戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
原作6話~7話の間の話です。
キャラ紹介にアーク・エルピスの解説を追加しました。
全てのシーンが長くなったので次回と分割しています
キャロル・マールス・ディーンハイムとの決戦から、およそ5日。
“世界の分解”の脅威は去ったかに思えたが、S.O.N.G.本部内司令室の空気は平和とは程遠い緊張感に包まれていた。
司令室に集まった響たちの前で、弦十郎が重々しく口を開く。
「錬金術師キャロルは斃れた。だが」
「日本各地に、残党であるオートスコアラーらしき姿が複数回確認されています」
慎次の報告と共にモニターに映される、惨劇の爪痕。
この5日間、アルカ・ノイズによる襲撃こそ止んでいる。だがその代わりに報告に上がったのは別の脅威だった。
急行した現場に、最早命は残されていない。
こちらと正面から激突する意思を見せず、ただ効率的に命を刈り取っていくその手口。つい2日前目にした現場の光景を思い返し、響の胸に苦いものが広がる。
「ミカ以外の三機には、動力源である想い出の収集機能が搭載されています。
主亡き今も命令を全うすべく、動力を確保するためかと」
「キャロルちゃん……一体、何をしようと」
あの決戦の前に、彼女は何を命じていたのか。
世界を分解するための行動であることに間違いはないだろう。だがそれ以外、響はキャロルについて何も知らなかった。
掌を見つめる。
届かなかった小さな手。彼女がなぜ世界を分解せんと動いていたのか、なぜ奇跡を憎んでいたのか。それを知る術はもうない。
それでも、あの時。強引にでも手を取れていれば、あるいは────。
悔いは、消えない。
「未だ錬金術師の蠢動は終わっていない。そして目下、危急の課題は……」
「ブラッドスターク、そして奴が首魁であるファウストの動向ですね」
翼の言葉に頷く一同。
あの発言から今まで、ファウストによる具体的な侵攻は確認されていない。
キャロルのように世界を敵に回す訳ではなく、彼らの牙はあくまでS.O.N.G.という組織、あるいは装者にのみ向けられているのか。
未だ動きがない以上、こちらは推察を重ねることしかできない。
「あのタイミングで宣戦を布告した理由が気がかりね。恐らくは例の“プロジェクトリビルド”に関わっているのでしょうけど」
腕を組み、険しい表情で指摘するマリア。
キャロルが斃れたのを見計らったかのようにスタークは現れた。それはつまり、正面から彼女と矛を交える気はなかったということだ。
だが、不可解な点はある。
イグナイトモジュールでキャロルを打倒したのはあくまで結果論。ダインスレイフなら彼女に対抗できるとそう確信していたのかもしれないが、どこか博打のように感じられる。
不確定要素頼りというのは彼らしくない印象だ。
そんな中、「とにかく」とクリスが手を叩いた。
「野郎がキャロルにビビってたってのは、どうやらシロみたいだな」
「キャロルに勝ったイグナイトモジュールなら、スタークだってバラバラにできるはず」
「次会った時が年貢の納め時デスッ!」
力強く宣言した切歌に呆れた視線を向けるクリス。だが考えが離れている訳でもないようで、その口角が僅かに上がっていた。
調と切歌の言う通りでもあった。キャロルに対抗して見せた今の響たちなら、彼に打ち勝つことだって不可能ではないはずだ。
スタークについての議論が一区切りつけば、議題は当然、突如空を覆ったあの“方舟”へと移っていく。
「奴の根城……アーク・エルピスについて、解析の結果はどうなっている?」
「科学分析にはあまり進展がありません。存在規模が大きすぎて、全長や材質以外の数値の測定には時間がかかりそうです。
ただ……周辺区域のスキャンに何らかのジャミングがかけられていたということだけは、何とか」
「ボクの方では、あの要塞に若干の錬金術的アプローチが施されていることが判明しました。
恐らく認識阻害の類のものだと思われます」
「科学と魔術の坩堝……それがあの弩級の一端か」
