※ここから先、大将戦においては一切の救いはありません。ご了承ください。
「では、行ってきます」
清澄高校控え室。大将である麻子はなんでもないかのように、普段の落ち着き払った声で仲間に出発の挨拶をした。表情はいつもの微笑を湛えており、相変わらず何を考えているかは読めない。ともすれば衣と並んで子ども扱いを受けかねないはずの見た目であるのに、全く子どもには見えない雰囲気は、やはり中身が中身だからなのか。
「いつも通り、頑張ってください」
「ええ」
最初に、ある意味麻子と最も相性が悪そうな、反オカルト連合代表みたいな存在である和が、優しい顔を浮かべながら激励の言葉をかけた。もっとも、和にとっては麻子はよきライバルでこそあるものの嫌いなわけではないので、当然といえば当然ではある。
「タコスいるか?」
「……えぇ、貰っておきます」
応援かと思えばタコスの差し入れ。これには流石の麻子も僅かながら反応が遅れた。ただ自分の験担ぎ用アイテムであるタコスを差し入れしているあたり、優希の麻子に対する頑張ってほしいという気持ちは相当なようである。それに麻雀を打つ直前にお腹を満たせるのは、麻子にとって割と有難いものでもあった。最近はよくお腹が減るのである。今日など隙あらばおやつを食べるくらいには。
「タコスってまた優希らしいな……ま、麻子に限って無いとは思うけど、油断せずに頑張れよ」
「はい」
口調こそやや厳しいようにも見えるが、その声は麻子に全幅の信頼を置いているものだった。頼り切っているそれではなく、麻子なら必ず結果を出してくれる、と。それに実際、麻子が傀としていた時の世界と比べ、今の世界ははっきり言って強さが段違いなのも事実である。故に麻子であろうと油断をしようものなら狩られかねないのだ。もっとも、麻子という人間は油断から限りなく遠い位置にいるのも事実なのだが。
「麻子にアドバイスなんてものもいらんかもしれんが……魔物にゃあ気ぃつけて打ってきんさい」
「天江ですね」
「ああ、そうじゃ」
「それは大丈夫でしょう」
「そりゃあ心強いのぅ」
まこの指す魔物、というワードにも、麻子は特に動揺を見せない。以前優希の後ろから牌譜を見た時に特性を察しているのもあるが、それ以上に麻子は衣に負ける未来が見えなかった。慢心ではなく、全てを鑑みた上での確信である。麻子から言わせれば、まずは麻雀を打つところからやり直せ、ということである。
「私は、麻子ちゃんを信じてるから!」
「……ありがとうございます」
咲の心からの笑顔から放たれる、ストレートで心に深く刺さる言葉。これには流石の麻子も僅かに動揺した。とは言ってもその動揺は悪いものではない。こちらに来て初めて出来た親友の言葉というのもあるが、傀時代にここまで純粋な気持ちをぶつけられたことがなかった麻子にとっては、こういったものは未だに新鮮なのである。
「私は部長として、麻子ちゃんに言わなきゃいけない事があるわ」
いつになく神妙な顔をしながら、久が立ち上がって扉の前にいる麻子に歩み寄った。
「私は今年が最初で最後のインハイ。だから全国へ出たいって気持ちは当然ある。麻子ちゃんもそれは薄々感じてたと思うわ。他の皆も少なからずそういった気持ちはある。麻子ちゃんだってそうだと思う。だけど、私はそれよりも、麻雀を楽しんで欲しい。だから、注文は多くはつけないわ。……後悔の無いように、全力で楽しんできなさい」
「……はい」
麻子は内心、この人はずるい人だ、と思った。普段は飄々として掴み所が無く、麻子と似たような感じで常に微笑を貼り付けていて感情が読めない。その癖時々バカみたいな計画を実行に移したりしては大笑いするような、しかしどうしても憎めない人間。それが久だ。そんな人が突然真面目な顔をしてこんな事を言うとは。
「(益々、負けてあげる訳にはいきませんね)」
