皆で綴る物語   作:ゾネサー

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涼しい夜風と温かいおにぎり

 宇喜多と掛橋が宿舎へと戻る少し前、里ヶ浜女子硬式野球部の借りる部屋がノックされた。

 

「茜ちゃん?」

 

「帝陽の乾だ。少し良いだろうか?」

 

「あ、はい!」

 

「翼、私も行くわ」

 

 試合後の疲れを取ろうと身体を休めていた翼たちは病院に寄っていた宇喜多らが帰ってきたのだと思っており、突然の乾の訪問に驚いていた。慌てて向かう翼の背を追うように鈴木も立ち上がると、扉を開けて二人は部屋の外へと出ていった。

 

「突然すまないな」

 

「い、いえ。大丈夫です!」

 

「……それで、何の用事ですか?」

 

「わ、和香ちゃん!」

 

 鈴木が翼についてきたのは単純に乾の用事が気になったというのもあったが、宿舎へとやってきた初日に里ヶ浜の情報を探られてしまった経緯から警戒していたという理由が大きかった。そのため警戒するあまり挨拶を挟むことなく不躾に尋ねてしまった鈴木を翼が驚きつつ窘めていると、そんな鈴木に対して乾は声を荒げることもなく微笑を浮かべた。

 

「……ふ。そう話を()くことはあるまい。まずは2回戦の突破おめでとう。心より祝辞を申し上げる」

 

「ありがとうございます!」

 

「……ありがとうございます。……あの、口調が……」

 

「む……すまない。どうもまだ慣れていなくてな」

 

(……まだ慣れていない、ということはつい最近始めたということ。彼女が新チームのキャプテンを任されたことを踏まえれば、あの一般的な丁寧口調は他のチームに素を漏らさないようにするヴェールのような役割を持っているのかもしれないわ)

 

「あの。私たちは年下ですし、そのままで大丈夫ですよ」

 

「……?」

 

「……そうか、悪いな。その言葉に甘えさせてもらうとしよう」

 

(よし)

 

 何故わざわざそんな提案をしたのだろうと不思議そうにこてんと首を(かし)げる翼に対し、その提案を乾は難なく受け入れ、鈴木は手応えを感じていた。

 

「それで用件だが……界皇高校に関する情報提供をさせてもらえないだろうか」

 

「え……! いいんですか?」

 

「ちょ、ちょっと待って翼」

 

(貴重な情報をわざわざ提供するということは……当然、何かしらの見返りを求めているはずだわ)

 

「……その提供を受ける条件はなんですか?」

 

「条件? 必要ないさ。我々は情報交換ではなく、情報提供をすると言っているのだから」

 

「「えっ……!?」」

 

 タダで情報を渡すと言う乾に二人は困惑した表情を浮かべる。そんな二人に対し、乾は左肩から下げている鞄の中からファイルを取り出してその中にある一枚のプリントを見せた。

 

「新設の貴校では集められる情報にも限度があるだろう。それに界皇と実戦でのデータも無い。この通り我々は公式試合だけでなく、練習試合を含めた過去の試合のデータも収集している」

 

「わ……凄い量ですね!」

 

「それに情報も細かいわ……」

 

 厚いファイルに、一枚のプリントからでも分かる情報の綿密さ。それらは二人に中野から聞いていた帝陽学園のデータ分析の力の入れようを実感させるには十分だった。

 

「どうだ? 悪い話ではないと思うが?」

 

(……確かにその通りね。だからこそ……不気味だわ。なんの対価もなしにこれだけの情報を貰えるなんて……)

 

「……少しだけつば……キャプテンと話す時間を貰っても良いですか?」

 

「構わないさ」

 

 喉から手が出るほど欲しい情報を前に鈴木は生唾を飲み込むと乾から離れたところで翼と小声で話し始めた。

 

「どうしたの和香ちゃん?」

 

「悪い話じゃないどころか、あまりにも良い話すぎるのが気になったのよ。なにか罠のような……」

 

「んー……でも、帝陽が私たちに罠なんて仕掛けるかな?」

 

「……そうなのよね。その必要性は感じられないわ」

 

