二回の表、界皇高校の攻撃は8番から。右打席に入っていくバッターを見上げ、鈴木は情報を頭の中で整理していた。
(このバッターは球速のある投手相手には高い打率を残しているけど、軟投派投手は苦手としていたわね。思えば今大会でも清城戦では当たっていたけれど、さきがけ女子戦では繋がる打線の中で奮っていなかった。相性は悪くないはず……)
(里ヶ浜スタンドの応援が大きくなった気がするな。そういえば二回戦でもこんなことがあった。神宮寺が最終回にツーランを打った時だ。向月を破った清城があたしたち相手にもジャイアントキリングを観客に期待されたっけ。その時の試合を見てた奴らもそれなりにいるだろうな……今度は里ヶ浜に期待ってわけか。清城の奮闘が里ヶ浜に味方してる……? だとしたら勢いに乗らせたらさすがにやべえ。キャプテンの言う通りこの回で追いつかねえとな……ここは下位から良い流れ作らせてもらうぜ)
初回とは違い活気付く里ヶ浜のスタンド。バッターは地面をならしながら、自分たちの応援団にも劣らないほどの盛り上がりに二回戦で味わった空気感を重ねて感じ取っていた。やがて地面がならし終えられると一度腕を伸ばした先にあるバットを見つめ、グリップを握る手に力を込めてからバットが構えられた。
(低めぎりぎり……ボールか?)
真ん中低めへと投じられたストレート。低めギリギリにコントロールされたボールにバットが止められると、鈴木のミットはほとんど動かずにストレートを受け止めた。
「……ストライク!」
(……入ってたか。低めのストライクゾーンを掠めてった感じだ。良いコントロールしてやがるぜ)
「ナイスボールです!」
鈴木が声をかけながらボールを投げ渡すと倉敷はそれを頷きながら受け取った。
(いきなり点取られたけど、すぐに九十九達が逆転してくれた。打線に応えるためにもまず先頭バッターをしっかり切るわよ……!)
(あたし達みたいな速球の対策をしてる強豪相手にはあえて球速の遅い投手をぶつけてくるところもある。このチームはエースが元々そうだったみたいだけど……普段から高坂レベルのストレートを意識して練習してる分、このくらいのストレートには慣れてねえんだよな。といってもみんなは慣れないなりに、球速が遅い分見極めて捉えてるけどさ。あたしは正直苦手だぜ……。けど苦手だとか言ってられねえ。こういうやつ出てくるたびに打ち取られてたら、あたしのレギュラー危ねえんだよ……!)
賑やかな声援が上がるスタンドとは対照的にグラウンドが緊迫した空気で包まれる中、2球目が投じられた。
(同じコース!?)
(反応した! そのまま振って……!)
再び真ん中低めに投じられたストレートにバッターはスイングの始動に入った。
(……! 外れてるか!? くそっ、止まん……ねえや!)
低めに外れていることに気づいたバッターだったが振り出したバットは止まらず、そのまますくい上げるようにしてボールを打ち返した。高く打ち上がった打球はレフト方向への大きなフライとなって伸びると、上空を切り裂く間にファールラインを越えていった。
(ふう……ファールか。……!?)
打席から少し出たところでファールゾーンへと飛ぶ打球に足を止めたバッターはその視線の先で大声を張り上げながら打球を追う岩城に目を見開いた。
「うおおおお!」
(スタンドには多分届かん! 絶対に追いつくぞ!)
定位置にいた岩城から見て右の後方、ファールゾーンの深い位置に放たれた打球を彼女は懸命に追っていく。やがて打球が落ちてくると落下地点を進行方向の先に捉えた岩城は全力疾走で得た勢いそのままに真っ直ぐダイブした。そしてミットを伸ばした姿勢のまま身体を地面に擦らせた岩城の勢いが収まると駆け寄ってきた三塁審判によって判定が下された。
「アウト!」
(くっ、捕られたか……! 外れてるからとっさにファールにしようと思ったんだけどな。ストレートのスピードが無い分、打球に力を乗せきれなかった……)
「良美! ナイスガッツです!」
「おお!」
(さきほどチャンスで凡退してしまいましたが……しっかりと攻守の切り替えが出来たみたいですね。思えば以前良美はピンチを迎えることのある守備こそ特に応援が必要だと言っていました。切り替えて次のプレーに全身全霊を注ぐ意識というのを、良美は潜在的に持っているのかもしれません)
「舞子ー! 後ろにはウチらがついてるからな! 大船に乗ったつもりで投げ込めー!」
(大船にしては危なっかしいけどね。でも、頼りにしてるわよ)
立ち上がった岩城は飛び込んだ勢いでユニフォームについた汚れをものともせず、腹から声を出しながらボールを思い切り投げた。力み過ぎて届く前にバウンドしたボールを受け取った倉敷は遠くにいる岩城と目を合わせると、前へと向き直る。
(あたいが取られた点だ……。あたい自身がホームを踏んで追いつくぞ)
(この9番は帝陽から貰った資料でも参考になる程の打席データが無かった。とはいえピッチャー……ここはデータが無くても、上手くリードを組み立てられれば決して抑えられないバッターではないはず)
(分かったわ。アウトハイに……全力のストレート!)
