彼はその日、
 ――運命に出会った。

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・主人公「尾根 九里(おね きゅうり)」
 この入りだけの二次小説の主人公。ステータスはノーマルで、別に壮絶な過去は無い。
 5.5畳のマンションに一人暮らしの、大学二年生。割と背は高い方。

・藍しゃま
 アルティメット アブソリュート ファイナル フォックス ヒロイン 。







うやん

 ――なんか違う。

 

 と、思ったことはないだろうか?

 いきなり何を言ってんだと思われる方もいるかもしれないが、それはとりあえず置いておいてほしい。とにかく今は「自分が思っていたモノ、もしくは望んでいたモノと少し違って……」つまり、

 

 ――なんか違う。

 

 と、思ったことはないだろうか?

 大事なことだから二回言ったのだ。

 たとえば、こんなことはないだろうか。小さいころ、少年ならば母親なんかに「男の子なんだからなにか武道やっときなさい」と言われて町内の児童館や寺社主催の空手や剣道のチラシを持ってこられたり、学校の先生に生徒会は学校を運営をする大事な機関ですとそそのかされて候補してみるが、実際のところそんなことは殆どなく、結局は朝の朝礼の司会をやるだけだったりと……。

 そんな些細なことだけど、誰しもが思ったことはあるはずだ。そう、

 

 ――なんか違う。

 

 と。

 かくいう、現在進行形で自身を達観的に捉え、あたかも安いライトノベルのような感覚で自分の心を頭の中で文字起こしてしている俺だが、その「なんか違う」という感情に覆われ、そして「これじゃない」という主張が脳内にびんびんと響き渡っている。

 いや、ほんとにどうしてこうなった。

 まじで。

 説明書とボンド、あとこのキットがあればできるよと投げ渡された自由研究の歯車のサイズが不良品であわなかったとき。

 服屋で結構似合うじゃんと思いながら買った服が家の中で改めて見ると全然似合わなくて結局箪笥の敷布団になっていたり。

 世界の美人ランキング100位に選ばれた堀北〇希が芸人の渡〇健と結婚していたり。

 そんな漠然とした波が俺を襲ってきた。

 

 こうであるけど、こうじゃない。

 

 その元凶たる目の前の人物(妖怪)は、悶々と頭を抱える俺の耳元に口を近づけると悪戯っ子のような目で、

 

「――うやん」

 

 と呟いた。

 

 

 

 

 

 一、

 

 

 

 

 

 目覚めたかと思った。

 いや、目覚めたのだ。

 それはあくる日の春、出会いや別れのと言われる四月。俺は大学二年にして、再び中学のときにはまっていた深夜アニメというものに目覚めた。きっかけは冬に見た “五〇分の花嫁” で、ある学校に転校してきた五人姉妹の家庭教師を主人公が務めることになり、それを介して仲良くなっていくという学園アニメなのだが、青春を殆ど自己満足に費やしていたら終わっていた俺にそのアニメは再び「あー。高校に戻りてぇ」という感想を抱かせた。もちろんそんな非現実的なことは起きることなく、ただ妄想に終わるのだが、アニメに対して再び興味が出た俺は次の春アニメの録画に入ったのだ。

 そこに現れたのは、

 

 “お世話やき狐の仙子様”

 

 だ。

 ジャンルはなんか開拓でもしようとしたのか『世話やき狐娘』とかで、口癖には「存分に甘やかしてあげよう」と言っていた。正直ロリに興味がなかった俺は「まあ撮っとくか」くらいの気持ちで録画したのだが、木曜日の朝、二限目から講義が始まるまでに見た一話で俺は目覚めたのだ。

 

「世話やき好き好き狐良い!」

 

 あれは革命だ。まさに、俺の世界が覆され、十九年生きてきた偏固な思考が一新されたと豪語できるのだ!

