再び秋葉原の街を歩いていた穂乃果は、ケータイが震えている事に気付いた。断続的なバイブレーションのそれは、
「っと、電話?」
液晶に表示された名前を見て、穂乃果の表情が輝く。通行の邪魔にならないよう端によると、受話器のボタンを押す。
「──もしもし⁉︎ ──うん! 元気だよ! ──えへへ。──え? うん、うん。今から? ──勿論! すぐ行くね!」
終始楽しそうに通話をした穂乃果は、ケータイをしまうとウキウキ顔で駆け出す──直前で、つい先ほどの出来事を思い出しブレーキをかける。それから自分の服装を見下ろし、はやる気持ちを全力で我慢しなるべくゆっくり歩く。それでも早歩きなのだが、本人は気付かない。
「こっとりちゃ〜ん!」
「穂乃果ちゃんいらっしゃい♪」
穂乃果が向かったのは、南家。インターホンを押す事なく、大声で呼びかけるとすぐに玄関のドアが開いた。
「わ、もしかして待たせちゃった?」
「ううん、きっと穂乃果ちゃんならすぐ来るかな〜って思ったの。ちょっと遠い所にいたの?」
「おお、さっきと言われる事が逆だ……」
「さっき?」
ことりは何の事か分からずキョトンとしたが、
「……あれ? 穂乃果ちゃん、そんな洋服持ってたっけ?」
デザイナーの着眼点で、穂乃果の服装に気付く。
「あ、これはね──」
「むむ、やっぱり……」
「こ、ことりちゃん……?」
穂乃果ににじり寄ったことりは、目利きのごとく穂乃果の洋服を見つめる。
「有名なファッションブランドの洋服……それも今年の流行の最新モデル……」
「えっ⁉︎」
「結構いいお値段する洋服だよ?」
「そ、そうなの……?」
「うん」
続けてことりの口から紡がれた値段を聞いて、穂乃果は血の気が引いた。走って汗だくになる判断をしなかった三十分前の自分に、心の中で親指を立てた。
「穂乃果ちゃん?」
「実はね──」
ことりに事の顛末を説明し、
「──なーんだ、そういう事か〜」
ことりは納得したようにクスクス笑った。
「あんまり穂乃果ちゃんが着ないタイプの服だから、どうしたのかと思っちゃった」
「えへへ、あんまり高価なブランド服着ても、窮屈になっちゃうから……」
あ、でも、と。穂乃果は思い出したかのようにことりの手を取る。
「ことりちゃんがデザインした服なら、穂乃果いくらでも着てあげるからねっ!」
「わ〜♪ 穂乃果ちゃん、ありがとう♪」
ことりはニッコリ笑うと、
「……じゃあ、せっかくだし着てもらおうかなぁ〜」
「…………うぇ?」
「デザインして試作した服が溜まってきちゃって、どうにか絞り込まないといけないんだけど……実際に着てみないと分からない事が多いの。だけど、自分で着ても見えない部分が多くて……」
ジリジリと笑顔で詰め寄ってくることりに、穂乃果は逆に背中が反っていく。
「え、えっと……穂乃果は、ことりちゃんが作ったお菓子をご馳走してくれるからって来たんだよね……?」
「勿論、お菓子もあるよ〜。クッキーとか、マフィンとか、アップルパイとか〜♪」
「う……お、美味しそう……」
ことりの作るお菓子のクオリティを知る穂乃果は、その光景を想像して生唾を呑み込む。
「可愛いお洋服を沢山着たら、お菓子ももっと美味しく感じると思うなぁ〜♪」
握っていた手を握り返され、笑顔の迫力に穂乃果は気圧される。
「ほ、ホントに……?」
「ホントホント♪」
「じ、じゃあ、すこーしだけ……」
と穂乃果が頷いた瞬間、
「わぁ♪ 穂乃果ちゃん、ありがとう♪ 可愛いお洋服たっくさん作っておいたんだぁ〜。きっと似合うと思うなっ♪」
跳び跳ねるように、満開の笑顔を咲かせることり。そんな大喜びのことりを見ながら、
「……もしかして穂乃果、誕生日とお菓子で釣られた……?」
正しすぎる答えに辿り着いた。