「走ったのだ!」

 

(スクイズ! 打ち上げなさい……!)

 

 翼と阿佐田の声が響くと、一塁ランナーと三塁ランナーが走り出していた。右投手の東雲は三塁ランナーの動きが目に入りながらも、鈴木の要求通りインハイのストライクゾーンへと力のあるストレートを投げ込む。するとバッターはそのままバントの構えを崩さなかった。

 

(……! これは!)

 

 投じられたボールとバットが縦に並んだ瞬間、鈴木はチャンスだと感じ取った。そして次の瞬間、ボールはバットの上を通過するようにして鈴木のキャッチャーミットに収まった。

 

「ストライク!」

 

(挟殺プレーに持ち込める!)

 

 ボールを捕った鈴木はすぐさま三塁へと足を向けた。

 

「こっち!」

 

「えっ!?」

 

 すると三塁ランナーはボールがキャッチャーミットに届く前からホームに背を向けており、鈴木は三塁への送球は間に合わないと感じると新田の声に反応するように足の向きを二塁へと戻して送球を行った。するとベース前でワンバウンドした送球が新田のミットへと収まり、スライディングで滑り込んできたランナーにタッチが行われる。

 

「……セーフ!」

 

(や、やられた……! これは偽装スクイズ! スクイズ失敗と思い込ませることで、その間に一塁ランナーを進塁させるトリックプレー……!)

 

(くっ。サードランナーはしのくもが投げるのに合わせて数歩ダッシュしただけだったのだ……)

 

 三塁を確認したロスが響き、判定はセーフ。この回堅実にランナーを進めた明條のスクイズを警戒していた鈴木はその裏をかかれたことにショックを受けていた。

 

「どんまい! 今のは仕方ないよ! まだ点入ってないよー! 切り替えていこう!」

 

「そうね。新田さん、ボールを」

 

「う、うん! 頼んだ!」

 

(……ピッチャーが引きずってないのよ。私が足を引っ張るわけにはいかない。……ここからは相手の策を全部警戒するつもりで……! 3点差……満塁策で同点のランナーを出すわけにはいかないわ。ここは……)

 

 明條の作戦がはまり、1アウトランナー二塁三塁。3点のリードでこのピンチを迎えた里ヶ浜。点差、打順、ボールカウント、それらの情報を踏まえて鈴木はどうするべきか考え込むのだった——。

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