皆で綴る物語   作:ゾネサー

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年末も近づいてきましたね。このタイミングで覗けばあるというのが好きなので、出来れば毎回日曜のいつもの時間に投稿してといきたいのですが難しくて、ぐぬぬとなってます。
次の2週間後の更新ですが、年跨ぐ前には投稿したいと思ってます。理想は27日。

年明けたら1月10日(目安)からまた週一更新に戻してやっていきます。それでは。


勝機へと費やして

「……ごめんなさい。セーフティへの懸念が抜け落ちていたわ……」

 

「東雲、顔を上げなさい。ここにいる誰一人として相良のセーフティを予見してたやつはいなかった。……そうでしょ?」

 

「悔しいけど、私も読みきれなかったわ」

 

「それは……そうかもしれませんが」

 

「東雲さん……一人で背負わないで。もし今のプレーに責任があるなら、それは私たち全員の責任だよ」

 

「有原さん。……そう、だったわね」

 

(一人で抱え込んでもロクな結果にはならない……。私たちはそのことを身をもって味わったものね)

 

 2アウトランナー三塁から仕掛けられた相良のセーフティバントに意表を突かれて一瞬スタートが遅れてしまった東雲はそのことを悔いているのが見てとれた。だが東雲が顔を上げると他の皆も同様にまんまとやられてしまったことを後悔しており、その上で先を見つめているのが彼女にも伝わった。

 

「今のは……相手の、アイディア溢れる見事なプレーでした。なら、私たちもそれに負けないくらいの良いプレーで応えましょう!」

 

「その通りなのだ! みんな、ちょっと耳を貸すのだ。今のプレーがあおいの勝負師魂を刺激したのだ」

 

 阿佐田が口元をミットで隠しながら思いついたことを伝える。するとその内容に思わず揃って目を大きく見開いていた。

 

「……どうなのだ?」

 

「なるほど……確かにあのバッターはインコースを苦にはしないですが、ヒットゾーンのデータでは思い切り引っ張った打球は少なかった。内のボールもショートの頭に打ち返すような意識で打ち返しているようでしたし……その作戦はありかもしれませんね」

 

「明條との試合でしたように投げてからっていうのはどうかな?」

 

「……いえ、それはやめた方がいいわ。さっきの打席で打たれたヒット、ボール球だったのに打球が速かったでしょう? 対応しきれない可能性が高いわよ」

 

「そっか。分かったよ!」

 

「後ろは頼んだわ。特にそっちには強いのが飛ぶかもしれないから」

 

「はい! 任せてください!」

 

「どんとこいなのだー!」

 

(この作戦はアタシのコントロールミスが命取りになる。信頼して託してくれたみんなの為にも、投げきってみせる!)

 

(……! これは……?)

 

 タイムが解かれて散っていく内野陣を見て右打席へと入った3番バッターは不思議そうな表情を浮かべていた。

 

(内野が予め全員右にシフトしてる。……いいのか? 三塁線がぽっかり空いてる。このくらいの球速のストレートなら狙えないことは……。……!)

 

 バッターが全体的に定位置から右側へと動いて構えた内野陣を訝しんでいると、倉敷がクイックモーションからボールを投じた。すると投じられたコースにバッターは目を見張りながらこのボールを見送った。

 

「……ボール!」

 

「その調子です!」

 

(アウトロー……それもかなり際どいとこだ。私は外は得意だけど……)

 

 アウトコース低めに投じられたストレートは僅かに外に外れており、ボールの判定が上がる。

 

(む……)

 

 次のボールが再びアウトコース低めの際どいところへと決まると、これもバッターは手を出さずに見送った。

 

「……ストライク!」

 

(……そういうことか)

 

 今度はストライクゾーンの隅を突くように決まったストレートをバットを振りだすそぶりもなく、じっくり見たバッターは腑に落ちた様子でバットを構え直していた。

 

(この打席……きっと外の、それも入るか入らないかのギリギリのところにしか来ないな。その球を打たせてシフトの網にかけるのが里ヶ浜の策なんだろう)

 

(先程の打席は初球から振ってきたから、今度はボール球から入ったけどバットを振らずに見てきた。このシフトに慎重になっているようね。だから2球目はストライクを要求して、それが上手くいった。問題はここから……2球続けて見てきたんだもの、そろそろこちらが外の出し入れだけで勝負してくる確信を得たはず……。けど、このシフトを敷いている以上裏をかいて内に投げるリスクは高すぎるわ。倉敷先輩の球速もこのバッターは苦にしていないようだし……)

 

 1ボール1ストライクとなり、ボールを受け取った倉敷はすぐには投球姿勢に入らず、プレートから足を外した。

 

(ふぅ……ギリギリを狙うのも楽じゃないわね。けど、これでいい。アタシの一番の武器はコントロール。それを生かすためなら、要求は厳しければ厳しいほどいい!)