何だかんだ言って、麻子は自身がプライドの高い人間だということを自覚している(周囲から非人間説を検討されている事は置いといて)。そんな麻子がここまで信頼された上でお願いをされて、そして負けるなどというのは許されないのだ。様々な意味で。
―――
『さて、長かった、長かったインターハイ県大会決勝戦もこれが最後となりました! まず龍門渕高校からは、昨年度で圧倒的な成績を叩き出したエース、天江衣選手! 続いて風越高校からは、2年生ながらそんな天江選手と同卓した経験があり、そして部内2位の実力者、池田華菜選手! 次に鶴賀学園からは、常に冷静沈着、まさに氷の如く鋭く的確な判断を下す部内随一の頭脳派雀士、加治木ゆみ選手! そして清澄高校からは、全てが謎に包まれた、しかし宮永選手や原村選手を差し置いて大将に据えられたミステリアス少女、仁川麻子選手! 今日、他の3校を下して全国への切符を手にするのは一体どの高校なの! いよいよ戦いの火蓋が切られようとしています!』
大将戦ということでボルテージも最高潮となりそうな状況に、その上を行くボルテージの解説が入り、いよいよ会場もお茶の間も興奮収まらぬ状況となってきた。そんなことになっているとは露知らず、麻子は対局室へと歩みを進めていた。もっとも、それを知っていようと知っていまいと、麻子にとっては何も関係が無かっただろうが。
どうやら対局室へ入室したのは麻子が最後だったようで、残る3人は既に場決め牌を引いた上で着席していた。必然的に余った場所が麻子の座る席となる。
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
華菜が威勢のいい挨拶を麻子に向けた。それに麻子は、いつもの落ち着いた声で余裕たっぷりに返した。人によってはその態度が気に食わない、と考える者もいるかもしれないが、ここはインターハイの決勝卓。そのくらいの余裕など持っていて当然であるし、そんなものを気にしない度量もまた持っていて当然である。そんな麻子を一人、刺すような瞳で睨みつける者がいた。言うまでも無く衣である。とはいえその表情は嫌悪から来るものではなかった。
「楽しみにしているぞ」
衣は一言そう呟いた。麻子はそれに対して言葉で答えこそしなかったが、「当然です」と言わんばかりの表情で返事をした。まだ卓が始まってすらいないというのに、既にこの両者の間では勝負が始まっていた。
「(……背が低いと、雀力が上がるというジンクスでもあるのだろうか……)」
その様子を第三者の視点で見ていたゆみは、内心そうひとりごちた。
―――
「ツモ、嶺上開花、赤1。……槓ドラが一つ乗りましたので2000・4000です」
衣の親から始まった大将戦東一局。その立ち上がりは、麻子が門前で嶺上開花ツモを決めたところから始まった。今大会においてはもう何度目かわからない嶺上開花である。それは主に咲が決め続けたせいなのだが。
「(清澄の……お前も嶺上使いなのか……? それともそれはただの偶然なのか……? ……表情の変化に乏しい。何もわからないな)」
ゆみがその和了を分析しようとする。手だけを見れば、確定役が何もない凡手だ。嶺上開花と槓ドラにより満貫まで乗ったのは、ただの偶然でしかないように見える。
「(だがあの宮永や竹井を抑えて大将に抜擢されているんだ。これが偶然なのかどうか、もう少し判断は保留してもいいはずだ)」
頭から決め付けることはせず、ゆみは一旦分析を保留した。この、相手を冷静に見定める力がゆみの持つ力の一つである。オカルトなどではなく、論理的に思考を組み立て、そしてそれを矛として相手を穿つ。勿論基礎的な雀力もしっかりしているため、ネット麻雀でも弱いわけではなかったが、どちらかと言えば相手の表情が見える対面麻雀の方がゆみは得意だった。であるからこそ、最後をしっかり決めにいくため、ゆみは大将に選出されたのである。
