pixivで遊戯王ZEXAL一位を頂いた作品
最終回、AパートとBパートの間の話。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3770220

ありがとうZEXAL!
私なりの全!力!のハッピーエンド解釈でヌメロンコード。
最終回を見た時は、正直矛盾とかかんけーなく、ただ遊馬の笑顔で『これでよかったんだろーな』って安心感だけはあったので。
だからたぶんきっと、私がよくわからないだけでちゃんと『正解の道』が見つかったんだろうなって思って、そんな話を書いてみました。
ヌメロンコードでハッピーエンドになったんじゃなくて、【ヌメロンコードが叶えた人の想いの連鎖が、ハッピーエンドを作った】説を提唱。
アストラルは、過去を書き換えたんじゃなくて、未来への道を作ったんじゃないかなって思います。

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希望が人の形をしてやって来る【遊戯王ZEXAL】

《ダブル・アップ・チャンス》

 

――――オレの未来を見せてやっからな!

 

ラストデュエル。遊馬は確かに示して見せた。

無限で美しい可能性の未来だ。

だからアストラルは今から、一世一代の大博打に打って出る。

 

アストラルの手の中で、ヌメロンコードが開いていく。

アストラルは叫んだ。

 

「ヌメロンコードよ、私は三つ宣言する!

 

一つ。バリアンの力を持ちこの戦いで散ったもの達の、死の直後に遡れ!

二つ。バリアンの力を持ちこの戦いで散ったもの達の、願いを具現する未来への橋を作れ!

三つ。私はその書き換えの代償に、私の一番大切なものである、『遊馬と離れずに過ごす未来』を捧げる!それでも足りず、全員の存在が消滅した場合、私はその代償に我が身の全てを捧げる!」

 

さあ。かっとビングだ、私。

 

《可能性を信じて、もう一度。》

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

prologue:遊馬の章

 

ヌメロンコードは無から有を作り出すものではない。『書き換える』ものだ。

ヌメロンコードは全能の力。あらゆる全てを書き換えることが出来る点で本来制約などない。そういう意味では、なんでも出来る。

けれども。

書き換えの元になったものは、代償に消える。

 

アストラルはヌメロンコードを手に思う。

(例えば。遊馬の誕生の重要な起点を書き換えてしまえば、結果、遊馬は生まれないだろう。)

望む未来を作る為に、他の何かを書き換えで失う可能性があった。

(遊馬を、遊馬のかっとビングを、遊馬を構成する全てを)

アストラルがもし、全てを損なわずにヌメロンコードを行使しようとするならば。ヌメロンコードの制約は、あまりにも多かった。

 

アストラルの使命は、アストラル世界の安寧。

そしてアストラルの望みは、遊馬が笑う未来であった。

遊馬の笑顔は、彼が多くの仲間を失ったままでは戻ってこないと、アストラルは知っていた。

 

「私が勝った時は、

バリアン世界を消滅させ、そして、

私に関する君の記憶も全て消去する」

 

アストラルがその二つを確実に果たせるのは、バリアン世界の消滅

正しくは『バリアン世界が最初から存在しなかったように過去を書き換える事』だった。

 

それはすなわち、七皇が人として歪みなく平和に生きた世界ということである。

故に、この戦いの全てが白紙に戻り、カイトは死なず、遊馬は目の前で仲間を失うこともない。遊馬の笑顔は還ってくるはずだとアストラルは考えた。

 

もっと言えば、遊馬の父と母が行方不明になる事実は無くなり帰ってくる。

バイロンがバリアン世界で体を失う事実は消え、復讐にⅢ、Ⅳ、Ⅴの3人が巻き込まれる事もなく、Ⅳとのデュエルで璃緒が怪我を負う事も、凌牙が陥れられる事実も無くなる。

何より、凌牙がバリアンとして覚醒する事はない。結果としてあの戦いは起こらない。

 

アストラルが遊馬に『ヌメロンコードでバリアン世界を消滅させる』と言ったのは、そういった理由だ。四角四面に当初の使命を果たそうとしたのではない。

全ての因果の起点になった過去を書き換えるのが、何よりも安全に、間違いなく、消えて行った者達を現世に蘇らせる術だったからだ。

そして遊馬の望みは、皆を生き返らせること。アストラルはそう考えた。しかし。

 

ナッシュとのラストデュエル。遊馬は叫んだのだ。

「確かにヌメロン・コードの力を使えば、この戦いで散っていった仲間を救うことが出来るかもしれねぇ……

でもアストラル、それって本当に俺たちの未来なのかな?

どんなに辛くても苦しくても、逃げ出さずに必死になって戦ってきた……

一瞬一瞬の積み重ねに俺たちの未来があるんじゃねえのか?

