皆で綴る物語   作:ゾネサー

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認めさせたいなら

「……いない、ですよね……」

 

 明條戦の先発に指名された野崎はその発表があった月曜日の練習の後、ジャージ姿で先週も赴いた高架下へとやってきていた。周りを見渡し人の姿がないことを確認するとコンクリートの上にカバンを置き、ボールを取り出した。

 

「ここ最近近藤さんに付き合ってもらったおかげで、コースを問わなければ高めと低めの投げ分けは大分出来るようになってきました。次は……」

 

 スプレーで三目並べの落書きがされている壁を視界に入れた野崎はセットポジションの投球姿勢に入るとボールを投げ込んだ。すると左下の枠からさらに左にボール2つ分外れた場所に当たった。跳ね返ってきたボールを野崎は拾い上げると再びボールを投じる。この繰り返しを30分ほど続けると野崎は小休憩も兼ねてカバンからスポーツドリンクを取り出して喉を潤した。するとどこからともなく緩いテンポの拍手が高架下に響くように鳴った。

 

「えっ……!」

 

 突然のことに驚きながら野崎は拍手の主を探すと、上から鳴っていることに気づいて顔を上げた。するとその目が大きく見開かれる。

 

「……ま、一週間でそれなら及第点ってところね」

 

 音の主は舐め終えた飴を包装袋にしまいながら立ち上がり高架下へ降りる道をコンクリートを叩くような音をさせながら歩いてくると、野崎の目の前までやってきた。

 

「高坂さん……!? あ、あのっ。この前はとんだご無礼を……!」

 

「全くよ。……まあ、アタシもアンタに酷いこと言ったからね。お互い様でしょ」

 

「えっと……でも……」

 

「あー。アタシ、あんまりうだうだ言うの好きじゃないのよねぇ」

 

「えっ!? ご、ごめんなさい……」

 

「あと、とりあえず謝られるのも好きじゃない」

 

「ご、ごめんな……うう」

 

「……はぁ。アンタさ、今でも倉敷に敵いっこないなんて思ってないでしょうね」

 

 高坂は野崎の真正面に立つと見上げるようにして鋭い眼差しで野崎の眼を射抜くように見つめた。

 

「……はい!」

 

「でしょうね」

 

 高坂は視線を外すと先ほどまで投げ込みが行われていた壁の近くまで歩いていき、スプレーの枠付近に付いている砂の跡を確認した。

 

「四隅のコントロールを磨こうとしてんのは分かるけどまだまだね。ただ一球一球丁寧に、本気で四隅を狙って投げていることは分かった。やらされている練習だとこうはならない。アンタがアンタ自身のために練習をしていることは言葉なんかよりボールが雄弁に語ってたわぁ」

 

「えっと……もしかしてずっと見ていたんですか?」

 

「……15分くらい前からね」

 

 そう言うと高坂はポケットからボールを取り出すと壁から距離を取った。

 

「ま、コッチだけ勝手に見るってのも不公平だし、見せてあげるわぁ」

 

 高坂は胸の前でボールを握ってから一度静止すると、その指先からボールを投じる。放たれたボールは左下の枠の左下隅へと見事に当たった。

 

「す、凄い……」

 

「いや、肩作ってないから全力で投げてない分コントロール効いてるだけよ。アタシも全力投球で四隅狙うなら多少のズレは出る。それでも中に入るくらいならボール気味にとか、ストライク欲しいけど甘い場所は避けたい時にストライク気味にとか、そういうコントロールは出来るつもりよ」

 

「そ、それでもかなり凄いことですよ……」

 

「そうね。けどアタシだって最初っからそんなこと出来たわけじゃない。むしろピッチャー始めた時なんかは前のアンタみたいなひっどいコントロールだったわ」

 

「高坂さんがですか……?」

 

「当たり前でしょ。同じ時期にピッチャー始めたやつが比較的コントロールが良くて、それが凄いムカついたから練習したのよ。おかげで今は……」

 

 跳ね返ってきたボールを拾い上げた高坂は再びボールを投じた。

 

(コースは真ん中だけど低めギリギリ……えっ!?)

 

 枠の下線に沿うようにしてボールが右に変化していくと右下の枠のさらに右下の隅にボールが当たった。

 

「ストレートだろうと変化球だろうと狙ったコースに投げられるようになったわ」

 

(あれほどの変化量のシュートを右下隅ギリギリに……これが全国No.1(ナンバーワン)投手(ピッチャー)、高坂椿さんの実力なんだ)

 

「だから焦んじゃないわよ」

 

「え?」

 

「アンタは前まで高めと低めすら投げ分けられなかったのよ。いきなり四隅に投げるなんて芸当は難しい。こればかりは投球フォームどうこうじゃなく、時間をかけてじっくりと身につけるしかない」

 

「は、はい! 分かりました」

 

「分かったならいいわ。アンタ……野崎だっけ。強くなることに妥協しないっていうなら当然アタシも超えるつもりでくるのよね」

 

(……なんだろうこの感覚。怖い……? それくらい圧倒的な自信と、裏付けされた実力が今の2球だけで伝わってくる。今の時点での私とのはっきりした実力の差も。……それでも私は、決めたんです)

