皆で綴る物語   作:ゾネサー

61 / 72
明けましておめでとうございます!


バッテリー

 4回の表の界皇高校の攻撃が始まった。打順は8番から。右打席へと入ったバッターはバットの先を見つめるようにしてゆっくりと息を吐き出していた。

 

(さっきの打席は結局打たされちまった。あれだけ気合い入れたのに空回りさせられたんだ。チームはリードしてるけど、あたし達下位打線がブレーキになってなければもっと余裕を持った展開に出来てたのに……)

 

 息を吐き出しきったバッターは視線の先をスコアボードへと移す。3回を終え、里ヶ浜には得点2・ヒット3が刻まれているのに対し、自身の属する界皇には得点3・ヒット6が刻まれていた。

 

(……でも、それはあたしたちに油断があったからじゃない。このバッテリーがそれだけの手を打ち、実行してきてるんだ。ここまででそれは良く分かった……それを認めた上で、どうするかだ)

 

 僅かなリードを広げるべく、バッターは視線を倉敷へと落とすと暫しの考慮の末にバットを構えた。

 

(さっきは真ん中低めに入れた後、次の真ん中低めに外したストレートでレフトへのファールフライに打たせて取ったわ。……ここも真ん中低めの際どいところから入りましょう。バッターにとっては先ほど打たされた嫌なボール……焦って手を出せば、この高さなら内野の捕球範囲に飛ぶ可能性が高いわ)

 

(その高さに決まれば簡単にヒットには出来ないし、外れても良いってサインも出た。カーブを意識してるのか早打ちになってるって鈴木は言ってたし、気持ちボール球にするつもりで低めを突いてく……!)

 

 鈴木が手を地面に向けて押し出すようなジェスチャーを送ると、倉敷はそれに頷いてから投球姿勢に入りボールを投じた。すると要求通り真ん中低めに投じられた7割ストレートをバッターは振り出すことなく見送った。

 

「……ボール!」

 

(……外れてくれたか)

 

(しびれるくらい枠ギリギリのところに……ほんの少し低かったけど、この高さならそうは打てないわね)

 

「その調子です!」

 

(今はコースより高さに集中……バックを信じて打たせて取りにいく!)

 

 僅かに低めに外れてボールとなったものの、要求に応えてくれた倉敷に鈴木はその意識を肯定するように声をかけながらボールを投げ返した。声とそのボールを受け止めた倉敷はストライクゾーンの枠の低めのラインを強く意識して振りかぶった。

 

(あたしがこの手のピッチャーに振り回しても、打たされるのがオチ……。ここはなんでもかんでも振りにいくんじゃなく、予め振るコースを絞っておく! ……! また真ん中低めか……)

 

「……ストライク!」

 

「ナイスボールです!」

 

 続けて真ん中低めに投じられた7割ストレートが再びしっかり低めに決まると今度はストライク。バッターは続けて真ん中低めに来たことに内心驚きを覚えながらも、努めて表情には出さずにバットを構え直した。

 

(続けてバットを振らなかったわね……。何が狙いかしら? 二つとも低めの良い高さに決まったから無理してこなかったのかもしれないわね。追い込まれるまではある程度浮いたボールに絞るのは定石……なら、ここはもう一球低めで追いこんでおきたいわ)

 

(さすがに三連続で真ん中低めは避けるのね。今度は……)

 

(インローか……!)

 

 3球目として投じられたボールはインコース低めへの7割ストレート。高さを重視して投じられた分、中へと少し寄っていたボールだったが、このボールにもバッターはバットを振り出すことはなかった。

 

「……ストライク!」

 

(うっ……)

 

(よし、取ってくれた!)

 

 際どい高さだったがストライクの判定が上がり、1ボール2ストライク。あっさりと追い込まれたバッターは一瞬顔を顰めるとそれを誤魔化すようにヘルメットへと手を伸ばし、位置を調整して間を置いた。

 

(問題はここからね……。何か狙いを変えてくるかもしれないわ。……一球全力のストレートを挟みましょう。内に厳しく……外れても振ってくれるかもしれません。カウントが有利なうちに思い切って狙ってみましょう)

 

(インコース真ん中に全力ストレート。低めに目付けしてるところで、7割との球速差も使ってそこで勝負か。入れにいくな……アタシの球威だと内のボールに合わせられたら長打にされてもおかしくないわ。むしろインコースを攻める気持ちで……!)

 

(追い込まれちまった……けど、追い込まれたからって焦って打ちにいけばそれこそ相手の思うツボだ。じたばたしたってしょうがねえ……コースはこのまま絞る! ……! インコース……!?)

 

 1ボール2ストライクとなり、4球目。今度はストライクゾーンの枠の内のラインを強く意識して倉敷は全力投球を投じた。するとバッターは振り出すことが出来ずにボールを見送り、鈴木は少しミットを内に動かし心地良い捕球音をならした。

 

「……ボール!」

 

(……ふうぅ……。危ねえ……)

 

(惜しい! 球速差が効いたのかしら。上手く内への反応は遅らせられたけど、少しだけ逸れたわね。ただ全力投球ならこれはむしろ想定内。外れても次のボールへの布石になるわ)

 

(分かってる。界皇のバッターには下手に入れにいくほうが危ないって。力で捩じ伏せられるならそれも勝負。けど、アタシの球威じゃそれは勝負にならない。ならこの一球一球のコントロールこそがアタシにとっての勝負!)

