Lostbelt No.8 「極東融合衆国 日本」   作:萃夢想天

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皆様、明けましておめでとうございます。
おかしいな。一話前も同じ挨拶をしたような…。

そんなわけで、時間を見つけて細々と書いてゆきます。
どうか今後とも拙作をよろしくお願い致します。


それでは、どうぞ!





第八章三節 天地に在って、種は樹へ至る #5

 

 

 

 

 

「揺れが、治まった…?」

 

 

ついさっきまで、立つこともままならない程の振動に襲われていた私達だったけど、時間が経つにつれて徐々に地鳴りが小さくなっていくのを身体で感じていた。地震程度じゃ済まない大振動だった。なにせ、日本列島そのものが浮かび上がっていたのだから。

 

 

「マシュ! そっちは!?」

 

「システムに異常ありません! オルテナウス着装、完了しました!」

 

『日本海にあった魔力の反応が消えている。きっと、ジル・ド・レェがやってくれたんだ』

 

 

ずっと揺れに耐え続けて固まった体を起こし、状況を確認する。

マシュはオルテナウスを展開していて、装備も十全に使用可能であることは確認済み。同行しているアーチャー【薛仁貴】とバーサーカー【ノートン1世】の両者も、外傷や不調は見られない。カルデア…ノーチラスとの通信も健在。

 

このまま異聞帯での作戦続行に問題が無いと判断した私は、海のある方角へ目を向ける。

 

あの振動の元凶は、日本海で膨大な魔力を用いて宝具を発動させた、戦国武将みたいなランサーで間違いない。それが治まったというのなら、私が令呪と共に命じて送り出したジル元帥が戻ってきてもおかしくない。

 

なのに、私と彼との間にある契約のパスが途絶えたのを感じる。さらに、彼が有事の際にと残してくれた海魔たちも消滅していく。その光景を見てしまった以上、彼が帰ってくるという夢想を抱く時間は無いのだと頭を切り替えるしかなくなった。

 

 

『――これこそは、世界を救わんとする聖女の従僕である証』

 

 

そう言って彼が掲げた、カルデアの紋章が刻まれた旗を思い出す。

私達と共に人理を取り戻すと。人類の未来を再編すると手を差し伸べてくれた彼を、私が送り出した。その結果、彼は戻らなかった。

 

私はまた、取りこぼしてしまったのかな…。

 

 

(あるじ)よ! 下を向くな! 顔を上げろ!」

 

「っ!」

 

「薛仁貴さん!?」

 

 

仲間を失った悲しみで思わず下を向いた私を、薛仁貴が声を荒げて叱咤する。極地用のカルデア制服の襟を掴まれ、強引に顔を上げさせられた。彼女の強い意志の宿った目に見つめられる。

 

 

「貴様は何だ! 貴様の望みは何だ!」

 

「わ、私は、人類最後の…」

 

「そうではない‼」

 

 

ぐいっ、と頬を両手で掴まれ、身動きが取れない。人類最後のマスターで、汎人類史の再編者だって言おうとしたけど、否定されてしまった。じゃあ、何て答えればいいの?

 

困惑する私を見つめ、薛仁貴は諭すように話してくれた。

 

 

「人類最後のマスターだとか、そのような御題目はどうでもよい。小生(わたし)が聞きたいのはな、主がこの異聞帯に立ち向かわんとする意思の奥底にあるものなのだ。分からぬか?」

 

「御題目じゃない! 私は人理を…」

 

「それは求められた役割で、果たすべき使命だろう! 小生の求める答えは、そうではない。貴女は何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

彼女の言葉に、ハッと目を見開く。

 

何で、人類史を、人理を修復しようとしたのか。

私はそもそも魔術なんて関わりのない一般人で、巻き込まれた被害者で、それで……私しか、やれる人間がいなかったから。だから、やるしかなかった。けど、あくまでもそれは使命感とか、義務とか、そういうものだ。

 

どうしてあんな恐ろしい目に遭いながら、それでも立ち向かい続けたのか。

私はもう、その答えを出している。

 

崩れゆく時間神殿の最奥で、私の運命(Fate)と呼べる者に、既に告げていた。

 

 

「――生きて、いたいから」

 

「………」

 

 

