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【短編】BARナザリックへようこそ in 異世界カルテット

 それは体育祭も終わったある日の事。

 

 アインズは小さな公園のベンチに座り、やけに美しい夕焼けを見ながらこの異常な世界に来てからの事……正確には現実世界から今に至るまでのことを考えていた。

 

 元々は十年という歳月を費やして遊びつくしたユグドラシルというゲームのサービス最終日に、最後までログインしていた事に端を発した。

 

 サービス終了と同時に、ゲームの仮想空間から強制ログアウトされ現実世界に戻ると思っていたのだが、気が付けばゲームの続きのような状況に放り込まれてしまった。そこには、ユグドラシルのゲームで仲間達と作り上げたギルド施設があり、そして生み出したNPC達がまるで生きているように自律した存在として動き出していた。またギルドの外には出てみれば、環境汚染甚だしい現実世界と違い、美しい自然に囲まれた世界が広がっていた。なにより、自分自身が鈴木悟という人間の体ではなくオーバーロードの体、ゲームで使っていた骸骨姿のアバターそのものとなってしまったのだ。

 

この世界を現実と分けて考えるため便宜上、一つ目の異世界と鈴木悟ことアインズは呼ぶこととした。

 

その一つ目の異世界では、賊に襲われる辺境の村を救ったり、冒険者になったり、国家規模の陰謀に首をつっこんだりした。そしてNPC達の手を借り、これからの足場となる魔導国という国家の立ち上げまでこぎつけた。

 

そんな矢先、二度目の異世界転移と思わしき現象に巻き込まれた。

 

 原因は謎のボタンを押した……と、同じようにこの世界に転移してきた者達は言っていた。私たちの世界でも誰かがそのボタンを不用意に押してしまったのだろうか? 確たる原因は不明だが、この二つ目の異世界は、自分達以外にも似た境遇の者たちが近くにいることが一つ目の異世界よりもマシなことだ。そして一つ目の異世界以上によくわからないのは、この箱庭のような世界で学園生活を送っているということだ。

 

アインズはそこまで考えると大きなため息をつく。

 

「どうしたのかな? アインズ」

 

 そう声をかけてきたのは同じように公園のベンチに座る軍服を着た幼女、ターニャ・デグレチャフであった。美醜の点では、非の打ち所の無い美少女というか可愛らしい幼女なのだが、性格をあらわしたような釣り目と表情。なによりその口から発せられる口調が、その性格のキツさを如実に表している。なにより、ターニャも経緯こそ違うが自分と同じ異世界経験者。元は社会人の男性だったらしいが、存在Xという神を自称する者に、戦乱の世の中に孤児の女児へと転生させられたというのだ。その後生き残るために軍に飛び込み、部下と共にこの世界に迷い込んだ。そんな存在だ。

 

「ああ、この世界に来るまでの事を考えていたんですよ」

「なんだ。ため息などをつくから、てっきりこれを食べられないことに思うところがあったのかと思ったぞ」

 

 ターニャは彼女なりの冗談をいう。アインズもつられては視線を動かすと、そこには食べかけのタイ焼きが目に入った。しかしアインズは見た目通りのアンデッド。それも骸骨の姿であるため飲食ができない。飲食不要に睡眠不要。精神異常耐性など、個人的にはうれしい特徴を持っているのだが、飲み食いができないのは、やはり残念に思うことが多い。

 

「そうですね。私のいた時代の現実世界は荒廃していてまともな食事などありませんでしたが、前の異世界やこの世界の食事を見ていると、少々残念に感じることもありますね」

 

 特段真面目に考えていたわけではないので、ターニャの冗談に乗りながら雑談を続ける。アインズにとって、現実世界における食事とは生きるために必要な栄養素の摂取程度の感覚しかなかった。しかし異世界の食というものを知ってからは、食べてみたいという欲求はあった。

 

 しかし、骸骨の体はどうしようもない。

 

 そう。最初から諦めていた。

 

