24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 あんまり筆が進まなかったので、もしかしたら月末までかかるかも――と思ったのですが。

 ちのうしすうをさげて、あたまからっぽにしてかけば、なんとかなりました。

 ……それっぽく書いていますが、私のお話は基本的に頭が悪いです。

 お目汚しとは思いますが、暇つぶしにでもご覧いただければ幸いです。



多対一で勝つお話

 

 クミン嬢から情報を確認した翌日。私は即座に行動を起こした。

 標的である盗賊団のねぐらは、すでに判明している。時を置いて住居を変えられてはたまらないから、早く行動する必要があった。

 

「往復に二日半。準備は余裕を見て三日。襲撃そのものは一日で済むとしても、後始末にはさらに一日くらいは掛かると考えれば――。ざっぱに考えて、八日くらいは潰れますね。割とギリギリな展開になりそうです」

 

 襲撃の方は、相手次第で早めに片が付くかもしれないが、さてどうか。

 時間的には可能であるとはいえ、せっかくの休暇が殺伐とした現実に消えてしまうのは、なんともいえない感じがする。

 まあ、この機会を逃すのももったいないし、ああいう害虫をのさばらせておくと、被害が拡大するばかり。なので、悲観するよりは前向きに考えよう。

 

 駅馬車から降りて、近場の村落で準備を整える。必要なだけの用意はしてあるが、ちょっとした小物や食料などは、現地調達が一番面倒がない。

 女性は身支度に気を使うべきだし、それが実用的にも感情的にも有益な場面は多々あるのだと、私は実感として理解しているからね。……具体的には、ちょっと言いにくいけど。

 まあまあ、小さな村落ではあっても――駅が近くにある関係上、旅人の出入りはそこそこあるようで、商店や宿の設備も整えられていた。

 村人たちも結構気さくで、保存食等を買い込むついでに話しかけると、結構口を開いてくれる。

 

 この辺りではどんな獣が生息していて、どんな害を与えるのか。それの狩り方、処理の仕方。川魚の料理について、釣りの作法について――と。

 地味にあれこれとためになる話を聞きだして、入用になるものを買い求める。

 

「タヌキの毛皮なんて、ここらではありふれているからね。わざわざ買い求めるなんて、お客さんが初めてだよ」

「ありふれているから、必要なんです。……なんにせよ、助かりました。自分で狩るとなると、どうしても面倒なので」

 

 この辺りでは、タヌキが多くはびこっている。作物をあらす害獣なので厄介だが、狩猟対象としては手間の割に益が少なく、微妙な獲物であるらしい。

 加工次第で充分食える水準になるが、食肉としての価値は低く、そのためだけに狩ることはまずない。防寒のための毛皮としては有用だが、周辺の地域ではありふれているため安値で買い叩かれる。

 

 だからと言って、放置して繁殖しても面倒になるから、どうしても間引かねばならない辺り忌まれても仕方ないと思う。現代日本人的な価値観から見れば可愛く映るだけに、悪感情を直接耳にすると複雑だった。

 もっとも、それ故に毛皮を買い込んでもたいした出費にならない。これは嬉しい誤算である。

 

 なぜタヌキの毛皮が必要なのか。これは防寒用の夜着という用途もあるが、主目的としては盗賊どもの鼻を誤魔化すためだ。

 飢えている男どもは、女の臭いに敏感だ。格別変態的な野郎に限れば、犬のような嗅覚を発揮して、女性の居所を感知したりする。

 

 熟練の下着ドロは、そうやって獲物を感知したり、引き際を見極めたりするらしい。うんざりする話だが、当事者を尋問して得た情報なんで、信憑性は高いと思う。

 前世においては人間離れした異能であると、そう言い切ってよいほどだが――こっちでは鍛錬さえ積めば、常識を超えた成長が可能であるらしい。私自身、自覚があるからね、これは。

 でも、オニグルミは結局素手では割れませんでした。メイル隊長ってば、マジでゴリラ並み。

 

 だから、連中の鼻を誤魔化すために、周囲にありふれた獣の毛皮を身にまとう必要があるんだ。

 己の居場所を知られないための努力は、惜しんではならない。ステルスキルは、多対一において非常に大事な要素だから、なるべく奇襲する形で始めたいんだよ。

 タヌキの毛皮は、思ったより丈夫だった。何枚か重ねれば、小弓の矢や手裏剣くらいなら防げるくらいの厚みが出る。それでいて動きを阻害しないくらいには、重くない。服の上に巻いたり羽織ったりするには、一石二鳥だと思った。

 

「こんな時期に『かんじき』を求めるなんて、不思議なお方じゃのう」

「物は使いようです。雪上を歩く以外にも、使い道はあるんですよ」

 

 足跡を残さない様に歩くにも、大きめのかんじきはそこそこ有用だった。これで足元にかかる体重が分散され、跡が残りにくくなる。もちろん、周囲の環境や歩法には気を使う必要はあろうが――。

 それでも土や砂の上に痕跡が残りにくく、察知されにくい状態を作り出せるなら、少々の出費は問題じゃない。討ち入りの際には不要だが、調査段階では有用だ。

 というのも、襲撃の前に連中のねぐら周辺を偵察する必要がある。これも細心の注意を払わねばならないから、足跡一つでも気を使って当然だった。地形によっては履き替えの必要も出て来るが、そうした手間も含めて必要経費と考えよう。

 

 周到な盗賊なら、木々の枝並びから川底の石の配置まで、正確に記憶しているものだから、油断できないんだよ。なので、周囲の環境を壊さず、変化を残さない方法は可能な限り検討したい。

 狡猾で生き汚い奴ほど、細かい部分まで徹底しているもの。油断できる余地などない。誤魔化す手管は最大限を用いるつもりだが、さてどこまで通じるものか。

 ガチで犬とか飼いならしていたら、場合によっては詰みかねないので慎重に伺いたい。対犬戦闘を想定していないわけじゃないが、犬と人を同時に相手にするのはしんどいからね。仕方ないね。

 

 一応膝下に毛皮を何枚も巻いているから、噛みつかれても平気ではあるけれど、犬の瞬発力を侮ってはいけません(戒め)。利き腕に飛び掛かかられて、拘束されることにでもなれば致命的だ。

 なるべく相手にしたくないし、心情的にもいないことを祈ります。……人を斬ることを容認していながら、獣を斬ることを厭うなんて、おかしな話かな?

