「というわけで、私と一緒にクラピーを鍛えて欲しいの。頑張ってねクート」
「うん、君たちを座らせて、キッチンにお茶取りに行って戻ってきた瞬間、さも全てを説明し終えて俺が了解を取ったようなことを言われても騙されんぞ。イヴちゃん」
「ちぇっ……」
なんで体は大きいのに中身はこんなんになってしまったんだ。その前にやたら俺に微妙に反抗的というか、対抗意識があるような気がするのはなんなんだろうな。まあ、いい子だし、実力もあるし、ハンターとして成功しているようなので俺から言うことはない。むしろ、ちょっと可愛いと思うのは親バカだろう。
「それで理由を聞こうか」
「じゃあ、真面目に話すね」
そう言うとクラピカくんではなく、イヴちゃんが口を開いたため、静止しようと口を開こうとし――。
「だってクート。クラピーのことずっと気にしてたんだもの。クラピーは最初は私に師事を頼んできたんだけど、私がクートにも頼んでみるように言ったんだ」
「私自身も9月までにより強くなれるのなら、一番厳しい道を歩みたい。それとこれは完全に私の主観なのだが、これまで接してきて、貴方は信用に足る」
その言葉に閉口した。どうやらイヴちゃんの差し金の要因が強いらしいが、それよりもイヴちゃんの言ったことが気になった。
クラピカくん自身も随分、俺を信頼しているらしく、その瞳からは嘘というものは感じられない。
「信用ね……いいのか? 元々はクモ以上の犯罪者だぞ俺は? 君の情報を売り渡すことだって平気でやってのけるかもしれんぞ?」
そう言うとクラピカくんは"それは違う"と俺の言葉を否定してから言葉を返す。
「私が見た限り、今の貴方も、女性の貴方も、人を殺す素振りは見られなかった。デスマッチを求めた死刑囚さえも貴方は助命し、女性の貴方はミケの命を奪うことはなかった。それだけでも意味もなく人を殺すクモとは違う。それにそもそも情報を渡すような者は、私にそのような気遣いはしない」
「
イヴちゃんに関しては、長く俺といた人間からすればなんでもお見通しのようだ。隠していても家族には丸わかりといったところか。
クラピカくんは俺のことを買い被り過ぎだが、二人の言っていることは的を射ている。俺には幻影旅団にクラピカくんの情報を渡すほどの義理や関係性はなく、あくまでも商売上の繋がりだ。それに比べてクラピカくんは、ゴンくんの仲間という俺には看過できない唯一無二のアイデンティティを持っている。また、彼らが9月にヨークシンに行くことは俺も聞いている。
よって、俺は9月には二者択一を迫られていたところだろう。幻影旅団をとるか、ゴンくんとその仲間をとるかだ。
はっきり言って、
俺としてはゴンくんとその仲間は全員無事で、幻影旅団はクラピカくんの気が済む程度に死人が出て、俺が関与したことは明るみに出ないというのが一番吉であろう。故にゴンくんとその仲間に荷担しない理由も特になく、かといって率先的に荷担する理由も特にない。
そのため、修行を頼まれればやるが、頼まれなければ9月までは放置でも別に構わない程度のスタンスでいたのである。まあ、この辺りの考えは、イヴちゃんがクラピカくんに話したかも知れないな。
そして、理由はもうひとつある。それは"彼の復讐"に対することについてなのだが……こちらを話すかどうかはまだ考えているところだ。
それと、ひとつ言いたいことがあるとすれば、
「商売相手を捨てるだけの価値のある俺のメリットはなんだ?」
とは言え、それはそれこれはこれ。無償で何もかもを行うほど俺は甘い人間ではない。
まあ、俺にとって金は腐るほどあるのでそれで解決するもの以外で欲しいものなんてそんな――。
「"一坪の海岸線"」
そのイヴちゃんの呟きに俺は目を丸くした。
「前にジンさんが言ってた。"クートの奴、一坪の海岸線がどうしても見つからないって俺に言ってきてよ。まあ、一坪の海岸線と支配者の祝福以外の指定ポケットカード全部集めてたみてぇだったから、ソウフラビに
「あの野郎……イヴちゃんになにを話してやがる……」
やたら感情を込めたジンの物真似をするイヴちゃんに溜め息を吐き気つつ思い返す。
