秋大会2回戦。明條学園対里ヶ浜高校の試合も中盤に差し掛かり、4回の表。スコアは1-4となり、3点のリードを得た里ヶ浜だったが、偽装スクイズにより一塁ランナーの進塁を許し1アウトランナー二塁三塁のピンチを迎えていた。
「鈴木さん、悩んでいますね……。難しい判断を要求されているみたいですね」
「そうね……。ここは悩みどころだと思うわ。どの選択を取っても、絶対は無いもの」
考え込む鈴木を里ヶ浜ベンチから心配そうに初瀬が見つめていると、そんな彼女と話しながら近藤は自分がグラウンドに立っているつもりで自分ならどうするか考えていた。
(前までの私なら目の前の失点を防ぐための前進守備しか頭に無かったけれど、鈴木さんとの差に向き合った今は彼女の考えていることが少し分かるようになったわ。2点目をあげたくは無いけど、3点のリードを考えればより取られたくないのは3点目だと考えてるのね。……それを踏まえた上で私なら、どうするかな。ゴロでの進塁を考えて前進守備を敷くと強打に対応しづらくなって、しかも河北さんと美奈子が二塁から離れる必要があるから——)
(——セカンドランナーがリードを広げやすくなるため、単打を打たれた場合3点目が入りやすくなってしまう。……決めたわ!)
「里ヶ浜、外野はやや前に、内野は定位置に着きました! 0ボール1ストライクの場面、次の一球に注目が集まります!」
(そーきたか。さてと、さっきはスクイズ得意じゃないのにそのフリなんてさせられたけど今度は…………へぇ。りょーかいっと)
中間守備を取っていた内野が一塁ランナーの進塁を受けて定位置へと戻っていく様を確認してからベンチからのサインを受け取った8番バッターはヘルメットのつばを掴むとピッチャーの方へと振り向き直し、バットを構えた。
(けど簡単に点をやるつもりはないわ。まだスクイズの可能性は残ってる。この守備位置ならピッチャーの正面にさえ転がらなければランナーは還れるもの。仕掛けてくるとしたら追い込まれる前、スリーバントは避けてくるはずよ)
(……そうね。ここは慎重に行きましょう)
鈴木からサインを送られた東雲はその意図を汲み取りながら頷くと、セットポジションに入り、三塁ランナーの方に目をやった。対する三塁ランナーはそれとなく三塁ベースに近づいて牽制死を狙う阿佐田を警戒しながら、リードを少し取っていく。
(スタートは切らず、転がったコースで三塁ランナーの判断に任せるセーフティスクイズも視野に入れた方がいいわね。だからこそここは……一球外す!)
「ボール!」
(動きは無しか……)
外の高めに大きく外されたボールはランナー・バッター共に動きを見せずに見送られ、1ボール1ストライクとなった。
(……セーフティスクイズだとしてもバッターはバントの構えに移る、少なくともその素振りはあるはず。スクイズは無い? ……いや、決めつけるのはまだ早いわ)
(もう一球外すのね)
「ボール!」
(また外してきたかぁ。これで2ボール1ストライク、次は入れてくるかな)
続けて同じようなコースに外されたボールはリプレイのように見送られると、鈴木はボールを投げ返しながら大した動きも見せずに見送ったバッターの様子を窺った。
(……もしかしてこちらがボールカウントを悪くするのを待ってる? 3ボールになれば、心理的にストライクを取りたくなる。そこを狙っているのかもしれないわ。次はストライクを取りましょう)
(膝下に……スライダー)
(三塁ランナーを還す手として犠牲フライを狙っている可能性もあるわ。ストレートだと思って振れば、伸びのない打球にさせられるはずよ)
(……分かったわ。それで行きましょう。……ふぅ)
1ボール2ストライクになり4球目。ストライクを要求するサインに心臓の鳴るペースが早くなっていく感覚を覚えた東雲は小さく息を吐き出してからセットポジションに入ると、時間をかけて丁寧にストレートの握りをしてから人差し指と中指をボールの外側にずらし、ボールを投じた。
(よし。コントロールしきれた!)
(入ってる!)
(振ってきた……!)
