皆で綴る物語   作:ゾネサー

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変わりだした景色の中で

(前のワタシは知らず知らずのうちにボールから目を切るのが早くなってたんだにゃ。軌道を見極めて……)

 

 中野と初瀬がバッティングセンターに行った日の翌日。バッティング練習で東雲がアウトローに投じたストレートを左打席に立って引きつけた中野は三遊間への鋭いゴロを放っていた。

 

(よし……この感覚だにゃ。焦って前のめりになる必要なんてどこにもなかったんだにゃ)

 

 次に膝下へと投じられたカーブも身体を突っ込ませることなく引きつけた中野はセカンドの頭上を越えるライナーで打ち返す。

 

(力任せでもなく、かといってボールの力に押し込まれているわけでもない。来たボールを素直に打ち返している……良いスイングね)

 

(ふぅ……段々調子が上がってきたんだにゃ。けど……)

 

 打ち終わった中野はセンターに入っていた永井と入れ替わる。するとアウトハイに投じられたストレートに踏み込んだ永井が捉えた打球はいきなり中野の頭上を越えていき、バウンドして奥の茂みへと転がっていった。

 

(大会を全試合スタメンで出場した永井……。どうやらその経験は大きかったみたいだにゃ。ワタシも負けてはいられないにゃ)

 

 続けて飛ばされた打球が左中間にライナーで向かっていくとレフトで守る岩城にカバーに走ってもらい、中野は飛び込んだ。するとバウンドするスレスレで打球が掴み取られる。

 

(しかしまあ……よく飛ばすもんだにゃ)

 

 かなり深い位置での捕球になり、自分じゃ中々飛ばせない打球に中野は改めて永井のパワーの凄さを噛み締めていた。

 

「東雲さん。あの……わたしも変化球を混ぜてもらってもいいかな」

 

「……! ええ。構わないわよ」

 

(大会でわたしは芯を外してばかりだった。特にストレートはよく投げてもらっていたのに。ピッチャーはあの手この手で芯を外させに来るんだ……。そのためには練習の時からもっと色んなボールを経験して、もっと色んなことを考えなくちゃ)

 

「お疲れ〜。良い感じじゃん」

 

「うん。まだ逢坂さんみたいにはいかないけどね」

 

 大会で芯を全然捉えられなかった永井は対峙した一人一人のピッチャーを思い出し、そして次こそは芯で打ち返してみせようと模索しながらバットを振っていた。そんな彼女のやる気を感じ取った新田が代わって右打席に立つと、負けじとバットを振り出す。

 

(わたしはまだ変化球もってのは難しいけど……ストレートならなんとか!)

 

 膝下に投じられたストレートを新田は器用に捉えると、弾き返された打球は一二塁間へと転がっていく。

 

「おっと残念! そこはあおいなのだ〜!」

 

「げっ!」

 

 しかし深い位置に下がりながら阿佐田がミットに収めた。そして送球練習も兼ねて一塁の野崎に難なく送球を行った阿佐田は新田に指を向けて言い放った。

 

「甘いのだにたっち! ミルクと砂糖マシマシのコーヒーくらい甘いのだ!」

 

「苦いの飲めないだけじゃん!?」

 

(気持ちは分かります……じゃなくて)

 

「新田さん。気づいているか分からないけど、貴女はボールを捉えるセンスは高いのよ」

 

「およ? 言われてみればそうかもしんない。でもそんな褒めたって出るのはヒットだけだよ〜?」

 

「……ただし打ち返す方向が気まぐれなのよ」

 

「と言いますと?」

 

「インコースに来たボールは引っ張り、アウトコースに来たボールは流すと打球に力が乗るのよ。けど貴女の打球はそのセオリーを無視することが多いから伸びを失ってしまいがちだわ……だから今の抜けそうな打球も阿佐田先輩に追いつかれてしまったのよ」

 

「そうだったんだ……」

 

「勿論全部その通りに打ち返すのは難しいけど、基本的にそう打ち分けられると打率も上がるものよ。貴女なら練習すれば広角に打ち分けられるようになるんじゃないかしら」

 

