仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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狙った訳ではないのですが、年末にギリギリ間に合いました。
ちなみにイベントは堀以外は甲甲甲甲乙乙で全て終わりました。


14話 独擅

『泣いても笑っても最後の半荘戦! その戦いは開始直後からとんでもないことになってきました! 龍門渕の天江選手はこの半荘だけで既に4連続和了! 前半戦の分を含めれば6連続和了を決めています! 対する清澄高校はなんと得点がピッタリ0点! 次に他の誰かがツモってしまえば、その時点で勝負が決まってしまいます!』

 

 得点の状況だけを見れば、麻子はおそらく転生後で最もピンチに陥っていると言えた。否、おそらく傀時代を含めても、持ち点が丁度0になったことはほとんど無いことを考えれば、転生前から含めても最もピンチに陥っているように見えた。但しそれは、あくまで得点状況だけで見れば、という話であったのだが。

 

「(さて、アサコ、どうやって料理してやろうか……)」

 

 衣は既に満身創痍の状況である麻子を見ながら、どうやってトバせば一番ダメージが入るかを考えていた。麻子の中身、つまり傀のことを知っている者から見れば、その思考は明らかに愚考であることは間違いなかったのだが、幸か不幸かそのことを知る者はこの卓上どころかこの世界にいなかったので、衣を咎められるような者はいなかった。

 

「(……ん、この局は衣が和了る局ではないのか。まぁいい、ゴミ手などを和了ったところで今更何がどう変わる訳もない)」

 

 この局は自分が和了ることはないと見えた衣は、しかしどうでもいいといったような表情を浮かべながらそれを受け入れた。既に衣の目的は、麻雀に勝利して全国を目指す、という点には無かったのだ。衣からすれば、ここからは何が起ころうとも消化試合でしかなかったからである。しかしその驕り、慢心は、麻子相手には致命的なものであることは言うまでもなかった。

 

「ツモ、300・500の3本場は600・800です」

 

 ゴミ手に積み棒が乗って2000点を得た麻子。とりあえずはリーチがかけられる、かつ子の満貫ツモには耐えられる点数にはなったものの、仮に衣がいなかったとしてもあまりに厳しすぎる持ち点であることは言うまでもない。だが、この悪足掻きにしか見えないゴミ手ツモが、実はこれから始まる奇跡の始まりであった。そのことを対局者、観戦者が知るのは、もうしばらく後のことである。

 

「ツモ、七対赤1。25符4翻は1600・3200です」

 

 東三局。決して高い手ではないものの、麻子は連続和了により、ひとまず大体のツモ和了には耐えられるだけの点数まで戻した。そしてようやく親番が回ってきた麻子は、サイコロを回すと改めて衣をまっすぐに射抜くような瞳で見つめた。

 

「(……なんだ、その目は。まさか、まだ逆転する意思が残っているとでも言うのか?)」

 

 点が僅かに回復したとはいえ、それでもまだ点差は20万点以上残っている。ここから逆転するなどあまりに常識外れ極まりないが、衣から見た麻子の顔には、その意思がありありと見て取れたようだった。

 

「(だが残念だな。次局は衣が海底で和了る。アサコの逆転の芽は潰える!)」

 

 

―――

 

 

東四局 ドラ{8}

 

華菜手牌:{一四七②赤⑤⑨368東西北發}

衣 手牌:{二四六七②③赤⑤⑤⑥2688}

ゆみ手牌:{三赤伍九①⑥⑧247南西白中}

麻子手牌:{二六八③④⑦1赤59北白發中}

 

 遂に麻子の親であるが、衣の意思に牌が応えたのか、衣以外の3人の配牌は非常に遅い。反面衣の手牌は中張牌に固まっており、聴牌はそう遅くないうちに出来そうに見える。

 だが意外なことに、9巡目を過ぎても衣を含め、聴牌に辿り着いたものはまだいなかった。しかしこれは、衣の海底の能力によるものである。海底まで場を回す以上、高速化した場では海底で和了ることは不可能である。よって能力により、自分を含めた全員の手の進みを遅くすることにより、無理やり海底に持ち込んでいるのである。

 

 

 

「(うーっ……)」

 

華菜手牌:{七九①②③赤⑤⑧⑧33688} ツモ{7}

 

