今年もまた、今日がやってきた。真夏の記念日。毎年、この日を迎える為に生活していると言っても過言ではない。
──だが、今年の私は一味違う。何故なら、
「ついに来た……。秋葉原……!」
あの人が生まれ育った、そして伝説を残した秋葉原の街へ、ついにやってきたのだ。
天気は快晴。μ'sを知ってから、今日が晴れじゃない日はない。これもあの人の力なのかなと小さく笑う。
そんな私が秋葉原へ来た一番の目的は、
「──あった」
あの人の実家、老舗和菓子屋『穂むら』へ赴く事だった。
秋葉原の喧騒から離れた、昔ながらの街並みが残る一角にあるそのお店は、完全に周囲に溶け込んでいる。一度通り過ぎてしまった。
「…………」
一度大きく深呼吸をしてから、意を決してお店の扉を開ける。
「──いらっしゃいませ」
聞こえてきたのは、凛とした芯のある声。カウンターに立つ波打つ黒髪の女性は、どう見てもあの人ではない。
予想はしていたが、やはり誕生日当日に店番はしないのだろう。残念だが、仕方ない。名物だと言うほむまんをお土産に買えるだけ幸せだ。
そう思っていたのだが、
「もしや、穂乃果に用事でしたか?」
店員さんから驚愕の質問をぶつけられた。
驚きすぎて声を出せずにいると、それを肯定と受け取ったのか女性は、
「やはりそうでしたか。……しかし申し訳ありません。穂乃果はつい先ほど、外出してしまいまして……。帰りがいつになるかは、分かりません……」
店員さんが謝る事ではない。私の運とタイミングが悪かっただけだ。
ほむまんと、その他の和菓子をお土産に購入すると、穂むらを出た。
──とはいえ、少なからずショックはあったので傷を癒す為駅前のネカフェへ。調べた所──あった。μ'sのライブ映像。これを見て、少しでもテンションを上げよう。
──三人だけだった、『START:DASH!!』。六人に増えた、『これからのSomeday』。九人揃った初めての曲、『僕らのLIVE 君とのLIFE』。ラブライブへのアピールとして歌った、『Wonder zone』。第一回大会棄権となってしまった、『No brand girls』。九人で歌った、『START:DASH!!』。第二回大会の予選で披露した、「ユメノトビラ』。あの人含む二年生不在で臨んだファッションショーの、『Love wing bell』。ハロウィンライブで歌った、『Dancing stars on me!』。地区予選決勝の、私があの人を知ったキッカケの、『Snow halation』。ラブライブ決勝の勝負曲、『KiRa-KiRa-Sensation!』。優勝したその後に海外で披露した、『Angelic Angel』。スクールアイドルみんなの歌というコンセプトの、『SONNY DAY SONG』。本当のラストライブ、『僕たちはひとつの光』。
やはり、本当にどれも、素晴らしい曲ばかりだ。
ライブ映像に没頭していたら、いつの間にかお昼の時間だった。ネカフェのすぐ裏にラーメン屋があったので、そこでお昼に。
せっかくだから、ちょっと贅沢にトッピングを追加してみたり。……スタンプカードなんてあるのか。近所だったら作るのもアリだったのかもしれないな。
「──ありがとございやした〜!」
私と入れ違いにちょうど二人出て行った事で、お昼時でも待たずに席につけた。これはラッキー。
食後には、穂むらと同じくもう一つ訪れたかった場所へ。
急な石段を歩いて登る。……ここを駆け上がるのは、かなりキツい。スクールアイドルも大変なんだと痛感した。
──神田明神。μ'sが練習場所にして、幾度となくお参りしたであろう神社。ここに来たかったのだ。
「──お、ごゆっくりな〜」
ちょうど建物から出てきた美人な巫女さんに声をかけられ、慌てて会釈。
お参りのお願いは……どうしようかな?
神田明神でお参りを済ませた私は、早くも用事が終わってしまった。あの人には会えなかったし、かと言って一日のプランを練っていた訳でもない。
しかし、せっかく秋葉原の街まで来たのだ。このまま帰るのは勿体ない。少し、散歩をしてみる事に決めた。
あまりの暑さ故に水分補給と自販機で飲み物を買っていると、大通りの反対側を猛スピードで走っていく女性を見かけた。全速力で走る彼女はすぐに角を曲がって見えなくなったが、この気温の中でそうそうできる事ではない。私は唖然として見送った。
オタクの街と言われる秋葉原には、流石に専門ショップが多かった。それでも、その中にもあった服屋を覗いてみる。正直ファッションには疎いが、それでも少しはオシャレしたいと思うものだ。
……せめて私も、フリフリが似合えばなぁと思ってしまう。あの人は可愛い衣装も、カッコいい衣装も最高に似合っていた。……あの人は、本当に高校生だったのだろうか。だとしたら、天性の才能とカリスマ性じゃなかろうか。ますます好きになってしまう。
気がついたら、夕方になっていた。秋葉原の街は、いつの間にか時間が経っている。凄い街だ。
このまま帰るのも少し勿体なかったので、最後にカラオケへやって来た。
μ'sを知る前は、まず来る事のない場所だったのだけど。こんな所でも変化があるらしい。
そんなに長くいるつもりはないので、一時間半だけ予約して部屋へ入る。ひたすらμ'sの曲を歌う。
──ふと、隣の部屋の歌声が聞こえてきた。女性二人組みのようだった。遮音性が高いとはいえ、完全な防音にはできないらしい。
──そして驚いた。二人が歌っていたのも、μ'sの曲だったからだ。……しかも、相当上手だ。もしかしたら、プロの歌手かアイドルだったりするのかもしれない。……まさかね。
もうすっかり暗くなってしまった。
私は大きく伸びをすると、空を仰ぐ。あの人には会えなかったけど、とても充実した一日だった。こんなに楽しい日を過ごしたのは、いつ以来だろう。
──少し寂しいけど、そろそろ帰らなくては。また明日からの日常を、大切に生きていかなければ。
駅に向かう途中、ふと鼻腔がくすぐられた。
この匂いは……ビーフシチュー? でも、少し違う気もする。
……ああ、お腹が空いた。私も帰って、ご飯を食べよう。
スキップしそうになる足取りを、辛うじて押さえて私は歩く。
──高坂穂乃果さん、お誕生日おめでとうございます。
あなたが生まれた今日という日が、まるで自分の記念日みたいに嬉しいです。
あなたがいてくれるだけで、私は元気を貰えます。
いつかあなたに、面と向かって「おめでとう」と言える日が来ますように。