「(ぐぬぬ、タンピン三色イーペードラドラが流されたし! だけどまだ局はある、大丈夫!)」
一方の華菜は、ダマの出和了で跳満、ツモれば倍満の手を張っていた。和了れば一気にトップの2校と点差を詰められる大物手だった。毎回そうという訳ではないものの、華菜は大物手を張ることが比較的多い。それに基礎雀力も部内では高く、さらに精神面でも非常にタフである。何があっても諦めないという資質は大将に据えられるにふさわしい。それに、華菜が大将に据えられた理由はそれだけではなかった。
「(昨年は天江にコテンパンにやられた……だけどあたしだって、やられっぱなしでは終われない! 今年こそ、天江を逆にコテンパンに泣かせて雪辱を果たして、そして皆で全国へ行くんだ!)」
そう、部内で唯一、華菜は衣と直接対決をした経験がある打ち手だったのだ。その最初の対局では、無残と言うほかないほどに叩かれ、打ちのめされた。普通の打ち手であればもう二度と打ちたくないと言うほどには。しかし華菜は折れなかった。それどころか、その惨敗を糧にして自身の雀力を鍛えた。部内2位にまで駆け上がれたのも、偏に衣との出会いが大きいと言えたかもしれない。
「ツモ、1300・2600だな」
東二局は比較的全員の手の進みが遅く、15巡目にしてようやくゆみがダマの5200をツモる形となった。更に東三局。
「ロン、8000点だし!」
今度は麻子が華菜の見え見えの染め手に振り込んだ。まるで素人ではないかと疑うような打牌である。
「(なんだ、あの清澄の大将だからって思ってたけど、大したこと……いや)」
華菜は和了れて浮ついていた自身の気持ちを、すぐに立て直した。上手くいっているような時に油断しがちなのは華菜の悪い癖だ。そこを貴子には耳がタコで埋まるほどに指摘されてきた。だからだろう、トップと満貫程度の差まで縮んだにもかかわらず、自らを戒め、律することができたのは。
「(勝負は勝つまでわからない。まだ今は清澄が本気を出していないだけかもしれないし……! だから、勝つまで喜ぶのはお預けだ!)」
「(おかしい……違和感がある。いくらなんでも本気でこの和了に振り込むような実力しかないのであれば、そもそも大将に据えられるのがおかしい。となれば、わざと振り込んだことになるが……一体それをして清澄に何の得がある?)」
華菜は可能性の一つとして、麻子が本気を出していないというのを挙げた。しかしゆみは、可能性ではなくそれは真実だと考えた。本当に弱い打ち手であるのならば、大将は咲に任せて別の場所を担当すればよいのである。実際あの強さは圧倒的だったし、仮に自分が直接対決していたとすればおそらく勝てなかっただろう、とゆみは推測した。そしてそこから、麻子は少なくとも咲と同レベルかそれ以上の力を持っていると判断したのだ。だがそんなゆみでも、この振込みについてはどうも解せないようであった。
続く東四局でも、麻子は振り込んだ。今度はゆみの跳満に対してであり、これもまた明らかに危険牌といえる代物であった。普通ならオリる所を突っ張ってきた。少なくとも対局者からはそのように見えた。この和了により、麻子は10万点を切り、ゆみの点数は9万点に届きそうなところまで来ていた。そしてここで遂に、前年度県大会覇者である衣が、その力を覚醒させる。
「無聊を託つ」
「!?」
不意に口を開いた衣を見て、ゆみは思わず後ずさりしそうになった。見た目は幼い子どものようにしか見えないのに、感じるものは子どもどころか大人でも出せるものはそういないだろう、強力なオーラだったのだ。
「清澄の大将は厄介だと思ってうきうきしていたが……乏しいな、闕望したよ。……そろそろ御戸開きと行こうか」
そう言い放つと、衣は更にオーラを増幅させる。そういったものを感じるのに乏しい華菜は特に何も感じていなかったが、ゆみは恐怖感が倍増していた。
「……」