クイックでの変化球のコントロールがばらつき不安を抱いていた東雲だったが、投じられたボールは要求通りインコース低めのストライクゾーンへとコントロールされていた。するとこのボールにバッターは身体を開き、スイングの始動に入っていた。
(……! 横に叩くようなスイング! 犠牲フライ狙いじゃない!?)
(そんなに厳しいストレートじゃない。もらった!)
スイングに入り膝下に投じられたボールから目を切ったバッターは追っていた軌道の延長を予測してバットを振り切った。
(んがっ!?)
振り切られたバットからキュイン、と金属音が鳴ると打ち返された打球はファーストに向かって弱い勢いで転がっていく。
(だあっ! スライダーだった?)
「ゴー!」
(走ってきた! タイミングは…………!)
三塁コーチャーの指示で三塁ランナーがスタートを切ったのに気づいた鈴木は前にダッシュしてくる翼と三塁ランナーを見比べるようにして指示を送った。
「……翼! ホームは間に合わないわ!」
「……! 分かったよ!」
打球の勢いが弱く、定位置で構えていた翼が捕球するには時間がかかると判断した鈴木は頭の上で腕をクロスさせてバツを作りホームへの送球を止めさせた。その指示を受けた翼は腰を落としてボールをミットで拾い上げるように捕ると横を通り抜けようとするバッターランナーに直接タッチしてアウトを取った。
「ホームイン!」
しかしその間に三塁ランナーがホームを踏み、明條に2点目が入った。
(……出来ればヒットで繋ぎたかったけど、まぁ最低限か。それにしてもここで一転してフリーのサインとはね。色々仕掛けたから相手が警戒しすぎるところを突ければってところか。私が小技苦手なのもあるだろうけどねぇ)
(くっ……。前進守備なら……)
タッチされたバッターランナーは塁上にいたランナーがそれぞれ進塁したことを確認してホッと一息つくとベンチへと帰っていく。点差を2に縮め、明條ベンチは息を吹き返したかのように盛り上がっており、そんな相手を見て鈴木は自分の選択に臍を噛んでいた。
(和香ちゃん……)
「タイムお願いします」
「タイム!」
そんな鈴木に気づいた翼が2回目の守備のタイムを取ると里ヶ浜内野陣がマウンドへと集まっていく。
「……難しいな。キャッチャーって」
(今まで見たり、体験してきたほとんどの試合でもそうだったわ。キャッチャーの判断次第で同じ打球でも結果はがらりと変わってしまうことがある。……それがキャッチャーの難しさであり、そして責任でもあるのね)
今目の前で起きたプレーだけでなく、明條との練習試合で相手キャッチャーが前進守備を取らなかった結果、ゲッツー崩れの1点が入ったことや、先の高波戦で相手キャッチャーが外野を前に出した結果、岩城の当たりが長打になったこと、そして自分や鈴木の判断で起きてきたことを思い返した近藤は改めてキャッチャーに求められることの重大さを感じていた。
「ごめんなさい。慎重になりすぎたわ……」
「そんな……和香ちゃんだけのせいじゃないよ!」
「そうよ。一人で責任を感じないでちょうだい。全員が貴女に同意して選んだ結果よ」
「二人とも……」
「それに確かに点を取られたけど、打てる手は打った上での失点だもの。あのバッターには先ほどアウトローのストレートを捉えられてレフト前ヒットにされていた。強打を考えれば内野を前に出しづらいし、インコースの変化球で勝負する判断も納得出来た」
「ほえー……外したりしてスクイズ読んだりしてるのは分かったけど、そんな所まで気配ってたんだ」
「そう……みたいだね」
僅かな間で色々な情報を鑑みて作戦を立てていた鈴木に新田と河北が驚いていると、タイムの時間が残り少ないことに気づいた東雲が翼に視線を送り、翼の「ここで切ろう!」という掛け声に皆が応じてタイムが終えられた。
(……そうね。偽装スクイズに気付かなかったことで気負い過ぎていたわ。私1人で試合が決まるわけじゃないのに。……東雲さん、初球は……)
(カーブは良いけど、内の低めに外すんじゃなく……)
(ん……なら、外の低めに。……ストライクゾーンへ入れてみましょうか)
(それが良いわ。さっきの打席を見るにこのバッターはストレートに絞っているように思えた。1年生の9番バッター、変化球を打つ技術に自信がない可能性は十分に……ある!)
