24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 内容の大半が、酒飲んで駄弁っているだけの話になってしまいました。

 ノリで書いていると、無駄に冗長になってしまうので困ります。

 あんまり動きのないお話になってしまいましたが、暇つぶしにでもなれば幸いです。




教官と王女とやべー奴の話

 

 

 シルビア王女は、クッコ・ローセ教官の派遣を歓迎した。

 

 どれくらい歓迎したかというと、国賓待遇で受け入れて、住居と食事の世話についても事細かに指定するほどである。

 女騎士の訓練に対する、王女の真摯な姿勢が見て取れるが――実際のところ、彼女は必要なことをしているだけだと考えていた。

 今の己の立場をわきまえている。シルビアという王女は、外交においても素人ではない。

 

「あれこれ指図はしたが、お主の待遇に特別な意味を求めてくれるな。わらわは、もう他国の王妃なのだ。気心知れた相手と言えど、他国の客人に対しては、通すべき仁義があるということよ」

「……左様ですか。ともあれ、もてなしを受けた側としては、下手な仕事はできませんね。せいぜい気張らせていただきます」

 

 クッコ・ローセは、シルビア王女を前にして、率直に述べた。彼女が嫁いでからは、初の顔合わせになる。

 女は嫁に行けば、嫁ぎ先の家に入り、生家からは切り離される。ゆえに、かつての付き合いがそのまま維持できるとは限らず、地位も変動するから昔通りの対応もなかなか難しい。シルビア王女のように、柔軟な対応で接するのが正答であると言えよう。

 

「わらわにとって、クロノワークは祖国ではあっても、もはや自国ではない。と、言っても理解は難しいかもしれんが。――いや、そこまで意識する必要はないぞ? こちらとしては、普段通りの仕事をしてくれれば良いと思っておる」

「なるほど。普段通り、私が新兵をしごくノリでやってもよろしいと、そうおっしゃられるので?」

「新兵ばかりではないがな。……ま、その辺りは己で判断するのがよかろう。我が国の女騎士の練度を見れば、わらわの嘆きもわかってくれようさ。――鍛え方は任せる。ケチなど付けさせぬゆえ、思う存分やってやれ」

 

 シルビア王女は、なかば呆れながら言い放った。

 態度からしてぞんざいなので、クッコ・ローセはそこまでひどいのかと、内心不安を感じていたのだが。実際の訓練風景を見せてもらった時、なるほどと納得する。

 

「これは、ひどい」

 

 仮に盗賊団などの相手をさせれば、肉便器の配達にしかなるまいと思う。これ以上ないほどの酷評であるが、まともに戦えぬ騎士など、存在意義すら怪しいものだ。

 

「モリーとか。メナあたりでも充分か。――そいつらなら、一人で全員殴り倒して見せるだろうな」

 

 規格外の連中はさておき。クロノワークほどの水準は求めぬにしても、非正規の弱兵をたやすく殺せる力はあってしかるべきであろう。そうでなくては、職業軍人の資格はない。

 これは本腰を入れて取り組まねばならぬと、クッコ・ローセは鬼教官の仮面をかぶることにした。

 

 まず初対面から飛ばしていく。現実をこれでもかと突き付けて、己の弱さを自覚するまで叩きのめすのは序の口。体力が尽き果てるまで走らせたり、倒れるまで立木を打たせたり。

 叱責、罵倒、きわめて卑猥な悪口で、なけなしのプライドまで粉々に砕く。そうして体と心を叩き折った上で、改めて鍛えなおしていくところにクッコ・ローセの指導の妙味がある。

 

 一通りしごき終えて、一定の評価に達したら、彼女は指導に耐えた者を教え子として認めるのだ。場合によっては、大っぴらに褒めることすらある。

 すると不思議なことに、散々辱められ苦しめられた相手から認められることを喜び、教え子たちは互いに団結を深めるのだ。

 

「一種の心理効果ですな。入口が厳しく、認められるまでが苦しければ苦しいほど、人間は価値あるものを見出したくなるのです。――そうでなければ、苦しんだ甲斐がないという訳でして」

「わらわにはわからぬ感覚よな。……話に聞くだけでは、どうにも眉唾に聞こえるのう。報酬がなければ、人は動かぬものではないか?」

「酒とか金とか、物質的な報酬は、あえて与えません。確たる報酬がないからこそ、精神的な感覚が強調されるのです。……そうですな。明確な見返りがないからこそ、言い訳が利かなくなるとでも言えましょうか。『私は報酬の為ではなく、自分自身の納得のために続けている』――と。そんなふうに思うようになれば、もうこちらのものですな」

 

 逆に言えば、納得を与えるために、ここまでの手間をかけるのである。金銭的、物質的な報酬があれば、『そのためだけにやっているのだ』という言い訳を用意させてしまう。

 そうした言い訳を封殺するためには、下げた後で上げる。つまり、自らを鼓舞するような『充実感』を与えてやることだ。くどい様だが、これは前段階が厳しければ厳しいほどいい。

 