「このハチャメチャな異世界なら、なんとかなるのではないのか。あのアクアは……無理そうだが、複数の異世界が混じりあった世界なのだろう? ここは」

「そうですね」

 

 ターニャは冗談半分で口にする。もちろん自分や自分の部下達の能力でアインズに食事をとらせることなど不可能と理解している。しかし、可能性は0なのか? なんせ異世界の女神さえ同級生として紛れ込んでいる世界だ。なんらかの方法があるかもしれない。その程度の感覚で口に出したのだ。

 

「たとえばだ。アインズはファンタジー系ゲームの能力を持っているのだから、願いを叶える系のマジックアイテムとか持っていないのか?」

 

 ターニャは子供のころ読んだ漫画で、宝玉を集めると願いを叶えてくれる龍が召喚できるという部分を何となく思い出しながら口にした。

 

「願いをかなえる……ですか。そういえば」

 

 アインズはそういうと、己の指にはまっている指輪のことを思い出す。

 

「これはシューティングスターというんですが、これも願いを叶える系ですね」

「ほほ~。どんなアイテムなのだ?」

 

 ターニャは、アインズの言葉に驚きながらもめずらしく好奇心が刺激されつい食い気味に質問をしてしまう。

 

「元々、星に願いをという超位魔法がありまして、経験値ダウンというデメリットはあるものの複数の選択肢から好きな事象を選んで発動するというものでした。この指輪は、そのデメリット無しに加えて選択肢も多く有利な結果が出やすいという、私の世界でも最高位の課金アイテムと言われたものです」

 

「それは貴重なものなのだな。しかし課金アイテムか……」

 

 ターニャは課金アイテムというものに含むものはない。しかしその単語にアインズはひどく落ち込んだ声で答える。

 

「はい。ボーナスが吹き飛びました」

「そ……そうか。まあ、今はそれで問題が解決するかもしれないのだから、気を落とすことでは無いとおもう……ぞ?」

「そうですね」

 

 アインズのあんまりな告白に、さすがのターニャも冷や汗を流しながらたじろぐ。貴重な課金アイテムというあたりは、そんなのもあるのだろうと流すことができた。しかしボーナスが吹き飛ぶという単語は、ターニャの中の物差しでもどれほど貴重なものか理解できてしまうため、若干語彙が怪しくなってしまった。

 

「とはいえ万能ではありません。ワールドアイテムの効果は打ち消せません。たとえば、この異世界転移がワールドアイテムによるものであったなら、元の世界への帰還という願いは無駄な発動ということになってしまいます。三回しか使えない貴重なアイテムです。知らずにワールドアイテムの効果を打ち消そうとして一回分消費してしまったので、無駄打ちはしたくはありませんね」

 

 アインズの示した条件を元に、ターニャは何ができそうかを考える。もちろん自分の欲望として、帰還の他に男に戻ることや、存在Xへの復讐というものもある。しかし、せっかくできた同郷の友人の貴重なアイテムを奪うようなことはしたくない。できるとしても、対価を支払うべきと考えていた。

 

「例え話だ。この世界に我々が集められたことが、そのワールドアイテムというものが原因であれば願いは叶わない。ならば、先ほどいったような食事をできる体というのはどうなのだ? 同じアンデッドでも種族が違えば、アインズのところのシャルティア君のように飲食可能となるのだろう? それに元々は君のところの所属であるパンドラズ・アクター先生だったか? 彼のような変身スキルならゲームシステムの範囲内で再現できるのではないか」

「おお、それならできそうですね。しかし将来的にもっと必要な事象が発生して、使わなければならないという可能性も」

「それはラストエリクサー症候群というやつだな。大事なものを浪費しろとは言わないが、アインズは私の目からみても疲れている。少しは自分の欲求のために使っても良いのでは?」

「そんなものですかね?」

「そんなものだ」

 

