皆で綴る物語   作:ゾネサー

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一度後ろを向いて、前を向いて

(外野フライとはいえ……我ながらよく打ち返せたわ。ストレートに絞ってたのと、クイックで投げて球速が普段より落ちたみたいだから前で捌けたわね。……みよがタッチアップで二塁に進んだし、単打で還しにくくするためにここもクイックで来る。仕留めておきたいところね……)

 

「お帰り!」

 

「ナイス犠牲フライ!」

 

「……ありがと」

 

 同点に追いつく犠牲フライを放ったエースがマウンドに立つ野崎を見つめながら戻っていくと、スタンドから沸き立つ大歓声に驚いてからベンチへと入っていった。

 ベンチに入った途端、待望の4点目に喜びを露わにする仲間に囲まれ称賛の嵐に襲われると、彼女は真っ直ぐな賛辞にはにかんだ様子を見せた後、微笑みを零していた。

 

「盛り上がってるところごめんね。すぐブルペンに来てちょうだい」

 

「ん……分かった」

 

 キャプテンが急いだ様子で囲いの外から話しかけてくると、その意図を察したエースはヘルメットとバットをしまい、彼女からミットを受け取ってブルペンへと向かっていった。

 

(……マウンドに上がっていきなり点を取られたのは、正直悔しいです。ですが……反省は試合の後にしましょう。今は、目の前のことに向き合わないと……!)

 

 一方マウンドに立つ野崎はリリース直後に犠牲フライを放たれ、同点に追いつかれてしまったことにショックを隠せない様子だったが、東雲に声をかけられてハッとすると、帽子を被りなおして気を引き締め直し、右打席へと入ってくる6番バッターへと目を向けていた。

 

「2アウトになりましたが、なおもランナー二塁。勢い乗ってこのまま明條が勝ち越し点を挙げるか? それとも里ヶ浜が同点で踏ん張るか? 目が離せません!」

 

(思えばここと練習試合をした時もみよが初回にスリーランを打ったのに、結局4点目を入れられなかった。高波との試合から続いていた4点目の枷が、私たちの限界を決めるように妨げになって今まで続いていたんだ。けど、その枷は外された! 私も続いてみせる……!)

 

(……まずい流れね。ここでの勝ち越し点は渡してはいけない1点だわ)

 

(……! ここで……外野を前に出すのね)

 

 里ヶ浜ベンチからこのピンチを見守る近藤はここまで後退守備が続いていた外野が鈴木の指示で前に出てくるのを目にしていた。

 

(試合そのものに出れなくても……試合から学ぶことって多いな。その一つ一つをここから応援しながら、一つでも多く学んでいかなきゃ)

 

 そんなことを考えながら近藤は岩城を始めとして声を出す周りの皆に負けないくらいの声量でグラウンドに声援を送った。

 

「野崎さん。2アウトです! バッター集中で、ここで切りましょう!」

 

(はい……! お2人に付き合っていただいて、新しく投げ込めるようになった……このボールで!)

 

(このピッチャーのストレートに振りまけないよう、気持ち早く……!?)

 

 近藤からの声援を受けた野崎はセットポジションからクイックモーションへと入り、ボールを投じた。野崎の速球に振り遅れないよう踏み込んだバッターがこのボールにバットを振り出すと、開いた身体の前を通過しようとするバットのかなり先にあるボールへ腕を伸ばすようにして上体が突っ込む形でバットは空を切っていた。

 

「ストライク!」

 

(しょ、初球からチェンジアップか……!)

 

(よし。完全に体勢を崩せたわね。……野崎さん、次はここに)

 

(落ち着け……私たちは先発をこのサウスポーって予想してたんだ。打つイメージを一番固めてたピッチャーだ。練習試合で変化量の大きいこのチェンジアップを投げたのは最後の一球、高波との試合でも最後の一球しか投げてなかった。そうそう連投はしてこないはず!)

 

 インコース低めのストライクゾーンで構えられた鈴木のミットに遅い球速で山なりに落ちてきたパームボールが収められると、完全にタイミングを外した空振りを取れたことに鈴木は口角を上げていた。対するバッターは大きく空振ってしまったことに焦りを感じると、一度息を吐き出して間を挟んでからバットを構え直していた。そして鈴木から出されたサインに首を縦に振った野崎から2球目が投じられる。

 

(狙い通りストレートだ! 振り遅れるな……!)

