仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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3話 調整

 本校舎から少し離れた場所にある、今は寄り付く人の少ない旧校舎。その屋根裏部屋に清澄高校麻雀部は存在していた。

 

「ようこそ、お嬢様方」

「何がお嬢様だ……それに私、麻雀はキライって……」

「おーい、カモ連れてきたぞー!」

 

 咲の主張は悲しいかな、京太郎には欠片も届かなかった。それどころか二人をカモ呼ばわりしながら、部室の扉を開け放つ有様であった。もっとも、咲はともかくとして麻子は全く気にしていなかったのだが……。

 

「「「!」」」

 

 中に入ると、その中にある雀卓の一番奥、すなわち麻子たちと向かい合う形で座っていた、河原で見覚えのある少女がいた。その少女の反応を見るに、どうやら向こうも気付いていたらしい。

 

「さっきの……」

「え、 咲、和のこと知ってんの?」

「先ほど橋のところで、本を読んでいた方々ですね」

「ぅひ、見られてたんですか……」

 

 見られていたという恥ずかしさから、思わず変な声を上げる咲。基本的に彼女は人付き合いが苦手であり、授業とか以外で誰かに見られるという経験がほとんどなかったのであるから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

 

「……和さんは、どのくらい麻雀を打てるのですか?」

 

 麻子が純粋な疑問として皆に聞いた。どうやら咲もそれを知りたかったらしく、教えてくれと表情が物語っていた。

 

「え? もしかして二人とものどちゃんのすごさをわかってないんだじぇ!?」

「ひゅいっ!?」

 

 突然物陰から元気良く飛び出してきた少女――片岡優希に、咲はまたも変な声を上げながら驚いていた。そんな咲もおかまいなしに、優希は楽しそうに説明を続けた。

 

「なんてったってのどちゃんは昨年のインターミドルチャンピオン……つまり全国の中学生の頂点に立ってたんだじぇ! しかもご両親は検事さんと弁護士さん、さらにとってもかわいいんだじぇ! だから男子にも女子にもモテモテなんだじぇ!」

「ちょっ、優希っ……! お、お茶を入れてきますね!」

 

 褒め殺しされることに慣れていないのか、顔をほんのり赤くした和は、その場から一度逃げるようにお茶を入れ始めた。白を基調としたシンプルなティーセットでお茶を用意した和は、ひとまずは落ち着いたようだった。

 

 

―――

 

 

 立ち話も何だということで咲が雀卓の席に着き、麻子がその近くの、雀卓から少し離れた椅子に座り、しばらく雑談していたときのことであった。

 

「ところで部長は?」

 

 本来もう一人いるはずの部員がいないことに気付いた京太郎は、和と優希の二人に居場所を問いかけた。それに対し和は、少し呆れたような残念そうな声で答えた。

 

「今は奥で寝てますね……」

「折角新入部員が二人も来たのにもったいないじぇ」

「それじゃ、先に俺らで打っちゃいますか」

「……え」

 

 勝手に優希に新入部員扱いされた挙句、京太郎は突然麻雀をしようと言い出した。それに対し、咲は動揺していた。もっとも、一応ここは麻雀部であるのだから、冷静に考えればいつ言われてもおかしくなかったのだが……。

 

「そ、そうだ、麻子ちゃん打つ?」

「いえ、私は見学します。なので宮永さん、どうぞ」

「(ハメられた!)」

 

 麻子は元々、今打つつもりはなかった。まずは全員の実力を知りたいと考えていたからである。咲の少し後ろという雀卓から離れた位置に陣取ったのも、見学に自然と移るためであった。もっとも、咲からすればそれがトラップだったと感じてもおかしくなかったのだが……。

 

「(どうしてこうなった……)」

 

 咲は己の不幸を、少しだけ呪ったのであった。

 

 

―――

 

 

「ルールは25000の30000返し、ウマは無しでいいか?」

「はい」

「タコスうまー」

「(……そういや、家族以外と打つの、初めてだな……)」

 

 咲にとっては初めての、家族麻雀以外での麻雀。その東一局の中盤のことであった。優希が{横③②④} {北横北北} {横⑥⑤⑦}と晒しているのがとにかく目立つ状況である。

 

「……」

 

 咲は卓を少しだけ眺めた後、{③}を切った。どう見ても明らかに混一の気配満々な優希に対して危険牌である牌である。

 

「ロンだじぇ! 混一で2000!」

「筒子集めてるの見え見えの状況で振るか? フツー……」

「ははは……」

 

 傍から見れば振るほうがおかしいとも言える状況であったのは確かである。この振込みから、和、優希、京太郎は咲が初心者であると考えていた。しかしこの中で一人、そう考えない者がいた。言うまでもなく、咲の後ろにいた麻子である。麻子は見ていたのだ。咲が{③④⑤}の出来面子から、面子を崩してまで振込みにいったのを。しかも他には筒子を持っていなかったにもかかわらず、である。

 

「(……なるほど、面白い人ですね、貴女は)」

 

 こと麻雀においては神をも超えているとも言われたりしていた麻子は、一人この異常な打ち手を見ながら面白がっていた。

 

 それから小競り合いが続き、オーラスの南四局。突出してのトップだったり、逆に大凹みしてのラスはおらず、誰もがトップを狙える状態であった。トップの和と3位の咲はおおよそ3000点程度であり、直撃でなくとも3900を和了ればトップになる状況であった。そんな中、最下位である京太郎が逆転を狙い、{①}を切ってリーチをかけた。