 アインズはシューティングスターを見ながらしばし考え込む。ターニャの言葉には一理ある。疲労とは無縁なスキルを持つアインズであるが、欲求という意味ではいろいろため込んでいたのだろう。最近ターニャを含む数名が同郷とわかったことで、望郷の念というのか、立場のしがらみというものが軽くなったような気がしていたからだ。

 

「そうですね。たまにはいいですよね」

 

 そういうとアインズは立ち上がり手を空にかざす。その指にはまったシューティングスターが煌めき、まるで陽炎のようなエフェクトともに魔法陣が幾重にも浮かびあがる。

 

「アイ・ウィッシュ」

 

 アインズの言葉に合わせて光が辺りを埋め尽くす。隣に座っているターニャもあまりのまぶしさに目を閉じ、さらに目を保護するように腕で隠す。

 

 しばらくすると効果エフェクトはおわったのだろう、周りはさきほどまでの夕暮れの公園にもどっていた。

 

「何も変わっていないな」

「そう……みたいですね」

「願いが阻害されたのか?」

「いえ、以前失敗した時は感覚でわかったのですが、今回はしっかり発動した手ごたえを感じました」

 

 アインズは以前シャルティアが洗脳された時、同じようにシューティングスターを利用した。しかしシャルティアの洗脳がワールドアイテムによるものであったため解除は失敗した。しかし、その時は発動したが失敗したという感覚があった。逆に今回はしっかり発動したという感覚が残っているのだが、自分の姿に変化はなかった。

 

 ターニャもまじまじとアインズの姿を見るが、先ほどまでの骸骨姿と全く変わっていない。願いをかなえたら人間にでもなるのではないかと思っていたのだが、どうも違ったらしい。

 

「具体的になにを願ったのだ?」

「おいしい飲食ができるようになりたいと願ったんですけどね」

 

 それはそれで曖昧な願いだとターニャは考えたが口にするほど野暮でもなかった。しかし願いが叶ったということは、何かが変わった可能性がある。そう思って周りを見渡すと、一か所だけ景観が変わっていることに気が付いた。

 

「なあ、アインズ」

「はい」

「公園の入り口の先に店なんかあったか?」

 

 ターニャが指し示す先、公園の入り口から見える通りの向こう側。

――そこには洋風の飲食店らしき建物があった

 すくなくとも、ターニャもアインズも、そんな建物がそこにあったとはいままで一度も気が付いていなかった。しかし、これと似た感覚は過去にも経験していた。それは突然体育祭を言い出したロズワール先生から隣のクラスについて言及された時のことだ。それまで誰も隣のクラスの存在を知らなかったのに、ロズワール先生の言葉以降、突然存在を認識できるようになったのだ。

 

「では、あの店がアインズ君の願いを叶えてできたものであるならば、あそこならアインズも飲食できるということなのでは?」

「ははは。まさか」

 

 アインズも笑い飛ばすが、ターニャの言葉は正しいのではないかと。そう思い始めるとまるで正解と確信する自分に気が付く。

 

「いってみますか」

「だな」

 

 そういうとアインズはターニャを連れ立って、公園の前にできた店に足を向ける。

 

 外から見る限り木造二階建て。出入口となる扉には一枚のプレートが掲げられていた。それはアインズにとってなじみ深い紋章が焼き印され、その上に文字が書かれていた。

 

――BARナザリック 営業中

 

 アインズ・ウール・ゴウンの紋章にナザリックの名。自分に縁の深いものであることは容易に想像できたアインズは扉を押し開ける。カランカランとドアに取り付けた小さな鐘が鳴る。

 

 中はマホガニーと思われる年季の入った艶のあるバーカウンターに、四人掛けのテーブルが二セット。奥には小さなピアノと大きな壁掛けの時計が一つ。耳をすませば会話の邪魔にならないよう控えめに流れるJAZZが聞こえる。落ち着いた店内を彩るのは空間を仕切る様に置かれた数多くの鑑賞樹と、窓際に置かれたハーブのプランター。そしてカウンターの後ろにズラリとならべられたアルコールの瓶の数々。

