24歳独身女騎士副隊長。   作:西次

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 はっちゃけました。

 色々とアレなノリになっていますが……作者は何も考えずに書いているのです。
 深い考えがあるわけではないので、気軽な気持ちで読んでくだされば、嬉しいです。




政治的な出来事に巻き込まれてしまうお話

 モリーがゼニアルゼに到着したと聞くと、クッコ・ローセは理由をつけて職場を離れ、早速彼女の顔を見に行くことにした。

 シルビア王女が呼び寄せるのだから、近々やってくるのだろうとは思っていた。だが、実際にここで出会えると思うと、どうにも気が逸ってしまう。

 

「おや、これは教官殿。お久しぶりです」

「――あ、ああ。モリー、お前も元気そうで何よりだ」

 

 とはいえ、いざ再会してしまうとありきたりな言葉しか出ないのが、クッコ・ローセという女性である。不謹慎なユーモアならいくらでも出てくるのだが、今はそんな気分ではなかった。

 

「はい。この程度の遠征で体調を崩すようでは、クロノワークの騎士の質が疑われてしまうでしょう。せっかく教官が勝ち取った信頼を、私自身の不手際で台無しにするわけにはいきません」

 

 しかしモリーの方はと言えば、久方ぶりに出会えたことの喜びを、節度のある態度で示してみせる。もう少し、お堅い態度を崩してもいいと思うのだが。

 

「信頼なぁ。別段、私は普通にやっているだけだが……そちらも、変わりはないか?」

「クロノワークは、いつも通りの平穏を享受していますよ。それがいつ壊されるかはさておき、準備には余念がありません。今回のこれも、その一環という訳ですね。――宮仕えの身ですから、あえて批判は致しませんとも」

 

 節度というか、どこかしらトゲがあるような、微妙な雰囲気だった。

 怒っている風でもないので、クッコ・ローセは反応に困る。なので、無難と思われる話題を出して、話をつなげることにした。

 

「そういえば、お前。シルビア王女との謁見は済ませたのか? あの方は、お前に色々と期待している様子だったが……?」

「ああ、そう言えば誰かに呼ばれていたような気がしますね。――でも、私は知りません。正式に御下命があったならばともかく、そうでないなら急ぐ必要はないでしょう」

 

 無難どころか、劇薬であった。モリーの言葉には、はっきりとした拒絶が含まれている。

 クッコ・ローセは冷や汗が出る思いで、彼女に問うた。

 

「お前……! すっぽかすつもりか?」

「人聞きの悪いことを言わないでください。――私は、正式なクロノワークの使者なのです。それが祖国の名誉にかかわるのなら、何で拒否などしましょうか。……まあ、私としては、傲岸なるお姫様に対して、いささかの好意を抱く理由もないというわけです」

 

 これはモリーの独断か、あるいは国元から何かしら言い含められてきたのか。

 それを知るすべはない。直接問いただしたところで、それを信じられるかどうかは、別の話なのだから。

 

「……私は、調練の合間に来てやったところだから、またすぐに戻らねばならん」

「そうですか。歓談は、またの機会にしましょう。私は、諸々の手続きを済まさねばなりません。まずは事務方に顔を出す必要がありますので、この辺りで失礼いたします。――では」

 

 モリーは他国の使者である。仕事に入る前に、これから所属する軍組織からの顔合わせは当然だが、関連する部署へのあいさつ回りも欠かせない。ゼニアルゼは大きな国家だから、公務員同士のつながりはどうしても広くなる。

 クッコ・ローセも経験したことだから、これ以上引き留めることはしなかった。一抹の不安を感じながらも、仕事に戻り――。

 いつも通りに兵どもをしごき終えて、軽く書類をまとめる。それから、さあ帰ろうかという時間帯に――シルビア王女からの使いが、息を急いてやってきた。悪い予感を覚えつつ、用件を聞き賜る。

 

『今すぐ来い』

 

 という一言。彼女の内心の怒りが垣間見えるようで、クッコ・ローセは焦りを隠すのにしばし時間を要した。ともあれ、急ぎ身支度を整え、シルビア王女の元へ走る。

 顔を合わせて見ると、なるほど。確かに不機嫌そうな面持ちで、彼女はベッドに体を横たえていた。

 

「モリーとやら、存外と図太い奴らしい。わらわの呼び出しに応じぬのは、どういう訳であろうかの? ええ?」

「まだ初日です。話を通すべき部署が多く、都合がつかなかったのでしょう」

 

 シルビア王女は、にらみつけながら責めるように言った。

 呼びつけておきながら、この態度。無礼と言ってもよいはずだが、クッコ・ローセは気にしないことにした。身内に対する甘えと思えば、むしろ微笑ましいとさえ思う。

 クッコ・ローセは、もともと弁が立つ方ではない。取り繕えぬなら、下手に言葉を重ねたところで、良いことは何もないだろう。適当に相槌を打っていれば、機嫌を直してくれると期待したいところだった。