麻子はそんな中でも、いつものすまし顔を崩さなかった。それが衣の癪に障ったのだろう。不機嫌な顔を隠そうともせず、衣は次の局へと進んだ。
南一局、衣の親。開幕こそ何の変哲もない様相であったが、華菜とゆみは徐々に違和感に気付き始めた。
「(手が……)」
「(動かない……)」
そう、一向聴から手が一向に進まないのである。それが7巡目辺りからずっと、である。ゆみはちらりと他家の表情を伺った
「(確証は無いが……あの表情から察するに、風越も一向聴から動けていないようだ……清澄は……わからないな。表情がまるで読めない。が、濃いところをツモ切りし続けて和了れていない辺り、おそらく一向聴で止まっているのだろう)」
その観察結果は的を射ていた。表情こそ何一つ変えていないものの、麻子も8巡目から延々と一向聴のままツモ切りしているのである。
―――
「始まりましたわね」
龍門渕高校控え室。少し前に意識を取り戻した透華は、智紀に膝枕をされた状態でソファーに横たわりながらぼそりと呟いた。もっとも、人が少ない上に静かに観戦していたメンバーには、その声ははっきりと聞こえていた。
「流石の私も、衣が相手では聴牌率が激減しますわ」
「あれは辛いよね……」
一が透華の言葉に続けながら、一自身が衣と初めて出会った時のことを思い出す。その日は満月だった。そんな中衣と打たされた一は、それはもうボコボコに叩きのめされたのである。それは最早トラウマレベルの出来事である。少なくとも、それまでつけていた三日月のタトゥーシールを、鏡で見る度に思い出すからという理由で星のものに変えるくらいには。
「何故衣を大将に据えたか。……夏至が近いからとはいえ、大将戦なら後半には夜。しかも今日は、ほぼ満月ですわ」
「去年は半月だったか」
「そうですわ。だから、時折見せる性格のやばさも麻雀力も、去年とは比較になりませんわ」
まだ本調子に戻っていないながらも、透華は力強く言い放つ。それに対して、智紀がモニターと透華を交互に見つめながら呟いた。
「こうやって見ると、透華と衣は従姉妹なんだなってわかるね」
「? 確かに私と衣は従姉妹ですけれど、どこが似てますの? 打ち方は全く違いますわよね?」
「後で牌譜と録画見せてあげるから」
「え、えぇ……」
副将戦の記憶が半分抜け落ちている透華は、腑に落ちないような表情をしながらもモニターへ視線を戻した。
―――
「(もう海底だというのに、一向聴になってから手が一向に進まない……なんだか、まるで海のそこへと引きずりこまれるかのような……)」
ゆみは焦燥感を覚えていた。早く聴牌したい。和了りたい。雀士としてはある意味当たり前の思考ではあるが、それに加えて衣から受けるプレッシャー、そして得体の知れない麻子という雀士の存在がそれに拍車をかけていた。
「っ、ポン!」
だからだろう、華菜の切った有効牌にゆみが飛びつくのも無理はないことと言えた。
「(ばっ……! いや、切った私も私だけどさ!)」
これで海底は一つ上家にずれ、親である衣がツモることになる。流局寸前のこのタイミングで、衣は突然動きを見せた。
「リーチ!」
残るは海底牌しかないにもかかわらずのリーチ宣言。しかもそれまではずっとツモ切りを続けていた。つまりは聴牌しておきながら今の今までリーチをかけていなかったことになる。当然誰も和了れず鳴けぬまま、衣の、そしてこの局の最後のツモ番になった。まるでその牌がわかっているかのように、衣は海底牌、すなわち{①}を表返し、そして手牌を開けた。
「ツモ、リーチ一発純チャン海底撈月、6000オール!」
ドラこそ無かったものの、ツモったのは十分な大物手である。これを見たゆみは不審そうな目線を向けた。
「(海底……? どういうことだ……ダマでも十分な手で、残り一巡でリーチ、一発だと……? まるでそれでは、海底牌で和了れることを確信していたようではないか……!?)」
