東四局 ドラ{中}
麻子手牌:{二六④⑥⑨12東南西北白白發}
久 手牌:{三四伍③④⑦45778白發}
麻子の流れは依然として悪い。配牌は{白}が対子になっている以外はろくなものがない。流そうにも八種九牌のため、九種九牌で流すことすらできない状況である。面子はおろか搭子さえ2組しかないという状況だ。一方の久は既に三色が見えている配牌。既に1面子確定の上、搭子も良好。普通に打てばタンピン三色まで余裕で狙えるものであった。放っておけば、調子付いている久はものの数巡で聴牌してしまってもおかしくない。しかしそんな状況であっても、麻子は平然としていた。目を閉じ、正確に『捉える』ために集中した後、改めて目を開くと{⑨}切りとした。続くまこは{白}を切ったが、麻子はこれをスルーした。続く久はツモ{⑧}となった。
「(まぁ、とりあえずは普通に打とうかしら。字牌整理してるうちに聴牌くらいならいけそうなのよね……とはいえ{發}はドラ表。ちょっと意識しないとね)」
そう考えながら打った久の{白}。これを麻子は見逃さなかった。
「ポン」
麻子手牌:{二六④⑥12東南西發} {白横白白} 打{北}
久が無用心に切った{白}を喰い取った麻子。ここから、麻子の怒涛の反撃が始まった。
麻子手牌:{二六④⑥12東南西發} {白横白白} ツモ{3} 打{西}
麻子手牌:{二六④⑥123東南發} {白横白白} ツモ{9} 打{9}
麻子手牌:{二六④⑥123東南發} {白横白白} ツモ{三} 打{南}
麻子手牌:{二三六④⑥123東發} {白横白白} ツモ{⑤} 打{東}
麻子手牌:{二三六④⑤⑥123發} {白横白白} ツモ{伍} 打{二}
麻子手牌:{三伍六④⑤⑥123發} {白横白白} ツモ{7} 打{7}
麻子手牌:{三伍六④⑤⑥123發} {白横白白} ツモ{七} 打{三}
多少の無駄ヅモがあったにはあったが、あの配牌から脅威の速度で聴牌まで持っていったのである。しかも有効牌となった牌の内、{3}や{⑤}、{7}はがっつりと久の有効牌でもあった。つまり麻子が鳴かなければ、本来これらのツモは久に流れていたのである。そして逆に、本来麻子がツモるはずであった牌は、すべて久のほうに流れていた。麻子がまこからではなく久から{白}を鳴いたのは、このツモの逆転現象を起こすためだったのだ。
久 手牌:{三四伍③④⑦⑧45778發} ツモ{9} 打{7}
久 手牌:{三四伍③④⑦⑧45789發} ツモ{1} 打{1}
久 手牌:{三四伍③④⑦⑧45789發} ツモ{①} 打{①}
久 手牌:{三四伍③④⑦⑧45789發} ツモ{二} 打{⑦}
久 手牌:{二三四伍③④⑧45789發} ツモ{6} 打{⑧}
久 手牌:{二三四伍③④456789發} ツモ{東} 打{東}
久 手牌:{二三四伍③④456789發} ツモ{②}
しかし現在5局中3局で和了を取っていた久の流れは、ここでもまだ死んでいなかった。安目安目へと手が流れていってはいたものの、本来の麻子のツモを押し付けられてなお、聴牌までこぎつけることに成功していたのだ。
「リーチ!」
久は{伍}を切ってリーチを宣言した。ノベタンに取らず、相変わらずの悪待ちでのリーチ。これは久独自の、麻雀における勝利の方程式のひとつであった。まだ場には見えていないが、おそらく数巡以内にはツモ和了ができる、と久は確信していた。だが。
「ツモです。白のみの500オールです」
リーチ後にひとつも牌をツモることなく、麻子が先んじてツモ和了をしてしまった。その牌は、久の待ちと同じ{發}であった。
