仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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日常編というよりは、大会の振り返りみたいな感じです。


16話 取材

 激動の県予選大会の翌日。清澄高校では、部長の久率いるメンバーが校内で質問攻めに遭っていた。とはいえ、無名校であった清澄高校の名を一気に全国へ知らしめたその闘牌を考えれば、それも当然のことと言えた。久もそのことを理解しており、答えられる範囲で質問には答えていた。人だかりができてわちゃわちゃしているにもかかわらず、その混乱を冷静にてきぱきと捌いていく様は、流石学生議会長といったところだろう。

 

「……ふぅ、ようやく落ち着いたわね……」

 

 一息入れながら久がそう言った時には、既に太陽は天辺をとっくに超え、傾いていた。夏場なのでそれでもまだまだ明るいが、しかし既に放課後を迎えてもいる。逆に言えば、それだけ今回の県大会は校内にインパクトを与えたということでもあった。

 ……否、その説明は完全ではなかった。確かに校内にインパクトを与えたのは間違いない。だが、決してそれは校内だけではなかった。昨年風越女子高校を破り、全国に名を轟かせた龍門渕高校。そして今年、そんな彼女らを完膚なきまで叩きのめした清澄高校。そんな面子に興味があるのは、何も校内の人物だけではなかったのだ。

 

「ごめんください、ちょっといいでしょうか」

 

 普段部活をしている清澄高校旧校舎に、2人の来訪者が現れた。ノックの後に発せられた2人組の方の声……大人の女性のものを聞いた者の反応は様々であった。大半は純粋に誰なのかが気になっていたが、人見知り故にどうしようどうしよう、とおどおどする咲、いつも通り我関せずといったマイペースさを発揮する麻子のようなメンバーもいた。そしてその声に一番反応したのは、何度かメディア露出もしている和であった。

 

「大丈夫ですよ、咲さん。この方達は信用しても大丈夫な方々です」

「そ、そうなの……?」

「はい。私の取材の時でも何度かお世話になった方々ですから」

 

 和はそう言うと、スタスタと入口の前まで歩き、そして躊躇なく扉を開けた。そこに立っていたのは、主に『ウィークリー麻雀TODAY』を手掛ける西田順子、そして彼女とよく取材を共にするカメラマンの山口大介であった。

 

「いきなり押しかけちゃってすまないねぇ。ただなるべく真っ先に取材したかったものでね……あ、勿論無理にとは言わないよ。君たちにも都合や考えがあるだろうからね」

 

 大介が人を安心させるような笑顔を浮かべながらそう言った。もっとも、彼らはマスコミである以上、そういった人心掌握の術にもそれなりに長けているため、この笑顔が本心のものなのかはわからない。久をはじめとした部員たちも、流石に大の大人、しかもそういった手合いが相手となっては警戒を緩めることはできなかった。もっとも、和はインターミドルの頃からの付き合いのため、彼らが下種な考えを持っていないことは知っていたので、そこまで警戒度を高めてはいなかったのだが。

 そして一人、普段からは考えられない妙な態度を取っていた者がいた。麻子である。前世ではマスコミの前に姿を現すなどしたことがなかった……と言うよりマスコミ自体、アングラなことをやっていたと考えればむしろ敵とさえ言えた相手であった。しかし現世では、少なくとも今のところは敵ではない。だがそうは言っても取材など当然受けた事がないため、どんな風に接すればよいのかが全くわからない。そのため、どういった態度を取ればよいのか決めかねていたのだ。その結果が、椅子に座った姿勢で固まったままでお菓子だけをハムスターの如く口に運んではすぐさま飲み込む、という形で表れていた。まるでプログラムにエラーが発生したようである。

 

「(何このかわいい生き物)」

 

 久は麻子の、普段の余裕がある姿からは考えられない姿が気になって仕方がなかったものの、ひとまずはそれを置いておき、確認の意味を込めてわかりきった質問をした。

 

「つまり、貴方達は私達に対して取材をしたい、と。そういうことですか?」

「ええ、そうなります。だけどさっきも言った通り無理にとは言いません。学校には許可を取ってはいますが、貴女方にまで許可を取ったわけではありませんから」

 

