年末も近づいてきて、段々時間が取れなくなってきました。そのため週一ペースでの更新はきつくなってきたのが現状です。なので今年の末までは週一更新から隔週更新へと変更させていただくことにしました。
ペースは遅くなってしまいますが、引き続き頑張って書かせていただくので、今後もよろしくお願い致します。
「ホームイン!」
一回の裏、里ヶ浜高校の攻撃は阿佐田がセカンドゴロに倒れるも、その後九十九が粘りフォアボールで出塁。次打者の翼が初球打ちで放った打球は柵を越えていき、ホームランとなったのだった。そして今、九十九に続いて翼もホームを踏み、里ヶ浜の2得点が正式に認められた。
「有原さん。やりましたね」
「まさか入っちゃうとは思わなくて……自分でもびっくりです。けど九十九先輩がフォアボールで出てくれたおかげで、入りが甘くなるのを狙えました!」
「私が粘っている間にもボールが浮いてきていましたしね。しかしそれを逃さず、一撃で仕留めたのは見事でした」
「ありがとうございます!」
(……あの目は……)
ホームで待っていた九十九と共に翼がベンチへと戻っていくと、帰り際に東雲とハイタッチを交わした後、沸き立つチームメイトに囲まれて一緒に喜びを分かち合う様子がスタンドから窺えた。そしてホームランを打てた翼の喜びが他の部員にも広がっていくのをゆかりは感じていた。するとゆかりはかつて小学生の時、仲間やチームのことをまるで自分のことのように喜び、あるいは落ち込んだことを重ねるように思い出していた。
(あたしも昔は……あの目をしていた?)
そんな記憶が蘇ったゆかりは一昨日のサッカーの試合が脳裏によぎっていた。夏大会で一点差で敗れた相手、リベンジを果たすべく挑んだ試合だったが、夏大会で同点ゴールを上げたゆかりは徹底マークされ、守備ではラインの裏を徹底して狙われ、完封と言える試合内容で敗北を喫していた。
「ゆかちゃん、ごめん……。私が、裏取られて。そこから、一気に……チームも崩れちゃって……」
試合終了のホイッスルが鳴り、彼女の友人が膝をついて途切れ途切れにゆかりに謝っていた。そんな彼女へとゆかりは手を差し伸べると、かつてバッテリーを組んでいたキャッチャーに対してしたように声をかけようとした。
(……え……)
しかし、ゆかりは言葉に詰まってしまった。話しかけようという意思はあるのに、喉から声が出ることを身体が受け付けてくれなかった。そのままでいると、やがて友人が伸ばした手を掴んだ。それを受けたゆかりは引っ張り上げるようにして身体を引き起こそうとする。だが、彼女の身体をゆかりは持ち上げることが出来なかった。
「……私、絶対夏のリベンジをするんだって……そう思ってたのに。こんな、何も出来ずにやられちゃうなんて。悔しいよ……」
「………………」
下を向いたままもう片方の手で何度も目を拭う友人を見つめるゆかり。強く握られたままの手からは震えが伝わり、そして重く感じられていた。
キィン、と響いた金属音にハッとするようにゆかりは現実へと引き戻される。いつの間にか視線は里ヶ浜ベンチから自分の手のひらへと移っていた。
(あたしも負けて悔しかった。そのはずなのに……)
ゆかりが指に力を込めると拳が握り締められた。見えなくなった手のひらに爪が食い込むほど、強く。
「ボール! フォアボール!」
(くっ!)
(よし!)
グラウンドでは東雲が短く持ったバットで速球に食らいつき、ファールで粘ってフォアボールで出塁していた。
「初回なのにもう2個目……ホームランのショックがあるのかもしれないけど、このままズルズル崩れちゃうとやばいんじゃない?」
「……いや、どうかな。今の打席、低めに大きく外れるボールこそあったが簡単にストライクを取りにいったボールは無かった。3番と同じように力任せに入れにいくと危ないことが分かっていたように思えたな」
「言われてみれば、10球くらい粘られてたのに不用意なボール無かったね」
「あの速球相手に粘ったバッターを褒めるべきだろう。問題はこのバッターへの入りだな」
「さっきはフォアボールの後の初球を狙われたからね〜」
東雲が一塁へと到達し、5番打者を務める野崎が左バッターボックスへと入った。
その初球。野崎は思い切ってストレートのタイミングを想定して踏み込むと、積極的に打って出た。
(よし、良いボールだ!)