右打席に入った9番バッターに対して6分割のアウトハイ目掛けてストレートが投じられた。するとこのボールに対してバッターは思い切りよく踏み込む。
(ストレートか。このくらいっ!)
(うっ!?)
そのまま振り出されたバットがストレートを捉えると流し打ちで打球が放たれた。ライト線に飛ばされた打球が野崎の見上げる先を越えていくと、鋭い当たりに倉敷は焦った表情で振り返る。
ライトを守る九十九がその打球の行方を見定めると、ダイレクトでの捕球は諦めて回り込むように追っていく。すると九十九がまだ打球の軌道の延長線上に入る前にボールが地面にバウンドした。
「……ファール!」
(……危ないな。今のはフェアなら長打にされていただろうね)
(ちっ、流し過ぎたか……)
打球は僅かにライト線から逸れてファール。長打性の当たりがファールになったことに九十九が一息つくと、同じように倉敷も安堵していた。
(ふぅ……ストレートの力だけじゃ、やっぱり抑えきれないってわけね。いきなり上手く合わせられた。そんな悪いとこいったわけじゃないのに)
(……助かったわ。けど、いきなり振ってきたわね。どうやらかなり打ち気のようね)
(一発で仕留めたかったな……。だが、悪くはねえ。このくらいの球速ならあたいでもついていける!)
(次は……インコース低めに、7割の力でストレート。厳しく狙う!)
走り出していたバッターが打席へと戻り、2球目。膝下に厳しく投じられたストレートにバッターは再びバットを振り出し、鋭いゴロで弾き返した。しかし引っ張った打球はフェアゾーンからは大きく逸れ、ファールとなる。
「先輩! もう少し引きつけると!」
(くっ……そうだな。今のはボールが少し遅かった。インコースだから引っ張っちまったが、センター方向に返すイメージの方が良いかもしれねえ)
(次は……)
(そこね。ストライクには入れず、けど外しすぎず……投げ込む!)
3球目。同じく7割程度の力を込めてインコース低めにストレートが投じられると、追い込まれていたバッターはバットを振り出そうとする。
(……いや、低い!)
「ボール!」
しかしスイングが止まり、これが低く外れて1ボール2ストライクとなった。
(同じコースかと思ったけど、ちょい外れてたな。
(今のは大きく外したわけじゃなかった。けど見てきたわね。……ここは)
(インハイの四隅に全力ストレートの要求か。けどボールでも良いってサインが出たわ。厳しくいけばそれで良いけど、中に入るくらいならボールになった方が良いってことね)
鈴木のサインに倉敷が力強く頷くと4球目が投じられた。
(くっ……際どい!)
インハイに投じられたストレートに一瞬反応が遅れたバッターはとっさにバットを振り出した。すると差し込まれ気味に僅かに高めに外れていたストレートの下を捉え、打球が高々と打ち上がる。
(……これは……)
立ち上がりながらマスクを上げて反転した鈴木だったがその足がすぐに止まると、打球はバックネットを越えてスタンドへと入っていった。
(ふー……危なかったな。今のは速い方か。なんとか対応出来たぜ。無理に引っ張ろうとしなければ当たらない速さじゃない。際どいストレートはとにかくカットして、少しでも甘く入ったらもらう!)
(前に飛ばしてくれたら助かるのだけれど……そう簡単には打ち取られてくれないようね。なら……)
(……! なるほどね……分かったわ)
意表を突かれながらもファールで逃れられたことに安堵の吐息を漏らしたバッターは集中を途切れさせずにバットを構え直す。球審からボールを受け取り倉敷へと投げ渡した鈴木はキャッチャーボックスに座り直すと、そんなバッターの引き締まった表情を見上げてからサインを送った。そして5球目。
(……!? ボールが……来ねえ! ……このっ……!)