 無神論者の俺だが、そのときばかりは俺は言葉に出して「ジーザスゴッド」と言った。意味は知らない。

 時に人は美人を「甘いものや綺麗なもの、それに香りのいい花を丁寧に混ぜて作った」という者もいるが、俺からすればこの “お世話やき狐の仙子様” はその美人を百人分超高級ミキサーに入れ、温室で365日休まず稼働させ続けたくらいの価値がある。

 十九になっても恥ずかしいが、俺は久ぶりに「ああ、アニメの中に入りたい」と持ってしまった。そういう日に限って非現実に憧れを抱いたのかいつもよりいいことをしようと人に優しくしたり、道端に落ちてる塵を拾ったりする馬鹿な自分だが、その日は違った。

 

 その日とは、仙子様最終回の日であった。

 

 木曜の朝、俺は起きるのが辛かった。

 仙子様が最終回。ああ、心が痛む。見る福祉がもう見れなくなるのだ。漫画は買ったが、やはり動いているのは格別にいい。満身創痍なりながら見た最終回は良かった。素晴らしかった。しかし心は受け付けようとしない。その日の講義の記憶はなく、ゼミの時間もぼやっとして教授に目を付けられただろう。

 大学から自転車で三分。徒歩十分もかからないくらい。今日は特別だとお稲荷さんを買った。せめて供養だと(死んでない)。

 スーパーから一人暮らしの家の途中、それはそれは重い足取りだった。

 

 明日からまた、俺は癒しの無い日々を送るのか。

 

 そんな感情が胸中を占める。

 アパートかマンションかわからないような大きさの自分の家にいつの間にか辿りついたようで、オートロックの鍵を開ける。持っていた教科書だらけのカバンがいつもより煩わしく感じて少しイラっとした。

 一階の一号室。それが俺の部屋だ。

 鍵を開け、中に入る。

 

 ――いや、入ろうとした。

 

「む、帰ってきたか。おかえり」

 

 あるはずのない声。

 誰だ、おかえりと言うならば不審者ではない? 誰だ? 母親か? 合鍵は持っているが来るならば絶対に連絡があるはずだ。じゃあ聞き間違え? テレビの付けっぱなしか?

 いくつもの疑問と理解しえない何かに伏せていた顔を上げる。

 

「……」

 

「……」

 

 柔らかそうな金色の髪。

 優しい目じりだがどこか精悍さを感じさせる黄色の瞳。

 服装はチーパオのような気もするが、改造しているのかドレスのような雰囲気になっている。

 それらよりも目立つのは、

 

 ――小さな顔半分ほどはある狐耳と、ふさふさの尻尾。

 

 尻尾……尻尾……が、九本。

 理解しようとしている頭と、もう知ったかのような心。乖離した二つは相反する意見を述べる。

 

 あれはなんだ/もうわかるだろ

 

 ああ、これはまさに一話目のようじゃないか。

 俺が憧れた画面の中の世界。絶対に辿り得ない物語のお話。うだつの上がらない人生を過ごしていた人物の下にある日一人の世話やき好きの狐様がやってくる。

 これはまさに、

 

 “お世話やき狐の仙子様”じゃないか!

 

 歓喜に声を上げようとして俺は声を発した。

 発してしまった。

 きっと深層心理に燻っていた、自分でもわからなかった本音が出たのだろう。

 

 

 

「――なんか違う」

 

 

 

 俺と彼女の初邂逅は、そんな感じだった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 勢いよく玄関から飛び出し、扉前から一歩離れた横に逸れたところに立つ。

 

「ああいや、ちょっと整理しろ。疲れてんのか、俺……」

 

 まったく。最近は暑くなってきたから頭がぼーっとしているのかもしれない。ましてやここは京都、暑さは地元よりもすごい。二年目とはいえ慣れない環境だ、熱中症にでもなったか。

 それにしても。

 先ほど見た光景(幻覚)を思い出す。

 金髪に狐耳と尻尾、中華系の服にあの胸部装甲だ。当然俺にそんな知り合いはいない。

 頬を抓るが痛い。一応夢の中ではない。

 え、じゃあ本物? ほんと? まさか来ちゃった? あの世話焼きなやつ来ちゃった? 妄想の具現化、質量化? ええ……。

 馬鹿々々しいと思いながら扉を見つめる。

 本当にこれが世話やき的なあれならば、次は扉から透けて通り抜けてくるはずだ。

 一秒、二秒、三秒と凝視する。現れない。

 

「……」

 

 は、恥ずかしい。

 やめだ、俺の妄想がここまで末期になったか。

 一歩、扉の前に踏み出そうとしてすぐに足を引いた。

 

 扉の奥から聞こえてくる空気が振動したような音。

 内側から丸い、球体のようなものに潰される鉄の扉。

 声を出す間もなく穴が開き。

 玄関だったそれは激しく吹っ飛んでいった。

 

「――ッ!?」

 

 鼻先を掠っていた扉に目をくれることなくそちらに目をやった。

 

「なにをしてるんだ? 早く入ってこればいいものを……」

 