そうだ。私は生きていたい。死にたくない。まだまだやりたい事、知りたい事がいっぱいある。こんなところで死ねるかって、そんな思いで這いつくばりながらここまで来たんだ。

 

その為に、私自身のエゴで仲間を失った。でも、それは皆が後押ししてくれたからだ。私の「生きていたい」ってみっともない願いを、彼らが聞き入れてくれたからなんだ。

 

忘れる所だった。そっか、そうだよね。

 

 

「ならば、如何する?」

 

「死ねない。死んでたまるか」

 

「仲間を失った悲しみに、打ちひしがれる暇があるか?」

 

「ない。私が落ち込んでても、意味ないから」

 

 

零れ落ちかけた涙を乱暴に拭い、立ち上がる。

 

皆が私を見ている。次の指示を、私の願いを待ってくれているんだ。

 

頬をパンパンと叩いて、喝を入れる。そうだよ。キツイ戦いが続いたから忘れかけてた。一番忘れちゃいけないことだったのに。あーあ、こんなんじゃ、またあの人に怒られちゃうかな。

 

 

(ごめんね、ドクター。私やっぱり、貴方がいないとダメダメだ)

 

 

締まりのない笑顔が浮かび上がる。かつての淡い想いを少しだけ思い出し、振り払う。此処から先には、思い出は必要ない。大事なのは、生き抜く為の思考だけ。脳ミソを回せ、足を動かせ。死にたくなかったら――!

 

 

「行動あるのみ!」

 

「よくぞ言った!」

 

「先輩…! 次の指示を!」

 

 

皆が私を見ている。こんなところで折れたりしないって、信じてくれてたんだ。バカだなぁ、私。こんなにも頼れる仲間が周りにいるのに、独りで世界に立ち向かってる気になって。けど、もう大丈夫だから。

 

 

「……カリギュラ! 力を貸して!」

 

「良かろう。其方の道行き、成し得る行いを、我がローマの栄光にて照らさん!」

 

 

深紅のマントを靡かせ、帝国皇帝カリギュラがその腕を空へ掲げた。

 

 

「今宵は満月! おぉ、麗しき月女神(ディアーナ)よ! かつて我が心を喰らい、狂気で満たした夜の華よ! 今この時より我が精神を解き放ち、平穏を求める者に救いの手を差し伸べることを赦したまえ‼」

 

 

黒く染まった双眸を滾らせ、偉大なる帝国に君臨した男が声高く宣う。

 

もう迷わない。立ち止まったりしない。そんなことしてると、また取りこぼしちゃうから。私は今まで通り、がむしゃらに突っ走る。それだけでいいんだって分かった。

 

 

「ホームズ! ダヴィンチちゃん! 聞こえる!?」

 

『聞こえているよ、マスター・立香。ここから先のことだね?』

 

「うん! ランサーはジルが止めてくれたから、次は!?」

 

『ランサーの消滅は相手にも伝わっているはずだ。計画の足掛かりが途絶えたのだから、予想されるアクションは限られる。この場合、最も可能性が高いのは計画の続行だろう』

 

『今、日本は少しずつ落下している状態なんだ。つまり、まだ僅かではあるけど、浮いたままになってる。ゼベルはきっと、これが最後のチャンスだと思っているに違いない』

 

 

カルデアの頭脳担当の二人から、今後の作戦行動の指示を乞う。彼女らの話では、ゼベルさんは恐らく例の【人理抹消】計画を諦めずに続けるということだ。島国である日本を空に浮かべるって時点で発想がぶっ飛んでるけど、そこから何をどうするかまでは流石に分からないまま。

 

止めなきゃならない。その為に私がすべきことは。

 

 

「ゼベルさんを止める……戦って、倒してでも止めなきゃ!」

 

「せん…いえ、マスター。マシュ・キリエライト、いつでも行けます!」

 

『決まりだな! カルデアの現所長、ゴルドルフ・ムジークの名に於いて命ずる! 藤丸立香、並びにサーヴァント各員! 汎人類史を取り戻す為に、クリプターのふざけた野望を粉砕するのだ! そして、無事に帰艦せよ!』

 

「「はいっ!」」

 

 

新所長の号令を受け、私達の視線は一斉に彼方を――黒くそびえる壁の内側へ向けられた。

 

