皆で綴る物語   作:ゾネサー

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一球に懸けた想い

「やはり界皇は1番手(エース)の先発を避けて、2番手をマウンドに送り込んできたか」

 

「ケイ、あのピッチャーの特徴は?」

 

 一回の表が終了し、マウンドには界皇の先発を務めるピッチャーが上がっていた。ミディアムの橙髪は毛先が外側に跳ね、緑色の眼を蔵する目はつり上がっている。そんな彼女は毛先を荒々しく揺らして踏ん張る足場を整えながら、視線の先は自分たちのベンチに向けていた。

 

「一番の特徴はやはり……あれだろうな」

 

 足場を確保した彼女は鼻を鳴らすと、目を逸らしてプレートに足をかけた。そして目の前でキャッチャーが捕球の準備を整えたことを確認すると、両腕を振りかぶり、オーバースローの投球フォームから腕を振り切ってボールをリリースした。

 ——パアァァン。唸るようなストレートがキャッチャーミットへと飛び込むと、乾いた捕球音が鳴り響いた。

 

「最高球速はエースをも越え、あの全国No.1ピッチャー高坂椿にも匹敵すると言われるほどのストレートを有している」

 

「そりゃ溜まったもんじゃないね……」

 

(……が、そんな豪速球がありながらも彼女はエースに選ばれなかった。里ヶ浜はその欠点を突けるか。……そしてその欠点を突かれた時、どう対応してくるのか。あるいは対応しきれないか。存分に見させてもらうぞ)

 

「あおい。あのピッチャーの情報はちゃんと頭に入っているかい?」

 

「ばっちぐー、なのだ! ……九十九」

 

「なんだい?」

 

「あのピッチャーを長くマウンドに立たせれば立たせるほどこっちは不利になるのだ。いつにも増して1番・2番を任されたあおい達の責任は大きいのだ」

 

「ああ。その通りだ」

 

(良かった。気楽に考えがちなあおいだが、この初回の攻撃の重要性は十分に理解しているようだ。そしてピッチャーの情報もきちんと頭に入っている)

 

「……だが必要以上に気負うことはないさ」

 

「なぬ?」

 

「慎重になりすぎてもあおいの良さは薄れてしまう。あおいはあおいらしく勝負していってくれ」

 

「けどあおいのパワーじゃ、あのストレートに力負けしちゃうかもなのだ……」

 

「もしそうなったら、その穴は私が埋める。それが『あおい99(ナインティナイン)』だろう?」

 

「……!」

 

 投球練習が続けられ一定のリズムで捕球音がグラウンドに響く中、九十九から掛けられた言葉に阿佐田は目をまん丸くさせていた。

 

「……むう……急にそういうこと言うのはずるいのだ」

 

「いつもあおいには言われてばかりだからね」

 

「むむむ。九十九も言うようになったのだ」

 

(……確かに九十九の言う通りちょっとばかし気負いすぎてたみたいなのだ)

 

 阿佐田は丸くさせていた目を閉じると息を大きく吸い込み、脱力するように腕をだらんと下げた体勢でゆっくりと吐き出した。そして投球練習のラストとなるストレートの捕球音を合図に、バットを頭の上に持ち上げるように伸びをして目をカッと開いた。

 

「行ってくるのだ!」

 

「師匠ファイトです……!」

 

 歩き出した阿佐田にベンチから宇喜多の声援が飛ばされると、阿佐田は振り向くことなく歩いたまま腕を真っ直ぐ横に出し、親指を立てて上に向けた。そんな彼女を後ろから見た河北の目にはいつも以上に背番号4が逞しく映った。

 

「初瀬さん。行こう!」

 

「わ、分かりました!」

 

「河北さんと初瀬さんも頑張って……!」

 

「うん!」

 

「宇喜多さんの分も精一杯やってきます……!」

 

 阿佐田を追うように河北がベンチから出ていくと、打撲で足を負傷している宇喜多の代わりに一塁コーチャーとして初瀬も共にコーチャーボックスへと向かっていった。

 

「しまっていくわよ!」

 

(……今日の入りはどんなものかな)

 

 投球練習を終えて全体を引き締めるように声を出したキャッチャーが座ると、右打席に阿佐田が入っていく。速球を意識して少しでも対応が間に合うようバッターボックスの一番後ろに位置取った阿佐田を一瞥したキャッチャーはどちらかといえば今大会初登板となるピッチャーの調子の方を気にしていた。

 

(バッター小せえな……)

 

(さてと……打席ではどんくらい速いのだ?)