そんなの俺たちが戦ってつかんできた未来じゃねえ!」

 

そうして、遊馬の望みが、自身が思っていたよりも、はるかに困難である事実をアストラルに突きつける。

 

アストラルは、本当は気づいていた。

バリアン世界を無くせば、例えば確かにカイトは帰ってくる。

しかし、ハルトの病気は治らず、治療にかかりきりで家から出ないカイトと、遊馬の出会った事実は消えるだろう。

 

確かにシャークは蘇る。バリアン世界でなく、アストラル世界からの転生者という修正がされて、今度こそ妹を失うことなく生きていくだろう。

不正で糾弾される事の無かったシャークは名高いデュエリストとして、別の形で遊馬と出会うことも可能かもしれない。だがしかし。彼が友と認め合ったⅣと出会う事は無くなり、カイトと遊馬の3人で立ち向かい、勝利を収めた得難い瞬間は、永久に消え去るだろう。

 

アストラルの選んだ道は、確実な命の保証と引き換えに、多くの代償を伴う可能性を、内包していた。

アストラルは、迷った。

けれどもこのままでは、代償を伴う爆弾を内包しているのは、遊馬も同じだったからだ。

 

 

最後の最後。救えると信じていた。

ナッシュに手が、届かなかったこと。

 

それが、遊馬が別れのたびに積み上げていた、心の悲鳴のトドメだった。

『自分は結局、誰の手も掴めなかったんじゃないか?』

遊馬が自覚していない、絶望の疑心だった。

 

 

けれども、それはナッシュの側から見ればだいぶ違う。

ナッシュも、そして皆も。笑って逝った。希望を託して。

それは、死の絶望よりもずっと、救われていたということだ。

 

『皆の心に、最初から遊馬の手は届いていた。』

 

きっと、そんなふうに、皆言っただろう。

オレ達は最初からわかりあっていた。そんなふうに言ったナッシュと、皆同じように。

 

 

 

けれども、その自覚の薄い遊馬にしてみれば、とんでもなかった。

無理からぬ事だった。世界でたった一人遊馬の背中を見ることが出来ないのが他ならない遊馬だ。

遊馬が笑わなくなった影には、恐ろしい爆弾が隠れている。

もし下手な形で遊馬が自分の疑心を自覚したが最後。

心を壊しかねないほどの。

 

 

それはナッシュが、カイトが、皆が託した希望が潰えることを示す。

 

それは、遊馬の託された全ての希望が、遊馬の全てを押しつぶすことだ。

 

 

『笑う』

 

というのは、本当に難しいことなのだ。

 

 

 

(遊馬。取り戻すんだ 全てを。)

 

 

 

「弱気になっちゃってたんだ、オレ。」

 

そう言って、遊馬が穏やかに苦笑するのは、後になってからの話だ。

 

「でも、アストラルがオレの目を覚ましてくれた。

自分を疑うことは、自分を信じてくれたみんなを疑うことなんだ。」

 

 

遊馬は、乗り越えた。

 

ラストデュエル。遊馬は笑ってみせたのだ。

 

 

 

 

その安堵を、アストラルは言葉にすることができない。

(もう、大丈夫)

 

その時アストラルは、遊馬の為に、遊馬に連なる全ての人の未来を信じようと願った。

 

アストラルは決意した。

選んだ道は、過去の書き換えではなく、『未来の創造』。

バリアンの力を持ち消えた者に、未来へつながる細い道を創造する事。

 

危険な賭けだった。僅かな可能性だった。

けれどもアストラルは、それに賭けた。恐怖は無かった。

(遊馬は彼らを信じるだろう。人の、可能性を。

ならば私も、それに賭けよう。)

 

――――――「お前が世界一強いデュエリストでも、

たとえこれが1万回に1回しか勝てないデュエルでも、

このデュエルにその奇跡を起こしてみせる!」

 

遊馬の瞳が、今確かにアストラルの背中を押している。

→The Last Game.START

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

Challenge The GAME.

 

アストラルは暗い空間で一人ずつ。消えた七皇それぞれの前に立った。

「私がこの場で君に出来る事は3つ。

①望む未来を問う事

②一度だけ忠告する事

③そこへ繋がる橋を架ける事

 

制限が一つ。

全てが終わるまで、他の者の行く先を私が告げることは出来ない。

 

注意が3つ。

ひとつ。橋の行く先に、未来が存在するとは限らない。

ふたつ。君の望む未来が【存在できなかった】場合、君は永劫未来に辿り着けず闇に彷徨うことになる。

みっつ。橋は一方通行だ。心して選んでくれ。」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

アリトの章

 

尋ねられて、アリトは笑った。

「俺は俺のダチや、俺の天使たちと、また笑ったり熱くデュエル出来る未来がいいな。」

「いいのか。」

「もちろんだぜ?なんか問題あるか?」

「ある。君の言うダチや天使が、無事とは限らない。」

「あーあーあー。その場合俺って蘇れないんだっけ?

うん、でも大丈夫だぜ。あいつらならきっと大丈夫だ。」

アリトはあけっぴろげに笑って、不安など一欠片も持っていないようだった。

「なあアストラル。俺な、前世で死ぬ時『嘘つき』って言葉を聞いたんだ。

俺はてっきり、捕まった俺に言ってるんだって思い込んじまってたけど。

今思えば、あの子達が泣きながら嘘つきって言った相手は、俺じゃなくて俺を捕まえた奴のことだったんじゃないかな。

あの子達は、最後まで俺を信じて『嘘つき』って叫んでた。もしかしたら、そうだったかもしれねえ。」

そうしてアリトは、橋へと歩き出して、アストラルを振り返る。

「なあ。ヌメロンコードなんて無くても、人は信じることで世界を書き換えれるんだぜ。」

だから、あいつらは大丈夫だって、俺は信じるぜ!