「どうして乾さんが味方してくれるのかは分からないけど……私はこの話受けていいと思う! 界皇に勝つために、少しでも多く情報が欲しいからさ」

 

(確かに……乾さんが言っていたように私たちは今、界皇高校の情報が不足しているわ。ここまでの2試合を踏まえると……仮に罠であったとしても)

 

 翼の言葉を受けた鈴木は今大会の里ヶ浜の試合を思い出していた。初戦の高波高校との試合では相手エースがシンカーを投げるという情報を持っておらず、攻略に苦労したこと。二回戦の明條学園との試合では一度練習試合をしたのもあって、相手エースの特徴から事前に対左のオーダーを組んだり、守備面でもドアスイングの3番バッターへの対応を始めとして情報を持っていたからこそ有利に進められたこと。それらを思い出した鈴木は翼の決断に頷いて、乾のもとへと戻ってきた。

 

「話は纏まったか?」

 

「はい! お話、ありがたく受けさせていただきます!」

 

「そうか。良い判断だ」

 

 返答に満足したように乾は不敵な笑みをもらすと、翼に界皇高校のデータが詰まったファイルを手渡した。

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

「明々後日の試合、楽しみにさせてもらうよ」

 

(……私たちが話を受け入れたこの一瞬、油断があるなら私たちにデータを渡した理由。その断片くらいは見えるかもしれないわ。ここは一か八か直接……!)

 

「どうして……界皇高校のデータを私たちにくれるんですか?」

 

「それは私の口から話すつもりはない。……この資料をどう使うかは君たちの自由だ。では、失礼する」

 

「あ……」

 

(丁寧口調を剥がしたくらいじゃ油断まで剥がせない、か。理由を探るのを諦めていない可能性を考えて、警戒されていたようね……)

 

 直接的な切り込みにも動じず、乾の紫色を帯びた赤い瞳で見つめられてその真意を見抜かれたような感覚を覚えた鈴木は彼女が『不測の事態が殆ど存在しない』とされる広い視野を持っていることを思い出し、その十全十美な振る舞いに圧倒され、帰ってきた宇喜多と掛橋とすれ違って去っていく彼女の背中を呆然と見送ったのだった。

 

「お帰りケイ。どうだった?」

 

「問題なく渡せた……が、随分警戒されていたよ」

 

「まあ、いきなり情報を渡すって言われてもびっくりするよね」

 

「それと以前の警告を覚えていたようだな。自分の部の内情を話さないよう細心の注意を払っていた。それどころか私から逆に少しでも情報を引き出そうとしていたよ」

 

「へぇ……でもケイなら大丈夫だったでしょ?」

 

「ああ。警戒心をやや態度に出し過ぎていたからな」

 

「それで、どう? ケイから見て里ヶ浜はどれだけ善戦すると思う?」

 

「……善戦か。確かに里ヶ浜の不利に違いはないだろう。だが……」

 

「……?」

 

 自分たちの部屋に帰ってきた乾は顎に親指と人差し指を添えて考え込むと、まるで自分の目の前に電子的なデータが開かれていくように頭の中にある両校の情報を解凍していった。

 

「……ふむ。私たちが渡した情報以外にも、次の試合里ヶ浜が優位に立てる点もあるな」

 

「えっ。そうなの?」

 

「界皇は今までの傾向からして準決勝と決勝にエースを先発させるだろう。加えて二回戦の清城戦でエースの鎌部は完投している」

 

「……そっか。じゃあ三回戦、準々決勝で投げさせるとしても、リリーフで短いイニングでってことになるね」

 

「だろうな。対して里ヶ浜はエースの倉敷を二回戦の明條戦で登板させていない。スタミナは十分あると考えて良いだろう」

 

「なるほどねー。けど界皇は鎌部以外にも二人ベンチ入りしてるピッチャーがいるし、層の厚さを考えるととんとん……というかその二人も好投手だしなぁ」

 

「ああ、望みとしては微々たるものだろう。だが、里ヶ浜はこの一戦の勝率を僅かでも上げているのは事実だ。それに野球では打率や盗塁成功率……様々な確率が絡まりあっているが、必ずしも確率の高い方に転ぶとは限らない。それは勝率も同じさ。所謂(いわゆる)……勝負はやってみないと分からない、というやつだな」