 プライドを折り、しごき、高圧的な指導の下で力を付けさせる。そのうえで成果を実感させ、向上した能力を自覚させて――。

 お前はもう一人前だと、褒め上げるのである。他でもない、憎まれ役の教官が、その時だけは優し気に語り掛けることで、それは完成する。

 

「私くらいの教官が、本気で手間をかけてやれば、失敗することはまずありません。ゼニアルゼの国民が特例ということも、どうやらないようですな。おおよそ全員が仕上がるでしょう」

「……ああ、うん。わらわ、生家のことながら色々と退きそう。――ここまで苦労したのだから、認められたことは素晴らしいことに違いないと、思いたくなるのだろうな。……これを計算してやっておるのだから、えげつないのう」

「誉め言葉だと思っておきます。……これで案外、訓練の進みが早い。流石は名家の令嬢たちだ、と言うべきですな。これは嬉しい誤算と言って良いでしょう」

 

 そうして鍛え続けて、肉便器から弱兵くらいにまで引き上げたところで。

 クッコ・ローセはあらためて、シルビア王女から相談を受けた。

 

「良い感じに育ってきておるようじゃが、足りぬものはないか?」

「時間以外は全てそろっていますよ。――贅沢を言うなら、もう半年はみっちり鍛えてやりたいくらいなんですが」

「お主のいう『みっちり』とは、どれほどの意味合いがあるのか、興味深い所であるが……半年、な。さて。それを許すかどうかは、外交次第かの」

 

 明確な引き上げの期限を決めていたわけではないが、クッコ・ローセは他国の人間であり、クロノワークから『そろそろ戻ってこい』と言われれば、すぐにでも帰国せねばならない立場にある。

 外交次第というのは、そういう意味であろうとクッコ・ローセは思っていた。

 

「ま、そこはそれ、常に万全を求めても可能とは限らぬ。戦場では何もかもが足りぬことも多い。――制限がある中での万全を期すなら、今必要なのは教官の追加であろうかの?」

「追加ですか。確かにウチの教官がもう一人いれば、出来ることも増えますな。私の負担も減るので、ぜひ歓迎したいところです。しかし……私一人抜けるだけでも、結構な手間でしたから。どうでしょうね」

「そんな余裕はない、か? 軍の教官の仕事は、結構大変らしいからのう。二人も派遣するのは厳しいか」

 

 問題を予想していたかのように、シルビア王女はすらすらと述べた。

 わかっているなら、あえて提案するその意図は? もちろん、彼女は出来ないことを言って、他者を困らせるような手合いではない。

 ここまでは、クッコ・ローセに知らせるための前振りである。シルビア王女は、これから巻き込むであろう彼女の、『納得』が欲しいのだ。納得して、物事に集中してほしいから、いちいち手順を踏んで話している。

 

「では、これならどうかの。現役の兵の中から、見どころのある奴を一人選んで、こちらに派遣してもらう。これなら不可能ではあるまい」

「相手次第ですね。指導に向かない奴に来てもらっても、役には立ちません。そうそう都合のいい存在が、いるとも思えませんが」

 

 そして、ここからがクッコ・ローセを引き込むための話になる。

 シルビア王女は、ただ不敵に笑って、核心を口にするのみだ。

 

「わらわが見るところ、一人おるな」

「はぁ。――誰のことでしょう?」

「特殊部隊副隊長の、モリーとやらよ。話に聞いたが、それなりにできそうではないか。そやつを呼び寄せれば、お主の助けになってくれるじゃろう。――違うか?」

 

 モリーの名を聞いたとたん、クッコ・ローセの雰囲気が変わった。

 女の顔を一瞬だけ覗かせて、直後に目が据わる。不穏な気配を漂わせるように、猛禽の如き眼光が、シルビア王女に向けられていた。

 

「――違いませんね。それはそれとして、意図をうかがいたいのですが、よろしいですか?」

「なんじゃ、嫌なのか? わらわは、単純に兵の調練の助けになればよいと思って、提案したに過ぎんのだが。お主も、懇意の相手が来てくれれば嬉しいじゃろうに」

「どこで私の交友関係を調べたのか、それについては聞きますまい。……ですが、余計なお世話だと言っておきますよ」

 

 シルビア王女は、どこまでも涼しい顔だった。凄まれた程度で怯むほどの可愛らしさがあれば、彼女はまた違った人生を歩んでいただろう。

 

「それほど奇抜な提案だとは思わぬ。実際、有能な人物ではないかな。何かしらの理由で、顔を合わせづらいとか、仕事を一緒にしたくないとか言うのであれば別だが?」

「……別段、嫌ではありません。教官適性についても、彼女であれば……そつなく新人の訓練をやりおおせるでしょう。ええ」

 

 クッコ・ローセがモリーの何を評価しているのか。シルビア王女はそこまで理解が及んでいるわけではないが、彼女が出来るというなら出来るのだろう。なおさら、都合がいいと言うものだった。

 

「ならば結構。呼び寄せるのに不都合はないということだな」

「さあ? それはどうでしょう。ザラの奴はいつでも忙しさにあえいでいます。副官を容易く手放させるのは、容易いことではないと思いますが」

 

