「大会の放送続けさせて貰えることになったんだって?」
「良かったじゃない!」
「先輩……それにキャプテン」
秋大会二回戦、明條対里ヶ浜の試合の翌日。大咲のもとに届いた一本の電話は明條が勝ち抜いた場合に出ることになっていた試合の放送枠のみという制限はあったが、秋大会の放送続行を許可するものだった。吉報を知った明條の二人が大咲のもとにやってくると、特に入部当初から大咲が動いていたことを知っているキャプテンは本当に安堵した様子だった。
「はい! ありがとうございます。これも先輩達が協力してくれたおかげで……」
「まあ、協力はしたけど……アタシたちがやったことはそこまで大したことじゃない」
「何よりあなたが頑張り続けたからよ。……だって夏大会で高波相手に一回戦負けした時、あなたが受けていた評価は……」
「アイドル活動のついでのお遊び野球。野球少女ってイメージ戦略のためのアピール……だっけ。……本質から外れたつまらない評価だったわね」
明條のエースは“アイドル大咲みよ“に向けられた圧力にも近い世評を思い出すと、かつて自分が大勢の人々から遠巻きに高嶺の花として見られたことも連なるように思い出していた。
「……ええ。でもアタシはいつか……きっと、分かってもらえると思ったんです」
「そう……こいつの言う通りアンタは折れずに徹頭徹尾自分を貫いた。それがどれだけ大変か……」
それらを身勝手な期待だと思いつつもその圧力から逃れられず期待される
「だからアンタ自身が認めてあげて。これはアンタが掴み取った成果だって」
「……!」
(アタシが……?)
そんなエースの言葉に目を丸くする大黒谷。掛けられた予想外の言葉に戸惑っていると少しだけ驚いた様子のキャプテンと目が合った。
(……びっくりしたな。私が思ってるよりあなたはみよのことを……よく見ていたのね)
その表情がすぐに柔和な微笑みへと変わるとキャプテンは大黒谷の目を見つめたまま、それ以上言葉を添えることもせずにただ頷く。すると二人の先輩の真っ直ぐな視線に少し照れながら大黒谷が浮かべた表情はいつも自信満々な彼女にしては珍しくあどけなさの残る屈託のない笑顔だった。
「……大咲さん?」
「……!」
そんな2日前の出来事を目をつぶって思い出していた大黒谷に声がかけられた。その声にハッとするように我に返った大黒谷は待ち合わせをしていた人物が到着したことに気付くと即座に気持ちを切り替えて目を開いた。
「わっ、すいません。ぼーっとしてました! 来てくれてありがとうございます。……草刈レナさん」
「全然良いのよ。あなたに会うのが楽しみで予定より早く来ちゃったわ」
大咲が目を開いた先にいたのは界皇高校の主将を務める草刈レナ。既に界皇のユニフォームに身を包んだ彼女はそよ風で揺れる長い白髪を押さえながら、悠然と立っていた。
「わぁ……! 嬉しいです! あ、もしかしてアタシのファンだったり……」
「……ええと、ごめんなさい。あまりアイドルは詳しくないの」
「あはは。そうですよね。なら尚更私の名前を憶えててくれたのは嬉しいですよ。直接対戦したこともないのに……」
「光るものを持っている選手のことはどうしても目についてしまうの。それと……同じ道を歩いていると思える人のこともね」
「同じ道……ですか?」
「ええ。私たちのことを見つけようとしている人。女子野球を……もっと広く知らしめたいと思っている人のことはね」
「……! 草刈さんも……?」
(……そういえば聞いたことがある。界皇高校の強さの秘訣の一つは海外チームとの親善試合を行っているからだと。けどそれはもしかしたら、実力の向上以外にも……)
「……そうか……そうだったんですね。思い出しました。全国に高校女子硬式野球部が出来るきっかけを作ったのは確か……」
「ええ。1995年に女子高生が硬式のボールで海外のチームと初の親善試合を行った……それが新聞に取り上げられたことで、国内で女子高生の全国大会を開こうという流れが出来たわ。30年前は一校も無かった参加校も段々と増えてきた……。そうした流れを途絶えさせないためにも、毎年親善試合を行なって新聞に取り上げてもらっているわ」
(確かにその影響もあってか、近年参加校は上昇傾向にある。……それにアナログな手段だけど、新聞の記事はその場で見られるだけでなく、歴史を紡いでくれる。少しでも興味を持って、調べよう! ってなったときにこれほど変遷が分かりやすいものはないわ……。……いたんだ。アタシ以外にも、違う歩き方だけど同じ道を歩いてる人が)
レナの告白に目を見開いた大咲はその告白が示す意味に胸の膨れるような心地良さを感じたのだった。
「それと……。……いえ、これはまだ早いわね」
「……? なんのことですか?」
「私たちも親善試合での交流で初めて聞いたことなのだけど……今、新しい流れが生まれようとしているの。それに私たちも協力の意思を示しているのだけど……まだ決まったわけじゃないから、今は話さないでおくわ。目標というのはあまり喋りすぎると叶わないと言うでしょう?」
「は、はぁ……いまいちピンと来ないですけど、そういうことならそこは深く聞かないでおきますね。じゃあ早速ですが、今日の試合に向けてインタビューをさせてもらってもいいですか?」
「ええ。いいわよ」
そしてその後10分近い時間をかけてインタビューが行われ、熱心な大咲の質問にレナは落ち着き払った堂々たる態度で答えていった。
「では最後の質問ですが……そんな厳しい練習で培われた界皇の強みを一言で表すとしたら?」
「……揺るぎない“自信”よ」
(自信と来たか……)
「……ありがとうございました!」
「ふぅ、これで良かったかしら?」
「ええ、これでバッチリです! 里ヶ浜との試合……実況はアナウンサーの響さんが担当するので、アタシは調べた情報と今のインタビューを元に解説をさせてもらいますね」
「お願いするわ。確か両校のキャプテンに聞くと連絡があったのだけど……里ヶ浜のインタビューはこの後に?」
「はい!」
「それじゃあ、私も待たせてもらってもいい?」
「え……?」
「インタビューの邪魔はしないわ。その前に少しだけ……話がしたいの」
(……試合前だから下手に会わないほうが良いと思って時間ずらしたんだけどな。まあ、有原さんの方が嫌なら大人しく下がってくれそうだし……)
大咲は意外そうにしながらもレナの頼みを許諾すると、二人は翼の到着を待った。
(……あれはこの前里ヶ浜と試合してたアイドルの子。なんでそんなところ——!?)