 

「……もちろんです!」

 

「ふぅん? 負けるつもりはないけど……楽しみにはしておくわ」

 

 野崎の目に常々不機嫌そうに映っていた高坂の表情に変化が訪れる。嬉しそうに笑う高坂の顔を初めて見た野崎はどこか安心に近いような感情を抱いていた。

 

「そ、それで……その。今日はまだお時間ありますか?」

 

「あ? あるけど……」

 

「えっと……良ければまたご指導をしてもらえないかと……」

 

「アンタ、思ったより図々しいわね」

 

「す、すみません……」

 

「……時間来るまでよ」

 

「え……あ、ありがとうございます!」

 

 断られると思った野崎はその返答に驚きながらも嬉しく思い、頭を下げた。

 

「それで何か見てほしいもんでもあるの?」

 

「あの、出来れば変化球を身につけたくて……」

 

「……あのさ。念のために聞くけどストレートのコントロールに自信がないから、変化球で何とかしようとか考えてないわよね」

 

「……! な、なんで分かったんですか?」

 

(……はぁ。そんなところまでアイツに似てるわけ?)

 

「あのねぇ。変化球を生かすも殺すもストレートが肝になるのよ。ストレートに自信がないから変化球なんて考えじゃダメね」

 

「うぅ……分かりました」

 

「それで? 何を試したいの?」

 

「スライダーやカーブの握りを試してみたんですがダメだったので……」

 

(その2つがどっちもダメって割と不器用ねぇ……。手のひらが大きい分、繊細な感覚が必要な変化球は難しいのかもね)

 

「“チェンジアップ”を投げられれば、と」

 

「……ま、アンタの速球に緩急がつけられればさすがに厄介でしょうね。選択としては悪くないんじゃない」

 

「あ、ありがとうございます。その……次の日曜の練習試合の先発を任されているので、出来ることはやっておきたくて」

 

「……一週間後にあるなら、本格的に練習するのは後にした方が良いかもね。付け焼き刃の変化球が試合で上手くいかなくて調子を崩す可能性だってあるし」

 

「なるほど……言われてみれば、そうかもしれません」

 

 変化球があって損はないと考えていた野崎は自分が思い至らなかった可能性を指摘され、納得すると共に投手の繊細さを感じていた。

 

「とりあえず軽く投げてみなさい。それで自分に合うような握りを見つけたら、試合が終わった後にでもしっかり練習すればいいでしょ」

 

「分かりました。えっと、基本となるのはこの指の形でしたよね」

 

 そういうと野崎は指でOKの形を作り、高坂が頷くのを確認してからボールを包むように握ってから軽くボールを投げてみた。しかしボールが抜けきらず引っかかったボールは地面に叩きつけられる形となった。

 

「……アンタ、指が長い分引っかかりやすいかもね」

 

「うう。そうかもしれませんね……」

 

 壁に当たるもほとんど跳ね返ってこないボールを拾いにいった野崎が戻ってくると違う握りでボールを握った。

 

「随分変わった握り方ね。人によって投げやすい握りは変わるとはいえ……」

 

(これは倉敷先輩の投げるチェンジアップの握り……これならどうでしょう)

 

 先程の握りから人差し指をボールから離すようにした握りで野崎はボールを投じる。しかし先程より自分に近い位置でボールは叩きつけられた。

 

(ぜ……全然ダメです。これは私には合わないんだ。倉敷先輩のやったことをそのまま追うだけじゃ……ダメなんだ)

 

「どうしましょう……」

 

「チェンジアップってのは極論、ストレートと同じ腕の振りで投げて遅くなれば握りはなんでもいいのよ。低めへのコントロールのしやすさもあるから、本当になんでもいいって訳にはいかないけど。……この握りならどう?」

 

 知っているチェンジアップの握り方を試し終えた野崎は高坂に助けを求める。高坂は自らの野球知識から野崎に合いそうな握りを何個かピックアップするとそれを実際に握らせ、試しに軽く投げさせた。試行錯誤を繰り返しながら、合計7回目となる握りでボールが投じられると高くはあるが抜いたボールが枠に当たった。

 

「や、やったあ……!」

 

「やっぱりアンタは手のひらが大きいから、いっそのこと包むようにして投げる握りは合うみたいね。でもまだ身についた訳じゃないわ。低めに決まるようにならなかったらただの甘い球だから、試合が終わったらしっかり練習することね」

 

「はい! 頑張ってものにします……!」

 

 このタイミングで高坂は後ろのポケットから振動を感じ、手を突っ込むようにしてボタンを押して振動を止めた。

 

「じゃ、アタシはこのへんで」

 

「ご指導ありがとうございました……!」

 

 充実した表情を浮かべながら礼を言う野崎に軽く手を挙げるようにした高坂はもう片方の手で器用に包装袋を切り、飴を咥えると来た道を戻っていった。

 

(……アタシはどうしたいのかしら。野崎に教えたってアイツが帰ってくる訳でもないのに……)

 