 その疑問は予想していたとばかりに、シルビア王女は即座に応えた。

 

「対策ならば講じておる」

「と、言いますと?」

「クロノワークとゼニアルゼは、正式に同盟を結んだ。その武力を頼みとしているゼニアルゼとしては、なるべくクロノワークを矢面に立たせておきたい――という心理があるわけよ」

「でしょうな。私がこっちで教官をやっているのは、保険の一環でしょう」

「まあ、保険うんぬんはともかく。……必要とあらば、銭で殴る準備は出来ておると言うことじゃな。騎士団全体を年単位で維持させられるくらいの、大型の資金援助。それくらいのものを用意すれば、代償としては充分ではないか?」

 

 クッコ・ローセといえど、この返し方には絶句した。

 シルビア王女は、してやったりとばかりに笑みを深めてみせる。

 

「何も、モリーとやらの為だけに打った手ではないぞ。二手三手先のことを考えての判断である。――お主が思い悩むべき話でないことは請け負おう。なに、クロノワークにとっても悪いことにはなるまいよ」

「銭で殴るとは、資金援助のことですか」

「うむ。我が国の女騎士隊長のマユに、その辺りについては言い含ませてある。――お主とは入れ違いであったから、面識はあるまいが、あれはあれで使える女よ。……軍人よりは、むしろ官僚の方に適性がありそうじゃがな」

 

 それでも、女騎士の中ではマシな方だと、シルビア王女は言う。

 資金援助の話も、出来るだけ自然な形で持ち出して、『是が非でも』そうしたい理由があるなどとは、悟られぬようにする必要がある。

 マユならば、ヘマは犯さぬであろうと見極めたからこそ、クロノワークへと出向させたのだ。これはこれで、彼女なりの信頼の証であるともいえる。

 

「援助をしてくれるであろう相手が、あえて求めておるのだ。世話をする人員を一人、改めて用意する。それくらいの誠意は見せてくれるよな? ――こちらは金額、そちらは行動で、お互いに誠意を見せあおうではないか」

「……判断するのは私ではなく、国元の連中ですが。モリーを寄こすくらいで援助者の機嫌を買えるなら、小賢しい官吏どものこと。これくらいなら安いものだと考えるでしょうな」

「ふむ。……まあ、あれよ。もともと資金を提供する予定はあったのだから、そこまで堅苦しく考えずともよい。モリーはあくまでオマケに過ぎぬ。わらわが直接、見定めてみたいと思うただけのことよ。――いわば、娯楽。余興の類じゃな」

「娯楽のために呼びつけなさるとか、シルビア様はお暇なんですか? いえ、双方に利益があるというのなら、是非もないことですが、しかし――ううむ」

「娯楽も娯楽、退屈しのぎの戯れよ。……そう思い悩むでない。わらわは何も、とって食おうというのではないのだからな?」

 

 で、あればこそ。なんとも楽しみなことだ――と、シルビア王女は笑った。そこに邪念はなく、ただ興味だけが強くあらわれている。

 クッコ・ローセは、ここで会ったとき、どんな顔をすればいいのかと、少しだけ考えた。いくら考えたところで、いつも通りに接してやるほかないと、そう思い致るまでいささか時間が掛かったが。

 そうした教官の様子を、ニヤニヤしながらシルビア王女が観察していたことを、ついに彼女は気づけなかったのである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モリーは、今、幸せを実感しています。だって、好きな女性たちに囲まれて、楽しく時間と場所を共有できているから。

 いや実際、急な任務が入ったことを説明されて、いくらか面食らっていたところだし。ザラ隊長がせめてもの労いに、飲み会に誘ってくれたこと。ついでにメイル隊長も連れてきてくれたことは、本当にありがたいと思うよ。

 

「と、いうわけでモリーはゼニアルゼに出向することになった。予定ではだいたい二か月くらいになるが、状況次第で帰国の時期は前後するかもしれない、とのことだ」

「ええ……? 教官がいるなら充分でしょ? あの人にかかれば、だいたいの新兵がものになると思うけど……」

 

 ザラ隊長は、経緯を一通り話してくれた。シルビア王女が、是非にもと望んで、私を教官役に指名してきたらしい。

 他の教官を抜くと、こちらの訓練に支障が出るだろうからと、一応の理由は付けてはいるが。――その思惑が別にある気がするのは、私の邪推だろうか。

 

「何かしら、政治的な判断があったのかもな。あるいは、教官一人では手が足らないのか。いずれにせよ、私たちにはあの方の考えなどわからない。……せいぜい、無事にやってこいと。快く送り出してやるくらいしか、できることはないな」

「本当、それね。――寂しくなるわ」

 

 嬉しいことに、メイル隊長とは、そこそこ付き合える仲になったよ。とはいっても、仲を深めていくには、もっと長い目で見るべきだと思う。

 それほどの回数を重ねてはいないけれど、ちょっとした合間に護衛隊の方に顔を出して、お茶の差し入れとか昼の休憩を一緒に取るとか、時間があったときに飲みに行くとか。機会だけは逃さないようにしているからね。今は、それで十分だろう。