 

「ごめん、それロン」

「なんですとォ!? てかタンヤオ三色捨てるのってどーなん!?」

 

 そう。咲の牌姿は{二三四六六234②③④⑤⑥}。{④}-{⑦}で和了ればタンピン三色の手であり、文句なしの逆転であった。そのはずだったのだ。

 

「素人にも程があるぞ!」

「ほへん……」

 

 逆転手を潰された挙句、その和了がトップに立つものですらなかったことに腹を立てた京太郎は、咲のほっぺを人差し指でもにもにとつついた。結果として、和がトップで+23、続いて僅差で2位であった優希が+2、咲が±0、京太郎が-25という結果となった。

 

 続いて半荘2回目。麻子は咲の打ち筋を見るため、先ほどと同じく咲の後ろについていた。そしてその打ち筋を見て、ある確信を得る。

 

「(間違いない。宮永さんは確実に、わざと振り込んだり安手にすることで点数を調整している。そしてその行き着く先は……)」

「今回も和の圧勝かー」

「ありがとうございます」

「(……圧勝、ですか……)」

 

 和+31、咲±0、優希-12、京太郎-19。麻子の予想した通り、咲はまたしても±0になっていた。そして麻子以外が咲のその異常性に気付かぬまま、半荘3回目が始まった。

 

 

―――

 

 

「それにしても咲の麻雀はパッとしないなー」

「点数計算はできるみたいだけどねぃ」

「(……)」

 

 和が連続でトップを取っているため、確かにパッとしないスコアであることは確かではあった。しかし麻子は、トップよりも±0を、しかも意図的に調整して取ることができる咲の打ち筋は、パッとしていないどころか一番目立っているとさえ考えていた。とはいえこれは、実際に打っている者には気付きにくいものであった。麻雀は普通トップを目指すものであるのだから、その範囲外にいる咲は確かに目立たないのだろう。と、麻子がそんなことを考えていたりいなかったりしていたときであった。唐突に夕立が降り始め、更に雷まで鳴り出した。

 

「うわっ、雷!」

「夕立が来ましたね……」

 

「うそっ!? 私傘持ってきてないんだけど!?」

 

 夕立が降り始めたタイミングに合わせて、雀卓の奥に設置されていたベッドから唐突に人影が起き上がった。その姿を見た咲が驚きの表情になった。

 

「……って、生徒会長!?」

「んー、ここでは生徒会長じゃなくて学生議会長よ」

「でもどうして……」

「そりゃあ麻雀が好きだからよ。じゃなかったら私がここにいる訳ないもの。っと、自己紹介が遅れたわね。私は竹井久。貴女達が今日のゲストかしら」

「仁川麻子です。最近こちらに越してきました。よろしくお願いします」

「み、宮永咲です……ども……」

 

 流れで自己紹介を済ませた3人。そして久は流れのまま、麻子と同じ位置、すなわち咲の後ろについた。

 

「(へぇ、タンピン三色の綺麗な手じゃない)」

 

 今の咲の手は{六七八③④⑥⑦⑧22678}。確定タンピン三色であり、最低でも7700である。今の雀卓の設定は赤牌を抜いているため、7700は結構な高い手である。

 

「(さて、そんな宮永さんのスコアは……っと……ん?)」

 

 久も気付いたのだろう、PCの画面に映るその成績表の違和感に。そして更に後ろから爆弾のような一言が聞こえてきた。

 

「ロンです、1000点」

「!?」

 

 咲から聞こえてきたその発声に、久は驚きを隠そうともしなかった。何故ならさっきまで見ていた手は7700は堅い大物手とも言える手であったのだ。それが何故1000点に? 高くなるなら手が進んだということでわかる。しかし安くなるには相応の理由が必要だ。たとえば危険牌を回し打ちした結果とかである。しかし。

 

「({六}と{九}を入れ替えたから1000点になった。それはわかる。でも{九}はぱっと見ても危険牌に見えない……まさか!?)」

 

 ここにきて久は、何故咲がそんな奇妙な打ち回しをしたのかに気付いた。そして再度、PCの画面を確認すると、焦ったような声でオーラスを終えた卓上の人に質問した。

 

「今回の宮永さんのスコアは!?」

「またプラマイゼロっぽー」

「!」

 

 三連続±0。事象としてはひどく単純なものであるが、実際にそれを実現しようとすると不可能に近い現象である。端的に言ってしまえば人間業ではない。そしてその異常性に気付いたのは、久だけではなかった。

 

「(……何か違和感を覚えていましたが、そういうことだったんですね……!)」

 

 インターミドルチャンピオン、原村和。少なくとも同年代の中では非常に強い打ち手である彼女も、咲のその異常な闘牌に気付いた。そしてその予想が正しいか、和個人としては外れてほしいと願いながら、咲に質問を投げかけた。

 

「もしかして宮永さん、わざと±0を狙っていますか?」

 

 その質問をした瞬間、一際大きい雷が部室内に響き渡った。雷の光が部室を包み込む中、そこで一瞬見えた咲の表情は、どこまでも続く深淵のような、全てを呑みこむ様な昏い表情に見えた。

 




深刻な若者の人間離れ。
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