 10巡目、華菜は悩んでいた。一向聴に持ち込むためにドラを切るか否か、である。

今のこの場が明らかに衣に支配されていることは華菜もわかっていた。しかしながら、一向聴地獄といえど絶対に聴牌できないわけではないことは、過去の対局からでも証明済みである。それならば、今切るべきはドラであり、一向聴に持ち込むべきなのではないか、と。しかし有効牌は{八⑧3}と決して多いわけでもなく、役も無いためツモで勝負にいかなければならない、それほど分の良くない勝負でもあった。

 

「(……うじうじしてても仕方がない。ここはあたしらしく打つべきだ。変なところで手を曲げちゃうと、牌に見放されちゃう!)」

 

 華菜は勝負に出た。ドラである{8}を切り、一向聴に持ち込んだのである。一応{八⑧3}で聴牌ではあり、{六④⑥24}辺りを引いても半歩前進することができるから勝算は低くない、というのもあったが、何より今の自分の状況で攻めないのは、自分の麻雀に反するというのが最も大きかった。

 

「ポン!」

 

 だが、ここで衣もすかさず鳴きを入れる。ドラ3が確定しただけではなく、海底コースにも入ったのである。結果的に見れば最悪に近い裏目のパターンを引いてしまったことになる。

 

「(うげっ、やっちゃった……でも、それで諦めちゃいけない! まだ勝負はこれからだし!)」

 

 後悔が押し寄せてきそうになったが、華菜は何とかそれを跳ね除け、改めて卓上に視線を戻した。そしてその直後、覚悟に牌が応えてくれたのか、華菜は素直に嵌張の{八}を引き込み、{赤⑤}を切って{⑧3}のシャボ待ちの聴牌を取った。だが、あくまでリーチはかけなかった。

 

「(ここでリーチをかけたとしても、普通に進めばおそらく天江が和了るからリー棒は出すだけムダ。それに、ほぼ無いとは思うけど、ドラ+赤切りなんてことをして、それでいてダマのままのあたしを警戒してオリてくれるかもしれないし。やってみないとその辺はわからないよね)」

 

 華菜はブラフをかけていた。あくまでダマでいることで、ドラを2枚切って尚十分な手だと相手に思わせることが出来れば、他家をオリに導くことができるかもしれない、と。もっとも、その可能性自体は華菜はそれほど大きくは見ていなかった。それよりも、衣が和了る可能性が高いから、今のままでは点棒を出すだけ無駄だと判断していたのである。だが、ここで華菜にも、そして衣にも予想だにしない事態が発生する。

 

 

衣手牌:{二二二六六①②③赤⑤⑥} {横888} ツモ{5}

 

「(退屈だ……聴牌している気配があるのは風越だけ。それも大した手ではない。他の2人に至っては、気配から察するに聴牌にすら辿り着いていない。やはり衣を満足させてくれる者はいないのか……)」

 

 集中力を欠いた状態でツモった{5}を、衣は何も考えずに場に放流した。その時である。

 

「カン」

 

 仕掛けたのは麻子であった。大明槓で{5}を食い取ったのである。そしてそのまま嶺上牌をツモると、麻子は更に言葉を続けた。

 

「カン」

 

 今度は{⑦}を4枚、手牌から晒した。そして嶺上牌を、麻子は流れるような手つきでツモり、そして最後に手牌を全て晒した。

 

「なっ……!?」

「ツモ、嶺上開花。大明槓の責任払いで天江さんの支払いになります」

 

 淡々と言葉を紡ぎながら、麻子は2枚のドラ表示牌を捲る。1枚目は{三}、2枚目は{⑥}。すなわち2枚目の槓ドラが丸々乗った形になり、ドラが5枚で一気に跳満まで駆け上がった。

 

「嶺上開花、ドラが5枚で18000点の責任払いです」

 

 聴牌気配すらなかった安手から、突然の高額手を作り上げた麻子に、衣は思わず絶句した。

 

「(衣の支配の届かない、淵底の向こう……王牌から牌を掠めていく敵! ……麻雀を、打たされている、か……)」

 

 衣は自身の領域外を利用して和了を決めた麻子に驚いていたが、この時衣は大きな勘違いをしていた。しかし今の衣はそのことに気付くことは無く、ただ今の疑問を麻子にぶつけた。