最初に会った時に招かれた国会議事堂。きっとあの人はあそこにいるはずだ。この異聞帯特有の「神の通り道」を使えばかなりの距離でも瞬時に移動できる。そしてそれは、向こうも同じ。

 

逃げられる前に追い詰める。後の事は、その時に考える。

 

 

「行くよ、皆!」

 

 

 

 

 

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近くにいたお地蔵さまにお願いして「神の通り道」を使い、黒い壁の前まで到達した私達は、大きな四角い入り口を駆け抜けて中へ進んだ。そこで、薛仁貴がふと呟いた言葉が耳に残った。

 

 

「……見張りの者がいない?」

 

「えっ?」

 

「ああ、いや。些事であろう」

 

 

ほんの些細な、けれど確かに感じる引っ掛かりを振り払おうと前を向いて走る。このまま進めば森を抜けて、異聞帯の住人であるキャサリンとグロリアさん達が暮らす住宅街に着く。あの人達もきっと今頃、揺れに驚いて混乱しているはずだ。

 

状況を説明して、安全な場所まで避難させようかと考えながら、ちらほらと明りが灯る街へ駆け寄っていく。もう夜中だから、流石に出歩いている人の姿は無く、気配も感じない。

 

……気配を、感じない?

 

 

「ねぇ、何かおか――」

 

 

おかしい。そう言い切る寸前、背後にいた薛仁貴に口を塞がれた。

 

 

「っ…!?」

 

動くな。できれば、息も抑えろ。気付かれる

 

 

耳元で囁かれる彼女の声は、噛み殺したかのように低く小さいものだった。小さく首肯して言葉通りにすると伝えながら、ゆっくりと辺りを見回す。そこでようやく違和感の正体に気付いた。

 

 

ぐじゅる、ごぽっ…

 

……べちゃ…ぐちゅっ

 

 

静かな夜の闇へ混じるような、不快感を覚える生々しい水音が微かに聞こえてくる。無条件に背筋が泡立ち、恐怖心を増長させるような嫌な音だ。

 

暗闇に目が慣れ、月明かりと街灯に照らされるソレを目視してしまう。

 

 

「――っ‼」

 

 

見えたのは、黒い()()()

 

ドロドロと零れ落ちていく皮膚か体液のようなものを滴らせ、脚でも手でもない不格好な部位を器用に使って蠢くソレら。

 

一目見て「生物ではない」と分かるのに、明らかに生きている文字通りの怪物を前にして、血の気が引いていくをの感じた。

 

 

「なん、だ。コレは…」

 

「下がっていろ。貴様では手に負えん」

 

 

ノートン皇帝は私と同じように真っ青な顔で黒い怪物を見ている。現実味が無さすぎて、見えている物が信じられないと言った様子だ。そんな私達の前に立ち、薛仁貴は腰に下げた二つの弓の片方を手に取り、矢を番えた。

 

 

「……小生が召喚された中華の地にも、斯様な魍魎はいなかった。あそこは神の巣窟だったが故に、反旗を翻さんとした小生を排除しに向かってきた。だが、コレは違う。何もかもが違う」

 

 

迎撃の体勢を整える薛仁貴に庇われた私は、そっとマシュに耳打ちする。

 

 

「カルデアとの通信はどう?」

 

「魔力の渦が消えた日本海側へノーチラスを寄せ、いつでも発艦できるように待機されるとのことでしたが、通信は……残留魔力の乱れでしょうか、現在は不可です」

 

「じゃあ、付近の人の生体反応は分からない?」

 

「デッキの観測機より範囲は狭いですが、携行型は使えます」

 

「お願い」

 

 

嫌な想像が頭にチラつく。

考えたくはないけど、もしこの街にいた人達が既に怪物に襲われていたら…。

 

すると、隣でぽつりとノートン皇帝が呟いた。

 

 

「東だ…」

 

「え?」

 

 

か細い呟きでうまく聞き取り切れなかったけど、東って言った?