 

 インコースを厳しく突いたストレートは僅かに内に外れてボール。外れはしたものの際どいコースを攻め切ったボールにバッテリーは手応えを感じ、バッターは対照的に焦燥感を覚えていた。

 

(……落ち着け……。バッターってのは3割打てれば好打者だ。このピッチャーはみんなからの情報を纏めると9分割で投げ分けてくるくらいの意識を持った方が良い。と言ってもど真ん中はまず来ないだろう。本当にど真ん中ならさすがにこの球速だ……反射的に打てる。なら一球につき賭けが当たる確率は8分の1でそれを3回以上は試せる。3回でも当たる確率は3割を超える……そこまで分の悪い賭けじゃないはずだ。そう決めて打席に立った以上、最後まで貫く!)

 

 バッターは内に決まったストレートから離れるように下がっていきバッターボックスから一旦出ると、ヘルメットをバットを乗せるように叩いて焦りで混乱する頭の中を鎮め、再び打席へと入り直してバットを構えた。

 

(アイツの顔……1点リードしてるのに、むしろリードされて後がないようだわ。でも余裕が無いというよりは……そうだ。アタシはピッチャーとして何回か感じてきた。試合終盤、何としても追いついてやるという相手の気迫を……。それほど今のアイツからは絶対に打つという強い気持ちを感じるわ)

 

 打席に入り直したバッターの鬼気迫った顔つきを目にした倉敷は背筋が凍る感覚を覚え、気を引き締めると構えられた鈴木のミットを見つめた。

 

(アタシも気持ちでは負けない! アウトコース低めに7割ストレートを……さっき内を攻めたように、この外も逃げるんじゃなく……攻める!)

 

(勿論この計算は張ったコースに来たボールを必ずヒットに出来ねえと成り立たねえ。だからそこに来たら……打つんだ! 必ず打ってやる……!)

 

 そして倉敷が投球姿勢に入り、4球目が投じられた。

 

(構えたところにドンピシャ……! ナイスボールです!)

 

(……来た! アウトロー……!)

 

(……!?)

 

 アウトコース低めに厳しく投じられた7割ストレートが鈴木の構えたミットへと一直線に向かっていく。しかしミットとボールの邂逅を妨げるように振り出されたバットが間に割って入った。

 

(踏み込んで打ち返された!?)

 

(ライナー! 速い!)

 

 踏み込んだバッターはボールを思い切って引っ張ると打球は三遊間へとライナーで放たれていた。ややショート寄りに放たれた打球に翼は横っ飛びで食らいつき、ミットを伸ばす。

 

(うっ!?)

 

 しかし打球は伸ばしたミットの先を抜けていき、外野の芝でバウンドした。勢いよく転がっていく打球を岩城が収めると、バッターは一塁から少し回ったところで止まり、ベースへと戻っていく。

 

(くっ、良いとこに決まったのに打たれた……!)

 

(ふぅ……。普通コースを一点張りするのは追い込まれるまでだ。狙いと違ったら簡単にアウトを献上しちまうからな。だがどんなボールも対応できるようにって構えると満遍なくコースを意識する分、厳しいコースに決まるとヒットにするのは難しくなる。今のボールなんかいい例だ。アウトローに絞ってたからなんとかヒットに出来たけど、そうじゃなきゃカットだって出来たかどうか……)

 

 自信を持って投げ切ったボールを打たれ悔しそうな表情を浮かべる倉敷をちらっと見たバッターランナーは彼女を背にし、バッティンググローブを外しながら賭けが上手くいったことに安堵の吐息を吐き出していた。

 

(アウトコースのボールをレフト前に……私も8番バッターの型破りなバッティングには苦労させられました。……先発ピッチャーというのは体力を後半に残すためにも下位打線相手には力を抜いておきたいところ。しかし界皇は下位打線であっても息もつかせぬ攻撃を展開してきました。下位から上位へと線として繋がる怒涛の攻撃に……耐えられると良いのですが)

 

 ラジオからの実況を聞いた神宮寺は自身も経験した界皇打線の驚異的な繋がりが脳裏にフラッシュバックされていき、連なるように一抹の不安が浮かび上がっていた。

 

「ここから見ても良いボールいってますよ! その調子でガンガンいきましょう!」

 

「……そうね。分かったわ」

 

 翼に声をかけられた倉敷は彼女を通してボールを受け取ると、帽子を外して額の汗を拭い、打たれた悔しさを切り替えるように帽子を被り直した。

 

(助かるわ翼。……倉敷先輩は球威がある方じゃない。だからコースに決まっても、1試合に何本かはこういうヒットが出てしまう。大事なのはヒットにされた後、どうするか……。先ほどの回、界皇はチームで進塁を意識したバッティングをしてきた。次は9番のピッチャーであることも踏まえると恐らくこの回も……。……やはり)

 

 続く9番打者が右打席に入るとバントの構えを取った。その様子を見上げた鈴木は案の定送りバントで来ると考え、どうするべきか考え込む。

 

(下手にヒッティングに切り替えられると厄介だわ。ここはバントをやらせましょう。ただし……)

 

(チャージをかけるんですね。分かりました!)

 

(転がさせて、二塁でのフォースアウトを狙うというわけね。とはいえ二塁でのアウトと決めつけては危ないわ。正確なフィルダースチョイスのためにも、タイミングには細心の注意を払わないと)

 

 結論を出した鈴木は野手へとブロックサインを送り、そのサインを受けた野崎と東雲は心の中で頷いた。

 

(次に倉敷先輩は……)

 

(低めのストライクゾーンに全力投球ね。コースの指定が大雑把なのは、細かいコントロールよりボール自体の力が重要ってこと。少しでも打球の勢いを強くするためにも……腕を思い切り振り抜く!)