アリトは熱く、太陽のような笑顔でアストラルを励まして。

そうしてまるで好きな人に花束を持っていくような軽い足取りで橋の向こうへ歩いて行った。

 

 

ミザエルの章

 

ミザエルは、問われて、ひどく悩むような顔をしながら、けれども首を一つ振って即断した。

「私は、再びカイトと合間見え、今度こそカイトの問いに応えたい。」

「いいのか。君の願いは、他の誰より、ひどく難しい。」

「解っている。」

ミザエルは苦しむように眉根を寄せて、カイトの最期を思い浮かべていた。

「けれども、私は応えたい。カイトの言葉に。そして、私が信じるのをやめてしまった人間に。

私が相対した兄弟もまた、誇り高いデュエリストだった。私は今まで、見えるはずのものが見えていなかったのかもしれない。

もう一度見てみたいのだ。人を。信に足る者とは、どういう者なのかを。

けれどもそれは、その一番最初の相手は、その全てのきっかけをくれた、カイト以外では駄目なのだ。」

そうしてミザエルは、橋へと歩き出した。

その足取りは、深刻に思い詰めているようでもあったが、けれども一方で。

初めて友人の家に呼ばれて緊張しているような、そんなふうにも取れる、たどたどしいものだった。

 

 

ギラグの章

 

ギラグは尋ねた。

「お前がオレの前に現れたって事は、アリトの前にも現れたのか?アストラル。」

「私はそれに答えるコトが許されていない。」

「なるほど答えられねえのか。信憑性上がったな。

なら決まりだ。オレはダチとまた笑える未来を望む。」

「いいのか。仮に君の言うダチが橋を渡り切れなかったら、君も辿り着くべき未来が消えて同じ末路を辿ることになる。」

「バーカ。ダチってのは一緒にいなくても相手の考えが解るからダチなんだよ。」

ギラグは、前言を撤回しなかった。

「あの筋肉バカが頭ひねって小難しい願い事なんかしてるわけないだろ。だったら素直にオレもいる未来を望んでるはずだ。

オレがあいつの居ない未来を選んだ時点で矛盾して終わったビングじゃねえか。」

そう言ってギラグは、首を一つひねる。

「だいたいなあ。ダチの望みが叶わねえ前提で生き延びようなんてのは、ダチじゃねえなあ。」

そもそもお前こそ、遊馬の望みが叶う前提でここに来たんだろ。

言われて、ぐっとアストラルは言葉に詰まった。

「私はそれに答えるコトが許されてい……るけど言いたくない。」

「ぶは、オレを化かそうなんて100年早えんだよ。」

そうしてギラグはお気に入りのテレビでも見にいくように、急ぎ足で橋を駆けて行った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

アークライト一家の章

 

『凌牙と笑い合える未来』を選択したⅣは、問うた。

「それはつまり、『凌牙が転生を選ばなかった』ら、オレは2度と帰れないってことか?」

「そうだ。」

 

『遊馬と笑っていられる未来』を選択したⅢは、尋ねた。

「それってつまり、『遊馬が笑えなかった』ら、僕は生き返れないってこと?」

「そうだ。」

 

『弟達の幸せな未来』を選択したVは、確認した。

「ふむ。それは弟達にも適用されているんだろう。ならば『弟たちの望みが叶わなかった場合』、私は現世に戻る事は不可能という事か。」

「その通りだ。」

 

それを聞いてⅢは笑った。

「大丈夫。僕はこの道を行くよ。」

「いいのか。」

「うん。大丈夫、遊馬なら。」

そう言ってⅢは、欠片も迷わずに橋へ歩いていく。

「ねえアストラル。遊馬なら大丈夫って信じてるけど、

もしも遊馬が笑えなくたって僕のやる事は同じさ。」

Ⅲは目の前にある闇を見据えて恐れない。

「僕が最後に見たのは遊馬の泣き顔だった。泣かせたのは僕だ。だったらその分笑わせに行くのも僕の役目だ。

クリス兄様は、大事な人の涙はぬぐいに行きなさいって言ってた。

トーマス兄様は、おろおろしてる暇があったら泣かせてるヤツを殴りに行けって言ってた。」

僕の兄様達は、カッコいいだろう?アストラル。

君と遊馬が取り戻してくれた僕の家族だ。そう言ってⅢは誇らしげに笑う。

「そして僕は兄様たちの自慢の弟だ。ここで怯んだら笑われる。」

そう言って、Ⅲはアストラルを振り返って言い放った。

「『闇にさまよう』?そんな闇切り倒しちゃえばいいんだ。僕は助けを待ってるお姫様じゃなくて剣を持つ騎士なんだから。

それにね、遊馬だってお姫様じゃなくてカッコいい僕の友達なんだよ。

僕はさっさとこんな闇叩き潰して、遊馬が自分の力で笑うのを見届けに行くんだ。」

またね、アストラル。

そう言ってⅢは、まるで気さくな友達に会いにいくように、こともなげに橋を渡って行った。

アストラルは思った。なるほど、この状況で『またね』と言える彼は、確かに強い人であると。

 

 

