止まるんじゃねえぞ・・・・・・。
はあ、はあ、と息を切らしながら、スタミナの続く限りにソラールは城門へと向かって駆ける足を休めなかった。忽然と消え去ったハベルがどこへ行ったかハッキリとした見当が付いたわけではないが、王城内にハベルがいる可能性は極めて低いことを考慮すると、考えられるのは城下町を降りた先だろうと彼は踏んでいた。途中で緑化草を口に含みつつ城の出入口へと足を運ぶと、そこを警備する王国騎士二名に槍を向けられて道を塞がれた。
「貴公等! 悪いがそこを通してくれ! 時間が無いのだ!」
「申し訳ありません、剣の勇者様。宴の最中に粗相があってはいけないため、人は誰も通すな、と国王陛下から命を受けております」
「馬鹿な!? では、ハベル殿はここを通らなかったのか・・・」
「・・・・・・恐れながら剣の勇者殿、化物を外へ通すなとは我々も言われておりません故・・・」
「・・・・・・なっ!?」
洒落を利かせたつもりなのか、騎士の二人は顔を合わせてクックック・・・と笑みを浮かべていた。化物を庇う者など誰も居ないだろうという思いの元なのか。どこまでもふざけた騎士達の態度に対して、ソラールの額に青筋が浮かんだ。この二人も剣と盾の勇者の交友関係を知っていれば、ここまで死に急ぐこともなかったろう。
「・・・・・・もう一度聞く。盾の勇者はここを通ったのだな?」
「ええ、まあ、一切の音を立てずにズカズカと通るもんだから最初は面食らってしまいましたけどねぇ。まあ、あの化物が出ていくってんなら、此方としても肩の荷が下りるってもんですよ」
「違えねえ、戻ってきても入れないでおくか? その時には人になってるかも知れないしなぁ?」
ぎゃはっはっは・・・と宴に参加できない鬱憤を晴らすかの如く下品な笑い声を挙げる彼らに、ソラールは平坦な声色で「・・・そうか」と呟くと、腰に下げていた『太陽の直剣』の柄に手を伸ばした。
だが、彼が直剣を引き抜く寸前、2本の弓矢がソラールの兜のすぐ横を通り過ぎていった。魔法で形成された弓矢はそのまま吸い込まれるように王国騎士達の眉間に命中。たちまち騎士達は崩れ落ち、そのまま大きないびきをかいて寝てしまった。
「こ、これは・・・」
「今の内ですよ、ソラールさん」
聞き慣れた声のする方へバッと顔を向けると、弓の勇者・川澄 樹が四聖弓をネックレスへと変化させているところであった。正直なところ、全く予想もしていない人物の登場に別な意味でソラールの心情は乱れていた。
「・・・・・・イツキ殿? 貴公・・・いったい何故・・・」
樹もハベルの事は快く思っていないはず・・・そういった意味での問いであった。
「・・・勘違いされても困りますから言っておきますけど、決闘妨害の真犯人を目の当たりにしてしまった以上、僕は不正とか、そういう汚いものがどうしても許せないだけです。少なくとも、ソラールさんが指摘しておきながら、皆さんがあそこまでハベルさんにあからさまな悪意を向けるのを見て、どこか異常だと感じたのは事実ですし・・・・・・」
もっとも、それに流されていた僕も大きな事は言えませんが・・・と伏し目がちになりつつ樹は最後に付け足した。彼の中では未だハベルに抱く恐怖心から、彼がシロだと確定したわけではなかった。だが、だからといって他の王族や貴族達が正しいことをしているかと問われると、彼は首を縦には振れずにいたのだ。よって、今回のことは一番信用に足り得るソラールの意思を尊重してみようと、彼自身試みていた。保険と言っては何だが自分の仲間には知らせず、彼個人の独断である。
「イツキ殿・・・ありがとう・・・! では、早速二手に分かれて―――」
「その必要はありません、弓の勇者のスキル《追跡》でハベルさんの足跡は分かります。あれだけ立派な鎧を着ている人は他に居ませんからね。僕が先導しますので、付いてきてください」
