仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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【旧】2章 県大会編
1話 憤怒


 咲との対局から更に数日がすぎ、いよいよ県大会予選の日がやってきた。まだ各々の課題が完全に片付いた訳ではないが、それでも彼女達は努力した。やれることは全てやったのである。

 

「さぁ、いくわよ! 私達のチカラ、存分に見せ付けてやりましょう!」

『はい!』

 

 青空の下に響く久の号令と、それに続く部員の威勢の良い返事。ここに、清澄高校のインターハイが開幕したのである。

 

 

―――

 

 

 県予選の会場に入り、清澄麻雀部一同がまず感じたことは、人が多いということであった。もっとも、学校数が少なめとはいえ、それでも60校近くが対局を行うのである。必然人が多くなるのは仕方のないことでもあった。

 

「……あれ? 咲ちゃんがいないじょー」

「え……」

 

 優希が気付いた、先鋒・宮永咲の不在。慌てて他の者も周囲を見回すが、既に見える範囲に咲の姿は見えなかった。

 

「あちゃー、はぐれたかぁ……普段の咲ちゃんは相変わらずどこか抜けてるわね……」

「咲は携帯を持っちょらんからのぅ……」

「……私が探してきます」

「じゃあ頼むわね。まぁまだ開会式まで時間もあるし、大丈夫だとは思うけど」

 

 麻子は自ら名乗り出て、咲を捜索することにした。実はこれにはそれなりの訳がある。異能者同士惹かれあうのかどうかは不明ではあるが、過去に同じような咲の迷子があった際、決まって見つけるのは麻子だった。それがしばらく続いた結果、探すなら麻子一人でも問題ないのではないか、という結論に至ったのである。麻子自身、便利屋扱いされている感じもなくはなかったが、実際最速で見つけられるのが毎度麻子であることが事実であったため、特に反対をする気もなかった。

 

「……宮永さん」

「あっ、麻子ちゃん! よかったぁ……!」

 

 しばらくして対象を見つけた麻子は、呆れ気味な表情を隠そうともしなかった。反面咲は涙目になりながらも、迷子状態から解放されることから笑顔になっていた。これは事情を知る者からすれば、最早お決まりと言ってもいい風景であった。

 

 

―――

 

 

「衣、おせーなー」

「また目覚ましが壊れているに違いありませんわ」

「オレ昨日5つセットしたんだけどなぁ」

「うわぁ……」

 

 龍門渕高校の代表、すなわち井上純、沢村智紀、国広一、龍門渕透華は、大将である5人目、天江衣がまだ会場に到着していないことに愚痴を零しながら、控え室のほうへと向かっていた。その道中、一行はある2人とすれ違った。その瞬間である。

 

「「「「!!?」」」」

 

 4人は同時に、今まで感じたことのない程の寒気を感じた。思わず体が跳ねるほどの強烈な悪寒である。悪寒だけであれば、彼女達は今までも感じてきたことはあった。しかもその悪寒も、少なくとも普通のものではない、異能から発せられるものだ。故に大概のそういったものに対しては耐性があった。しかし先ほど感じた寒気は、その耐性を易々と超えてきたばかりか、それの過去最高を超えてきたのである。しばらく体が動かなかった4人であるが、何とか体を動かし、発生源が存在する後ろを振り向くことが出来た。そこには……

 

「ひゃっ!」

「……大丈夫ですか……」

 

 何もないところで転んだ少女と、それを呆れながら心配する更に小さな、黒い服に黒いズボンの少女がいた。

 

「転んだ子、清澄高校の制服……」

 

 智紀がボソッと呟いた。彼女はデータ収集に長けており、各校の過去の牌譜から、どのような制服を着ているかまで全てリサーチ済みであった。

 

「じゃああれのどっちかが原村和ってことか……?」

「いえ、原村和はこう、もっと胸の辺りに無駄な脂肪がついた感じですわ」

「衣に似た……いや、それ以上の雰囲気を感じたよ」

「そもそも清澄高校の牌譜が無いからわからないけど……注意は必要」

「……だな。衣以上の奴がこんなトコにいてたまるか」

 

 先ほどの威圧を現実ではないようにと願いながら、しかし4人は清澄高校への警戒度を上げていた。

 

 

―――

 

 

「ただいま戻りました」

「おっ、帰ってきたじぇ!」

「みんなぁー……よかったぁ……」

 

 咲の帰還に、残っていた面々は安堵し、また咲は涙目の笑顔に更なる安堵の色を付けていた。

 

「まったく、帰ってこんかったら女装した京太郎を出さにゃあいけんかとヒヤヒヤしたでぇ」

「いや染谷先輩が出ればいいじゃないっすか!?」

「その方が面白いじゃろ?」

「そういう問題なんすか!?」

 