 

「いらっしゃいませ」

 

 声が聞こえたカウンターに目を向ければ、年齢は三・四十代の男性だろうか? 落ち着いた物腰のため老齢の印象を受けるバーテンダーが一人佇んでいた。 

 

 

 

 

 

 

 

第一話 BARナザリックへようこそ

 

 

 

 

 いつもの様に飲んで騒いでいたヴァンパイアやワーウルフといった常連達が帰り、後片付けがひと段落ついた頃、鐘の音と共に出入り口の扉が開く。

 

「いらっしゃいませ」

 

 軽く腰を折った礼。気配で二人。一人は見知った気配であることから、かけるべき言葉を組み立てる。

 

「これはアインズ様。先ほどいらっしゃいましたのに、何かご用事が残っておりましたでしょうか?」

 

 その言葉に、アインズ様の歩みが止まり、何か考えるしぐさをされる。我らの絶対支配者たるアインズ様のお姿に寸分の違いはない。立ち姿、装備、それらを見ても、先ほどまで夕食を取られていたお姿とかわらない。

 

 しかし言語化できぬ違和感が私の脳裏をかすめます。

 

「アインズ様に対して立ち話では不敬にあたりましょう。席へどうぞ」

「ああそうだな」

 

 私はいつものように席にご案内すると、アインズ様と軍服のようなモノを着た少女はカウンターの真ん中、ちょうど私の前の席に座られました。

 

 なるほどこれが違和感の正体ですか。

 

「何かお飲みになられますか? お連れ様もおりますので、お酒よりもソフトドリンクのほうがよろしいかもしれませんね。コーヒーに紅茶、各種フレッシュジュースなど取り揃えております」

「ではコーヒーを。銘柄はまかせる」

「エスプレッソになさいますか? それともドリップでよろしいでしょうか。アイスであればコールドブリューがすぐにお出しできます」

「コールドブリューが飲めるのか。ではそれを」

「私は……」

 

 少女はアインズ様よりも先に堂々とアイスコーヒーを注文されましたのでとりかかります。 添え付けの冷蔵庫の一つから、大きな砂時計のようなガラス製の器を取り出します。構造は単純で真ん中には挽いたコーヒー豆が敷き詰められ、上の器には水が入っています。そして一滴一滴ゆっくりと水が滴り挽いたコーヒー豆にしみこんでいきます。そしてフィルタを通して染み出したアイスコーヒーが下の器に溜まるというもの。

 

 八時間で一リットル。

 

 熱を加えないため酸化せず、ゆっくりと抽出するため無用な苦みや油分もない上質なコールドブリュー。それを氷の入ったグラスに注ぎ、ストローをさして少女の前に置きます。添えるのはミルクとガムシロップが入った小さな器。

 

「アインズ様と寸分たがわぬお姿をされる別人のお方、いかがなさいますか? そのお姿ではご飲食は厳しそうですが」

「ほぅ。私がアインズ・ウール・ゴウン。その人でないと?」

 

 そういうと、アインズ様と同じ姿をした人物は、どこに隠していたのか凶悪な負の気配を発し始めました。お隣の少女は、強烈な死の気配が満ちる中、我関せずとアイスコーヒーを飲まれておいでです。私も慣れたものですので気にはしませんが、そもそも長時間浴びるものではありませんので、早めに解決してしまうことにしましょう。

 

「はい。少なくとも私が知るアインズ様ではない根拠がございます」

「よかろう。説明してみよ」

「まずは、この店の常連たるアインズ様の定位置はカウンター席の一番奥にございます」

 

 カウンターの奥の席に視線を向ける。そこは観賞用植物や衝立、カウンターに置かれた卓上ランプなどの絶妙な配置により視線が遮られ、意図的に隠された席が二つあります。

 

「二つ目にアインズ様は特殊な口唇蟲をご利用されております。少なくともここはBARでございます。口唇蟲無くして飲食のできないアインズ様がそれ無しで訪れることなどありません」