 上まで来たところで振り返ると、野崎は忠告通りチェンジアップの練習を深追いはせずにストレートで四隅を狙う練習を再開させていた。その様子を少しの間ボーッと眺めるように見た高坂は首を二、三度横に振ると再び歩き出すのだった。

 

 日は流れ、土曜日。グラウンドへ続く遊歩道を準備運動がてら河北と共に走っていた有原はその途中でボールが入ったカゴを台車で運んでいる東雲を見かけた。

 

「おーい、東雲さーん!」

 

「おはよー!」

 

「おはよう。走ってきたのね」

 

 2人は息を整えながらボールを運ぶ東雲に追いつくと、並行するように歩き出した。

 

「うん。ともっちが気合い入ってたから一緒に走ってきたんだ」

 

「そう。いい心がけね」

 

「えへへ……」

 

「明日の練習試合で貴女が果たすべき役割を考えれば、そのくらいの心持ちはないと困るけどね」

 

「うっ! 厳しい……」

 

「当然でしょう。新入部員6人がスタメン。試合経験が無い3人に、初瀬さんや逢坂さんもそれぞれ7回の表裏を分けての経験しかない。フル出場した秋乃さんを経験者側に数えるとしても、半数以上がほとんど経験が無いのよ。貴女達経験者が崩れでもしたら試合にならない可能性だってあるわ。その自覚は持つべきよ」

 

「そ、そうだね……! うん。頑張るよ!」

 

(東雲さん、凄いプレッシャーかけるなぁ。ともっち、最近阿佐田先輩とのポジション争いも気にしてるみたいだし、あんまり気負い過ぎないといいけど……)

 

 河北が気合いを入れ直す中、3人がグラウンドにつくとそこには先客が2人いた。グラウンド脇にいる2人のうち1人が軽くボールを投げるともう1人は右手のみで握ったバットで合わせるようにしてバントをしていた。

 

「初瀬さんに逢坂さん。おはよう!」

 

「おはよー。私たちが一番乗りだと思ったんだけどなぁ」

 

「早いわね」

 

「あ、おはようございます!」

 

「おはよー。だって明日は初スタメンだもの。居ても立っても居られない、って感じで早く来ちゃったわ」

 

 東雲と有原がボールカゴを一つずつ持ち、河北が台車を運びながら坂を下るのに気づいた2人は一度練習を中断した。

 

「初瀬さん、バントの練習はどうかしら?」

 

「東雲さんの言う通り、片手キャッチに慣れてから片手でバントする練習を始めてみたんですが、逢坂さんに付き合って頂いたおかげで感覚が掴めてきました」

 

「そう。今日は基礎の確認をするメニュー中心でいくから、貴女はバッティング練習の時にバントの確認をしておきましょう」

 

「はい!」

 

「龍ちゃん! アタシはカーブお願いね! 明日のピッチャーも投げるみたいだし」

 

「右から投げるのと左から投げるのでは軌道も変わるけど……まあ、練習にはなるでしょう。あと、当然のように名前で呼ばないでちょうだい」

 

「いいじゃない。小麦ちゃんにもOK出したって聞いたわよ?」

 

「それは……そうだけど」

 

「アタシのこともここちゃんって呼んでいいからね」

 

「いや、別に逢坂さんでいいわ」

 

「そう? じゃあまた後でね、龍ちゃん!」

 

 片手バントの練習を再開する2人を見て短くため息を吐いた東雲は有原とすれ違い、ボールカゴを置きに行った。

 

「えいっ!」

 

 バットの芯に当たったボールがそこそこの勢いで跳ね返っていくと有原の足元に転がっていき、それを拾った有原は逢坂に投げ返した。

 

「初瀬さん、バント上手く合わせられるようになってきたね!」

 

「ありがとうございます。特訓でも付き合って頂いたおかげで少しずつ慣れてきました。ただ……」

 

「ただ?」

 

「軽く投げてもらっているので今はそうでもないですが、私のバントは先日の試合で拝見した有原さんのバントと比べると勢いが強い気がして……」

 

「うーん。いい感じになってきたし、そろそろいいのかな」

 

「え? どういうこと……ですか?」

 

「ほら、このバント練習は元々はバッティングのために和香ちゃんの提案でボールに目を慣らすのと、バットの芯で捉える感覚を覚えるために始めたからさ。バントの踏み込んだ技術を教えるのはタイミングを見てってことになってたんだ」

 

「そ、そうでしたね。私バントの練習に夢中になり過ぎて、最初の目的を忘れてました……」

 

「でもバントが出来るようになって損はないからさ! ここは私がドーンとバントのコツを教えるよ!」

 

「え〜? 翼ちゃん、アドバイス出来るの?」

 

「むー。私だってアドバイス出来るもん……」

 

(あ、拗ねちゃった。気にしてたんだ……)

 

 逢坂がからかうと有原は口を尖らせてしまう。そんな有原を初瀬はなだめながら、アドバイスをお願いすると有原は元気よくバットを構えて、逢坂に全力投球を頼んだ。

 

「こう! 初瀬さん、こうだよ!」

 

「えっと……」

 