 

 真ん中低めへと速いボールが向かってくるのを感じたバッターは今度こそと意気込んでバットを振り切った。するとバットはボールの上を潜り、キャッチャーミットが心地良い捕球音を鳴らす。

 

「ストライク!」

 

(2つ目の低めのサイン通り、ストライクゾーンに入れにいかないよう低めに投げられました……!)

 

(上手くボール球を振らせられたわね)

 

(しまった! 低めに外れてたか! 速球に振り遅れないようにと始動を早めたから、見極めが甘くなったんだ……。……まずいな、追い込まれた。何で来る? 1球遊ぶのか、それとも3球勝負か? 球種は……? くっ、練習試合の時は選択肢がストレートだけだったから、タイミングを合わせることだけに集中出来たってのに……)

 

(バットを短く持ち直したわね。スタンスも心なしか狭くなったわ。……3球目はここにお願い)

 

(分かりました!)

 

 低めギリギリを狙うイメージで投じられたストレートはボール2個分低く外れていたが、バッターはこのボールに手を出しストライクとなっていた。0ボール2ストライクとなりここまでバットに当てられていないことからバッターは空振り三振を頭によぎらせながらバットを構え直すと、鈴木はそんなバッターのことを観察しながら次のサインを送った。そのサインに頷いた野崎から3球目が投じられる。

 

(うおっ!?)

 

 インハイへと投じられたストレートはコースは僅かに内に外れ、かつ高めに外れており、このボールをバッターは身体を引きながら見送った。

 

「ボール!」

 

「良いボール来てるわよ!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

(くっ、速いな。今のは振らせるつもりで投げたのか? それとも見せ球なのか? ……簡単にこのチャンスを潰すわけにはいかない。どんなボールでも食らいつくぞ!)

 

(……! 1ボール2ストライクから……ストライクを要求するサイン、ですか……! 際どいところをついていくという手もありますが……)

 

(下手にボール球を多くして相手にボールに慣れさせることはないわ。コントロールが武器の倉敷先輩なら丁寧にコースを突く選択も十分あるけど、あなたにはあなたの強みがある)

 

(……行きます!)

 

 1ボール2ストライクとなり、4球目。出されたサインに僅かに戸惑いを覚えた野崎だったが、その首を縦に振ると一度二塁ランナーの大咲の方に目をやってから投球姿勢へと入った。

 

(早く振りすぎるな……。……! ストレート! この、コースは……!)

 

 足が踏み込まれボールが投じられると、このボールに対してバッターは始動を溜めた分を補うようにコンパクトにバットを振り出していた。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(アウトロー……!)

 

(や、やりました……!)

 

 アウトコース低め、やや中に入った大雑把なゾーンに投じられたストレートに短く持たれたバットが泳いだ体勢で振られると、バットの先を通過していったボールは軌道に合わせるように調節された鈴木のミットに収まっていた。

 ピンチを切り抜けられたことに野崎は小さく拳を握ると、3アウト目が成立したことで皆と共にベンチへと帰っていく。

 

「チェンジアップは結局最初の一球だけやったねー」

 

「最後チェンジアップで勝負する選択肢もあったはずだけど、あくまでストレート勝負で来たか。バッターの遅いボールへの意識を突いた良い配球だな」

 

「ストレートそのものにも自信がありそうやねー」

 

 スタンドから見守る大和田と相良が話している間に攻守が交代し、5回の裏の里ヶ浜の攻撃が始まった。先頭バッターとして右打席に入った阿佐田は投じられた初球にフルスイングで応じる。

 

「ストライク!」

 

(随分大きく空振ったわね……ストレート待ちだった?)

 

(……怪しい。バットの振りが大袈裟すぎる)

 

 真ん中から逃げていくスローカーブに対してフルスイングで大きく空振りした阿佐田に、キャッチャーからボールを投げ渡されたマウンド上の大咲は訝しんでいた。

 

(……先輩、続けてスローカーブを投げたらバッターの思う壺です。今のはスローカーブを待ってないと思わせるために、わざと大きく空振ったんです)

 

(首を振ったのだ。なら……)

 

(……! ストレートにタイミングが合ってる!?)