折角なので、プレイしたところ、中々面白いゲームであり、一人で遊ぶ分にはとても楽しかったのだが、指定ポケットカードのNo.002 一坪の海岸線が15人以上のグループが必要かつそれで過半数以上の人間が囚人とのスポーツに勝たなければならないということを知った。クリアより人を集めて勝つ方が面倒だと思い、そもそも指定ポケットカードに関してもゲーム内で使えば別にいいかなと自分を納得させ、それからは10日でデータが消えないように入っては出る程度のログインオンライン状態に長年なっているのである。
まあ、高々ゲームに俺の残党を付き合わせるのも悪いし、そこまで重要なことではない。いや、この言葉は正確ではないな。重要なことではなかったということが正しいだろう。
「私、弟子を持つのは初めてだから、その辺りをクートに指導して欲しいかな」
「G・Iの攻略に協力かぁ……」
何せ今の俺は一昔前と違ってピトーがいる。経歴やら念能力やらで、伴侶や結婚など当の昔に諦めていた身としては、それだけで幸福なものだ。
しかし、ここで出てくるのが時間の管理やフットワークの軽さになってくる。やはり二人よりは一人の方が動きやすかったということもあり、ログインオンライン状態での放置も、一人だから特に苦もなく習慣化していただけであり、ピトーとの時間を確保する上では、邪魔というか目の上のタンコブというか夏休みの宿題染みたものになっていたため、クリアしてしまいたいところではあった。そのため、正直かなりありがたい申し出と言えるだろう。
「わかった。是非に頼む」
そう考えて俺の方から頭を下げた。10日おきにマサドラで買うか、適当なプレイヤーを襲うかして
まあ、最近はハメ組の方々が、彼らを襲わない代わりに同行をくれるので幾分かマシになったが、根本的な解決になってはいない。
「ね? これで首を縦に振ってくれるって言ったでしょ?」
「ま、まさか……本当にこうなるとは……G・Iというゲームとはいったい……?」
クラピカくんは偉く驚いた様子だった。どうやらG・Iについてはそこまで深くは教えられてはいないらしい。まあ、夕方に別れてからここに戻って来るまでの間にそこまで深くは説明しなかったのだろう。まあ、ゲームというよりも、時間というものは何物にも変えがたいというだけの話なのだが、今語る必要もあるまい。
「ではクラピカくん。改めて自己紹介をしよう。クート・ジュゼル並びにイヴ・ジュゼル、そして今は寝ているピトー・ジュゼル。その三人が君の師匠になるのでよろしくね」
そう言うとクラピカくんは畏まって礼をしてきた。きっちりしているというか、育ちのよさそうな子である。
「さてさて、当面の修行場所なんだが――」
俺はキャディバッグを開けると、その中からジョイステーションを取り出して、それを机の上に置いた。
「
今更ながら、持つべきものは仲間だなと思うのであった。
◇◆◇◆◇◆
翌日にホテルをチェックアウトした俺とピトー、イヴちゃんとクラピカくんの4人は、2日ほど飛行船を乗り継いでジャポンの自宅の正門前に戻ってきていた。家は少々近代化されている基本平屋で、一部が二階建ての武家屋敷であり、そこそこの敷地面積である。
家に向かうまでの間にクラピカくんには、とりあえず練の持続時間を伸ばす修行だけはさせておいたのだが、これが面白いように時間が伸びるため、舌を巻くほどだった。
『…………(どやぁ)』
そして、初めての弟子の成長をとても誇らしげなイヴちゃんが可愛かったが、顔には出さないでおいた。ほとんど何もしていない気がするが、クラピカくんと俺の間にイヴちゃんを挟むことで、育成の功績は全てイヴちゃんのものになるのである。外国から輸入して、しばらく日本の生け簀に置いておき、日本産のウナギとして売ってるみたいな気分だな。
「久しぶりの我が家ニャ!」
嬉しげな様子のピトーに続いて、三人が門を潜る。すると気配を感じて立ち止まり、庭へと続く建物の曲がり角を見つめる。
「ヒッ……ヒィッ!?」
すると黒っぽい服装で粗暴であまり整容を気にしてはいなさそうな男が息を荒げながら出てきた。念能力者のようではあるが……あまり実力は無さそうだ。少なくとも俺の残党に比べれば雑魚もいいところと言えるだろう。
