里ヶ浜高校の練習の日々は続いていた。水曜の練習終わりにローテーションにより東雲が担当する順番となっても初瀬のバントの特訓は受け継がれて行われた。
「うっ!」
東雲が抜き気味に投げたストレートをバントしにいく初瀬だったが当てにいく際にヘッドが下がってしまい打球はバックネット方向へのフライとなってしまう。
「初瀬さん。手だけで合わせにいっちゃダメよ。緩いボールならそれでも何とかなるかもしれないけど、実戦で投げられるボールのスピードには対応できない」
「は、はい!」
(バントを成功させるために必要なのは、最初に構えた時の形を出来るだけ崩さないこと。今の初瀬さんに足りないのは……)
東雲は豊富な野球経験から初瀬に不足している部分を推測し、そのためにやるべきことを考える。
「……目線ね。バットとボールが同時に見れない瞬間があるからブレるのよ。バットを目線と水平方向の高さになるように構えてみて」
「分かりました」
初瀬が目の高さまでバットを持っていくのを確認すると東雲は再びボールを軽く投げる。真ん中の高さに投げられたボールを初瀬はバット越しに確認した。
(ここから手だけじゃなく合わせにいくには……えいっ!)
膝を使って体勢を低くした初瀬はボールの高さ付近まで目線を持っていくと見えた通りのボールの軌道に目の前にあるバットを合わせた。狙い通りバットの芯に当たったボールは勢いよく東雲の前に転がっていった。
「いいじゃない。その感覚を忘れないで」
「は、はいっ!」
東雲は転がってきたボールをミットに収めると再び投球姿勢に入る。
(欲を言えば勢いを殺せるようになれば理想的だけど、それはまだ早い。まずは硬球のスピードに慣れさせ、バットの芯で捉える感覚を覚えてもらう。勢いや転がす方向はバントに慣れてもらってからでもいいでしょう)
そう考えた東雲は初瀬に細かい注文をつけることなく、再びボールを投じたのだった。特訓後、夕日が地平線に隠れる時間になり部室で着替えていると東雲は思い出したように初瀬にもう1つアドバイスをした。
翌日。教室で昼休みの時間を迎えた初瀬はカバンから弁当箱を取り出しながら考え事をしていた。
(誰に頼みましょう。中野さんは最近偵察のデータを纏めるので忙しそうですし……)
「麻里安ちゃーん! 一緒に食べましょ」
「逢坂さん」
野球部に入ってから2人の間では昼ごはんを共にするのが恒例となっていた。逢坂はいつものように空いている近くの机を適当に選んで動かすと初瀬と机を向かい合わせにして手を合わせた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「麻里安ちゃん今日もお弁当のバランスいいわねー」
「ありがとうございます。逢坂さんは鶏肉に卵焼きに……コラーゲンたっぷりといった感じですね」
「ふふん。大女優を目指す身として、美容には常に気を使ってるのよ」
互いに作ってきた弁当を見せ合いながらご飯を食べ進めていく。すると話題が逢坂が借りた本の話へと移っていった。
「この前勧めてくれた恋愛小説良かったわよ。あんなラブロマンスに巻き込まれてみたいわ……!」
「良かった……。あの作者さんの作品には外れがないので、他の小説もお勧めできますよ」
「ホント!? なら今度別のも読んでみるわ」
(逢坂さん嬉しそう。……そうだ。逢坂さんにお願いしてみようかな)
(特に告白のシーンが最高だったわ。不器用ながらに真っ直ぐに伝えようとして絞り出すように出た言葉が……)
「あの。……付き合っていただけませんか?」
(そうそう! ……え?)
「ま、麻里安ちゃん?」
「ダメでしょうか……?」
初瀬が眼鏡越しに真っ直ぐ見つめてくる瞳を見た逢坂は状況を飲み込めず少しの間口が半開きになってから、思わず椅子から飛び上がるように立ち上がった。
「だ、ダメとかじゃなくて。そんな急に言われても……」
「あ、もちろんすぐにとは言いません!」
「ええと……?」
(え! 心の整理がつくまで待つってこと!?)