 

「話を通すというなら、わらわを無視する道理はないぞ。――いや、そもそも日が暮れる前には用事も終わっていたそうでな? わざわざ大衆食堂まで足を延ばして夕食を取り、軽く街中を散歩してから宿舎に入ったそうな」

「それは、また」

「ふざけておる。わらわの名を侮辱するにもほどがあるわ。これほどの無礼者であるとは思わなんだぞ。調べた限りでは、礼儀正しいという話であったが――」

 

 そういえば、とクッコ・ローセは思う。モリーは何と言っていたか。『正式な御下命』がなかったとか、そんな風に話していた。

 シルビア王女は、どのような形でメッセージを送ったのか? 聞かずにはおれなかった。

 

「質問させていただきたいんですが、どんな風に呼びつけたんですか?」

「ああ? どうって……普通に言付けて、即刻わらわの前に来るよう命じただけじゃぞ?」

「誰に、どのように? 正確な文面もお願いします」

「……なんじゃ、小姑みたいなことを言うのう」

 

 シルビア王女は、視線を宙に向けながら、思い出すように言葉をつむいでいく。

 

「モリー到着の報を聞いたのが、ちょうど大臣と駄弁っているところだったのでな。大臣に言付けを頼んだのよ。じゃから、正確な文面など知らぬ。……わざわざ確認しようとも思わなんだ。わらわとしては、モリーがすぐに馳せ参じるであろうと、無邪気にも信じていたからのう!」

 

 途中から何かに気付いたように、シルビア王女は態度を急変させた。寝そべっていた体勢から跳ね起き、立ち上がると速足で部屋の中を歩き回る。

 あまりの変わりように、クッコ・ローセは困惑する。大臣とやらが、何かやらかしたのか? 彼女の立場からは、想像するしかない。

 

「人畜無害に見えたが、大臣め。わらわの専横がよほど気に入らぬと見える。――このような嫌がらせを仕掛けてこようとは、外見に似合わぬ陰湿さよ」

「政治的な、宮廷闘争ですか。私にはわからぬ世界の話ですな」

「……これは、詳細を調べなくてはならんな。ことによると、モリーの態度は責めるべきものでない――かもしれぬ」

 

 ぶつくさと文句をつぶやきながら、シルビア王女は今後の対応について、思考を巡らせていた。

 クッコ・ローセは、すでに考えることをやめている。それはそれとして、明日からはモリーが仕事仲間になるのだ。

 共有すべき情報を整理しなくてはならないし、適当な理由をつけて退室すると、彼女は資料をまとめにかかった。

 誰の思惑がいかなる成就を遂げようと、あるいは妨害されようと、世の中は回っていく。

 そうと知りながらも、誰もが無防備ではいられない。これもまた、人の世の悲しさと言うものであろうか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼニアルゼに到着しました。モリーです。

 いやー、栄えてるね。ウチとは大違いだねってくらいに人が多いし、物も多い。あと風紀の自由っぷりも見ていてわかる。

 明るいうちから風俗とか、あんまり褒められたもんじゃないと思うの。秘してこその花よ。

 細い路地とはいえ、表通りから見える部分では、色事は遠慮してもらえませんかねぇ……。

 

 まあ、それはそれとして、諸々の面通しは終わったから、明日からは普通に働けるね。クッコ・ローセ教官との共同作業とか、割とドキドキしてますが。それとはまた別の出来事で、心臓に悪い綱渡りをしています。

 

 今から思い返すのもアレだけどさー。あんまり下手な手は打ちたくないし、再度考察するのもいいだろう。

 

 では改めまして、問題のシルビア王女様について。――何と言いますか、ええ。結構つつしみに欠ける方ですのね! 色事的な意味でなくて、政治的な意味でね。

 王子派閥(要するにシルビア王女の夫の派閥)の重鎮らしい大臣殿から問題視されているって、割とひどくない? 同派閥内で反目し合うとか、健全な関係からは程遠いと思います。

 聞けばあの王女様、国政を担っていた宰相とその参謀を、唐突に前触れもなく即処刑したとか。噂には聞いてたけど、マジで躊躇なく処断したんだね。

 いやー、流石は武名の誉れ高きシルビア王女様。果断即決、実に正しい。貴女にとっては最善にして最速の策だったろう。

 

 でも、正しければすべて良しってわけでもないよなぁ! 手順を踏まなかったことで、シルビア王女は独裁的で強権的な人物とみられている。実力が伴っているから、排除されるどころか君臨しているけど、大臣殿からしてみれば、危うく見えて仕方がないんだろう。