 ――そうでもないか。害虫と犬とを同列に語るなんて、それこそ犬に対して失礼と言うものだ。

 

 身支度を整えたら、連中のねぐらを見に行こう。道すがら、情報の確認も行う。村人の言葉に嘘が含まれていたら、色々と疑わねばならない。

 クミン嬢からの情報では、連中は近隣の村落とは協力関係にないはずだが、実際にその通りかどうか。これは、自らの目で確かめるべきことだろう。

 

 ……結論から言えば、村人たちの話はすべて正しかった。周囲の環境は話に聞いていた通りだし、質の悪いならず者(彼らは皆、いまいましそうに言った)が山に潜んでいるのも事実である。

 

 ――見張りが一人。

 高台の上から、ふもとの方を見下ろしている。無論、私は姿をさらすことなく、遮蔽の中から相手をこの目にとらえたのだが――。

 どうにも、やる気がなさそうな様子だった。気が抜けているようで、遠目にもぼんやりしているように見える。しかし、油断してはならない。全体を把握するには、部分部分を注視するよりは、大まかにでも視野を広くする方がいい。

 私自身経験のあることだが――熟練すれば、即座に違和感による警告が走って、身体を動かしてくれる。アレがそうした手合いであるという確信はないが、備えておくに越したことはあるまい。

 うかつに事を急げば、その時点で捕捉される。そう考えて慎重に動くつもりであるが、不測の事態はいつでも起こりうるもの。もしもの際の覚悟は決めておこう。

 

 そして、見張りが一人と言うこともなかった。要所要所に散らばって、外敵の侵入を警戒するのは、備えとして当然と言えども――。

 全員が精鋭、という訳にもいかぬらしい。まだ奇襲をする予定はないのだが、ちょっと誘惑されるくらいには、ひどい隙が何度も見られた。

 うーむ、これは考えを改めるべきか。小規模の盗賊団(事前情報の三十人より、数人は多い感じがするが)ともなれば、中核の精鋭は十人以下と見ていい。あとは素人に毛が生えた程度の練度とすれば、正面からでも壊滅させるのは可能かもしれんね。――まともにやりあっても、勝機はあるか?

 

 ……でも、油断はしない。これは狩りではないのだから、対象を無力な獲物と見る傲慢さは、己の首を絞めるだけだ。

 そっと見張りを迂回しつつ、敵の装備と罠の類を確認して進む。見張りの半分は小弓を持って待機しており、矢筒からは数本の矢がのぞいていた。射手の練度までは計れないにしろ、この規模の盗賊団ならば、頭数をそろえているだけでも上等だろう。

 

 罠の配置については、おおよそ見当はついていた――とまでは流石に言えないが。野外演習等でゲリラ戦の予習はしている。あとは、相手の気持ちになって、地形と相談しながら周辺を警戒すればいい。全てを把握できなくとも、必要な所さえ押さえておけば問題ない。

 ……どうにか作動させるような間抜けをさらさず、危険な場所は把握できたと思う。罠の配置と種類を頭の中に叩き込んで、来るべき時のために備えよう。

 

 初日はこうして、観察に重きを置いて行動した。短時間ではあったが、見るべきところを見て、日が暮れるのを待ってからこの場を離れる。見張りは日中と夜間の二交代制らしく、入れ替わりの合間を突けば、連中の目を逃れるのは容易い事だった。

 一方的な観察を可能にしたのは、技量と経験もそうだが、単純に身体能力に差があったことが大きいと思う。

 険しい地形をものともせず進み、相互の遮蔽物を縫うように動いて身を隠す。遠目から敵の姿を確認し、わずかな筋肉の動き、意識の起こりを把握して、気取られることなく近接する。ここまで来れば、偵察などし放題だ。夜目もきくから、帰り道に不安はない。

 

 運動能力のみならず、勘の鋭さや眼の良さも武才のうち。前向きに、神様からのギフトと思うべきだが、どこまでも公平でない世の中である。

 しかし、ここまで贔屓されたのなら、敗北は単なる恥辱では済まぬだろう。それはもはや、世界に対する裏切りだ。

 ゆえにこそ、必勝を期さねばならぬ。村まで戻るのは時間を食い過ぎるから、適当なところで枝葉をもってシェルターを作り、携行食で簡単な食事をとって休息する。

 毛皮を羽織り、落ち葉の布団に身体を潜らせれば、これで結構快適だった。大地の滋養を吸収するように、疲労が癒されるのを感じる。そのうちに意識が落ちて……。

 

 

 

 

 数時間――おそらくは、三時間から四時間。空が白見始める頃、覚醒。

 身支度のアレコレを済ませて、再度偵察におもむく。前日の焼き直しに近いが、今度はより深く潜入する。

 ねぐらの中に入り込めるか、どうか。可能だとして、隠密行動がどこまで有効か。勘と経験を頼りに、私は歩みを進めることにした。

 