 答えたのは順子だった。そしてそこまで言い切ると、順子は部員全員に対して頭を下げた。続いて大介も頭を下げる。どうやら嘘を言っていない、本心からの言葉ということは、皆の目にも明らかとなった。でなければ、大の大人がこうも簡単に頭を下げるなどしないだろうからだ。これが5人も10人もいる状況であれば怪しんだだろうが、今は2人だけ、しかも片方は比較的小柄な女性である。いざとなれば、頼るのも悪い気はするが京太郎もいる。妙なことをされる心配はほぼ無いと言えた。それに対し、久は少しだけ考えると、部員を見回しながら答えを告げた。

 

「わかりました、いいでしょう。ですが、皆が皆取材を受けたがるとは限りません。ですから、無理強いはしないこと。それさえ守っていただければ構いません」

「ありがとうございます」

「では立ち話も何だと思いますから、そこに座ってください」

 

 久はそう言うと、大会直前くらいに調達した中古の淡いピンク色のソファを勧めた。ちなみに中古とは言うものの、状態は決して悪いものではない。座り心地も中々に良いため、最近は卓割れを待つ間はそこに座るなり寝るなりして待つことも多い。

 

「よろしければどうぞ」

「ありがとう、いただくよ」

 

 和が、いつの間にか用意していたお手製の紅茶を2人に振る舞う。プロが淹れたものではないため特別おいしいという訳ではないものの、しかし幼い頃からそれなりに紅茶を嗜んできた和が淹れたものということもあり、インスタントにしてはとても出来の良いものである。

 お茶を飲みつつ、何気ない雑談から入り、いくらか部員と打ち解けたところで、遂に順子は取材を始めることにした。

 

「それじゃあ本題だけど……何を聞こうかしら。聞きたいことが一杯ありすぎて絞れないんだけど……そうね、まずは今更だけど県大会突破おめでとう。ということで、県大会で打った感想を皆に聞いてみたいわね」

 

 ある意味王道ともいえる、大会の感想。先鋒から順に聞くつもりであったが、咲は嫌がってこそいないものの、まだ緊張が解けていないこともあり後回しとなった。そのため、トップバッターとなったのは優希だった。

 

「私は思うような打ち方ができなかったのが悔しいじぇ」

「あー、優希は散々邪魔されてきたもんねぇ……」

「でもまぁ、強い相手と打てたのはそれだけで楽しかったじぇ」

 

 2人からマークされ、1人には役満を和了られたり役満潰しのために差し込む羽目になったりと散々振り回されてきた優希であったが、しかしそれでも表情に不満はなさそうであった。麻子と打った影響もあるのかもしれないが、やはり強敵との僅差での戦いはそれだけで満足だったようである。

 

「ちなみに理想の勝ち方は?」

「東場で相手をトバすことだじぇ」

「え、えぇ……」

 

 優希の能力を知らない順子は思わず少し引いてしまった。もっとも、準決勝の次鋒戦でも東場の驚異的な得点力は見えていたため、少なくとも妄言と一蹴するような真似はしなかったが。

 

「とりあえず私はこんなもんだじぇ。次の人にバトンタッチするじぇ」

「わかったわ。それじゃ次に部長の竹井さん、いいかしら」

「えぇ。思っていたよりも骨のある打ち手で楽しかったわ。特に風越女子の文堂さんは強く印象に残ってるわね」

「文堂さんね」

 

 順子にとっては想定内の名前だったのだろう。星夏の名前を復唱する時も、疑問ではなく確認の意味を込めた声色であった。

 

「だって完敗よ完敗。悪待ちは躱されて逆に私が悪待ちに振り込んで、挙句に中堅戦での区間トップも取られたし、そりゃあ印象にも残るわよ」

 

 来年はもっと強敵になりそうね、と続ける久の顔は、実に楽しそうなものであった。それだけ中堅戦での闘牌が充実していたことの裏返しでもあろう。しかしその中に僅かながら寂しそうな表情も浮かべていたのは、久自身が3年生のため、それだけ認めている相手と来年戦うことができない、ということもあったのかもしれない。