 

「アサコ……ここから逆転するつもりなのか」

 

 点差的にはトビこそほぼ無くなったものの、まだまだ絶望的な状況であるように見える麻子。だが、麻子はそのような点数状況などまるで気にせず、衣に返事をした。

 

 

 

 

 

「海の底は、もう見えています。ここはもう、貴女の支配領域ではありません」

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 まるで前半戦でゆみが衣のオーラにあてられて思わず飛びのいたように、衣は真正面にいる麻子を見ながら後ずさった。麻子の声はドスの利いたものではなく、文面で脅迫をした訳でもない。そして声の質だけで言えば、今までとなんら変わりないそれである。

 だがしかし、衣は感じた。否、感じてしまった。本能で理解してしまった。今ここで責任払いで振り込んでしまったのは、衣自身が油断していたからだけではない。そもそもこの局は、この状況は衣の支配が作り出したものではない、と。まるで衣が支配しているかのように見せかけられていただけなのだ、と。そして真にこの場を支配しているのは、今3連続和了を決めた麻子なのだ、と。

 そしてそういった、いわゆるオカルト方面の感覚に鋭い衣は、今までの麻子の不可解な動きの理由を全て察した。理解した。理解してしまったのだ。

 

「(衣は……衣は勘違いをしていた。アサコは闇雲に点棒を払っていたのではない。……思えばこの大将戦、振込みで点が動くときは必ずアサコが振り込んでいた。一瞬だけ高い手の気配を感じたりもしたが、ほとんどは直後に振り込み、聴牌の気配が消えていた。今考えれば、これはアサコが意図的に振り込んでいたことになる……)」

 

「(鶴賀のあの数え役満も、おそらくはアサコが場を支配していたから……でなければ、7種類全てドラを乗せる芸当など出来ない筈。アサコは点棒を犠牲にして、意図的に振込みを続けることで、アサコの意思で場を動かし、この卓の支配力を高めていっていた。そして今、アサコはアサコの意思で、完全に卓を動かせるようになった)」

 

「(なのに衣は点棒の上に胡坐を掻いて、今の今まで真の状況に気付くことができなかった……いや、おそらくそれもアサコの作戦なのだろう……もし衣が、誰から見ても明らかなくらい絶対的な量の点棒を持っていたらどう動くか……)」

 

 だが、衣がそれに気付いたところで、場が既に手遅れであるということは明らかであった。最後のチャンスは東二局2本場、あそこできっちりトバしておけば勝てていた。だが衣がそうせず0点に調整した時点で、攻守は完全に反転していたのである。

 

 

―――

 

 

衣手牌:{二三六七③③③115999}

麻子河:{462横8}

 

「リーチです」

 

 東四局1本場。衣のその考えを裏付けるかのように、麻子は僅か4巡目でリーチをかけた。対する衣も一向聴であり、上手くいけば三暗刻も見えてはくるが、麻子に支配されている今の状況で和了れるかは怪しい。

 

「(……だが、何と言おうと点棒はまだある。和了れるチャンスに和了って場を流せれば、点棒の暴力が物を言う。振込みさえしなければ、衣の勝利は十分にあるはず!)」

 

 衣は自身にまだ残っている膨大な点棒を見ながら、麻子に振り込まぬようにと考えつつ{5}を切った。だが、衣はまだ気づいていなかった。今の麻子にとっては、10万点だろうが100万点だろうが、最早そんなものは些細な違いでしかないということに

 

 

 

「御無礼」

 

 

 

 遂に麻子からその言葉が発せられた。先ほど衣が出したときよりも重い、地獄の底のまた底から出たような圧が、麻子の口から衣に向けて飛んでいった。そして開かれた手に対しては、衣のみならず華菜も、ゆみも驚愕した。

 

「リーチ一発タンヤオ赤1。表裏ドラは無しで40符4翻の1本場は12300です」

 

麻子和了形:{二二二四赤伍六②②②④⑤⑥5} ロン{5}

 

「(なっ……!?)」

「(どういう手組みをすれば……)」

「(こんな形になるんだ!?)」

 

 河を見れば、既に三色をツモ和了っているような形になっている。仮に聴牌から崩すようなことをしていなかったとしても、少なくとも麻子は三色形を放棄し、河に迷彩を仕掛けたことになる。どう見ても{5}が安牌に見えるように。

