仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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大変お待たせしました。
艦これのイベント終わって一時的に燃え尽きたのもありますが、とにかく難産でした。
とはいえ一度指が乗り始めたおかげで、それでも書き上げることは出来たのですが……。
ただもしかしたら細かい部分をしれっと変えてるかもしれません。
勿論細かい部分なので大筋には影響がない範囲で、ですが。


9話 愚直

「(一体清澄はどう打っているんだ……この捨て牌にも罠があるのか……?)」

 

 南三局1本場。一は前局の空聴リーチの衝撃がまだ抜けきっていないようで、その動揺が顔に出ていることは、誰から見ても明らかな状態であった。その正常でない精神状態であるが故に、一は本来考えなくても良いような部分にまで深読みを進め、そして結論の出ない思考の渦に身を投じていた。

 

「(ワハハ……まぁああも狙い撃たれたら、動揺しちゃうのも無理はないかなー……でも)」

 

 その様子を見ていた智美は、ここで確信した。変に久を意識しすぎても何のメリットもない、ということに。

 

「(結局今の清澄がやっていることは、精神的な揺さぶりにしかすぎない。龍門渕はそれにまともに付き合っちゃったから、ここまでガタガタになった。なら対策はひとつ)」

 

「(気にせずまっすぐに楽しめばいいのだ、ワハハ!)」

 

 智美は開き直った。久が悪待ちかブラフなのかわからないのであれば、そんなことなど一切気にせずに打てばいい。そうすれば下手に考えすぎて自滅する負のスパイラルに陥ることもないのだ、と。

もっとも、それ自体はそれほど辿り着くのが難しい考えではない。但しそれを実行するのは、言葉ほど簡単なものではない。今自分が打っている場は全国出場を賭けた場所なのだ。開き直って考えずに打った結果、更に悪い結果が出てしまう可能性も高い。そうなれば、その結果を引き起こした本人の責任は重い。何故考えて打たなかったのか、と問い詰められるのは当然の理である。そうでなくともプレッシャーがかかる場であるから、そんな能天気な思考で打つのはそう簡単ではない。

だが、智美はそういった場には滅法強い。麻雀の実力こそ良くて中の上程度であるとは智美自身も把握していたが、こういった精神的な部分においては、この中堅戦の誰よりも強いと自負していた。

 

「(……あら、鶴賀の子、ちょっと空気が変わったわね……)」

 

 久も智美から流れる空気の質が変わったことには気付いていた。そして、おそらく今、この状況においては自身にとって一番取られたくない戦法を取られていることにも。今の久は一を押さえ込み、あわよくばトバそうとまで考えている。そのためには、一だけではなく周りにも引っ込んでもらわないといけないのだ。そんな久に絶好の牌が訪れた。

 

「リーチ!」

 

 9巡目。久が勢いに乗ったまま、威圧感たっぷりの先制リーチをかける。このリーチを見た一は、一瞬でこの局の戦意を喪失した。先ほどから散々に叩かれていたため、無理もない話である。一は久を完全に恐怖の対象として見ており、それであるが故に完成間近だったタンピン三色の手を迷わず崩し、現物を切ることでオリたのだ。

 

「(龍門渕の人、また考えてるなぁ……まぁ、今の私には関係ないがな! ワハハ!)」

 

 対する智美は、ある意味で無敵モードへと突入していた。対久において、オリが極端に難しくなるのはこの半荘が物語っている。現物を除けば、とにかく久の和了り牌は読めないのだ。であるなら、読まなければいい。どうせオリきれるかもわからないのだ。それならまっすぐ進むほうが道が切り拓ける。智美はそう確信していた。

 

「リーチ!」

 

 11巡目。智美がリーチをかけた。それまでに切った牌は、いずれも久に対しては非常に危険と思われる牌ばかりであった。しかしながら、それらを全て通した上でリーチまで辿り着くことができた。この事実に、久は嫌な予感を覚えていた。

 

「(私のリーチに臆せず突っ込んできておっかけてきた……なんかやーな感じね……)」

 