頷くとVは微笑んだ。

「私が消える間際に願っていたのは、弟の幸せだ。

ミハエルには、出来ることなら友である遊馬との未来に、送り出してやりたかった。

トーマスにも、本当であれば友である凌牙との未来を、手助けしてやりたかった。

だから私が望む未来は、『弟達の幸福』だ。」

「いいのか。先ほど君が言っていたが…」

「わかっている。私は兄だからな、弟が何を望んだかぐらいは想像がつく。そしてそれが難しい道であろうこともな。」

「それだけではない。君の望みには『弟達』の中に無意識にカイトを入れてしまっている。」

今まで冷静な対応を崩さなかったVは、そこで初めて意表を突かれた顔をした。

「…そうか。なるほど。私は月に向かったカイトの結末を知らない。

ただ、あの時間で用意できた燃料を考えると、自力での帰還の可能性は限りなく低かっただろう。

仮に他者の手で帰還できた可能性があっても、それはカイトが無事だった場合の話だ。」

なるほど困ったな。そう言ってわずかに苦笑してみせたVは、それでも穏やかに笑った。

「けれども私の願いは変わらん。私の幸福は『弟達』なくして語れないのだから。」

私の心が動く時は、何時だって弟達なんだ。

そう言って、Vは長い髪を翻らせて、まるでそこに弟達がいるように迷わぬ足取りで歩いて行った。

 

 

トロンはその半分仮面に覆われた顔でそっと微笑んだ。

「やあアストラル。僕の願いは決まっているよ。息子たちの幸せだ。」

「いいのか。その身体を取り戻すか、復讐した事実自体を消そうとは、思わないのか。」

「意地悪な質問だね。それってテンプレなの?それとも僕にだけキツかったり?」

「私はそれに答えるコトは許されていない。」

「なるほどそれはテンプレなんだね。」

くすくすとトロンは笑って、けれどもかつてのように毒のある笑い方では無かった。

そう、例えるならば、壮年の、バイロン・アークライトがそこにいた。

「僕はね、身体なんか取り戻さなくっても、もう取り戻したんだよ。

かつての心も、友情も。

何より大切だったのに犠牲にしてしまった家族もね。

君と遊馬のおかげさ。」

だから今は、あの時傷付けてしまった息子達が何より心配なんだよ。

そう言ってトロンはとても愛おしそうに目を細めた。

「そう。アストラル、君と遊馬が思い出させてくれたものが、もう一つある。

ちょっと冥土の土産に聞いて行きなよ。ん?冥土の土産って冥土に行く側があげるんだっけ?まあいいや。

それはね、息子たちの名前だよ。」

 

トロンはまるで、愛しい宝物だと言わんばかりに、甘やかにその言葉を舌に乗せた。

「ミハエルは大天使ミカエル、トーマスは聖人トマス、クリスは聖隷クリストファーからつけた。

僕は元々はクリスチャンでね。

3人とも聖書に由来する名前を僕が、何日も聖書とにらめっこして悩んでつけたんだよ。

加護があるように、願いを込めてね。

そんな大事なことまで、僕は忘れてしまっていたんだ。」

そう言って愛情深く笑った顔は、確かに三児の父親の顔だった。

 

「聖クリストファーはイエスを背負って川を歩いた聖人で、キリスト教の教えを背負う高貴さを示す聖人とされている。

だから僕は高貴であるようにと、昔から家族に、そう特によくクリスに説いたよ。

だからクリスが一番それに応えようとしていたね。」

目を細めたトロンの視界の先に、アストラルはまるで、父の教えを護ろうとするかつてのVがいるような気がした。

 

「そして大天使ミカエル。ドイツ語の場合ミハエルだね、簡単に言えば悪魔と戦う天使とされているんだ。

天の国を護る盾とも言えるし剣とも言える。

僕は生まれてくる息子に、天使の優しさと、大事な者の為に戦える強さの両方を持ってほしいと願って、この名前を付けた。

ミハエルもここぞという時は勇ましいだろう?

赤ん坊の頃はもうほんと天使のように可愛くてね。

ミハエルは天使みたいだねって言うたびに、横でトーマスが拗ねてたっけなあ。」

ふふ、と笑みをこぼした先には、おそらく幼い日の微笑ましい兄弟が見えている。

 

「でもね、僕は実のところトーマスの名前が、聖書の中では一番好きだ。ひいきになっちゃうから誰にも言った事はないんだけど。

聖トマスはね、イエスの弟子だがイエスの復活を最初一人だけ信じなくてね。

脇腹の傷…ああこれは処刑された事を示すんだけど、

それに手を入れてみるまで信じない、って言った人なんだ。これだけ聞くと酷い話のように聞こえるけれど、続きがある。

実際にイエスが現れて、本当に脇腹に手を入れさせて改心するんだけど、

その時のイエスの言葉が『見て信じるのでは無く、見なくても信じる人でありなさい』だったんだ。どういう意味か分かる?」

小首を傾げる様子は、まるで何度も幼い子供に繰り返し言い聞かせたような。

 

「これは僕の解釈になっちゃうけど、例えば友情、愛、そういう目に見えないものは触って確かめるわけに行かないだろう?

ああ、ピンと来たかい?そう、当たり。僕はこの話をトーマスに何度もした。信じる人でありなさいって、僕はトーマスにそう教えたんだ。」

 

…結局僕自身が、フェイカーとの友情を、家族の愛を信じられなくなったっていうのにね。

悔恨と共に、静かにトロンはため息をつく。

 

「でもトーマスは僕の教えたその言葉を、信じた。

なのに、僕はあの子のそんな想いを踏みにじって、信じないって言ったんだよ?