ただでさえ狼狽していた逢坂は初瀬が紡いだ言葉を聞いて子役時代でもなかったようなパニック状態に陥っていた。
「ご飯食べ終わったら……」
そう言いながら初瀬はカバンの中を探る。すると彼女が取り出したのは好んで休み時間に読む小説ではなく、ボールとミットだった。
「片手キャッチの練習に付き合ってください!」
「…………へ? 野球の練習のことだったの?」
「そうです。あ、買い出しと勘違いさせてしまいましたか?」
(…………ラブロマンスは当分お腹いっぱいだわ)
妙に紅潮している頬に手で風を送るようにしながら力が抜けたように座ると逢坂はOKの返事をしたのだった。
昼ご飯を食べ終えボールとミットを手に1年6組の教室を出た二人はそのまま校庭に歩を進める。サッカーやテニスなどをして昼休みを過ごす生徒が多くいる中、空いているスペースを探していた。
「あれ? 夕姫ちゃんに咲ちゃんじゃない」
「逢坂さんに初瀬さん。キャッチボールですか?」
「はい。私が逢坂さんにお願いして……。お二人は投球練習ですか」
壁沿いのスペースまで来たところにいた野崎と近藤に二人は声をかける。キャッチャー防具一式を身につけた近藤を見て、初瀬は投球練習をしていることを察した。
「ええ。私が近藤さんにお願いしたんです。まだ私、構えたところに全然投げられませんから……」
「いいのよ野崎さん。私だってあなたのボールをしっかり捕れるようになりたいもの。あ、私たちの横のスペース空いてるので、遠慮なく使ってね」
「ありがと! じゃあ早速やりましょうか。……それで、片手キャッチってどういう練習?」
「あ、えっと東雲さんからアドバイスしてもらった練習なんですけど……」
準備運動がてらキャッチボールをしながら練習内容を説明すると、身体もほぐれてきたところで初瀬はミットを外して逢坂と5
「行くわよー?」
「お願いします!」
逢坂が軽く投げたボールが初瀬の右側に飛んでいくと、初瀬は手だけで取りにいくのを我慢しながら下半身を使ってボールに目線を合わせるようにしながら右手で捕球を試みた。しかし手のひらに収まりかけたボールは上手く力を吸収しきれずにそのまま下に落ちてしまう。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。軽く投げてもらってますから」
初瀬が拾ったボールを投げ返すと逢坂はミットで難なくそのボールを受け止める。
「最初にキャッチボールは胸元を狙ってって言われたけど、これでいいの?」
「はい。バントの感覚を掴む練習なのでこれで大丈夫です」
「あー。バントっていうと……この前の練習試合で和香ちゃんやあおい先輩や翼ちゃんがやってたあれね。でもなんでバントなの? これだけ人いるから打って練習するわけにはいかないけど素振りとかは出来るし……」
「私、まだ打つ方は全然感覚が分からなくて……。なのでまずは出来ることからやれるようになりたいんです」
「なるほどね。よし! じゃあバンバン行くわよ!」
ピッチング練習の捕球音をバックに逢坂がボールを投げ、初瀬は片手でそのボールを収めて投げ返すと、テンポよく逢坂からまたボールが投げられる。この繰り返しが続けられ、昼休みも折り返しの時間となったところで初瀬が話しかけた。
「あ、あの。交代しますか?」
「え……なんで?」
「私ばかり付き合ってもらうのは申し訳なくて……」
「気にしなくていいのよ。麻里安ちゃんは今この練習がしたいんでしょ?」
「でも……」
「……じゃあさ。今度時間あるときはアタシに付き合ってもらうわ。それでいいでしょ?」
「あ……はい! ありがとうございます!」
そんなやりとりを挟みながら初瀬の片手キャッチの練習は昼休みの終わりが近づいていることを告げるチャイムが鳴るまで続けられたのだった。
放課後になり今日もひまわりグラウンドで里ヶ浜高校女子硬式野球部は練習に励んでいた。特にこの日熱が入っていたのはセカンドのポジションを守る二人だった。
「ふっふっふ。ともっちよ。あおいの足の封印が解けた以上、お主の天下もここまでなのだ!」
「そうはいきません! 私だって負けませんから! あと足治ったばかりなんですから、あまり無理しないで下さいね?」
「九十九にも耳にタコが出来るほど言われたのだ。気をつけるのだ!」
阿佐田が絶対安静の期間が終了したことで練習に復帰していたため、前の練習試合後のやり取りの影響もあり二人はライバル意識が芽生えていた。
「2点差で勝ってる状況、ワンナウト満塁で内野中間守備、外野少し後退! ……で、どこに打つか言わないから皆頭の中整理していつ打球が来てもいいようにしてねー!」
シートノックがランナーを実際に塁に配置した状態で行われており、さらに打球が飛ぶコースを予め宣言しないことでより実戦に近い形となっていた。
「いっくよー!」
(……!)
