真夏の長い太陽がようやく西に傾いた頃、穂乃果は秋葉原の駅前にいた。
世間では夏休み、加えて土曜日であるものの、駅の改札口は帰宅する人々でごった返していた。
「…………」
そんな中、やや離れた位置でボーと人混みを眺めていた穂乃果は、
「──!」
探していたシルエットを見つけてもたれていた柱から離れた。
「──にこちゃ〜ん!」
大きく手を振った穂乃果の元へ、髪を下ろしサングラスをかけたにこが早歩きでやって来る。
「……大声で呼ぶんじゃないわよっ」
開口一番に小声で怒られた穂乃果は、ごめんねと笑った。
「……悪かったわね、こんな時間になっちゃって」
「レッスンだったんでしょ? 仕方ないよ」
にこの謝罪を軽く流すと、穂乃果は嬉しそうに手を広げた。
「にこちゃんがこうして穂乃果の誕生日をお祝いしてくれるってだけで、すっごく嬉しい!」
相変わらずオーバーリアクションねぇ、とにこは腰に手を当てる。
「え〜? でも嬉しいのは本当だもん。メッセージもらった時、そのまま返事しそうになっちゃったもん。周りに人がいたから、我慢したけど」
「……想像できるわ。──さ、」
にこは苦笑して腰から手を離すと、
「立ち話もアレだし、さっさと行きましょ」
「そういえば、どこに行くの? 何も聞いてないけど」
「アンタが訊かないからでしょうが」
にこは首だけ振り返ると、
「──カラオケよ」
駅前のカラオケ店へ入った二人は、
「──さ、二時間しかないんだからドンドン歌うわよ。にしても、穂乃果はラッキーね〜。このスーパーアイドル矢澤にこの歌声を独り占めできるんだから」
「あ、ねぇねぇにこちゃんの新曲入ってるよ!」
「話聞きなさいよ!」
吠えたにこに一切構わず、穂乃果は曲を予約する。
「って、アンタこの曲歌えるの?」
「歌えるよ?」
一週間ほど前にリリースしたばかりの自分の新曲。さも当然のように返されたにこは、
「……そ、そう」
としか言えなかった。
自分にとっては聞き慣れたイントロが流れ出し、マイク片手に穂乃果は歌い出す。
「む……」
思わず小さく唸ってしまうほど、穂乃果の歌声は力強く綺麗に響いた。
一切間違える事なく歌い切った穂乃果に、にこは軽く拍手。
「にこちゃん顔が喜んでない!」
憮然とした表情を隠さなかったせいか、穂乃果からはツッコミが飛ぶ。
「うっさいわね。現役アイドルが一般人に負ける訳にはいかないのよ」
マイク片手ににこは立ち上がると、代わりに座った穂乃果へビシッとマイクを向ける。
「点数勝負よ穂乃果!」
「え〜? 穂乃果は楽しく歌いた〜い」
「……ノリ悪いわね。今のは受けて立つ流れじゃないのよ」
勢い削がれたにこは、イントロが流れ出し切り替える。
「──あ、これμ'sの……」
「ま、採点はオンにしておくしそれでいいか」
一度息を吐いたにこは、ゆっくり息を吸い込む。それから歌い出す。
「──わ……」
笑顔で、簡単に振り付けを付けて踊りながら、にこはパフォーマンスをする。
「…………」
それを見ていた穂乃果の顔は、感嘆から徐々に笑顔に。それに気付いたにこは、ファンサと言わんばかりにウインク。
先ほどの憮然とした表情と同一人物とは、とても思えない。
「やっぱり、にこちゃんってアイドルなんだな……」
歌い終えて隣に腰を下ろしたにこに、穂乃果は呟く。
「当然じゃない。今さら何言ってんのよ。現役の大人気スーパーアイドルよ?」
「スーパーアイドルかどうかはともかく──」
「ちょっ」
「にこちゃん、凄くキラキラしてた。ずっと変わらないんだなぁって思っちゃった」
「…………」
しばらく黙ったにこは、
「……次は穂乃果の番よ」
強引にマイクを突き出した。
「にこちゃん?」
「スクールアイドルだった穂乃果は、確かに今はアイドルじゃない。──でも、あの時はアイドルだった。μ'sだった思い出は、ずっと消えずに残ってるのよ。穂乃果もアイドルだったの。そこんとこ、自信持ちなさい」
「にこちゃん……」
穂乃果はマイクを受け取ると、
「──うんっ!」
大きく頷き端末に曲を予約する。
イントロが流れ出すと、勢いよく立ち上がる。──にこの手を引っ張って。
「は、ちょ、何よ」
「一緒に歌おうよ!」
「はあ?」
「今はもうスクールアイドルじゃない。でも、あの頃の歌で、もう一回二人でスクールアイドルになろうよ!」
「メチャクチャ言うわね……」
にこは呆れ顔を見せると、仕方ないと言わんばかりに大きく息を吐いた。
「いい? ブランクなんか言い訳にならないわよ? ちゃんとついて来なさいよ!」
「勿論だよ! にこちゃんこそ、歌詞間違えないでよ?」
「ふんっ、誰に物言ってんのよ?」
二人して笑い合うと、揃って大きく息を吸い込んだ。紡がれた歌詞は、最高のハーモニーを奏でた。