 

 一度間を挟み気を引き締めた倉敷は再び前を向くと、鈴木からのサインを待った。

 

(バッターがどう来るかは意識しておいた方がいいわね。ヒットゾーンのデータを考えれば恐らく……)

 

(内野の頭を越えやすいアウトハイは来ないだろう。外野はほぼ定位置にいるしな。まあ2アウトのランナーいるから、下手に動かした外野を抜けば即一点だ。さすがに外野は動かしづらいだろうね。となるとアウトロー……そこに来るなら踏み込んで三塁線を狙ってみてもいいが……)

 

 それとなく三塁線を見たバッターは視線を倉敷に戻す。すると倉敷が首を縦に振った。

 

(多少甘く入ってくればいいけど、このピッチャーのコントロールは中々だ……引っ張るのが得意じゃない私が無理に狙っても、そう易々とは抜かせてくれないだろう。なら……自信のある方でいかせてもらうよ!)

 

(アウトコース低め……。鈴木のミットを良く見ろ! 出来れば、じゃない。絶対に、そこへ投げ込む!)

 

(二人とも凄い気合いが入ってるな。……勝負は一瞬で決まる。わたしも気を抜かずに走ろう)

 

 頷いた倉敷がよこした鋭い眼差しと、獲物を見つけたような獣のような眼光を帯びる3番バッターを見て相良はごくりと唾を飲み込んだ。そして倉敷の視線が外れると彼女の足が踏み込まれ、ボールが投じられた。

 

(やはりアウトロー! これを……!)

 

(振ってきた……!)

 

 アウトコース低めに投じられたストレートに対し、バッターはこの打席で初めてスイングの始動に入る。バックスイングからフォワードスイングへと移るステップで左足をバッターボックスギリギリまで踏み出し、内側へと捻って軸足とすると、鋭い腰の回転から繰り出されるフルスイングが空を裂き、そしてボールを捉えた。

 

(速い! けれど捕ってみせます!)

 

 一塁ランナーの相良がスタートを切る中、打球は目にも留まらぬ速さのライナーとなって一塁線を襲った。右寄りに守っていた野崎は自身の頭上へと放たれた打球に反応すると、飛び上がって懸命にファーストミットを上に伸ばした。そして野崎が着地して後ろに一歩二歩と下がると、一塁審判からコールが上げられた。

 

「アウト!」

 

(やられた……! 強い打球は飛ばせたけど、思ったより上がらなかった。この感触……してやられたよ。今のは2球目のストレートより、ボール一個分ってところか……低く外されたボール球だったんだ)

 

 一塁に向かって走り出したバッターランナーがファーストミットの先で掴み取るように捕られたボールを目にすると、減速しながら思い通りに打たされたことに気づき、悔しそうに唇を噛み締めた。

 

(や、やりました……!)

 

「野崎、ナイスキャッチ!」

 

「倉敷先輩もナイスボールでした……!」

 

 倉敷が野崎のもとに興奮気味に駆け寄ってくると勢いそのままにミットが重ね合わされ、二人の顔には自然と子供の頃のようにプレーの喜びがそのまま表情に浮かび上がっていた。

 

「レナ、わりぃ。繋げなかった」

 

「今のは相手を褒めるしかないわね。ひとまず追いつけたのだから、守備に集中しましょう」

 

「おう」

 

 ファーストライナーが成立したことで3アウトチェンジ。2回の表が終了し、裏の里ヶ浜の攻撃は7番の永井から。

 

(このピッチャーってほとんどストレートを投げてくるんだよね。それなら……)

 

(初回は情けないピッチングをしちまった。けどあたいはまだマウンドに立ってる……。なら、やることは一つしかねえ!)

 

(えっ!?)