WDCのあの時だ。そうアストラル、君も聞いていただろう。

あの子が僕を心の底から裏切れない事実に胡坐をかいて、無意識に特にきつく当たっていた事に後から気付いたよ。」

 

瞑目するトロンのまぶたの裏には、過去の己と息子の姿が映っているのだろう。

苦しくて堪らないという表情と共に、言葉をようよう吐き出す。

「こんな酷い父親を、あの子は姿すら変わっても心の底で信じ続けてくれた。」

 

赦されたように、深く、深く、息をつく。

「そして、今度は敵になって姿も変わった凌牙を信じ続けて、立ち向かったね。

そんなトーマスを、クリスもミハエルも信じて、そして遊馬に全てを託して戦った。

息子たちは僕なんかよりずっと信じる意味を知ってる。

まったく、ほんとうに自慢の息子達だよ。愛している。もちろん、3人とも同じくらいね。

僕はもう、息子たちの幸せを祈らずにはいられない。祈らずには、いられないんだよ。」

 

トロンは歩み始める。

「ミハエルとクリスの話ももっとあるんだ、ああ、伝え足りないな。ミハエルが4つの時に描いてくれた絵の話とか、クリスが昔父の日にくれた贈り物の話とか、話したい事が山ほどあるんだ。けれど、そうだね。そろそろ時間だ。

続きは、そうだな、再び会うことがあったら聞いてくれないかい?」

「ああ。ぜひ聞かせてくれ。」

「ふふ。やっとテンプレじゃない言葉が聴けたね。」

そうしてトロンは、まるで愛しい家族のお茶会を楽しみに部屋を出るような、あふれる幸福を抱えた足取りで、橋の向こうへ消えて行った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

天城カイトの章

 

のちにアストラルはごちる。

「Vの注文が一番難しかった。まったく『弟達の幸福』と簡単に言ってくれたが、その実Ⅲの望みもⅣの望みも叶えた上でカイトの安全の保障をしろというのだからたまったものではない。

Ⅲの望みもⅣの望みも、僅かなズレで叶わない可能性がいくらでもあった。それでは全てが無駄になってしまう。

トロンに至っては息子全員と来た。もはや論外だ。しかも彼に関してはそれが解った上で言っているのだからもうどうしようもなかった。本当に神経を使ったんだ、少しぐらい愚痴らせてくれ。

…しかし、彼らの願いがあったから、全ては叶えられた。Ⅳはシャークを引き留め、Ⅲは遊馬の幸せを願い、Vがカイトを呼び戻し。その全てに、トロンの願いが力を貸した。

とても、とても素晴らしいことだ。それがなければ、特にカイトは帰って来れなかった。」

 

「そもそもカイトを単純に蘇らせるのは不可能だった。彼はデュエルによって吸収されたのではなく、宇宙空間でスーツが破損したことによる本当の死亡だったのだから。

カイトにだけは『橋』を架ける事が不可能だった。」

 

「だが、一つだけ抜け道があった。オービタル7が積んでいたバリアライトだ。」

 

―――――『オイラハ カイト様 ガ ハルト様の前デ 微笑マレル未来を 所望するでアリマス!』

 

「オービタル7もまた、『バリアンの力を持つもの』。そういう抜け道だ。

その願いによって、オービタル7はカイトの生命維持を残せるギリギリのエネルギーと破損状況を手に入れて現世に帰った。

ゆえにカイトは生き残り、救援の宇宙艇で仮死状態からかろうじて息を吹き返した。」

 

「Ⅲ、Ⅳ、Ⅴの3人は、本来ならヌメロンコード無しでも現世に帰れたのだ。

それを巻き込み、危険に晒してまで範囲を拡大しなければならなかったのは、カイトの帰還にオービタル7がどうしても必要だったからだ。

デュエル以外の要因の死者を蘇らせるのは不可能だった。

けれども、オービタル7が生存を願い、Vが帰還を願い、ミザエルが復帰を願ったことによって、カイトを蘇らせるのではなく命を繋ぐ道が創り出された。」

 

ミザエル、クリス、オービタル。3人の願いが、カイトの命を繋いだ。

今のカイトの命は、3人の命をかけた願いで出来ている。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ベクターの章

 

顔を伏せたベクターは告げた。

「俺は、あの馬鹿がどこまで馬鹿でいられるか見届けられる未来を望む。」

「いいのか。七皇の半数以上が君に手をかけられて死亡している。

もし誰か一人でも、死に際に君の死を願えば、君が帰れる確率は低い。

現世に戻るのを優先するならば、他の手もある。」

ベクターは肩を震わせて押し黙った。

迷うように、所在無げに視線を彷徨わせ、けれども諦めたように、呆れたように、あるいは腹をくくったように、大きくため息をつくと、答えた。

「いや、やっぱ正直に言うわ。そう、良かれと思って、だな。

俺は俺として遊馬と馬鹿やる道を選ぶ。」

「もっと低くなった。」

「いいんだよ。他の誰が望まなかろうが、あいつだけはそれを望むんだから。」

それだけは、信じる事にしたんだ。

 