 逢坂が真ん中を狙って投げたボールはスピードはあるもののコントロールが散らばる形となっていたが、有原はその度に上手くバットを合わせて勢いを殺して転がしていた。

 

(あちゃー。それじゃ全然分からないでしょ……)

 

「あ……! もしかして、バットの芯より先で当てているんですか?」

 

「……! そう! それだよ!」

 

(え……嘘でしょ)

 

 逢坂が信じられないものを見るような目をする中、有原のバントを近くで見ていた初瀬は観察の末に伝えようとしているコツに気づいていた。

 

「バントの芯で捉える感覚が分かってきた今だからこそ、初瀬さんも練習すれば出来るようになると思うんだ!」

 

「ありがとうございます。やってみます!」

 

(……アタシが悪いのかしら。演技指導とかでも自分で見て学ぶ必要があるのに近い……? いや、でももう少し言葉の補助くらいは……)

 

「逢坂さん。片手バントの練習はここまでで、私にも全力でお願いします!」

 

「あ……うん。分かったわ」

 

 釈然としない様子の逢坂だったがすぐに切り替えると、バントの練習に付き合うのだった。

 

 そうこうしているうちに他の部員も集まってくる。そして最後に岩城がやってくると、掛橋ともう1人の生徒と一緒だった。

 

「おーい! みんなー! 新しい仲間だぞー!」

 

「え? 新入部員?」

 

 岩城の大声がグラウンドに響き渡ると部員が皆集まってきた。

 

「いえ、彼女は野球部の部員にはならないわ」

 

 東雲がその言葉を伝えながら皆を制すと、掛橋がその生徒と共に前に出た。

 

「紹介します。2年生の塚原(つかはら)(しずく)さんです」

 

「ご紹介に預かりました。塚原雫と申します。普段は剣道部のキャプテンを務めています」

 

 灰色がかった長い黒髪が風で揺れながら自己紹介が行われる。疑問を浮かべる部員もいたが、顧問の掛橋の紹介もあって塚原は拍手で迎えられていた。

 

「女子硬式野球部のキャプテンをさせてもらってます。有原翼です! 今日は来て頂いてありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそお招き頂きありがとうございます。ふふ、皆さん元気がありますね」

 

「……何故、剣道部の塚原さんがここへ来たのでしょうか?」

 

「えーとね。試合のためだったわよね」

 

「明日の試合、でしょうか?」

 

「あー、そうじゃなくて……えーと」

 

「先生、ここは代わりに私が説明します」

 

「東雲さん。お願いするわ」

 

 東雲が前に出ると皆の方に振り返って説明を始めた。

 

「はっきり言って今の野球部は実戦の経験が足りないの。リトルシニアの時のように出来れば多く練習試合を入れたいと有原さんや鈴木さんと話していたのだけど、知っての通りまだ女子硬式野球部は数が少ないから高い頻度では練習試合は組めないのよ。部費もあまり余裕はないし、練習試合を組めない週は紅白戦をやりたいと考えたの」

 

「でもわたし達17人だから紅白戦には1人足りなくない? ……あっ、そっか!」

 

「そう。だから1人助っ人を頼めないかと掛橋先生に相談したら心当たりがあるという話だったから……」

 

「私に話が回ってきたんです。掛橋先生とは縁があり、私自身も署名活動などを通して野球部には興味があったのでこの話を受けさせて頂きました。キャプテンを務める身であるので兼部は難しく、また平日は剣道部の活動があるため土日のみしか予定は空けられませんが……」

 

「そんな! 無理を言ってるのはこっちですから、気にしないでください!」

 

「ありがとうございます。私はまだ野球のルールや経験に乏しいので、土日は練習に参加させて頂いて足を出来るだけ引っ張らないようにしますね」

 

「ありがとうございます! じゃあ早速練習始めますね!」

 

「雫ー! ウチが色々教えるぞ! 応援も任せろ!」

 

「よろしくお願いします。応援は今は大丈夫ですが、必要だったらお願いしますね」

 

「……まさかアンタが来るとは思わなかったわ」

 

「あ……舞子。元気にしていましたか?」

 

「まあ、元気ではあるけど」

 

「塚原さんと知り合いだったのかい?」

 

「1年の時に同じクラスで、どうしても家に帰りたくなかった時に世話になってね……」

 

「なんなのだその話は! 初耳なのだー。2人に何があったのか詳しく聞かせるのだー!」

 

「別に面白くないわよ」

 

「私も興味あるね。聞かせてくれないかい?」

 

「いいけど……」

 

「ふふ。良き友に出会えたようですね」

 

「……まあね」

 

 キャッチボールが始められると岩城と組んだ塚原の近くに2年生の部員が集まっていき、キャッチボールと平行して話が行われていた。その後の練習も慣れない塚原に2年生のうち、1人はついていた。

 

(なるほど……あの舞子が所属するのも分かります。初対面の人が多いにも関わらず親切で、居心地が良い。それでいて……)

 

「ともっち、ナイスプレー!」

 

「ありがとう。でももっと厳しいところにも振ってー! 球際の処理、もっと上手くなりたいからー!」

 

「分かった!」

 