サインの交換が終えられると右打席に入った9番バッターに対して1球目が投じられる。弧を描いて真ん中から外低めへと曲がっていくカーブにバッターの足が止まると、鈴木は僅かに要求より外へと外れたこのボールをミットに収めた。
「……ストライク!」
(良いとこに決まったわね。……もう一球、同じ球を。バッターは完全にタイミングを外されていたわ)
(追い込まれるまではストレートに狙いを絞って……えっ!)
「ストライク!」
続けて投じられたカーブにバッターの足が再び止まるとアウトローに構えられた鈴木のミットに収まり、2ストライクとなった。
(変化球を続けてゾーンに入れてきたか)
(……! そのサインは、次も変化球で来るってことですか? うう……なら、とにかくタイミングを合わせないと)
キャプテンからのサインを受け取ったバッターに3球目が投じられる。
(……! ストレート!?)
「ボール!」
(慌てて3球勝負に出ることは無いわ。前にそれで痛い目にあったこともあるしね。ここはセオリー通り、内に速い球を見せてから……)
(う……カーブ……!)
内へ外されたストレートが見送られ、4球目。今度は外の低めへとカーブが曲がっていくと、低めに外れてるかどうか際どいこのボールにバッターは食らいつくようにバットを出した。
「ショート!」
「オッケー!」
(あ、合わせただけ……!)
(けどもたつけば還れる……!)
緩いカーブに合わせるようにして放たれた打球はショートへのゴロ。三塁ランナーがスタートを切る中、打球に反応した新田が前へと出て行く。
(こーいうのはミットで突いちゃったりしやすい。だからまずはしっかり捕って……足の向きちゃんと変えて……投げる!)
ダッシュして打球に近づいた新田は打球の前で減速して腰を落とすとミットに力を込めて掴むように捕球してから足の向きをファーストへと向け、送球を行った。
一塁を駆け抜けようとする全力疾走を左側に感じながら、翼は少し高くなった送球に合わせるようにしてボールを受け取ると、一塁審判の判定が響いた。
「アウト!」
(やられた……!)
「新田さん! ナイスフィールディング!」
「へへーん! そうでしょそうでしょ!」
バッターランナーの一塁到達より余裕を持って送球が届き、3アウトチェンジ。このイニングでの2失点は避ける形で、里ヶ浜は明條の攻撃を退けたのだった。
もう1点に期待を乗せていた明條ベンチからは嘆息が漏れ出ると、大咲が手を叩いた。
「1点返したんだから、悪くないわよ! それより切り替えて! この回点取られたら意味ないんだから!」
「そ、そうだね……! 分かったよ」
大咲の言葉を受け、戻ってきたバッターランナーも含めて皆が守備への士気を高めていく。
「先輩たちも! 早くいきましょう!」
「あ、ごめんごめん。すぐ行くわ」
「もー、キャプテンがいないと投球練習出来ないんですから急いでくださいね!」
打順が回ることを考慮して防具を外していたキャッチャーがそう答えると、エースはそんな彼女の防具の装着を手伝いながら話を続けた。
「それで、さっきの……クロスファイヤー投げる時にアタシたちのどっちかにクセがあるかもしれないって話だけど。アンタは長いことキャッチャーやってるけど、アタシはまだ始めて半年程度……クセがあるとしたら多分アタシよ」
「ん……そっか。じゃあそうだとして、次の攻撃の時にブルペンで確認しましょうか。……そうなら、私が絶対に見つけてみせるから」
「お願い」
やがて防具がつけられると2人ともグラウンドへと散っていき、投球練習が終えられ、4回の裏の攻撃が始まった。6番バッターとして新田が右打席へと入っていく。
(よーし。守備も良い感じにいけたし、ここはイケイケで打っちゃうよー!)