 十数時間後――結果だけを言えば、必要なものを全て見聞きした上で、私は今頭目の傍にいる。

 といっても、捕らわれた訳ではない。ベッドの下に潜り込んで、彼の夜の営みを身近に感じているという――それだけの話だった。日中はあちこちを回って、物資の充実具合や個人個人の立ち回り、周回のパターンなどを調べるのに時間を費やした。ここにいるのは、一日の総仕上げとして、寝室回りを調べるためだ。

 

 上にいる二人の嬌声に辟易しながら、なおも観察を続ける。おそらく彼にとっての股肱の臣は、今日は休んでいるか、遠くの見張りに出ているのだろう。おかげでねぐら周辺の警戒は、呆れるほどにお粗末だった。

 入口が限定されているのは厄介だったが、『どうせここまでは来るまい』『それまでに見張りが見つけてくれる』という依存心から、どいつもこいつも気が抜けていやがる。

 こんな有様では、つけ入る隙もあろうと言うもの。ついつい深入りしてしまって、私は仇敵の存在を肌に感じるところまで来ているのだから、どうしようもない。これには流石に大胆が過ぎたかと、冷や汗をかく思いだけれど。

 

 ……うん、野郎のお楽しみとか、視覚的な暴力が目に飛び込んでこないとしても、割とキッツイですね。ここでぶち殺してやろうかとか、衝動的に考えてしまうよ。

 でも駄目だ。今は我慢するんだ。一人残らず根切にするなら、頭目だけを討っておしまいにはできないし、暗殺に失敗すれば応援を呼ばれてしまう。

 失敗は許されない。教官を代わる代わる犯してくれたクソったれども。その類する全てを、生かしてはおかぬ。

 明確な殺意こそが、今の私の原動力だった。なればこそ、眼前の悲劇を黙認しよう。非難と罰は、死後にこそ受けようと思う。

 

 ――私がそう考えたところで、胡散臭いにもほどがあると自嘲する。そんな贅沢が許されるくらいには、強くなったのだと信じているから。

 最後の瞬間まで、私は頭目の動向を観察し続けた。普段の行動のみならず、房中の術まで知り尽くせば、気性や好みまで深く理解することが出来る。理解を深められれば、戦術の傾向や剣先の運び方まで、私は見切って差し上げよう。命はそれまで預けておく。

 

 嫌な時間が流れに流れ、もういいだろうと確信を得る。気配を消してベッドをはい出し、ねぐらから抜け出て、再度シェルターまで戻る。

 地形はおろか、武具食料の備蓄や人材の品定めまで、見るべきものはすべて見た、と思う。

 襲撃の準備は充分に整った、と考えて良い。私はそう思うし、教官がこの場にいれば、襲撃を決行することを躊躇うまい。ゼニアルゼの女騎士たちがいれば、さぞいい訓練になったはずだ。

 

 もっとも、実際にこの場に彼女がいたなら、私を押しとどめたろう。個人的には勝つべくして勝つ流れに乗っていると思うが、客観的にどう見えるかは別。せめて人数をそろえろ、と文句をつけるに違いない。

 ……でもね、それは出来ない相談なんだ。だって、それじゃあ被害が出る。

 数を頼んでの一斉攻撃は、指揮官である私の安全は買えても、部下の被害は考慮できない。乱戦が前提なのだから、不測の事態で一人二人の死人が出ることはありうる。

 ――ならば、ここは。わたしが単独で気張るべき場面だろう。

 

 シェルターの中で、二度目の夜明けを迎える。休憩をはさんで三度目の偵察へ。今回は軽く済ませる。

 見るべきものはすでに見た。今回の目的は、私の存在が気取られていないか、先日の行動パターンが変わっていないか、それを確かめるためのものだ。特に前回は深入りしたので、その点から違和感を探られるとまずい。

 警戒が強まっているかどうかで、討ち入りの方法も考えねばならないのだが――。まことに幸運なことに、私の存在はいまだ謎のまま。連中はいたって平穏な様子で、日向ぼっこを楽しんでいる。

 ……場合によっては、別の意味で楽しんでいる。捕らわれの虜囚は必ず助けようと、決意を新たにしたよ。手練れがいる気配がしたので、ねぐらの中までは入らなかったが、もう充分だ。

 

 手の及ぶ範囲であれば、取りこぼさずに済む様に。私は、被害者のケアまでは出来ないけれど、せめて命だけは救ってあげたいって――切に、願う。

 

 そうして一日、見守った。変化がないと、確認する。ならば次は行動の時であった。夜明けを待って、襲撃すると決めた。

 夜襲は、地形を深く理解し、慣れている連中に分がある。だからこそ早朝。夜間の見張りが疲れの極みにある時間帯こそが攻め時。多くが起き抜けで気が抜けている今こそが、襲撃にもっとも適している。

 手の届く範囲に敵がいて、それはかつて私の恩師を害した仇である。いざ実戦ともなれば、あらゆる意味で憤怒の感情が湧き出てこようものだが――。

 

 不思議なことに、当日になって、いざ奴らの面構えを確認すると、そうした想いすら霧散する。

 脳内の思考から、余計な感情は排除され、冷たい殺意だけが残る。剣を振る段階になると、それすらも消える。殺すべき相手を前にすると、自然とそうなるのだった。

 

 ……持ち込んできた半弓を手に、まずは見張りを黙らせよう。即死させられる距離まで詰めて、脳天に矢をくれてやらねば。

 

 弓構え、打ち起こし、離れ。射法における、すべての面で理法にかなった射であれば、正射必中。放てば狙い違わず、目標を打ち抜くのが道理。

 剣だけでなく、弓術も修めるのが武士、あるいは騎士としての理想だろう。なればこそ、真剣に鍛錬を積んできたのだ。事ここに及んで、失敗はありえなかった。

 

 一矢を放てば、気の抜けた表情でそいつは絶命した。射抜かれた自覚さえ、あったかどうか。

 見張りは互いに離れている。二人一組で置いておけるほど、人数に余裕がない集団だ。各個撃破は容易だった。

 