朔也とエルフナインの報告を受け、弦十郎が僅かに唸りを上げる。
アーク・エルピス。翼に訊いたところによれば、“希望の方舟”という意味を持つという。
どうやら何かしらの絡繰があるようだが、難しい理論の応酬を受けた響は概要を飲みこむだけに留まった。
「少なくとも」
突然、立ち上がったフィーネが声を上げた。
超然とした声が周囲の視線を集めたことを確認すると、彼女は徐に口を開く。
「あれの原型は“
静かに、しかし有無を言わせぬ声色で言い切ったフィーネに、僅かな騒めきが室内に広がる。
フロンティア。消え入るような呟きが落ちる。
目を伏せ、握った左手を見つめる声の主────マリア。その拳の僅かな震えが示す重みを推し量ることはできない。
だが彼女に視線が集まらないようにするくらいはと、響はフィーネに向かって問いかけた。
「了子さん。確か、フロンティアの瓦礫って……」
「ナスターシャの提供データに基づきサルベージを行ったけれど、引き上げられた残骸は周辺部のものに留まっている」
「道理で、どれだけ探しても閑古鳥が騒いでた訳だ」
「肝要なのは“動力源”。船体そのものではない」
両手を頭の後ろで組んだクリスを一瞥し、フィーネが続ける。
フロンティアについては、度々本部でも上がっていた話題だった。
旧二課はフロンティア事変終息後、徹底した残骸改修作業を行ってきた。だが肝心の中心区画、中枢機能を有するエリアだけは一向に見つかることはなかった。
ネフィリム諸共バビロニアの宝物庫で蒸発した。そう結論づけられかけていた存在が、最悪の形で姿を見せたことになる。
いつしか調子を取り戻していたマリア。彼女の様子を確認したあおいが声をかけた。
「確か、フロンティアでは船体の動力にネフィリムの心臓を用いていたんですよね?」
「ええ。それを通して、ドクターが指示を送っていた」
「でも、心臓はわたしたちが壊したはず」
「そうデスとも。ドクターだって、あんなデカブツはもう動かせないはずデス」
「機能を再起動させ、航行まで成し遂げられるほどのジェネレーターをファウストは保有している。
そう考えるのが道理でしょう。だから“動力源”と云ったのよ」
フィーネの指摘に反論の余地はなかった。
ファウストがS.O.N.G.の把握していない未知の聖遺物を動力として用いている可能性。これを前提とし、以降は議論を進めるという方向で意見は一致した。
各国の諜報機関と連携し、盗難に遭った聖遺物の有無を至急調査。ひとまずの方針が固まり、ミーティングは終了した。
「LiNKERの投与なしで連戦。けれど負担は寧ろ小さすぎるくらいね。やはり、銀の左腕の……」
「そ、そうなのね」
メディカルルーム。
精密機械が規則正しく刻む電子音だけが聞こえるこの部屋で、診察台に腰を下ろしたマリアは自身のバイタルデータを見つめていた。
正面に座るのはフィーネ。マリアのメディカルチェックの担当者であり、手慣れた動作で淡々と診断結果を述べている。
「最低でもあと3日は安静にしていなさい」
「承知したわ。ありがとう、フィ……フィーネ」
「…………」
短く応じ、視線を泳がせるマリア。
LiNKERを介さない戦闘を短期間に二度も敢行した彼女だが、流石に負荷は無視できないものとなっていた。
つい二日前まで絶対安静を言い渡されていたほどだ。弦十郎に叱責と謝罪を同時に言い渡されたのが記憶に新しい。
────などと。
つらつら経緯を回想してみたものの、マリアの内心は凪とは程遠い。
むしろ、訪れている最大の危機は今まさに猛威を振るっているところだった。
(誰か来てッ! この人と二人きりはイヤ! 合わせる顔がないものッ)
何せ、死んだと思っていた目の前の相手を気取っていたのが今までのマリアなのだから。
そんな相手が自らの主治医として立っている。
とても落ち着いてなどいられない。
なんとか落ち着こうと胸を撫で下ろすも、一度“その方向”に向かった思考はそう易々とは曲げられない。
むしろ。
────わたしたちはフィーネッ!
(あああああああッ!!)