 そうでなくとも、悪待ちなのにまだ和了ることができていない。この時点で、自分に和了る流れがないということは、久も感じることが出来た。久は智美の一発目にあたる牌をツモり、そして何かを納得したかのように静かに河に並べた。

 

「ロン、一発! リーピンイーペー……お、裏2で跳満の12300!」

 

 久から直撃した智美のその牌姿を見て、一は衝撃を覚えた。智美の手牌には、久の現物がいくつも存在していたからである。今の一は、もし久がリーチなどしようものなら、即ベタオリして当然という思考にあった。だからこそ、この和了形は一から見て異質に映った。

 

「(鶴賀の人……振込みを恐れてない、のかな……)」

 

 一の視線の先には、相変わらず能天気に笑っている智美の顔があった。その表情は、今の一には眩しく映っていた。清澄と風越の二校が独走しており、鶴賀と龍門渕は厳しいと言わざるを得ない状況。しかし、それでも智美は笑っていた。こんな状況下でも麻雀を楽しんでいるかのように。

 

「(……そうだね、確かに、あんまり考えすぎていても仕方がないや。確かに集中狙いされててピンチだけど、でも、そんな時でも自分を曲げないのがボクの麻雀だ。だから、ここからは正攻法(まっすぐ)なボクでいく!)」

 

 これから前半戦オーラスに入るタイミング。時機としては少し遅かったかもしれないが、しかし一もようやく自分の麻雀というものを取り戻した。そして神様は、得てして前に進もうとする者には力を与えてくれるものだ。南四局のオーラス、一の手はこれまでと比べて格段に良い物が入っていた。

 

南四局 6巡目 ドラ{8}

一手牌:{二三四④赤⑤⑤⑥⑦56678}

 

「(大丈夫、牌はついてきてくれている。いける!)」

 

 6巡目で好形一向聴というところまで辿り着くことができた一。しかしそこにまた壁が立ちはだかる。

 

「リーチ!」

 

久河:{西白7二④發} {横⑤} ドラ{8}

 

 久がリーチを宣言したのだ。しかも今回はかなり不穏な河で。先ほどまでの一であれば、その威圧を恐れてオリを選択しただろう。あるいは聴牌してもダマでオリの準備をしていたかもしれない。幸いというべきか、現物もそれなりに手の内にある上、今の自分は子であるから、ツモられても親ほど痛いわけでもない。5巡の間現物で凌げば、更に現物が増える見込みも十分にある。

 しかし今の一は違った。訳のわからない久の幻影にはもう惑わされたりしない。真正面からまっすぐに戦い抜く覚悟を決めていた。直後の一のツモは{4}。絶好の牌をツモることに成功した一は、高らかに宣言した。

 

「リーチ!」

 

 現物である{④}を切っての最高形でのリーチ。今の一に、押せる場面で引くなどという選択肢は無かった。久は淡々と、直後のツモ牌を河に並べた。その時点でこの局の勝負は決まったと言っても過言ではなかった。

 

「ツモ! メンタンピン一発表1赤1……裏1の4000・8000!」

 

一和了形:{二三四赤⑤⑤⑥⑦456678} ツモ{⑧} ドラ{8} 裏{二}

 

 直後、当然のように一がツモ和了を見せた。裏ドラも1枚乗り、倍満となった大物手である。

 

『前半戦終了ー! 序盤は特に清澄の竹井選手の活躍もあり、龍門渕の一人沈みという様相を呈していましたが、風越と鶴賀もそれに応戦、そして最後は龍門渕の復調を感じさせる大物手で幕を閉じました! 後半戦は勢いづき始めた龍門渕が追い上げ始めるのか、はたまた清澄がそれを止める形になるのか! あるいは鶴賀・風越が逆転するのか! まだまだ中堅戦は始まったばかりと言えそうです!』

 

 いつも通り力の入った司会の台詞と共に、中堅戦もインターバルの時間となった。久は立ち上がることも無く、そのまま椅子に座って瞑目していた。

 