(努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語ると言いますが……。この部が本気で上を目指していることが全体から伝わってきます。掛橋先生が夏大会の期間専念するほど思い入れがあるのも納得ですね)

 

「雫。最初は無理に前で捕ろうとすると捕り損ねて逸らすことがあるから、まず確実に捕ることを意識するといいわ」

 

「分かりました。注意しますね」

 

「しずちゃん。行くのだ!」

 

「はい!」

 

 サードに入っている阿佐田がゴロを捌いて投げたボールをベースにつきながらキャッチしにいった塚原はポケットで丁寧に掴むようにしてミットに収めていた。

 

「いいじゃない」

 

「ふふ、上手く捕れると気持ちが良いものですね」

 

「そうね」

 

 2年生の助けもあって特に問題なく塚原も野球部に馴染み、午前練が終了した。

 

「咲ー。手、大丈夫?」

 

「わわっ。凄く赤くなってるよ……!」

 

「心配しなくても大丈夫。痛みはしばらくすれば引くから」

 

 近藤がタオルを水で濡らしているところにやってきた2人が心配そうにしていると、野崎は申し訳なさを感じていた。

 

「すいません。私のせいで……」

 

「……野崎さん。私、ようやくあなたの全力投球を音を鳴らして捕れるようになってきて嬉しいんです。私にとっては気を遣って手を抜かれてしまうのが、1番悔しいことなんです。あなたはそれをしなかった。だから……謝らないで下さい」

 

「……! わ、分かりました」

 

「明日の練習試合、お互い頑張りましょう」

 

「……はい!」

 

 近藤が右拳を突き出すようにし野崎も左拳を軽く突き出すようにして合わせると、お互いに照れが混じった笑みを浮かべた。

 

「あ、美奈子。一応聞いておくけど、この後のこと分かってるよね」

 

「ん? そりゃあもちろん。明日の練習試合に疲れ残さないために、午後練は休みなんだよね」

 

「ミーティングでそう言ってたね」

 

「うん、良かった。じゃあ部室に戻りましょうか」

 

 近藤が左手をタオルで押さえるようにしながら歩き出すと2人はそれについていった。

 

「明日はわたしたち『おいしいものクラブ』の初陣だよ。頑張ろうね!」

 

「うん! ……けど、野球部でも『おいしいものクラブ』を名乗るのはちょっとどうかな」

 

「雰囲気に合わない感じはするね。……あ、そういえばわたしたちのポジションってセンターラインって呼ばれているらしいよ」

 

「ふむ……。なら野球部では『グルメセンターロード』を名乗るとしましょうか!」

 

「食べ物要素は外さないんだね。……お腹、空いてきたかも」

 

「でも、私たちらしくていいかもね」

 

 おいしいものクラブ改めグルメセンターロードは明日の試合に向けて気合いを入れながら、慣れ親しんできた遊歩道を歩いていくのだった。

 

 次の日、やや遠くにある球場へとたどり着いた里ヶ浜高校女子硬式野球部だったが、念を入れた分早めについてしまったため少しの間自由時間を設けていた。

 

「ルーちゃん。きょうはねー小麦たち、新入部員が全員スタメンなんだよ!」

 

「キュー?」

 

 秋乃は頭の上にリスのルーちゃんを乗せながら球場の周りを歩いていた。

 

「きっとねー。皆、緊張してると思うんだ。小麦も最初に試合をするときワクワクと同じくらいドキドキがいっぱいだったから」

 

「キュー……」

 

「でもね、その時は他の皆が頑張って小麦が伸び伸びとやれるようにしてくれたんだ。だからね、今日は小麦が頑張って皆を少しでも楽にする番なんだよー」

 

「キュッキュー」

 

「ルーちゃんはベンチで小麦たちのこと応援してね。小麦も、皆も、いっぱい頑張るから!」

 

「キュー♪」

 

「あはは。まだ早いよー」

 

 頭の上で交互に腕を動かし始めるルーちゃんに秋乃が笑みをこぼしていると、足元にあるクロスするように貼られていたビニールテープに気づいた。

 

「んー。なにこれー」

 

「小麦ちゃーん。そろそろ時間だってー。一緒に戻りましょ」

 

「うん。ねー、ここ。これ何か分かる?」

 

「これは……バミってるみたいね」

 

「バミってる……? なにそれー?」

 

「予定してる立ち位置にマークをつけておくことよ。外での撮影だと普通に撮ったら丸見えだからあんまりやらないんだけど、見上げるような視点で使うのかもね」

 

「へー。バミってるは予定してるとこを分かりやすくしておくことなんだ!」

 

「あ、ちょっといいですか? 撮影で使うので……え」

 

 水色の髪に、腰のところにMの字がデザインされたユニフォームを着た女の子が話しかけてくるが急に言葉を止めてしまう。不思議そうにしながらも逢坂は前のミーティングの映像で見た自分に勝るとも劣らない美少女と同じ人物であることに気づいた。

 

「あれ? 明條のショートの子じゃない」

 

「ホントだー。今日はよろしくね!」

 

「よ、よろしく。……あの、もしかしてあなた、逢坂ここさん……?」

 