 しかし、これで殺せる見張りは四人まで。一射一殺と言えど、確殺の状況を整えるには相応に時間を食う。

 これだけ時を置けば、哨戒中の仲間に死体が発見されてしまうものだ。流石にここまでやれば、相手も異変に気付こう。

 

「見張りの奴らがやられた! 襲撃だぞ!」

「そこのお前、頭に報告して来い。見張りに被害、敵の姿は見えず、以上! ――早くしろ! くどくど言わねばわからぬ方ではない!」

 

 さて、敵方も騒いできたところで、つけ入る隙を見つけねばならない。もしここで退いてしまえば、連中も姿をくらましてしまうかもしれん。――あるいは、憂さ晴らしに近隣の村々が荒らされることもありうる。

 いずれにしても不本意である。だからこそ、私は攻める手を緩めない。弓は捨てた。ここから先、一矢でも放てば位置を察知されよう。ゆえに一気に斬りこんで、奇襲の利を得るべし。

 

 弓を持った奴が一番厄介だ。突入は、残りの弓勢を狙い打つのがいい。

 ……いた。素人集団では、弓勢は集中運用するのが鉄則。下手な鉄砲でも数撃てば当たるように、練度が足りなくても一斉に射掛ければ、そこそこ通じるようになる。

 私だって、あの数で正面から撃たれれば負傷を覚悟しなくてはなるまい。だから、連中が射手をまとめて置いたのは正しい。――奇襲される可能性を、考慮に入れなければ、の話だが!

 

「うぉッ!」

「あッ!」

「何奴!」

 

 私は思考するより先に、身体が突入していた。この際、敵の殺害より弓の弦を斬ることを優先する。これで、敵は一斉射撃という強みを封じられたことになる。

 多対一の実戦では、まず欲をかかないこと。相手方の殺傷力を封ずれば、それで良いと割り切って動くべき。それ以外のことが許されるほど、この戦場は甘くない。

 

「敵は一人ぞ! 恐るるな、掛かれ――ッ!」

 

 敵方を仕切る者の声が響く。おそらくは前線指揮官の一人だろう。これを斬れば、本隊の右腕を落としたも同じ。

 そうと思えば、是が非でも迅速に黙らせねばならぬ。物言わぬ肉塊として、何もできない存在に墜としてやらねばならぬ。

 本能が身体を動かし、術理と経験が剣先を導く。サクリと手ごたえを感ずれば、そこに不具となった敵が出来上がる。この場で不具となり、戦意を失えば、それは死んだと同じ事であった。

 

「おお――ッ!」

「掛かれ、掛かれ! 女子に後れを取ったとあれば、末代までの恥ぞ!」

 

 私自身、言葉を発する余裕などない。無言で敵を切り裂き、剣を振る。一撃必殺など最初から求めぬ。

 身体に当たり、戦闘能力を削ぐだけで良いと念じながら。ただひたすらに剣を振るい、必死に立ち回った。

 奇襲の利はすでに消えている。ここからは私個人の力量、兵法の術理がどこまで通じるか。それにかかっている。

 

「囲め! 逃がすな!」

「追え追え! ひるまず仕掛けよ、それでも男子かお前ら――!」

 

 中核になる、少数の精鋭の姿が見えてきた。こいつらを殺せば、それだけで指揮が削げよう。

 敵を動かすように地形を利用し、時には相手の動きすら利用しつつ攻撃をさばき、隘路へと導く。

 狭い場所では、数の利が活かせぬもの。環境すらも利用し、強制的に二対一、一対一の状況を作り出すのが兵法の妙である。

 そして隘路は見通しが悪いもので、敵の目を誤魔化すには良い場所だった。慣れているはずの場所で、ありえないことが起きる。それもまた、戦術の醍醐味であった。

 

「お命、頂戴仕る」

 

 私は、感情の消した声で、そう言い放った。これから自分は、他者の命を奪うのだと。その宣言をすることで、己に対する備えとする。

 せめて堂々と殺して見せねば、誰に対しても顔向けできぬと思うから、そうするのだった。

 

 剣術は軽業ではないが、体に無理をさせて省みないのも、若さの特権というものだろう。

 相手を型にはめてしまえば、動きの予測はできる。そこで私だけが自由に、思い通りに動くことが出来たとしたら、どれほどの脅威となるか。

 隘路の地形をすり抜けるように、眼前の敵を斬り、あるいは死角を利用し、目標へと向かう。体力の消耗はあったが、今必要なのは速さだ。

 そうして作り出した合間を突いて、敵指揮官に肉薄し、腕一本をいただくことが出来た。端的に表現すれば、それだけのことである。

 

「貴様――ッ!」

 

 相手からの怒りを一身に感じながら、敵指揮官の利き腕を跳ね飛ばした。剣士としても盗賊としても、これで生命は奪ったも同じ。直ぐに止血すれば死ぬことはあるまいが、さて相手はそれを望むだろうか?