 

 出されたサインの意図を汲み取った倉敷は力強く首を縦に振るとセットポジションに入り、ランナーの方をチラッと見た。小さくはないが刺せるほど大きくもリードを広げていないランナーを確認した倉敷は視線を前に戻すと、そのままクイックモーションに入り、低めに力強いボールを投げ込むことだけを意識してストレートを投じた。バント警戒で少し前に出ていた二人は、まず東雲が先にダッシュし、続いて投球とほぼ同じタイミングで野崎がダッシュをかけている。そしてボールを投じた倉敷は野崎に続こうとしたが、その足は驚きと共に止められた。

 

(速い! これは変化球じゃないな。これを指示通り……ゴロで打ち返す!)

 

(まずい!)

 

(えっ……!)

 

(バスター!?)

 

 バントの構えを解いたバッターにチャージをかけた二人が慌ててブレーキをかけようとする中、真ん中低めやや内寄りに投じられたストレートが低い弾道で打ち返された。

 

「……っ!?」

 

「あ、危ない!」

 

 すると弾き返された打球がちょうどバウンドしようかという地点に反応よく前に出た東雲の足があり、それが目に入った鈴木は声をあげていた。

 

(げっ。横を抜こうと思ったのに正面にいっちまった……!)

 

(捕る! ……うっ!?)

 

 足へと向かう打球に反射的に避けそうになるのを抑え、東雲は必死でミットを下へと伸ばした。しかし通常より大幅に前に出た上に、ブレーキをかけた状態で万全の捕球体勢には至らなかった東雲がこれを捕ることは出来なかった。

 

「翼! カバーに!」

 

「……! 分かった!」

 

 それでもとっさに伸ばしたミットは外側で打球に触れていた。僅かに軌道が変わった打球は東雲の足から逸れていくと、減速して三遊間へと転がっていった。バント時の二塁フォースアウトを想定して二塁ベースに足が向いていた翼は鈴木の指示を受けて反転し、打球を追いかけた。するとミットに触れた分打球の勢いが落ちていたこともあり、深い位置でミットに収めることに成功する。そしてボールを捕った翼は身体を翻しランナーの状況を確認した。

 

(う……ダメだ。間に合わない!)

 

 しかし追いつくのに時間を要したこともあって一塁ランナーは既に二塁に到達していた。バッターランナーも一塁ベース手前まで来ており、翼は無理に一塁に投げることはせず完全に身体を二塁に向けると、送球の隙を窺っていたランナーはそれに気づいてベースへと戻っていく。

 

(しまった……。まさかピッチャーにバスターをさせてくるなんて。界皇といえどもさすがに堅実な手で来ると思ったから、片方だけじゃなく二人にチャージをかけさせたのに……完全に裏目に出てしまった)

 

(確かにアイツはさっきの打席も良い当たりは打ってた。ボールのスピードを苦にはしてなかったからこその強気の策か……やられたわね)

 

「東雲さん。大丈夫!?」

 

「ええ。平気よ。足には当たらなかったわ」

 

 ランナーがベースに戻るのを見届けた翼は一目散に東雲のもとに駆け寄る。空いた三塁ベースに戻っていた東雲は翼の方に足を伸ばして見せ、それを確認した翼は本当に大事に至らなかったことが分かり安心していた。

 

「そこの……ちょっといいか?」

 

「はい?」

 

 すると二塁にたどり着いたランナーが話しかけてきた。翼に意識が向いているところで不意に話しかけられた東雲はやや素っ頓狂な声で返事をする。

 

「悪かったな。あいつも足を狙ったわけじゃねえんだ。許してやってくれねえか」

 

 話しかけてきたランナーの指差す先では打ったバッターが申し訳なさそうに胸の前で手を合わせていた。

 

「……何かと思えば。別に謝らなくていいですよ。今のは不用意なチャージをかけたこちらのミスですから」

 

「……そ。なら良かった」

 

 その様子を一瞥した東雲は一塁に向けて軽く手を挙げて構わないことをアピールすると、話しかけてきたランナーにも謝罪の必要は無いと伝えて背を向けていた。

 

(硬球が至近距離から身体に向かってくるのは、想像以上に怖えもんなんだがな。それでも捕りにいって、しかも謝られたのがむしろ気に食わなかったみてえだ。気が強いサードだな……そういうやつは嫌いじゃねえけどな)

 

「これでノーアウトランナー一塁・二塁となりました。打順は1番の大和田選手へと戻ります! 界皇、これは願ってもない追加点のチャンスです!」

 

 そして9番バッターが一塁ランナーとしての準備を終えたところで、右打席に大和田が入っていった。

 

(……! また……)

 

 すると大和田もバントの構えを取り、その光景に鈴木は目を見張った。

 

(送りバントでアウトカウントを1つ犠牲に二塁・三塁の状況を作るのは定石だけれど……またバスターで来るかもしれないわ。……チャージはかけづらいわね。なら、ここはどちらで来ても打ち上げさせたいわ)

 

(……! インハイの四隅を狙って全力投球……いきなり?)

 

 鈴木からの出されたサインに倉敷は眉をひそめる。そして倉敷は少し考えた末に首を横に振った。

 

(え……)

 

(鈴木、落ち着いて。確かに相手がどんな手で来るかは分からない。けどいきなりそこまで厳しいコースに、しかも全力のストレートだとボールになる可能性も高い。大和田は選球眼が良い……ボールなら恐らく見られるわ。今の状況でボールを先行させるのはまずいわよ)

 

(……確かにまずい要求だったかもしれないわ。厳しく攻めなくてはいけない場面というのもある。けど、厳しく攻めるばかりでは下手をしたらこちらから崩れてしまうわ。……もしかして……それが狙いで揺さぶりをかけている?)