 

不思議に思って顔を向けるのと同時に、マシュの観測機のスキャンが完了した。

 

 

「……遠方に僅かですが、反応ありました!」

 

「どっち!?」

 

「東の方角、このまま2キロメートル先です」

 

「よし、迂回していこう。薛さん!」

 

「心得た」

 

 

マシュの盾に付随する計器の観測結果によれば、どうやら完全に人間がいなくなったわけじゃないことが分かった。けど、キャサリンの家を訪れた時にはもっと大勢の人が街で暮らしてた。なのに、反応が僅かってことは、つまり。

 

いや。下を向くな。前を見ろ。

まだ助けられる命はあるんだ。

 

ゆっくりと、しかし足早に後方へ下がって街の入り口から東へ迂回する。その途中、着いてくるノートン皇帝のさっきの一言が気になった。

 

 

「あの、ノートンさん」

 

…おお天上の主よ、我らの父よ。どうか彼の者らを救いたまえ。我らの哀しみを癒したまえ……

 

「ノートン皇帝陛下?」

 

「むっ!? あ、あぁ。何かね、若き宰相よ」

 

 

何かを堪えるような顔で必死に言葉を紡いでいたような気がするけど、また聞き取れなかった。こっちに意識を向けてくれたので、先程の疑問をぶつけてみる。

 

 

「何でさっき、東って言ったんですか? 確か、マシュの観測が終わる前だったと思うけど」

 

「はて…? 余が何か申せば、議会の議事録に残るはずなのだがな。いや、今はそれよりあの娘子の身を案じねば!」

 

「それもそうですね!」

 

 

どうやら無意識の言葉だったようだ。となると、彼のスキルの一つにある『貧者の見識(狂)』が関係してるのかな? よく似た名前のスキルを、カルナという英霊が所持しているけど…今はそれどころじゃない。早く生体反応が残る場所へ向かなわいと。

 

 

「反応、すぐ先にあります! ですが――」

 

「……こっちも、か」

 

 

夜の森を走り、「神の通り道」を少し通ったりして時間を短縮しながらついに辿り着いた。だけど、やはりと言うべきか。街の入り口と同じように、あの黒い怪物がゾロゾロと犇めいているのが遠目からでも確認できた。

 

ここから密かに反応のある地点まで行くのは、厳しいかな。

 

 

「娘子らよ、聞こえておるか! 余だ! アメリカ帝国唯一皇帝たるジョシュア・ノートンが、陸軍と共に参じたぞ! 息があれば返事をせよ!」

 

 

その時、傍らにいたノートン皇帝がいきなり大声でキャサリン達を呼んだ。

 

 

「っ! この気狂いが、何と愚かな!」

 

「何処だ! 何処にいる! 余は此処におるぞ! だから返事を…」

 

「口を噤め愚か者! これ以上ヤツらを呼び寄せてどうする!?」

 

 

慌てて薛さんがノートン皇帝の口を押さえようとするけど、もう遅かった。不快な音と異臭を撒き散らしながら蠢いていた怪物が、一斉に動きを変えた。無秩序的だった動作がピタリと止まり、ゆっくりと音の発信源を探る様なものに変化する。

 

個体ごとに形状が違うようで、脚らしき部位の数も違えば、顔っぽい部分の大きさも別々だ。ますます気味が悪い。こんな恐ろしい生き物だらけの場所に、交流していた人達がいると想像すればノートン皇帝の焦りも理解できる。できる、けど…。

 

 

「…マスター。眼前の敵性生命体、爪や牙を露出。敵対行動と思われます!」

 

「マシュ、薛さん! 敵を反応のある方向へ寄せ付けないよう注意を引いて!」

 

「了解! オルテナウス、スラスター起動。前に出ます!」

 

「チッ…こうなっては仕方なし、か。了解した。我が矢で先陣を切るぞ!」

 

 

怪物は不格好な爪や牙、骨らしきものを剥き出しにして襲い掛かってきた。すぐに指示を飛ばし、マシュと薛さんには迎撃と護衛を同時に行ってもらう。彼女らが派手に立ち回れば、怪物に思考があればそちらへ向かうはず。そうなれば、遊撃を任せられるのはただ一人。

 

 

「カリギュラ!」

 

「うむ。この五体を以って、我が契約者の血路を開こう。ローマの栄光を見よ!」

 

 

狂化によって理性を剥奪されながら、しかしこの異聞帯に於いて正気を保ち続けられる稀有な状態の皇帝カリギュラ。強靭な肉体から繰り出される圧倒的暴力が、黒い海を掻き分けていく。

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー!」

 

「オオオオォォッ‼ ロオォォォォマッ‼」

 

 