「まじで!? そう言われたらやる気にならないわけにはいかないっしょ! 甲殻(蟹ちゃん)打ち出来るように練習してみますか!」

 

(……新田さんのボケに一々突っ込んでいたら日が暮れてしまうわ。けど貴女なら意識して練習すれば次第に身につけられると思うわよ。そのためには……)

 

「いきなり打ち分けるのは難しいと思うから、まずは出来るだけ外に集めてみるわ。貴女はそれを流して打つのに集中してちょうだい」

 

「りょ!」

 

(咄嗟に判断して打ち分ける練習は外を流し内を引っ張る感覚が染み付いてからね。それより私はピッチングに集中しないと……。大会でのピッチングは試合を壊しはしなかったけど、お世辞にも良い内容じゃなかったわ。今のピッチャー陣の負担は倉敷先輩と野崎さんにかかりすぎている。頑張らないといけないわ。……私たちが)

 

 秋大会2回戦を先発として4回と3分の1を投げてマウンドを降り、自責点4を負った東雲はその成績を好ましく思っておらず、ピッチャーとしてもっと頼られるだけの実力を身につけたいと考えていた。そのためにバッティング練習であっても雑に投げず、一球一球の感触を確かめるように投げていた。そしてこの練習は新田だけでなく自分の内外の投げ分けにも繋がると考え、より一層のやる気をみなぎらせる。外に丁寧に集め、その感覚に頷きながら視線を一瞬ブルペンの方に向けた。

 そしてそのブルペンでは鈴木と近藤が座り、それぞれ一人ずつピッチャーと組んで練習をしていた。

 

(フォームは崩しちゃダメ。足もいつもと同じように踏み出して……投げる!)

 

「とっ……!」

 

「……やっぱりカーブはコントロールしきれないわね」

 

「こればかりは投げ込みを続けて、少しずつ制御出来るようにしていくしかないですね。焦らずにいきましょう」

 

「そうね」

 

(今は鈴木のミットに届かせるのも難しいけど、必ずコントロール出来るようにしてみせる。ストレートにも負けないくらいにね)

 

 倉敷は鈴木にアドバイスされたことを思い返しながらカーブを投じたが、ストライクゾーンから大きく離れてバウンドしてしまう。しかし倉敷に焦りはなく、代わりに決意があった。

 

「おやおや〜? そんな調子じゃ、アタシがエースになる日もすぐ来そうですね!」

 

「面白い冗談ね」

 

「ぶーぶー。軽く流しましたね〜!」

 

 さらにプルペンでは少し前から投手陣の仲間入りを果たした逢坂が近藤と組んで投球練習をしていた。

 

(野崎さんと違って逢坂さんはなんていうか……自由奔放ね)

 

「逢坂さーん! おしゃべりは程々にして、今は投げ込みに集中してー!」

 

「分かったわ咲ちゃん! 舞子先輩、よく見ててくださいね!」

 

「一球くらいは見てあげてもいいけど」

 

 近藤に嗜められた逢坂は横にいる倉敷へと向けていた身体の向きを戻し、盛られた地面の上にあるプレート代わりのラインを踏んだ。そして教えられた通りに縫い目に指をかけたことを確認してから左足を浮かせて、軸となる右足で全体重を支えた。倉敷が一旦投球を中断したことで同じように逢坂を見ていた鈴木は彼女が入部してすぐピッチャーを希望した時のことを思い出す。

 

(コントロールの肝は下半身が安定していること。逢坂さんに試しに投げてもらった時、コントロールがバラバラだったわ。それだけ体幹が弱かった)

 

 右向きに腰が捻られると、そのすぐ後に前へと体重移動が行われて左足が踏み込まれた。そして身体の横から腕を振り切るサイドスローの投球フォームからストレートが放たれると、近藤はミットを上に動かして捕球した。見届けた鈴木は彼女がライトを守ることになってからもピッチャーとしての活躍を諦めずにトレーニングを続けていたことを改めて感じ取る。

 