 

 我が主であるアインズ様はこちらに訪れて雑談をされる時も、なんらかの飲み物を注文されます。そのため、口唇蟲を常備しておられます。

その回答になぜかアインズ様? は驚いたようなリアクションで少女と顔を見合わせられています。

 

「最後に」

 

 そういうと、私は肌身離さず持っている指輪を取り出し、左の薬指に着けお見せします。

 

「それは!」

「はい。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンにございます。ユリと結婚した際、永年の忠勤の証として結婚指輪代わりにといただきました。少し前にお食事をされ執務室にお戻りになったアインズ様が、見ず知らずの者に接する時のような口調で話されることなどありえません」

 

 見れば少女はなにか諦めたような表情をしている。アインズ様? は骸骨のお顔なので表情こそよめませんが、内心のリアクションはにじみ出ており、それなりに動揺されているのでしょう。

 

「あ~アインズ。これは正直に話さないと誤解は解けないのではないかね?」

「そうですね。実は……」

 

 その後伺った話は驚愕の一言でした。

 

******

 

 

「魔導国発足のタイミングで別の異世界に再転移してしまったアインズ様と、同郷のご友人であるターニャ様……」

「端的にいえばそうだな。そして願いをかなえた瞬間、この店が現れたということだ」

「まあ、シューティングスターについては、なかなか右斜め上な効果を発揮しますからね」

「シューティングスターについて知っているのか? バーテンダーは」

 

 私は当時のことを思い出しながら、簡単な料理の準備を始めます。

 

「魔導国建国一〇〇年の節目。アルベド様に根負けしたアインズ様が、子孫を残せる方法を獲得するためにシューティングスターをご使用されました」

「え。こっちの俺、人間の男になったの?!」

「いえ。人間の女性になってしまわれました」

 

 いや~あの時は驚きました。子孫を残せる体と宣言してシューティングスターを使って変身したと思ったら、そこに現れたのは妙齢の黒髪美女。しかも薄幸の雰囲気がひしひしと伝わり保護欲をそそり、同時に母性も感じるというお姿でした。たしかに子孫は残せますが、アインズ様的には逆を想像していたことでしょう。

 

「なかなかの美人でしたよ? しかもスキルとして定着してしまったようなので、オーバーロードのお姿と人間の女性のお姿を行き来できるようになる始末」

 

 隣のターニャ様は笑いを必死にこらえてカウンターに突っ伏しておられます。そしてアインズ様は、ああ顎がはずれていますね。しばらくすれば精神異常と判断され平常心がかえってくることでしょう。

 

「さらにそのお姿に惚れ込んだデミウルゴス様とセバス様が口説きはじめ、身の危険を感じられたのでしょう。再度シューティングスターをつかって、人間の男性の姿を獲得されました。その後十年ほどかかりましたが、何とか御子がお生まれになりました」

「ああよかった。デミウルゴスとセバスに言い寄られる姿を幻視しちゃいましたよ」

「案外女性の姿も似合っていたのではないかね? アインズ君」

 

 ターニャ様は軽くあおっておられますが、これは写真をお見せするべきでしょうか? もっとも私とアインズ様とアルベド様しか知らぬお話ですが、女性のお姿はアインズ様の亡き母君だったらしく、そんな姿で部下に口説かれたのですから、その葛藤は推して知るべしというところでしょう。

 

「まあ、それは置いておいて、シューティングスターに願ったことが正しいといったが、それはどういうことだ?」

「それは、こういうことです」

 

 私は窓際のプランターを一つ持ち上げます。その葉の上に一匹の口唇蟲が乗っており、ターニャ様だけでなくアインズ様も興味深そうにご覧になっておいでです。

 

「私が知る口唇蟲とはサイズが一回り違うのだな」

「こちらが世代を重ね改良された口唇蟲です。ナザリックの数か所で飼育されておりますが、味覚の成長という点ではこちらで飼育しているものが最適でしょう。加えてここはBARですので、飲食も併せて楽しめます」