 

「……ケイらしいね。自分たちの有利な方に確率を上げながら、その確率をあくまで確率として捉えて、決して過信しないってところがさ」

 

「当然だ。たとえ確率の低い事態が起きたとしても、それが不測の事態であってはいけない。我々の、帝陽の目指すデータ野球は全てを予想する野球だ」

 

「……そうだね。それに今回の取り引きもその予想をより深めるための、情報収集だったね」

 

「ああ。そのためにもまず明日の試合を制し、我々も明々後日の試合に赴くことにしよう」

 

 こうして帝陽から里ヶ浜に情報提供が行われ、次の日。明條戦の疲れを取ろうと休息を取っている部員たちが集められ、界皇戦に向けてミーティングが行われていた。

 

「というわけで次の試合は大会前に決めたベストオーダーに戻します。先発は倉敷先輩にお願いします」

 

「任せて」

 

 翼の口からスターティングメンバーの発表が行われ、各々が試合に対して心構えを整えていく中、先発に指名された倉敷は気合いが入った様子だった。すると翼の隣に立つ東雲が何かを思い出したように話しかける。

 

「野崎さん」

 

「はい?」

 

「あなたの打順はロングリリーフの可能性も考慮して7番に下げていたけど、次の試合は打順を5番に上げるわ」

 

「えっ!? は、はい。分かりました」

 

「つまり次の試合、野崎は投げるとしてもショートイニングってことね」

 

「そうです。野崎さんはこれまでの2試合、イニングを跨いでリリーフをしていますから。それに勝ち抜いた場合は準決勝の先発を野崎さん、決勝の先発を倉敷先輩に任せたいと思っているんです」

 

「……なるほどね。分かったわ。それならアタシは次の試合、完投するつもりで投げるわよ」

 

「お願いします」

 

「ミーティングはこれで終わりよね。……鈴木、ちょっと付き合ってくれる?」

 

「あ、ちょっと待ってください。近藤さん、あなたもこれに目を通しておいて」

 

「昨日帝陽から渡された界皇のバッターの情報……。分かりました。全部見ておくわね」

 

「お待たせしました。行きましょう」

 

 倉敷に呼ばれた鈴木は手早くコピーした帝陽の資料の中からバッターの情報をピックアップしたものを近藤に渡すと、待っていた倉敷に追いついて部屋を出ていく。全員に配られた相手ピッチャーの情報だけでなく、バッターの情報も受け取った近藤は意気揚々とデータに目を通していくのだった。

 そして日は落ち、夕食もとうに済ませた里ヶ浜部員たちは揃って宿舎の外で素振りを行なっていた。

 

「河北ー。その、昨日はバタバタしてて言えなかったけど……ありがとね」

 

「えっ!? 急にどうしたの……?」

 

「ほら、紅白戦終わった後さ……わたし自信失いかけてたじゃん?」

 

「ああ……凄いうなだれてたよね」

 

「あの時励ましてくれたのとさ。一回戦終わった後壁当てに連れてって跳ね返ってくるボールで、打球の処理の基本を確認させてくれたじゃん。……あれでさ、その、昨日の試合わたしなりに頑張れたからさ。だから……ありがと」

 

「どういたしまして。……あのね。私さ、翼と二遊間を組むんだって頑張ってきたから……余計に新田さんのことが気になってたんだ」

 

「えっ」

 

「あ、最初は悪い意味でだよ。サボるし……」

 

「う……ごめん」

 

「……でもね。あの時の練習試合で新田さんのことがちょっと分かるようになって、昨日また二遊間を組んで……思ったんだ。私、新田さんと二遊間を組めて良かったよ」

 

「河北……」

 

「またこれからも一緒に頑張っていこうね!」

 

「お……おお! やってやろうじゃん!」

 

 心地良い素振りの音が響く中、その合間を縫うように河北と新田は話をしていた。近くで話している二人以外には素振りの音で掻き消えて聞こえてないその会話に、二人は顔を自然に綻ばせたのだった。

 

(昨日の打った時のイメージは……こう、ね!)