忘れるよう意識すればするほど、鮮明にあの記憶が思い起こされていく。
叫びたくなる衝動を抑え、頭を抱えるマリア。頭を振って忘れようとしていると、頭上から冷たい声がかけられた。
「娘」
「な、何かしらッ!?」
勢いよく顔を上げれば、温度のない瞳でこちらを見下ろすフィーネの顔があった。
細められた紫水晶の瞳はマリアを、そしてその内面すらも映しているようだ。
室内の電子音を覆い隠すほどに暴れる心臓。じわりと冷や汗が背を伝う中、ようやく彼女の口が開かれた。
「その────」
「マリアーッ」
「様子を見にきちゃった」
「ボ、ボクも失礼します!」
「調ッ! 切歌ッ! エルフナインッ!」
その横槍は、まさに救世主の如く。
賑やかな声の方向に勢いよく顔を向けると、最愛の妹分たちと、山のような資料を抱えたエルフナインの姿があった。
彼女たちの登場により、ようやくマリアの顔に笑顔が誇り咲く。
「身体は大丈夫なの?」
「ええ。しばらく安静は必要だけどね」
努めて凛々しい表情を取り繕いながら、調の心配を受け止めるマリア。
まあ、何もかもをさらけ出した今、彼女たち相手に体裁も何もあったものではないのだが。
すでにフィーネは興味を失ったように背を向け、エルフナインから受け取った資料に目を通していた。
嵐は去った。そう一息ついていると、思い出したように調が口を開いた。
「そういえば、エルフナインがマリアに用があるんだって」
「エルフナインが?」
「は、はい。調さんと切歌さんにも、ボクとフィーネさんから提案があります」
「提案、デスか?」
首を傾げる切歌。エルフナインはその疑問に頷きで返すと、卓上の資料をマリアたちへと手渡した。
紙面の文字を追う中、三人はほぼ同時に驚愕の声を上げる。
そこに印刷されていた文字列は────LiNKER。
「以前マリアさんにはお伝えしましたが……LiNKERの完成を手繰り寄せる、最後のピースを埋めるかもしれない方法が見つかりました」
「本当デスかッ!?」
「人体実験が認可されていない現状、あくまで“理論上”という枕がつくと覚えなさい」
身を乗り出した切歌を手で制しながら、フィーネとエルフナインによる資料の説明が始まった。
現状、LiNKERの改良において明らかとなっていない部分は一つ。その空白は、同時に最大のブラックボックスでもあるという。
LiNKERがシンフォギアを装者の脳のどの部分に接続し、負荷抑制を行っているのか────。
Model-Kとは違う理論で改良されたものである以上、オリジナルの発案者であるフィーネをもってしてもその解析は容易なことではなかった。
だが、今それを持ち出したということは。
こめかみに指を当てながら、調はエルフナインに問いかけた。
「それが、どの部分に繋がっているのかが分かった……ってこと?」
「いえ、残念ながらそれはまだ……。ですが、それを分析する手立てがあります」
エルフナインに目配せされたフィーネが嘆息しつつ、手元のタブレットを操作。
差し出された画面を覗き見る。そこに映っていたのは他でもない、マリア自身の姿だった。
アガートラームを纏った彼女、対するは両手を広げるマッドローグ。画面の中の彼は何か叫んでいる様子だが、不要な情報と切り捨てる。
どうやら先の戦闘記録のようだ。じっとその映像を確認していた一同だったが、やがてその
「わたし……
ダガーを振るいウェルと打ち合うマリア、その身体が────淡い光に包まれている。
あの時は彼への対処と人々を救うことに必死だったが、まさか光りながら歌っていたとは。
マリアの胸に、何とも言えない妙な感情が湧き上がる。
「“エネルギーベクトルの制御”、それがアガートラームの特性。
ガングニール着装時には見られないこの発光現象は、その発露と考えられる」
「脳とシンフォギアを行き来する電気信号が可視化。そればかりか、ギアからの負荷も緩和したのではないかと推論します」
つい先ほどのフィーネの呟きに合点がいく。
