「……お腹減った」
再び秋葉原の街へ繰り出した穂乃果だったが、時刻はお昼前。穂乃果の体内時計は、正確に空腹を訴える。
「どこかでお昼ご飯食べようかなぁ」
穂乃果がお店を探そうとした瞬間、
「穂乃果ちゃん、見つけたにゃ〜!」
聞き覚えのある口癖。
驚いた穂乃果が振り返ると、相変わらず小柄な人影が通行人の視線を集めながらこちらへ向かって突撃してきた。
「え、凛ちゃん⁉︎」
少し伸びたが、相変わらずショートカットの髪が風圧を受けて後ろに流れる。そして穂乃果の目の前で急ブレーキをかける。
「え、何で凛ちゃんが……?」
「かよちんから聞いたの! 穂乃果ちゃん、アキバの街を歩いてるからお祝いするチャンスだよって!」
「ああ……なるほど」
あの後すぐ、花陽から連絡が行ったのだろう。それですぐに穂乃果を見つける辺り、凛も負けじ劣らずの行動力の持ち主である。
「凛も、穂乃果ちゃんのお誕生日お祝いしてあげる!」
「わ、凛ちゃんありがとう〜!」
どんな内容なのかとワクワクする穂乃果に、
「……穂乃果ちゃん、お腹空いてない?」
凛は意味ありげな視線を送る。
「…………とても!」
「だと思った! じゃあ一緒に来て! 美味しいラーメン屋さん知ってるんだ〜。勿論、凛の奢りだよ!」
「わわ、待ってよ凛ちゃん!」
言うが早いか駆け出した凛を、穂乃果は慌てて追いかける。最近は和菓子作りで運動する機会が減っている穂乃果に、背中を見失うのではという不安が襲った。
流石の凛もそこまで向こう見ずな事はせず、すぐに速度を歩きに戻し路地を進む。上昇を続ける気温の中、全力疾走なんてしては昼食どころの話ではなくなる。
だが、それを加味しても凛の足取りは軽くはなかった。
「あれ……? さっきの角を曲がるとあるはずなんだけどな……」
「似たような曲がり角がすぐ先にもあったけど、そっちは違うの?」
「えっ⁉︎」
凛は驚いて振り返ると、穂乃果が指差した先を見る。
「ち、ちょっと戻ってみよ?」
「うん、いいけど……」
早足で来た道を引き返した二人は、曲がり角を戻りすぐ奥にあったもう一つの曲がり角を見つける。
「こっち?」
「……こっち」
穂乃果の問いに、凛は少し気まずそうに頷いた。
狭い裏路地を並んで歩きながら、凛は若干肩を落とす。
「……ごめんね、穂乃果ちゃん。近道とか言ってよく分かってない道に入ったせいで、迷っちゃって……」
「ううん、気にしないでいいよ。ずっといるアキバの街で、まだ知らない道があったんだって嬉しくなっちゃった。それに──」
穂乃果は頭上を見上げる。高いビルに挟まれてはいるが、昼時なので太陽は真上で輝いている。
「それに?」
「探検してるみたいで楽しい!」
「……穂乃果ちゃん、昔から全然変わってないにゃ〜」
「えー? それみんなに言われるんだよね〜。でも、凛ちゃんだって変わってなくない? 今も語尾に『にゃ』付けてるし」
「あーそうなんだにゃ。先生になってすぐの頃は気を付けてたんだけど、ついうっかり授業で出ちゃって……」
「それでそれで?」
「生徒みんなから『可愛い!』って言われて、クラスでみんな『にゃ』を付けるようになったにゃ」
「おぉ……凄い……。でも、からかわれた、とかじゃないんだよね?」
「うん、みんな笑って楽しそうに使ってるから、そういうんじゃなさそうだよ」
「それなら、良い事じゃん! やっぱり、凛ちゃんが可愛いのは昔から変わらないんだね〜」
すると凛は手を顔の前で振り、
「そんな事ないよ〜! 凛だってもう大人だし、『可愛い』なんて言われても……」
「ん? 凛ちゃんは可愛いよ?」
さも当然、というように凛の顔を覗き込んだ穂乃果に、凛は反論の材料を失う。
「──あ、通りに出るよ!」
顔を前に向けた穂乃果が、足を早める。
反応が遅れた凛の耳に、
「あ、ここかな? こんな所にラーメン屋さんがあったんだね〜」
穂乃果の楽しそうな声が響いてくる。
──店内に入った二人は、券売機の前に立つ。
「約束通り、凛が奢るにゃ」
財布を取り出そうとした穂乃果を制して、凛は自分の財布を見せてキメ顔。
「ホントにいいの?」
「勿論にゃ」
その昔、二人でプールに行った時に同じような事を言って、結局小遣いが足りず割り勘した事を、穂乃果は思い出した。
だが流石に、あの頃とは違った。凛は二人分の食券を購入すると、一枚を穂乃果に手渡した。
「はい、穂乃果ちゃんの分!」
「ありがとう凛ちゃん!」
「それと──」
手渡した食券の上に、凛は何かを重ねる。どうやら、スタンプカードらしかった。中を見ると、十個のスタンプが押してあった。
「このお店のスタンプカード! 十個貯めると、大盛りとトッピング何か一つが無料なんだ〜」
これも使って! と凛。
「えっ、それは流石に悪いよ……」
凛の大盤振る舞いに、穂乃果も遠慮がち。だが、凛は腕を組みスタンプカードを受け取る意思が無い事を示す。
「むむ……」
数秒凛と睨み合った穂乃果は、
「じゃあ、お言葉に甘えて」
すぐに折れた。
「よーし、じゃあ食べるにゃ!」
満足げに頷いた凛は、テーブルにつくとカウンターに食券を差し出す。
穂乃果もそれに倣うと、大きな声で告げる。
「大盛りと、トッピングにチャーシュー追加で!」