 

「ま、でも来年は学校に縛られずにフリーになる訳だから、風越にお邪魔するのも悪くないかもね」

「われならげに乗り込んでいきかねんな……」

 

 若干呆れたような表情でまこが呟く。久の行動力はまこもよく知っているため、割と本心からの呟きである。

 

「ま、私もこれくらいにして、次は和に回すわね」

「ありがとう。原村さんはどうだったかしら。いつも通り打てていた感じかしら」

「いえ……緊張しました。中学校の時は、団体戦は早々に敗退していましたから……全国を賭けてチームの皆を背負って打ったのは初めてで」

「なるほど……」

 

 実際、『のどっち』として覚醒した時も、決して緊張していなかった訳ではない。むしろ極度の緊張状態とすら言えた。あの時はそれが偶然良い方に作用していただけなのだ。

 

「それと、龍門渕さんがとても強かったですね。自分の意志で、自分を曲げて打ったのはあれが初めてでした」

 

 そう語る和の表情はやや硬い。確かにあの透華を他家と協力して打ち破ることはできたものの、逆に言えばそれは自身の力不足も同時に示しているのだ。和からすれば試合に勝って勝負に負けたようなものである。

 

「確かに……あの南一局は、原村さんと東横さんが奇妙な打ち方をしていたけど、あれはどういう意図があったのかしら」

 

 順子は大会の時に目撃してからずっと気になっていた疑問を和にぶつけた。一応靖子が解説していたとはいえ、本人がどんな意図を以て打っていたかまでは理解ができていなかったからである。順子もこう見えて学生時代はレギュラーに抜擢されるくらいには打てる手合いだったからこそ、理を捨てた謎の打ち筋が気になったのだろう。

 

「そうですね……説明をするのであれば、長くはなりますが、まずはその前からお話しした方がよいかと」

 

 和はそう前置きし、副将戦で自身が置かれた状況を説明し始めた。

 

「まず、東一局から東四局。連続で流局となった場面ですね。あの時の私は、全員が偶然にも極端に裏目を引き続けていると考えていました。今思えば、あの時から龍門渕さんの影響が及んでいたのでしょうが……」

「龍門渕さんの影響……?」

「はい。私が言うのも変な話ですが……龍門渕さんは確実に、あの半荘、少なくとも南一局で八連荘を破られるまでは、卓上を完全に支配していました」

 

 デジタルの化身である和から飛び出した、卓上を支配するというオカルティックな言葉。これも麻子と出会っていなければ間違いなく至らなかった思考である。

 

「あの時の私は、何を切っても裏目裏目を引き続けていました。それでも私は自分を信じてデジタル打ちに徹していましたが、それでも一向に状況を打開できる気配を感じることはできませんでした。ここまでがあの南一局の前提です」

 

 和はそこまで言うと、一度大きく深呼吸をした。己のアイデンティティにも大きくかかわる話なのだ。他の者ならいざ知らず、和にとってはそれだけ心の準備が必要な話なのである。

 

 

 

「南一局11本場、私はオカルトを認めました」

 

 

 

 デジタルの化身たる和からは、一生かかっても引き出すことができなかったかもしれない言葉。和は、それを自ら口にした。硬い表情は変えぬまま、和は言葉を続ける。

 

「10局以上、龍門渕さん以外が裏目裏目を引かされ続ける確率など、天文学的数値です。それならまだ、龍門渕さんにそういった局面を作り出すオカルトがあると考えた方が自然でした。ですから、それに合わせた対策を打ったまでです」

「た、確かに、言っていることはわかるわ……でも、今までの原村さんなら、それでも類稀なる偶然で済ませていたんじゃないかしら」

 

 和の言っていることに理解はしつつも納得はいかない、といった様子で順子は和に新たな質問をぶつける。順子も和をインターミドル時代から追いかけてきただけあり、思考の変遷の違和感には敏感なようだった。そんな順子に対し、和は少しだけ表情を柔らかくすると、顔だけを横にいる麻子へと向けた。