 

「プレイ!」

 

 阿佐田がバットを構えると球審からインプレーのコールが上げられた。それを合図にピッチャーは振りかぶるとキャッチャーミットの位置を大雑把に捉えて腕を振り切り、右手の指先からボールを解き放った。

 

(ぬぬっ!?)

 

(力入りすぎだ……!)

 

 投じられたストレートはゾーンに構えられたミットからは程遠く、高めに大きく外れていた。阿佐田がこのボールを見送るととっさの反応でミットを上に動かしたキャッチャーはミットの先でストレートを押さえ込んだが、捕球音は今ひとつ響かなかった。

 

「ボール!」

 

「楽に!」

 

(帝陽から貰ったデータ通りなのだ。ずばりこのピッチャーは立ち上がりの遅い投手(スロースターター)! 投球練習でもど真ん中に投げてた時はキャッチャーミットが良い音してたけど、それ以外はあんまりピリッとしてなかったのだ。それだけコントロールが荒れてるってことなのだ。それに……)

 

(スライダー? エンジンかかるまではストレートでいかせてくれよ)

 

(変化球で力抜いてもらおうと思ったのに……千秋と違ってリードに意固地になっちゃうんだから。……まあ、いいか。立ち上がりの悪さを突いてフォアボールを狙ってくるのはある程度予想がつくし)

 

(そ。甘くていいならストライク狙えないってことないんだから……後はストレートで捻じ伏せてやればいい!)

 

 変化球を要求するサインに首を振ったピッチャーは次に出されたサインに頷くと、投球姿勢に入って2球目を投じた。

 

(速いことには違いないけど、ストレートもまだ乗り切ってないのだ。今ならコースを絞っていれば……!)

 

(振ってきた!?)

 

 今まで体感してきた中でも間違いなく速い方に分類されるストレートだったが、阿佐田は意を決してバットを振り出した。するとど真ん中からやや低めに投じられたストレートを阿佐田はバットを押し込まれるような感覚を覚えながらもゴロで弾き返していた。

 

(なにっ!?)

 

「おにぎりパワー炸裂なのだ〜!」

 

「セカンド!」

 

 コースは絞っていたが積極的に振り出したスイングがいきなりストレートを捉えたことに阿佐田自身も驚きながら一塁へと走り出す。

 

(……アジャストはされてるけど、球威で押し勝ってる!)

 

 一、二塁間へと転がっていくゴロをセカンドを守る相良が追いかけていく。するとそれなりにスピードが乗っていたゴロは転がっていくにつれて見た目で分かるほど減速していっていた。しかし転がったコースは丁度ファーストとセカンドの間とも言える場所で、打球も完全には死んでいない。際どい打球に向かって相良は走る身体の前にミットを突き出した。

 

「はっ!」

 

(うっ。捕られたのだ!)

 

「いきます!」

 

 反応良くスタートを切っていた相良は走りながらこの打球に追いついた。その勢いも収まらぬ中、捕球からワンステップで投げられたボールは構えられたファーストミットへと向かっていく。すると阿佐田も懸命に足を動かして、一塁ベースを駆け抜けた。

 

「……アウト!」

 

「相良か……あの選手は夏大会でも守備を買われてスタメン入りしたほどだ。そう容易くは抜かせてくれないだろうな」

 

 ファーストミットはほとんど動かされず、また捕球位置も深くなる前に捕れたことが界皇にとっては功を奏し、阿佐田の懸命の走りも実らずワンナウトとなった。

 

「くう……一昨日のおにぎりじゃさすがにパワー不足だったのだ……」

 

「あおい。どうだった?」

 

「速いけど、今はなんとかなる速さなのだ。それとストライクとボールははっきり分かれてるから、心配してたよりは見極めやすかったのだ」

 

「……なるほど」

 

 ネクストサークルから立ち上がった九十九はすれ違いざまに阿佐田から話を聞くと、右打席へと入っていきバットを構えた。

 

(打ち取るには打ち取ったが、まさか浅いカウントから打ってくるとはな)

 

(くそ……あたいのストレートがいきなりヒットにされかけるなんて)

 

(バッティングセンターのようなもんだな。例えばさほど経験のない人が実力の及ばない球速のストレートのゲージに入っても、コースはおおよそ真ん中にくるからそのあたりにバットを出しておけばたまに痛烈なピッチャー返しが打てるなんてことがある。……弱ったな。このコントロールだから初見の相手は大体フォアボールを期待して追い込まれるまでは見てくることが多いんだが。こうなると安易に甘いコースに投げさせるわけにはいかなくなるぞ)