有原が自分でボールをトスし、バットを構えてスイングに移行しようとするタイミングで阿佐田が足を動かす。すると金属音と共に一二塁間にゴロで放たれた打球を少し深めに位置にいた阿佐田は身体の正面で捕球した。
「みっちゃん!」
目の前を走り去る九十九を意に介さず身体を二塁ベース方向に少し開いて投げられたボールはベースの上を通過するようにコントロールされていた。
「えと……そだ。ファースト!」
九十九がスライディングに移るより早く届いたボールをベースの上に立ち、ミットを引くようにしてベースの上で捕った新田は一瞬の間を挟んでから慌てた様子で一塁に投げる。すると秋乃がベースの隅を踏むようにしながら伸ばしたミットに収まり、有原が打った瞬間に走り出していたバッタランナー役の中野を辛うじてアウトにした。
「オッケー、ナイスプレー! 無失点でスリーアウトチェンジ! あと何回か同じシチュエーションでやろう!」
「次はともっちの番なのだ」
「はい。……あの、阿佐田先輩。聞いてもいいですか?」
「なんでも聞くといいのだ」
「じゃあいつも気になっていたので……。先輩はどうしてそんなに一歩目が早いんですか?」
「んー? それはとにかく頑張って反応してるからなのだ」
「えっと、そうじゃなくて。なんて言ったらいいのかな……」
「……気がつくとあおいが打球が飛ぶ場所に移動している、ですか?」
「あ、はい!」
表現に困っていた河北の助太刀をするように一塁へと戻ろうとしていた九十九が言葉を添えた。
「なーんだ。そんなの簡単なことなのだ」
「そうなんですか!?」
「私も興味あるね。教えてくれないか?」
「単純なことなのだ〜。最初からボールが飛んでくるところにいればいいのだ」
「……えーと」
「打球が飛ぶ場所が予め分かっているような口ぶりだね」
冗談で言っているのか測りかねて困惑している河北をよそに、本気で言っていると判断した九十九は話を続けた。
「正確に言うならここに来るってビビッとくる瞬間があるのだ」
「ふむ……どんなことを意識しているか教えてくれないか?」
「まずはボールが投げられるコースを頭の隅っこに置いておくのだ」
「コースによっては飛びやすいところってありますよね。ただ確実にそこに飛ぶって訳じゃないですけど……」
「さすがにコースだけじゃあおいも分からないのだ。そこで次にボールが投げられてからホームベースの方をぼんやりと見るのだ。するとここに飛ぶって分かる瞬間があるからスススッと移動しておくのだ」
「……え。それだけかい?」
「ちょっとー。ともっち達ー! 練習中だよー」
「あ、すいません。すぐ戻りますね」
九十九が一塁へと戻ると練習が再開され、有原のバットから打球が放たれた。
(うーん。ぼんやりと見てみたけど、よく分かんないな……)
フライとなった打球を見上げ河北は不思議そうな顔をする。やがて打球がセンターの定位置で構えていた永井のところに落ちてくると、掲げたミットで捕球が行われた。
「バックホーム!」
近藤の掛け声で永井はミットから取り出したボールを力の限りホームに向かって投げた。
(高い!)