そう言うと、樹はどこか張り切った様子で駆け足気味に城から出て行く。戦いの中でしかスキルの価値を見出させずにいたソラールは器用なスキルの使いこなし方に感心し、同時に感謝の念を抱きながら彼は樹の後をついていくのであった。
日が完全に落ち、月が顔を見せぬ真っ暗な夜の中、途中で見失うことなく二人はハベルの足跡を追ってていき、城下町まで降りてきた。王都からあまり遠くへ離れていないことを祈りつつ、ソラールはふと気になる事を思い出した。
「そう言えば貴公、真犯人を見つけたと言っていたな。差し支えなければ聞かせてもらっても構わないだろうか?」
「・・・・・・まあ、良いでしょう。どうせ後で貴族の皆さんか王様の前で告発しようかと思っていますし。・・・・・・マインさん・・・いえ、次期メルロマルク女王、マルティさんが二階の客席から魔法を放っていました。王族、しかも次期女王でありながら神聖なはずの決闘に水を差すなんて・・・嘆かわしい!」
彼の中にある正義感に大いに反するのだろう。樹は顔をしかめながら吐き捨てた。話を聞いたソラールも、同じようにバケツヘルムの中で表情を曇らせる。
あのハベルを弾劾したときから見せていた言動や邪悪な笑みを見れば、犯人像としてはこれ以上ないほどにぴったりである。意外だったのは、波での戦場にてあまり率先して動くことがなかった彼女が、背後からの不意打ちとは言えハベルを怯ませる程の威力がある魔法を打ち込むことができたのは盲点であった。それも何やらからくりがあるのかも知れないが・・・・・・。
「そう言えば、僕も聞きたいことがあります。どうしてソラールさんは、そこまでハベルさんを信用しているんですか?」
「・・・ん?」と考えに浸っていたソラールは、樹からの問いに意識を向けた。
「どうして・・・と言われてもな・・・・・・。ハベル殿も俺と同じで火継ぎを・・・・・・同じやり方で世界を救った同志だからな。それに、今は同じ四聖勇者として世界を救う仲間ではないか。信じぬ理由などどこにも―――」
「そ、ソラールさんと同じ!? あのハベルさんが!? その身を犠牲にして世界を救った勇者だと!?」
ソラールの話を遮る大声を挙げるほど、樹は驚きを隠せなかった。普段の態度や人格を比べても雲泥の差である二人が同じ事を成し遂げていたとは、到底思えなかったのである。
「そうだとも。そういえばイツキ殿達には説明していなかったな。俺とハベル殿はイツキ殿やモトヤス殿のニホンと同じように、細部は違えど基盤は同じ、火の消えかけていた世界から召喚された者だ」
「じゃあ何で、ハベルさんはあんな・・・あんな・・・・・・」
化物なんですか、とはハベルと親しいであろうソラールの前ではとても言い出せず、彼は口ごもってしまった。ソラールはそんな彼を察して、気にすることはないと声を掛ける。
「俺とて一歩間違えればああなるやもしれんな。俺達の世界では珍しいことでも・・・いや、あれが普通と感じてはいけないのだろうがな・・・・・・ともかく、世界を救うには常人では耐えられない力が必要であった、と言うことだ。だが、城庭でハベル殿が真の意味での亡者と化してしまったが最後、我々にできることはその哀れな姿を残さず葬り去ることだけだった。最後の一滴まで、その呪われたソウルを回収してな」
彼の口から出てきた言葉は、嘘と言うにはあまりにも真実味を帯びた物であった。裏表のない人柄がそうさせるのだろうか、少なくとも樹には多大な衝撃を与えていた。しかし、そんな樹にもどうしても理解できない点が一つだけあった。
「では、なぜソラールさんはあの場でハベルさんを手に掛けなかったんですか? 四聖勇者特有の何かしらのスキルがあったから助かったようなものじゃないですか! 下手をしたら貴方が殺されていたかも知れないのに!」