 

 首を振られ鈴木はいささか呆然としていたが、途端にハッとした表情を浮かべると次のサインを送った。そのサインに倉敷は今度は首を縦に振ると、投球姿勢に入りボールを投じた。するとアウトハイの大雑把なコースに全力のストレートが決まり、大和田はこれをバットを引いた状態のまま見送った。

 

「ストライク!」

 

(バットを引いてきた……ということは)

 

(うっ……しまったと)

 

「送らないのかな?」

 

「サインの変更はあるかもしれないがな。大和田の選球眼なら今のはストライクだということはすぐに分かったはずだ。送りなら見逃す必要はない。バスターにしても振ろうとする素振りも無かった……。バントは構えだけで、カウントを有利にするための揺さぶりだったのだろうな」

 

(カウントを悪くすれば後手に回ることになり、里ヶ浜にとってはそれだけ不利になる。この場面、ストライクから入れたのは大きいぞ)

 

(あらら……やられたね。大和田はもう少し小細工が上手ければいいんだけど)

 

(うう……だって待球のサインが出てたんやもん。でもストライクを簡単に見逃しちゃったのはまずかったと〜。挽回してやるけん! サインは……よし! 待球が解除されたと!)

 

(送りバントに変えてくるかしら。バントの構えは解いたみたいだけど……。……1ストライクの場面、送るならここは確実に送っておきたいところよ。失敗の確率が上がるセーフティ気味の送りバントは私ならさせないわ。……なら)

 

(ここでそのサインってことは……鈴木はヒッティングで来ると読んでるのね。アタシもそう思うわ。行くわよ……)

 

 0ボール1ストライクとなり2球目。投球姿勢に入った倉敷は膝下を狙って思い切り腕を振り切った。

 

(もらっ……!?)

 

 振り切られた腕とは対照的に抜かれたボールにストレートのタイミングで踏み込んだ大和田はとっさに踏ん張ったが、ボールがホームベースに到達する前にバットが振られて空を切った。

 

「ストライク!」

 

「ナイスボールです!」

 

(チェンジアップはストレートと同じくらい腕を振り切ってこそ相手もギャップに惑わされる。練習を始めた頃は力が入りにくいから、つい腕の振りが緩くなっちゃうことがあったけど……もう大丈夫。自信を持って投げ込めるわ)

 

(しもた……。前のめりになってしまったと。このピッチャーは速くないけど、前で捌くと振らされちゃうけん。落ち着いてセンター返しを意識しないとやね)

 

 倉敷が鈴木からの掛け声と共にボールを受け取ると3球目。アウトコースに7割ストレートが向かっていく。

 

(……低い!)

 

「ボール!」

 

 このボールを引きつけた大和田は外れていると判断して見送ると、その判断通り低めに外れて1ボール2ストライクとなった。

 

(倉敷先輩、今こそ……!)

 

(……そうね)

 

(しっかり見極めて打ち返すと……!)

 

 そして4球目が投じられた。

 

(……!? インハイ……!)

 

(四隅を狙った全力ストレート……さっきは首を振ったけど、追い込んだ今なら……!)

 

 鈴木の要求はこの打席が始まって最初に送ったサインと同じもの。すなわちインハイの四隅を全力のストレートで狙うものだった。

 

(……際どか! 振らなきゃ……)

 

 見逃すには際どく、大和田はこのボールを振りにいった。すると僅かに差し込まれたポイントでボールが捉えられ、そして弾き返された。打球は倉敷の横を抜けていくと、そのまま二遊間へと転がっていく。

 

「任せるのだ!」

 

 すると身体を外野方向に向けながら阿佐田がセカンド寄りに放たれたゴロに追いすがり、逆シングルでの捕球を試みた。

 

(三塁は……ちょいと厳しいのだ)

 

「つばさ!」

 

「はい!」

 

 辛うじて阿佐田はミットの先で掴み取るようにして打球に追いついた。だがギリギリの捕球に加えて逆シングルのきつい体勢もありすぐには投げられず、バランスを整えるように一歩二歩と挟んでからボールを取り出し、腕が下がった状態のまま手のひらで押し出すようにして二塁へと投げた。

 

「アウト!」

 

「夕姫ちゃん!」

 

 二塁ベース手前でボールを受け取りベースを踏んだ翼はその勢いのままベースに向かってスライディングをする一塁ランナーをジャンプして躱しつつ、一塁へと送球を行った。

 

「セーフ!」

 

(これでも刺せないかぁ……!)

 

 一塁はほんの少し余裕を残してセーフ。ダブルプレーを狙えると思った翼はその足の速さに改めて驚いていた。

 

(くぅ……抜けなかったと。センター返しにはなったけど変化球も打てるように引きつけた分、少し差し込まれてしまったけん)

 

 一塁を全速力で駆け抜けた大和田はダブルプレーに取られなかったものの、目論見通りセンター前ヒットとはならず悔しそうに唇を曲げていた。

 これにより1アウトランナー一塁・三塁となり、右打席に相良が入っていく。

 

「大和田に送らせなかったのは彼女の足ならそう簡単にはダブルプレーに取られないからだ。それに……」

 

 牽制球が送られたが難なく大和田がベースに戻ると倉敷にボールが投げ返される。それを受け取った倉敷はセットポジションに入るとしばらく間を空けてから、クイックモーションへと移った。

 

「走りました!」

 

(やっぱり来たか……!)