 

 本当にね、メイル隊長って可愛いんだよ。だらしなさもまた魅力っていうかね、ザラ隊長にはない無防備さがまた――っと。現実の彼女たちを放置して、想いに浸るのは無作法と言うものだ。

 

「お二方の気遣いに、感謝いたします。――酒杯を交わすのも、これでしばらくはお預けだと思うと、少し寂しいですね」

「本当にね。……モリー。あっちで体調を崩さないようにね? ゼニアルゼの方が贅沢できるでしょうけど、あんまり度が過ぎた贅沢は身を亡ぼすものだから」

「ご忠告、痛み入ります。――はい。決して無理はしませんし、贅沢に溺れたりはしません。元気な姿で帰ってくると、お約束しますよ」

 

 戦なら約束はできないけど、今回はあくまでも教官役に徹するのが私の役割だ。

 体調管理くらいなら、自信はある。そもそも現代日本人としての記憶がある私にとって、ここらの贅沢なんて贅沢のうちには入らないよ。

 

 エアコンの効いた部屋で、疲労を和らげる椅子に体を横たえて。そこそこ上等の酒を嗜み、ネットサーフィンに興じるような、ハイソな趣味にはどうやったって浸れないしね。

 どこだって住めば都だし、人間は環境に適応する生き物だ。貧乏を楽しむ方法も、奢侈から遠ざかる手段も、わきまえているつもりだよ。

 

「しかし、教官役か。お前が、なぁ?」

「似合わないと、おっしゃりたいのでしょう。お気持ちはわかります」

 

 話題としては意外性もあり、酒の進む話なんだろう。メイル隊長も、興味深そうに耳を傾けている。

 酒杯の方については、ザラ隊長もそこそこペースで進んでいる。お二人とも酒豪だから、心配はしていないけど。酒の肴が私の話っていうなら、あんまり安心はできないかなぁ。ちょっと恥ずかしい。

 

「己のようになれ、などと。他人に言っても無駄だというのは、わかるな?」

「もちろん。私のようには、誰もなれません。ザラ隊長、貴女の代わりが誰にも務まらないように、各々には生まれ持った資質があり、個性があります。――そこをわきまえずに指導しようとは、思っていませんよ」

 

 これは本気の言葉だ。教官の前で無様をさらせないという、真摯な気持ちもある。

 もっとも、一番に気遣うべきは、訓練すべき新兵どもだろう。……いや、新兵に限らないのか。女騎士全体の訓練なのだから、色々と懸念されることもある。

 雑多な連中の面倒を、丸ごと見なければならないとしたら、これは結構大変な仕事だ。クッコ・ローセ教官も気苦労が絶えないことだろう。

 彼女を思いやってあげるのは当然だけど、しっかり情報も共有しないとね。ゼニアルゼの風俗とか文化とか、わからないこともあるけど、頑張ろう。うん。

 

「でも、どうかしら。モリーって、紳士じゃない? 女騎士をしごいて鍛えるとか、あんまりイメージに合わない気がする。……大丈夫なの? 実際」

「同感だ。だからこそ心配でもあるが。――そのところ、どうなんだ。敵兵の洗脳とは、また勝手が違う。ある意味近い部分はあるかもしれんが、ちゃんと強くならないと意味がないんだぞ?」

 

 私、ダメな子だって思われてるの……? なんて、変に拗らせた考えが浮かびかけた。

 いやいや、彼女らは純粋に案じてくれているんだ。心配されるくらいには、好かれているのだと思いたい。

 

「教官だっているんですから。そうそう変なことにはなりませんよ。――個人的に考えていることはありますが、独断で進めたりはしません。ちゃんと相談しながらやります」

「それなら、まぁ……」

「いいんじゃない? 教官が見てくれるなら、そこまで悪くはならないでしょ。たぶん」

 

 実際、新兵の訓練を指導する機会などなかったから、今回の任務は初の試みだ。不安はあるし、失敗したら取り返しがつくものか、戦々恐々である。

 でも、やれと言われたら最善を尽くすのが軍人だ。俸給をいただいている以上、いい加減な仕事はしないよ。

 

「色々と試行錯誤することになるでしょうが、そうなると二か月は少々短いですね。――いえ、長ければ長いで辛い事になるのですが、私個人にそこまで劇的な成果を求められても困ります」

「そういえばそうだな。モリーは専門の教官じゃない。一隊員だ。あえてモリーを求める理由があるのか……?」

 

 ザラ隊長は神妙な顔つきで考え込み始めたけど、メイル隊長はしれっとした顔で指摘する。

 

「いや、単純にあの王女様の興味を引いただけでしょ。あの方、結構ノリと勢いで物事を決めるところがあるから。わざわざ指定して呼びつけたっていうのは、そういうことよ」

 

 どこから私、モリーの情報をつかんだのか、それは気になるけどね――って、メイルさん。

 何、私あの物騒な姫様に興味を持たれちゃったの? どうして?