リーチの長い野崎の内を突くようにサインを送ったキャッチャーは大雑把ながらインコース低めへと投じられたストレートを見て口角を上げると、バットを振り出した野崎は差し込まれる形でこのボールを弾き返していた。
「サード!」
「はいよ!」
(うっ!? 切れてください……)
バットの根元近くでストレートを打ち返した野崎は手に痺れを覚えると、三塁線を転がるゴロがファールラインを越えてくれるよう祈りながら一塁へと走り出した。
(どうだ……?)
マスクを上げたキャッチャーはすぐさま全体を見渡す。切れる前に捕球出来る、どん詰まりの打球でゴロに勢いがない、一塁ランナーのスタート判断が良い。一瞬の間に多くの情報を目に入れると、すぐに指示を送った。
「一塁に!」
「はっ!」
指示を受けたサードはゴロがファールラインを割る前に追いつくと迷わず一塁へと送球を行い、野崎も一塁ベースを全力で駆け抜けた。
「……アウト!」
(うう……甘く入ってくると思ったのですが、厳しいストレートでした……)
一塁ベースに近い左バッターの野崎であり、打球も勢いが弱かったことから内野安打になる可能性は十分にあったが、捕球から送球に素早く移ったサードの好守備もあってサードゴロでアウトになった。
(あの豪速球はやはり易々とは捉えられないわね。けど、結果的に二塁には進めた……。試合の流れはまだこちらにあるわ。点はいくら取っても取りすぎということはない。単打でも還ってみせる……!)
この間に二塁までたどり着きベースを少し回って様子を窺っていた東雲がボールを受け取ったファーストの視線を受けて戻っていくと、ピッチャーへとボールが投げ渡された。一度塁上で落ち着き、現状を整理した東雲は貪欲に追加点を狙う姿勢を見せる。
「ランナーが進んで2アウトランナー二塁となりました。里ヶ浜、追加点のチャンスです!」
「よし……ウチに任せろ!」
「その意気です! 会心の一撃を期待していますよ!」
「ん……おお!? 雫!? 来てくれたのか!」
「はい! 今日は私が声を張る番です。ファイト!」
「はっはっは! 雫の応援があれば百人力だ!」
「バッターラップ!」
「おわっ! す、すまない!」
岩城が剣道部の大会の応援に来てくれたことの返礼も兼ねて、紅白戦のサポートをしてくれた塚原が頭にハチマキを巻いてスタンドまで駆けつけてくれていた。そんな彼女に気付いて闘志にさらに火がついた岩城は球審に急ぐよう言われて、慌てて左バッターボックスへと入っていった。
(いつもは応援する側のウチが応援されるってのもいいもんだな! 体の奥底からパワーがみなぎってくる!)
溌剌とした表情を浮かべて岩城がバットを構えると一球目が投じられた。
「うおっ!?」
スイングの始動に入り足を上げた岩城は内に大きく外れたストレートに気づくと、後ろに倒れる形で見送った。
「ボール!」
(あおいによるとストライクとボールがはっきりわかれてるんだったな。ストライクゾーンにストレートが入ってきたら迷わず振るぞ!)
(これだけはっきり外れてるストレートに倒れたか。タイミングの取り方に幅がないタイプのバッターだな)
尻餅をついた岩城が立ち上がってバットを構え直すと2球目が投じられた。アウトコース真ん中へと向かっていくボールに岩城は上げた足を踏み込むと、フルスイングでバットを振り出した。
「どりゃあああ!」
先ほどの内に大きく外れたストレートが意識に残っていたこともあり、振り切られたバットの先をストレートが通過していった。
「ストライク!」
(たっはー……速いな!)
(……すげースイングだな。まともに打たれたら外野を越えられるかもしれねえ)
(タイミングの取り方に幅がないのは足を上げてるからだ。その分、前後の体重移動でスイングにパワーが乗ってるな)
ボールを受け取りながら定位置にいる外野とリードを広げる東雲の方にピッチャーが振り返り、少し間が空いてから3球目が投じられた。
(遠い!)
「ボール!」
(まだまだ荒れてるな……。さすがに3ボールにはしたくない。どうするか……)
今度はストレートが外に大きく外れ、2ボール1ストライク。ボールが先行する中、キャッチャーはどうするべきか思案を重ねる。
(……ちょっと怖いが、これでどうだ?)
(……! けど、それはさっき……。……分かったよ。今後こそ投げ込んでやる)
(まだ1ストライクだ。空振ってもまだ後がある。振り切るぞ!)
サインの交換が終わり、4球目が投じられた。真ん中付近に投げられたボールに岩城は足を上げてスイングの始動に入る。
「どっ……!?」
(ストレート……じゃない!?)
(コースは甘い! 岩城先輩、踏ん張ってください……!)