剛腕が、豪脚が、咆哮が、迫り来る脅威を悉く粉砕する。

 

骨肉の嵐と化したカリギュラの届かぬ敵を、薛さんの矢が射抜き、囲みこもうとする時はマシュの大盾で吹き飛ばす。示し合わせるわけでもなく、三人の英霊は互いの背を守り合っていた。

 

彼らが暴れている間、静かに木の上に昇って状況を俯瞰していた私は、戦闘の行われている範囲から駆け出していくノートン皇帝の姿を見た。

 

 

「ノートンさん!? 何してるの!」

 

 

思わず呼びかけてしまったけど、反応しなかった。

私の声に気付かず、そのまま東の方へ……って、まさかあっちに誰かいるの?

 

もしそうだとしたら、ノートンさん一人じゃ危ない。薛さんから聞いた話だと、彼はサーヴァントなのにこれまで一度も戦ったことが無いらしい。あの怪物と接敵したら、何も出来ずにやられてしまうかもしれない。

 

 

「薛さん! あっちにノートンさんが!」

 

「なにっ!? ええい、済まぬ! この場を凌ぐのに手一杯だ!」

 

 

マシュに行ってもらうわけにはいかない。私の護衛も兼ねているから、下手に動かすとこっちまで危なくなる。薛さんに動いてもらおうと思ったけど、想定よりも攻撃が激しくて離れられない。

 

すると、暴風雨となったカリギュラが私の指示を待たず、一直線に怪物の中を突き抜けていった。

 

 

「カリギュラ! マシュ、こっちに戻って援護! 私も行く!」

 

「了解、しました!」

 

「行け! 殿(しんがり)は小生が務める!」

 

 

油断すれば鋭い歯牙に切り裂かれそうになる怪物の波を、三人で一団となって突破する。カリギュラはノートンさんが向かった場所へ突き進んでいく。マシュの盾の陰に隠れながら、私達は高層住宅の内部へ入った。

 

外部と遮断された閉鎖的な通路を全速力で走り抜け、翻る真紅のマントを追いかけていく。そうして通路の角を曲がって少し進んだところで、カリギュラに追いついた。

 

 

「カリギュラ! ノートンさんは!?」

 

「………無事だ」

 

 

何故か立ち止まっていたカリギュラに話しかけると、彼の視線の先でノートンさんが子ども達を抱き締めているのが見えた。良かった。生き残っていた人達がいたんだ。本当に良かった…。

 

此処は高層住宅の一室のようで、明かりの灯った部屋の中から小さな人影がぴょこっと飛び出してくる。見覚えのある髪色と髪型だったので、誰なのかすぐに分かった。

 

 

「お姉ちゃん達だ!」

 

「キャシー!」

 

「キャサリンさん!」

 

 

ぱぁっと花が咲くような笑顔で抱きついてきたのは、この異聞帯で最初に出会った女の子。キャサリンは嬉しそうに私の足に顔を擦り付けてくる。この子も無事で何よりだ。

 

隣にいるマシュもそう思ってくれたようで、にっこりと微笑んでいる。けど、ふと辺りを見回して何かに気付いたのか、キャサリンに話しかけた。

 

 

「あの、キャサリンさん。グロリアさん…お母さんは部屋の奥にいらっしゃいますか?」

 

 

マシュの問いかけに、キャサリンは僅かに瞳を揺らし、ぽつりと溢した。

 

 

「あのね、ママはね――()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 

幼い彼女の言葉がすぐには理解できず、呆けた返事を返してしまう。キャサリンは寂しそうな顔で私を見上げながら、続けた。

 

 

「お外にいっぱいの黒いのも神様なんでしょ? ママね、このお家に来る途中で神様とくっついて、そのまま神様になっちゃったんだよ」

 

 

言葉が、出なかった。

 

この子の言葉を信じるなら、あの怪物に捕まり、そのまま…食われるでも殺されるでもなく、同じものになった。なら、今まで私達が戦ってきたのも全部、元々は。

 

 

「マスター!」

 

「主、息を吐け。少しずつ息を吸い、ゆっくり吐くのだ」

 

 

ふらつきそうになってマシュに支えられた。薛さんも背中をさすってくれている。やっぱり、こういうのは慣れない。これまで色々な特異点や異聞帯で惨いものには耐性が付いたと思ったけど、どうしてもキツい。胸の奥からドロっとしたものが込み上げてきそうだ。

 

呼吸を整えながら部屋に入れさせてもらうと、大人も子どもも十数人程度しかいなかった。これだけ? 街にはたくさん人がいたのに?