確かに、かつてセレナも暴走するネフィリムを絶唱で基底状態へと回帰させていた。無意識にその特性が発現していたということか。
「ああ……負荷が小さいというのは、そういうこと?」
「…………」
「……えっ、えッ!?」
不意に、肌を刺すような冷たい視線に肩を強張らせるマリア。
恐る恐る顔を上げれば、フィーネが静かにこちらを見下ろしていた。僅か一秒────いや、ほんの数瞬だ。
彼女は何も語らず、やがてその眼差しを外す。
あの沈黙と視線は肯定、なのか。
突然の相対、そしてその終わりに息を吐いて意識を戻せば、すでにエルフナインによる総括が行われている最中だった。
「えっと、つまり。マリアの頭の、その……電気信号? を調べれば……」
「LiNKERが完成するということデスか?」
「はい。……ついてきてください」
エルフナインの言葉に導かれ、メディカルルームの奥へと足を進めた一同。
扉の向こう、本来なら予備のベッドが積まれているはずの部屋。そこに鎮座していたのは、異様な存在感を放つ大型の装置だった。
中央に何らかのコンソールを備え、その左右には棺桶を連想させる寝台が一対連結されている。
無機質な質感と周囲を這うケーブルからなるその装置は医療器具というより、何らかの“祭壇”のように感じられた。
コンソールを前に、エルフナインが事の経緯を話し出した。
「実は以前……」
以前、立花響がミカ・ジャウカーンの強襲を受けた際のこと。
混迷を極めた本部に、秘匿通信より“ダイレクトフィードバックシステム”の設計データが送付されたという。送り主は不明、目的も同様。
かつてフロンティア事変にて、小日向未来をシンフォギア装者に仕立て上げるために使用されたシステムの提供に、当然本部は警戒を強めた。
話を聞くうち、調の首がみるみるうちに傾げていく。切歌も同様だ。
思うところはマリアも同じ。三人を代表して疑念をぶつけたのは調だった。
「そんな得体の知れないもの、作って大丈夫なの?」
「設計図に目を通したけれど、不審な点は見当たらなかった。
ああ、風鳴弦十郎の認可も得ているわ」
「設計図記載の装置を錬金技術を応用し再現したものが、こちら……電界顕微観測鏡【
「ベア……なんデスと?」
「ベアトリーチェ、です」
当然というべきか、流石にチェックは綿密に行っていたらしい。
未だ送り主については捜索中だが、特定するのは望み薄とのこと。ひとまずそれは横に置いて、マリアはエルフナインの言葉に耳を傾けた。
「対象の意識に電気信号化した他者の意識を割り込ませることで、観測を行います」
「じゃあ、それがあれば頭の中を覗けるってこと?」
「理論上は。ですが……」
と、不意にエルフナインが言葉を濁し、視線を落とした。その面持ちに怪訝な表情を浮かべる調。
彼女の口から語られたのは、この方法が孕む致命的なデメリットの存在だった。
ヒトの脳内は、意識が複雑に入り組んだ迷宮だという。
そんな場所に剥き出しの意識をダイブさせるのだ。最悪の場合は観測者ごと被験者の意識が溶け合い、双方が廃人となる恐れがある。
そこまで語り眉を下げるエルフナインに、言葉を失う調と切歌。
まさにハイリスクハイリターン。こうして提案をしている以上一か八かではないのだろうが、たたらを踏むのも納得できた。
マリアの答えは決まっていた。
「やるわ。ようやくLiNKER完成の目途が立ちそうなのに、逃す理由はないでしょう」
やはりというべきか、即断したマリアに調と切歌が食って掛かった。
「でも危険すぎる!」
「やけっぱちのマリアデス!」
「あなたたちがそれを言う!?」
Model-Kを用いて無断で出撃した二人の無茶、覚えがないとは言わせない。
どうやら図星だったようだ。腰に手を当てたマリアに言葉を詰まらせる二人だったが、その瞳から心配の色は消えることはなかった。
マリアは僅かに頬を緩め、すぐに引き締め直す。
危険が及ぶのは観測者たるエルフナインも同じはず。それでもこの提案を持ちかけたということは、相応の覚悟があるということ。