 

 1番打者ながらスピードのあるストレートにも臆さず振っていた阿佐田のバッティングを考え、キャッチャーは九十九に対しても警戒を深めていた。

 

「ボール!」

 

(……速いな。確かにあおいの言う通りまだ万全ではないように見えるが、それでも厄介なスピードだ)

 

 初球、ストレートが外に大きく外れてボール。そのスピードをバッターボックスに立って改めて感じた九十九はバットを少し短く持ち直すと2球目が投じられた。

 

(……! 高い!)

 

「ボール!」

 

(……球威はありそうだが、全体的にボールが高いな)

 

 2球目は高めに大きく外れてボール。真ん中付近を避けて構えたキャッチャーは浮いてしまったボールに頭を悩ませていた。

 

(そこまで厳しいコースに構えたわけじゃないが……コントロールの苦労してる立ち上がりにあれこれするもんじゃないな。……仕方ない。コースは甘くて良いから、出来るだけ低めに抑えてくれ)

 

(ん……分かったよ)

 

 キャッチャーはミットを真ん中に構えると右手を下に向けて押し込むようなジェスチャーを送った。その意図を汲み取ったピッチャーが頷くと3球目が投じられる。

 

(入ってる。これでどうだ……!)

 

(このバッターも振ってきたか……!)

 

 指先から暴れるように球威のあるストレートが放たれるとボールは真ん中やや低め内寄りへと投じられていた。このボールに対し九十九は短めに持ったバットを振り出す。

 

「ストライク!」

 

(くっ、これでも振り遅れるのか……)

 

 速球に合わせようとバットを振り出した九十九だったが、振り遅れる形で空振りを取られていた。九十九はイメージしていたタイミングと実際のストレートのタイミングのズレを振ってみた感触をもとに頭の中で修正すると、バットを構え直した彼女に4球目が投じられた。

 

(……ここか!)

 

(……! こいつ……!)

 

 先ほどとほぼ同じようなコースに投じられたストレートに再びバットが振り出される。すると先ほどよりタイミングのあったスイングはボールの下を捉えた。

 

「ファール!」

 

(よし! これでいい! 追い込まれてからでは合わせられるか不安だった。厳しいコースでないならば、当てるイメージは掴めたぞ)

 

 打球は低い弾道でバックネットに突き刺さりファール。九十九はバットから確かな手応えを感じていた。

 

(確かにコースは甘かったけどそう楽に当てられるボールじゃないぞ)

 

「追い込んだよ! 集中して!」

 

「……!」

 

(当てたって言ってもバットは振り切ってない。本当に当てにいったって感じだ。これじゃあなたのストレートは打ち返せない)

 

(集中か……分かったよ。まずここで一つ三振取るぞ……!)

 

 キャッチャーから投げ返されたボールを受け取り、掛けられた声で2ボール0ストライクから一転して追い込んだことに意識が向いたピッチャーは気を取り直すと、5球目を投じた。真ん中やや高め内寄りに投じられたストレートに九十九は食らいつくようにバットを振り出す。

 

「ファール!」

 

(粘るな。けどいつまでついていけるかな)

 

 今度は打ちあがるような弾道でバックネットに打球が当たりファール。ストレートについていく九十九にキャッチャーは感心しながらも、長くは持たないと判断して同じようにミットを構え、6球目が投じられた。真ん中やや高め外寄りに投じられたストレートに九十九は僅かにスイングを泳がせながらも、ボールの下を捉えた。打球は再び打ち上がり、今度は一塁側ファールスタンドへと入っていく。

 

「ファール!」

 

(空振らねえ……! 澄ました顔で同じようなタイミングで淡々と振ってきやがる!)

 

(ふぅ……当てるのがやっとだ。やはりこのピッチャーは速い。だがあおいの分もここは……!)

 

「ファール!」

 

 7球目として投じられた真ん中高めへのストレートも九十九はバットに当てると打ち上がった打球はバックネットに当たり、ファールとなった。そして8球目。スイングの始動に入った九十九は真ん中高めに投じられたストレートに対し、バットを止めた。

 

「ボール!」

 

(このバッター、浅いカウントから手を出してきたから1番と同じで打ちに来てるのかとも思ったけど、これは……明らかにフォアボールになるまでゾーンに来たボールをファールにするつもりだ。どこかで空振ると思ってたけど、このままじゃ……先に潰れるのはこっちだ)

 

(……! ち……分かったよ)

 

 3ボール2ストライクとなり9球目。投じられたボールに九十九はストレートのタイミングで踏み込んだ。

 

(……!)