 

「――どうか、本日はご遠慮ください。シルビア王女が何を言われようと、しばらくは無視していただきたいのです」

 

 実際に会ったときは面食らったよ。なんで一騎士に過ぎない私の所に、国務に関わる大臣殿が飛んで来るんだって。

 彼曰く、シルビア王女は私と会って話をしたいらしい。だからすぐに来い、とのことだが……。大臣殿は、これをあえて退けてほしいという。

 

「王女様は、私に文を預けませんでした。ただ口頭で、モリー殿を呼んでくるようにと、私にその対応を任されました。なので、こちらとしても相応の態度で接しようと思うのです」

 

 大臣殿の顔に、怒りはない。呆れている風でもない。

 なんとなく、心配性のおじさんが、あれこれと気を回しているような雰囲気だった。声には少しだけ、疲れの色が見える。

 

「証拠が残らない、口頭のみ。つまり、非公式な対応で済ませるおつもりで……? おや、もしかして私巻き込まれてます? 陰湿な宮廷政治にかかわるつもりはないのですが」

「私も、他国人を関わらせたいとは思いません。あの王女様が不敬を重ねなければ、巻き込むこともなかったのです。――しかし、私が非礼を犯しているのは確かでありましょう。モリー殿、どうかお許しいただきたい」

 

 大臣殿は、そう言って恭しく頭を下げて礼をした。

 だから私は、慌てて弁解せねばならなかった。

 

「頭をお上げください! 許しなど、請われる筋ではありません。貴方に非などないではありませんか。……仮にも大臣殿を使い走りに用いるなど、そちらのほうがよほど問題です」

「そう言って頂けるならありがたい。いや私も、想いを同じくしてくださるならば、気が楽になると言うものですな。……これが宮廷政治と言うものでして、何とも回りくどいやり方であると、我ながら自嘲するしだいであります。仕事に割込む形で訪問した件も含めて、無作法をお許しください」

 

 うやうやしく、再度頭を下げて大臣殿は詫びて見せた。二度目となれば、無理に制止するわけにもいかぬ。

 ……天然でやってるなら相当なものだけど、この流れは彼の思惑通りではあるまいか。流れ的に、私は大臣殿に対して後ろめたい感情を抱かざるをえない。

 シルビア王女は私の上司ではないけれど、自国の王女であることには変わりないし、彼女が何かしらやらかしたなら、気まずい思いを抱いてしまう。

 大臣自身、表情も態度も凡庸な中年そのもので、警戒しにくい雰囲気もある。――まあ、こちらとしても、彼を責めて得することはないのだし、話を続けよう。

 

「……しばらくは無視せよ、との仰せですが、具体的にはどれほど?」

「まず二、三日は様子を見てください。尋常ならぬ雰囲気であれば、無理をせずに釈明されればよろしいでしょう。私が文句を付けたからだ、と言えば、モリー殿の責任問題にはならぬはずです」

「三日を過ぎたら?」

「私から場を整えます。連絡あるまで、仕事に専念してください。――どうかご心配なく。いずれにせよ、累が及ばぬよう工夫いたします。ですので、しばしお待ちください」

 

 重要なお話は以上。社交辞令とか別れの挨拶とか、そういうのはまったく頭に入ってこなかったよ。

 頭の痛くなることに、しょっぱなから巻き込まれた感じで、対応もおざなりになっちゃったけど……これは仕方ないと思ってください。本当いっぱいいっぱいなんで。

 

 思い返してみると、何で? って思う。シルビア王女には彼女なりの。大臣殿には彼なりの思惑があって、複雑な利害関係があるんだろうけど、そういうのは他所でやってほしいんですが。

 ああ、でも、私ってシルビア王女のわがままで連れてこられたんですよね。その時点で巻き込まれてますよね。――そりゃ大臣殿も無視できんわ。

 だってシルビア王女って、粛清やら反乱の鎮圧やらがあったのに、短期間で国内をまとめてしまったんだもの。別の派閥の連中にとっては、手段を選ばない冷酷な危険人物なのは確かだし、警戒されるには充分な理由だ。

 

 しかも動乱が治まったと思えば、今度は祖国から自分の身内(実際はともかく、対外的にはそう見られてしまう)を次々呼び寄せるんだからね。次は何をやらかすのか、邪推されても仕方がない。クッコ・ローセ教官だけなら、言い訳もできたんだろうが。

 

 そりゃあ、せめてほとぼりが冷めるまで、時間を置いてくれって言いたくなるのもわかる。

 王女のわがままを通す前に、『これは安全な策ですよ』って周囲に理解を求めて、環境を整えたいんだろう。穏健派っぽい大臣殿なら、それくらいの手は打つよね。わかるよ。だから、今少しは乗っかってもいい――んだけど。