一度一塁ベースに戻ってから二塁を窺っていた九十九はその送球を見て迷わず走り出した。河北の頭を越えていった送球が近藤のミットに収まりランナーにタッチに行くと、三塁走者の鈴木がタッチから逃れながら回り込むようにしてベースに触れてセーフとなった。
「咲! こっち!」
「えっ」
突っ込んでくる鈴木に集中していた近藤は新田の声で遅れて二塁へと振り返ると九十九がスライディングをして先の塁を陥れていた。
(しまった……。1点差に詰められて、2アウト二塁三塁の一打逆転のピンチ。三塁ランナーの対応をすることだけがキャッチャーの仕事じゃないのに……)
「近藤さん。確かに今のは三塁ランナーをアウトに出来るタイミングだったからタッチにいくのは良かったわ。ただ私に直接タッチにいくよりはベースで構えるような形の方が良かったかもね」
「はい。分かりました! あと他のランナーも意識しておかなきゃ……ですよね」
「そうね」
「永井さーん。送球は低くね。場合によっては中継がカットするから」
「は、はい。気をつけます……!」
河北が永井に話しかけている間にランナーが再びベースに戻っていくと、近藤からボールを渡された有原が再び打球を放ち今度は三遊間にボールが転がっていった。
「初瀬。まっかせてー!」
「お願いします!」
ややショート寄りに放たれたボールに新田がミットを伸ばすと無事捕球に成功した。
「えと……ホーム!」
少し迷ってホームに投げられたボールが浮き、近藤がジャンプして捕球するとその間に鈴木がベースに触れる。近藤は着地してから一塁に投げたが、少しの余裕を持って中野が先にベースを駆け抜けた。
「あっちゃあ……」
「新田さん。今の場面前進守備ならホームに投げるのは十分ありだけど中間守備でホームまで距離がある形だったし、勢いのある送球が要求される場面だった。軽い送球で近いセカンドを狙えばある程度余裕を持ってダブルプレーも狙えたと思うわ。そちらに体勢を立て直すのが厳しいと思ったなら、三塁経由のダブルプレーという選択肢もあったわよ」
「あ、うん。分かったー」
二塁走者を務めている東雲がベースに戻りながらアドバイスをすると新田もそれに頷いた。
「それと初瀬さん」
「は、はい! なんでしょう」
「打球を新田さんに任せた後、すぐに三塁ベースについたのは良い判断だったわ」
「あ……ありがとうございます!」
初瀬が嬉しそうに返事をすると東雲は二塁へと戻っていった。
「…………」
「どうしたのだともっち?」
「あ、いや……なんでもない、です」
「……?」
その後もアウトカウントやランナーの配置を変えたり、守備側とランナーの交代などを行いながらケースバッティングが続けられたのだった。
そんな練習の日々が流れていく。新入部員が硬球に慣れたことで部員が11人だった時とはまた違った質の練習が行われる中、月曜日を迎え明條学園との練習試合まで一週間を切った。
「咲〜。練習行くよー」
「うん。ちょっと待ってね……」
放課後になり新田と永井が1年1組の教室から出て行くと隣の2組の教室まで赴き、近藤を迎えに来ていた。近藤の支度が終わると3人で部室へと向かって行く。
「土曜の練習、いつもより後ろが静かだったよね」
「岩城先輩が剣道部の応援に行ってたからかな」
「九十九先輩も声出しはしてたけど、岩城先輩の声はレフトからでも響くからね」
「その分わたしが声出ししておいたから、これで次の試合のスタメンは確定……!」
「いやいや、それだけでスタメンには入れないと思うよ……。もちろん試合には出たいけど」
「今日のミーティングでもしかしたら発表あるかもね」
「え? 今日ミーティングだっけ?」
「月曜はいつもミーティングあるけど……」
「そうなんだ〜」
(ああ、そっか……。この二人がサボったの、清城との練習試合のミーティングの日だった。あの時はギリギリまで様子を見たいってことで、スタメンの発表はなかったけど)
そんな話をしていると部室についた3人はノックをしてから扉を開いた。
「失礼しま——」
「ひゃあ!?」
すると3人の目に声を上げながら仰向けにひっくり返される逢坂の姿が映った。
「あ、新田さんに永井さんに近藤さん。こんにちは」
「こんにちは。……何をやっているんですか?」
「これ? 龍ちゃんに教えてもらった体幹トレーニングの一つよ。麻里安ちゃんもう一回!」
「はい。じゃあまたうつ伏せになってくださいね」
逢坂が両手を脇につけてうつ伏せの状態になると初瀬はストップウォッチの時間を30秒に設定し直してからスタートさせ、逢坂を両手を使って胴体をひっくり返そうとしていた。
「今度こそひっくり返らずに耐えてみせるわ!」