 

「はい、そうだと思います。ですが……麻子さんがいましたから。麻子さんのおかげで、私は新たなステップへと進めたんです」

「……」

 

「「……」」

 

 和が顔を向けた先には、未だに表情を変えずにお菓子を口に運んではお腹に溜め込んでいく麻子の姿があった。和と順子は二人してそんな麻子を少しだけ見つめた後、顔を見合わせた。

 

「……仁川さんはいつもあんな感じなのかしら」

「いえ……普段なら冷静沈着で頼りになる方なのですが……」

 

 どうも麻子にとって、マスコミというのはどうしても苦手意識があるようで、居心地が悪いようだった。もっとも、その原因自体はこの世界線には存在しないため、麻子以外がその理由を知ることはできないのだが。

 

「……でも、麻子さんは本当に頼りになる仲間であり、宿敵でもあります。そして、私がオカルトを認めるきっかけになった方でもあります」

「……それ以上の理由は聞かないでおくわね」

 

 決勝戦でのあの圧倒的な対局を見ていたならば、何故麻子がきっかけになったのかの理由を聞く必要はないと言えた。透華すら比較にならないほどの、圧倒的な大連荘。そしてその陰に隠れがちではあるが、それまでの七対子ドラ14を生み出したりといった奇跡もある。ピンポイントで振り込みを狙えるほどの読みの力もあるが、高い実力に負けず劣らずの豪運とでも称すべきオカルトの力があったのも事実である。

 そして清澄高校メンバーは皆、そんな麻子と打ち続けてきたのだ。その中でどんな対局が繰り広げられていたかは想像に難くない。確率で片づけるにはあまりにも難しい状況を何度も見てきたであろうことは、順子にも容易に推測できた。

 

「ありがとうございます……話を戻しまして、オカルトを認めた私の打ち筋の意図ですが、順を追って説明しますね」

 

 そう言うと和は立ち上がり、部室の隅にある用具入れからファイルを取り出した。どうやら今回の大会での牌譜のようだった。そこからペラペラとページを捲り、和は該当の南一局の牌譜を開いた。

 

「まず、今まで鳴きをほとんど入れてこなかった東横さんが、一巡目に鳴きを入れた時ですね。私はこの時点で、東横さんが和了りに行っていないことを確信しました。どういう訳かはわかりませんが、前半戦の南場から不可解な和了りを見せていた東横さんが、なるべく目立ちたくなかったと考えていたからです。そんな彼女がわざわざ鳴きを入れて目立つような真似をするはずがありません。であれば、何故彼女は鳴きを入れたのか。私はこの時点で、龍門渕さんにツモを渡したくなかったからだと推測しました」

 

「次に私が{赤伍}を切った理由ですが、3つあります。まず第一に、私はあの局面で、私が和了りに向かうよりは深堀さんに和了りを取ってもらった方が簡単だと判断しました。であれば、私がすることは深堀さんが鳴ける牌を切ってサポートすることです。ここで私は、オカルト的に言えばドラを鳴かせれば勢いがつくのではないか、と考えました。これが{赤伍}を切った第二の理由です。そして最後の理由は、{赤⑤}と{赤伍}を比較した時、{赤伍}の方が、鳴ける確率が高かったからです」

「なるほど、貴女の視点で{④}が壁になっているからそう判断した、と」

「はい」

 

 オカルトを認めたとはいえ、それでも結局和は和であることに変わりはない。和の話の中で、順子はそのことを感じていた。ドラを鳴かせる部分はさておき、残り2つに関しては、結局のところ論理的思考によって導き出された結論である。オカルトを認めても、オカルトを手に入れられる訳ではない。和の武器は結局デジタルなのだ。

 

「そして深堀さんの晒した搭子から、彼女の狙っている役はタンヤオ、三色、役牌、染め手。この辺りに絞られました。なので、深堀さんの方向性を見るために、打{6}としました。これで鳴くか、鳴きたい素振りが見えれば染め手の線は消えますし、そもそも一瞥もしないのであれば十中八九染め手ですから」