「外部よりバイタル管理を私が行い、万一の際の強制離脱を敢行すればリスクは最小限に抑えられる。
30%の成功率を35%にする程度だけれど」
「キャロルは止められましたが、未だその命を受けたオートスコアラーは健在です。
なら、ボクはそれを止めなければいけません」
外部よりフィーネが、内部よりエルフナインが。
二名の専門家が内外同時に観測し、リスクを抑える算段。
現状取れる最大のバックアップ体制だが、依然としてリスクは健在だ。
それでもこちらを見上げる彼女────贖罪と使命に満ちたエルフナインの瞳を見れば、マリアに断る選択肢など初めから存在しなかった。
「ボクと一緒に戦ってください、マリアさん!」
「S2区域に敵性反応! 種別は……スマッシュですッ!」
「仕掛けてきたかッ!」
けたたましい警報が本部を駆け巡る。
パトライトが壁面を赤く染める、即ち緊急事態。司令室に駆けこんだ響たちに報告されたのは、ついに行動を始めたファウストの侵攻情報だった。
現場の監視カメラ映像が捉えた、市街地の中央を隊列を成して行進するスマッシュの軍勢。そして、最前列で悠々と歩みを進める白衣の男はウェル博士。
だが彼よりも一同の目を引き寄せたのは、その隣に立つ見慣れぬ影だった。
「なんだよあの格好」
「姿形は、ブラッドスタークやナイトローグのそれと近しいようだが……」
全身を黒いスーツで覆い、左半身にのみ青い“歯車”が張り付いた奇妙な姿。
見覚えのないその存在に警戒を強める。このタイミングで投入された新戦力など、どう見繕っても強敵だろう。
だが今は、その影に対して意見を交わす暇はない。
目立った攻撃行動こそ見せていないが、奴らが一歩地面を踏みしめるごとに人々の日常は踏みにじられていくのだ。
「とにかく向かわないとッ!」
「うむ。響くん、翼、クリスくんの三名は急ぎ出撃準備! 5分後作戦を開始するッ!」
「「「了解ッ!」」」
シンフォギアを着装したクリス、響、翼。
装者輸送用ヘリから降下し現着した三人を出迎えたのは、スマッシュを従えた白衣の男の慇懃無礼な一礼だった。
「ウェルッ!」
「お待ちしていましたよ、信号機担当のお三方」
「し、信号機?」
「馬鹿、適当言ってるだけだ」
眼鏡のブリッジを押し上げながら、ウェルはにたにたと笑った。
神経を逆撫でするその態度には舌打ちの一つ零したくなるが、それでは奴の思う壺。クリスは努めて冷静にクロスボウの照準を彼へと合わせる。
なおも笑い続けるウェル、だが装者たちの警戒は、彼よりもその隣に佇む“彼”に注がれていた。
左半身に青い歯車を纏わせたその影は微動だにしない。
バイザーの奥から覗く視線からは、生物としての熱を一切感じなかった。
「新顔がいるようだが」
「彼はカイザー、首領の忠犬です。ですが、より“忠”実なのは僕だということを勘違いしないように」
カイザー。皇帝の名を冠しているのは、帝すら従えるスタークの権威を表しているのか。
聞き覚えのないその識別名から察するに、やはりファウストの新たな戦力と見て────いや。
黒い蒸気と共に、その手に武骨な銃剣が出現する。その形状はスターク愛用の狙撃銃と同じもの。だが得物を手にしたカイザーの姿を見て、クリスの脳裏で火花が散った。
それは同じ狙撃手としての勘だった。
スタークの忠犬。銃剣。狙撃。
つまり。
「あいつまさか、例のスナイパーかよッ!?」
「ああ……そこの立花響を狙撃したり、
“彼”なのか“彼女”なのか、定かではありませんがね」
なるほど、つまり奴とも長い付き合いという訳だ。
愉快げに肩を揺らすウェルだが、カイザーは響や調、マリアに牙を剥いた敵。
むしろ的が絞れてやりやすいと、クリスは獰猛に笑う。
その余裕を嘲笑うかのように前に出たウェル。その腰にはいつしか臙脂色のバックル────エボルドライバーが巻かれていた。
両手に握った赤と紫の小瓶を振り、迷いのない動作でドライバーへと装填する。
勢いよくレバーを回転させるにつれて、ドライバーから奇怪に折れ曲がったガラス状の管が展開され、彼の姿を覆っていく。