(1点取ったとはいえ、流れはまだあっちね。ここで点をやれば、せっかくの反撃ムードも鎮められてしまうわ。……負けるわけにはいかない)
マウンドに上がった大咲はスタンドからこの試合を映すテレビカメラへと一瞬目をやると、この放送を取り付けるまでに色々手を回して、ようやく枠を獲得したときのことを思い出していた。
「大咲くん。君がだいぶ前から動いていたこともあって、枠は取れたよ」
「ありがとうございます!」
「ただし……」
「……?」
「大会の放送を流すのは、君のチームが勝ち抜いている間だけだ」
「……! ……もし負けた時は?」
「君の番組、『大咲みよのタッチアップ☆フォーユー』の総集編を流したり……といったところだね」
「……なるほど。理由は……アタシたちの戦わない試合の放送枠が取れなかった理由と同じですね」
「そうだ。今人気急上昇中のアイドルグループ『タッチアップ』のセンターが出ている。その理由で視聴する者は十分いるだろうからね。事実、放送の無かった夏大会でも多くのファンが君の出る試合のみを目的にスタンドへと訪れていた」
「……ありがたいことです」
(ちっ。界皇や向月、小河原や帝陽レベルの試合を映せないと女子野球の凄さを伝えるには影響力が薄い……。けど、予測はしてた。どっちにせよ話題性が無ければ、広がるものも広がらない。そのための手は打ってある。その上で、一試合でも多く勝ち残る必要がある……!)
負けるわけにはいかない理由を思い出して奮起した大咲が投じたストレートに対し、新田の振り出したバットは下に入っていた。打球は打ち上がり、ゆっくりと落ちてくる。
「アウト!」
「むむむ……打てると思ったんだけどなー」
セカンドフライに打ち取られた新田は悔しそうにベンチへと戻っていくと、その途中で河北へと話しかけていた。
「あのさ。最初に投げてた人は上から下にボールが来る感じだったじゃん?」
「そうだったね」
「でもさ今投げてる人ちょっとちっちゃいし、投げるとこも低い気がするからさ。なんかこう、下から上にグンって伸びてくる感じがする。しかもさっきの人は右から左に来る感じだったけど、それも逆になっててめちゃ打ちづらいよ」
「……! そっか、参考になったよ。行ってくる!」
(ボールは先発の人より遅いと思ってたけど、そっか……なにも考えずにいくと最初に投げてた人との違いでやられちゃうんだ。左右も上下も反転してるイメージでいこう!)
新田のアドバイスを聞き入れた河北が右打席へと入っていく。すると地面をならす間、一瞬ベンチの宇喜多へと視線を向けた。
(宇喜多さん。夏大会で、私たちだけスタメンから外されちゃったよね。悔しかったよね。だから、今日の試合2人ともスタメンに選ばれたことが凄く嬉しかったんだ。あの時、腐らなかったから今があるんだって思えたから。……宇喜多さんは結果を残した。私もただ選ばれただけじゃなく、結果に繋げたい!)
そしてピッチャーの方へと視線を戻すと気合いを入れてバットが構えられた。
初球として投じられたストレートが真ん中高めに外れると、浮き上がるような感覚を意識していた河北はこれを見送り、2球目。投じられたスローカーブがアウトローへと曲がっていくと、これに河北は合わせてライト線へと打球を放った。
「ファール!」
(うう。惜しい!)
(スローカーブに合わせてきたか……)
打球はファールゾーンでバウンドしたが、しっかりミートされたことに警戒感を強めながらキャッチャーが次のサインを送ると、3球目が投じられた。
「ボール!」
(ちょっとボールが上ずってる。リズムを崩しかけてるのかも。こういう時は変化球で力を抜かせるのが一番ね)
アウトハイに投じられたストレートは高めに外れ、4球目。インコースのボールゾーンから切れ込むようにスローカーブが曲がっていくと、河北はこれをバットを止めて見送った。
「……ボール!」
(よし! しっかりボールが追えてる……!)
(少し低めに外れたか……)
3ボール1ストライクとなり、5球目。アウトコース真ん中にストレートが投じられる。
(入ってる!)
「ストライク!」
(うっ。振り遅れた……!)
ストライクゾーンへと投じられたストレートにバットを振り出した河北だったが、スローカーブとの緩急差で振り遅れていた。
(これで決める!)
(食らいつくんだ!)
振り遅れないよう河北がバットを短く握り直すと6球目が投じられた。ボールは大咲が得意とするインハイへのストレート。
(際どい!)