 

 ぶっちゃけ、従ったら従ったで問題もある。なんで他国の大臣の、それも非公式な訪問での『申し出』を素直に受けるんだ! ――って非難されると、私の立場では返答に困る。

 シルビア王女とのつながりを重視するなら、大臣殿の事情を無視して、媚びを売りにいくのが正しい選択だ。ザラ隊長だったら、『悩んでないでさっさと行け』と言ってくれるに違いない。

 

 でも、残念ながら私の上官はここにはいないし、国元に相談を持ち掛ける時間的余裕もないわけで。……個人的感情で決めても仕方ないよね。帰ったら難癖を作られて降格とか免職とか、覚悟しておいた方がいいかも。

 頭が痛い。危機感を覚えながらも、自分を曲げることができない。今さら己の在り方は変えられぬと、心の底から信じている。見苦しくあがくよりは、自分に正直なまま潔く去りたい。私はそんな人間なんだ。

 

 ――だから翌日になって、仕事の現場に出るまでは、それら厄介な事情については忘れることにした。どうせ後で嫌でも自覚することになるんだから、必要な場面以外では思い悩みたくない。

 でも実際、クッコ・ローセ教官と職場で顔を合わせてしまうと、諸々の問題が些細に思えてしまうから不思議といえば不思議だった。人間、心の持ちようで随分と変わるもんだね。

 

「改めて、よろしくお願いします、教官殿」

「これからよろしく、モリー。さて、とりあえずは情報の共有だな。隊員の仕上がり具合と、これまでの訓練内容について。必要なことはおさらいしておこう」

 

 癒される。

 いや冗談じゃなくて、本気で教官の愛を感じるよ。錯覚だとしても、私はそう信じたい。それまでが殺伐としていたから、なおさらだ。

 手作りの資料に、わかりやすく添えられた私見が光っている。私、古本の書き込みは楽しんで見るタイプなので、実にありがたい。

 実用的でわかりやすいなら、文句をつける筋合いはないし、むしろ感謝すべきだろう。だから、言葉にして伝えよう。

 

「ありがとうございます。これで、おおよその見当は付けられますね」

「それで、検討や如何に? とりあえず、ウチの基準で弱兵程度までは鍛えた。精鋭にまで引き上げるとなると、本気で半年は見る必要があると思ってるんだが」

「期間については、何とも。しかし、調練の方法については、別のやり方を提示できるかと思います」

 

 教官殿は、祖国でのやり方を通しているから、私にはその詳細がわかっている。このまま継続しても、大きな問題は出ないだろう。

 私は教官の手伝いとして、そこそこの役に立てればいい。新しいこと、独自の手法を試したりして、リスクを冒す必要は、本来ないんだけど……。

 

「別のやり方?」

「と、言うよりは手っ取り早く戦力を底上げさせる方法ですね。――死域を体験させてみようかと」

 

 死域っていうのは、要は体を酷使して、脳内麻薬がどっぱどっぱ出てハイになっている状態のこと。なお、生半可な訓練ではまずならない状態で、しかも行きすぎるとガチで死亡する模様。

 結果として、死の半歩手前まで追い詰めることになるわけで、そこまでやるからには、生半可な鍛え方では耐えきれないのが目に見えている。その辺り、やれるかどうかの判断は教官に任せるしかない。

 

「……そこに至れそうなやつは、見たところ一人もおらんぞ。無理にやるのはお勧め出来ん」

「そうですか。なら仕方がありませんね」

「――というかな、お前のアレは死域ってもんじゃないだろ。別のナニカだ。他人にそこまで期待してやるな」

 

 まあ、結果に期待しすぎてはいけないってことはわかった。――でも、それならそれでやりようはある。

 基礎訓練の下地はそこそこ、体力も付いてきている。ここらで彼女らにも、自分たちの力量を確認させてやるべきだろう。

 以前は出来なかったことが、今は出来るようになっている。その自覚を持たせてやれれば、やる気も上がるってものだ。

 

「では実戦形式で、一つ模擬戦でもやってみましょうか。紅白に分かれて、お互いに殴り合うのです」

「おー、あれか。私も考えていたんだが、教官一人でやるには負担が大きくてな。……私とお前で、指揮官役をやれば――できなくはないか。しかし、問題が一つ」

「はい。……教官は、すでに女騎士たちから信頼されています。憎まれてはいるでしょうが、その指示に従うことに、疑いを持つことはないでしょう。――ですが私は新参者。いきなり上官として居座ろうとしても、反発を受けて当然です」

 

 なので、まずは私とこの国の女騎士たちとで、交流を深めねばならないわけだ。模擬戦の予定を組むのは、それからだろう。

 ここは軍隊なのだから、手っ取り早い交流と言えば、教官流のやり方に従うのが良い。具体的には、二人で話し合って決めた。

 

「じゃあ、そういうことで頼む」

「はい、承りました」

 

 奇をてらっても仕方がないので、当面は教官の真似事をすることになる。あの人は最初に団体戦を企画したそうで、男騎士たちのいい見世物になったらしい。

 その例に習って、初見で飛ばして後はそこそこゆるゆると、クロノワーク式の訓練を指導していけばいいやってことだ。だったら簡単だね!