 

 

「それにしても、突然で驚いたよなぁ」

 

「ああ。神様にしてもらえるのは、もっと先だと思ってたのに」

 

「ねぇねぇ、もうすぐ僕も、神様になれるの?」

 

「きっとそうさ。私の友達はみんな、あの黒い神様になったからね」

 

 

吐き気を堪えている間に聞こえてきたのは、部屋にいる人々の会話。そのどれもが、状況を理解しているとは思えない程に落ち着いたものだった。いや、落ち着いているとかじゃなく、何も分かっていないのか。

 

不意に、ノーチラスのデッキでホームズたちと作戦会議をしていた時の言葉を思い出した。

 

 

『この異聞帯において日本列島以外に人類の生存圏は無く、明確な理由は未だ不明であるが…年齢が50歳を超える者、いわゆる高齢期に分類される人が存在していないとされている』

 

 

あの時、私は北欧異聞帯のことを想起した。神による徹底管理された箱庭の中の人類。状況に類似点がある為、同じように間引かれているのではないかと思った。

 

でも実際は違う。この異聞帯に老人がいない理由、その答えがあの怪物なんだ。

 

 

「な、何故……皆さんは笑っていられるのですか? わた、私には、分かりません」

 

「コレが、神に飼われた民の末路だ。争いを神が代理したが為に、人々は争うことを知らぬ。失うことを知らぬ。人は老いれば神になるのだと聞かされ、それを漠然と飲み干すだけの与えられる家畜には、恐れなぞ湧くはずもあるまい」

 

「つまり、彼らは…」

 

「死を恐れぬ。()()()()()()()()()

 

 

薛さんの言葉を聞いて、思わず壁を殴りつけそうになった。それほどに、やるせなさを味わった。

 

じゃあ、なに? この人達は自分達が怪物を怪物だと思ってないし、襲われても「神様になれるんだ」って思い込んで受け入れるってわけ? そんな人達を、どうやって助ければいいの…?

 

 

「そんな……おぉ、主よ」

 

 

目の前でノートンさんが膝から崩れ落ちかけていた。きっと彼も答えに辿り着いたのだろう。背中からでは表情は分からないけど、絶望に満ちていることだけは察せられる。

 

何も言えずに、ただただ不快感だけが体内を巡る。そうしてどれだけ時間を無駄にしたのか。私達が入ったから閉ざされていた扉に、柔らかいものがぶつかるような音が絶え間なく響いてきた。

 

 

「っ…まずい、気付かれた!?」

 

「マスター! この空間には窓や他の出入り口がありません! 退路を断たれました!」

 

「異国の帝、貴殿の膂力で壁を破れぬか!」

 

「容易い。が、悪戯に敵の侵入経路を増やせば守り切れぬ」

 

 

悪寒をぐっと抑えて立ち、マシュたちと陣形を組む。それでも危機的状況に変わりはない。私達は一室に押し込められ、唯一の出入り口からは怪物が押し寄せようとしている。詰み、という言葉は考えたくないけど、この状況はもうそう呼ぶしかない。

 

 

「天にまします我らが主よ。我ら如何なる苦難が待ち受けようと、祈りを忘れず、歌を忘れず、我が身を捧げます。おお、大いなる主よ。今一度、御許へ近付くことを許されよ…!」

 

 

膝立ちで茫然としていたノートンさんも、気付けば額を床につけて両手をその上で組み、必死に捲し立てている。キリスト教には明るくないけど、祈りの言葉とか聖句とか、そういったものだろうか。神頼みと言うか、何かに縋りたくなる気持ちは痛いほど分かる。

 

今までノートンさんが何かする度に咎めていた薛さんも、油断なく矢を番えているから誰も彼の奇行を止めない。私も、霊基グラフに登録されたカルデアのサーヴァントの影を召喚する為に思考リソースを割く余裕がない。ぼそぼそと祈る声と扉を叩く肉の音だけが、部屋に響いた。

 

 

バンッ!!