「え? なんでアタシの名前を……そっかー、やっぱりテレビの撮影はアタシを撮るための建前で……」

 

「きゃー! 久しぶり! 私よ。ほら、昔よく一緒のオーディション受けた……!」

 

「え……大咲みよって名前に聞き覚えないんだけど……」

 

「ほ、ほら。そこは……察してよ」

 

「……?」

 

「あ、アンタねえ……。仮にも私を押しのけて何回も主役の座を獲ったんだから、芸能界の事情くらい察しなさいよ」

 

 周りを見回して誰もいないことを確認すると様子が変わった大咲に逢坂は既視感を覚えた。

 

「あ……その言い回しはもしかしてはらぐろ……じゃなくて、大黒谷(だいこくだに)美代子(みよこ)!?」

 

「……そーよ。アンタ、カメラ回ってる時に本名(それ)言ったらガチのマジで干すからね。今のアタシは人気急上昇中のアイドルグループ『タッチアップ』のセンター、大咲みよなの」

 

(ふーん。聞いたことないけど……。芸名も新しくしたのね)

 

(センター? ショートじゃなかったっけ?)

 

「分かってるわよ。てかあんた、オーダー表に芸名書いてるわけ?」

 

「ちゃんと高女連に申請は出してるから大丈夫よ。アンタこそ何してんのよ。最近全然名前聞かないじゃない」

 

「アタシにはアタシのやり方があるのよ」

 

「そう。今日試合出るの?」

 

「出るも何も……スタメンよ」

 

「……え? アンタ、夏の大会はベンチにすらいなかったじゃない」

 

「ふふん。アタシの実力に恐れ慄きなさい」

 

「えー、そうじゃ——」

 

「さ、時間みたいだし行きましょうか。大黒谷、今日はアンタにぎゃふんと言わせてみせるわ!」

 

「ふん。こっちのセリフよ」

 

 秋乃の口を慌てて手で閉ざした逢坂は大咲にそう言い放つと皆に合流しにいった。

 

「ぷはぁ。もー、なんでお口にチャックするのー」

 

「ごめんごめん。でもさ、いくら大黒谷にでも3年抜けて戦力が下がってるからってアタシたち新入部員中心のオーダーを組んでる……なんて直接言うのはまずいでしょ」

 

「そ、そっか。あの人とは友達なの?」

 

「うーん。まあ、腐れ縁ってやつね。相変わらず裏表の激しいやつだったわ。全然変わってない……」

 

 やってくるテレビカメラと最初に話しかけてきた時のような様子に戻る大咲を見ながら逢坂は懐かしそうに昔のことを秋乃に話すのだった。

 

 互いに球場に入りアップも済まされ、いよいよ試合の開始が近づいてくる。有原はキャプテンとしてオーダー表を交換しに行っていた。

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしくお願いします。今日はお互い実りのある試合にしましょう!」

 

「はい!」

 

 キャプテン同士の握手と先攻後攻のじゃんけん、オーダー表の交換が行われると互いにベンチへと戻っていった。

 

「……どうだった?」

 

「あ! 待っていてくれたの? もー、女房役の帰還がそんなに待ち遠しかった?」

 

「誰がキャプテンでも普通待つから。そんなことより、どうだったのよ」

 

「相変わらず厳しい……。うーん。これは……スタメンにビデオで確認してない選手が6人いるね。で、先発は大会でリリーフで投げてた左投手(サウスポー)

 

「そ、それって……私たちが舐められてるってことですか!?」

 

「落ち着きなさいって。ま、あっちは2回戦まで勝ち進んでて、引退したメンバーもいないし格だけで言うなら上だからね。練習試合だから目的持ってオーダー組むのが悪いことってわけじゃないし、それに最善のオーダーじゃないって意味ではこっちもそうでしょ」

 

「ちょっと、先輩! 私が頼りないってことですか!」

 

「……みよ、うるさい。当たり前でしょ。アンタ、実戦で投げるの初めてなんだから。それも“先発”で」

 

「むうぅ……!」

 

(ぐぐ……! そりゃそうだけど、エースとしてまだまだ余裕あるって感じでムカつくー! 最近読者モデル(読モ)に選ばれて、しかも希望してるモデル業に良い話来たからって調子こいてると、すぐにアタシが4番エースピッチャーになってやるんだから!)