球場の外の目立たないところではあったが、そんな二人に気付いた少女がいた。偶然目について足を止めていた彼女はさらなる人物の到着に気づくと、とっさに物陰に隠れていた。
「はあっ、はあっ。大咲さん、お待たせっ……て、えええええっ!? 界皇のキャプテンさん!?」
「初めまして、有原さん。草刈レナです」
「あ、あ、有原翼です! 初めまして!」
(有原翼……!? なにもここに来なくても……!)
「ふふ、今日はよろしくね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「大咲さんのインタビューで知ったのだけど、あなたあの有原ゆいさんの妹さんなのね」
(……!)
物陰に隠れた少女はその言葉を聞いて眉をピクッと動かした。
「あ、はい! そうです!」
「私もね、野球をやっている妹がいて……でも私のことを追ってばかりで視野が狭くなってるの。だから勝手に妹とあなたを重ねちゃって……」
「わ、私とですか?」
「ええ。ゆいさんが大輪の花だとしたら、あなたはまだ芽吹いたばかり。だけど試合を見て分かったわ。あなたは大輪の背を追って影に隠れず、伸び伸びと野球をやってることが。だから妹もあなたのようになってくれればって……ついね」
(お姉ちゃんは……姉はそう思うかもね。けど妹からしたら……)
「そうだったんですね……。私は、周りにも恵まれてたのかなって思います」
「……なるほど。野球をする環境か……参考になったわ。ごめんなさいね、どうしても一度あなたと会って話をしておきたかったの。……今日の試合、改めてよろしくね。楽しい試合にしましょう」
「はい!」
レナが差し出した右手に気づいた翼は同じく右手を出してその手を握り、見上げるように目を見つめて元気よく返事をした。そんな翼に満足そうな表情を浮かべたレナは手を離してその場を去っていく。
(……草刈さんから見て有原さんは光るものを持っている選手だったってわけね)
そんな二人の会話を黙って見守っていた大咲は草刈が試合前の時間を割いてまで有原に会いに来た理由を察すると、切り替えて有原に対してインタビューを行なったのだった。
「じゃあこれで最後! そうやって話し合って厳しくすることにした練習で築かれた里ヶ浜の強みを一言で表すとしたら?」
「……限りがない“可能性”です!」
(……なるほどね。練習試合との違いを感じたアタシ達にとっては、なんとなく分かる答えだわ)
「……ありがとうございました! これでインタビューは終わりです。試合頑張ってくださいね!」
「はい! 明條の分も精一杯戦ってきます!」
(……ようやく行ったか)
こうして翼のインタビューも終わり、隠れていた少女は息を吐き出して姿を表に出すと、選手用の入り口へと向かっていった翼とは違ってスタンドへ通じる入り口へと入っていった。
(わぁ……ベンチ入り出来なかった部員達がこんなに整列して並んでる。これがあると強豪校って感じがするよねー)
スタンドへと出た彼女は大勢の界皇の応援団を見て思わず感嘆の吐息を漏らしていた。
(確か界皇って地元のボーイズリーグ出身が多いんだっけ。そんな幼少期から野球をやってると……ゴールデンエイジって言って、運動神経が鍛えられやすいんだよね。そんな磨かれた運動神経をこれほどスタンドに溢れさせるほど、選ばれた選手はより才能がある奴らなんだ。……有原翼、あなたの言う可能性とやらで……そんな才能のある奴らに敵うと本気で思ってるのかなぁ)
「……あはっ」
彼女が物思いにふけっている間にグラウンドでは界皇の守備練習も終わり、里ヶ浜・界皇の双方の部員が向かい合って整列していた。すると球審の礼に合わせるように両校の挨拶がグラウンドに響き渡り、後攻の里ヶ浜がそれぞれのポジションへと散っていく。そして倉敷の投球練習が終えられると、界皇の応援団の声援を背に1番打者の大和田が右バッターボックスへと向かっていった。
(確かこいつは一年ながら、選球眼と足を武器に1番に上り詰めたんだったわね。……いくわよ、鈴木)
腰を浮かせて構えられた鈴木のキャッチャーミットを目にした倉敷が投球姿勢に入ると、そのミットを目掛けてボールが投じられ、試合の幕が切って落とされたのだった。