 

 そうして、私は指導すべき女騎士たちと、面通しをした。隣で教官も見守ってくれているので、私自身も安心できる。

 全員そろったところで見回してみると、心がすさんでいるのか、目つきの悪い連中が多い。比較的平穏を保っている者もいる様子だが、そんな彼女らも私を胡乱な眼で見ている。

 いきなり教官が増えたって言われても、そりゃ困惑するだろうから仕方がない。割り切って、自己紹介から入る。

 

「ご紹介にあずかりました、モリーです。クッコ・ローセ教官と同じく、クロノワークで騎士をやっております。……これからは、私も指導に加わることになりました。どうか、今後ともよろしくお願いしますね?」

 

 最初の言葉は優しく、穏やかに。笑顔を維持し、反感を持たれづらいように、謙虚な姿勢を崩さない。

 ……あの教官とは違うみたいだぞ、と。彼女たちが理解してくれれば幸いだ。

 その方が、落差をより大きく感じるだろう。衝撃は、なるべく大きい方がいいな。衝撃によって思考に空白が生まれれば、その分だけ洗脳が捗るからね。

 

「さて、これから私は、皆さんの訓練を指導するわけです。教官ほど立派にやれるかどうか、さほど自信はありませんが――そこは皆さんと一緒に成長できたらいいな、と思っています。とりあえず、初日の今日は、軽く流しましょう。とりあえず――ですね」

 

 明るく、気さくで、軽い感じを与えましょう。安心できる雰囲気の演出も大事です。

 実際、私はそのつもりでやっているのだから、嘘はないんだ。私は本気で、彼女たちと向き合おうと思っている。

 

「死んでください」

 

 言葉の上での比喩だが、疑似的に体感させるという意味では真実である。今はまだ、そこまで追い詰めないけれど、ゆくゆくは、ね。

 せっかく教官が手塩に育てた原石なんだから。とことんまで鍛えないと損だろう。

 

「正確には、生への執着を捨ててください。何度打たれても、どうか意識を強く持って、呼吸を忘れないでください。痛みと疲労の中で、平常心を保てるようになってほしいのです。――大丈夫! 教官が鍛え上げた貴女たちならば、きっと耐えられます」

 

 何だか妙なノリになってる自覚はあるけど、やることは変わらない。これから全員、私に斬りかかりなさい。皆が倒れるまで、私は付き合おう。

 立ち上がれるだけの力があるうちは、文字通り死んだ気持ちになるまで、絶対にやめてあげないから。だからどうか、気を強く持って、身体まで死なせないでください。

 

「お願いです。どうか、全力を出し尽くしてください。それが出来ないのならば、それまでです。……願わくば、誰も亡くならず、無事に生きて帰ることができますように。私は願ってやみません」

 

 手加減はします。絶対します。

 安全性の確保は大事ですから。

 大丈夫、どこをどうしたら人の体が壊れるか。私はちゃんと理解していますよ。

 赤樫っぽい材質の木刀は、わざわざ自宅から持ち込んできた逸品で、手になじんで長い。加減を間違えて打つということも、まずないと確信する。

 これは訓練なのだから、相手を不具にはしたくないし、贅沢を言うなら骨折だってさせたくない。

 可能な限り手加減する必要があるのだから、そのための努力は全力でやろうと思う。

 

「では、皆さん。手にした得物を構えなさい。――始めます」

 

 ただならぬ雰囲気を察してくれたのだろう。ここは練兵場だし、最初から殴り合いを想定して広さも充分にある。

 私は紹介された段階で、おおよそ全員の視界に入っていた。そして彼女たちが武器を構えるのを見届けると、教官は練兵場の隅にまで移動する。――教官が観戦する態勢に入ったことを、私は認めた。

 

 その時点で、脳内のスイッチが切り替わる。戦の準備段階から、明確に戦時(訓練用)へと。

 私の心から、戦いに関するもの以外は全て放棄された。感情論も倫理観も、極論強くなるためには必要ない。

 強さの根幹とすべきは、日々の鍛錬と戦闘経験と心構え、あるいは鉄量。それのみなのだから。

 