このボールに合わせるようにバットが振り出されると、ボールの下を掠るように当たり、スピードの乗った低い弾道の打球はバックネット下のフェンスへと当たった。
「ファール!」
(これでいい……まずは振り遅れないようにするんだ!)
(くっ、渾身のストレートを……ならこれでどう!?)
(……! スローカーブ!)
7球目として投じられたのはスローカーブ。これがアウトコース低めへと緩やかに変化していくと、河北はバットを振り出したが、途中でそのスイングを止めにいった。
(外に外れてる!)
「……ボール!」
(なっ!)
「スイング!」
アウトコース低めに投じられたスローカーブは僅かに外に外れていた。球審からボールのコールが上がると、キャッチャーの主張で一塁審判へとスイングの確認が行われ、コールが響いた。
「ノースイング!」
「選びました! 里ヶ浜、1アウトからフォアボールでランナーが出ました!」
(やった……!)
ノースイングの判定に心臓がドクン、と跳ねるような感覚を覚えた河北はゆっくりと一塁へと歩いていく。そして一塁ベースを踏みしめると込み上げてくる気持ちを示すように拳を強く握っていた。
「ともっちー! ナイセン!」
「河北さん……! な、ナイセン……!」
公式戦での初めての出塁に喜ぶ河北にベンチから声援が送られ、河北は花がパァッと咲いたような笑顔を見せたのだった。
(くー、粘りやがってぇ……!)
「みよ、切り替えて!」
「分かってます!」
1アウトランナー一塁になり、右打席には鈴木が入ってくる。すると鈴木はバントの構えを取った。
(得点圏にランナーを送れれば、次は逢坂さん。ここは黒子に徹する!)
(……ボールに力はあるのよね。なら、もう一回得意のインハイに投げ込んできなさい!)
(はい!)
そして1球目が投じられると、コースはインコースの高めのストライクゾーン。このボールにバットが合わされると、軽い金属音と共に打球は上げられた。
「ピッチャー!」
(くっ、上げてしまった。けど勢いは抑えた……!)
(捕れる!)
(うっ、まさか……捕る!?)
ピッチャー前に上げられた打球は勢いが殺されていたが、大咲はこの打球の落ち際へと飛び込んでいた。
「バック!」
「……!」
「アウト!」
(うっ、進められなかった……。……!)
「はっ!」
ダイビングキャッチを刊行した大咲は体勢を大きく崩していたが、万全でないにしろすぐに送球体勢へと移り、ワンバウンド送球を行なっていた。
「……セーフ!」
(あ、危なかった……)
初瀬の指示を受けて塁に戻っていた河北は間一髪のタイミングで戻ることができ、危うくダブルプレーに取られかけたことに冷や汗をかいていた。
(これよ……。みよが最初に野球部に入った時、なんて生意気な1年生なんだろうって思った。けど口だけじゃない、そんなみよのプレーに魅入られちゃったのよね……)
見事な身のこなしに味方であるキャプテンも目を見開いていると、大咲はセーフの判定に僅かに眉をひそめながらも指で2の形を作り、「ツーアウト!」と周りに声をかけていた。
「ランナーは進まず、2アウトランナー一塁。打席には先ほど守備交代で入った逢坂選手が入ります!」
(来たわね。……前の試合はアンタを意識しすぎて崩れた。あくまで頭は冷静に、けど心は熱く……!)
(……さっきから大黒谷を見ていると、なんか……心の奥から気持ちが湧き出てくるような感じがするわ。……これは……この気持ちは……なんだっていうのよ。……羨ましい、ような気がする……)
右打席へと入ってくる逢坂に大咲は闘志を燃やしながら、努めて意識しすぎないようにしていると、対する逢坂は地面をならしながら向かい合う大咲に対して羨望の感情が湧き出てくるような感覚に陥っていた。
(……ええい! 今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。ダブルプレーにならなかったから、まだ智恵ちゃんは塁に残ってるのよ。絶対に打つ!)
考え込む自分を振り払うように首を二度大きく横に振った逢坂は地面を力強く踏みしめると、対峙する大咲の目を見つめてバットを構えたのだった。