 

「ぐ、く……」

 

 へなへなとへたり込み、傷口を抑えた。落ちた右手をつかんで、明後日の方向へと歩き出すのは、医家を探すためか。

 ――無駄なことを。腕一本落ちたくらいで戦意が喪失するなど、士道不覚悟もいい所だが、連中はそもそも侍ではないし騎士ですらない。傷口への処理を忘れて歩けば、出血多量で死ぬのがオチだ。

 

 関心を失った私は、次の対象を待ち構える。すでに隘路は後方にあり、再度の利用は許される状況ではない。

 周りを囲み、円陣で向かってくる雑兵連中に、対応せねばならなかった。指揮官を失っても兵は残る。私は存分に恨みを買っているのだから、見逃される理由はないだろう。

 この円陣を崩すためには、当然自ら突っ込んで活路を見出さねばならぬ。前後左右から迫る敵を誘引し、後の先を取ることが唯一の手立て。

 

 敵刃を避けつつ、相手の脛膝を蹴っ飛ばしては怯ませ、仕切り直す。肉薄すれば頭突きで意表を突く。そうやって転ばせた敵の身体を盾にするよう立ち回り、剣を振るたびにどこかしら斬り裂いて、戦闘能力を奪う。

 動き回りながら、山肌にある大岩を背水の陣とし、私は何人もの盗賊どもと斬り結んだ。剣の術理、地形の利用、あらゆる要素をつぎ込んで殺し合う。

 

 これを続けていけば、いずれは脅威が消え去るのが道理と言うものだ。うぬぼれではなく、私の武才はならず者どもとは比べ物にならないのだと、そう確信できるだけの結果は出せた。

 うめき声が場を支配する頃になって、ようやく私は一息ついた。動けなくなった者たちを、順次介錯していく。雑兵は、おおよそ始末したと見るべきか。

 

 手練れに出会ったという感覚はない。円陣が崩壊した後は、各個撃破するだけの単調な作業だった。

 むしろ、這うように逃げる相手を追い、斬る。そうした行為にこそ、精神的な疲労を感じた。

 敵を信用していないから、逃せばやがては脅威になると警戒するからこそ、取るに足らぬ小物であっても念入りに潰す。そうした冷徹な計算が働いただけのこと。

 殺意も憎しみも消えた今となっては、倒れた敵の介錯も、己の責務と思う。……言い訳を用意してしまう内は、まだまだ未熟よと己を笑った。

 

 ともあれ、目についた敵は皆殺した。あとは、ねぐらに入って、隠れているであろう残党と、その首領を討ち取るだけだ。

 偵察は済ませているから、内部の罠の処理に問題はなかった。隠れ潜み、奇襲を狙う姑息なたくらみも、全て暴いた。全員返り討ち、屍をさらさせる。

 捕虜の開放は、最後の一人を討った後で良いだろう。敵の頭の寝室を前に、私は呼吸を整えていた。それは必要な相手であると、本能が判断していたから。理論ではなく、感覚で、一時を半開きになった扉の前で過ごす。

 

 いまさら、取り繕うこともあるまい。扉を蹴っ飛ばして、寝室へと侵入した。

 潔くも、首領がそこで待ち構えていた――というのであれば、物語としては上々であったろう。

 

「殺れ」

 

 しかし現実には左右からの斬撃。紙一重の差で、退いて避ける。退かされた、と思ったときには、もう次の攻撃が『両者』から放たれていた。ねぐらの地形を完全に把握していなければ、不覚を取っていたかもしれない。

 

 寝室には首領の他に、二人が待ち伏せていたのだ。おそらく、この二人こそが奴の懐刀。教官を打ち倒した敵手に他ならぬのだろう。

 

 

『油断していたわけじゃないが、不意を打たれてな。おそろしく早く、気配を消した攻撃だった。――たぶん、二人掛かりだったのかな。一人だったら、返り討ちに出来たと思うんだが』

 

 

 頭を打たれたせいか、よく覚えていないと前置きをしながらも――クッコ・ローセ教官はそう言っていた。

 だから、私も踏み込んだ瞬間を狙われるものと思って、覚悟していた。なればこそ、一瞬で対応できたのである。

 退いた後は、二人からの斬撃を避けながら、ねぐらの外まで出る。同胞の遺骸が転がっている惨状をながめながらも、この敵手たちの表情に変わりはない。どこまでも整然と、二人掛かりの攻撃は続いた。

 

 息の合った攻撃を、絶え間なく続けられる彼らは何者なのだろう。おそらくはきっと、深いつながりのある二人に違いない。

 顔つきはさして似てはいないが、兄弟なのかもしれない。とすれば、警戒を強めねばならぬか。こうした手合いは、割り切ってしまう場合があるから怖いんだ。

 

 ――すなわち、強敵が相手ならば、どちらかが死んでもいい。いずれかが、生き残ればいい。そうした捨て身になって、相打ち覚悟の打ち込みを躊躇なくやらかしてくるのだ。そのタイミングを見極められねば、その時点で私は死ぬだろう。

 

「――やるか」

「……いざ」

 

 敵手の二人が、互いに声を交わす。私は無言のまま、待ち構えた。

 右側の敵手が地面をけり上げると同時に、左側の相手は目つぶしの砂を私の顔にぶちまけた。

 とっさに身をすくませ、身体は硬直する――ように、私は見せかけた。実際には直前に目をつむっていて、砂は入っていない。が、そうと相手を思い込ませることが出来れば、敵手の行動も読みやすくなる。

 目つぶしが決まったと思えば、大胆に攻めたくなるもの。盲目でも敵意は感ずるし、直前まで構えを観察していれば、一手に限れば対応できるだけの修練は積んでいる。

 

「うぬ!」

「ええい!」

 

 半身になって身をかわし、両者の一撃を回避する。猪口才なりと、返す刀で二つの刃が急所を狙うが、これも目を見開いて一瞬でも刃を確認すれば、身をひるがえすのは容易である。

 無念無想の境地は、私に最善の行動を選択させる。無言のまま、敵刃をいなし続けた。私にせまる剣は、その全てを打ち払い、一撃たりとも身に触れることはなかった。

 反撃で打ち倒せるものなら、倒したかった。だがそれを許さなかったのは、敵ながら見事というべきかな。

 目つぶしが無効であったと分かると、状況は硬直した。敵手に左右から挟まれた状況は、なおも続く。

 

「……名を聞きたい。私は、モリーという。貴公らは?」

 