 

 味覚というものは成長するもの。例えば、普段から味の濃いものばかり食べていれば、味の薄いものの差異を知覚できなくなります。その逆もしかり。口唇蟲に好みはありませんが、知覚したものを装着したものに味覚としてフィードバックするという能力を考えれば、どの方向性に育てるかでその価値が変わるともいえます。中には本来の能力である声質を重視した品種もいるため、その意味でもこの場に異世界のアインズ様が来られたのは納得できることです。

 

「なるほど。たしかにシューティングスターで願いは叶ったことになるのか?」

「はい。こちらはマスター登録のない口唇蟲です。どうぞご利用ください」

 

 アインズ様は受け取った口唇蟲を手にとり口に近づけると自律的に動き出し口のあたりにとりつきます。しばらくするとアインズ様の体の構造を理解し、疑似的な唇、喉、舌、見た目と容量が合わない胃袋に擬態し、最終的に透明化しました。見た目は何も装備していないアインズ様のお姿ですが、不可視化を看破する能力があるものが見れば、食事に必要な臓器一式が創造された姿がみえることでしょう。

 

「見た目はかわらないのだな」

「しかし自分では口というか舌か、それらが存在するという感覚がありますね」

「装備中は不可視化されております。エントマ様が数年ごとのバージョンアップした四十五世代目。装着者の形状を解析し、必要な臓器に擬態します。口唇蟲の原種は喉と舌の構造に擬態し、声を変えるというものでしたが、長い研鑽の末、ここまで到達いたしました」

「エントマにそんな特技があったのか」

 

 アインズ様は驚かれてますが、エントマ様は魔導国における最高の義体技師にして研究者というお立場です。

 

 魔導国において蟲を改良した生体義肢は一般的で、先天的後天的問わず利用できることから、年々利用者は増え、子孫を残すために必要なアレな器官すら装着者のDNAを読み取って可能になっています。もっとも、アインズ様はアレのご利用を是としなかったので、もっぱら外向け、不妊治療の一環として利用されておりますが……。

 

「お時間に問題がなければ、せっかくですので何か食べていかれますか?」

「おお、それはうれしいな」

「では、アインズ様との縁ができた最初の料理といきましょうか」

 

 米、鮭、鰹節、味噌、豆腐、わかめ、ほうれん草、なめこ、にんじん、醤油、みりん、塩。

 

 米は小ぶりの土鍋で炊いたものを時間凍結の保存庫からとり出します。

 

 新鮮な鮭の切り身をダグザの大釜からとりだし、塩を振って火を通します。豆腐とわかめは、鰹節で出汁をとった味噌汁に入れて軽くひと煮立ち。なめことにんじんは醤油とみりんを一対一にして軽く炒め、ほうれん草はおひたしに。

 

 時間停止の保存庫などで工程をスキップしてこそいますが、短時間で二人分のお食事を用意します。

 

「どうぞ、ご賞味ください」

 

 アインズ様とターニャ様にお食事を配膳します。

 

「いただきます」

 

 お二人が無意識なのでしょう、手合わせをして食事をはじめられました。

――同郷

 つまり元は日本人ということなのでしょう。では金髪碧眼の少女であるターニャ様はさしずめ記憶をとどめた転生ということでしょうか?

 

「うまい。天然素材の日本食などはじめて食べた」

「私もこの体になってから初めて日本食を食べたよ。ああ。当たり前に思っていたが、こんなにうまかったのだな」

「ありがとうございます。ダグザの大釜の食材ですが、できるかぎり新鮮な食材の味を引き立てたてるよう調理させていただきました」

 

 お二人の食が進みはじめたタイミングで、アインズ様にグラスを一つお出しします。それは金色の液体に炭酸が躍る一杯。

 