 

 大咲が先輩投手に対抗心を燃やしている中、里ヶ浜ベンチでは驚きの声が上がっていた。

 

「にゃにゃ!? 先発はサウスポーじゃないんだにゃ?」

 

「うん。ショートを務めていた大咲さんが今回は4番ピッチャーで入ってるよ」

 

「4番ピッチャーですって! アイツ、アタシより先に4番エースに……!」

 

「そうではないでしょうね。前のビデオを見る限り6回あたりから投手がスタミナ切れを起こしていたことを考えると肩の良いポジションの選手に投手をやらせてみるってところでしょう。そもそもよほどのことがない限り大会は1人の投手では勝ち抜けないし、考えられることよ」

 

「……な、なるほどね」

 

「ちなみに5番ライトに入ってるのがエースピッチャーだね。あと1番の人がキャッチャーで、その人がキャプテンもやってるみたい」

 

「キャッチャーでキャプテンでしかも誰よりも多く回ってくる打順。負担が大きそうね……」

 

(よほど立ち回りに自信があるのかしら……)

 

 後攻を取った明條の選手が守備に散っていくと大咲が投球練習をしていた。

 

「まあまあ速そうね。野崎さんほどではなさそうだけど」

 

「よーし。打ってくるよ!」

 

「あ、待つのだこむぎん。しっかりベンチを見てサインを確認するのを忘れずに、なのだ」

 

「うん。分かった!」

 

「ふっふっふ。しずちゃん、あおいの名将っぷりをとくと見るが良い、なのだー!」

 

「ええ。楽しみにしています」

 

 投球練習が終わり、秋乃がバッターボックスに向かう。球審と明條のキャッチャーに頭を下げて元気よく「お願いします!」と言ってから秋乃は左打席に入った。そして球審の試合開始(プレイボール)の宣言がグラウンドに響き渡る。

 

(……そうだ。サイン! ……えー、“待て”かぁ)

 

(あの投手は情報がないから、こむぎんにはまず1番バッターとして情報を引き出してもらうのだ)

 

(この打者が1番の意味を分かってるなら初球は見てくるはず。多少甘く入ってもいいからこのボールを印象づけさせるわよ)

 

(お、いきなり来た! 記念すべき将来のエースピッチャーの最初のボールね)

 

 大咲はサインに頷いてミットの中でボールを回転させるようにしてから握ると、この試合の第1投を投じた。

 

「……!」

 

 秋乃は思わず目を見開いた。その理由は投じられたボールがベースより遥か手前でバウンドしてしまったからだった。転がってきたボールをキャッチャーは隠すように押さえて捕球した。

 

「ボール!」

 

(……力、入りすぎでしょ。付け焼き刃のボールを初球で試したのは焦りすぎたかしら。ブルペンでは問題なく投げられていたのに、あの子結構緊張してる……?)

 

「みよ。切り替えて!」

 

 砂を軽く叩いて落とすようにしてからキャッチャーがボールを投げ返すと大咲は耳たぶを赤くしながら受け取った。

 

(次も待てかぁ……)

 

(ファーストストライクまでは見てくると読んで、ここは膝下の大雑把なところでいいからストレートでストライク取るわよ)

 

 深呼吸を挟んでからそのサインに頷いた大咲は2球目を投じた。そのボールはアウトコースへと向かっていく。

 

(くっ、逆球!?)

 

 構えていた位置とは異なるところにきたボールにキャッチャーはとっさの反応でミットを動かして捕球した。

 

「ボール!」

 

(初球を引きずってるわね……。明らかに外れたボールが2球続いた。流れが良くない。バッティングカウントだし思い切って狙ってくるか?)

 

(ここは次も見てもいい……いやいや、勝負というのは先手を打つことが大事なのだ。こむぎん、待球解除なのだ)

 

(……! あれは甘いところに絞って打てー! のサインだ。小麦にとっての甘いところは……)

 

 秋乃がストライクゾーンの真ん中を出っ張りとする凸状のコースに狙いを絞るとボールを投げ返したキャッチャーはサインを出した。

 

(かといって今のみよに際どいところ狙わせても自滅させるだけ。内外は問わないから、浮かないように低めに来なさい)

 

(分かりました。とにかく低く……)

 

 サインに頷いた大咲は低めを狙ってその指先からボールを放った。

 

(真ん中低め!)

 

 そのボールに反応した秋乃は迷わずバットを振り抜くと金属音がグラウンドに響き渡った。バットの内側で捉えられたボールはファーストの頭上を通過し、ライトに向かって飛んでいったがドライブ回転がかかったボールが空中で曲がっていくとファールラインを超えてバウンドした。

 

「ファール!」

 

「ありゃ」

 

 走り出していた秋乃は足を止め、キャッチャーが拾ったバットを礼を言いながら受け取ると左打席に入り直した。

 

(うー。好きなところすぎて、思わず振れすぎちゃった)

 

(危ない。フェアなら間違いなく長打コースじゃない。思い切って振ってきたわね……)

 

(サインに変更はないのだ。好球必打、継続なのだ)

 

(振ってくるならもう1球ファールを打たせてカウントを稼ぐわよ)

 

 4球目。大咲はサイン通り膝下のコースを狙ってボールを投げた。秋乃はそのボールに反応して始動に入ろうとしたが、途中で振るのをやめて見送った。

 

「ボール!」

 

(ちょっと内に外れすぎたか……バットはでかかっていたんだけど。さすがに同じコースは怖いわね。コントロールもそれなりに落ち着いてきたみたいだし、アンタの好きなこのコースに来なさい)

 

(……! よーし!)

 

 そのサインに大咲は心の中で喜ぶと5球目となるボールを投じた。そのコースはインコース高め。秋乃は自身の狙いとは違うボールが来たため、そのボールを見送った。

 

「……ボール! フォアボール!」

 

(くっ、いいところに来たけど少し高かったか)

 

(くー! あの子、背ぇちっちゃくて枠が狭い……!)