 ついでのように京太郎もいじるまこと、それに突っ込む京太郎。これまでの間で、京太郎はすっかり部内のツッコミポジションの地位を確立していた。本人がそれを望んだかどうかは別ではあるが、世間というのは無常にもそういうものである。

 

「和ちゃんは?」

「やっと取材から解放されたところです……」

 

 和はまだ大会が始まっていないにもかかわらず、どこかぐったりとしていた。もっとも、昨年のインターミドル王者でありこの見た目である。どこのメディアも注目し、取材攻めを行うことは誰からも容易に想像がついていた。それに対し、咲は大変だったね、と苦笑いした後、目を輝かせながら言葉を続けた。

 

「でもたくさん人がいてわくわくするね! これがインターハイなんだ……」

 

 今の咲は、麻雀を打ちたくて仕方がない、といったのが表情、言動から溢れ出ていた。入部前後辺りの麻雀が嫌いだった姿からすれば、かなりの変貌を遂げているといえた。

 

 

―――

 

 

「それでは、改めて今回のオーダを発表します」

 

 久が、今回の出場校が一覧となっている対戦表の前で話し始めた。

 

「もう皆知っているとは思うけど、先鋒・咲、次鋒・優希、中堅・私、副将、和、そして大将・麻子。このオーダで今回は行こうと思います」

「わしゃ控え室から皆を応援する係じゃのぉ」

「何いってるの、まこは他の強豪校の偵察係も担ってるんだから。責任重大よ?」

「そりゃあ大変じゃ。しっかり情報を集めてこにゃあな」

 

 久が言った偵察係。これは、基本的に控え室に篭りっきりとなりがちな5人とは違い、まこはフリーに動けることを利用し、強豪校のスタメンのデータを収集する役割を与えたものである。特に観察眼に優れるまこにはうってつけの配役であった。スタメンとしては活躍できないものの、こういった裏方でも活躍する方法はある。久はなるべくなら7人全員を何らかの形で活躍させたいと考えていたのだ。

 

「それにしても、たくさんいるねー」

「中学のときよりずっと多いです……」

「これでも激戦区の大阪に比べりゃあ3分の1もないんじゃぞ」

「ほえー……大阪すごすぎるじょ……」

 

 60校近い高校がエントリーするそのトーナメント表に圧倒される和たち。そんな時であった。不意に咲の後ろから声が聞こえてきたのは。

 

「1回戦の相手ぬるいなー。清澄、東福寺、千曲東だって」

「らくしょーじゃん」

「清澄ってアレでしょ? 原村なんとかの!」

「あー、さっき記者相手に全国優勝とか言ってたの見た!」

「ありえないって! ちょっと胸が大きいからってチヤホヤされてるだけっしょ」

「デジタルっつってもミスも多かったしなー。やっぱ見た目で取り上げられてるだけだろうな」

「それに原村がいたとしても、他が弱けりゃ話にならんっしょ」

「確かに」

 

 声自体は小さく、聞こえていたのは咲、和、そして麻子くらいであり、他の面子はそもそもそういった話し声の存在すら気付いていなかった。聞こえていた中の一人である咲は、その声に反応して声の主である横を見た。その時であった。咲の様子が豹変したのは。

 

「……咲さん?」

 

 まず変化に気付いたのは、声が聞こえていた和、そして麻子の2人であった。馬鹿にされていたのは和だというのに、その和が咲にかける声は心配している声そのものだった。

 

「……」

「……咲ちゃん? 大丈夫か?」

 

 遅れて優希達、他の面子も咲の異変に気付いた。この流れはあまりよろしくない、というのが全員の肌に嫌でも感じられた。

 

「……ううん、大丈夫」

 

 しかし言葉とは裏腹に、咲の瞳からは昏く赤色に輝く炎が飛び出していた。既に咲が負の感情に呑まれてしまっているのは、最早誰の目から見ても明らかであった。

 

「(……和ちゃんを、仲間を、親友を、皆を馬鹿にするのは許さない!)」

 

 

―――

 

 

 清澄高校の1回戦、先鋒戦。それが終わったとき、会場は騒然を通り越して静まり返っていた。風越や龍門渕とまでは言わないものの、それなりに強いと認識されている今宮女子高校。その先鋒である門松葉子がトバされたのである。他でもない、宮永咲によって。

 これが普通の麻雀であれば、不運にも三倍満や役満に直撃することでトバされることを考えれば、非常に低確率ではあるが0とは言えない。しかしこれは団体戦であり、開始は10万点なのである。さらにダブル役満以上が禁止されている以上、最高でも1回で削れるのは48000点止まり。故に、全国を見てもそういった例は片手で数えて余る程度にしか存在していないはずだった。

 

「嘘だろ……」

「先鋒で……」

「ハコ割れ……?」

 

 シード権を得ていたため、1回戦を適当に眺めていた龍門渕の面子でさえも、終わる頃にはまともな言葉を無くしていた。そもそも見なければならないのは、透華と当たる和、そして和を副将に据える程度の実力がある大将くらいだと考えていたが故に、その衝撃は計り知れないものであった。