 

 ストレートのタイミングを想定して踏み込み、バットを振り出した永井。しかし振り出したバットは空を切り、後方で捕球音が響いた。

 

「ストライク!」

 

(は、速い……! ストレートだと思って振ったのに、それでも全然振り遅れちゃってる……)

 

 投じられたストレートは想定よりも速く、永井は完全に振り遅れてしまっていた。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(うう……当たらなかった)

 

(このバッター、最後まで振り切ってきたな。……けど、警戒しすぎたか。バットがボールの下に入ってる……ストレートについてこれてない証拠だ)

 

 フルカウントからストライクゾーンに投じられた真ん中高めのストレートに空振り三振に取られてしまい、1アウト。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(しまった。手が出なかったわ……)

 

 2ボール2ストライクからインコース高めに投じられたストレートに鈴木は手を出せず見逃し三振で凡退し、2アウト。

 

(低い! ……!?)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(入った!? なんて伸び上がってくるような軌道なの……)

 

 フルカウントからアウトコース低めに投じられたストレートを倉敷は外れていると判断して見送ったが、球審の判定はストライク。

 

「なんと三者連続三振です! 圧巻のピッチングを見せつけました!」

 

(よし……!)

 

(むむむ……まずいのだ。ピッチャーだから9番に入ってるけど、まいちんは本来ならクリーンナップに入ってもおかしくないのだ。これはもう、あおいが一打席目で味わったピッチングとは別物だと思った方がいいのだ。ストレートの威力も、そして……コントロールも)

 

 倉敷が見逃し三振に倒れたことで3アウトとなり、ネクストサークルにいた阿佐田は相手ピッチャーの調子が上がっていることをひしひしと感じ取りながらベンチへと戻っていった。

 

「初回乱れたからどうなるかと思ったけど、三人で捻じ伏せたね」

 

「ああ……彼女は立ち上がりの遅い投手(スロースターター)だが、回が進むにつれ段々とギアを上げていくタイプだからな。本来彼女の調子が上がってくるのは3イニング目あたりだが……」

 

「初回に2番と4番がかなり粘ったからなー。その分球数投げさせられたから、浅い回でも調子が上がってきたんだな」

 

「そういうことだな。ただ……三人で終わらせたのにこの回も球数は多かったのが気になるな」

 

「まだ完全には調子が上がってないんじゃない?」

 

「それもあるだろう。だが……一番の理由はキャッチャーだ」

 

「キャッチャー?」

 

「ああ。際どいところに構えすぎなんだ。それでカウントが悪くなって、勝負にいかざるを得なくなっている。初回のピッチングでベンチから指示があったのかもしれないが……ピッチャーはずっと全力投球が続くわけではない。慎重にいくのも大事だが、それと同じくらい相手を呑んでかかることも必要だ……。彼女も悪いキャッチャーではないが、界皇は層が厚いからな。夏までは3年生バッテリーが引っ張ってきたこともあって、そういった判断がまだ甘い」

 

「なるほどね」

 

(そしてそれがあのピッチャーのもう一つの欠点にも繋がっている……。恐らく里ヶ浜もそのことを分かっているはずだ)

 

 2回の裏が終わり守備についていた界皇がベンチへと下がっていく中、バッターとして打席に立っていた倉敷もようやくベンチに戻ってきていた。

 

「鈴木」

 

「はい。なんでしょう?」

 

 8番バッターとして出ていた鈴木もレガースはつけていたが、まだプロテクターから上をつけ終えておらず、準備を進めていた。そんな鈴木に倉敷はバッターとしての装備を外しながら話しかける。

 

「続けながら聞いて。今日の試合のスタメンが発表された後の話……覚えてるわよね」

 

「……覚えてます」

 

「なら、アタシが言おうとしてることは……分かるわよね」

 

「……投げるんですね」

 

 そして話しかけられた鈴木は一昨日のミーティングの後のことを思い出していた。

 

「ミーティングはこれで終わりよね。……鈴木、ちょっと付き合ってくれる?」

 

「あ、ちょっと待ってください。近藤さん、あなたもこれに目を通しておいて」

 

「昨日帝陽から渡された界皇のバッターの情報……。分かりました。全部見ておくわね」

 

「お待たせしました。行きましょう」

 

 倉敷に呼ばれた鈴木は近藤に資料を渡すと、共に部屋を出ていく。彼女に連れられて宿舎を後にすると、二人は近くにある河川敷まで足を運んでいた。

 

「倉敷先輩? どうしたんですか?」

 

「他のやつにはあんま聞かせない方がいいと思ってね……。正直に言うわ。あのデータを見て……アタシに界皇の打線を本当に抑えられるのかって、不安になったのよ」

 

「先輩……」

 