 

 ——キイィィィン。インハイに投じられたストレートが打ち返されるとライナー性の打球がサードの頭上を越えていく。打球はバウンドすると勢いよく転がっていき、レフトのミットに収められると、それを見た阿佐田は一塁を少し回ったところでブレーキをかけて一塁へと戻っていく。

 

(ふふふ、なのだ。さっき塁に出た時のプレーであのアイドルの演技力があおいを上回ってるのは分かったのだ。ならそれを踏まえて読み合えばいいのだ。あおいは勝負師として演技力で負けてても、駆け引きで勝てればそれでいいのだ)

 

(くそ……やられたわ。今のは誘われていた……!)

 

(それに先発との違いで戸惑いがちだけど、このピッチャーは野手上がりってこともあってボールの質はやっぱり先発と比べると劣るのだ。つばさかしのくもなら、きっと捉えてくれるのだ。だからここは……)

 

 ベンチから一斉に飛ばされた「ナイバッチー!」という掛け声を聞いて嬉しそうにしながら阿佐田は大咲の方を見ると、やがて決心したように右打席の前で立つ九十九にサインを送った。

 

(送りバントか。あおいにしては堅実な手だが、次の1点の重要性を考えれば妥当な作戦だろうね)

 

(バントか……。内野、前に。ここはやらせたくないわよ)

 

 サインを確認し右打席へと入った九十九がバントの構えを取ると、明條内野陣がバントを警戒して前へと出るシフトを取った。

 

(先発と違ってこのピッチャーは下から上へと伸びるようなイメージで備えよう。そして恐らくコースは鈴木さんに投じた……インハイだ。まずは上げないよう……!)

 

 投じられたインハイのストレートにバットが合わされるとコン、という音と共にボールがフェアグラウンドへと転がった。

 

(二塁で……!)

 

「みよ、無理よ! 一塁に!」

 

「うっ。は、はい!」

 

 打球はピッチャーの前に転がったが勢いがしっかり殺されており、二塁で刺そうとした大咲だったが、キャッチャーの指示で一塁への送球が行われるとバッターランナーの九十九はアウトになり、1アウトランナー二塁となった。

 

「九十九〜。ご苦労様なのだー」

 

(……あおい。ご苦労様は目下の者への労いの言葉だよ。後で説明しておかないと……)

 

「ナイスバントです!」

 

「後はお願いします」

 

「はい! ……!」

 

「おっと。明條、ここでピッチャー交代のようです」

 

(うむむ……ここでエースをマウンドに戻してきたのだ)

 

 ピンチを迎えた明條はここで大咲をショートに下げ、ライトを守っていたエースを再びマウンドへと上げていた。その様子に目を見開いた翼は、投球練習が始まるとタイミングを取りながらプレーの再開を待った。

 

「ランナーが得点圏に進んだらエースをマウンドに戻すことにしていたのかもしれないわね」

 

「なるほど! そうかも……」

 

「あのピッチャーは一度マウンドから下ろしたとはいえ……今のところ外野へのヒットは私たちしか打てていないわ。このチャンスは逃したくない……。アウトローへのスローカーブとインコースへの厳しいストレート、先ほど私たちはその2つの決め球を狙い打ったけど、ここは早めに勝負しても良いかもしれないわね」

 

「分かったよ。……行ってくる!」

 

 ネクストサークルまでやってきた東雲と話しながら自分の中で狙いを定めた翼が右打席へと入っていく。

 

(九十九先輩によるとこのピッチャーは外の速球のコントロールが甘い。もし甘く入ったら、迷わず打ちに行こう! 区別しにくいシュートを投げてくるかもしれないから、無理に引っ張らず流し打ちで……変化量が小さいから金属バットの芯なら流せば問題なく打ち返せるはず!)