男の表情は焦燥と恐怖に歪んでおり、よく見れば右手の肘から先がなく、今さっき引き千切られたばかりのように血液が滴り落ちていることがわかる。
男は角を曲がりきったときに足を滑らせて転ぶ。そのまま、すがるような目をこちらに向けて口を開いた。
「助け――ぎゃぁぁ!?」
途中まで言ったところで男の頭が掴まれ、宙に浮かされる。更に男の頭からはメキメキと異音が響いていた。
男を掴んだ男は2mを超える背丈をした筋骨隆々のくすんだ金髪の男であり、つまらなそうに侮蔑を浮かべた瞳で、掴んだ男を一瞥すると口を開いた。
「殺される覚悟もねぇゴミが……ボスの家に押し入るんじゃねぇよ」
次の瞬間、ぐしゃりと頭部の潰れる音と、閉じられた拳から溢れ落ちる柔らかい水音が響く。最後に頭部を完全に失った亡骸が地面に落ちた。
一応、確認すると、クラピカくんは非常に衝撃的な様子を受けた様子で、その瞳には人ではなく殺人行為に対して抱いているような侮蔑や嫌悪の色が見えた。それに引き換え、ピトーとイヴちゃんは特に変わった様子はなく、いつも通りの様子であり、ピトーに至っては既に玄関の鍵を開けて、全員分のスリッパを並べ始めている。
うーん……やっぱりアレだよな、クラピカくんはさ。まあ、後で伝えておくべきか。
「"A級首"……"
クラピカくんの呟きの通り、彼の名はジョネス。異常な握力の持ち主であり、かつてザパン市で老若男女問わずに大量殺人を行っていたところを、噂を聞き付けた
また、盗賊団が解散してからも、召集を掛ければ必ず集まる残党の一人。今回はハンター試験で長期間家を空けるため、俺の居ない間を狙ったり、俺が不在の情報を知らない二流・三流の盗賊などに家を荒らされないように留守を任せていたのである。
彼の系統は非常に分かりやすい強化系の念能力者だ。
そう思いながら再び素手で男を握り潰した大男へ目を向けると、視線が交わり、男は一瞬呆けた表情をした後、手についた血と骨と脳の破片を拭う。そして、悪人顔なりに温かい笑みを浮かべて口を開いた。
「ああ、今帰ったのかボス。見ての通り、ひとりも賊は逃しちゃいない」
「ただいま。留守番頼んで悪かったな」
挨拶と他愛もない話をしつつジョネスとイヴを伴って、家の玄関を潜る。二人を先に居間へと行かせ、上がり
「クラピカくん。これが家の普通だから慣れてくれ。後、玄関のアレだけじゃなくて、庭先にも何体か転がってるみたいだから片付けないとな」
そう言いつつ、玄関の靴箱に常備してある大型のゴミ袋と厚手のゴム手袋を取り出して、再び外に出た。
「ちょっと横通るよ」
「あ、ああ……」
クラピカくんの前を通ってから、ジョネスが頭部を握り潰した男性の死体の前で屈む。それから手袋をして、色々と溢れている脳や骨の欠片を拾って袋に入れ始めた。
「……質問をいいか?」
「どうぞ」
「貴方は家ではいつもこうなのか……?」
「まあ、そうだね。正直、止めて欲しいんだよねぇ……死体の処理に金も掛かるし、掃除も運ぶのも面倒だし。けれどこういう奴等って皆殺しにしないと、次はもっと酷いものを持ち込んで来るんだよ。暗殺者とか、毒ガスとか兎に角色々……よっと」
袋に地面に落ちた頭部の欠片を集め終わったので、胴体を肩に担いで立ち上がる。そして、クラピカくんの前を通り過ぎ、すぐ隣に建っている解体室と冷凍室が繋がった施設に向かう。
そして、解体室の方から入り、テーブルの上に死体を乗せ、奥の冷凍室の扉を開け放った。
「な……」
そこには既に20体近い数の人間の死体が、食用肉のように処理された上で吊るされたものが凍らされていた。
そのまま俺は解体室で死体の服を脱がし、死体の処理を始め、腹を開いて内臓を取り出し、血抜きをして保存しやすいようにする。
「襲撃者を全員こうしているのか……?」
「いや、ここに保管できるのは40体ぐらいまでが限度だから、それ以上になったら素直に焼いて処分してるよ。でも放っておくとすぐ腐るし、埋めるにも限度があるし、焼くのは金が掛かるばかりだ。だから、保存して