「(……とにかく連荘したいから{白}を仕掛けたら、偶然にも私と同じ待ちで和了った……って訳じゃなさそうよね、これ。それならまこの第一打で鳴いていてもおかしくないわ。2枚目を待つにも、麻子ちゃんの持ち点はそれを許さない状況だったはず……余程肝が据わっているのか、それとも……)」
久も具体的に表すことはできないものの、何かを仕掛けられた、という違和感は覚えていた。ただ、その具体的な姿が見えない。まるで暗闇から攻撃を仕掛けられているかのような不気味さが久を支配していた。
―――
東四局 1本場 ドラ{2}
麻子手牌:{一二三③⑤⑧4469東東西中}
麻子の配牌は、先ほどと比べれば非常に良好と言えた。萬子で1面子が確定しており、W東も対子になっているスピード配牌と言えた。麻子は手なりに沿い、打{西}とした。続くまこ、久と打牌が続き、咲が{東}を切った。
「(一巡目から{東}……先ほどの{白}も最終的には鳴いてしっかり仕上げていましたし、これも鳴くのではないでしょうか)」
後ろから見ていた和は、麻子がW東を確定させて速攻を決めにかかると考えていた。しかし麻子は全く動く気配がなく、そのままツモ番へと入った。
麻子手牌:{一二三③⑤⑧4469東東中} ツモ{2} 打{9}
麻子手牌:{一二三③⑤⑧2446東東中} ツモ{⑥} 打{中}
麻子手牌:{一二三③⑤⑥⑧2446東東} ツモ{4} 打{⑧}
麻子手牌:{一二三③⑤⑥24446東東} ツモ{南} 打{南}
麻子手牌:{一二三③⑤⑥24446東東} ツモ{1} 打{③}
麻子手牌:{一二三⑤⑥124446東東} ツモ{北} 打{北}
麻子手牌:{一二三⑤⑥124446東東} ツモ{⑦}
「リーチします」
「(えっ……?)」
和にとってはやや不可解なリーチであった。確かにダマであれば和了れないし、{4}が3枚使いであることもあって{3}が余剰牌となる可能性も否定はできない。しかしこの手では1本場を含めても、ツモで40符3翻の2700オール、ロンだとリーチドラのみの40符2翻で4200にしかならない(連風対子は4符扱い)。しかしダマにして{東}を自力で引ければ満貫手まで化ける上、{2}・{3}の変則2面待ちにも取れる。この待ちは今のペン{3}も内包しているため、純粋に上位互換である。さらに最悪鳴いてしまっても5800(+1本場)までは確定する上、やはり待ちを広げられる。何より{3}がドラそばである以上、出和了が厳しいとなると、なるべく待ちを広げられるチャンスを得たほうが良いのではないか。和はそう考えた。しかし。
「一発ツモ、リーチドラ1、裏無しで満貫、1本場なので4100オールです」
結果的には麻子が一発ツモ。結果論だけを見ればこれが最適であったということになる。偶然にも一発がついたため満貫まで伸びたが、普通はこんな手を一発でツモれるような人物は少ないだろう。そもそも咲が{東}を切った時点で鳴いている人も多いはずだ。点数が少ない状況で一手でも進められるのであれば尚更である。
―――
続く2本場。麻子の配牌は更に良くなっていた。
麻子手牌:{四伍七⑤⑤⑥⑧2346889} ドラ{①}
ドラを絡めるのは難しそうなものの、ぱっと見では早いタンピン手であり、聴牌にも苦労しなさそうと言えた。しかし麻子の手は配牌とは裏腹に進みが遅かった。それでも9巡目、何とか聴牌した麻子は河を一瞥し、リーチをかけた。
麻子河:{9東七西一二} {發8}
まこ河:{29三八5白} {②發}
久 河:{南中9東②西} {七二}
咲 河:{西發白八1三} {②白}
「リーチ」
麻子手牌:{三四伍⑤⑤⑥⑧234678} ツモ{⑤} 打{横⑥}
「(えっ!?)」
麻子手牌:{三四伍⑤⑤⑤⑧234678}