 

(一度マウンドから離れたからすぐに集中をし直すのは難しいわよね。ランナーもちょこまか動いているし、まずは外に一球外しましょう。振ってくれたら儲け物ね)

 

(分かった)

 

 塁上から揺さぶりをかける阿佐田を目にしたキャッチャーは外に際どく外すサインを送った。そのサインを了承したエースは大咲を警戒して足が止まった阿佐田を一瞥すると、クイックモーションに入りボールを投じた。

 

(……! しまっ……)

 

 外の際どいコースへと投じようとしたストレートが中に入り、そのことに気づいたバッテリーの背中に悪寒が走った。その次の瞬間、鋭い金属音がグラウンドを満たすように響き渡った。

 

「ら、ライト!」

 

(しまった……! 中途半端に際どいところ狙わせたのが裏目にでた……!)

 

(やった……! これは上手く捉えられた……!)

 

 フライ性の打球があっという間に内野を越えていくとこの打球を背にライトが走りながら下がっていく。

 

(3回のあの走塁……みよちゃんは庇ってくれたけど、あの時もう少しスムーズに出来ていれば、試合の流れは全然違ってたはずなんだ。けどもうあの時には戻れない……だから、今この瞬間に……!)

 

「……! 阿佐田先輩、バックです! タッチアップに切り替えてください!」

 

「わ、分かったのだ!」

 

(えっ!?)

 

 この回から倉敷に代わり三塁コーチャーとして入った河北が指示を飛ばすとハーフリードを取っていた阿佐田が二塁へと戻っていく。走塁に集中していた翼はその指示に大きく驚いていた。

 

(……かかったわね。あの子の演技に)

 

 中継の位置取りをするセカンドの代わりに二塁のベースカバーに向かった大咲は、背走をやめて前へと向き直りミットを上に構えるライトに目をやると、打球がライトの位置まで来た瞬間、その構えをやめて再び背走を始める彼女の姿が映っていた。打球はライトの頭上を大きく越えたところでバウンドし、ワンバウンドでフェンスに当たって勢いよく跳ね返ってくる。

 

「えっ……。あっ、ゴー!」

 

「あっと! 映像を通して見る限りではライトを大きく越えていた打球でしたが、ランナーはスタートを切れていません!」

 

 河北は想定外のことに驚きながら阿佐田に指示を送ると、打球を見ていた阿佐田自身もしてやられたという表情を浮かべながら走り出した。やがて跳ね返ってきたボールが拾い上げられると中継のセカンドへと送球が行われた。

 

(……捕られると思って足を緩めてくれはしなかったか。ま、そりゃそうね……)

 

 全力疾走で走っていた翼は中継にボールが戻されたのとほぼ同時に二塁へと到達していた。その様子を見た大咲は頭の上でバツを作って二塁への送球をやめさせると、ボールを受け取ったセカンドはそのままホームへと送球を行った。

 

(うっ……これは無理なのだ)

 

 ほとんどタッチアップと同じ要領で走り出した阿佐田はホームへは突っ込むことが出来なかった。キャッチャーのミットにボールが届くと、三塁ベースを少し回ったところで様子を窺っていた阿佐田は三塁へと戻っていく。

 

「これは驚きの事態です! ランナー二塁からツーベースが放たれましたが、ランナーは還れず! どうやらライトが捕球体勢を取ったことで、捕れると思い込んだコーチャーがタッチアップの指示を送ったようです。ここに来て明條のトリックプレーが炸裂しました!」

 

(し、しまった……!)

 

 河北がライトの守備の意図に気づくとその顔が青ざめていく。

 

(さ、さっきの回で全て出来ることはやったと思って……まだ試合は終わってないのに、集中が切れちゃってたんだ。だからライトの体勢で誘導されて……選手としてはもうプレーに参加出来なくても、まだチームのためにやれることはあったのに……私のバカ!)

 

「ともっち。切り替えるのだ。確かに今のはやられたけど……チャンスは続いてるのだ。今みたいなことを繰り返さないためにも、ともっちもあおいもこれからのプレーに集中しなきゃなのだ」

 

「あ、阿佐田先輩……。……はい!」

 

 心情を察した阿佐田が自分自身への戒めも兼ねて三塁ベースを踏みながら河北に話しかけると、その言葉に河北は一度自分の頬を両手で挟むように叩き、はっきりと頷いた。

 

(……助かった。けど、今の一球はまずかったわ。中途半端なボールになった……なんのためにマウンドに帰ってきたのよ……!)