違和感、そしてじわじわとせり上がってくる恐怖を拭いきることができないまま、卓は南一局1本場へと進む。素直に進めば衣に海底が回ってくることはないのだが、そこは魔物と呼ばれるほどの力を有した衣である。
「ポン」
一向聴地獄は変わらないものの、海底は無いと安堵していたゆみ、華菜を絶望させるかのように、衣は終局間際に麻子から牌を鳴いた。既にダマで平和を張っているにもかかわらず、である。
「ツモ、海底のみ。500オールは600オール!」
衣は、今度は海底のみという非常に軽い、しかしその実点数以上に重い手を和了った。平凡な輩とは違う、衣は卓を自在に操れる、海底という偶然すら必然にする、とでも言わんばかりだ。
「(そういえば風越の……池田と言ったか。やけに天江の海底を気にしていたな。……つまりあれが偶然でない、ということを知っていた、のか。……しくじったな)」
今更ながらの失策に、ゆみは少しだけ後悔した。だが、すぐに気持ちを切り替え、牌を卓内に流し込みながら衣の海底に対する対策を考え始めた。
―――
南一局2本場。この局、配牌時点で華菜にはチャンスが巡ってきていた。
華菜手牌:{二四四赤伍六七七九九⑧⑨3西} ドラ{九}
最初から清一模様の手牌に加え、ドラが{九}と赤1枚で、鳴いても倍満が見える手だ。
「(誰も鳴かなければ、天江には海底が回らない、か……)」
そう考えながらゆみの打った{三}を見た時、華菜の体に小さな電流が走った。
「(……いや、違う。天江に海底を回さないように鳴けばいいんだ! いけるぞ、倍満!)」
そう、別に鳴いても構わないのである。それが衣の海底に繋がるような鳴きでなければ。そのことに気付いた華菜は、一気に視界が広がった。
「チー!」
『天江狩り』のため、そして風越の全国出場のため、華菜は動き出す。
あれから華菜は3連続で萬子を引き込み、一向聴へと漕ぎ着けていた。4巡目で清一ドラ3一向聴という大物手。しかしそれを嗅ぎ付けていない衣ではなかった。
衣手牌:{三三六六七④赤⑤⑥56678} ツモ{一} 打{七}
「ポン!」
衣はあえて、有効牌と手役を減らす選択肢である打{七}を取った。一見妙な打ち筋だが、そこには狙いがあった。華菜が自らミスを犯すように仕向けたのである。案の定食いついた華菜を見て、衣はニヤリと口角を上げた。
「(よし! これで打{二}……)」
手を伸ばし、その牌を摘んだその時、突如華菜の脳裏にある人物の顔が思い浮かんだ。
「(池田ァ! その{二}切りは何だァ!)」
「(っ!!)」
散々華菜を扱いてきた貴子の顔である。貴子は基本的に誰に対しても当たりが強く怖い人物として部内で認識されていたが、こと特に華菜に対しての当たりは特に強かった。些細なミスでもすぐ怒鳴られるし、何なら手を出されたことだって数え切れない。しかし華菜は、それが貴子から嫌われているからではない、ということはよく知っていた。
「(私はお前にそんな麻雀をさせるために指導してきたわけじゃないぞ池田ァ!)」
その指導は若干熱が入りすぎて行き過ぎている部分も多分にあったのは確かだが、しかし指摘していること自体は実に理に適っているものであったのも確かだった。それに、貴子があえてヘイトを買って部内を団結させようとしていること、華菜に当たりが特に強いのは、反骨心を見抜いてギリギリの所で指導を調整していたからなのも感じている(もっとも本人はそんなことを間違っても口に出したりはしないが)。やり方はともかくとしても、それだけ部員のことをよく見ているということだ。本当に嫌いであればそんなことはしない。適当に口だけ出して放置がいいところだ。
「(打{二}? そんな打牌しても有効牌は増えない! コーチにも散々言われてきたじゃないか! 大事なときほど冷静になれって!)」
そう一人で叫びながら、華菜は摘んでいた{二}を手放し、{八}を切った。その様子を見て、衣は自身の狙い、予測が外れたことに対して少しだけ顔を顰めた。が、またすぐに先ほどまでの不敵な笑みを顔に貼り付けた。