彼の問いに、ソラールは思わず歩みを止めてしまう。樹も同様に足を止めて身体を彼の方へと向け、返答を黙って待っていた。
「そう・・・だな・・・。自分でもよく分らん。この手で親しかった者達を幾度となく手に掛けてきたはずだったのだが、あの時ばかりは、どうしようもなく手が震えてしまってな・・・。それに、思うのだ。ここは、俺達の居た
彼は、まるで自分自身に言い聞かせるように静かに語り始めた。
「勿論、今の俺だってまだまだ、だ。だが、俺には
静かな確認はやがて燃え盛る闘志へと移り変わり、彼の決意を聞いて呆けている樹に声を掛けると、ソラールは歩みを再開した。
より力強い足取りで二人は城下を抜け、城門を出て行く。ハベルの物と思わしき足跡の反応が段々と強くなってきていることを樹は伝えた。そうしてすぐに、城門から近くの草原のエリアに立ち入った瞬間、辺りの空気がどこか重苦しい物へと変化していくのが分かる。
空気中に散りばめられた殺気、全身に鳥肌が立つような怖気により、樹の動悸は速くなり息遣いも荒くなっていく。場数を踏んでいたソラールは既に剣を抜き、臨戦態勢を整えていたが、それをまだ戦士として半人前の域を超えない樹に求めるのは酷というものだろう。
身の毛もよだつ感覚に苛まれながらも足を進めていくと、地面には魔物の手足や獣の体毛等の残骸、魔法の焼け跡、辺りにこびり付いた血痕、そしておびただしい量の灰が積まれており、刻まれた戦闘の痕跡が更に彼を怯えさせた。此処まで来ればハベルが近いのは明白であった為、ソラールは樹を自身のすぐ後ろへと下がらせ、率先して前に出て行った。
そして、雲に覆われていたはずの満月が顔を出し、まるで彼らを導くように青ざめた月光が彼らの目の前を照らし出した。
そして、そこに彼は居た。
大量の灰を踏みならし、身の丈ほどの大きさを誇る『ハベルの大盾』と、最早常人が見るには理解の範疇を超えた代物の大槌『大竜牙』を手に持ち、これまでに無いほどの殺気を纏うハベルの姿が、不気味なまでにハッキリと暗い月の光の中で照らし出されていた。ソラールが彼に声を掛けようとしたその時、先に一匹の大きな黒い獣がハベルに対して牙を剥いた。
その名を『ウォーウルフ』と言い、本来駆け出しの多い草原には現れることのない獰猛で危険な狼型の魔物である。群れでの渡りの最中、草原にて運悪くハベルと出くわした群れの長で、今しがたハベルによって壊滅的な被害を与えられていた。
ここを死に場所と定めた獣は血走った目と鋭い牙を向けながらハベルに突貫していく。しかし、彼の牙はハベル本体へと到達することなく、大盾によって易々と阻まれる。あまりの堅さに自慢の顎が外れかけるも、持ち前の素早い俊敏性でバックステップをとり、ハベルとの距離を取ろうとする。
だがまるでその動きを読んでいたかのように、ハベルは洗練された動きで躊躇無く大竜牙を振り下ろした。地面が陥没する程の威力が込められた一撃は、獲物の頭部を逃がすことなく振るわれる。グシャリ! と対象の全てを粉砕する音と、遅れるようにやってきた地鳴りが草原に響き渡った。
大竜牙は読んで字の如く古龍の牙をそのまま大槌に転用したデタラメな武器である。大槌としては理想の破壊力とリーチがあるが、その重さ故、常人であればよほどの筋力が無ければ使いこなすことはできない。だが、全身を随一の重さを誇るハベルの装備で固めた彼にとって、筋力の心配ほど無意味なものはない。
魔物の頭部だった肉片が辺りに飛び散る前に、ハベルの手によってソウルへと変化し、本来の輝きを失い黒く淀んだ盾の宝石に吸収されていく。魔物の身体もしばらくすれば徐々に崩壊を始めていくだろうと、ハベルは背を向けて森の中へと消えようとしていた。
「ハベル殿、こんなところでいったい何をしているのだ? 魔物相手に油を売っている場合ではないだろう」