 何かしら、付け込む隙を見せてくれたらいいと思って、声を掛けた。

 しかし、返ってきたのは沈黙。私程度の呼びかけに答えるほど、二人の敵手は甘くなかったらしい。

 私を、容易ならぬ障害と見たのだろう。剣を持ちなおし、態勢を整える。片や上段、片や下段と、同時攻めを狙っているのがわかった。

 

「おさらばです」

「応、さらば」

 

 死を身近に感じた。声を挙げた二人は、すでに死んだつもりになっている。いずれかは死ぬと、そう見定めて仕掛けてくるのだ。本能から総毛だって、後はろくに記憶に残っていない。

 ただ、片方が私の首を狙い、もう片方が足を狙ってきたのだと。それだけは確実に理解していた。

 

「――兄者」

 

 一方を引っ掴んで引き込み、盾にしたような覚えがある。彼は首筋に剣を受けた。致命傷である。倒れ込んだ後は、起き上がれなかった。

 

「……許せ」

 

 その合間を縫って、間髪入れず、剣をもう一人の敵手に伸ばしたのは確かだと思う。

 

「うぬ!」

 

 が、これで決着とも行かず、打ち込んだ剣は防がれた。力押しに踏み込んで、押し込んで斬ろうと思ったが、流石に相手の男も手練れであり、容易く斬らせてはくれぬ。

 ならばと一瞬力を抜き、敵の剣を受け流してからの――。

 

「が」

 

 面打ち。違わず、私はその男の脳天から顔半ばまでを斬り裂いた。

 恐るべき二人の敵手は、これで死んだ。死の予感から逃れたことで、一気に疲れが圧し掛かってくる。息を整えること、しばし。

 ――教官の直接の仇は、これで討ったことになる。だが画竜点睛を欠いては、ここまで来た甲斐がない。

 

 二人の屍を前に、一礼してから数秒の黙祷の後、再び頭目の寝室へと至る。

 

「……奴らめ。死におったか」

 

 どのような表情で、頭目がそう言ったのか。顔を伏せたまま、奴は言った。気だるげに寝台から身を起こし、剣を抜く。

 対する私は、声も出さずに剣を構えていた。頭目自身にやる気が無かったり、生きる気力を失っていたなら、即座に首を刎ねてやっていただろう。

 だが、そうした隙を見せることはなく、あいつはこちらを油断なく観察しながら、剣を構えていた。……私は形勢を変えるために、再度ねぐらを出るように相手を誘導し、青空の元へと彼を導いていく。

 蒼天というには、雲がばらついていたが、外の空気はねぐらの中よりも新鮮で快い。この雰囲気が、相手の口を軽くさせたのか、頭目は言葉を発した。

 

「あれらも所詮は野良犬。生き残る価値があるのは、わしだけであった。それだけの話よ。――だが」

 

 騎士崩れの頭目は、この期に及んでも生き残る気が満々であるらしい。私を斬り捨てていくのだと、意気揚々に声を張り上げていた。

 醜い――と、私は本気で思う。しかし、生かす価値のない手合いだと思いつめれば、剣先に余計な重しが乗ってしまうもの。

 不純さを持っていては、付け込まれる。そうした老獪さがあればこそ、こいつはいままで生き残ってきたはずだ。無念無想の境地は、いまだ私の中にある。その確信が、あらゆる束縛から私を開放してくれていた。

 

「さて、貴様だ。どこをどうして、ここまでやってきたのやら。恨みを買う心当たりなど、多すぎてわからん。――確かめさせてはくれんかなぁ?」

 

 悠長に相手の言葉を聞いているのは、私の本能が性急な攻めを自重させているからだ。

 油断ならぬ相手であることは、立ち姿、歩法の動作でわかる。左右に動きながら、二手三手先を読み合う、形なき闘争。それを許すくらいには、互いに敵手としての実力を認めていた。

 

「わからんな。本当にお前ひとりか。たった一人の女の手で、我らが壊滅させられたと思えば、逆に愉快な感じもする」

 

 私は頭目の言葉を聞き流しながら、構えを変えたり、わずかな隙を見せたりと、相手の攻撃を誘っていた。それでもなお仕掛けてこないのは、語りたいことがあるからか。

 殺し合う以外に、やるべきことがあるとは思わぬ。――私と彼との間に、決定的な違いがあるとすれば、その点であったろう。

 

「お前のような女を孕ませれば、どんな子が生まれるのだろうな? 試してみようか」

 

 ここで挑発に乗るような、安い女になったつもりはない。といって、意識するほど女になったとも思っていない。――その種の言葉は、私の心に響かない。

 後の先を狙う方針はそのままに。私は、構えを正眼に切り替えた。状況次第では、先の先も選択肢には入れている。

 正眼からの突きは、熟練の剣士には起こりが見えやすく、対処されやすい手と言われているが――場合によっては有用だ。

 

「……やはり、面白い女だ。殺すには少々惜しいが」

「お前が犯し、殺してきた女性たちも。そうして惜しみながら、命を奪ったのか?」

 

 頭目に対して、初めて口を聞く。自分のことながら、感情がこもっていないから、どこか空虚な言葉だった。

 だが頭目の方は、私の反応を引き出せたことが嬉しかったらしい。

 

「思っていたより、いい声だな。ベッドの上でも聞きたくなった」

「後悔の時間が欲しいか? お前の命には、惜しむ価値すらないというのに」

 

 言葉を発すること。それ自体に意味はない。私個人の意思が変わることもない。

 狙いは、敵の呼吸を見極めることだ。敵の思考を知り、思想を知り、人となりを理解すれば、それだけ彼の剣がわかる。これまでの調査も含めれば、見誤る要素はどこにもなかった。