 目の前の、容易く開かれ、壊された非現実への入り口の扉を前に、俺はなにも言えず、さすがに今回ばかりは「なんか違う」とは言えなかった。

 

 

 

 

 

 三、

 

 

 

 

 

 彼女を前に、俺は正座を決めていた。ちなみに、なんか不思議パワーで吹き飛ばされた扉は手口から出したお札によって時が戻るように修復された。

 とりあえず自己紹介をするうえで机を挟んで向かい合ったのだが、なにから切り出せばいいのかわからない。というよりも、この会話の主導は俺が握っているわけではない。すべて彼女から語られることにあり、扉を吹き飛ばしたアレを見るに俺に選択肢など残っていない。

 イエスマンだ……俺はイエスマンだ……。

 

 引っ越しのときに実家から持ってきた、九谷焼の急須で淹れられた緑茶を出される。茶葉もいいのを適当に買っておいたため、香りが気分を落ち着かせてくれる。自分の家なのに人の家のような感覚にむず痒いが、なんとなく目線で飲んでも良いと合図されたので一口戴いた。

 

「飲んだな」

 

「……」

 

 毒かっ!

 

「まあ、変なものは淹れてないが。私なりの冗句と受け取ってくれ。そこまで硬くなられても話しづらいからな」

 

 小さく笑った姿は妙に似合って、たぶん俺が見てきた小さな世界で一番可愛く美しい表情だった。

 

「んん、気になることも多いはずだ。とりあえず、自己紹介からしようか」

 

「え、ええ」

 

「私の名前は八雲藍(やくもらん)、見ての通り九尾の妖怪だ」

 

 見ての通り九尾の妖怪? ああ、ほんとだ。九尾の妖怪だ。

 もうよくわかんない感情を抑えてこちらも返す。

 

「あーっと。俺の名前は尾根九里(おねきゅうり)です」

 

 小さいころはキュウカンバーと馬鹿にされたものだ。なんか世界一栄養のない野菜とかでギネス記録されていると聞いたことがあるが、なんだ俺が中身のない奴とでも言うのか!

 

「何でも聞いてくれても良いぞ」

 

 こちらに合わせて正座をする八雲さん、藍さん、八雲藍さん?

 

「なんて呼べばいいですかね?」

 

「呼び名か。そうだな。藍、とでも言ってくれ。別に敬語もいらないぞ?」

 

「じゃあ、藍さんで。敬語は続ける方向でお願いします……」

 

「ふふ、かまわんぞ」

 

 ゆらゆら揺れる尻尾に瞳が動くが、まだ触らせてもらえるほど好感度は上がってないと思うので自重する。

 

「まあ、妖怪やら九尾やら気になることはあるんですが――」

 

 なにはともあれ、聞かなければならないことが一つ。

 

「なぜここに?」

 

 薄く笑っていた藍さんは、一層に笑みを深めて立ち上がった。

 なにかいけないことを言って、さきほどの破壊力のなにかにやられるのかと思ったのだがそんなことは一瞬の杞憂に終わって、机を中心に5.5畳の小さな部屋を回ってきた藍さんは俺の隣に膝をつく。正座をしている太ももに細い指を置くと耳元に口を近づけてきた。

 

「ふふん、()ていたぞ。きゅーりはお世話やきな狐がいいんだろう? それを知った私はちょうどいいと思ってな。せっかくなのでこちらに来たんだ。なに、ただ来ただけじゃない。私もあの画面の中の登場人物のようにお世話をすることは得意だ。これでも数百年、ぐーたらな主の面倒をみていたからな、任せてくれ」

 

 おおう。温かい息が耳に(くすぐ)ったい。なにこの存在、尊い。

 

「やっと、やっと来られたんだ。

 何年も何百年も視ていた。紫様を説得して、こちらの世界に連れてくるのではなく外の世界で一緒にいれられる」

 

 この人がなにを言っているのかわからない。

 紫様、とはぐーたらな主だろうか? それよりも重要な単語を漏らした気もするが……うむ。相変わらず太ももに乗せられた指に気を取られている。

 

「ああそういえば。こんな口癖があったな……

 

 

 

 ――うやん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、これより始まるのは「なんか違う」とぼやきながらもそれを受け入れようとする青年と、彼を献身的に支えようとする世話やき狐のお話である。

 

 

 

 

 

 




 道楽に書いた徒然短編でございます。
 藍しゃまヒロインの二次小説もっと増やせや!おおん!


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