 

「ノリと勢いって、お前なぁ……」

「事実よ? それがまたピタリとハマって結果を出すもんだから、仕える身としては、いちいち疑問に思わなくなるの。――本物の天才って、ああいうのを言うんでしょうね」

 

 つまり、私をゼニアルゼに寄こすのにも、相応の理由があるってことじゃないか。

 やっべ、何ぞやらかしたっけ。最近のことなら、クミン嬢に粉掛けたことかな? ――って、アレは仕事での付き合いなんです、信じてください! あわよくばとは思いましたけど、彼女はそこまでチョロくないですから!

 

「そのノリを引っ張り出した理由が、何であるかはわからないけど。……意味があるってのは確かよ。シルビア様にとっては、後々の布石のつもりなのか、状況をかき回すための駒としてか。――まあ、私には及びもつかない、深淵なる事情があっても驚かないわね」

「感性だけで、そこまで計れるものなのか? ……私は件の王女様とは付き合いがないから、メイルの言を否定できないが」

「経験から言わせてもらうなら、シルビア様の行動理念は理論と感性が半々ってところかしら。趣味嗜好が表れやすい傾向があるけど、基本無駄なことは避けるわ。――よほどのことがない限りはね」

 

 酒が進んでいるせいか、二人とも言葉が多いねー。思ったことをそのまま口にできる酒の席は、ストレスの捌け口にもなる。

 ここは聞き役に回って、二人の会話を刺激しつつ、そこそこの相槌を打つのが正解かな。……自分のことだから、あんまり突っ込んだことを言いたくないってのもあるけど。

 

「私の派遣に意味を求めるとしたら、どうでしょう。シルビア王女の興味を引くほどの何かが、わが身にあるとは思いづらいですが……」

 

 ゼニアルゼに利益をもたらす何か。あるいは、シルビア王女にとって意味のある何か。

 そこまでの存在になれていると、考えていいのだろうか。とてもそんな自信は持てない、というのが本音だ。

 

「見てよザラ。これで自覚なしとか、やばくない? これで彼女、自分が凡庸な騎士だとか思ってるのよ?」

「……ノーコメントだ。モリーの名誉を傷つけたくはない」

 

 微妙な眼で見られた。なんでや。私って、そんな面白おかしい奴でもないやろ!

 鎌倉武士とか葉隠武士とか、それっぽいノリでやってる自覚はあるけど、この時代ならセーフじゃろ? 別に特別じゃないって。私はあくまで凡庸な女騎士です。少なくとも体は。

 

「どのような表現であれ、私を話題にしていただけるのは光栄なことです。――よろしければ、思ったことをおっしゃってください。どうか私の名誉など、考慮せずにお願いします」

 

 おかしくないって。フツーフツー、私は極めて常識的な人間です。信じて。でも違和感があるなら話してね。改善の努力くらいなら、いつでもするから。

 

「遠慮せずに、と言われたら、なぁ。――よくよく考えれば、お前のことを知って、深く調べたとしたら。興味を引いて当然だな」

「同感ね。……貴女が戦場で、どんな活躍をしたか。書類の上でしか知らない私にも、わかることはあるのよ?」

 

 ちょっと気まずそうに、視線を上に向けながら、メイル隊長は話してくれた。

 

「私はこれで結構、武闘派なつもりだけど。そんな私でも、貴女ほど吹っ切れた戦い方は出来ないわね。――死にたくないもの」

「ああ、問題はそちらの方ですか。……教官にもさんざん言われましたが、今さら生き方を変えられるほど、器用にもなれません」

 

 最近だと、あのクソ虫どもの駆除が該当するかな。近頃は害虫の駆除にも命がけになるから困るね。

 ……あれらが害虫なら、私はどうか。その辺りのことは、なるべく考えないようにしている。だから、他人からの分析を聞けるなら、それは貴重な機会だった。

 

「あれはあれでドン引きだけど、それだけじゃなくてね。貴女、すごく早いのよ」

「早い、とは?」

 

 女性に早いって言われると、なんだか男として微妙な気持ちになるよね。これはどういう意味の言葉か、ちょっと聞きたくなる。

 

「そうね。――殴り掛かる速度はもちろんだけど、作戦への理解に始まって、部隊の展開から、敵将の首を引っこ抜くタイミングまで。あらゆる状況への判断が早くて正確。軍事的才能という意味なら、私やザラより上なんじゃない? これは、興味を抱くのに十分な理由だと思うわ。もしかしたら、あの王女様の思考にだって、付いていけるかもしれないもの」

 

 そう言って、メイル隊長は具体的に例を挙げて答えてくれた。わざわざ過去の戦歴まで目を通してくれたらしく、あの戦いではどう、この作戦内容ではどう、と。丁寧に考察を述べてくれた。

 

「部隊長って意味でなら、ウチでは一番でしょう。旗下の一隊を安心して任せられるっていうのは、私らにとってはありがたい存在よ? それ以上の立場での評価は、この前の戦いの結果が物語っているわね」

「お前に殴り掛かられた、盗賊団の連中がかわいそうに見えるレベルだったな。――かのシルビア王女が知れば、見物のために呼び寄せるのも、ありえなくはないのか……?」

 