「(こういう時、麻子ちゃんならしらっと他校も誘導できてるんだろうけど……残念ながら、今の私にはそこまでのことはできない。となれば、後は実力勝負、か。……ま、あまり勝ちに拘りすぎるのも私らしくないわね。どうせ泣いても笑ってもインハイはこれっきりなんだから、楽しんでいきましょう)」

 

 久は、自身が他校に向けてかけた呪縛が突破されていると判断し、プランを変更することにした。すなわち、罠を引っ掛けたりとか精神的に揺さぶりをかけるのをやめ、いつも通りの打ち方をすることにしたのである。とはいえ、そのいつも通りの打ち方というのも自然な形で罠になっていたため、そこまで大きな戦法の変更には至らなかったのだが。

 

 

―――

 

 

「(んー、流石に後半戦ともなれば、対応力も上がってくるか)」

 

 席順が変わり、起家から順に星夏、一、智美、久の順番で始まった後半戦。前半戦とは打って変わって、流局から始まりその後も小さな和了だけが続く静かな半荘の中で、久は自身に対して対策を張られていることを痛感していた。その対策とは、徹底的に押すか引くか、である。久に対して普通の読みが効かないことを前半戦で嫌というほど味わった面々は、押し引きを非常に極端に寄せていたのだ。そして久にとっては、その打ち方は常に圧力を感じるものであった。久に対してだけは、3人ともが智美のようなゴリゴリ押してくる打ち方になったとも言えるのだから、その圧力はある意味当然とも言えた。

 

「(んー、流石にそうなると、いくら私でもきついんだけどなぁ……)」

 

 そう考えながら、久は盤面を見つめる。東四局、親は久。9巡目でそろそろ誰かが聴牌していてもおかしくないような巡目である。ここで久は河と手牌をしばし眺めた。

 

星夏河:{3八2六二西} {9③赤5}

一 河:{北白9一①②} {七伍⑨}

智美河:{南中白東一一} {中97}

久 河:{中9①東9東} {西北北}

 

久手牌:{二二伍七七⑥⑦⑧122發發發} ドラ{⑧}

 

「(龍門渕の国広さんは{①②}の辺張を払った後はずっとツモ切り……有効牌が入り続けたのなら、聴牌していると見てもおかしくなさそうね。風越の文堂さんは筒子の染め手、しかも聴牌か一向聴が濃厚。躊躇無く赤をツモ切りしているあたり、跳満以上はある高い染め手を張っていると見るのがいいかしら。鶴賀の蒲原さんはまだ一向聴か二向聴くらいかしら……なら鶴賀相手にはまだ押せる)」

 

 そう考えながら、久は{伍}を切った。聴牌濃厚な一の現物ということもあり、大きなミスをした、という訳ではない一打であったはずだった。しかしその{伍}を見て口角を上げた者がいた。

 

「通しません、ロン!」

「!?」

 

 発声したのは下家である星夏であった。どこから見ても筒子の染め手にしか見えない河であったはずの彼女からの発声は、久を動揺させるには十分なものであった。

 

「一通南ドラ赤、満貫です、8000!」

 

星夏和了形:{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨南南南赤伍} ドラ{⑧}

 

「(待って、{伍}で待ってたってことは、この子は前巡の龍門渕の{伍}を見逃したというの!? 私に直撃するために!?)」

 

 明らかに狙われている。しかも狙われただけではなく、実際にヒットさせた。さらにその和了は、まるで久の悪待ちに対するあてつけのような形である。この事実は久を更に動揺させる材料となった。しかしそこは3年生、それも生徒議会長をしている久のこと。すぐに落ち着きを取り戻すと、その宣戦布告とも言える和了を受け止めた。

 

「(さっきは楽しむって言ったけど、前言撤回。風越の、この子だけは潰してあげる!)」

「(やれるものならやってみてください。その程度で私は潰れませんよ!)」

 

 お互いに何も言わずとも、それぞれが何を言いたいのかは視線を見れば明らかであった。バチバチと音が鳴りそうなくらいに、両名の間には鋭い空気が満ちていた。

 