「さあ、行きますよ? わざわざ私が仕掛けるまで待ってくださった、淑女の皆さん。……闘争において、礼儀正しさがどこまでの力になるか。思い知るいい機会となるでしょう」

 

 ざっぱに数えて、ここにいる女騎士は総勢五十名くらいか。

 過半数は雑に打ち倒し、残りはたっぷりと戦い方を見せ、焦らした上で地べたを這わせよう。

 そうした計算が働くくらいには、余裕があるらしい。ほぼ感覚だけで正確に現実をつかみ取る。この才能だけは、今生において有用だと確信できる――数少ない、私の持ち物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人に同時に斬りかかれるのは、周囲の空間をかんがみて、最大四人が限度とされる。

 だがよほど訓練が行き届いた者たちでなければ、多人数の同時攻撃は、お互いを巻き添えにしかねない。なので二人か三人までが、現実的な所だろう。

 

「躊躇うようでは、そこまで」

 

 それらを踏まえた上で、重要なのは先手を取り続けることだ。動き回れる空間を作らねば、多数の重圧に潰される。

 よって、敵を動かす。自らの動きに、敵を対応させる。相手方を受けの身にさせ続けて、常に攻勢を維持するのが肝要。

 それは結果として激しい機動を自らに課すことになるので、体力はもちろんのこと、機敏な運動を可能にするだけの身体能力が求められる。対多数の経験があるなら、視界内の敵の動きを予測して動くことも出来よう。

 次の手に対するリスク・リターンを計算し、身をゆだねる思い切りの良さもあればいい。私がそれらを備えているのは、鍛錬の賜物だ。

 他に付け加えるなら、運の要素は無視できないものだし、そこを補うならば、やはり才能がモノを言う――。

 

「さあ、止めて見なさい」

 

 時には乱戦に持ち込んで、敵に同士討ちの危険を自覚させるのもいい。慣れない内は、即座に対応できない。その一瞬の躊躇が、三手先までの安全を保障してくれる。

 一手の逡巡が、数秒の空白を生み、このわずかな間隙を縫って進むことが出来れば、体力が続く限り戦い続けられる。理論上、二人を一手で切り抜けられる動きが出来れば、敵百人を制圧することも可能なのだ。

 詰め、押し、力任せになぎ倒す。倒れる敵の身体を盾とすれば、攻撃の手を留めることさえできる。

 この隙をついて、切り抜け走る。姿勢を落とし、足を打って転ばせる。あるいは一足で前方に飛び、柄で敵の武器を抑え、鼻頭を頭突きで潰し、怯ませた後にその身体を誘導して再度盾とする。

 

 ――戦法は無限にある。攻め続ける限り、私が敵の群れの中で機動が許される限り、それは続く。

 だからこそ、彼女たちは私の足を止める策を講じるべきなのだ。決して、剣先だけに注意を払うのではなく、私の行動そのものに注意を払うべきだった。

 

「恐れ慄いてはなりません。平常心、ですよ」

 

 死の恐怖を知りながら、なお平常心を保つ、強固な精神が騎士には必要だ。

 それを会得するまで、何度でも教えましょう。わからない内は、死に続けるがよろしいでしょう。

 一度は木刀で叩いて意識を殺す。それから機会が巡り次第、相手を蹴り上げてよみがえらせ、戦意が戻ったところで再び、私は貴方たちを打ち倒そう。

 

「殺され方を、覚えなさい」

 

 肉体的にも精神的にも、大きな衝撃を脳内に叩き込む。死んだ、と思ってからが本番です。死の間際には、流石に脳も出し惜しみをせず麻薬を流してくれますから。

 気軽に疑似的な死を体感なされるがよろしい。すぐにはわからない人も、即座に理解する方も、平等に。どうぞ遠慮なく。

 私が脳内麻薬に頼る段階は、まだまだ先ですから。お気兼ねなく、斬りに来てください。その分こちらも、遠慮しませんから。

 

「吠えるのは無駄です。剣を振りなさい」

 

 やけっぱちな掛け声、涙交じりの怒鳴り声、恐怖を誤魔化す嬌声、いずれも不純だ。職業軍人の戦場には不要である。

 合図としての声は重要だが、甘い感情を吐き出すんじゃない。敵が貴女の心情をおもんばかってくれるなど、わずかにでも期待しないことだ。

 

「私を見なさい。後ろを見るな」

 

 退路を確認してどうする。指揮官が逃げろと言うまで、お前たちは戦わねばならない。

 敵前逃亡は士道不覚悟である。詫びにここで死んで見せよ。死に覚えて、次の戦いに活かせ。

 

「できなければ、甲斐がない。できるまで、やらせましょう」

 