スイングの始動に入ったバッターがアウトコース低めに投じられた球種がチェンジアップであることに気づくと、タイミングを崩されながら踏ん張り、バットを振り出した。
「ストライク! バッターアウト!」
(しまった! ストレートを意識し過ぎた……!)
しかしそれでも振り出すのが早く、ボールが来る前にバットが空を切った。その光景に倉敷は思わず拳を強く握る。
(よし……! 今日初めての三振!)
「ナイスピッチです!」
喜びを露わにする倉敷と同調するかのように鈴木も思わず笑みを溢すと、自然と声を張ってボールを投げ渡していた。
「どんまいやけん! どうやった?」
「沙智もストレート打ったから分かると思うが、ストレート自体は大した速さじゃないし、チェンジアップとの球速差も凄え落差があったわけじゃねえ。ただああも良いコースに二種類の速さのストレートを散らされるとな……どうしても意識が向いちまう」
(やっぱり厄介なのはあのコントロールやけんね。ここまで甘いボールは全然なかと。際どいボールを打たされるのと、緩急を使った攻めは注意しないとあかんね)
「なるほど……分かったと!」
「2アウトにしちまったけど頼んだぜ。切り込み隊長!」
「任せるけん! リードされたまま先輩をマウンドには上がらせんよ!」
2アウトとなりここで一巡して打順はトップの大和田へと回る。ランナー無しで迎えた打席だったが大和田の表情に陰りは見られなかった。右打席へと入りバットを構えた彼女が浮かべた微笑みはどこかこの逆境をも楽しんでいるかのような印象を里ヶ浜バッテリーに抱かせた。
(大和田か……さっきは打ち取ったとはいえ、良い当たり打たれてる。どうする、鈴木?)
(……初球は外しましょう)
(ん……分かった)
(このピッチャー、バッター毎に攻め方が結構違うけん。さっきあたしは初球から打っちゃったから……まずは様子見させてもらうと。……!)
倉敷が投じたボールは外に少し外れるチェンジアップ。そのボールを大和田は目を見張りながらバットを振り出すことなく見送り、球審のボールのコールが響いた。
(むー……いきなり遅い球から入ってきたと。確か
(界皇スタメン陣の中では最も小柄な大和田さんの一番確率が高い出塁方法はストライクやボールを問わず、低めを上手く転がしたヒットだったわ。……低めは慎重に使うとして……)
(なるほどね。対角線になるコースに……全力のストレート!)
「……!」
2球目となる全力のストレートがインコースの高めに投じられると大和田は身体を起こすようにしてこれを見送った。
「ストライク!」
(あちゃー……違ったと。速いストレートで来るとは思っとったんけど……)
待っていたコースと真逆とも言えるボールに大和田は一瞬意外そうな表情を浮かべてから体勢を戻すと、挑戦的な笑みを湛えながらバットを構え直した。
(続けて見たわね。積極打ちの大和田さんならそろそろ振ってくるはず……)
(もう一球、インハイに全力ストレート。けど一打席目と違って高めに外すんじゃなく……)
(これなら押さえ込むように捌けばファールになる可能性が高い。もし捉えるポイントが後ろになれば差し込んで打ち取れる。これで勝負にいきましょう!)
倉敷がサインに頷くと鈴木が腰を浮かせてミットを構え、そのミットを目掛けて再び全力投球が投じられた。
(インハイ……!)
投じられたストレートに反応した大和田はスイングの始動に入った。
(……外れてる!)
(なっ)
しかし大和田はそのままバットを振り出さずに足を地につけると、内に外されたストレートが鈴木のミットへと収まった。
「……ボール!」
(誘い球やね。打てそうやったし、振っても良かったけど……一打席目はそれで打ち取られたと。ここはしっかりボール球は我慢するけん)
(振り出したバットを止めたんじゃなく、目で見送られた……! これが大和田の正確な選球眼ってやつか……)
(見られた……いや、彼女なら見極められるかもしれないとは思っていたわ。けどそれでも彼女なら積極的に振ってくると思った……だから振ったらこちらに有利になる選択をしたのだけれど、裏目に出たわね……)
振らせたかった里ヶ浜バッテリーにとっては嫌な見送られ方となり2ボール1ストライク。ボールカウントが先行する中、鈴木は次に要求するボールを慎重に思案する。
(今のが一番速いボール。コースもはっきり外れていたわけじゃなかったわ。それを見送られたということは……これ以上ボール球を混ぜてもカウントを悪くするだけかもしれないわ。それなら……ストレートの緩急を使いましょう)
(9分割のインコース低めに7割のストレート……2球速い球を続けた後だし、有効ね。分かったわ)
少しの間を挟んでから鈴木のサインが送られると、そのサインに倉敷も納得して首が縦に振られた。そして4球目が投じられる。
(膝下、入ってる! ……これは……遅い方と!)