(それと他の練習でもそうだったけど、逢坂さんはある程度数をこなすとコツを掴んで形にするのが上手いわね。投球練習を始めて一週間。なのにもう肩が早く開かなくなったわ)

 

 大会が終わり、検討していた逢坂のピッチャー起用を試すにはちょうど良いタイミングということでつい一週間前に逢坂は東雲に投球指導をしてもらいながら練習を始めていた。しかし最初は足を上げてから体重移動をし、足が着地するまでの間に、腰や肩が回転してしまって身体が開いていた。投げた本人も上手くボールに力が伝わっていないことは感じていたが、自分では身体が開いているかどうかあまり分からないようで、協力を得て何回も調整を重ねていた。

 

「どうですか! アタシのボール!」

 

「スピードはアタシよりあるわね」

 

「でしょでしょ!」

 

「でもエースを語るのはまだ早いわね」

 

「えー! どうしてですか!?」

 

「今、近藤は低めに構えてたでしょ」

 

「う……まあ、そうでしたけどぉ……。一応アタシなりに狙ったもん……」

 

 胸を張った逢坂だったが、低めにボールを制御出来ないでいることを見抜かれると目を泳がせた。そんな逢坂を見て倉敷は前に視線を戻す。

 

「……鈴木。真ん中低めにストレートいくわよ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

(うー! なによ! 見せつけるつもり……!?)

 

……リリースの瞬間をよく見てなさい

 

「えっ?」

 

 鈴木にミットを構えさせて投球姿勢に入った倉敷は前にいる二人には聞こえないような小さな声を出し、その言葉に逢坂はキョトンとした顔になる。ピッチングの始動に入り出した倉敷にとっさに逢坂は言われた通りにリリースの瞬間に集中した。そして投じられた全力ストレートが真ん中低めに決まる。その捕球音を聞いて振り向いた逢坂は低めギリギリに収められたボールを見ると、かつてキャッチボールのやり方を教えてもらった時と同じような感覚を覚えた。逢坂が少しの間硬直していると、投げ返されたボールを受け取った倉敷がチラッと彼女のことを見る。

 

「……近藤が待ってるわよ」

 

「あっ! さ、咲ちゃん! いくわね!」

 

「うん。いつでも大丈夫よ。遠慮せずにどんどん投げてね」

 

「分かったわ!」

 

(咲ちゃんのミットをよく見て……)

 

 その言葉で我に返った逢坂は投球姿勢に入って低めに構えられた近藤のミットを見つめると、足を上げた。先ほど倉敷がボールを投げる瞬間を見て逢坂は二つのことに気づいていた。一つは倉敷がボールをリリースする寸前まで指先で触れるようにしていること。そしてもう一つは自分が思っているよりリリースポイントが前では無かったことだった。足を踏み込んだ逢坂はその二つの点に注意して見よう見まねで投げてみた。すると近藤は少しミットを動かしたものの、低めに構えたまま投じられたボールを収めた。

 

(低めにいった……!?)

 

「ナイスボール! 今のは良かったわよ。感覚忘れないうちにもう一球いきましょう!」

 

 逢坂は低めに制球しようとするあまり、リリースポイントを少しでもホームベースに近づけようとしていた。その結果ステップ幅が広くなりすぎてしまい、上半身を捻る余裕を失って今度は腰をあまり回転させられず、折角安定した下半身の力を腕に伝えきれていなかった。

 

(しかもストレートの力もさっきより上手く乗った気がするわ)

 

 その結果腕の力に頼った投球になり、コントロールの低下のみならず、彼女の持ち味であるボールの勢いをも落としていた。

 近藤に投げ返されたボールを受け取った逢坂はキャッチャーから受ける鼓舞に心地良さを感じながら低めを狙う投球練習を続けていく。倉敷のように精密にはいかずコントロールがバラけるものの、逢坂は先ほどまでより低めを狙いやすくなった感触を得ていた。

 

(投げやすい……! これってやっぱりそういうこと……よね)

 

……アドバイスありがとうございました

 

「ん……」

 

(今のアタシじゃまだこの人には敵わない……けど、アタシの目標は変わらない。絶対に追い抜いてみせるんだから! そのためには今は一球でも多く……!)