 

 同じく素振りをしている逢坂は昨日の試合のイメージを呼び起こしながら、トップから振り下ろすようにスイングをしていた。やがてそのスイングが自分で納得いく感触を得られるまで振られると、一度小休止が挟まれる。すると、隣でバットを振っていた初瀬が何かを呟いているのが聞こえてきた。

 

「次は……レフトの草刈さんは守備範囲も広くて肩も強いから進塁の判断は慎重に……」

 

 帝陽の提供したデータの中から守備に関する情報を受け取った初瀬は目を通した内容を思い出すように呟きながら、バットを振っていた。

 

(麻里安ちゃん。そっか、一塁コーチャーとしてみんなの役に立とうって頑張って覚えてるのね)

 

 覚えた情報に抜けはないか懸命に確認する初瀬の必死な表情を見て逢坂は身が引き締まるような思いを覚えていた。そんな初瀬を邪魔しないよう心の中でエールを送った逢坂はそのまま周りを見渡してみる。すると秋乃の姿が目に入った。

 

(小麦ちゃん。……!? やけにすくいあげる感じで振ってるわね)

 

 すると秋乃の極端な振り方に逢坂は目を見開いた。周りのほとんどが自分のスイングを確かめ、安定させるように横薙ぎに振っているように見えるのに対し、秋乃はスイングの始動に入りながらも我慢するように体勢を維持してから、下から上へとすくいあげるようにバットを振っていたのだ。

 

(……そういえば、翼ちゃんに素振りをする時は頭の中で打つボールやコースをイメージして打てって言われたっけ。アタシも今、そうやってるし。きっと小麦ちゃんも何かイメージがあるのね)

 

 そのスイングに秋乃なりのイメージを感じた逢坂は初瀬だけでなく秋乃からも刺激を受け、素振りを再開させて自分なりのイメージで再びバットを振るのだった。

 やがて素振りを始めて1時間くらい経った頃。永井はハッとした表情で周りを見渡していた。

 

(……き、聞こえてない? 良かったあ……お腹の音聞こえてなかったみたい。……お腹空いたなあ……)

 

 永井は赤くなった顔を冷ますように夜風に当たりながら、水分補給を挟んだ。2試合連続スタメンで出ていた彼女は普段と比べて大きくカロリーを消費しており、また夕食を食べてからかなり時間も経っていた。それ故にお腹が空いてしまうのは、ある意味仕方のないことでもあった。

 

(うう。水分だけだとお腹タプタプになっちゃうよ。こういう疲れた時は水分だけじゃなく……塩分も欲しいなあ)

 

 そんな彼女の願いがあったからだろうか。

 

「みなさーん! お夜食の準備が出来ましたよー!」

 

(あっ! 手伝おうと思ってたのに、乾さんのことでビックリしててすっかり忘れてた……)

 

 肩を休めるために素振りには参加していなかった野崎がラップを敷いたトレイにおにぎりをのせてやってきた。皆の素振りを座りながら見守っていた宇喜多がその声にハッとする中、素振りに集中していたみんなも次々と彼女のことに気がついていく。そして……その大多数の部員があることを思い出していた。

 

(合宿のカレー……)

 

 夏大会前に行った合宿、最後の宿泊日の夕食の担当は野崎だった。その時に出されたカレーは見た目こそ美味しそうではあったが、東雲に「美味しくないわ」とド・ストレートに評されるほどの代物であった。そのため休息を取ろうと野崎のもとにやってきたほとんどの部員の足はつい止まってしまっていた。

 

「ありがとう野崎さん……! 本当にありがとう……! いただきます!」

 

「わー! 見た目もおいしそーだね! いただきまーす!」

 

 しかしその出来事は夏大会前に起こっていた。そのため秋から入った新入部員はそのことを知る由も無かった。足を止めなかった6人の部員が次々と敷かれたラップで包むようにしておにぎりを手に取っていく。次の瞬間、おにぎりを口に含んだ彼女たちに衝撃が走った——。




二話前の後書きで今話あたりに試合始まる予定と書きましたが、惜しくも予定通りにはいかなかった。区切りどころは迷ったんですが、考えた末にここがベストだなと思いまして。次回は試合入るところまでは行きたい。

追記:投稿日の21:37分にラスト付近の表現を少し変更させて頂きました。
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