 

 キャッチャーからボールを投げ返されたエースは歯を噛みしめながら今の失投を悔いていた。

 

(……ランナー二塁三塁か。ここはあの子を一度落ち着かせる意味でも、守りやすくする意味でも……)

 

「キャッチャー、立ち上がりました。どうやらここは満塁策のようです」

 

「フォアボール!」

 

 続いて打席へと入った東雲に対し、明條バッテリーの選択は敬遠。はっきりと外されたボールが4球キャッチャーミットに届くと、東雲は一塁へと歩いていく。

 

(ま、満塁……!)

 

「さあ、1アウト満塁となり、打席には永井選手が入っていきます!」

 

 大きなチャンスの場面で打席が回ってきた永井は緊張した面持ちで右打席へと入っていった。

 

(かなかな。サインは……こうなのだ)

 

(こ、細かい指示ですね。犠牲フライ……ただし、狙いはインコースのストレート。……そうだ。このピッチャーにはクロスファイヤーを投げる時にリリースポイントが下がる癖があったんだよね)

 

(このピッチャーの決め球は高い精度で決まっちゃうと簡単には打ち返せないけど、かなかなのパワーなら来ると分かっていれば振りまけないはずなのだ)

 

(分かりました!)

 

 具体的な指示を送られたことでやるべきことがはっきりし、身体の硬さが取れていく感覚を覚えた永井はバットを構えた。

 

(さあ、落ち着いたよね。……頼んだわよ)

 

(……ああ。分かってる)

 

 明條バッテリーもサインの交換が終わり、エースがセットポジションに入った。走る緊張が静寂となってグラウンドを包み込んでいくと、その静寂を破るようにエースが投球姿勢へと入った。

 

(……! リリースポイントが下がった。インコースのストレート、打ち返すんだ!)

 

 ボールを投じる瞬間、リリースポイントが下がったことに気づいた永井はストレートのタイミングで踏み込むとバットを振り切った。すると、バットの先で捉えられた打球は高く打ち上がる。

 

「インフィールドフライ!」

 

「ああっと、インフィールドフライが宣告されました。永井選手の打球はセカンドフライです!」

 

(そ、そんな……タイミングはあったけど、ボールが中に入ってこなかった。外の……ストレート)

 

 高々と打ち上がった打球が落ちてくると、定位置から少し下り目に位置取ったセカンドが捕球する。

 

(……まさか。リリースポイントのこと……気づかれたのだ?)

 

(受けているだけじゃ気付きにくかったけど……ブルペンで横から見たらはっきりと分かったわ。クロスファイヤーの時だけ角度を意識しすぎて、リリースポイントが下がっちゃってるんだって)

 

(全く……アンタ本当に性格悪いわよね。ならアタシは意識して同じような高さで投げてみるって言ったのに、ただ直すだけじゃ旨味が無いって……わざとリリースポイントを下げて外に投げさせるなんてね)

 

(こんなのは一回やれば向こうも警戒するから、一回限りの策だけどね。出来ればゲッツーにさせたかったけど……振りを見るにフライを狙ってたのかな? 仕方ないか)

 

「——だからもう癖は当てにしない方がいいかも。うう……ごめんね」

 

「ドンマイドンマイ! 後は新田ちゃんにどーんと任せなさい」

 

 ランナーは変わらず満塁のまま、2アウトで新田が右打席へと入っていく。

 

(……こーなったら、狙いは一つ。甘く入ったら打つ。考えすぎも良くないっしょ。とにかくバットしっかり振って、タイミング合わせる! ……!)

 

 新田への初球として投じられたのはインコースへの厳しいストレート。リリースポイントが下がらずに投じられたボールに新田は手が出ずに見送った。

 

「……ボール!」

 

(ら、ラッキー……)

 

(悪くないけど、ちょっとボールがぎこちないな。小手先の感覚でリリースポイントの微調整をしてるんだ。リズムも乱れちゃうか……。……満塁だ。ボールカウントを悪くして押し出しはまずい。ここはシンプルにいきましょ)

 

(低めに全力投球……それだけ?)

 

(あなたの高低の角度がつくストレート、それが私たちのピッチングの軸よ。それを信じて投げ込んでちょうだい)

 

(……分かった)

 

 サインの交換が終えられ、2球目。低めを意識して投じられたストレートはアウトコース低め、やや中寄りへと向かっていた。追い込まれるまではバットが届くところに来るストレートに張っていた新田はバットを振り出す。するとバットはボールの上を捉え、弾き返した。打球は三遊間へと転がっていく。

 

(抜けてっ!)