そうしてベクターは結局一度もアストラルと目を合わせないまま歩き出す。

けれども、一度だけ何もない空虚を仰いで立ち止まると、ベクターは独白した。

「とんだお人好しだ。バカバカしい。

あいつなんか道連れに出来ねえ、けど、俺は結局一つ道連れにしちまったもんがある。」

おそらく、聞かせるつもりのない言葉だったのだろう。

返答を期待していない声の調子は、淡々と事実をなぞるようだった。

「俺の国には、昔くだらないおとぎ話があった。

『人が死んだ時、残される人間の胸が痛むのは、死者が置いていった者の心をちぎって枕にするからなのです。死者は寂しいから大事な人間の心を千切って持って逝くのです。』

生き残った奴らを慰める為だけのくだらねえ御伽噺さ。あなたの胸が痛いのはその人があなたを愛していたからですぅ〜ってな。

けどな、死んで気づいた。心臓があった筈の場所に、馬鹿みてえに熱持ったモンが納まってやがる。」

ベクターは胸に手を当てて呟いた。

「こいつがあれば、俺はもう別に闇の中でもいい。あの馬鹿、本当に最期まで一緒に居やがった。

けど、あいつこれが無えと、ビービーいつまでも泣いて煩ぇだろーがよ。ざまあみろだがな。

だから、仕方ねえが、こいつをあいつに返しに行ってやってもいいかと思った。」

そうしてベクターは、胸に手を当てたまま橋の向こうへ消えて行った。

ベクターの心臓に納まった、ベクターの言う『熱を持ったモン』とやらが、

本当に遊馬のちぎれた心の一部だったのか、それとも。

ベクターの中に生まれた、ベクター自身の心だったのかは、誰も知らない話だ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

神代璃緒の章

 

メラグ、いや璃緒は言った。

「ナッシュは…凌牙はどうなったの。」

「私はそれに答えるコトが許されていない。」

「そう…なら私は『凌牙と共にある未来』を選びますわ。」

「いいのか。もし彼が転生を選ばなかったら、君も闇を彷徨うことになる。」

「構いませんわ。たとえ地獄でも、共に在れるなら。」

そう言い切って、彼女は迷う事なく橋へ向かう。

「そうですわ。私が大切な相手ともう一度一緒にいられる可能性をくれた貴方に、お礼に一つ私の秘密をお伝えしましょう。

今他に差し出せるものもありませんから、話のタネ一つでご勘弁下さいな。」

そう言って彼女は一度だけ振り返った。

「『璃緒』、という字は、瑠璃(るり)や玻璃(はり)、つまり宝石を指す字。転じて、貴重で大切なものを指しています。

『大切なもの』と一『緒』にいられるように。今世でわたくしがお母様に頂いた、凌牙にも告げていない名前の由来です。」

彼女の微笑みは、氷の女と呼ばれるには随分と暖かいものであった。

「結局ね、最後の最後で捨てられなかったのよ。この名前。

だって、最後に人間の心を捨てようとしたその時に、何度も何度も呼ぶんですもの。

彼の気持ち、デュエルを通して確かに伝わってきた。

迷惑でしたわ。そして同じくらい有り難かった。

涙が溢れた時に悟ったわ。どんなに言葉は偽れても、心は偽れないの。」

私は凌牙と共に往くわ。そこが地獄でも。

けれど、できることならもう一度、この名前と生きたい。そう思わせてくれたのは、彼だったわ。

そうして今度こそ振り返らず、彼女はふわりと微笑んで最愛に会いに橋を渡って行った。

 

 

ドルべの章

 

ドルべは頷いた。

「ならば私は、『友と笑い合う未来』を望もう。」

「いいのか。もしも彼が転生を選ばなかったら、君も闇を彷徨うことになる。」

「私は信じている。そして願っているのだ、友の幸せを。

私は今度こそナッシュが、我が友が、心から望む選択が出来ることを祈っている。

私たちにはどうしてもナッシュが必要だった。けれども、だからこそ、ナッシュが決定的にバリアンとして他と道をたがえたきっかけが、私が彼の記憶を呼び覚ましたことである事実を、私は忘れてはいない。

私は、どんな茨の道も共に歩く事こそが友情だと思っていた。

けれども、もし次があるのなら、友を茨でなく幸福な道に送り出してやりたい。

彼は責任感が強いから、自責から本意でない道を選んでしまわないか心配だが…まずは友である私が、彼が幸福を掴むと信じなければ。」

そうして彼は、そこに目指すものが確かにあると確信しながら歩いて行った。

「そう、アストラル、君も。友と笑い合える未来を掴めるといいな。」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

神代凌牙の章

 

「君が最後だ。シャーク、いや、凌牙か。それとも…」

「なんだって構わない。オレはもう、凌牙を捨てて、ナッシュとして遊馬に敗れた。もう何も残っていない代わりに、もう何も背負わなくていいんだ。」

お前が地獄の案内人とは、洒落てるな、アストラル。

そう言って穏やかに笑った凌牙は、疲れ切ったようにも、清々しいようにも見えた。

「オレはこのまま消える道を選ぶ。」

「いいのか。」

「責任は誰かが取らなきゃならねえんだよ。そうしねえと、この戦いで生まれた苦しみや憎しみが行き場を失っちまう。

憎しみは新たな憎しみを生んで、俺たちみたいな奴を作り出しちまう。

ここで全ての憎しみを背負って逝く事が、オレの贖罪だ。」

「君は先ほど、もう何も背負わなくていいと言っていた。」

「これでいいんだ、アストラル。ありがとう。」

そう言って憑き物が落ちたように笑った凌牙は、やはり疲れて見えた。

「未練はねえ。最期に遊馬とも分かり合ってデュエルが出来た。あいつは泣いてやがったが、それでもオレは満足だったよ。」

「解った。けれど、最後に一つだけ、君に伝言を預かっている。」

「遊馬か?あいつの言いそうなことは解ってる、悪いがオレの気持ちは変わら…」

「『待ってるぜ、凌牙』」

それを聞いた途端、凌牙は雷に打たれたように硬直した。

目を見開き、先ほどまでの乾いた笑顔が引き攣って、口元がわななく。

「なん、で…」

「私が課したルールは、『バリアンの力を持つものの死の直後に遡り、死の直前に願った事を問い、叶える事』だった。一度バリアンの紋章の力を体に取り込んだ彼らはどうしても巻き込まねばならなかった。彼は願った。

彼の願いを私が君に伝えることは不可だが、彼が望んだ伝言として、彼が死の間際に言った最期の言葉を私が復唱する事だけならば例外的に許された。」

固有名詞のないその会話の主語が誰であるか、震える凌牙は気づいていた。

 

「…反則だろう、ここまで来て…!