「それで{6}を切って深堀さんが喰い取って、タンヤオ三色役牌のどれかが確定した、と」

「はい。次の{發}切りは……攻めて失敗した形ですね。本当に和了らせるつもりがあるなら、一旦は深堀さんの現物である{中}を切って様子見をすべきところでした。多分焦っていたんだと思います。少しでも遅れると、また龍門渕さんの支配がはじまってしまう、と。結果的には変わりありませんでしたが……」

 

 話し始めてからはスムーズに説明が続いているものの、その和の表情はやや険しい。和はプライドが高く、そして自分に厳しい性格である。順子は、和が自分自身に対して厳しい指摘をしているようにも見えた。

 

「真面目じゃのぉ、和は」

「でも、まだ全国という続きがありますから」

 

 まこの呟きに、和は真面目な顔で答える。和の言うことは尤もであり、それはまこも重々承知していた。

 

「でも、ずっと気ぃ張っとると、その内疲れて倒れるよ。少しくらいは休みを取ってもバチは当たらんはずじゃ」

 

 まこのそれは暗に、もっと力を抜けと言っているようなものであった。順子は各々に感想を聞いていたのに、和だけいつの間にか感想戦に変わっていたのだから、そう言われても仕方がない状況ではあった。もっとも、順子が和を焚きつけた部分もあるとは言えるので、半分くらいは順子のせいでもあるのだが。

 

「でも……」

 

 それでもと食い下がる和。しかし、その視線の動きの先にいた麻子の姿を見て、和は急に力が抜けた。無理もない。あの鬼神レベルすら過小評価の闘牌を見せつけた麻子が、未だに硬直状態が抜けないままお菓子を食べ続けていたのだから。

 

「(……小動物みたいでかわいいですね。ってそうじゃない……)」

 

 何とか気を元に戻そうとするものの、その度に和の脳裏には故障状態の麻子の姿がちらつく。やがて真面目に考えるのがなんとなく馬鹿らしくなってしまった和は、それまで硬くなっていた表情を柔らかくした。

 

「……そうですね。硬い話はここまでにしましょう。それで、感想、でしたっけ……」

「そ、そうね。緊張したって言ってたけど、それだけだったかしら」

 

 長年、と言うほどではないものの、やはり和を追ってきた身である。やはり和のことは他のメンバーよりも気になってしまうようだった。もっとも、今回のインタビューに関しては、和の後にも大物が2人残っているのだが……。

 

「そうですね……月並みですが、楽しかったです。初対面の強い人と打つことがこれほどまでに楽しいというのを初めて知ることができました」

 

 副将戦全体の闘牌を思い出しながら、和はそう口にした。強さ的にも決して打ち破れないほどの相手ではない、というのも、その感想にたどり着く一つの理由となっていた。ちなみに麻子に関しては、和にとっては楽しい楽しくない以前の問題である。実力差がありすぎるというのも、強くなるためならともかくとして、楽しむためには中々困るものであった。

 

「……と、途中の感想戦で時間を取りすぎちゃいましたね。咲さんはそろそろ大丈夫そうですか」

「う、うん……」

 

 ようやくインタビューを受ける覚悟ができた咲が、まだおどおどとしながらも頷く。今大会の怪物の一人である宮永咲。一番乗りでインタビューができるとなって、順子は内心の高揚感が抑えきれていなかった。

 

「決勝に向かうほど和了りが取れなくなってたので、やっぱり全国レベルの相手は強いなって……」

「強いって、それを貴女が言うのね……」

 

 咲の口から飛び出した言葉に、思わず順子は苦笑いした。もっとも、麻子ほどではないものの、予選では紆余曲折があったとはいえ、圧倒的火力で相手を捩じ伏せたのを考えれば、それも無理もない話ではある。

 

「でも確かに、決勝での咲さんは南二局まで和了りが取れてませんでしたね」

「龍門渕高校の、井上さんが邪魔してきてたから……」

「邪魔?」

「はい、私の手が進んだと見たら鳴きで邪魔をしてきてたんです。それも、東一局からずっと……だから、あえて槓材を溜めて不意打ち気味に手を進めたら和了れました」

「え、それってわかるものなの?」

「え、わかるものじゃないんですか?」

 