 

「……あの子、さっきすれ違った子……」

 

 智紀が思い出したかのように呟く。そう、先ほど廊下ですれ違った際に、圧倒的なまでのオーラを放っていた2人の片割れ。それが咲だった。

 

「……待てよ、先鋒ってことは、清澄が進出してきたら、オレはこの30万点オーバーを叩き出した化け物と戦わなきゃいけねーってのか……?」

 

 普段勝気な純も、この暴力的なまでの闘牌を見せ付けられ、冷や汗が流れ、顔は引きつっていた。

 

「……それに、こんな強い子を清澄は『先鋒』に据えてるんだよね……」

 

 一が思い出したかのように呟く。その事実に、龍門渕の面々は再度戦慄した。そう、先鋒がこの強さであるのに、『大将ではない』のである。つまり、その事実が示す先は。

 

「……大将は、これよりも強い、ということですの……?」

 

 4人の頭には、すれ違ったもう一人の小さな少女の姿が思い浮かぶ。今年も風越を下して楽々全国出場、と高をくくっていた龍門渕の面々は、突如それに立ちはだかった、あまりにも大きな壁の前に絶句するしかなかった。

 

 

―――

 

 

「咲さん!」

 

 圧倒的な闘牌での勝者であるにもかかわらず、やはり怯えた表情で戻ってきた咲を見て、和は咲が言葉を発する前に飛び出した。そしてそのまま力いっぱいに抱きしめた。

 

「んんぅ!?」

「咲さん……!」

 

 和のその表情は悲痛なものだった。咲が何故今宮女子をトバすことになったのか。その理由が痛いほどによくわかっていたからだ。

 

「……大丈夫です。大丈夫。だから、今は少しゆっくりしてください」

 

 正面から抱きしめたまま、和は咲の背中を、赤子を宥めるかのように撫でた。

 

「まあ親友が馬鹿にされたけぇ、その仕返しでボコボコにした、っていう気持ちはようわかるな」

「幸いにも露骨に狙い撃ちしたわけじゃないから、酷く印象が落ちることはないだろうけど……まぁ、でも次からはマークが厳しくなるのは確実ね」

「元々それ自体は織り込み済みじゃろうが」

「まぁね」

 

 久は2回戦目から確実に3対1の構図になること、そして咲の感情面をどうするかを考え、少し頭を抱えていた。

 前者については一度暴れればそうなるとは予想できるとはいえ、3人がその場ででも結託されると、麻雀のようなゲームで勝ちを収めるのは簡単なことではない。もっとも、麻子レベルの打ち手であればその程度のハンデは容易く返してしまうのだろうが……。

 それよりも考えなければいけないのは、咲の感情面をどうするかだった。これに関しては、麻子でさえならないのを祈るしかない、と言ったものであり、対策は難しい。しかしながら今回は原因が原因である。あまり外野がわいわい言っても仕方がないことだと考えた面々は、一旦この場を和に任せることにした。

 

 

 

「ごめん、ごめんね、和ちゃん……」

「大丈夫です……咲さんの気持ちはよくわかります。逆の立場なら、私も同じことをしていたと思いますから……」

「……うん……悔しかったんだ……和ちゃんが、馬鹿にされたの……」

「それだけ、咲さんは、私のことを、想ってくれてたんですね」

「でも……あれは、私の、打ち方じゃないっ……!」

「そうですね……ですが、打っていて、咲さんも、辛くありませんでしたか?」

「止めたかった……だけど、体が言うことをっ……!」

「……大丈夫です。その辛さが、わかっているなら、咲さんなら……」

 

 喧嘩した後に仲直りしている親子のように、2人は控え室の入り口で抱き合いながら、咲は懺悔をし、和はそれを優しく聞き入れていた。いつしか、和が抱きしめたときの悲痛な表情も和らいでいた。

 一方麻子は、あくまで勝利を目指す者として、このいつ爆発するかわからない爆弾のような咲をどうするか考えあぐねていた。敵として相手をするならば、麻子がやってのけたように隙を突けば、防御が低くなっている咲に直撃を取ることはそれほど難しくない。しかし味方につけるとなると、それは諸刃の剣である。上手く機能すれば今回のように文字通り相手を蹂躙できるが、県大会予選ならともかく、それ以上となると逆手に取られて一方的に叩かれかねない。強大な力は時に身を滅ぼすこともある。前の世界でそのことを嫌というほど知っている麻子は、この清澄が抱える爆弾の厄介さに頭を悩ませることとなった。

 




主人公であるにもかかわらず、一部でラスボスと名高い咲さん。
彼女が先鋒に出たらどうなるか……こうなります。
魔王に(知らずとは言え)喧嘩売った結果です。仕方ないですね。
巻き込まれた千曲東と東福寺は……うん。
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