XVで弾けた結果でもある。
「――――ねー、しゃ!」
その小さな手と、拙い言葉が。
私の命を許してくれた。
それが、全ての始まり。
――――ネオンから離れた、暗闇の中。
足音だけがはっきり響く。
濡れ羽色の髪が、溶け込むように夜風に揺れる。
時折街灯に照らされる、整った顔立ち。
アンダーリムのメガネが目立ちがちだが。
レンズの奥の瞳は、負けないくらいの存在感を放っていた。
その肢体も申し分なし、頭のてっぺんから足のつま先まで、無駄な脂がない引き締まった体。
着込んだビジネススーツが、彼女の印象をさらにプラスへ引き上げていた。
背負った釣り竿バッグが歩くたびに揺れるのを楽しむ一方で、纏う気配は修羅そのもの。
一挙手一投足に、闘志を静かに滾らせ。
目的地へ向かっていたのだった。
「――――」
やがて、立ち止まる。
切れ長の目を滑らせると、周囲を囲む複数の人影。
「――――こんばんは、お嬢様」
「ええ、こんばんは。中々の出迎えで、苦労をかけますね」
「ふふふ、貴女様の為なれば、この程度」
交わされる会話。
文面は和やかながら、流れる雰囲気は剣呑そのもの。
「――――ええ、そうですとも」
ゆらりと、空気が動く。
「歌い喚くだけの妹君を、今ひとたび後継へ据える為ならば・・・・!」
瞬間、膨れ上がる殺意。
咄嗟に体を傾ければ、首元を掠める刃。
蹴り飛ばして距離を取り、続く背後の奇襲を投げて避ける。
壁を背に見据えれば、まだまだ健在な敵の数々。
挑発の為に、わざと面倒だと言いたげにため息。
次の瞬間、釣り竿バッグのファスナーを裂くように開けば。
現れた刀が、瞬く間に握られた。
「狼狽るな!!数で翻弄しろ!!」
「来るぞ!」
白い柄と黒い鞘の、シンプルな拵えを見るや否や。
動揺を走らせる集団。
だが、彼らとて洗練された武人達。
刀一本にいつまでも怖じ惑わない。
悠々と歩き出した標的へ、全方位から飛び掛る。
一方の彼女は、眉一つ動かさない。
振り下ろされる凶器が目前に迫ってもなお、沈黙を保ち続けると。
「――――ッ」
「ふべっ!?」
次の瞬間、裏拳を叩き込んだ。
流れるように殴打を次々叩き込み、集団を突き飛ばす。
そうして自分の周りに余裕を作ると、刀の柄に手をかけた。
夜闇の中、月明かりを反射した刀身がすらりと顔を覗かせて。
刹那、閃く。
「・・・・・ぁ?」
「なっ・・・・!?」
振り下ろされたと、思ったら。
彼女に背を向けられた一人が、胴体を両断されていた。
右と左が泣き別れして、重々しく倒れる。
鮮血の噴水をバックに、ゆったり納刀する彼女。
念のために言っておくが、相対している彼らもまた十分な実力者の集団であり。
日本という国を、影ながら守ってきた有力な一族の一つなのだ。
本来なら、腕に覚えがある程度の国賊など、ひとたまりも無い。
しかし、今回彼らにとって不運だったのは。
目の前にいる彼女が、それを軽く凌駕する『バケモノ』であることだっただろう。
「――――私用ではありますが、この後予定が入っておりまして」
構える、居合いの型。
彼女が最も得意とする、斬撃の構え。
「早々に終わらせてもらいます」
刀身が、唸りを上げて解き放たれる。
――――風が吹いた。
一陣の、風。
気付けば、背を向けた彼女が、血を振り払っているのが見えて。
ふと、視界がずれた。
続けて視点が一気に落ちて、地面と大差ない高さへ。
「――――へ」
口から、間の抜けた声が漏れる。
目玉を動かすと、自分の下半身が突っ立っているのが見えた。
「おご」
「ば」
「ぐえ」
周りの仲間達も、似たような有様だった。
首を断たれ、三枚におろされ、達磨にされて。
各々同じ色の水溜りを作りながら、次々地面へ零れていく。
「――――お家が途絶える、信用を失う、そもそも命を失う」
彼女は依然、ゆったりと動く。
「風鳴に逆らうとは、そういうことですよ」
刀が、鞘に納められて。
ぱちん、と、鯉口が鳴った。
刹那、次々と崩れ、血溜りに沈む『賊』達。
死体に囲まれ、しんと静まり返った中。
気配を研ぎ澄ませ、周囲を探り続けていた彼女は。
やがてふっと息を吐き出して、闘気を霧散させたのだった。
血の臭いでむせ返りそうな中、徐に指を鳴らす。
「お呼びですか?お嬢」
「ええ、後始末をお願いします」
「かしこまりぃ♪」
現れたホスト風の青年がにこやかに答えれば、続々と黒服たちが現場に入ってきた。
「後はお任せください、お嬢は先約があったでしょ?」
「ええ、なので先に発ちます。苦労を掛けますね」
「なんのなんの、どうぞ楽しんできてくださいな」
彼女個人としては、最後まで監督したかったのだが。
青年の言うように、今日は先約があった。
なので、そちらを優先させる。
走る、走る、走る。
改札を駆け抜け、電車に飛び乗り。
到着駅にて、預けていた荷物をロッカーから出して、急いで着替えて。
そして、
「『ブロッサム』さーん!こっちこっち!!」
「すみませんッ!間に合いました!?」
「間に合いましたよー!!こっちです!!」
ざわつく会場内。
待ち合わせていた複数人と合流。
と、同時に。
証明が落ちたと思ったら、色とりどりに輝いて。
軽快な音楽で、会場が満たされて。
用意されたステージの上。
駆け出してきた少女が二人。
「みんなー!今日は『ツヴァイウィング』のライブに来てくれて、ありがとなー!!」
「終了まで、全力で楽しんでいってください!!」
赤毛の少女は快活に、長髪の少女が精一杯に手を振れば。
更にボルテージが上がった。
それは、観客席の彼女も。
『風鳴
「翼あああああああああ!今日もかわいいですよッ!!翼アアァ――――!!」
仲間達と一緒に、元気いっぱいにサイリウムを振るのであった。
このお姉さんの特技は、サイリウムを素早く振って文字を書くこと。
妹さんのライブでよくやってるらしい。
居合を応用した、無駄に洗練された無駄のない無駄な技術である。