 

(打球が速い! 届け……!)

 

 全ランナーがスタートを切る中、スピードの乗った打球に深い位置で大咲が飛びついた。するとミットの先で掴み取るようにボールが収められる。

 

(捕った!? けど、その体勢じゃ……あっ!? そ、そうだった……!)

 

 自身も経験したことのある体勢の悪さに一塁への送球は難しいと思った新田だったが、身体が大きく三塁方向に開いていた大咲は三塁へと送球を行っていた。翼がスライディングで三塁に滑り込んでいく中、判定が下された。

 

「アウト!」

 

 満塁であったためタッチプレーではなく翼が塁に触れるよりも一瞬でも早くベースを踏むサードに送球が届けばアウトになるフォースプレーであったことが災いし、際どいタイミングではあったがアウトの宣言が上がっていた。

 

(……あのバッター、練習試合の時も思ったけど結構器用にバットを合わせてくるのよね。それだけに勿体ないわ。練習試合でもインコースのボールを右方向に打ち返していたけど、右バッターの場合インコースは左に、アウトコースは右に打ち返す方が打球に伸びが生まれる。今のはアウトコースのを無理に引っ張ったから、ボールの伸びを失わせてしまっていたわね。だからみよが打球に追いつけた……あのバッター、もう少し広角に打ち分けられると嫌なバッターになるかも)

 

 満塁のピンチを凌いで安堵したキャプテンは一塁を駆け抜けて悔しがる新田を見ながらベンチへと帰っていった。

 攻守が交代し、6回の表の明條の攻撃は7番から。満塁のピンチを凌いだことで得点への意欲が高まっていた明條だったが……

 

(……! チェンジアップ!?)

 

 ストレートを軸とした配球で追い込まれた7番バッターへの決め球として投じられたパーム。ゾーンに入る甘いパームではあったが、完全にタイミングを外したボールになり、大きな空振りで三振に取られていた。

 

「明條は……ここにきて上位と下位の打力の差が明るみに出てきたな」

 

「今まではあの8番が打ってたから、打線の途切れを無くしてたけん。ばってん……」

 

 アウトハイのストレートに押されて打ち上がった打球はファールゾーンで構えた東雲のミットに収められ、2アウトになっていた。

 

(うー……サウスポーのボールだけはどうしても慣れないよぉ)

 

 左対左が里ヶ浜に有利に働き、8番バッターをサードへのファールフライに打ち取ると、続く9番打者は全力ストレートに振り遅れる形で空振り三振になり、明條の攻撃はあっさりと三者凡退で終了した。

 

(……この回、打席が回ってくる)

 

 6回の裏になり、7番に入った野崎が打席へと向かっていく中、ベンチでバッターとしての準備を進める逢坂は考え事をしていた。

 

(延長に入んなきゃ、これが最後の打席。……いや、延長がどうとかじゃなく、これが最後の打席だって思っといた方がいいわよね。……今のアタシに何が出来るかな。ホームランとか……打てれば最高なんだけど、結局練習でも打てたことは無いのよね。大黒谷たちだって、そうなんだろうな。さっきのライトのトリックプレーだって、あんなのとっさにやって、捕れると思い込ませたとしても、その後の処理にもたつくに決まってる。練習でやってないことは誰だっていきなり出来たりはしないんだ。……アタシがやってきたこと。その中に答えを探すしかないんだ。アタシは……やってきたことを全部認められているのかな。アタシは今まで目立つことに囚われて、守備だって大事なものを見落としていた。……なら、攻撃だって。何か……見落としているのかもしれない。それを……知りたい)

 

 高鳴る鼓動を感じながら逢坂は今までやってきたことを思い出すように目を瞑った。野球を始めて2ヶ月弱、翼や東雲に比べると決して長い期間では無かったが、それらが凄く密度の高いことのように今の逢坂には感じられていた——。




ちょっとごたついて時間が取れないので、次話の更新は8月17日の月曜日でお願いします。いつも通り20時9分に投稿する予定です。

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