 

 小さく伝えた逢坂の礼に振り向かず相槌を打った倉敷はカーブを制御する練習を続ける。その背中が大きく見えた逢坂は掲げた目標の高さに喜びをほほに浮かべると、手元のボールを見つめてからしっかり握った。少し重く感じたそのボールを投げ込むとキャッチャーミットから響く捕球音が先ほどより不思議と耳に響いたのだった。

 

 しばらく経ち、グラウンドで行われていた打撃練習が終わったところで一旦休憩が挟まれた。

 

「あかねっち〜! 足はもうなんともないのだ?」

 

「わっ、師匠。今のところは大丈夫です。思い切り動いたりしても痛くならないので……完全に治ってくれたみたい」

 

「良かったのだー。万が一また痛み出したらすぐあおいに言うのだ!」

 

「は、はいっ。その時は隠さず言うので……えと、その……近いです」

 

「おっと。こりゃ失敬なのだ」

 

 大会で足を痛めた宇喜多だったがここ数日の練習でも痛みがぶり返してくることはなく、一時は痛々しく紫色に染まっていた足が綺麗な肌色になっているのを至近距離でしゃがみながら確認した阿佐田は距離を指摘されて離れると、胸を撫で下ろしていた。

 

「けどこの後のシートノックは覚悟しておいた方が良いのだ。今日はつばさじゃなくてしのくもが打つみたいなのだ。鬼なのだー。情けも容赦もないのだ〜」

 

「………。あの、師匠。後ろ……」

 

「後ろ?」

 

「もっと厳しくしましょうか?」

 

「にょわああっ!?」

 

 後ろを振り向いた阿佐田は額に怒りマークを浮かべているような東雲の顔が目の前にあり、飛び上がって驚いていた。

 

「あははー。ちょ、ちょっとした冗談なのだ。大丈夫! あおいはしのくもの優しさを知ってるのだ!」

 

「……そうですね。阿佐田先輩だけ厳しくするなんてことはしませんよ」

 

「ほっ……」

 

「やるなら全員厳しくします」

 

「ひえっ……」

 

(まあ、元々今日からそうする予定だったけれど。チームの失点を減らすためには守備の底上げもしていきたいもの)

 

 多少気にはしたものの、宇喜多をちょっとビビらせようとした阿佐田なりのジョークなのは分かっていたので別に東雲は怒っていなかった。代わりにちょっとした仕返しをすると、阿佐田はなんとも情けない声を漏らして頭を抱えていた。それを見た東雲は満足した表情で去っていくと、荷物と一緒に置いていたクーラーボックスをこちらに持ってくる近藤が目に入った。

 

「あ、東雲さん。これ良かったら使って。お父さんに言って貰ってきたの」

 

「これは……?」

 

「氷よ。そろそろ11月だし要らないかなって思ってたけど、運動した後のみんなの汗が凄かったから持ってきたの。うちは飲食店だから、もし良ければこれからも持ってくるわ」

 

 これまでやかんに入れた水を紙コップに注いで水分補給を行なっていたが、皆の運動して火照った身体にはぬるく感じられていた。小さな不満で部費を使って対処する問題ではなかったが、それを見かねた近藤は父に話をして氷を分けてもらって来たのだった。

 

「ありがとう咲ちゃん!」

 

「助かるわ。あまり部費に余裕がないから、こういうのには手が回らなくて」

 

「部費ぃ……」

 

「ああ。部活後に話そうかと思っていましたが、ちょうど良いので伝えておきますね」

 

「へっ?」

 

 近藤の配慮に喜んだのも束の間、東雲により部費のことを思い出した有原は元気がしぼんでいく。すると九十九に話しかけられ、有原はすっとんきょうな声を上げた。

 

「その部費ですが、先日生徒会で審議した予算案がちょうど今日承認されまして。野球部の部費は増えることになりましたよ」

 

「部費っ……! 増えるんですか!? やったあ……! 九十九先輩、ありがとうございます!」

 

「いえ、決まりは決まりですから。審議はあくまで公平に行わせていただきました」

 