 

 アウトハイの大雑把なストライクゾーンに全力でストレートが投じられると相良が振り出したバットは空を切り、ストライクとなった。

 

(……間に合わない!)

 

 捕球した鈴木はスムーズにスローイングの動作へと移ったが、瞬足を飛ばして走る大和田の位置を見て刺せないと判断し、送球を中断した。

 

「クイックやスローイングへの移行は悪くない。が、それでもあのピッチャーの球速とキャッチャーの肩だと、全国でも一二を争う大和田の二盗を刺すのは難しいだろうな……」

 

「それに三塁ランナーもいるし、二塁には投げにくいよね」

 

「ああ、そうだな。……これで1アウトランナー二塁・三塁になった。これは大和田が送りバントを決めた場合と同じ状況だ」

 

「そういえばそうだね」

 

「だから界皇は強攻策(ヒッティング)を仕掛けたんだ。堅実な送りバントより打撃機会を一打席分増やせるからな」

 

「なるほどね……」

 

 大和田の盗塁が決まったことで1アウトランナー二塁・三塁となり、里ヶ浜の内野陣はここで前進守備を取った。

 

(余裕あったね。援護の空振りは必要なかったかな? まあ、ストライクに来てたし関係ないか)

 

(先程相良さんがセーフティを仕掛けたこともあってか、内野の警戒も厳しいわね。ボールが先行したカウントにならないとスクイズは厳しいわ。なら、その警戒を逆手に取りましょう)

 

(ゴロ打ちのサインですか。分かりました! 内野が前に出てる分対応も遅れる。強いゴロで抜くんだ!)

 

(やはりセオリー通り一塁ランナーを走らせて、内野ゴロゲッツーを無くしてきたわね。けど大和田さんが一塁に出た時点でそれは読んでいたわ。刺せなかったけれど、代わりにストライクは取れた……。これを生かしていきましょう)

 

(アウトハイへの速球の入りはさっきの大和田の打席とおんなじだ。同じ手が来るとは限らないけど、膝下にチェンジアップを投げてくるか?)

 

 互いの思惑が交差する中、2球目が投じられた。

 

(……! チェンジアップ……だけど、低い。振らされるな!)

 

「……ボール!」

 

(……よく見たわね)

 

(危ない危ない。ゴロ打ちっていってもあれじゃあまともには打てないね。ボテボテならボテボテで突っ込めるかもしれないけど、内野前に出てるし抜くこと意識して……)

 

 膝下に投じられたチェンジアップは低めに外れてボール。際どい高さだったが相良はこれを冷静に見極めて1ボール1ストライクとなった。

 

(次はどうくる……?)

 

(……なら、これでいきましょう)

 

(それは……アイツの苦手なコースね)

 

 そして3球目が投じられた。

 

(……! 入ってる!)

 

 インコースの高めに投じられた全力のストレートに相良はバットを振り出した。するとバットはボールの上を捉え、そのまま勢いに押されるように後方に転がっていった。

 

「ファール!」

 

(くっ、前に打ち返せなかったか……)

 

(一打席目はこれを決め球にしたけど、カットで逃れられてしまった。なら考え方を変えてカウントを稼ぐ球として使って……)

 

(カウントに余裕があるうちに、アウトコース低めの四隅を7割ストレートで狙うのね……)

 

 肘あたりの高さに投じられたストレートを相良は上手く捌けず、球審からファールのコールが上がった。狙い通りカウントを稼いだ鈴木は球審から受け取ったボールを倉敷に投げ渡すと迷わず次のサインを送る。

 

(さっきの大和田の打席はアウトハイからインローの対角線を突いてから、アウトローからインハイへの対角線を突いた。今度はインハイからのアウトローで勝負ってわけね。……伝わってくるわ。この対角線の配球はアタシのコントロールを最大限生かせるようにしてくれてるって)

 

 そして倉敷もそれに迷わず頷き投球姿勢に入った。

 

(カーブがまだ投げられないに等しいアタシにとって、アウトローへのストレートは実質的な決め球。投げ切ってみせる……!)

 

 足が踏み出され、腕が振られ、放たれたストレートが構えられたキャッチャーミットへと向かっていく。

 

(アウトロー!? くっ、転がせ!)

 

 一瞬反応が遅れた相良は際どく投じられたストレートに足を踏み出すとバットを振り出した。するとボールの芯より上を捉えた打球は今度は前へと弾き返された。

 

「ゴー!」

 

「野崎さん!」

 

「はい!」

 

(抜かせません……!)

 

 三塁コーチャーの指示で三塁ランナーがスタートを切る中、一二塁間へと放たれたゴロに前に出ていた野崎が身体の向きを変えて打球を追い、右手に嵌めたミットを伸ばした。

 

(……ダメだ。抜けない。打ち取られた!)

 

 ゴロの勢いはさほど強くなく野崎がこの打球へと追いつき、間を抜くつもりだった相良は芯を外されたことにほぞを噛んだ。

 

「バックホーム!」

 

(野崎さん。ここよ!)

 

 ゴロ打ちが頭に入っていた三塁コーチャーは強いゴロが野手の正面にいった場合は自重しようと考えていたが、緩いゴロが間にいったためスタートの判断をしていた。その指示に従いホームへと突っ込んでくるサードランナーに対し、鈴木はマスクを外しながらバックホームの指示を出すと体勢を低くしてキャッチャーミットを構えた。

 

(分かりました! 低めに……!)

 

 打球に追いついた野崎はホームに向かって身体を開くと、そのミット目掛けて送球を行った。

 

(ストライク送球! ナイスボールよ……!)