「だから……やれることはやっておきたいのよ」

 

「投げ込みをするつもりですか? でも試合は明後日……」

 

「分かってるわ。10球でいい……もう一度試して欲しいボールがあるの」

 

「確かに10球なら影響は無いと思いますが……一体何を?」

 

「……カーブよ」

 

「……! カーブですか……。しかし、前に野崎さんと一緒に東雲さんに教えてもらった時は……」

 

「投げられなかったわね。アンタのミットの届くところには……」

 

「……もし投げることで先輩の不安が少しでも取り除けるなら、付き合いますよ」

 

「悪いわね」

 

(倉敷先輩は最初にピッチャーとして試しに投げてもらった時、ストレートをいきなりストライクゾーンに投げられた。そしてチェンジアップも浮いてはいたけれど、これもすぐにストライクゾーンに投げることが出来た。でも……)

 

 倉敷の頼みを聞き入れ、キャッチボールを挟んでから鈴木は座ってキャッチャーミットを構えた。そして倉敷が十分な距離を取って離れると丁寧に確認するようにボールを握り、いつものように振りかぶってボールを投じた。すると鋭く曲がったボールがとっさに立ち上がった鈴木のミットの上を越えて、河川敷の坂に直接当たって跳ね返ってくる。

 

(カーブは変化のキレはあるのだけれど、何回か試してもあの倉敷先輩のコントロールでも私の届くところにはほとんど来なかった)

 

 跳ね返ってきたボールを拾い上げ、ボールが投げ返される。次に投げられたボールはかなり手前でバウンドしてしまう。そしてその次と投げられていくも鈴木のミットにはボールは届かなかった。

 

(東雲さんに変化球を教えてもらったのは清城との練習試合の前……。けど届くところに来るとは限らないこのボールは賭けに近かったし、ペースを乱す恐れもあった。だからあの練習試合では要求しなかった)

 

 4、5、6球目もコントロールはバラバラで鈴木のミットには収まらなかった。

 

(けどその変化球練習の時カーブみたいに曲がらなくても、タイミングを外せるチェンジアップを私が伝えた。その時は握りが安定しなかったけれど、倉敷先輩が自主練で自分に合う握りを見つけてきた。そしてチェンジアップは最初からストライクゾーンには……つまり私の届くところには投げることが出来た)

 

 7……8……9……とボールが投げられていく。最初のように大暴投というほどではないが、これらも鈴木のミットからは離れて後ろへと抜けていった。

 

(まずコントロールの効くチェンジアップの練習を始め、コントロールのひどいカーブは短い期間では修正がかけられないと思ったから、秋大会が終わってから春大会までの長いオフシーズンで調整すると二人で相談して決めたわ。だから紅白戦ではカーブの選択肢は最初から外して、チェンジアップをどう生かすかという点を意識して配球を考えた……。勿論この秋大会も。……!)

 

 そして10球目。切れ味鋭く曲がったボールがアウトコースのストライクゾーンへと落ちていく。そのボールに反応した鈴木はミットが流れながらも、辛うじて捕球していた。

 

「10球中、1球か……」

 

「……先輩には申し訳ないですが……やはりカーブを使うのは難しいと思います。せめてボール球でも届くところに来ないと……」

 

「……そうね。悪かったわね、鈴木。こんなことに付き合わせて……」

 

「いえ……それは構わないですよ」

 

(……倉敷先輩、相当不安を感じているようね。確かに界皇の打線は恐ろしい。さきがけ女子戦では5回コールド、そしてあの神宮寺さんから14本ものヒットを打っている……。先発としてマウンドに上がる倉敷先輩にかかるプレッシャーは相当なものね)

 

「……1球……」

 

「え?」

 

「ランナーがいない状況でなら、1球だけ投げるのはアリかもしれません。たとえ外れても、このボールを相手に意識させることが出来れば……」

 

「……なるほど。確かに、それなら最悪入らなくてもいいってわけね」

 

「はい。ただあまり外れると効果はないかもしれませんが……」

 

「それでもいいわ。やれる手は全て打ちたい。今アタシに出来る全てのことを費やしたいの」

 

「……分かりました。では1球だけ、機を見て投げることにしましょう」

 

(それで倉敷先輩にかかるプレッシャーを少しでも和らげさせられるのならば。それにこのカーブの存在を頭に入れさせられたらストレートも生きてくるのは違いないのだから)

 