ほんと、ほんと…あの野郎は嫌がらせしかしやがらねえ…ッ!」

凌牙は顔に手をついて、耐えきれないように叫んだ。

「届いていた…

届いていたさッ!

だが、応えたかったなんて、どの口が言える!?」

血を吐くような叫びだった。

Ⅳの真っ直ぐな想いは、友をその手で討った凌牙にとって劇薬だった。

「解ってた!未練が無いなんざ、嘘だ!遊馬とは最期も分かり合えてた!悔いはねえ、それは嘘じゃねえ!

だが!遊馬とも、カイトとも、本当はアイツとだって、この先何度だって、同じように…!」

「それが君の願いか?」

凌牙は押し黙って、けれども一度決壊してしまった心に耐えきれないようにうめいた。

「オレはどうしたらいい…!」

凌牙を最期に解放したのは、遊馬。

そして最期の未練になったのは、Ⅳだった。

「それに答えるコトは私には許されていない。」

テンプレートな返答しか許されていないこの場を、アストラルは無表情の下で悲しんだ。

アストラルは誰にも気付かれないよう、静かに、静かに、祈った。

――――――かっとビング、だ。シャーク。

 

 

長い長い沈黙の後、凌牙がようよう、重い口を開く。

「…オレは、自分のした事を、間違いだとは思わない。思ってはいけない。

許されるとも、許されていいとも思っていない。

オレにも、護りたいものがあったんだ。後悔なんて、しない。」

運命の天秤が、ぐらりと傾いた。

「だが、…だが、もしそれでも、願う事だけは赦されるなら、」

『------、------。』

蚊の鳴くような細い声で告げられた、望みを。

 

アストラルは、決して、聞き落とさなかった。

 

「解った。」

冷静なつもりで、どうしても歓喜が滲んだ。

シャークは、選んだ。

 

遊馬!君の願いは、叶った!

 

アストラルが架けた橋を、凌牙がふらふらと歩いていく。

これでよかったのかと、迷う足取りで。

そして迷いながらも、とうとう戻れない所まで凌牙が行き着いたのを確かに確認するや否や、アストラルは歓喜のままに声を張り上げた。

 

「シャーク!君は選んだ!光の道だ!」

驚いて振り返る凌牙に、アストラルは叫ぶ。

「君が最後の鍵だった!

君が選ばなければ、君と運命を共にする事を願った君の妹も、君の幸せを願った君の前世の友人も、君と共に在る未来を願った君の友も!

そこに連なる全てが道連れだった!」

「なっ…ッ!」

青くなって目を見開く凌牙に、アストラルは感情のままに叫んだ。

「君が帰って、彼らの望みは叶う!彼らの望みが叶えば、彼らの兄弟や友の望みも!

皆帰ってくる!遊馬は笑顔(すべて)を取り戻す!」

見開かれた凌牙の瞳が、堪えきれないように滲んだ。

凌牙を満たしたのは、泣き出したいほど確かな歓喜だった。

「シャーク!おめでとう!君は間違っていなかった!」

 

かっとビングだ、シャーク!

 

その言葉を最後に、凌牙は光の中に消えた。

アストラルの瞼に、赦されたような笑顔を残して。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

トーマス・アークライトの章

 

アストラルに問われて話を聞いたⅣは、矢継ぎ早に質問をすると、いくつかの提案を示した。

「と、こういう訳だが。イケるか、アストラル」

「可能だ。しかし、君には恐れ入る。私でも見つけられなかった抜け道を見つけるとは。」

「凌牙のやつに一泡吹かせるにはこれぐれぇ出来ねえとな。」

「だが、代償が必要だ。君の場合は…」

「眼、だろ。」

「そうだ。君が死の間際にシャークに告げた一言、その時『君の眼は見えていなかった』為に、最後の一言が伝わっていたか確認出来ず未練が残った。そういう事実をヌメロンコードを使って捏造する。