 

 するとスピードのある送球が鈴木が構えていた三塁寄りの低い位置に届いた。そして鈴木は既に全速力を乗せたスライディングでホームに突っ込んで来ているランナーに対し、捕球体勢のまま左腕を伸ばしてタッチに移った。その一瞬後、ランナーの足がキャッチャーミットと触れ、鈴木はスライディングの勢いを抑えるように懸命に力を込めた。

 

(……ぐっ!?)

 

 タイミングが際どく万全の体勢を取る時間が無かったこともあり、鈴木の左腕は弾かれるように押し返されると、体勢に無理が生じた鈴木は後ろに倒れて尻もちをついてしまった。

 

(……際どいタイミングとはいえ、足がホームに届く寸前にタッチされちまった。だが……)

 

 そして滑り込んだランナーは勢いそのままにホームベースに辿り着いたが、実際に触れられた彼女はタッチされたタイミングがホーム到達より僅かに早かったことが分かっていた。すると彼女はスライディングの勢いが収まったところで、鈴木の方に視線を移した。

 

(……何!?)

 

「……アウト!」

 

 すると鈴木のミットが上に掲げられ、それを確認した球審から三塁ランナーのアウトが宣告された。

 

(後ろに倒れながらも……ボールだけはこぼさなかったのか)

 

 必死の形相で受け取ったボールを離さなかった鈴木を見て三塁ランナーは観念したように立ち上がるとプレーが止まったことを確認してから手を伸ばした。

 

「ナイスプレー」

 

「……! あ、ありがとうございます」

 

 その手を掴んだ鈴木を引っ張り上げると三塁ランナーは界皇ベンチへと戻っていった。

 

(今のはコーチャーのミスじゃない。里ヶ浜のプレーに一瞬でも淀みがあればセーフだった。良いトライだった……今のは相手のプレーを褒めるしかないな)

 

「タイム!」

 

(ん……なんだ?)

 

 続く3番バッターが今の一連のプレーを整理してから頭の中を切り替えてネクストサークルから向かおうとした時だった。掛けられたタイムに驚いた表情を浮かべると、界皇ベンチから一人の部員が伝令として走ってきた。

 

(このタイミングでタイム……? 一体何をする気かしら)

 

(何をする気かは知らないけどツーアウトよ。あまり気にしすぎないで、バッターを打ち取ることを考えた方が良いわ)

 

「鈴木! バッター集中でいくわよ!」

 

「……! 分かりました!」

 

 内野間で今の一連のプレーに称賛の声が上がり、また「ツーアウト!」と声が掛け合われる中、界皇がかけた攻撃のタイムを不審に思う鈴木だったが、倉敷の言う通りこちらはバッターを打ち取ることに集中すべきだと考えると自身も全体に向かって声を出してからキャッチャーボックスへと座った。

 やがてタイムが終わると、右打席へとバッターが入っていく。ランナーが入れ替わって2アウトランナー一塁・三塁になり、三塁ランナーとして塁に立つ大和田が目に入った倉敷だったが、深く気にすることはせずにバッターの方へと視線を移した。そして投球姿勢に入ると、ボールを投じた。

 

(アウトロー。これは……速い方か!)

 

 6分割のアウトコース低めに投じられたのは全力のストレート。これを引きつけたバッターは逆らわずに右方向へとボールを打ち返した。しかし、鋭い打球ではあったもののフェアゾーンからは逸れてしまう。

 

「ファール!」

 

(速いストレートと遅いストレート。この二つの見極めは中々厄介だ。とはいえ速いストレートも打てる球速……見極めに徹せれば、打てないことはない。そのための練習も積んできたしな……。だがこのピッチャーにはチェンジアップと、さらにあの落ちる変化球がある。そこにあのコントロールだ。このままじゃそう易々とは絞り込めない)

 

 捉えたが切れていく打球にバッターは眉をひそめると、一度深呼吸を挟んでからバットを構え直した。

 

(このバッターはアウトローのストレートを的確に捉えてきている……多投は危険ね。中途半端に外したボール球も一打席目のように打たれてしまうかもしれないわ。なら……)

 

「ボール!」

 

(高めに外してきた……。何が狙いだ?)

 

 2球目として投じられた7割ストレートは真ん中高めに外れてボール。鈴木はボールを投げ返して座ると怪訝な表情を浮かべるバッターを見上げた。

 

(こちらには落ちるカーブがある、ということを思い出してもらうわ。4番の草刈さんに投じたようにあそこからでもストライクゾーンに落ちてくる。そして一瞬でも迷えば……)

 

(インハイに全力のストレート……。こいつはセンターから右方向に打ち返す打球が多いし、インハイのボールをその方向に打ち返すのは一瞬の遅れで平凡な当たりへと変わる。……分かったわ。やってみる)

 

 そして出されたサインに倉敷も意図を汲み取って頷くとセットポジションに入った。

 

(……信じますよ。北山監督)

 

 するとバッターは先程伝令を通して監督から伝えられたことを思い出していた。

 

「あの落ちる球は投げてこない? どうして……?」

 

「さっきキャプテンに投げた一球以降ずっと投げていないのが気になる、と」

 

「それは確かにそうだな。だが投げるタイミングが無かっただけかもしれねえぜ?」

 

「監督はそれがずっと気になっていたみたい。キャプテンに投げたのは追い込んでから。つまり追い込んだ後の“決め球”だからなのかと見ていた」

 

「それは有り得そうだな。上から下への変化は空振りを取りやすいし、キレも良かったしな」

 

「けどこの回だけで3回もバッターを追い込んだのに一球も投げてこなかった。これって不自然じゃない?」

 

「……言われてみれば。とても温存なんて言ってられる状況でもなかったしな……。……分かった。カーブは頭に入れないでおくと伝えてくれ」

 

 そして思い出したバッターに3球目が投じられた。

 

(……速いストレート!)