(……! 引きつけられた……!)
——キィィィン。快音がグラウンドに響き渡った。
(うっ、届かない!)
打球は翼の見上げる先を越えていくと定位置から後ろに走り出している永井から僅かにレフトに寄った場所でバウンドした。点々と転がっていく打球を永井は必死に追いかけると、外野フェンスに跳ね返って勢いをほとんど失ったところでようやく追いついた。
「サードだ! 急げっ!」
「は、はいっ!」
岩城の指示を受けて永井は深い位置から三塁に目掛けて送球を行った。送球は三塁の手前でワンバウンドし、東雲はちらっと大和田の位置を確認した後、諦めるように前に出て跳ね際を確実に押さえた。
(ふー、上手く打てたと!)
「な……なんと、スタンディングトリプルです! これは速い!」
駿足を飛ばして二塁をも蹴った大和田はスライディングを挟むことなく三塁へと到達していた。まさしく電光石火の速さを見せつけた大和田に、スタンドはどよめきに包まれる。
(なんて足……あれで三塁にいかれるなんて)
(足もそうだけど、上手く打たれてしまった……。低めを転がしてくるなら万が一打たれても単打止まりだと思ったのに、完全に緩急を見極めて長打にされてしまったわ)
(大和田の選球眼はコースだけじゃなく、ストレートの速さの見極めも鍛えられてるよ。まあ、大和田に限った話じゃないか。うちは優勝を目指してるからね……全国No.1ピッチャー高坂椿のフォーシームとゼロシームの見極めの対策をしてる成果が出たってところかな。さて、わたしも続かないとね。……絶対にこの回で追いつくんだ)
大和田のスリーベースヒットにより2アウトランナー三塁となり、一転してピンチを迎えた里ヶ浜。右打席へと入った相良はこの場面でも楽しそうに笑う大和田と目が合うと思わず表情を和ませたが、バットを構えた彼女は表情はさほど変わらずとも真剣な眼差しを相手に向けていた。
(切り替えるわよ、鈴木。スリーベースを打たれてもこのバッターさえ抑えればいいんだから)
(倉敷先輩。……そうですね。このバッターに集中……。……!)
「……! ……まさか……」
プレイが再開され、対峙する里ヶ浜バッテリーも点を与えさせまいと相良への集中を募らせようとする。しかし彼女たちの視界に入った人物がそう易々とはさせなかった。
(相良〜……頑張ると! あたしも精一杯やるけん!)
それは三塁ランナーの大和田。リードを広げる彼女を見て里ヶ浜バッテリーに一抹の不安がよぎった。
(……早々ないとは思うけど。もしかして……ホームスチール、なんてことないわよね)
(どうやら倉敷先輩も同じ考えね……)
先ほどの駿足を見せつけるようなスリーベースヒットから隙をついて本塁に走ってくるのではないかという予測が倉敷の頭に浮かんでしまっていた。そして彼女の向ける視線の先を見て鈴木も同様の考えに至る。
(……たとえ走って来なくても、意識しながら投げさせられるのはきついわ。……仕方ないわね。2アウトだけど、振りかぶらずに。そして……)
(……分かったわ)
鈴木から指示が送られ、東雲が三塁ベースに寄って守ると大和田もそのリードを狭めていく。
(助かるよ大和田。よし……後はわたし次第だな)
(これでクイックで投げれば簡単には走れないわね。……行くわよ、鈴木)
(はい。まずは……)
そして1球目。セットポジションからクイックモーションに入り、ボールが投じられた。
(チェンジアップか。これは外れてる!)
「ボール!」
(大和田への入りと同じか……次は?)
(……! さっきこいつに打たれたのは……なるほど。裏をかくわけね)
外にはっきりと外されたチェンジアップが見送られ、2球目。
(……!? また……!)