 

―――

 

 

『おーっと、風越高校、再び清澄高校を逆転しました! 絶好調から一転してしばらく和了れていない清澄の竹井選手にとっては、点数以上に辛い一撃となったか!?』

『(……久がそんな簡単に潰れるようなタマではないが……しかし)』

 

 清澄高校控え室。その中では麻子をのぞいた1年生組4人が、実況を聞きながら不安そうな表情を浮かべ、モニターを見つめていた。

 

「部長、大丈夫でしょうか……」

「最後の和了から数えると30000点くらい減ってるよね……」

「ふつーならトンでてもおかしくないじぇ」

「前半戦はあんなに和了を連発してたんだけどな……」

 

 普通に考えれば麻雀である限りそういったことが起こらないとも限らないのだが、しかし前半戦での大爆発を見ていた面々からすれば不安になるのも当然とは言えた。しかしそんな中でも、まこは笑顔を湛えていた。

 

「何、久でもそういったこたぁある。心配するなぁわかるけれど、あんまり思いつめんでもしゃーなーよ。なぁ、麻子?」

「えぇ」

 

 麻子は持ち込んだバウムクーヘンを食べながら、いつもの表情が読めない顔で返事をした。しかしその短い返事は、まこの言葉も相まって1年生組を安心させるには十分なものとなった。あの麻子が大丈夫だと言っているのだ。きっと大丈夫なのだろう、と。

 

「(……しかし随分と私の影響力も大きくなりましたね)」

 

 良く言えば自身が認められているという証であるが、裏を返せば自分に半ば頼りきりとも言える状況。麻子としては、あまりこの現状をよしとは考えていなかった。とはいえ、今この場で意識改革をすることはいくら麻子でも無理難題である。よって、麻子はこの予選が終わった後どうするかを考えていた。

 

 

―――

 

 

「(うーん、とは言ってみたものの、あんまりよろしい状況じゃないわね、コレ)」

 

 続く南一局。久から直撃を奪った星夏は流れに乗ったのか、久の先制リーチをかわして2600オールのツモ和了を見せた。続く一本場、今度は9巡目のリーチ宣言牌で、一と智美からダブロンを喰らってしまった。しかも示し合わせたかのように両方とも単騎待ちでの和了である。ルール上頭ハネであったため、智美の分の支払いは無く5200(+1本場)で済んだものの、明らかに自分を意識された上に流れまで持っていかれたのを感じた久は、流石に焦りを感じていた。

 

「(まずいわねぇ……とうとう前半戦の貯金が溶けたわよ……)」

 

 現在の持ち点は114000点。中堅戦開始時の点数が114100点だったため、とうとう開始時の持ち点を割ってしまった計算になる。だが、ここで久は一度呼吸を落ち着け、そして今までの部活動の対局を思い出した。

 

「(……こういうときこそ、平常心、よね。散々麻子ちゃんと打ってきたんだもの。それに比べれば今の状況はまだまだ甘いわ)」

 

 麻子に次いで部内での順位が高い久は、麻子に真正面から対抗してトップを取ることのできる数少ない打ち手の一人であった。そんな久が崩されるときは、いつも精神的に大きな揺さぶりを何度もかけられ、平常心を失った後であった。逆に言えば、平常心を失わなかった場合には相当強い打ち手として、麻子の脅威にもなっていた。そんな久だからだろう。3年生最後の夏、負ければこれで終わり。このような状況でも調子を戻すことが出来たのは。

 

「リーチ!」

 

 一が親リーをかける。河は{西南一⑧七横4}。6巡目の非常に早いリーチである。対する久の手は{二三七九②④⑦⑧34西北白}。搭子ばかりで面子がまだひとつもない手である。三色は見えるものの、攻めにいける手とはとても言えなかった。久はここで迷わずオリを選択した。その3巡後。

 

「ツモ! リーヅモ赤、裏2枚で6000オール!」

 

一和了形:{三四赤伍②②②789北北白白} ツモ{北} ドラ{④白}

 