 

(なっ……!?)

 

 ——キィィィン。インハイに投じられた全力ストレートが捉えられ、弾き返された。

 

(よし!)

 

 センター方向にグングンと伸びていく打球と手に伝わる芯を捉えた感触にバッターは手応えを感じながら走り出した。打球はそのまま永井の頭上を越えていくと、ワンバウンドで外野フェンスに当たった。

 

(ナイバッチと!)

 

 この瞬間、三塁ランナーの大和田のホームインが認められた。そして尚も一塁ランナーの相良が貪欲に本塁生還を狙って懸命に走っていた。

 

(さらにもう一点取って突き放すぞ!)

 

「バックホーム!」

 

 二塁を蹴った相良がそのまま三塁を蹴ろうとしているのが分かった鈴木は大声でバックホームを指示した。

 

(さっきの回の犠牲フライ……。わたしはあれを刺せなくて、勝ち越し点を簡単にあげちゃった。どれだけ頑張っても、遠くて刺せなかったのかもしれない。けどあんなにあっさり点を取られたのは……なんだか、凄い悔しかった。だから今度こそ……!)

 

 外野フェンスからほとんどまっすぐ跳ね返ってくる打球を収めた永井は身体の向きをホームに変えると、足をホームに向かって真っ直ぐ踏み出し、精一杯の送球を送った。

 

(先輩。指示を……!)

 

 相良が三塁を蹴るより永井がボールを投げたタイミングの方が早かった。しかし永井の捕球位置は深く、コーチャーは送球次第ではタイミングが際どくなると判断した。そして送球の瞬間と近くまで来ていた相良を見てコーチャーは判断を下して指示を送った。

 

「……ストップだ!」

 

「……!」

 

 その指示に従うように相良は三塁ベースを少し回ったところで止まると、送球は内野に来てからワンバウンドし、そしてホームで構えていた鈴木は自身より三塁側に少しだけ逸れながらも予め立っていた位置から届く送球をミットに収めていた。

 

「加奈子ー! ナイスバックホームだ!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

(刺せたわけじゃないけど……突っ込むのを止めさせたのは、良かったよね)

 

 相良が止まったことでさらなる追加点は阻止し、そのことに永井はひとまずの安堵を覚えていた。

 

「コーチャーが止めたか」

 

「ああ。良い送球も来ていたからな。とはいえツーアウトで相良のスタートも迷いが無かった。もし突っ込ませていたらかなり際どいタイミングになっていただろうな」

 

「突っ込ませても悪くなかったってことか」

 

「そうだ……だが、止める判断が悪手というわけではない。あの送球がもう少し逸れていれば良かったが、十分な位置に来ていたからな。無理せずストップをかけ、次のバッターに託すのもコーチャーの仕事だ」

 

(それにこの回は一度走塁死が出ている……。積極的なトライとはいえ、1回の攻撃で二度の走塁死はあまり出したくないものだ。コーチャーとしては回しにくかったのもあるだろうな)

 

「タイムお願いします」

 

「タイム!」

 

 相良の生還は阻止したとはいえ三塁ランナーの大和田のホームインは防げなかったため、界皇に4点目が入った。バックホームを受け取った鈴木は一度間をおこうとタイムを取り、マウンドへと駆け寄ってくる。

 

「……打たれたわね。完璧に」

 

「すいません……。打ち取れると思ったんですが」

 

「アタシも鈴木も納得して投げたボールよ……。今のが打たれたなら仕方ないわ」

 

(アタシより……鈴木の方がショックが大きいみたいね)

 

(カーブを布石にした配球。決して悪くはなかったはず……。なのに迷わず打たれてしまうなんて)

 

「鈴木。アンタはさっき言ったわね。挫けそうな時はアンタを頼ってくれって」

 

「はい」

 

「ならアンタが挫けそうな時はアタシを頼りなさい。……言ったでしょ。辛い時もアンタ達と全部を受け入れてやるって。だからアンタが辛いなら、その気持ちもアタシは分かち合いたいのよ」

 

「倉敷先輩。……ありがとうございます」

 

「礼はいいわ。それよりあのバッターをどうするかを決めるわよ」

 

 二人は次のバッターに目を向ける。悠然と佇む界皇の4番打者、草刈レナを。

 

「……倉敷先輩はどうしたら良いと思いますか?」

 

(こういう時の判断は基本的に知識のある鈴木が主導になって決めてきた。けど、鈴木は……アタシを頼ってくれた)

 

「今がどうしても1点のリードを守らなきゃいけない場面なら歩かせて次のバッターで勝負よ。けど、実際は追加点を入れられてアタシたちは追わなきゃいけない立場。界皇に傾いてきている流れを引き戻すためにも、4番と勝負して抑えるべきだと思うわ」

 

「なるほど……。……分かりました! 勝負でいきましょう」

 

 自分を頼る鈴木に倉敷も自分の考えを素直に伝えると鈴木もその考えに賛成し、二人は頷き合った。

 

「さぁ、タイムが解かれました! 追加点が入り、尚も2アウトランナー二塁・三塁! キャッチャーは……そのまま座りました! どうやら勝負のようです!」

 

(際どいところをついて、カウントが悪くなったら歩かせることも考えられるわ。……簡単に手を出して相手を助けないようにしないとね)

 

「……ボール!」

 

 右打席へと入ったレナに投じられた初球は膝下への7割ストレート。厳しく投じられたものの低めにボール1つ分外れ、見送られたことでボールとなった。

 

(やはり……。……!)