 

 

そして遂に、爆ぜるような音と共に扉が破られてしまった。

 

通路だけでなく壁や天井を這い回るように動くドス黒い肉の(つた)が、一斉にこちらに向かって迫ってくる。薛さんが瞬時に矢で撃ち抜くけど、それすら飲み込む勢いで後ろからどんどん新しい触手が伸びてきて、迎撃の効果は見受けられない。

 

 

「主よ、主よ! 救済を! 無垢なる臣民に救いをお与えお与え下さい!」

 

 

皇帝の懇願も意に介さず、黒々とした肉枝が凄まじい速度で彼に殺到する。

 

 

ドスッ――‼

 

 

「ノートン!」

 

「マスター!」

 

 

引っ張ろうとしたけど、間に合わない。逆に私がマシュに引き戻されて尻もちをついてしまう。

 

 

「こーてーおじさんっ!」

 

 

キャサリンの悲鳴が聞こえる。そうだ、まだだ。ノートンは間に合わなかったけど、まだキャサリンや他の人達は生きてるんだ。せめて彼らだけでも助けなきゃ。

 

震える膝に力を入れる。この状況を打破する一手を考えねばならない。そう思い顔を上げた私が見たのは、金色の粒子になって消えていく皇帝の無残な最期――ではなかった。

 

 

「………ろーまの、おじさん?」

 

 

地に伏し震えながら祈り続けるノートンの前に、彼は立っていた。

 

その両腕で膨れ上がった黒い肉の槍を押さえ、脇腹を鎧ごと抉られて臓器と骨を晒しながら。古代ローマ帝国三代皇帝カリギュラが、民を背に庇い立っていた。

 

 

「祈るな。手が、塞がる」

 

 

ミチミチ、と全身の筋繊維が悲鳴を上げるような音を立てているのに、カリギュラは一歩も引かず体勢も崩さない。まるで、「此処から先は一歩も通さない」と言うように。

 

 

「ノートン……皇帝を僭称する者よ。祈りとは、膝を屈して全てを擲ち、ただ神の慈悲に平伏し(おもね)る事では、ない。我ら人は、神に捧げるのみ。神は、人を、救わぬ」

 

 

続々と増える黒い触手を薛さんが撃ち抜いていくが、キリが無い。マシュも、私やこの部屋の人達を守る為に最小限の挙動で盾を動かし続けている。動けるのは、私とノートンだけ。

 

けれどノートンは戦えない。祈り、愛し、想う人だから。決して拳を握り、武器を手に取り、振りかざす人ではない。戦って勝ち取った皇帝ではなく、人々に「そう在れ」と願われたが故の皇帝なのだから。

 

 

「人を救えるのは人だけだ。我は皇帝、人の臨界に至りし者。何者よりも、人以上に人足らねばならぬ。故に我は人を救う。愛し、守り、慈しむ。それこそが至上の幸福である」

 

 

ノートンは涙を流しながらカリギュラを見上げている。血飛沫が床を汚し、徐々に押されつつあるその背中を、嗚咽を抑え込みながら見つめていた。

 

 

「故に――問おう」

 

 

ゆっくりと振り返り、カリギュラの黒い……けれど温もりを感じる瞳が、ノートンを見つめる。

 

 

「汝は、神を愛する者か。それとも、人を愛する者か」

 

「っ…!」

 

「神を愛するのなら祈り続けるがいい。誰かを救えるその手を固く閉ざし、神の寵愛を乞うがいい。だが人を愛するというのなら」

 

 

言葉を区切り、再び前を見据えたカリギュラは、吠えた。

 

 

「一つでも多く、その手で救ってみせるがいい‼」

 

 

喉を爆発させたかのような大声量で咆哮したカリギュラ。その瞳からは赫赤の閃光が迸り、全身を縛り上げんと這い寄ってきた触手を引き千切る。正気を保ちながら狂化の恩恵を得ている今のカリギュラは、理性的に体のリミッターを外しているのだ。

 

 

「カリギュラ! 『浄化回復』!」

 

 

サーヴァントの影を呼び出して薛さんの援護に回した私は、着用している魔術礼装『極地用カルデア制服』に備わった回復魔術を発動した。魔力を注がれて抉られた脇腹が瞬時に癒えていくのを確認したけど、状況が好転したわけじゃない。

 

どうにかこの閉鎖状況を脱しないといけない。制服に装備されてる通信も上手く機能しないから、ノーチラスの皆には頼れない。どうしよう、どうしたら…!