なんと{④}-{⑦}・{⑥}を蹴っての{⑧}単騎でのリーチ。しかも筒子で染めているようにしか見えないまこに対しての超危険牌である。直近の{②}切りを考えれば、筒子で既に聴牌していても十分おかしくない状況だった。
「(な、何を考えてもこれは暴挙でしかありませんっ!)」
和からすれば一切の理解が出来ない、といった様子であった。無理もない話だろう。少なくともデジタルな打ち方とは言えない麻子の打ち筋は、和には一生かかっても理解不能であると言えた。
「(筒子染め丸出しのわしに対してそがいな牌、こりゃ跳満倍満クラスの勝負手と見るべきか……)」
「(ドラ色の染め手のまこに対してそんな暴牌……よっぽどな手を張ったのかしら……)」
「(んっ……なんか、変な感じがする……嫌な予感が……)」
当然、対局中の3人は、一気に麻子に対する警戒レベルを引き上げた。結果的に当たらなかったからよかったものの、今頃まこの一色手に直撃していてもおかしくなかったのである。そしてそれほどのリスクを冒している、ということはそれなりにリターンのある手である、と思われてもおかしくない。
まこ手牌:{①②③④⑥⑦⑧⑨⑨⑨北北北} ツモ{北}
「(だけど、この手をオリる訳にゃあいかん……今回ばかりは突っ張らせてもらうでぇ!)」
幸運にもまこがツモった牌は4枚目の{北}であった。だが、流石に親リー相手に槓ドラを乗せるわけにもいかないと判断したまこは、そのまま{北}をツモ切りした。
久 手牌:{一一一①④④3334567}
「(……きたっ!)」
久がツモったのは{④}。聴牌を取るためには{①}か{4}-{7}のいずれかを切る必要があった。{①}はまこに大当たりだし、{4}-{7}はそれはそれで危険牌である。だが、久は怯まなかった。
「(ここで聴牌の、しかも筒子の方の牌を持ってくるってことは、つまりそういう意味でいいのよね……!)リーチ!」
切ったのは{4}。一応振った時に裏ドラが乗りにくい牌であること、そして1-4が久視点では考えにくい待ちであることからこちらを選択した。ただどちらにせよ、久が引くつもりは一切なかった。直感ではあるが、引いたらこの先、勝てない気がしたのだ。
咲 手牌:{伍六七九九九⑥⑦789中中} ツモ{中}
「(これはツモ切り。欲しいのは次のツモ。次の{九}をツモって……和了る!)」
咲はそのまま{中}をツモ切りした。それは{中}が安牌だから、という理由ではなく、次に{九}を引くことを感じていたからであった。咲も今は自覚がないものの、いわゆる『牌に愛された少女』の一員である。咲の場合は特に、槓材と嶺上牌に対しての嗅覚がずば抜けていた。最早咲からすれば、次巡に和了るのは必然と感じていた。
だが、そこにすべてを無に帰す無慈悲な声が響き渡る。
「カン」
「っ……!!」
咲が嶺上牌をツモるより先に、欲しかった牌を掠め取った者がいた。そう、麻子である。麻子は{⑤}を晒すと、露骨に顔を歪めて怯えた咲を気にすることなく、嶺上牌をツモるため腕を伸ばした。
「(なっ……!?)」
オーラに敏感なまこは、この時唯一直視してしまった。麻子からも咲と同じように花弁が舞い踊っていたのを。しかしその花弁は桃色のものではなく、まるで地獄に咲いていたかのような、真っ黒で鋭い花弁であったことを。
「(この感じ……お姉ちゃんと同じ……いや、それ以上だよっ……!)」
咲は咲で、麻子から発せられる強烈な闇のオーラそのものにあてられていた。咲の姉――宮永照とはまた種類が違うオーラであるため単純な比較はできなかったものの、その強さだけで見ればその姉を遥かに凌駕していたのを全身で感じていたのである。
「御無礼、ツモりました。リーチタンヤオ嶺上開花。裏、槓ドラ合計2枚で6200オールです」