 

 2球目として投じられたのはチェンジアップ。これがアウトコース低めに決まると、タイミングを少し崩されたレナは無理に振り出さずにこれを見送った。

 

「……ストライク!」

 

(歩かせることを頭に入れて際どいコースを突く時はボール気味に投げ込むもの。けどストライクに入れてきた……。……このピッチャーの最たる特徴はコントロール。それを生かして……相手バッテリーは勝負に来ている!)

 

 見送られたチェンジアップが低めぎりぎりに決まり、ストライクとなった。このボールを以ってレナは相手が逃げるつもりではなく、攻めてきていることを感じ取った。

 

(……! 地面をならした。打席に入ってからまだバットを振っていないのに? ……どうやら、打ちにくるみたいね。この試合、もうカーブは投げられない。そしてそれを布石にしたボールも打たれた。その理由はまだ掴めてないわ……。けど、このバッターは唯一カーブを経験している! その残像だけは決して消えていないはず!)

 

 打席に入った時にならした地面を再びならしたレナに気づいた鈴木は考えた末にサインを送り、ミットを構えた。

 

(ボール球……このバッターはあまり外し球に手を出してこない。けど、それは鈴木も十分承知のはず。なら……)

 

 倉敷がそれに頷くと3球目が投じられた。コースは……真ん中の高め。

 

(高いわ。……いや、まさか……)

 

 すると高めに外れた7割ストレートにレナはスイングの始動に入る。しかしスイングは途中で止められ、見送られた。

 

「ボール!」

 

「スイング!」

 

 ボールの判定を上げた球審に鈴木はレナがバットを振ったと主張した。それを受けた球審から一塁審判へと確認が行われる。

 

「……スイング!」

 

(よし! 追い込んだ!)

 

(……やられたわ。落ちる変化球は投げてこないと頭では思っていたのに、打ち気になっていたのもあって身体が反応してしまった……)

 

(……そうか。さっきはあの反応速度でカーブをファールにされたけど、それが仇になることもあるのね)

 

 スイングが認められたことで判定はストライクとなり、カウント1ボール2ストライク。中途半端に振り出してしまったことをレナは反省し、バットを構え直した。

 

(さらにボール球。内に外すのね。……さっきの回、ボール球だけで三振が取れたことがあった。……アタシはボール球は安全な逃げ球として考えてたわ。けど、全然違った。ボール球でも打たれることはあるし、こうして攻めるために使うことも出来る)

 

 4球目が投じられると、インコース高め肘あたりの高さに7割ストレートが向かっていく。

 

(……外れてる。振らされてはダメ……!)

 

「……ボール!」

 

 内にボール1つ分外れたストレートにレナのバットが止まると、球審からボールの判定が上がった。

 

(やはり簡単にはボール球に手を出してはくれないわね。けど、これは見せ球……。打つ手は全て打ちました。これで……勝負にいきましょう!)

 

(三度目の正直ね。分かったわ……投げてみせる!)

 

(落ちる変化球に惑わされてはダメ。けどこのピッチャーにはチェンジアップもある。遅いストレートだからと前で捌くのも危険……引きつけてボールを見極めて打ち返すのよ。こういった時こそ、基本に忠実に……!)

 

 カウント2ボール2ストライクとなり、グラウンドには勝負の時を予感させるような緊張感が走っていた。

 

(……アタシと鈴木は一学年違うこともあって、まだどこか遠慮があったのかもしれない。特にアタシの方が、頑張ってるこいつらの足を引っ張っちゃいけないと思い過ぎてた。けどこうしてアタシが鈴木を頼り、鈴木もアタシを頼ってくれる)

 

 投げ急がず、次のボールに集中するように倉敷は間を空けた。やがてその静寂を打ち破るように足が踏み込まれた。

 

(……それが……バッテリー!)

 

 リリースの瞬間、指先に力が込められ、ボールが放たれた。

 

(……! 速い!)

 

 ボールのスピードを感じ取ったレナがそれが全力で投じられたストレートであることに気づくのに時間はかからなかった。そして投じられたコースに反応して足を踏み込むと、懸命にバットを振り出した。ボールは鈴木の要求に応えるようにアウトコース低め、四隅を突くように向かっていった。そして……そのボールがバットの先で捉えられ、弾き返された。響き渡る金属音にワッ、と観客の歓声が上がる。打ち上がった打球はライトへと伸びていく。

 

(ナイスボール……。倉敷さん)

 

 やがて上に伸びていった打球は力を失うように失速すると、ほとんど定位置で構えていた九十九がこれを捕球しにいった。

 

「……アウト!」

 

 そして九十九のミットに打球が収まると、打球が放たれた時以上の大歓声がグラウンドを包み込んだ。

 

(……この打席は完敗ね。こちらだけでなく、あちらもあくまで配球のセオリー通りに。見せ球や緩急を用いて最後のアウトローを生かしてきた。ストレートもそのリードに応えるような……力強いボールだったわ)

 

 一塁を回ったレナは自身のアウトが宣言されるとヘルメットを外して空を見上げた。そして視線を下ろすと喜びを分かち合うバッテリーに微笑を漏らし、ベンチへと戻っていくのだった。




永井が頭で考えずにホームへ真っ直ぐと踏み出してバックホームをしたのは第一に練習の成果ではあるのですが、根っこの部分としては1話で倉敷にされたキャッチボールのアドバイスが生きているという理由もあります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。