 まっすぐ打ち合っていたなら、まず間違いなく振り込んでいたであろう手。しかし久は点数が減っているからと無茶な勝負をせず、冷静に振込みを回避した。滅茶苦茶な待ちが多い久ではあるが、かといって何でもかんでもイケイケという訳ではないのである。前に出る必要がないのならばオリる。基本ではあるが、それをこの落ち目の状況下でも可能とするのは、久の精神力の高さがあってこそと言えた。

 

 

―――

 

 

「「「「ありがとうございました!」」」」

『中堅戦終了ー! 最終的には清澄と鶴賀はほぼ開始時の点数をキープ! そして龍門渕が点数を落とし、風越がトップを奪取、他校を離す形となりました! 』

 

 終了の合図となるブザーと同時に、4人は一斉に挨拶をした。落ち目であり和了るチャンスが少ない中、久はその中で2回和了を決め、計8200点を積んでいた。しかしながら親の智美に1回、久が親のオーラス1本場で星夏に1回ツモられ、最終的には中堅戦開始時から僅かながら点数を落とす形となった。反面星夏は中堅戦で16000点以上の点棒を積み上げ、2位である清澄高校との差を16800点つけての首位となっていた。

 

「それにしても、貴女から終ぞ直撃を取れなかったのが心残りね」

「私としては、貴女と打ててとても楽しかったです」

「今度また打ちましょう。次は勝ってみせるわ」

「返り討ちにしてみせますよ」

 

 対局中はいつか爆発するのではないかとさえ思えていた久と星夏だったが、終わった後はお互いに拳を突き合わせ、再戦の約束をしながらお互いの健闘を称えあっていた。涼しい顔をしている久に対して汗びっしょりで疲れ切ったような星夏が対照的なように見えたが、前からは見えないだけで久の背中も大概なものであったので、実際の疲れ具合としては同じようなものだった。もっとも、それだけ全力を出していたとも言える。

 

「しかし思ってたよりのびのび打てて楽しかったな、ワハハ!」

「蒲原さんのあの打ち方があったから、ボクも持ち直せたよ。ありがとう」

「いやぁ照れるなぁ、ワハハ!」

「まさか私の打ち筋を逆に利用してくるなんて思わなかったわ……」

 

 点数こそ伸びなかった智美であったが、あの開き直った打ち筋があったからこそ久の独走を止められた訳で、そういった意味ではこの中堅戦のMVPとも言えた。持ち前の精神力のタフさがあればこそである。事実一にとっては、振り込み続けのどん底から脱出できるきっかけとなったのだから、彼女から見れば本当にMVPものの働きである。

 

 

 

「インハイとして打つのはこれが最初で最後だけど……またこの4人で打ちたいなぁ」

 

 智美が誰に向けてでもなく、何気なく呟いた言葉。返事こそ無かったものの、思いは智美だけでなく皆同じであった。

 

 

―――

 

 

「あー疲れた!」

 

 控え室に戻ってきて開口一番、智美はそう叫びながらソファへとダイブした。しかしその顔は笑顔で、やりきったと言わんばかりの表情だった。

 

「ごめんよー、点数をキープするので精一杯だった!」

「大丈夫だ。むしろあの嵐のような対局の中でキープできただけでも御の字だ」

 

 ゆみが微笑を浮かべながら智美を労う。佳織や睦月も追っかけるように口を開いた。

 

「あの中でもあれだけ通り打てるって、智美ちゃんだから出来たことだと思うよ!」

「確かに、見てるだけでも入りたくないなー、って思うくらいには荒れてましたからね」

「一番荒れてた卓に入ってたむっきーがそれを言うか……まぁでも、そう言ってもらえると嬉しいなー。んじゃあとはモモに任せた!」

 

 指名された桃子は、珍しくふんすと鼻を鳴らすと、気合十分といった様子で返事をした。

 

「任されたっす! 先輩方の努力を形にするためにも、私、頑張るっすよ!」

 

 鶴賀学園副将、東横桃子。部長から託された点数と想いを背負い、彼女は対局室へと歩みを進めた。

 