 

「(まさか……衣が{5}を切るように、アサコが誘導していたのか……!?)」

 

 衣の背筋に寒い物が走った。ここにきてようやく、衣は自身の真の立ち位置を把握したのである。

 

「(……衣は勘違いをしていた。あの時点で生路が無いのは、衣だったのだ……)」

 

 

 

「(何だ……天江の様子がおかしい)」

 

 傍目でゆみは不審そうに、麻子と衣のやり取りを見ていた。状況で言えば、精々麻子がダントツトップの衣に一矢報いた程度、思い出王手的なもののように見えていたからである。

 だがそれも致し方ない話ではある。麻子の圧は、向けられるべき所にしか向けられておらず、逆に言えばそれ以外のところでは感じることは難しいのである。某万年2位のプロや氷の超効率打法の打ち手とかのレベル以上にまで達することが出来たりすれば話は別であろうが……。

 

「(……もしかすると、私が先ほど七対子で和了ったときのようなものを感じていたのかもしれない……が、果たしてそれだけであの天江が怯えるような顔をするだろうか……? 私が感じた限りでは、仁川と天江は同格か、少し天江が上回るくらいだと思っていたのだが……)」

 

 先ほどまでの威圧、威厳はどこへやら。今の衣は圧倒的な点棒を持っているにもかかわらず、まるで小動物が肉食獣から逃げ回るが如く、怯えた表情を麻子に向けている。全国でも十分に通用し、プロの間でも完全体の状況では簡単に勝てる相手ではないと評された衣が、である。

 

「(……やはり、私が仁川に対して感じた感覚は間違っていなかった、ということなのか……? そうなると、今のこの卓を支配しているのは……)」

 

 

―――

 

 

衣手牌:{二四六七④⑤67東西西北北}

 

「(まずい……このままだとアサコの勢いが止まらなくなってしまう……!)」

 

 東四局2本場。衣は生まれて初めて、麻雀で焦燥感を覚えていた。その原因は言うまでもなく麻子であったのだが、それでも少なくとも高校生雀士としては非常に強い部類に入る衣が焦燥感を覚えるのは相当な状況である。では何故衣がそれを感じたのか。

 答えは非常に簡単なものであった。格が違いすぎるのである。衣も魔物と呼ばれたりと大概ではあったものの、それでも咲等の強力な打ち手が頑張れば打ち破れないほどではないし、何なら覚醒した透華には負けることの方が多い程度の強さである。

 しかし衣の目の前にいる魔物……否、魔王は違った。いくら頑張ろうが、その魔王に目を付けられてしまったが最後、打ち破ることは不可能。衣は勿論、咲、そして覚醒透華を以てしてもそれを打ち破ることはできない。最早それは衣が欲していた強敵ではない。その勢いは最早、誰彼構わず全てを飲み込むブラックホールのようなもの。それを衣は本能的に感じていたのだ。

 

「(……だが、今はまだ(アサコ)との距離は遠い。ならば逃げ切ることはできる……!)」

 

「っ、ポン!」

 

 衣は今の状況を自分なりに分析し、結論を出した。まともに戦っていてはいくら命があっても足りない。だから戦略的撤退を行う、と。そして麻子が切った第一牌である{西}を即座にポンした。追い込まれた状況になって初めて、衣は麻雀を打つ、という事を始めたのである。

 だが今の衣には、プロレベルに捨て牌を読んだり出来る能力は無い。当然である。今までは能力の上に胡坐を掻いていれば、勝手に勝利が舞い込んできていたのだから。最早読む必要すら無かったのだ。代わりに衣は直感が発達していたため、今まではそれを読みの材料としていた。例えば華菜が大物手を張ったりすれば、それがオーラとして衣の肌に警告を与えていた。

 しかし今回はそうはいかない。相手である麻子からは、一切の気配を感じ取ることができないのだ。衣にとってはまさに闇に包まれた相手であった。だから嫌でも麻子の打ち筋を読む必要があった。しかしその技術は始めたてということもありまだ拙い。

 そしてそんな付け焼刃の読みなど、麻子にとってはまさにカモでしかなかった。故に麻子は、前局で衣から直撃を取ることができたのである。{5}を切りやすい河を作ってやれば、後はそこで待っていれば獲物が勝手に飛び込んできてくれるのである。特にほぼ仕上がった状態である今は、少なくとも今の面子でそれを外すことなどあり得なかったのだ。