「ありゃっ。そうだったんですね」

 

「以前の審査から部員も倍近くに増えましたし、夏と秋の大会での実績も考慮すれば自然なことだと思いますよ」

 

「そっかあ……! えへへ。それって、私たちの頑張りを認めてもらえたみたいで嬉しいですね」

 

「……なるほど。そういう風にも取れますね。それほど有原さん達の進歩が目覚ましかったのでしょう」

 

「勿論その私たちの中には九十九先輩も入ってますよ!」

 

「おや……これは一本取られましたね」

 

(あ……笑った。九十九先輩、表情はあまり変わらないけど。こんな風に笑うこともあるんだ)

 

 微笑を浮かべた九十九の顔にはそれ以上の変化はなかったが、有原にはその顔がとても嬉しそうに見えた。固い表情が多いと思っていた九十九が柔らかい表情を見せてくれたことが有原にとってなんだか心地良かった。

 

(部費が増えるのはありがたいわね。使い道はおいおい考えるとして……)

 

 冷えた水で一息ついた東雲はボールの入ったカゴを持っていくと練習再開を告げた。

 

「7回の表、1点リード。1アウトランナー一塁・三塁! 内野中間守備、外野少し後退!」

 

「あれ? なにキョロキョロしてんのー?」

 

「美奈子ちゃん。ランナーを確認してたんだ」

 

「ランナー? 内野組(わたしたち)がランナーやるのはもうちょい後じゃなかったっけ?」

 

「あ、そうじゃなくてランナーの足の速さを確認してたんだ。試合でも打たれる前に頭に入れておかないと、いざって時に大変だからさ」

 

「そっか。実戦に近い練習って言ってたけど、そういうとこもなんだ」

 

「だね!」

 

(この前出た試合じゃエラーはしなかったけど、最終回とか危なかったんだよね。練習の時にそういうとこに気を配っとくのって実は結構大事かも。守備も有原の方がまだ全然上手いし、そういうのを真似してみるところから始めようかな)

 

 練習が再開されるということでとりあえず守備位置についていた新田だったが、漠然とつかずに細かいところまで集中している有原を目にすると、納得して同じようにランナーを見渡した。すると東雲が放った一球目のノックが二遊間に転がってくる。

 

(ゲッツー狙える!)

 

「河北!」

 

「任せて!」

 

 新田は追いつけるかどうかギリギリのところに放たれた鋭いゴロに飛びついてなんとかミットに収める。一塁ランナーが宇喜多、ノックと同時に走り出すバッターランナーが永井とそこまで足が速くはないことが頭に入っていた彼女は腕を振り上げるようにして二塁に送ると、タイミング良くベースについた河北がボールを受け取ってから落ち着いて一塁の倉敷に正確な送球を送り、ダブルプレーを完成させた。

 

(ピッチャーに集中して欲しいって言われてたとはいえ、大会の時は迷惑かけたわ。カーブの制球だけじゃなく、ファーストの守備もしっかりやれるようにならないと)

 

「良い判断よ。けど練習だけじゃなく、試合でもその動きが出来るようにね」

 

「褒めたと思ったら厳しっ!? でも……そだね」

 

 厳しい評価に新田はちょっと困ったように頬をかきながらも河北と目を合わせて共に頷いた。

 先ほどと同じシチュエーションに戻り、放たれた次のノックは軽く当てるように転がされたセカンド正面への弱いゴロ。この打球に河北と交代で守備についた阿佐田が突っ込んでくる。

 

(スタートが早い……!)