 別段、誇れるような戦いじゃなかったし、そこまで評価される結果だったとも思わない。

 だから、ここはあえて、毅然とした態度で臨もうと思う。……不興を買ったとしても、仕方ないと覚悟して。

 

「オイスター・クリムゾンの両盗賊団の処理についてでしたら、さしたることではないと考えます。程度の低い相手に対して、被害を出すだけでも不名誉になりましょう。――そのために必要な手を、出来る限り行った。それだけのことです」

 

 クソ虫の駆除程度で、身内を害されたくなかったって言うのが本音だった。私が体を張るのには、充分な理由で、だからこそ完璧な仕事を行ったわけで――。

 

「私が良く働いたというのは、嬉しい評価です。でも、負傷した兵が皆無ではなかったこと。捕虜の中には、いまだ心を取り戻していない、哀れな者たちがいるということを。――どうか、覚えておいてください」

 

 正直、私を褒めるくらいの情があるなら、少しでも傷を負ってしまった、隊員たちも思いやってほしいよ。それから、現場で命を張った兵卒たちについても。

 彼女たちは、頑張った。それを無視して私を褒められても、嬉しくなんかないんだよって、真摯に伝える。

 

「それよ」

「それだな」

 

 ちょっと。二人だけで頷いて、分かり合わないでください。理解できずに困っている子もいるんですよ!

 

「それとは、なんでしょう?」

「……説明したほうがいいか?」

「是非にも」

 

 ザラ隊長が、メイル隊長に視線を向けると、彼女は頷いてから優しく微笑んだ。

 ……何? 何の符丁なの? 私は何も聞いてませんよ! ザラ隊長!

 

「せかさずとも話してやるさ。……そうだな。敵に対して残酷でも、身内には優しい。それくらいなら、珍しくもない話だが」

 

 だよねー。うん、フツーフツー。現代日本人の価値観からは、どうかなーっていう気持ちはあるけど、私がいるのは近代以前の時代なんだから。やっぱり特別視する理由はないって思うの。

 

「なんて言うかな。お前の場合、落差がひどいんだよ。――お前は、礼節をわきまえていて、目上には丁重で目下にも優しく、傲慢さがまったくない。……気遣いも行き届いていて、不快を感ずるところがないっていうのは、副官として得難い資質だ。これは、いつも言っている気がするが」

「はい。過分な評価、痛み入ります」

「……そうやって、完璧な礼をしてみせる。親しさに奢らず、常に相手を尊重し、へりくだる姿勢を崩さない謙虚さについて。お前は、自分の価値を知るべきだよ。指揮下に入った兵たちからの評判もいい。好かれている自覚くらいはあるよな?」

「どうでしょう。鈍感な性質だとは思いませんが……はっきりと慕われているとは、なかなか言いづらい所ですね」

 

 どうかなー。表向きはそう見えても、内心は下心にあふれていることもありますよ。他人の心は覗けないし、自分の内心だって、把握しきれない部分はどうしても出てくる。

 やっぱり、私の本質はどこまでも男性的だ。レディファーストの精神っていうか、女の子に幻想を抱きたい、童貞らしい臆病さの発露っていうか。これは、あんまり価値を認めちゃいけない部分じゃないかな。

 女の子相手だと、目ん玉が節穴になってしまうことについて、これで結構自覚してるんです。

 女の子の定義については、アラサーまでなら充分範囲に入っているよ。だから駄目なんだって? そうね。でも改めるつもりはないですからー。

 

「困った顔も、品がある。そうした女は貴重だぞ。男受けすると思うんだが、どうだ?」

「寒気がするのでおやめください。――男に身を任せるなど」

「失言だな。とうとう取り繕うのをやめたか?」

 

 やっべ。やらかした。レズって思われちゃう。ていうか絶対見破られた。

 違うんです。私男なんです。体はともかく、精神はそうなんですよ! 前世の記憶があるから仕方ないんですよ!

 

「……お判りでしょうに。意地が悪いです」

「すまんな、許せ。――私がお前の嗜好を認めて受け入れられたのは、つい最近の話なんだ」

 

 拒否されないだけでも、嬉しいです。認めてくれたっていうのは、許してくれるってことで、いいんだよね。

 どうか、貴女の傍に、これからも居させてください。想いに応えてほしいなんて、望まないから――どうか。

 

「いいんだ。私は、お前の有能さを疑ったことはない。わざわざ私の方から遠ざけるようなことはありえないと、確約してもいい」

「恐れ多いことです。――人は、自ら発した言葉に縛られるもの。私などに、約束など不要です。そこまでせずとも、貴女が私を必要とする間は、傍を離れたりはしません」

 

 頭を下げるのも、慣れたものだ。貴女に対して、ここまで綺麗に礼を行うのは、私以外にはいない。

 そう断言できるくらいには、付き合いも長いと思うのです。同じように思ってくれるなら、これ以上の幸福はないよ。だからどうか、謝らないで。

 