 

 

 

「(うわっ……なんか天江が鳴いたからか知らないけど有効牌がすごい来てるし……)」

 

 3巡目。華菜の手牌は{四伍八③③⑥⑦246888} ツモ{六}となっていた。まず1巡目にドラである{8}をツモり、続いて両嵌形になる{2}をツモ、半歩前進しての3巡目がこれである。ここで変に形を固定する意味などないのは明らかであったので、華菜は{八}を切って一向聴に受けた。

 

「チー!」

 

 それを更に衣が食い取る。だが、華菜はその衣の姿に違和感を覚えていた。

 

「(天江の……今までなら海底の調整とか何とかで意味があって鳴いていたけど、何か今の天江は違う。なんと言うか、小さい。いや元から小さいのは小さいんだけど、それでも去年感じていたほどの大きさが今は感じられない……なんというか、すごい必死なのは伝わるけど……)」

 

 覇気がない。華菜は衣をそう評価した。そしてそれは強ち間違ったものでもなかった。何故なら今の衣は全力で逃げ腰の麻雀を打っているのだから。そんな状況の、最早ただの少女である衣に覇気などあるはずもなかった。

 

 

 

「(上家の天江が何だか騒がしいな……だが、そのおかげか聴牌まで辿り着けた。しかもこんな早い巡目で、だ……)」

 

ゆみ手牌:{一一一赤伍六③④赤⑤⑦⑧229} ツモ{⑥}

 

 4巡目、衣が{八}を鳴いた直後。聴牌一番乗りを果たしたのはゆみであった。早々にドラ含みの{89}の搭子を落としたのが功を奏したようだった。

 

「(この手は役無しだ。……だが、両面待ちで残り枚数も十分、しかも天江は片方の{四}を切っている。それに今は仁川が天江を攻撃しているようだが、それもいつまで続くかわからない。なら勝負に行かない訳にはいかないだろう……!)」

 

「リーチ!」

 

 ゆみは{9}を横に曲げ、河に並べた。ただのリーのみ手ではあるものの、赤々もあり5200は確定、裏が乗れば満貫も期待できるのだ。そして丁度衣の河には{四}がある。どうも落ち目らしい衣からの出和了も期待できるとあっては、次の親の勢いをつけるためにリーチをかけたのも当然といえるだろう。

 

 

 

「(うわー、リーチとかめんどくさいし……とか考えてたら来ちゃったよ……!)」

 

 一方華菜の方はというと、衣が鳴いたためずれたツモが{3}。両嵌系が一発で埋まってのタンヤオドラ3{⑤}-{⑧}待ちとなった。{6}が通るかは若干怪しいところではあるが、追っかけるにも不足はない高額手である。

 

「(あの天江の支配を脱して聴牌まで辿り着けたんだ。いくしかないっしょ!)」

 

「リーチ!」

 

 華菜は迷わず{6}切りリーチを仕掛けた。これで瞬く間に二軒リーチがかかったことになる。既に2鳴きしている衣にとっては非常に困った状況となった。

 

 

 

「(ぐっ、鶴賀も風越もまだ諦めの色は見えない……それにこの二人の手、決して安いものではない……!)」

 

衣手牌:{二④⑤67北北} {横八六七} {西横西西}

 

 そんな衣に舞い込んできたのは{③}。{二}が切れれば聴牌の手である。だが、衣はその{二}が切れなかった。今の衣は麻子により必要以上に疑心暗鬼に陥っていたのである。また、圧倒的首位でありながら自身の喉首を狙われているという異常事態により、冷静な思考もできなくなっていたのも合わさっていた。結果、衣は自らを死地へと追い込むこととなる。

 普段の衣であれば、少し落ち着いて考えれば、麻子はともかく華菜に16000点程度を支払っても問題ないことは容易に想定できただろう。どんな形であれ最終的には勝てばよいのだ。そのためには多少の支払いで局を流すのも有効な選択肢となるはずである。それに気付いてさえいれば、衣は{⑤}を華菜に差し込むことができたであろう。それどころか、そもそも振り込み覚悟で{二}を切っても良いのである。とにかく麻子に振込みさえしなければ、この半荘は衣の勝ちで終われたかもしれない。