ちなみにピトーは食べる。まあ、ピトーは人間ではないので、食べても特に問題ないどころか、今の好物らしいので時々楽しんでいるのだ。俺はG・Bでクールー病になることはないが、正直人肉は不味いと個人的には思っているのでまず食べない。
「犯罪からは足を洗ったのでは……?」
「そもそも家で上がる死体はほぼ過剰防衛だ。また、ジョネスを初めとして、残党はだいたいA級首になっていて、未だに繋がりがある。不思議なことに最早、生きているだけで次々と犯罪が発生するんだ。なので、暗黒大――昔の司法取引で、その辺りのことも多目に見て貰っている。だから今、俺がしていることは犯罪じゃなくて、ただの後処理なんだ」
その話をする前からクラピカくんの目は刺すような眼光になりつつあった。
まあ、これだけ
「理解できないといった様子か。前に君は俺のことを意味のない人殺しはしないと言ったな。その通り、逆に言えば俺は意味のある殺ししかしないんだ。意味さえあれば、な」
「――ッ! こんなの理解できるわけがある筈もない。どうして……どうして貴方は今そんないつもとまるで変わらない表情ができるんだ……」
少しだけ声を荒げるクラピカくん。実際に俺はそんな表情をしているのだろう。彼の言葉はあまりに真っ当だった。彼は思い違いをしていた。無意味に殺そうが、意味を持って殺そうが、結局重要なのは殺した側が何を考えているか、どんな感情を抱いているかだ。
そして、それはこれから殺す側にも言えることだ。
「昔話を少しだけしようか」
「………………」
一旦捌く手を止めてからそう言った。一応、まだクラピカくんは黙って聞いてくれているようなので、そのまま続ける。
「俺さ。昔は鶏とかの食用の動物を殺すのも見てられなかったんだよね。可哀想でさ。けれど、
「……念能力か」
「それで最初はずっと自分じゃない、自分がしたことじゃないって言い聞かせてたんだけど。次第にそんな記憶を次から次へと蓄積し続けていたら、徐々にこっちの人格まで歪んでくるのがわかったんだ。段々と、人間を普通に殺すぐらいならなんとも思わなくなった」
「………………」
「何度も発狂したさ。何度も自殺もした。けれどその度に
そう言って笑って見せると、クラピカくんの目はいつの間にか可哀想な者を見るようなものに変わっており、その移り変わりが彼の人柄そのものを映していると言えよう。
「だから、念能力のせい……とは言えない。結局のところ、俺は何もかもを諦めたんだよ。そして、全てを楽しむことにした。その結果が今の俺だ。まあ、君には何も関係のない話だし、理解する必要もない。手を洗ってから居間に向かうから、先に行っていてくれ」
「ああ……」
そう促すと彼は家へと入って行った。その背中を眺め、見えなくなったところで、俺は大きな溜め息を吐くと頭を悩ませた。
「どうすっかなぁ彼……」
今までの会話や様子から俺はほとんど確信していた――彼の基準では"人間"であろう幻影旅団を13人も立て続けに殺せるような精神をした人間では決してないことを。
彼は復讐者ではあるだろう。しかし、復讐鬼ではない。そんな半端者の末路は自ずと決まっている。
「ありゃ、このまま殺らせたら良心の呵責で
俺は何よりもそれが一番気掛かりだった。
性善説という説がある。それは人間の本質は善であり、後天的に悪行を覚えるという説である。つまりは誰しもが、後天的に悪道に落ち兼ねないという暗喩でもある。そして、一度落ちた心に染み付いたものは決して拭うことはできない。
元々俺は彼に近い感性を持った人間だったから言える。更に彼は第二の俺になるようなポテンシャルを秘めた存在だ。あまりに危うい。
「ほっとけないよなぁ……」
特質系も持っているわけで、俺のようにとんでもない念能力が発現してしまう可能性も十分にある。お節介だとは頭では思っていても、どうにも気になってしまう。
俺が復讐を止めるように説くなどという片腹痛いことをするつもりなど更々ないが、それでも……いや、むしろ復讐される側に立っているからこそ言えることは幾らでもあった。
俺は今後どうするのか考えつつ、お昼ご飯の用意が済んだピトーが呼びに来るまで、庭先の他の死体の片付けをした。