 

(この当たりじゃゲッツーはギリギリすぎるのだ。なら……)

 

「すずわか!」

 

「はい!」

 

 走り込んだ阿佐田はミットで突かないようにボールを掴み取ると、送球しづらい前屈みの体勢から軽くジャンプするようにしながらバックホームを行った。三塁ランナーの中野がホームへと足から滑り込んだが、正面の打球だったことに加えて阿佐田の一歩目が早かったこともありタッチアウトとしていた。

 

「阿佐田先輩! ナイスプレーです!」

 

「ふふん、なのだー!」

 

(やっぱり凄いなあ……。なんであんなにスタートが早いんだろ。前にコツがあるって言ってたけど、よく分からなかったんだよね。どういうことなのか分かれば少しはスッキリするのかな……)

 

 軽やかな守備を見せた阿佐田に河北は少しモヤモヤした感情を抱いていた。彼女なりに打球への一歩目を意識して練習してきたことで、それでも埋まらない差に何かしら秘密があると感じられていたからだった。

 

「くぅー。やられたにゃ……」

 

「中野さんも良いスタートだったのに、あれでも刺されるんですね……」

 

「送球も逸れなかったからにゃ……。内野の動きが良いとランナーは走りにくくて困るにゃ」

 

「なるほど……守備が良い印象を相手に与えられれば、躊躇しやすくなって走塁に牽制をかけられるんですね」

 

「だにゃ。走塁は思い切りも大事だから、そう思わせられれば大きいにゃ」

 

(そうなんですね。相手チームにそう思わせられるだけの動きが出来るようになりたいな。……いえ、なりたいだけじゃダメですよね)

 

 三塁ベースに戻ってきた中野と話した初瀬は理屈で守備の一面を理解すると、それに準じた目標が生まれ、達成しようという心意気が芽生えていた。

 

「おっ、これは……。初瀬、よく見てて欲しいにゃ」

 

「何をですか……?」

 

「近藤の身体の向きと、ワタシのホームの入り方だにゃ。……それっ!」

 

 すると次に放たれたノックが左中間に飛んでいき、中野は初瀬に話しかけてから捕球を確認してタッチアップを行った。横に動く形でフライを収めた岩城はバックホームを行うと、中継に入った有原の見上げる先を越えてボールが内野に返ってくる。

 

(送球が逸れた!)

 

(……! どうやら逸れたみたいだにゃ。もらったにゃ!)

 

 岩城のバックホームはホームベースから三塁方向に逸れていた。近藤がミットを伸ばしてノーバウンドで届いた送球を受け止め、中野へのタッチにいこうとしたが、頭から滑り込んだ中野は彼女とは逆から回り込んでおりタッチは間に合わなかった。その後、二塁への送球が行われたが、隙をついて滑り込んだ宇喜多へのタッチもセーフになる。

 

「……近藤さん。今のは何が悪かったのか分かったかしら」

 

「えっと……そうね。一つ思ったことはあったけど……」

 

「遠慮せず思ったことを言っていいわ。せっかくの練習なんだもの」

 

「わ、分かったわ。今のは外野が下がった位置でのバックホームでランナーが中野さんだったから、逸れた時点で刺すのは難しかったと思うの。逸れたのは仕方ないとして、一番悪かったのは送球が高かったこと……かな?」

 

「その通りよ。なんでも自分のせいと背負い込まずに、そうやって原因を見極めることもキャッチャーには大事だと思うわ」

 

「そうかもしれないわね。……岩城先輩。送球は中継が取れる高さでお願いします!」

 

「悪い! 次は気をつけるぞ!」

 

「それとまずはワンバウンドで練習しましょう! 岩城先輩の場合、ノーバウンドで逸れるケースが多いですから」

 

「分かった!」

 

 岩城の送球は中継に入った有原にはとてもカット出来ない高さに投げられており、それに目ざとく気づいた宇喜多は一塁からタッチアップを成功させていた。指摘された岩城が申し訳なさそうにし、気合いを入れ直すように声を張る中、阿佐田の親指が弟子の好走塁を褒めるように立てられ宇喜多の顔が喜びと照れで赤く染められた。

 

「何をしたか分かったかにゃ?」

 

(中野さんはタッチアップしてから一度も振り向いていないから、送球がどこに来るかは分からなかったはず。なのに逆から回り込めたのは…………)

 

「少しでもボールが逸れたら、キャッチャーは身体の向きを変えて調整するから……その動きをよく見れば、逆を突くことが出来るということですか?」

 