投じられた球種はスライダー。
「……りゃあああ!」
真ん中やや内寄りから岩城の身体へと向かうよう曲がっていくボールに、タイミングを外された岩城は食らいつくように踏み込んでバットを振り切った。
(よし、打ち取った!)
(くうぅ……! 待ち切れなかった。不覚!)
スライダーの上を擦るようにして放たれた打球はそれなりの勢いで一、二塁間へと転がっていくと、セカンドを守る相良が難なく追いついて一塁へと送球が行われた。
「アウト!」
(足を上げる打ち方はパワーを生み出すにはいいかもしれないけど、タイミングの微調整はしにくい。曲がりの小さい変化球には合わせきれないと思ってたよ)
岩城がセカンドゴロに倒れ、3アウトチェンジ。打ち取られた岩城は悔しそうにベンチへと戻っていく。
「良美、思い切りの良いスイングでしたよ。残心の心構えで、相手の反撃に備えていきましょう!」
「おお! 分かったぞ!」
しかし悔しそうな表情は塚原の檄もあって即座に切り替えられると、気を引き締め直して守備へと向かっていた。
「せ、先輩。肩作れてないんじゃ……」
「まだ今は必要ないんですけど。……あのままズルズルいかなかったのは褒めてやるんですけど」
「千秋……。ちっ、憎たらしいけど……あんなピッチングじゃ何を言われても仕方ねえや」
(あたいのピッチングを突きつけてやるどころか……目を覚まさせられたのはあたいの方だ)
一方の界皇ベンチではマウンドから帰ってきたピッチャーにブルペンから後輩キャッチャーと一緒に戻った鎌部が挑発とも取れる軽口を飛ばしたが、対するピッチャーは顔を顰めながらもそれに対する反論はしなかった。
「くそっ、高坂椿よりあたいの方を向かせようとしたのに。結局は千秋……あんたの無言の檄に救われちまった」
「ふん……。私は確かに高坂のことを気にしているんですけど。ただそれは対戦相手のことを見ていないわけではないんですけど」
「ち……」
(清城の時にしろ千秋は高坂椿を意識しながらも相手を見て戦っていた。対戦相手のことを見誤ったあたいにあれこれ指図される謂れはないって言いたいわけか……。振り向かせたいなら、まずあたいが対戦相手のことをよく見ろと)
「……どうやら、目は覚めたみたいね」
「キャプテン……。……はい」
「慢心を抱いて相手を舐めるのはやめなさいといつも言っているのは相手への礼儀もあるけれど。見下すような戦い方では敵の刃が研ぎ澄まされていれば、気づいた頃には斬られてしまうからよ」
「……分かりました。すみませんでした」
「分かればいいのよ。良い経験になったわね……と言えるよう」
レフトから戻ったレナが諭すように語りかけると、先ほどの鎌部とのやり取りもあってピッチャーは素直に反省をしていた。その様子に頷いたレナは、ピッチャーから視線を外してベンチ全体に一言を浴びせた。
「まずはこの回で追いつきましょう」
「はい!」
部員全員がその一言に覇気のある返事を上げると、無言で見守っていた監督は微笑を浮かべた。
グラウンドではファーストの守備についた野崎が界皇ベンチから上がった返事に気づくと、彼女らの顔を見て喫茶店で最後に高坂が浮かべた表情を思い出していた。
(こちらが一点リードしているのに……負けるとは微塵も思っていないように感じられます。強豪校ならではなんでしょうか……圧倒的な自信、それがひしひしと伝わってくるようです)
彼女たちから伝わる自信を前に気圧されそうになる野崎だったが、自分たちの積み上げてきたことを信じて声を張り上げた。
「皆さん。落ち着いていきましょう。練習でやってきたことを出していけば、大丈夫です!」
「夕姫ちゃん。うん! さぁ、声出していこー!」
「おおー! なのだー! あおいのところに打たせるのだー!」
「まずは1アウト取りましょう!」
一点リードで二回の表の守備を迎えた里ヶ浜は守らないと、と全体的に身体に余計な力が入っていた。しかし野崎を起点とした声出しで緊張がほぐれていくと共に、強張っていた身体も段々とやわらいでいった。
(……ふぅ。打順は8番から……確か、速球打ちとバントが得意なバッター。大丈夫。特徴も頭に入ってる。……抑えてみせる)
倉敷はこのまま失点しなければ勝てるという状況から特に緊張が顕著に表れていたが、周りを仲間の声出しに囲まれて肩に力が入っていたことに気づくと、深呼吸をして余計な力を逃していった。
そしてレナの一言で気合いが入った面持ちの8番バッターが右打席へと入り、2回の表が始まったのだった——。