 あの男が意を発すれば、後の先を取る準備は出来ている。ただし、それには相手の方から仕掛けてもらう必要があった。

 仕掛けてもらうために、勝つために、本能が私の口を動かしている。……あるいは、仕掛けてくれなくてもいい。ただ、時間を稼ぐこと自体に意味があった。

 

「俺が騎士くずれだって話は知ってるか? いや答えなくていい。そうだな、俺だってな、最初から『こう』じゃなかったんだぜ?」

 

 むさいおっさんの意味深ムーブとか、誰得ですかね。何かを言っているが、右から左。聞くことで戦いが有利になるなら心にも止めようが、そうでないなら瞬時に忘却する。

 もっと重要なことがあるのだ。違和感を抱かせない程度に、距離をつめつつ側面へとじりじりと移動する。

 

「最初に女を殺したのは、いつだったか。そうだな、アレは……」

 

 気を張っていたのは確かだろうが、何かに陶酔しながら話をする男は、注意力を失うものだ。剣を下ろすほど油断しているわけではないが、どうして敵を前にして語りたがるのか。

 私が仕掛けないのを、話を聞いてくれているからと勘違いするようでは、そもそも長生きできる器ではなかったのだろう。

 

 しかし、間に合ってよかった、と思うのは流石にうぬぼれが過ぎる。あそこのアレは、私を待っていたわけではないし、私もアレの処分のために生きてきたわけではないのだから。

 じりじりと地面を擦るように、相手を探るように回り込んで。ようやく、目的の場所に立つ。そこまで来ると、あのアレも話に区切りを付けたくなったらしい。私に呼びかけてくる。

 

「――で、どうだ? 感想を聞きたいね」

 

 聞き流していればいいだけの時間は、終わった。程よい緊張で、全身を引き締める。

 私が何のために移動していたのか。答えは、日光を背にするため。

 位置取りに成功した時点で、私は仕掛けるべき時のために、意識を集中していた。

 

「おい、答え――」

 

 だから、もう口は開かない。あの男に思うがままに振る舞わせたのは、私が狡っ辛い手段を取る人間であることを、悟られないためだ。

 女性のために戦える女騎士なら、さぞ高潔な人間に見えるだろう? だが残念、私の本質はこうだ。

 

「う」

 

 空の雲の合間から、わずかに日光が差し込んだ。ほんの一瞬の、戸惑い。目に入る光を、急に意識する瞬間。

 およそ一秒にも満たぬ視界の途絶が、私の待ち望んだ好機だった。

 突きを行う動作、その起こりを悟らせず、最速で距離をつめれば捉えることかなわず。

 感じるより先に体が動いて。

 

「――?」

 

 刹那の差で、相手は剣の振りに躊躇いが生じた。目の暗みによる迷いが、生死を分けたのだ。

 私の突きは通り、頭目の剣は流れ、こちらの服を切り裂くことさえなかった。

 

 相手の首筋から、赤い肉と、白いものが見える。

 骨の白か、脂肪の白か、いずれにせよ命を絶つ一撃であることに変わりない。私の剣は、確実に頭目の急所を切り裂いている。

 

「ああ?」

 

 不思議そうに、男は倒れた。身もだえもせず、天を仰ぐように仰向けになりながら、苦しむ様子もなく、ただ視線をさまよわせ、だらしなく半開きになった口からはよだれが漏れている。

 即死できなかったにしても、私にとっては長い時間ではなかった。当人にとってどうであったかは、確かめる術はない。

 

 ただ、血を流して、命を失うまでの間。私は、頭目の男から目を離さず、最後まで見続けた。

 苦しむ姿を、眺めていたかったわけじゃない。愉悦も嫌悪も、もはや心になく。ただそうすることが、殺害者である私の役目であるのだと、そう感じたからだ。

 剣に生きる者は、いずれ剣に斃れる。彼は、未来の私の姿かもしれぬ――と思えば、自然と目を離せなかった。

 

 人が死ねば、ただの肉の塊になる。屍になったとわかると、今度は弔わねばならない。あれほど強く感じていた殺意も、怒りも、気付けばすでに過去のものになっている。

 敗者の始末は勝者の義務だった。ただ穴を掘って埋めるだけの作業だが、今は疲労を強く感じている。

 二時間。いや一時間でいいから、休憩の時間が欲しかった。だから、殺した頭目の寝室へと戻って、ベッドの上に寝転がる。

 

 ……返り血と、居心地の悪い変な臭いが、私の眠りを少しだけ妨げたけれど。それも、すぐに気にならなくなる。

 目が覚めたら、やるべきことはいくらもある。捕虜の開放も忘れてはいけない。ねぐらにあった備蓄を取り出して、各々に持たせて帰してやりたい。諸々の作業を終わらせるのに、一日で済むだろうかと、そんなことを考えていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある男が保護――あるいは自首のために、近場の街の役場に飛び込んできた。

 その際の証言によると、男はある盗賊団に所属していたらしい。だが、何者かの襲撃によって、盗賊団は壊滅。ただ一人だけになったため、助けを求めるようにここに来た――という。

 

「ころされる! おれはころされる! たすけて!」

 

 激しい恐怖を感じていた男は、証言を取るにも苦労したが、担当した衛兵と役人たちは辛抱強く向き合い、情報を抜き出すことに成功する。

 

「前触れなんてなかった。いつからアイツが俺たちを狙っていたのか、どうやって皆殺しにしたのか、そんなのよくわからない。……本当に、直前まではいつもの、つまらない一日だったんだ。俺が生き残れたのは、単純に偶然で、運が良かったんだと思う。隠れ潜んだまま気絶していたから、たまたま気づかれずに済んだから――それだけの、たったそれだけの理由なんだ!」

 