 

(バッターはストレートに張ってる。スライダーはとてもじゃないけどタイミングが合わない! ……!)

 

 界皇バッテリーの選択はスライダー。ストレートに対してタイミングを合わせるのが精一杯だった九十九はこのボールに全くタイミングがあっていなかった。外低めに投じられたスライダーはホームベースの前でワンバウンドし、キャッチャーは大きく跳ねたボールを身体で押さえ込むようにして前に落とした。

 

「ボール! フォアボール!」

 

(なっ!)

 

(ふぅ……今のはスライダーか。危なかったな。タイミングは完全に外されていた)

 

(うー、だからエンジンかかるまではストレートでいかせてくれっていつも言ってるじゃんか……)

 

 大きく低めに外れていることを感じ取った九十九のバットはしっかり止められていた。少しでもゾーンに寄っていたら振らされていたであろうことに九十九は内心焦りを覚えながらも、表には出さず涼しい様子で一塁へと歩いていった。

 

「九十九ー! よく出てくれたのだー!」

 

 一塁へと到達した九十九はベンチから阿佐田の声援が聞こえると大きな仕草は見せなかったが、僅かに口角を上げていた。

 

(九十九先輩、ナイセンです! ……よし、私も続くぞぉー!)

 

 1アウトランナー一塁となり、右打席には3番打者を務める翼が意気揚々と入っていった。

 

(クリーンナップの前にランナー出しちゃったな。さて、どうするか……)

 

(あのバッターは結局打つ気は無かったんだ。慎重になりすぎだぜ……!)

 

(確か情報によるとこのピッチャーはあまりクイックが上手くない。ただあの球速だからな……簡単には走れないか)

 

(今、ワンバウンドしたスライダーはさすがに投げてこないはず。甘いストレートに絞って打とう!)

 

 翼がバットを構えるとキャッチャーはそんな翼の様子を窺って慎重に初球の入りを模索する。

 

(……念のため高めは避けとくか。ボールでも良いから低めに来て)

 

(また慎重に入るのか……。さっきはそうやってボールカウント悪くしたっていうのに……!)

 

 サインの交換が終わるとまるで睨み付けているかのような鋭い眼光に射られた翼は驚いたが、負けじと気合いを入れた眼差しで投球を待った。

 

(打ちに来ようが粘りに来ようが、あたいのストレートで……捻じ伏せてやる!)

 

 ワインドアップポジションと比べて小さく振りかぶったピッチャーは足を踏み込むと、鬼神の如き形相でボールを投げ込んだ。

 

(なっ……!)

 

(高い!)

 

 ——キィィィン。キャッチャーが慌ててミットを上に伸ばしたがボールが収まることはなく、翼が振り出したバットは真ん中高めに投じられたストレートを捉えていた。放たれた打球にピッチャーはハッとしたように振り返った。

 

(……軽いわ。一球が、軽い)

 

 振り返った先にいるレフトのレナの視線は冷たくピッチャーに注がれていた。そして……彼女の頭上を打球が越えていく。

 

「……ホームラン……?」

 

 スタンドから見ていたゆかりがぽつりとそう漏らした。その直後、柵を越えて奥の草地で打球がバウンドし、スタンドから割れんばかりの歓声が響き渡った。

 

「え……」

 

 一塁を回った翼はその歓声に驚いていた。そして二塁に来たところでベースについていた相良がそこを空けたのを見て、ようやくはっきりと目を切った打球の行方を理解した。

 

「は……入ったー! 逆転のツーランホームラン! 里ヶ浜はこれが今大会初ホームランです!」

 

「や……やった……!」

 

(そんな……バカな)

 

 本当に嬉しそうに拳を上げる翼とは対照的にピッチャーは呆然としていた。するとその目にある人物がベンチから出てくるのが映った。

 

(ち、千秋……!?)

 

(……はぁ。だらしないんですけど。あんたのピッチングはそんなもんじゃないんですけど。なのにそんな体たらくをいつまでさらす気……?)

 

 界皇ベンチから出てきた鎌部がブルペンで肩を作り始めるのを目にしたピッチャーは一度ミットから左手を抜いて両手で自分の頬を叩いたのだった——。

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