 そのことを思い出した鈴木はヘルメットをつけながら、ミットを手にした倉敷へと話を続けた。

 

「カーブを印象づけるためにも、まずはストレートを中心に配球を組み立てます」

 

「カーブは追い込んでから?」

 

「カウント次第で変える予定ですが、追い込んでからが一番効果的だと思っています」

 

「分かったわ」

 

(まずはストレートに集中ってわけね。これが甘く入れば、カーブを見せることもできない。ましてやバッターはあの……)

 

「……気合い入れていくわよ」

 

「はい!」

 

 互いに準備を整えると声を掛け合って二人ともグラウンドへと足を踏み出した。倉敷は帽子を力強く被り、鈴木はヘルメットをつけてそれぞれのポジションへとついた。

 

(三者凡退で良いリズムを作ってくれたわ。打線もそれに応えないとね)

 

 そして右打席には界皇の4番を務めるレナが入っていく。静かにバットを構える彼女から、里ヶ浜バッテリーはただならぬ威圧感を覚えていた。

 

(さっきの打席はアウトローの四隅に決まった全力投球を打たれた……。倉敷先輩、初球は……)

 

(内の低め、少しだけ低めに外して全力投球。ボール球だからって安心するな。肩はまだ軽い……このバッターに対しては一球一球決め球のつもりで投げ込む!)

 

 振りかぶった倉敷は投げる瞬間に指先に力を込めてボールを投じた。力の乗ったボールがインコース低めへと向かっていく。

 

(入って……いや、外れてる!)

 

「……ボール!」

 

(見たか……)

 

(今のは速い方ね。遅い方と比べると僅かだけれどコントロールがアバウトになる。この見極めはしっかりさせてもらうわ)

 

(要求通りには来てるわ。これなら厳しくストライクゾーンを突くことも出来る……)

 

(入れにいったら一巻の終わりよ。厳しく、けど腕もしっかり振り切って……!)

 

(……!)

 

 投じられた2球目もインコース低め、レナは先ほどの打席で感じた差し込まれるような勢いを感じながらも、バットを振り切った。

 

「ファール!」

 

(力のこもったボールね。それにコースも厳しかった。普段なら浅いカウントでは手は出さないけど、このピッチャーの場合そうすると簡単に追い込まれちゃうわ。厳しいコースでもここは振って、調整して合わせてみせる!)

 

 ボールの上を叩いたボールはそのまま勢いよく後方のフェンスまで転がっていき、ファールとなった。バットを振り切ったレナは今の感触を思い出すように一度目を閉じると、ゆっくりと目を開いてからバットを構え直した。

 

(倉敷先輩のストレートは今のが上限の球速。これ以上の力押しは出来ないわ)

 

(7割のストレートを、四隅より少しだけ内に……。これも厳しい要求ね。けど……!)

 

(……ここ!)

 

 3球目もインローへと投じられたストレート。このボールに対してレナは一拍置いてからバットを振り出した。すると捉えた打球がライナーとなってレフト線を襲う。

 

「……ファール!」

 

(あ、危ない……! 今のはフェアになってもおかしくなかったわ)

 

(もう少しだけ溜めたかったな。けど、それだけさっきのストレートが良かった……ただ私のミス、というだけで片付けては足元をすくわれるわ)

 

(……肝が冷えたわ。けど、追い込んだ……!)

 

 僅かにファールゾーンへと逸れたライナー、一歩間違えれば長打という当たりに倉敷は薄氷を踏む思いを抱きながらも、受け取ったボールを握りしめた。

 

(このピッチャーにはチェンジアップがある。引っ掛けさせられないように注意して……。……! ストレート!)

 

 4球目がインコース高めに投じられるとこのボールにレナはスイングの始動に入った。

 

(……高い!)

 

「……ボール!」

 

 振り出したバットを止める形でボールが見送られると、高めに外れていたストレートにボールの判定が上がった。鈴木がスイングを主張したが、一塁審判に確認が行われると球審の判定通りノースイングとされる。

 

(さっきの打席はボール2つ分外したボールを見られたけど、今度はボール1つ分。それでもバットを止められた……。なんてバッターなの)

 

(……倉敷先輩)

 

(……! 分かったわ……!)