「えーと、その。ラブラブな所、悪いんだけど。私も話に参加していいのよね?」

「おい、メイル。邪推してくれるなよ。これはあくまで、上司と部下の会話だ。いかがわしい意味合いなんて、まったくないんだぞ?」

「そうですよ。ザラ隊長は、公私を分けられる方ですし、同席している方を蔑ろにされる方でもありません。どうぞ、気兼ねなくご参加ください」

 

 遠い目をしているメイル隊長に、私もザラ隊長も気遣いを表明せざるを得ない。

 うーん、ちょっと疎外するような感じでも与えてしまっただろうか。私もまだまだ精進が足りんね、どうも。

 

「じゃあ、言わせてもらうけど、さっきの続きね。――ザラの懸念ももっともだけど、私が心配しているのは別の所」

「なんだ、他にもあるのか」

「ええ。……モリー? 自覚があるかどうかはわからないけど、カリスマ性を含めた軍事的才能って、貴重なのよ。出来不出来の差はともかく、作戦に秀でているだけなら、代役はいくらでもいる。私だってそうだし、副官のメナも、貴女と拮抗するくらいの力量はあるでしょう。でも、重要なのはそれ以外の部分なの」

 

 カリスマ性って部分以外は、わかる。自分には、もったいないくらいの才があることも自覚している。

 

「それ以外の部分、という表現についてはわかりませんが。――しかし私は、どうやら水準以上の才覚を持っているみたいですね。……真剣な殴り合いで負けた記憶は、ほとんどないような気がします」

 

 修行、訓練の場でなら、未熟なうちは敗北も重ねた。それでも、ここ数年は地べたを舐めていないのだから、我ながら大したものだと思う。この点については、非凡な自覚はないでもない。

 でもなー、他の部分に目を向けようにも、感覚的な感想に終始しているし、個人差があるんじゃないかな。少なくとも、個人的には納得するのは難しいよ。

 

「どうにも理解が及びません。他者の興味を引くほど重要な部分は、どこにあるのでしょう?」

「あー、うん。そう。――自覚と言っても、そこまでな訳ね。じゃあ、詳しく話してあげましょうか」

「お願いします、メイル様」

 

 酒うめぇ、とばかりに杯を干してから、メイル隊長は続けた。

 

「さっきのは、言い方が悪かったわね。本当に大事なのはそこじゃないのよ。――酔いが回ると、まどろっこしい言い方をして悪いわね、どうも」

「メイル。前置きはいいから続けろ。――で?」

「ザラ? あんたがカリカリしてどうすんのよ。……さて、ここからが大事な話ね。カリスマ性って、私は言った。これは、ザラが隊長として不適格であるとか、貴女の方が適任とか。そういう意味合いの言葉じゃないってことを、まずは理解してほしいの」

「はい」

 

 わかりました――って、明言するのは難しい話だった。なにそれカリスマ? 私にそんなものがあるなんて思えないんだけど。

 

「カリスマっていうのは、表現が悪いかもね。単純に、魅力的なのよ、貴女。その魅力が周囲に伝染して、他者を熱狂させる才がある。……そうした存在が、よりにもよってザラの部下に甘んじているっていうのが、シルビア様にとっては不可解なんじゃないかしら。私の目から見ても、貴女がザラに取って代わったって、おかしくないように見えるもの」

「それは流石に、贔屓の引き倒しというものではないでしょうか?」

「この際、個人的な感情は置いておきましょう。私やシルビア様からはそう見えた。その事実の方が、よほど重要だと知りなさい。――自分の魅力について、貴女はもっと自覚すべきよ? 私の目から見ても、モリー。貴女は複雑で、困惑するくらいに異質に見えるのよ」

 

 そして異質であればあるほど、不可解であればあるほど、深く興味も沸くものだと、メイル隊長は補足してくれた。

 

「私自身の魅力など、考えたこともありません。――しかし、ザラ隊長は有能なお方ですよ? その補佐をする側としても、相応の才覚を求められて当然ではないですか。何が可笑しいのでしょう?」

 

 私としては、副官でいられるだけでもありがたいと思っているのに。ザラ隊長は、良い上司だ。それは私が保証する。

 

「その疑問の答えは、自分で見つけなさい。――で、長い付き合いの私には、シルビア様の思考がそれなりに読める。だから、早々に切って捨てずに、続きを聞いてほしいのだけど」

「……失礼しました。どうぞ、続けてください」

 

 ちょっと感情的になっちゃったよ。……いかんね、どうも。ザラ隊長のことになると、どうしても譲れなくなる。

 これからは頭を冷やして、冷静に。かつ礼節を保って、メイル隊長と相対せねばならない。

 

「これは異質というか、影響力の強さとでもいうべきか、ともかく。……貴女の下に付いた者は、モリーという存在を強烈に意識してしまうのよ。だから、貴女に憧れたりする人も出るわけ。さっきザラも言ったでしょう? 部下に好かれている自覚はあるかって」

 

 マジか。

 ザラ隊長に目を向けると、マジだ、と具体的に言葉にしてみせた。

 