 くどいように口にして、飽きるほどに自身の肝にも銘じる。

 私は教官なのだから。彼女たちを鍛えるものなのだ。だから、強くさせるために打てる手は、いくらでも打たなくてはならないのだ。

 クッコ・ローセ教官は、いまだに沈黙を守っている。つまり、続けてもいいと解釈した。

 

「多対一を意識なさい。私は一人で、貴公らは多勢なのです」

 

 そう言いながら、私は周囲の連携を断ち切るように動いている。仲間同士の動きが阻害される状況を作り出し、相打ちを意識させ、安易に斬りこめるような場面を作らない。

 私の動きを潰したいなら、多勢としての動きを利用し、少々の損害を覚悟しなくてはならないが――。

 残念なことに、そこまで肝の座った奴はいないらしい。敵を殺す覚悟は容易いが、味方を犠牲にする覚悟はなかなか身に付かないものだ。

 精神的な強靭さを身につけるには、とにかく叩くこと。あるいは叩かれることか。いずれにせよ、私と教官が満足する水準に達するまで続けることになる。

 とりあえず、今日のところは気力を一滴残らず搾りつくすまで、闘争の空気に浸ってもらおう。

 

 そうして――殴り方と殴られ方の実践講義を続けているうちに、最後の一人が倒れる。

 鍛錬の足りていない弱兵が相手とはいえ、五十名を相手に立ち回り続けるのは骨が折れるね。……木刀をぶん回している内はなかなか気づかないけど、終わってみると結構疲弊している自分に気付く。

 

「――皆さん、倒れたままでいいので、聞いてください」

 

 まともな決定打は、なんとか受けずに済ませられた。加減のない全力を打ち込まれてきたから、割と痛むところはあるけれど。

 それを感じさせず、まだまだ私は元気だぞ、と知らせてあげる。格の違いを、ここで見せつける必要があったから。

 

「私が一人で全員を倒せたことが、不思議に思われるかもしれません。しかし、これが訓練を受け続けて完成した者と、そうでない者との差なのです」

 

 私が特別であるように見えたのなら、それは貴女方の訓練が完了していないからだ。 

 我々の訓練を続ければ、いずれは私と同等の領域にまで到達するだろうと、倒れ伏す彼女たちに説いた。

 皆は、まだ起き上がれるほど回復していない。体はともかく、精神的な疲労まで重なっては無理もない。かろうじて上半身を起こし、座り込んだまま話を聞いている。

 

「教官は、貴女方を兵士にしてくれました。私の木刀に打ち据えられながらも、生き残っているのがその証拠です。――途中で意識を失うことがあっても、この短時間の休息で体を起こすまでに復活している。これは、評価していい所です」

 

 手加減が上手くいったとはいえ、皆さんよくできました。上半身だけでも動かせるなら、剣が振れる。得物を振り回せるうちは、敵と戦える。

 だから今、私の話を聞けている皆さんは立派な兵士であると、私は全員に説いて回った。決して、聞き逃す者が出ないように。

 

「明日は、また別の隊に同じ訓練を課します。――私は、全ての女騎士たちと剣を交えてから、改めて指導に入りたいと思います。以上! 医療班の手配はしていますので、各自宿舎で手当てを受けるように」

 

 こんな感じで良いですかねーって、教官の方を見た。

 微妙な顔をしてたけど、一応うなずいてくれたので、及第点はいただけたのかな?

 ともあれ、これからよろしくお願いします、皆さん。泣いたり笑ったりできなくなるのは、一時だけですから。

 打たれるだけ打たれて、負けっぱなしで済ませるほど、あきらめのいい人はいないでしょう?

 たぶん、そこそこ長い付き合いになるのかな。ゆくゆくは訓練が終わった後も、友人に近いような間柄になれたら嬉しいです――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クッコ・ローセは、モリーのはっちゃける様子を見て、ある意味で安心した。

 こいつは変わってない。少なくとも、人間性においては出国する前と同じだ。何かしら劇的な事情があったとは思われぬから、シルビア王女に冷淡なのは、政治的な理由からなのだろう。

 とすれば、本人に直接問いただしても、はぐらかされるだけだ。まあ、理由が政治であれば、クッコ・ローセに出来ることなどない。同時に、悪くなることもあるまいと、なんとなく理解する。

 シルビア王女にしろ、モリーにしろ、妥協を知らぬ馬鹿ではないのだから、どこかで合意するだろうと見越していた。

 そして他人事だと思っていたから、自分がそこに巻き込まれるなど、まったく考えていなかったのだ。

 

「――それで、シルビア様。何の御用でしょう?」

「用などない……と言えばそれまでじゃが。せめて愚痴に付き合え。お主くらいにしか、こぼせぬ類の話ゆえな」

 