管の内部を赤と紫の液体が満たしていき、発せられる淡い光が辛うじて見えるウェルの眼鏡を乱反射させる。
その奥に覗く狂気の瞳を血走らせ、彼は叫んだ。
爆縮するガラス管。放たれた紫の波動と光が大気を震わせ、クリスは思わず目を眇める。
光が収まった戦場へ目を向ければ、ウェルの姿は鎧を纏った白い悪魔────マッドローグへと変貌していた。
「さあスマッシュッ! 僕の指示に従えッ!」
彼が右手を軽く振れば、背後に控えていたスマッシュたちが一斉に前に出る。
この瞬間まで市街や民間人に被害は出していない。つまり狙いはクリスたちシンフォギア装者ということになるだろう。
なら話は早い。向こうから来るのなら、その上から叩き伏せるだけの話だ。
先陣を切ったのは、金属板を幾重にも折り重ねたような体躯の個体。
走るだけで足跡が陥没ほどの超質量。まともに受ければひとたまりもない、どころでは済まないだろう。
しかしそんなことは、隣に立つ
「翼さん、クリスちゃん! スマッシュはわたしがッ!」
「託したぞ立花ッ!」
横から飛び出た響。迷いも曇りもない拳が、一直線に巨体へと吸い込まれる。
金属が拉げる音が響いたと思えば、スマッシュの身体は紙屑のように吹き飛んだ、後方の軍勢を巻き込んで、火花と粉塵を撒き散らしながら着弾。
今の彼女なら何も心配はいらないだろう。その群れへと飛び込んでいく響の背を見送り、クリスは小さく頷いた。
「我らは本命だ。共に翔けるぞ、雪音」
『標的、SG-01及びSG-02。迎撃を開始します』
「ハッ……ちゃんとほざけるじゃねえかッ!」
視線の先に佇むマッドローグとカイザー。
二人の姿を鋭く見据え、クロスボウの銃爪を限界まで引き絞るクリス、同時、激しいビートが戦場に刻まれ始めた。
「鉛玉の大バーゲンッ!」
紅蓮の光を放つ、無数の矢弾がカイザーへと殺到。
その弾幕は地獄の業火の如く。だが対するカイザーは動じていない。
地面を蹴り、重力を無視した機動で後退しながら、手にした狙撃銃のスコープを除いた。
三発。撃ち出される青い弾丸。
闇雲に撃ち返すのではない。
回避してなお飛来するもののみを的確に撃ち落とす算段か。
ならば、それ前提で戦術を組み立てるのみ。
眉間に迫った青い弾丸。首を傾け回避。横に倒れていく勢いそのまま、クリスは戦場を縦横無尽に駆け始めた。
留まれば精密射撃の的になるだけ、取るのは全方位からの掃射。
撃ち合いなら望むところだ。
硝煙立ち込める戦場で、狂乱のロデオが幕を開ける。
「ウェル博士ッ!」
「止してくださいよォ!」
一方、弾幕に紛れて疾走し、マッドローグに肉薄する翼。
踏み込みと共に下ろされた太刀の一振りは難なく受け止められる。
恐らくマリアとの戦闘でも確認された、自動迎撃システムによるもの。厄介な代物だ。
短剣と太刀。火花を散らす鍔迫り合いの中、マッドローグは仮面越しに翼を嘲笑った。
「僕は何も、貴女たちと事を荒立てに来たわけじゃないんですから」
「言うに事欠いてッ! 何故市井を脅かすッ!?」
「首領の命あらば何処へでも赴き、何だってするのが僕の心意気ッ!
“カイザーをお披露目せよ”とのご用命ならば、遂行以外の選択肢を選ぶ気はないのさッ」
「目的は此方への圧力か……ならばッ!」
狂った論理を振りかざすマッドローグ、強引に翼を弾き飛ばす。
が、それは算段の内。彼女はその勢いそのまま空中で転換。両手に握った太刀を投擲する。
瞬く間に巨大な諸刃へと変じた自らの得物。
翼は着地と同時、諸刃の柄を一気呵成に蹴りこんだ。
到来するは巨大な逆鱗。
マッドローグのシステムはこの一撃を認識し、迎撃すべくスチームブレードを構えるが────。
「つれないですね」
当然、質量が違う。
激突の瞬間、衝撃にマッドローグの身体が吹き飛んでいく。ダメージはないようだが、今はこれで十分だ。
小さくなっていく彼の姿を確認した翼は太刀を回収し、後方の戦場へと視線を向けた。
「世の中へと文句を垂れたけりゃ、的から卒業しな」