「さっきは言い忘れたが、実際特殊部隊にはモリーから影響を受けたと思しき隊員が、結構な割合でいるんだ。ここ最近、ウチの部隊の練度が上がっているのは、それだけ厳しい訓練に耐えてきたからだが――。それを耐えさせたのは、間違いなくお前の功績だぞ?」

「……訓練の足りない部下たちを、ちょっと個人的に見てあげたことはありますが。さほど時間は使っていませんし、特別な鍛錬をしたわけでもありません。単純に、本人の資質なのではありませんか?」

「お前って、本当に他人から向けられる感情に疎い奴だな。――モリー、こう言えばわかるかな? メイルはカリスマなんて言ったが、私からすれば同性を妙に引き付ける、まったく別の意味での魅力だと、そう表現したほうがいいと思っている」

 

 異質と言えば、そうなんだろうなとは思う。元男だし、日本生まれの記憶もあるし、この世界にはありえない哲学とか理論とか、頭の中には残っている。

 それらの知識を、意識して使うことは少ないけれど。他人にとっては、異端として見える部分もあるのだろう。改めて指摘されれば、否定できないところだ。

 

「まあ、男装して諜報活動なんかに参加している時点で、異質も異質ね」

「――メイル、なぜお前がそれを知っている」

「知らないの? 最近、夜の街じゃあ男装の麗人が女の子をとっかえひっかえしてるって、結構なウワサになってるんだけど。これ、やっぱりモリーのことで間違いなかったのね?」

 

 初耳だけど、人聞きの悪い話だ。私が直接相手をしているのは、ソクオチのあの二人だけだし、肉体関係なんて持ってない。

 事実に即していない時点で流言の類だとはわかるが、それならそれで、誰がどのような意図で流したのか。重要なのは、そこだろうね。

 

 もっとも、私の中ではすでに答えが出ている。これは確実に、私を諜報の現場から締め出す行為に近い。少なくとも、当分は現場から離れざるを得ないだろう。

 ――そこまでして、私の器量を計りたいのですかね、シルビア王女様。情報に強いのも考え物です。世の中には、知らないほうが楽しいこともあるんですよ?

 

「十中八九、シルビア王女の手引きですね。おそらく、私を確実に呼び寄せるための策でしょう。――身元が割れてしまっては、男装の意味も薄れてしまう。時間を置くべきですが……すると、私の転勤は二ヶ月で済むとも思えなくなりましたよ」

「お前のこれまでの仕事について、あの王女様は把握しているということか。……あの方の情報網はどうなっているのやら。どこまで調べ尽くされているかはわからんが、甘くない相手だ。向こうに行ったら、一時たりとも油断するな。何を弱みに握られても、屈するんじゃないぞ」

 

 今さら身の処し方とか、保身とかを考えられる性分ではないから、自然体で接するまでである。

 まあ私自身、シルビア王女には興味も出てきたところだ。こうも手を尽くして歓迎してくれているのだから、飛び込んでみるのも一興だろう。

 

「どう転がるかはわかりませんが、ゼニアルゼとしても、クロノワークから悪感情など持たれたくないはず。戦略を描いているのが、かの王女様だとすれば、無体なことはなさらないでしょう。――どうぞ、ご心配なく。私は無事に帰ってきますよ」

「そう願う。……メイル、お前も心配になってきただろう?」

「さて。そういう気持ちもないではないけど、モリーなら心配するだけ無駄ってもんでしょ。――勘だけど、シルビア様って、モリーとは相性が悪い気がするのよね。天才軍師の王女様に天敵がいるとしたら、モリーみたいな奴だろうって思うの」

 

 理由については、教えてあげないけど――なんて。

 なんて意味深なことを言うんですか、メイルさん。貴女、そんなことをいうキャラでしたか? 割と驚きです。

 

「ごちゃごちゃ話してきたけど、難しい話はもういいでしょう? どうせ、なるようにしかならないんだから、今からアレコレ悩んだってしょうがないじゃない。――ほら、せめてお酒くらい楽しく飲みなさいよ、貴女も」

 

 メイル隊長から杯を受け取って、ワインを注がれる。短い付き合いだけど、彼女としては割と珍しい行為なんじゃないだろうか。

 でも純粋に嬉しいから、喜んで受け入れます。

 

「では、モリーの成功と、無事の帰還を祈って」

「シルビア様の目論見が、害のない範囲で収まることを祈って」

「ザラ隊長とメイル隊長が、つつがなく平穏な日々を過ごせること。クッコ・ローセ教官の、穏やかで安楽な人生を祈って」

 

 ザラ、メイル、そして私モリー。

 三者三様の言葉を掲げながら、私たちは杯を空けた。どうか、無難で平和な日々が続きますように、祈りながら。

 それが儚い望みであったのだと、思い知るのに。さしたる時間は、必要なかったのでした――。

 

 

 

 

 

 





 どうにか、九月中の投稿に間に合いました。
 定期的に、安定して作品を公開することが、作者としての技量を高める一番の方法だと信じています。

 さりとて、有言実行も難しいのですが、今のところは実践できているわけですね。

 来月も、二回投稿出来たらいいなぁと。そう思いながら、執筆しています。感想などいただければ、幸いに思います。



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