 しかし今の衣にはその判断が出来なくなっていた。とにかく麻子から逃げなければならない。そのためには自身が早和了をしなければならない。そう思い込んでいたのである。そのため、他家に和了らせることは衣の選択肢からは消えていた。

 

「(だがこの{二}、容易に切れる牌ではない……! ならば……!)」

 

 衣は対子である{北}を切り飛ばした。既に華菜が1枚切っているため、待つとすれば地獄単騎であるからである。終盤ならともかくとして、序盤のリーチでそのようなことは考えづらい。一見それは正常な判断にも見えた。事実、衣は直後に{5}をツモり、聴牌を復活させている。

 だが、既にこの時点で衣の勝ちの目は断たれていた。{二}を切って勝負をしていれば既に和了れていたのである。それをわざわざ変な回し打ちをしてしまったが故に手放してしまった。再起のチャンスを、衣は思いっきり蹴飛ばしてしまっていたのだ。

 

「リーチ」

 

 衣にとって絶望のリーチが麻子からかかる。{白}はツモ切りのため、麻子は前巡から張っていたこととなる。しかし何故このタイミングでリーチをかけたのか。

 

「(アサコ……まさか私がお前に振り込むと読んでいるのか……!? だがそれはしない……衣が、衣が和了ってお前の親を流してやる!)」

 

 そう意気込む衣であったが、その直後に引いてきたのは{八}。衣にとっては、単騎待ちの選択をさせられることとなった。ここで衣は場を再度見返す。

 

衣手牌:{二③④⑤567} {横八六七} {西横西西} ツモ{八} ドラ{8}

 

衣 河:{東9發4北北}

ゆみ河:{南中8横9伍中}

麻子河:{①南白⑧九横白}(2枚目の{白}はツモ切り)

華菜河:{北白横6發1}

 

「({二}と{八}はどちらも鶴賀の後筋になっている……だからおそらく振ることはない。風越は{八}が現物。となると後はアサコ……理外のアサコのことだ、その現物の{八}で待つことも容易いだろう……だが、ならば……!)」

 

 衣は狙われているのをわかった上で、あえて{八}を切り、勝負に出た。

 

 

 

「御無礼、ロン、一発です」

 

 

 

麻子手牌:{二三四伍六七八44455赤5}

 

「なっ……!?」

 

 しかし、卓上には無慈悲な声が響き渡った。そして衣は自身の読みが全くの無意味であったことを理解した。何故なら散々悩んだ{二八}の両方が当たり牌となっていたのだから。つまりこの状況においては、衣の正解はオリを選択するか、あるいは華菜に差し込むか。その二択しか存在しなかったのである。

 

「裏ドラ表示牌は{3}……リーチ一発タンヤオドラ4で跳満の2本場は18600です」

 

 更に追い討ちをかけるかのように、麻子は淡々と裏ドラを捲る。そしてそれがよりによって麻子の刻子にモロ乗りした形となり、ただでさえ一発で親満だった手が更に1ランク上がってしまった。この和了は衣を酷く動揺させた。

 

「(何故、何故アサコは、こうも衣から直撃を取ることができるのだ!?)」

 

 何か衣でもわからない能力を持っているのではないか、そのせいで自身は当たり牌を掴まされているのではないか。衣はそのような推測に至った。だが、衣は見落としていた。確かに麻子は超神的な流れの操作をする、それは事実である。だが当たり牌を切ったのは誰でもない衣である。衣の意思が、自身の振込みへと繋がったのだ。つまりこの振込みは完全に自責なのである。

 もっと言えば、そもそも当たり牌を切る前から衣のミスは始まっていた。焦ってバタバタと鳴きを入れていたあの行為こそ、最もやってはいけないことだったのだ。そのせいで麻子も含めた他家の手を悪戯に進めてしまい、結果として自身の首を絞めるに至ったのである。

 だが衣は気付かない。気付けない。そもそも自分にミスがあったという所に辿り着けないほど、視野が狭まっていたのである。そして衣をそのように思考を誘導して操作したのは、他でもない麻子であった。

 

 

 

「では……3本場です」

 




次で大将戦は終わりとなります。
それでは皆様、良いお年を。
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