私は君達の『死の間際の未練』を叶える形を取っているから、それでシャークへの伝言が可能になるはずだ。」

「あいつのことだ、最後の最後で潔く諦めちまいそうだからな。」

「だが、本当にいいのか。下手をすれば…」

「いい。ランクアップマジック使った時から、予感はしてたんだ。

凄まじい衝撃が全身に、特に頭に来てた。だから真っ先に影響が出るとしたら眼だろうなってな。

オレの場合、この傷の時から右目は少し見えづらくなってたから余計に負担がかかるだろうって予想もあったし。」

「…完全に失明するかもしれないぞ」

「ハハ、そいつは困るな。まだ凌牙の奴にリベンジしてねえんだ。」

Ⅳはそう言ってカラリと笑っておどけてみせた。

「兄貴はな、だからオレにあのカードを渡したがらなかったのさ。知ってたよ。

でもな、それでもオレの気持ちを汲んであのカードを渡してくれた。それがどれほどの想いだったのか、解らねえほど馬鹿じゃねえさ。

凌牙に立ち向かいながら、兄貴の想いがオレの背中を押していた。だから迷いもせずに3回ランクアップなんて芸当が出来たんだ。」

Ⅳは立ち上がって、橋へと歩き出す。

「……代償がどの程度かは、私にも判らない。

もしも全ての因果がうまく絡み合えば、少し視力が落ちるだけで済む可能性はまだある。」

アストラルはⅣの背中を見送って、そう言葉を落とした。

「だといいな。」

Ⅳは振り返らぬまま、背中越しに言葉だけを寄越した。

その燃えるように紅い瞳は、今は居ない相手を火傷しそうな程に真っ直ぐ見据えている。

「だが、もしも本当に全ての視力を失っても、悔いはねえさ。

あの時届かなかったあいつの、運命の糸をブッタ切れるってんなら、安い代償だ。」

Ⅳの足が橋にかかる。Ⅳはそれまでの、強く熱く友情に満ちた真っ直ぐな表情を引っ込めて、

今度はゆがんで見えるぐらいに心底楽しそうな、ニタリとした顔で笑った。

「あいつの一番のファンはオレだからな。オレの最期のファンサービス、たっぷり受け取ってもらおうじゃねえか?」

そうしてふっと、穏やかに微笑んで、Ⅳは光の向こうに消えた。

 

そうして、Ⅳの望みは、確かに叶えられることとなる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

アストラルの章

 

アストラルはその手の中で全ての因果を、縁の糸を、

細心の注意を払ってより合わせながら、深く驚嘆していた。

 

「人の願いとは、想いとは、ここまで強い奇跡を起こすものなのか…!」

 

全てを終え、願いは絡み合った。

もしたった一人。たった一人でも、相反する願いを抱けば全てが終わりだった。

けれども誰一人憎しみに囚われること無く、彼らの願いは純粋だった。あのベクターでさえ。

『共にありたい』

それは、形は違えど彼らの全てが共通した願いだった。これを絆と呼ばずして何と呼ぶのか。

 

「奇跡を起こすのはいつであっても、人の願いなのだな。」

デュエルが奇跡を起こすのは、デュエリストならばカードに確かな願いを賭けるから。

「遊馬。君の言う通りだ。デュエルをすれば、分かり合える。」

アストラルは微笑んで独白した。

奇跡とは、人の願いがぶつかり合い、わかりあった先にある。

 

アストラルは最後の因果の糸を、慎重に、慎重に、結び終える。

アストラル世界はカオスを受け入れた。

二つの世界が融合する時人間界へ放出されるエネルギーに乗せて、人間界へ一回限りの片道切符を創る。

 

それが、七皇へ贈る未来への切符だ。

 

七皇全員は人間に転生。カイトはギリギリの所で生存を果たした事になる。遊馬の元には全てが還ってくるだろう。

代償になった、アストラルがいないことを除けば、全て。

「それも、充分すぎるほどだ。

もし誰かが橋の向こうに辿り着けなければ、私自身をエクシーズ素材に道を創るはずだったのだから。」

私もまた、彼らに救われたな。

 

そう言って、アストラルは組換えた因果を、ヌメロンコードへと戻していく。

 

「誰も同じではない。それこそが、生きている意味なのだな。

君と見た景色が、私の真実だ、遊馬。」

 

この組換えた因果が、アストラルの全てをつぎ込んだ『マスターピース』だ。

マスターピースとは、『腕によりをかけた傑作』の意である。

アストラルが遊馬へ贈る、渾身の贈り物だ。

 

 

 

「遊馬。私の半身。幸せになってくれ。」

 

 

 

けれども。アストラルは知らない。

因果の糸に、細い細い、金色の糸が一本、混ざっていることを。

金色のそれは、そう、例えるならNo.39希望皇ホープの色だ。

 

アストラルは、知らない。

Ⅲはアストラルにまたねと言った。

トロンは再会の約束を告げた。

アリトは強い言葉でアストラルを励ました。

璃緒は他ならぬアストラルへ秘密を手向けた。

ドルべは友と笑い合う未来をとアストラルへ言祝ぎを贈った。

 

アストラルが橋を作り、彼らを望む未来へ送り出すたびに、

彼らがアストラルへ向けた感謝と祈りが、小さな小さな糸となって

アストラルの手をすり抜けて、因果の糸へ絡んだことを、アストラルは知らない。

 

そう。そしてそれが、遊馬とアストラルの再会を導く、確かな縁の糸になっていく。

 

凌牙は笑った。

――――――「いつまでしょぼくれていやがる。さぁ、いくぞ!!」

カイトは細めた瞳に柔らかな色を乗せた。

――――――「アストラル世界に、新たな危機が迫っている。」

集まった仲間たち。遊馬の前で、誰もが笑って一つの未来を見ていた。

 

そう。

遠くない未来

凌牙、カイト、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、トロン、アリト、ミザエル、ギラグ、ドルべ、璃緒、そしてベクター。

その金色の縁を結んだ、全ての者が手を取り合って、

他ならぬ遊馬を連れて、アストラル世界にやってくるのだ。

 

金色の糸の名は、希望。

 

彼らの前に、

希望の形をして、アストラルが現れたように。

 

――――――かっとビングだ!オレ!

 

アストラルの希望が

人の形をしてやって来る。

 

 

 

Episode of Double-up-chance (もう一度生まれた可能性の話)

yu-gi-oh ZEXAL forever!

 

 



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