再び投じられた緩いボールがアウトコース低めやや中寄りへと沈んでいく。このボールに対し足が止まった相良はそのまま無理に振り出すことはせず見送った。
「ストライク!」
「ナイスボールです!」
(よし……上手く入れられたわ)
(さっき捉えたボール、しかも同じコースか。けどこれまでチェンジアップを2球続けてきたことはなかったからな。今のは読めない……けどさすがに3球は続けないだろうな)
(もう一球裏をかいても、チェンジアップの球威を考えれば対応されてしまう可能性が高いわ。ここはコントロールを使って……)
1ボール1ストライクとなり、3球目が投じられた。
(ストレート! ……際どい!)
アウトコース低めに7割の力で投じられたストレートは高さ・コース共にギリギリのコースに向かっていた。一瞬迷いが生じた相良はそのままバットは振らずにこのボールを見送る。
「……ストライク!」
(……よし!)
(振れなかった……いや、あれだけ際どいコースだ。追い込まれるまで手を出さないのはそう悪い判断じゃない。ただ今ので2ストライクか……)
際どいコースに決まったストレートに対し、球審が下した判定はストライク。双方の表情の明暗が分かれ、これで1ボール2ストライクとなる。
(さっきわたしはヒットを打ってるし、2アウトだから打って返すしかない。……本当にそうなのか? ……草刈キャプテンは相手を見下すような戦いはするなと言った。それは自分でも気付かないうちに見落としをするからだと。……今、わたしがこいつらを“見て”……なにか出来ることはないのか?)
(さっきとは違って外を3つ見せられた。これなら今度こそ……)
(インハイ、肘の辺りの高さに全力ストレートね。相良が最も苦手とするポイント……そこに……投げこむ!)
そして4球目が投じられた。
「……! なっ……!」
(切れることを恐れるな。クイックで投げたボールなら狙える。わたしの技術ならそれが出来る!)
クイックモーションから倉敷は指先に力を込めてインハイにストレートを投じた。すると彼女が取った構えに目を見開く。
——コン。軽い金属音と共に打球が転がった。
(スリーバント!? しまった……!)
「東雲さん!」
(くっ……!)
三塁線、ライン際に転がった打球に東雲が走り出す。その横を走る大和田は東雲より少し先を走り抜けていく。
(ホームは無理ね。ボールは……切れない! 一塁で刺すしかないわ!)
猛ダッシュで打球に近づいた東雲はミットで拾い上げるように捕ると右足で踏み込んでジャンプし、そのまま一塁へと送球を行った。そして送球が足を伸ばす野崎のミットへと届くと、ほぼ同時に相良も一塁ベースを駆け抜ける。
「……セーフ!」
(うっ……!?)
一塁審判の下した判定はセーフ。そしてそれが意味するところは……
「相良ー! ナイスバントと!」
「大和田もナイラン!」
大和田の本塁到達が認められ、界皇に同点となる2点目が入ったということだった。
(……や、やられた……。まさか界皇が浅い回から、こんなリスクのある手を使ってくるなんて……)
「……相良は守備を買われて夏大会スタメン入りしたというのは話したな」
「へっ? あ、ああ……」
「だが彼女は足を評価された大和田とは違い最初は下位打線での起用だったんだ。けれど、アイディア溢れるバッティングが評価されてな……ボーイズ時代に大和田と1番・2番を組んでいた経験もあって大会中に打順が上がったんだ」
「ああ……だから主に2番打者を務めていたなのか」
「そういうことだな。里ヶ浜はサードがベースについていたからな……しかもスリーバントは想定外だっただろう。際どいところに転がされると、刺すのは難しいだろうな」
「けどファールになったらその時点でアウトだ。折角のチャンスもふいにしちまう……中々リスキーだぜ」
「……そこが界皇の、彼女たちの強みかもしれないな。リスクのある選択肢を自信を持って敢行することが出来る。それだけの経験を積んできた自負があるんだ」
「私たちも気をつけねえとな……」
「そうだな」
(……同点か。しかし里ヶ浜は気落ちしている場合ではないな。何故ならここから界皇はクリーンナップに入る。さて、見ものだな……)
「タイムお願いします!」
リスクを負ったセーフティバントにより同点に追いつかれた里ヶ浜。さらに先ほど連打を浴びたクリーンナップを迎え、翼が一度目の守備のタイムを取ると、皆それぞれの表情でマウンドに集まっていくのだった。