 昨日も今日も、シルビア王女のうっぷん晴らしに付き合わされる。あくまで言葉だけで済むなら、まだ許容範囲内か。

 明日も仕事があるというのに、これは帰りは遅くなりそうだ、と諦めも込めて口を開く。

 

「愚痴、と申されますと?」

「ちょいと調べたのじゃがな。……モリーと大臣め、結託しよったらしい。――いや、悪い意味ではない。わらわが余りに専横が過ぎるので、ここらで鼻っ柱を折ってやろうということよ」

 

 随分と率直な言い回しをするが、シルビア王女はさほど不機嫌でもないらしい。口調も声色も荒れているが、表情、目の色は普段通りだった。

 

「ははぁ。それはまた、なんとも。大臣殿はともかく、モリーの奴は随分と偉くなったものですな」

「……ゼニアルゼにいる限りは、お主と同じくらいには偉いぞ。立場上、あいつも同盟国の武官であるからな。招いた側としては、待遇に差は付けられぬ」

「別段、私は気にしません。――ああ、いえ、シルビア様としては、あいつを私と同格扱いはしたくないかもしれませんが」

 

 なんだかんだで、シルビア王女はクッコ・ローセに甘い。王族らしからぬ馴れなれしさというか、距離の近さがあった。

 気を許した相手だからこそ、という限定的なものであるが、クッコ・ローセやメイルなどはそこをきちんとわかっている。モリーが彼女の懐に入り込むことは、おそらくないだろう、とも理解していた。

 

「ふん。――で、愚痴の続きじゃが」

「拝聴しましょう」

「結託とは言ったが、大臣の奴からモリーに接触したことをかんがみるに、主犯が大臣であることは明白。……どうやら母国主導の工作ではないようで、そこは安心したわ」

「ええ、ああ――はい。心配してたのは、そこですか」

「妊娠が確定したわらわを切り捨てるほど、バカではないとは思っていたがな。……何が起こるかわからぬのが、政治の世界と言うものよ」

 

 クッコ・ローセとしては、素直に感心するばかりである。シルビア様も色々考えてるんだなぁってくらいにしか感じないが、ここは同調して慰めておく場面だ。

 

「さぞや心労が多いことでしょう。心中、お察しします」

「……まあ、何じゃの。事はあくまで我が国の政治闘争よ。わらわも国政に関われているとはいえ、完全に牛耳るところまでは、なかなか行かんからのう」

 

 我が国、とシルビア王女は言った。

 当然のことではあるが、改めて聞くと少し寂しい――などと、クッコ・ローセは思う。それくらい、長い付き合いだった。

 

「いやいや、王子の正妃、という立場でそこまで出来れば上等では?」

「望みが過ぎると言えば、そうであろうな。……まだ急ぐな、と冷や水を浴びせられた気分よ。あの大臣が言うなら、ここはわらわが退いてやるのも、やぶさかではない」

 

 三日くらいなら待ってやってもいいと、シルビア王女は上から目線で言い放った。

 傲慢さが絵になる王女は、そう多くない。彼女は傲慢さが許される、数少ない例の一つであろうと、クッコ・ローセは思わずにいられなかった。

 

「それで納得されているなら、私から言えることはありませんな」

「いや、あるぞ。お主からは、生の情報が聞きたいのでな。――モリーに関してのことだが、今日も色々とやらかしたらしいの?」

「あいつにとっては平常運転です。今日のは若干あからさまでしたが、私が監督する中でなら、あれくらいは許してやろうと思いまして」

「……そうか。別段咎めるわけではないが、あれで普通とはのう。ま、それを含めて、再度具体的に話を聞かせてくれ。職場や戦場だけではない、生の本人のことをのう。――お主だけが知る部分などがあれば、ぜひこちらが拝聴したいくらいじゃが、どうかな?」

「……善処します。お手柔らかに」

 

 出会いから最近の出来事まで、掘り返すようにシルビア王女は追及した。別段秘していたわけではないが、積極的には語りたくない部分まで突っ込んで。

 

 いちいち話すのは気恥ずかしくもあり、時間もかかったのだが、希望の休日を一日確保してやろう――と約束してもらっては、遠慮も出来ぬ。

 話す情報の重要性など、クッコ・ローセには判断できないが、厄介な王女様に執着されたものだと、モリーに対しては同情せずにはいられなかった――。

 

 

 

 

 





 いかがでしたでしょうか。楽しんでくださったのなら、幸いです。

 シルビア王女との絡みは、次回まで持ち越しになりました。
 いざ二人が出会ったらどんな話をするのか? それはわかりません。
 きっと数日後の私が、どうにかするでしょう。

 では、また。次の投稿まで、しばらくお待ちください。


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