「……えいっ!」
「ひゃあ!?」
奥側から引くようにするのを諦めた初瀬は今度は手前側から持ち上げるようにすると、逢坂はあっさりひっくり返った。
「逢坂さん、こちら側から力を入れるとあまり耐えられませんね……」
「ぐぬぬ……。鋼の体幹への道は険しいわね」
「失礼しまーす。わー、ここ何やってるの? たのしそー!」
「なんか楽しそうだよね。わたしもやりたい!」
そこに秋乃が入ってきてミーティングの準備が終わるまで新入部員同士で体幹トレーニングが行われたのだった。
「明條戦に向けてミーティングするよー! 和香ちゃん、中野さんお願いね!」
「ええ」
「任せるにゃー」
ミーティングが開始され、鈴木と中野がデータを纏めた資料を手に説明を始めた。
「恐らく先発してくるのは、夏の大会でも投げていた
そう言って鈴木が取り出したタブレットに流れていたのは夏季大会の一回戦、明條学園対
「長身で高いところから角度のあるストレートをバンバン投げ込んでくるんだにゃ。そしてもう一つ特徴的なボールがあって、それは……」
初回、2アウト二塁のピンチで右の4番打者を迎えた明條学園。2ボール2ストライクから投げられたボールがボールゾーンから弧を描いてアウトコース低めのストライクゾーンへと収まり、見逃し三振を取っていた。
「あ、カーブじゃない」
「カーブには違いないけど、これは一般的にスローカーブに区分されるボールね」
「え? カーブって元々遅いボールじゃないの?」
「……ちょっと待ってね」
鈴木がタブレットを中野に預けると、ホワイトボードにカーブとスローカーブの軌道を描いた。
「スローカーブはカーブよりさらに球速が遅い分、さらに変化量が多いのよ。特にこのピッチャーは身長が高いから真上から落ちてくるように感じられるんじゃないかしら」
「へー。そうなのね」
「……ただ。ボールが遅い分コントロールが甘くなると一転して絶好球になりやすいし、そのコントロールもつけにくいと言われているわ。実際……」
中野からタブレットを渡されると映像が早送りされ、6回の裏の場面になった。明條は2-0でリードしている状況で2アウト二塁三塁のピンチ。4番に厳しいコースを突き続け、結果四球を出していたところだった。そして次のバッターが右打席に入っていく。
「ここで高波は5番の
初球スローカーブが弧を描いてボールゾーンからストライクゾーンへと向かっていく。しかしコースが中に寄り、高さも真ん中近くに浮いてしまったボールをバットが捉えると、弾丸ライナーでスタンドに突き刺さるように入った。
「こうやって甘くなったスローカーブを叩かれているわ。球数が重なった分の疲れなども影響してるとは思うけれど」
「なるほどー。変化が大きいから、その分凄いとは限らないってことね」
鈴木の解説に逢坂が納得していると中野がタブレットを受け取って補足を入れた。
「ちなみにこの試合、7回の表にツーベースで塁に出た大咲みよをセカンドゴロで三塁に進めて、なんとか犠牲フライで還したけどあと1点が届かずに一回戦で敗退しているんだにゃ」
「ふーん……。この子アタシに負けず劣らず、美少女ね」
「どこを見てるんだにゃ……。偵察に行った時、ガードが固くて投手陣の練習スペースには入れなかったけど、グラウンドの練習ではこの選手が一人飛び抜けていたんだにゃ。……というのも無理はない話だけどにゃ。明條は夏の大会、バッテリーとこのショート以外は全員3年だったから、他の選手はどうやら経験不足に見えたんだにゃ」
「……そう。やはり3年が抜けたことでの戦力低下は大きいと見て良さそうなのね?」
「そう見て大丈夫だと思うにゃ。ただバッテリーが変わってないし、守備は言うほど落ちてないと思うんだにゃ。どちらかといえば3年の打者が抜けたことで、打線にできた穴の影響の方が大きそうだったにゃ」
「分かったわ。有原さん、お願い」
「うん。分かった! ……おほん。では、今回の明條との練習試合のスタメンを発表したいと思います」
「え! 今……!?」
「前は皆の調子ギリギリまで見たかったけど、今回は早めに発表して試合に向けての心構えを作ってもらいたくて」
「そっかー。……わたし達、入ってるかな?」
「入っている……といいなあ」
(……入りたい、な)
新田達を始めとしてざわつく部員達を東雲が黙らせると、有原がメモを取り出してオーダーを読み上げた。
「1番ファースト、秋乃小麦」
「はい!」
(秋乃がファースト、となるとどっちが先発になるのか分からないわね)
「2番セカンド、河北智恵」
「……!」
「え……あ、はい!」
「3番ライト、逢坂ここ」
「はいっ!」
(やったぁ! スタメン……!)