「(……これは、衣も少しだけ相手を侮っていた、ということか? まぁいい、そのくらいはないと『後で』楽しめないからな)」
まるでこの先にある愉悦を楽しみにしているかのような表情。その表情の意味に気付いていたのは、この卓では麻子一人だけであった。
「(よし、テンパった)!」
華菜手牌:{二四赤伍伍六九九} {横三二四} {七七横七} ツモ{三}
先ほどの鳴きが功を奏したのかは不明ではあるものの、11巡目に華菜は聴牌を果たした。迷わず{伍}を切り、{一}-{四}-{七}の三面張聴牌に取る。ドラが3枚あり、何で和了っても倍満という大物手だ。もっとも鳴きの関係で出和了りはほぼ望めないのでツモに頼るしかないが、その場合においても三面張というのは非常に良い形といえた。
「(これを和了って……できれば天江から直撃を取って、優勝に向かって進むんだ!)」
ふんすと鼻息を荒くし、更なる気合を入れなおす華菜。雀士としてよろしくないくらいに今の状況が表情に出ていたが、そもそも今の時点では表情云々関係なしに張っているというのはわかるのであまり関係は無かった。
「(……)」
衣に続き、麻子の手番。いつもの済ました顔を崩さないまま、麻子が切った牌は驚くべきものだった。
「!? ろ、ロン! 清一ドラ3で16000は16600!」
まさかの手出しからの{七}切り。初心者でも役さえ知っていれば、この状況において切ることはまずあり得ないような牌である。そのあまりの暴牌に3人の意識はしばし混乱、ないし興奮した。
「(和了れたのは嬉しいけど……なんか釈然としないし)」
「(清澄の……何を考えている? まさか天江の親を流すためだけに切ったというのか? それにしてはあまりにもリスクが大きすぎるだろう!?)」
「(衣の親が流されたっ……!? 呉越同舟……地の利は人の和に如かず? そんな戮力、通用するものか!)」
和了った立場だというのに、華菜の表情は微妙に浮かないものである。また、ゆみは倍満を振り込んでまで今の衣の親を流すべきだったのか、疑問を浮かべていた。衣に関しては親を流されたこと、そしてまるで協力して封じ込められてしまったかのような感覚を覚え、やや憤慨気味だった。
「(この有象無象……生猪口才!)」
―――
『清澄高校の仁川選手、今度は倍満に振り込んだァ!』
『この振込み……』
所変わって解説室。こちらでも当然麻子の振込みを伝えていたのだが、こちら側、すなわち観客側から見たこの状況は、更に異様と呼べるものであった。
『仁川はあの一向聴地獄の中、聴牌まで漕ぎ着けていた。しかも良形の5面張だ。だというのに手牌からピンポイントで3枚しかない萬子を聴牌を崩してまで切り飛ばし、そして振り込んだ。一向聴地獄も異様だが、この状況を完全に把握した上での意図的な差込みとしか思えない振込みも異様だ』
そう、実は麻子は聴牌をしていたのだ。しかも5面張という、衣の支配下であるなら奇跡レベルの聴牌である。しかし麻子はそれを自ら蹴り、そして順子になっていた萬子からピンポイントで{七}だけを狙って切り飛ばしたのだ。何の迷いもなく。
この振込みまでは、実は麻子はド初心者なのではないかという疑惑もあったが、この振込みを契機にその疑惑は晴れた。しかし代わりに浮き出てきたのは、とにかく異様としか言いようがない、そのでたらめな打ち筋だった。傍から見ればそもそも勝ちに行っているのかすら怪しいのだから。
もっとも、当然ながら麻子は全てを把握した上で、完膚なきまでに勝ちに行くためにこの打ち筋を実行しているのは言うまでもない話ではあるが。
麻子さん怒涛の振込みラッシュ(但し意図的)
※次回投稿は遅くなります(予告)
今月末から秋イベが始まるからね、仕方ないね。
イベントの真ん中あたりで投稿が来たら察してください。そういうことです。