「正解だにゃ! 身体自体を動かすこともあるけど、タッチプレーなら捕ってからタッチにいきやすいように身体の向きを変えてくることが多いから、そこに気を付けておくと良いにゃ」

 

「なるほど……! 勉強になります!」

 

 そんなこんなで練習は黄昏時まで続けられた。仕上げのベースランニング10周を終えた順からベンチで身体を休めていく。

 

「お〜。みんなお疲れだねえ」

 

「あら……天草さん。グラウンドに来るなんて珍しいわね」

 

 するとそこに美術部の天草がやってきた。息が乱れた様子の皆を見て牡丹色の目を見開いていると早めにベースランニングを終えた東雲が彼女に気づいた。

 

「やあやあ。ちょっとお礼を言いにきたんだよお」

 

「お礼?」

 

「コンクールにあの気に入った絵を出してみたらってオススメしてくれたでしょ? そしたらなんとねえ……最優秀賞に選ばれたんだあ。審査員って良い子ちゃんな絵を求めてるって思ってたけど……分かってくれる人っているんだねえ」

 

「最優秀賞……!? 凄いわね。おめでとう天草さん」

 

「こちらこそありがとねえ」

 

「クルー。キュッキュー」

 

「ルーちゃんも褒めてくれてるの? ありがと〜」

 

「あら……そういえば秋乃さんはどこに?」

 

「小麦ちゃんなら奥の茂みにボール拾いにいったよー」

 

「終わったばかりなのに元気ね……」

 

 小さな体に秘める底無しの体力に思わず感心する東雲だったが、外野の奥の茂みを思案顔で見つめた。

 

「あそこでロストしてしまうボールも多いし、練習の効率も落ちるからなんとかしたいわね」

 

「そうだね〜。……草抜き同好会復活させる!?」

 

「さすがに現実的じゃないと思うわ」

 

「そっかぁ。でも、確かになんとかしたいね。フェンスの跳ね返りの処理とかも練習出来ないもんね」

 

「といっても簡易式の外野フェンスでも高いのよね……。いくら部費が増えたといっても手が出ないわ」

 

「うーん……」

 

「ぜは……ぜは……。そ、それなら……防球ネットを設置するのは……どうかしら……」

 

 二人が悩んでいるとそこにようやくベースランニングを終えた鈴木が息も絶え絶えにやってきた。

 

「範囲結構あるけど……張れるかな?」

 

「問題ないわ……。ぜは……。リトルリーグの時にも……張れたもの……」

 

「リトルリーグ?」

 

「このグラウンド、昔和香ちゃんがいたチームのなんだ」

 

「そうだったのね」

 

「ええ……」

 

 有原が説明している間に水を飲んで一息ついた鈴木はベンチに座り込みながら話を続けた。

 

「ふぅ……。ポールとフェンスネットを購入すればいいから値段もそこまで張らないはずよ……。等間隔に設置したポールにネットを差し込んでいけば簡単に張れるわ……子供の私でも張れたもの」

 

「なるほど……それは良いわね」

 

(そういえばリトルリーグの時に和香ちゃんは用具の手入れをしてたって、お兄さんが言ってたっけ)

 

(あそこにネットが張られるのかあ。奥にある自然が網目で人工的に区切られて見えるのは、パズルのピースみたいで良いかも。ん〜。インスピレーションが湧いてきたあ……!)

 

 こうして鈴木の提案で増えた部費の使い道が決まった頃、秋乃は小さな彼女が遠目では見えなくなってしまうくらいの茂みの中でボール拾いをしていた。

 

(探検みたいで楽しいな〜。……んんっ?)

 

「ガチオーラが半端ない感じの子は体力もある……と。いやー……それにしても怖そうな子だなあ」

 

「え〜? そんなことないよー。りょーはね。厳しいけど、優しいんだよ〜!」

 

「へー! 意外〜! …………」

 

「……?」

 

「うわあああ!? 見つかったー!」

 

「ええええっ!? 誰にー?」

 

 すると赤みがかかった髪の少女と遭遇した。これが秋乃とさきがけ女子高校のキャプテンを務める芹澤(せりざわ)(むすび)の初めての出会いだった。

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