(うう……)
「4番ピッチャー、野崎夕姫」
「はいっ」
(……前の試合でアタシが先発だったし、それもそうか)
「5番レフト、岩城良美」
「おう!」
「6番センター、永井加奈子」
「ええっ……! あわわ……」
「加奈子、返事返事」
「あっ! はい!」
(なっ、なんで……? 試合には出たいと思ってたけど、まさかスタメンなんて……)
「7番ショート、新田美奈子」
「へ……? あ、うん。……じゃなかった。はい!」
(嘘! スタメン来ちゃった!?)
新田が驚く中、このオーダーの意図を何人かが察し始めていた。
「8番サード、初瀬麻里安」
「……! は、はいっ!」
(……心構えはしていました。けど、このオーダー……もしかしなくても、ですよね)
(もし私の考えが間違っていなければ次に呼ばれるのは……)
「9番キャッチャー、近藤咲」
「……はい!」
(……やっぱり。このオーダーは……)
(……阿佐田先輩に勝ったわけじゃない。秋乃さんがファーストに入っていて分かりづらいけど、これは基本的に清城戦でスタメンから外れた人でオーダーを組んでいるんだ。……でもチャンスに違いはない。よぉーし……やるぞー!)
スタメン発表が終わり、河北を始めとしてスタメンに選ばれた者たちは試合に向けての気合が入った様子だった。
「一塁コーチャーは宇喜多さん。三塁コーチャーは……」
「アタシが入るわ。前の試合でも三塁コーチャーやったし」
「はい! 倉敷先輩、よろしくお願いします!」
「野崎さん、いいかしら」
「なんでしょう?」
「あなたは小中と運動部に入っているだけあって野球部の中でもかなり体力がある方だわ。だからこの試合、完投を目指して欲しいの」
「……! わ、分かりました!」
「もちろん、用意はさせておくから厳しくなったら……」
「いえ、是非最後まで投げさせて下さい!」
「え? ええ……お願いするわ」
(……野崎さん、なにかあったのかしら。前はそんな主張しなかったのに……。まあ、ピッチャーがマウンドに欲を持つのは悪いことではないわね)
東雲は前とは違う野崎の様子に驚いたが、どこか頼もしさも覚えていた。
「鈴木。あのことは言っておいた方がいいんじゃないかにゃ?」
「あっ! そうね。皆、聞いて」
鈴木が手を叩いてざわつきを収めると、皆の目線が鈴木に向いた。
「試合はあちらの希望で球場を借りて行うことになっているの。それで借りる負担はあちら持ちとする代わりに1つ条件があって……テレビカメラでの撮影を許可してくれって話だったわ。こちらも部費は節約したいし、OKの返事を出したわ。一応聞いておくけど問題なかったかしら?」
鈴木の言葉に皆が頷く中、一人テレビという言葉に反応してやる気を出していた者がいた。
「え? テレビ!? いやー、見る目があるわね。この元天才子役かつ美少女が野球をする姿を撮ろうといち早く嗅ぎつけるなんて」
「いや、あちらの部員の一人が持つ番組の企画らしいから、逢坂さんは関係ないと思うけど……」
「きっとそれはアタシを撮るための建前ね! 俄然試合が楽しみになってきたわ!」
「……とにかく、まだ試合経験が少ない新入部員は不安もあると思うけど、後悔がないようにこの後の練習も頑張ってね」
皆の返事が元気よく部室に響き渡るとミーティングが終わり着替えに入る。そんな経緯で行われた今日の練習は特に新入部員達の声が大きく出ていた。兎にも角にも試合のスタメンが決まり、緊張や期待が入り混じったような心臓の鼓動が彼女たちの胸の内に響いたのだった。
今話で試合に入ろうか迷ったんですが、中途半端になりそうだったので少し短いですがここで区切らせて頂きました。次回から試合に入るのでお楽しみに〜。