 

 フォアボールが宣言され秋乃はバットを軽く横に転がすと一塁に歩いていった。

 

(打てなかったのは残念だけど、これで一杯走れる!)

 

(よしよし。よく見たのだこむぎん。……さて、こうなってくると)

 

「ここっち! ちょっと待つのだ!」

 

 秋乃が一塁コーチャーの宇喜多と話しながら走者としての準備を進めている中、ネクストサークルに向かおうとする逢坂を阿佐田は呼び止めた。やがて秋乃の準備が整うとネクストサークルから河北が右打席に入った。

 

(そのサインは……分かりました)

 

 河北は阿佐田のサインにヘルメットのツバを掴むようにするとバントの構えを取った。

 

(手堅いわね。ここはさせてもいいから、アウト1つもらってみよを落ち着かせよう)

 

 大咲がキャッチャーのサインに頷いているとその視線が少し遅れてネクストサークルに入った逢坂へと向けられた。

 

(バントさせるってことは1アウト2塁のピンチでいきなりアイツか。アンタはいつもそうよね……演技力だけじゃなく、どこか“持っている”っていうかさ)

 

 大咲はそのままランナーを見ることもなく無造作にクイックモーションに入ると真ん中高めにボールを投じた。すると河北がバットの構えを解いた。

 

(バスター!?)

 

(センター返しを意識して……!)

 

 真ん中高めのストレートに少し始動を溜めてから振り出した河北のバットがボールを捉えるとセカンド頭上へのライナーとなって放たれた。

 

「小麦ちゃん、越えるよ! ごぉー!」

 

「分かった!」

 

 宇喜多の指示で秋乃がスタートを切るとジャンプするセカンドが伸ばしたミットの先を打球が越えていき、右中間方向へと転がっていった。

 

(や、やった……!)

 

 河北もバッターランナーとして走り出している中、秋乃が二塁ベースに対して膨らんで入ると三塁コーチャーの倉敷から指示が飛ばされた。

 

(センターとライトの間に転がってる。秋乃の足なら三塁狙える!)

 

「秋乃、三塁いける!」

 

「うん!」

 

 そのまま減速せずに三塁を狙う秋乃。すると三塁に近づいたところで倉敷からさらに指示が飛ばされた。

 

「……! 秋乃、頭から!」

 

「……!」

 

 秋乃は頭から三塁に滑り込むとサードが上に伸ばしたミットにノーバウンドで送球が届き、タッチが行われた。

 

「……セーフ!」

 

 際どいタイミングとなったが三塁塁審からセーフのコールがなされると、サードは振り返ってセカンドの方を見る。河北は二塁を狙うのは危ないと判断して自重し、一塁へと戻っていた。

 

「ナイスラン。大丈夫?」

 

「うん。良かったー。はやーく回れる走り方教えてもらってなかったら危なかったね」

 

「……そうね」

 

(そうか……今送球したライトはエースピッチャーだった……。ライトに飛んだ時の走塁判断は厳しくした方が良さそうね)

 

 サードからボールを受け取った大咲はライトの方を見る。すると背中を向けて、腕を軽く回しているのが見えた。

 

(いつでも、交代するけど?)

 

(むきー! これ見よがしに1番の背番号を見せつけてきて……!)

 

「みよー! 切り替えて、しっかり腕を振り切って!」

 

「あ……はい!」

 

(さっきのボール気が抜けてたからね……。バントだと決めつけて真ん中高めを要求した私も甘かった。一球外して様子を見ても良かったわ)

 

(くくく。フォアボールの後にバントの構えを見せればバントさせるボールが来ると思ったのだ。ともっちもよく一球で仕留めてくれたのだ。……さて)

 

「タイムなのだ!」

 

(なっ……初回から? しかも一塁と三塁ランナーも集めて……一体何を。スクイズを仕掛けるカウントの確認か……?)

 

 阿佐田がタイムをかけて秋乃と河北を呼び、逢坂を含めた3人に指示を伝えるとベンチに戻っていった。そしてタイムが解除されそれぞれベースに戻ると、逢坂がバッターボックスに向かっていった。

 

(ノーアウトランナー一塁三塁でクリーンナップか。ここは最悪一点は仕方ないから、アウトカウント優先で中間守備を取るわよ)

 

 キャッチャーが外野の位置はそのままに内野に中間守備を敷かせるとキャッチャーボックスに座り直し、左打席へと入ってくる逢坂を横目で見た。

 

(来たわね、逢坂ここ……! ……こいつ、右利きじゃなかったっけ。ああ、右利きだけど左打ちってやつはいるか。目立ちたがり屋なアンタらしいわね)

 

(さ、来なさい大黒谷!)

 

 お互いに睨みつけるようにして相手の目を見ると視線が間で交錯し、火花が散るような感覚を覚えていた。こうして昔はオーディションで競い合った2人が今度は投手と打者として対峙したのだった。




プライベートが忙しくなるため次の投稿は一週分スキップして再来週の木曜日とさせていただきます。
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