 順子は、咲と自身の認識の違いに内心で頭を抱えた。どうやら目の前にいる魔物は、順子自身が考えていたよりはるかに異次元の存在であるらしいことが嫌でも理解できてしまった。

 傍から見ていたならともかく、実際に打っている間に、相手に邪魔をされていることに気付くのは難しい。ツモを回さないとか、他家に和了りを取らせるだけならともかく、不要牌を押し付けたり流れを変えるといったオカルト的なものもというのはやや無理がある。それを、東場から邪魔していることに気づき、かつその対策まで打ってしまうのは、プロでも非常に難しい。ましてや高校生がそう簡単にできていいものではないのだ。それを平然と言いのけてしまう咲に対し、魔物ですら生温いと感じてしまった順子の感覚はそう間違ってはいないだろう。

 

「でも、思い通りに打たせてもらえないのも、それはそれで楽しかったです」

「(圧勝じゃつまらない、ということかしら……?)」

 

 順子には最早目の前にいる咲という人物が、本当に人間なのか怪しく感じられていた。もっとも、一昔前ならともかく、この現代ではそういった人外レベルの打ち手は比較的数多くいるので不思議な話ではないのだが……。

 

「そ、その、他には何かありますか……?」

「そうね、大丈夫。また聞きたいことがあったら後で聞くわ。さて……」

 

 順子はそう言うと、咲のインタビュー中にようやくバグ修正が終わった麻子の方を見た。順番に聞いて回っているため、いつかは番が来ることは当然わかっていた。ただ、その覚悟までにはあの咲よりも長い時間が必要だったようだが。

 

「仁川さんは大丈夫かしら?」

「……ええ」

 

 柄にもなく緊張している麻子の姿を見て、久は内心笑いを堪えるのに必死だった。何せ普段はクールで麻雀となるとその圧倒的な力を以て相手を屠る魔王である麻子が、たかがインタビュー程度で固まっているのだ。もっとも、その理由を聞いたとしたら、その笑いが一気に氷点下どころか絶対零度近くまで下がり、逆に硬直する羽目になることは言うまでもないだろうが。

 

「仁川さんにも聞きたいことがありすぎるんだけど、ひとまず全体の感想としてはどうだったかしら」

「そうですね。私は楽しかったです」

 

 私は。逆に言えば、他がどう思っていたかは知ったこっちゃないという事である。実際やりたい放題できていたのは間違いないため、麻子にとっては楽しかったというのもまた間違いないことだった。

 

「それに、来年はもっと楽しめそうだと感じましたね」

「それは……どういうことかしら?」

 

 いまいち要領を得ない順子がそれを問うと、麻子はなんでもないように返した。

 

「少なくとも風越女子高校の池田さん、龍門渕高校の天江さんは今年よりずっと強くなって立ち向かってくるでしょうから」

 

 麻子としては、強い打ち手が増えるのは大歓迎であった。お金こそかかっていないものの、それと同等か、あるいはそれよりも重いものを背負っている現状は、それだけで麻子にとって非常に刺激的で楽しいのである。その刺激がより強くなるのだ。麻子にとって楽しみとなるのも必然である。もっとも、それはあくまで人外目線ではという話であり、巻き込まれた一般レベルの者からすればとんだとばっちりでもあるのだが。

 

「(ダメだわ、かわいい見た目の魔王達の会話にはついていけそうもないわ……)」

 

 何故強くなってほしいと願うのか。そして何故それを何でもないように話すのか。順子は深く考えるのをやめた。考えたところで意味をなさないのは、咲の時点で既に分かり切っていたからである。きっと思考回路だけじゃなくて感覚も常人とは違うんだ。順子は無理やりそう自分を納得させた。

 




あんな滅茶苦茶な闘牌をしたんだから、そりゃあマスコミの一人や二人くらい乗り込んできますよね、って。
という訳で順子さんと大介さんペア登場です。
このお話の中ではさり気に初登場な気がする。

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