 

 

「………しが

 

 

じりじりと部屋の奥へ追い込まれていく中で、蹲っていたノートンがゆらりと立ち上がった。

 

 

「ノートン! もっと下がって、危ない!」

 

「……私が

 

 

肩を震わせ、何かを呟くノートン。彼の頭上を触手が掠めていくのを見て、慌てて下がるよう呼びかけても反応しない。カリギュラも回復したとはいえ、『加虐体質』スキルの影響でどんどん周りが見えなくなっていくから適宜指示を出さないと危険なのに。

 

すると、ノートンが魔力を集中させ、ボロボロの軍帽を深くかぶり直した。

 

 

「私が救わねば! そうとも、我が国の臣民を救えるのは、皇帝である余に他ならぬ! 不甲斐無い余を許せよ帝国臣民! この窮地を脱し、我ら一丸となってこの国に立ち向かわねばなるまい! そして来るその時、空を往く箱舟を留めねば!」

 

 

あの弱々しい姿は、影も形も見られない。其処に居たのは間違いなく、民を愛し、民に愛されたアメリカ唯一の僭称皇帝ノートン1世その人だった。

 

 

「皆の者、帝国皇帝たる余の勅命である……『生き抜くのだ』‼」

 

 

手を振りかざしながら発した号令。彼の勅命を耳にした瞬間、ドクンと体の奥が高鳴り、胸が燃えるように熱く滾りだした。何だろう、とても心地良くて、生きる気力が湧いてくる!

 

 

「マスター、これはいったい…!?」

 

「何やら分からぬが、心身の奥底から活力が溢れ出るようだ!」

 

「オオオォォォ…‼ 滾る、滾る、滾る‼ 万雷の喝采が、我が脈動となって迸る‼ ローマ‼ おォォ、ロォォォマァァッ‼」

 

 

私だけじゃなく、サーヴァントの皆も同じような気持ちに溢れているみたいだ。ノートンの言葉を聞いてからだと思うけど、もしかして何かのスキルか宝具の効果かな。

 

 

「な、なぁ。なんか…」

 

「ああ。よく分からないけど、何かこう、何かしなきゃって気持ちになってきたぞ」

 

「胸がドッキンドッキンってしてる! なにこれ!」

 

「分からん。でも、いいなぁ。すごくいい」

 

 

振り返れば、キャサリン達にも影響が出始めていた。さっきまでの得体の知れない笑みじゃない。「生きよう」って気持ちを抱いた清らかな笑顔に見える。

 

そうか、ノートンはきっとさっきの言葉で私達に「生きる力」を分け与えてくれたんだ。きっと、そんな気がする。

 

 

「だったら、へこたれてる場合じゃないよね!」

 

 

縦横無尽に動く黒肉の鞭を掻い潜り、荒ぶるカリギュラに駆け寄る。自身のスキルの影響で、どんどん戦いにのめり込んでいくデメリットはあるけど、私達の現状での最高戦力は間違いなく彼だ。

 

なら、突破口を彼に賭けるしかない。

 

歯を食い縛り、身体から多少の魔力を引き抜かれることを覚悟で右手をかざし、告げる。

 

 

「令呪を以って命ずる!」

 

 

右手からまた一画、令呪が消失する。それと同時に、人理を救う英雄に願いを託(オーダー)した。

 

 

「カリギュラ! ――ローマの威光を、万民に示せ!」

 

 

 

 








いかがだったでしょうか。

一年ぶりの投稿で、その間に進んでいたFGO本編でかなり設定が明かされた部分が多いんですが……まぁ整合性取れるやろ。多分。

そんなわけで今回はノートン皇帝覚醒回でした。

終盤でカルデアや現地人にバフがかかったのは、ノートン皇帝が持つスキル『清貧勅令:A+++』の効果です。

自分以外の味方全体を対象に、バフ効果を乗っけるといったものです。ゲーム本編に合わせるなら効果としては、「弱体無効(3T)+強化解除耐性(3T)&毎TNP獲得状態付与(3T)」ってな具合でしょうか。うーん強過ぎ。

また時間を見つけて完結まで頑張りますので、次回をお楽しみに。

ご意見ご感想等、お待ちしております。

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