 

(先ほどの打席はインハイを挟んだ後はアウトローの速いストレートだったわね。ヒットにはしたけど……今度はどう来るかしら。追い込まれている以上、どんなボールが来たとしても食らいついていくしかないわね)

 

 2ボール2ストライク。倉敷は上がる心拍数を感じながらミットの中で握りを確認していた。

 

(外れてもフルカウントになるだけ。鈴木もそれを考えてここで要求してくれたはずよ。落ち着いて……。そして、集中するのよ。……! 鈴木……)

 

(大丈夫です……。上を抜けていく大暴投以外は身体を張ってでも止めてみせます)

 

 鈴木は構えを少し変えて、両ひざを立てて腰を浮かせ、ミットをど真ん中に置いて大きく構えるようにしていた。そんな鈴木を見て倉敷は肩に入り過ぎていた力が抜けていくような感覚を覚えていた。

 

(……投げてみせる、というより。……投げられる……)

 

 気づいたら倉敷は振りかぶり、足を踏み込み、腕を振り切っていた。

 

(高めのボール球?)

 

 ボールは真ん中高めに向かって投じられていた。すると人差し指と中指で押し込むようにして投げられたボールは縫い目にかかっていた中指に引っ掛かるように強い回転がかかっており、軌道に変化を与えていく。

 

(……違う!?)

 

 投じられ、ホームに向かうボールは次第に下向きの変化を始めていた。ボールを引きつけていたレナはこの曲がり始めの変化に反射的に反応すると、バットを振り出す。ボールはそのまま高めに外れた位置から割れるようにストライクゾーンへと入っていくと、鈴木はミットの位置を上に上げて捕球しにいった。その直後。

 ——シュイン、と強く擦るような金属音が響いた。

 

「……! ファースト!」

 

「はいっ! ……あ……」

 

 打球は高く打ち上がっていた。恐ろしいほどの回転がかけられたボールは次第にスライスしていき、そしてバウンドした。

 

「ファール!」

 

「……! な……」

 

 一塁側フェンスを越え、打球はファールスタンドで高くバウンドした。その光景に倉敷は動揺を隠せなかった。

 

(この試合、1球だけ投げるカーブ。いくら界皇の4番だって決まりさえすればこの変化にいきなりついていけない。そう思ってたのに……)

 

(あ、当てた……。完全に高めに外れているボール球にしか見えなかったはず。そこから下に大きくドロップして入る倉敷先輩のカーブを……。しかもカーブを持っている情報なんて知るはずがないのに。彼女は今、曲がり始めの僅かな変化と……バッターとしての本能だけで初見の変化球をファールにしたというの……!?)

 

(……危なかった……。低めに決まっていれば、当てられなかったわ。ほとんど真ん中に入っていたから、なんとか当てられた。高めのボール球と決めつけなかったのが幸いしたわね)

 

 フェアゾーンには入らないボールを見上げていたレナはファールのコールを聞くとバットを構え直した。しかし、泰然と構えているように見える彼女も今のキレの良い変化球に心の中では驚いていた。

 

(……それでも予定通りカーブの軌道を見せることが出来た。カーブが頭にある今なら……初回に打たれたボールも今度は対応出来ないかもしれない)

 

(アウトローの四隅に……全力投球)

 

 当てられはしたが当初の目的の一つであるカーブを意識させることは達成したと考え、鈴木は初回に紙一重の差で打たれたボールをもう一度要求した。それに倉敷は頷くと、投球姿勢に入りボールを投じた。

 

(アウトコース真ん中……また変化球?)

 

(えっ……!?)

 

(……いや……ストレート!)

 

 力を込めて投じられたストレートは真ん中の高さ、コースもアウトコースではあったが中に寄っていた。このボールを変化球を警戒しながら引きつけたレナはストレートと判断すると自身より後ろのポイントでストレートを捉え、バットを振り切った。

 

(……! し、しまった……!)

 

 倉敷がハッとした表情を浮かべて振り返る中、ライナーで放たれた打球は後ろを向いて走る九十九の頭を越え、ライトフェンスにダイレクトで当たった——。




後書き。

書くか迷ったんですが、探すのも大変かと思って書くことに。

7話で倉敷がチェンジアップのことを説明する際に、野崎が東雲に教えてもらった球種である「カーブやスライダーも投げられなくて」と言ったすぐ後に倉敷が「カーブみたいに曲がらなくてもタイミングを外せるこのボール」とカーブのみをピックアップして、みたいに曲がると形容したのは今回のような経緯があったことが理由です。

直接的な伏線としては2回戦の明條戦が始まったばかりでカーブに反応したことが挙げられますが、こういうちょっとした小ネタのようなものもあったという紹介でした。
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