熾烈なダンスは続いている。
弾幕を潜り抜け、その銃口を互いの眉間に向け合いながら演じる極限の撃ち合い。
未だ有効打には至っていないが、この均衡もここまでだ。
『……ッ!?』
煌いた青き流星が、カイザーの元へと着弾。
咄嗟に銃剣でそれを防ぐ彼だったが、その程度で
「神様仏様━━━━あ・た・し・様ッ! が許せねえってんだッ……!」
爆発から飛び出た人影は
カイザーの足をその場に縫い付けるような、風鳴翼の鋭い一閃。カイザーは迫る斬撃を避けて、弾く。こちらに意識こそ向けているものの、強制的に近接戦闘へと引きずり込まれていく。
翼の猛攻が生んだ隙。それを見逃すクリスではない。
「傷ごとエグって涙を誤魔化して、生きた背中でもッ!」
咆哮のような歌声と共に、クリスは機関銃へと変形させたアームドギアを乱射。
高速回転を始めた銃身で叩きこむのは、横殴りに土砂降る鉛玉だ。
カイザーは間一髪のところで被弾を回避するも、その先にあるのは抜き身の刃。
銃弾を躱しながら、同時に斬撃にも対処する。
翼なら対応してくれると信じているからこその弾幕。
絶妙なコンビネーションが織り成す銃剣の突撃が、正確無比なカイザーの動きに僅かな淀みを生み出し始めた。
「剣の間合いには、脆いようだなッ!」
確信を得た翼の剣が、ついにその鎧を袈裟懸けに切り裂いた。甲高い金属音が響き、太刀筋に従って火花が散る。
急ぎ後退を試みたカイザーだが、それは通さない。
クリスの狙撃が足元に着弾。退路を断たれたカイザー目がけて、翼の追撃が振り抜かれる。
カイザーの鎧を袈裟懸けに切り裂いた翼が得物を大剣へと変形。柄を持ち替え、逆袈裟に斬撃を放つ。
同時、脚部の鎧から生成した小太刀を抜刀。蒼雷を帯びた十字の斬撃が振り抜かれた。
剣を逆袈裟に抜くと同時、脚部の装甲より小太刀を生成。
放たれた十字の斬撃が、蒼雷を帯びて軌跡を描く。
爆炎を眼下に、【蒼刃罰光斬】を跳躍で回避したカイザー。
取り戻した冷徹な視線が翼を射抜く。銃口が一分のズレなく彼女の眉間を捉えた、その瞬間。
「勝機を逃したな」
『え……!?』
「繋いだ手だけが紡いだ━━━━」
翼の動きはあくまで陽動、この時のための布石。
未だロデオは終わっていない。
クリスの背後で、一対のミサイルがその噴射口を赫く輝かせていた。
「━━━━笑顔達を守る強さを、
教えろぉぉぉッ!!」
狙撃手の意識が翼に向いた、文字通りの死角。
発射したミサイルは既にカイザーの元へ放たれている。無防備な空中、今から迎撃する余裕などない。
一対のミサイルは吸い込まれるように突撃し、カイザーの身体を炎で包み────。
直前、
電子音が響いたと思えば、広がっていたこの光景。
奴は何をした?
タイミングは完璧だった。この戦いで見せた奴の反応速度と身体能力であれば、反撃など叶わなかったはず。
だが、その想定を何よりも裏切るのが視界に映る現実だ。
いつしかカイザーの身体は黒い蒸気に包まれていた。奴が着地してから一拍遅れて、切断されたMEGA DETH FUGAが紅蓮の花火を上げる。
「こいつッ……!?」
爆炎を背に佇む影に、クリスは思わず息を呑む。
同時、カイザーの身体を覆う蒸気が、機械音と共に弾け飛んだ。
「
青い歯車は弾け飛び、消失。代わりに
その左手には、逆手に握られたスチームブレード。奴はあの一瞬のうちに銃剣を分離させ、振るった短剣でミサイルを両断したというのか。
「癪だが、強さは一級品か……やり辛い忠犬だ」
高層ビルの屋上。
視界センサーの倍率を調整しながら、胡坐をかいたマッドローグがそう呟く最中。
赤から青へ。
静から動へ。
左から右へ。
その形を“反転”させたカイザーが────装者に、牙を剥く。
次回「メモリーが語りはじめる」
フィーネが生きてたりした理由もあって、4期の展開の先取りです。
マリアさんはこのイベントをこなさないとただのやさしいマリアのままなのでねじ込みましたが、この部分は原作とほぼ同じ展開なので次回のマリアパートはダイジェストです