 事実であれば、放置するのも恐ろしい話である。一日で盗賊団を壊滅させる何かが、近場に潜んでいるかもしれない。それが善人であれ悪党であれ、確認するまでは安心できないというのが、この件に関わった者たちの本音であった。

 

 ともあれ、証言通りに現地に赴く。そして彼らは、人の気配だけが綺麗に消えた、盗賊団の跡地を目にしたのである。

 

「あれは、墓か?」

 

 調査員の一人がつぶやく。盛り上がった土に、雑に加工された木材が墓標の様に刺さっていた。

 そこには『名無しが眠る地 騒ぐべからず』とだけ記されていた。誰の手によるものかはさておき、あの男の証言は正しかったらしい。調べれば調べるほど、証言の正しさが補強されていく。

 現場では犯人の痕跡を見つけることは出来ても、正体につながるものは見つけられなかった。役人であれば調査内容を上げねばならぬ。捕虜がいた形跡もあるので、近辺の村々から聞き取り調査も行う。

 そうして調べられる限りのことは、書類にして上申した。後のことは後のことだと割り切って、役人どもは偽りなく率直に報告する。

 

『女だ、女騎士だった! 金髪の――後は知らない!』

 

 怯えに怯えた生き残りの証言も、余さずに加えて。

 だからこそ、ザラ隊長の目に留まった。留まってしまった、というべきかもしれない。

 

「これはモリーに違いない。逃げるように荷物をまとめていたのは知ってる。日程的にも可能であるし、私は確信しているよ。――おしおきが必要だな」

「そうね。彼女はやり過ぎた、って思うわ」

「私も無茶が過ぎると思いますので、異存ありません。――ていうか、相手が盗賊団とはいえ、私闘で皆殺しとか許されるんですか?」

 

 ザラと、メイルと、何故かメナまで加わってそう結論付けた。

 ……ちなみに、盗賊団は本来存在しないはずの人間の集まりであり、戸籍のないゴロツキであるからして――。要するに、連中は法の庇護下にはないのである。

 衆人環視の下であればともかく、人知れぬ山中で殺したところで、罪に問われることはあるまいというのがザラの見解である。

 もっとも、個人的に許せるかどうか、と問われれば別だが。

 

「あいつめ、面倒になると分かっていてすぐに逃げたな? そうかそうか、お前はそういう奴だったんだな。――ああ、そういう奴だったな、忘れていたよ」

「いやー、流石の私もびっくらこいたわ。三十人程度とはいえ、単独で盗賊団に突っ込むとか、私でも躊躇する案件よ」

「普通、一人で行動するより仲間を巻き込みますよ。どうして常識的な判断が出来ないんでしょうね、あの人は」

 

 三人は、あれこれと好き勝手にモリーを評する。それが許されるだけの関係を築いていると、理解しているから手加減はなかった。

 

「急ぐように去っていったのは、この件があったからか。……話していれば、力になってやったものを」

「だからこそ、急いだのよ。そもそもの襲撃の理由は――今度問い質してやるとしても。モリーのことだから、必要なことをやっただけで、他人を巻き込みたくないってスタンスなんじゃない?」

「馬鹿なんじゃないでしょうか。いえ、馬鹿ですね。疑う余地なく」

 

 ザラ、メイル、メナ。三者三様の感想を交えながら、彼女らは団結していた。

 表現の方法に違いはあれど、関心を持つ相手に対しては、一体になれるのが彼女たちの長所である。それは結局のところ、モリーという存在の大きさを証明することにもなっているのだが――。

 

「いつ帰ってくると思う? ザラの判断を聞きたいわね」

「わかるなら、ぜひ拝聴したいですね、ザラ隊長」

「……遠くはない。保証する」

 

 ザラの言葉が実現するかどうか。そんなことには、今さら疑いを持たない二人であった。

 つまりモリーの女難は、約束されたものであったのだが――。暢気に帰宅への道のりをたどっている彼女には、思いもよらぬことである。

 

「いやー、想像以上に上手くいきましたね。教官に良い土産が出来ました」

 

 盗賊団の頭目の、その顔拓(顔に墨を塗ったくって紙に押し付けるアレ)を作れば、証明としては充分であった。

 

「首の塩漬けも考えましたけど、そんなのと一緒に帰還するなんて気が滅入るし。そもそも私に猟奇趣味なんてないし。殺したっていう確証さえあれば充分でしょう」

 

 鎌倉武士にとって、これくらいは嗜み程度じゃない? ――などと、モリーはうそぶいた。

 シグルイの武士、あるいは女騎士にとって、この行為は特筆すべきものではないらしい。

 

「喜んでくれると良いのですが。……うーん、考えてみれば、過去のトラウマを刺激しかねないわけですから、微妙かもしれませんねー」

 

 遠回しに示唆しながら、クッコ・ローセ教官の反応を見なければならないと、モリーは慎重な判断を下す。

 その慎重さを、肝心なところで発揮できない気性こそ、教官は問い詰めたいに違いないのだが。

 

「まあ、別にいいでしょう。もとより、見返りを求めての行為ではありません。……これで教官の心が、少しでも安らいでくれるなら、それだけでも甲斐はあったと思いますから」

 

 モリーは、そんな他者からの評価について、どこまでも無頓着であった。結果としてどうなったかは、語るまでもないだろう。

 

 教官に報告した夜は特別激しくて、翌日の朝が辛かった。――というモリーの事後報告が、全てを物語っている。そして、帰国すればザラたちからの追及が待っている。

 そうした未来の出来事など思いもよらず、ただモリーは晴れやか気持ちで、再びゼニアルゼへと向かうのであった――。

 

 

 





 いかがでしたでしょうか。

 割と突貫工事で書き上げたので、文章に矛盾があったり変な表現があったりするかもしれません。

 なにかしら気がかりな点があれば、お気軽にご指摘ください。

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