「これはビールか?」

「はい。魔導国カルネ産のゴブリンビールにございます。今年の品評会、ビール部門の金賞作品となります」

「カルネ産? カルネ村のことか?」

「昔はそのように呼ばれておりましたが、今では巨大な農園を抱える錬金術と酒の一段生産地にございます。二百年ほど前に、あるハーフゴブリンの酒狂いがおりまして一念発起して酒造に手を出した結果です」

「あの村がそんな風に発展したのか」

 

 アインズ様はグラスを傾ける。

 

 飲み口の軽いが、舌の上には確かにアルコールを感じさせるコクがのこる。そして喉を抜けるとき、さっぱりとした爽快感が駆け抜ける。

 

「うまい」

 

 そんなアインズ様のお姿を見るターニャ様は、なんとも言えない表情をされておいででした。

 

「もし見た目通りの年齢でないのでしたら、お出しさせていただきますが」

「いや、やめておこう。精神は別だが肉体はこれでも子供だ。アルコールの悪影響は無視できん」

「では、何かお飲みになりますか? 日本食ですので緑茶でもお出ししましょうか?」

「そうか。ではそれをもらおうか」

 

こうして時間はゆっくりと進んでいくのでした。

 

 

******

 翌日の朝食

 

 いつもの時間にアインズ様がデミウルゴス様を連れ立ってご来店いただきました。注文されるお飲み物や料理、会話、行動。すべてがいつものアインズ様でした。

 

「そういえば昨日に……」

 

 一応、今朝方報告書という形で書面にて報告させていいただいたのですが、それはそれとして、口頭でもご報告させていただきます。デミウルゴス様は難しい顔をされておいでです。

 

「なるほどな……。昨日この店に入れず、今日になって普通に入れるようになったと聞いていて心配していたのだが、そのような事態になっていたのか。口頭での内容と書面ではやはり印象は違うな」

「なんかしらの力場のようなものでこの店が隔離されていたというのは、調査したものから報告が上がっております」

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

 

 わざわざアインズ様が朝一でお越しいただいたことから、どれほどご心配をお掛けしたか。しかしアインズ様は一転とても楽しそうなお声で宣言されました。

 

「一度あったことなら、二度三度あるだろう。もし再度同じことがあれば、そのもう一人の私と連れ、いや異世界より訪れる友好的なものに対し、存分に食事や酒をふるまってやるが良い」

「よろしいので?」

 

 デミウルゴス様がアインズ様に確認をとる。ナザリックの秘奥ともいえるこの場で、魔導国二五〇年の研鑽の集大成ともいえる食材、レシピなどを無償で提供せよというのだ。

 

「魔導国が成立し二百五十年。食をはじめとした文化の集積と研鑽をおしすすめてきた。それの一端を異世界の私やその友らに存分に魅せてやるとしよう」

「なるほど。アインズ様の偉大さに心打たれることでしょう」

「それほどのことではない。異世界の私は食事すらできない状態であったのであろう? 対して私達の作った魔導国は、ここまで素晴らしいものを生み出したのだぞ……と自慢したい。そんな些細な欲求からの命令にすぎぬよ」

 

 そういってアインズ様は北部ドワーフ印のウィスキーを傾けられる。

 

 デミウルゴス様も同じように静かにグラスを傾けられる。そのお姿は、先ほどのアインズ様のお言葉をかみしめているようでした。

 

「ああ、もちろんシューティングスターが切っ掛けとはいえ、その原理を取り込むことができれば、ナザリックは更なる発展を手に入れることができるだろう」

「かしこまりました。ナザリックの総力をもってこの理、獲得してご覧に入れます」

 

 そんな平穏は日々が過ぎ去り、異世界のアインズ様が訪れてから七日後。

 

 いつも通りにバーテンダーとしての責務を果たしていると、扉が勢いよくあけはなたれるのでした。

 

「ねぇねぇカズマ。ここからおいしそうなにおいがするんですけど。先に入ってるわよ」

「ちょっと待てアクア。なに勝手に店にはいってるんだよ」

 

 

 

 

 

――どうやら、異世界は案外近いところにあるのかもしれませんね

 

 




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