麻子和了形:{三四伍⑧234678} {■⑤⑤■} ツモ{⑧} ドラ{①22西}
「(こいつ、3面張を捨てて{⑧}単騎じゃと……!? しかもわしへの高目振込みを回避しとる……!?)」
「(や、やっぱり……麻子ちゃん、『私の領域』に入り込んできてる……!)」
「(うっそでしょ……そんな和了を取るなんて普通はできっこないわよ……!)」
少しでもミスをすれば、他の誰かが和了を取りかねなかった場面。その場面において、麻子はそれらを全てかわし、ノーミスで和了を成し遂げた。それはこれから始まる『狩り』……いや、『狩り』などと優しい言葉ではなく、『虐殺』とでも表現したほうが正しい、そんな悪夢の始まりを告げる鐘でしかなかった。
「御無礼、ロンです。7700は8600」
「御無礼、ツモです。4000オールは4400オール」
「御無礼、ロンです。18000は19500です」
「御無礼、ツモ。2600オールは3200オールです」
嵐。そう表現するのすら生温いような連続和了。しかも直撃は2回とも久から取っており、結果的に麻子以外の点数が平均化されていた。残る2人も振込みを回避するのが精一杯であり、麻子の和了を止めるまでには至らない。対局中の3人、そして見学している3人全員が、その麻子の闘牌の前に言葉を失い、ただただ見惚れていた。
「御無礼、ツモりました。嶺上開花、四暗刻で16700オール。皆さんトビで終了ですね」
麻子和了形:{②②②④④④⑧⑧⑧北} {■東東■} ツモ{北}
最後は麻子そのものを表すかのような、黒一色四暗刻単騎での和了となり、南場を待たずして3人仲良くトビとなって終了した。そして対局が終了すると同時に、先ほどまで部屋を埋め尽くさんとしていた麻子のオーラも雲散霧消した。しかし麻子以外の6人は、その圧倒的な闘牌の結果に未だ声すら出せないでいた。
「(……)」
麻子はこれにより、周囲から拒絶されることも考えていた。と言うより、対局前に宣言した時点で、最終的に拒絶されるところまで織り込み済みであった。元々自身は孤高の怪物として扱われてきた。仮にここで拒絶されたとしても、それに戻るだけなのだ。そう麻子は考えていた。無論それが言い訳であることは自覚していたものの、こうすれば少なくとも傷は浅くて済むと考えていたのだ。……が、しかし。ここの少女たちは麻子の、生まれ変わったが故に生まれたその後ろ向きな考えを大きく覆した。
「……すっ、すごいわっ! 何これ、すごいしか言葉が出てこないっ……!」
「なんというか、格が違うっていうなぁこがいなことなんじゃのぉ思うたよ。でも、何だか清清しい気持ちじゃのぉ」
「ま、まさか『私の場所』に来るなんで思ってもいなかったよ……すごいね、麻子ちゃん!」
「まるで麻雀星人みたいだったじぇ……」
「どこの星だよそれは……でもまぁ、本当にすげーとしか言いようがなかったな」
「後ろから見てて、理屈ではあり得ないような打ち方で、私には理解はできませんが……でも、……麻子さんの強さは後ろからでもよくわかりました。いつか必ず、貴女に勝ってみせますから、待っていて下さい!」
6人から帰ってきたのは笑顔と、言葉は違えど麻子を歓迎するものであった。麻子はそれらの言葉を聞き、麻子にしては珍しく驚いた表情で微動だにしなかった。まさかあそこまで蹂躙しつくした自分を受け入れられるとは思っていなかったからである。
「……ありがとうございます」
ようやく現実を認識し、硬直状態から脱した麻子は、うっすらと、しかし純粋な笑顔を浮かべ呟いた。小さな声であったそれは、しかし6人の耳にしっかりと届いていた。
……という訳で、御無礼祭りはこれにて閉幕です。
そして麻雀部の6人は、そんな麻子さんの打ち筋に魅了されました。
次は一段落して雀荘編です。