 

―――

 

 

「ごめんなさいね、前半戦ではうまくいっていたんだけど、どうも後半戦から失速しちゃった」

 

 清澄高校控え室。帰ってきた久は苦笑いしながら、自身の不甲斐なさを謝った。

 

「まぁそうは言うても2位だしまだまだしゃーなーよ、安心しんさい」

「ありがと。それじゃ、和、次は任せたわよ。麻子ちゃんのためにも、全力で打ってきなさい」

 

 久に呼ばれた和は、スッとまっすぐ立ち上がると、真面目な表情をして久の正面を向いた。

 

「はい、行ってきます」

「私の分を取り返す、なんて変に気負わなくてもいいわ。貴女は貴女らしく打てばいいからね」

「……はい!」

 

 溌剌とした言葉で返事をした和もまた、部長からの点数と想いを背負い、対局室に向かった。

 

「……大丈夫かな、和ちゃん。力が入りすぎたりしないかな……」

「でもエトペン持ってってるなら多分大丈夫だじぇ」

「適当……とも言えないんだよなぁ。和だし」

「どっちがオカルトなのかこれじゃわからんなあ……」

 

 不安がる咲に優希がフォローし、京太郎がツッコミ役に回る。清澄高校は今日も割と平常運転だった。

 

 

―――

 

 

「ごめん皆、点数落としちゃって……」

 

 龍門渕高校控え室。一はやや入るのに躊躇いながら扉を開けた。今更怒ったり怒られたりするような仲ではないのはわかっていても尚、一は皆の顔を見ることができなかった。どういう反応をされるのかが怖い、と言うより、皆に見せる顔がないといったような雰囲気である。控え室を出るときには点数を取り返すなんて自信満々に出て行ったものだから尚更であった。

 

「まーまー顔上げなさいな国広君。誰にだって上手くいかない日はあるさね」

「そうですわ。それに、最下位から華麗な逆転というのも悪くなくてよ?」

「あ、ありがと……」

 

 メンバーのそれぞれに励まされる一。智紀も言葉こそなかったものの、表情を見る限り責める様子は微塵も無く、むしろ労っているように見えた。

 

「それじゃ行ってきますわ。打倒原村、そして全国ですわ!」

「やっぱそれは入んのな……」

 

 予選が始まってからもう何度言ったかわからない打倒原村を掲げながら、透華は堂々とした面持ちで対局室へ向かった。

 

「(やっぱり透華はすごいよ。ボクに恨み言の一つや二つを言ってもいいはずなのに、そんなところを一つも見せず堂々と振舞う。だからボクは……)」

 

 対局室へ向かう透華を見ながら、一は彼女への想いを募らせていた。

 

 

―――

 

 

「おーおー、よくやった。あの変則打ち手の3年を相手に直撃を何度も当てるたぁ、文堂も中々ヤるじゃねェか!」

「ありがとうございます、コーチ」

 

 戻ってきた星夏を待っていたのは、貴子からの掛け値なしの褒め言葉だった。中堅戦で唯一、1年生ながら格上を抑えて1万点以上のプラスを叩き出してトップに立ったのだから、貴子の不満があるはずもなかった。

 

「とはいえ安心はまだできねぇ。次は深堀だな。相手に原村と龍門渕の2人がいるが、それでもやることは変わりねェ。風越の力を見せてやれ!」

「はいっ!」

 

 プレッシャーがかかる中、純代は直立しながら威勢よく返事をした。悔しいことではあるが、実力で言えば2人のほうが高いのは事実。相手が悪いことなど百も承知。それでも、それが負けても良い理由になどならない。昨年の雪辱を果たすため、そんなところで躓いてはいられないのだから。

 




結局久さんはこの中堅戦では星夏さんに勝ち逃げされました。
流石に南場1回だけではそう簡単には当てられなかった模様。

そして書いてるうちに感じる風越主人公説。
と言うより清澄ラスボス説。
先鋒と大将が別格だからね、仕方ないね……。

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