ハベルは聞き慣れた声に反応し、身体を声の方へと向ける。彼の視界に映ったのは、今ほど会いたくはない太陽の騎士と、完全に恐怖に支配され顔を青ざめている弓の勇者の姿であった。
「・・・・・・貴公等・・・何をしに来た・・・」
「聞くまでもないことだろう。貴公を連れ戻しに来たのだ! まだラフタリア殿が城庭に残されているというのに、勝手に出発するとはどういう了見だ。貴公は俺と違って馬鹿ではない。ラフタリア殿が奴隷の誓約を断ったところで、何も変わらんことは貴公も―――」
「貴公、ラフタリアを頼んだぞ」
「承知のはず・・・・・・は?」
ソラールは彼の言葉の意味を理解できず、ハベルの顔をまじまじと見つめた。しかし、彼の岩の兜からは無機質と言うべき程に何も感じられなかった。
「は、ハベル殿・・・今何と・・・」
「・・・私は・・・・・・彼女を戦士にしてしまった・・・血も戦いも知らぬ彼女をだ・・・・・・くだらん未練のままに・・・結局、その答えも見つけられないまま・・・私は彼女に・・・使命を押しつけてしまった・・・もはや彼女が戦いから逃れることは困難だろう・・・彼女の強さと優しさは貴公の下でこそ発揮される・・・だからこそ、貴公・・・彼女を頼んだ」
「・・・・・・貴公、質の悪い冗談なぞ言っている暇はないぞ」
「・・・・・・冗談?」
あくまで冷静に返答するソラールに、ハベルの声はわなわなと震えていた。
「今こうしている間にも、貴公の従者であるラフタリア殿は今か今かとハベル殿の帰りを待っているのだ。さあ戻るぞ、貴公。俺は先程の馬鹿な幻聴は聞こえなかった。まず彼女に会ったら謝らなければ―――」
「貴公は今まで何を
かつて無いほど荒々しい怒鳴り声を挙げながら、ハベルは兜を勢いよく地べたに投げ捨て、その冒涜的な素顔を彼らの前に晒した。皮膚が焼け落ちた亡者の顔でも分かるほど、その表情は怒りに包まれていた。
「私は勇者なんかじゃない!! ソウルに飢えた亡者だ! 勇者と呼ばれる資格など毛頭無い! 貴公等が忌み嫌う深淵に呑まれ呪われた化物なんだよ!! 俺を友と呼んでくれたカタリナ、カリム、ソルロンド、アストラの騎士達! 学院の魔術師や大沼の呪術師、哀れな修道士でさえ、ロードランで私に関わった者達は全て滅び去った!! 貴様もだソラール! あのような醜き虫に取り憑かれ、友と信じていた貴様にあろう事か引導を渡したのだぞ!!」
溜め込んでいたものを全て吐き出していくと、ハベルの心にドス黒い人間性が溢れていく。
「火継ぎを成し、人間性を捧げ、ようやく不死の呪縛から解放されたと思えば、今度は四聖勇者と成って世界を救え、と・・・それは良い。周りから化物と罵られようとも、都合の良い謀に貶められようとも、私はどうでも良かった。別の世界とは言えソラールである貴様は勿論、こんな私を勇者と信じて想ってくれるラフタリアが居たからだ!!・・・・・・貴公等は私にとって正に太陽だった・・・・・・その暖かさが心地よかったのだ・・・・・・なのに・・・私は・・・・・・貴公に何をした・・・・・・?」
ハベルは大盾と大竜牙を収納し、自身の震える右手へ視線を移した。
「愚かにも私は・・・自分の中で沸き上がるソウルの渇望に耐えられず・・・あろう事かあんな・・・戦いを知って間もない若者を・・・手に掛けようと・・・あまつさえ貴公にまで・・・・・・失う絶望を忘れたわけではないだろうに・・・私はまた・・・・・・このままではラフタリアまで・・・・・・分かるだろう、貴公・・・もう限界なのだ・・・今でも私の目には、貴公のソウルが光り輝いて仕方がない・・・求めて仕方がないのだ・・・このままではいずれ、貴公をまた・・・」
ぽつりぽつりと、噛み締めるように語ったハベルはやがて崩れ落ち、膝をついて己の顔を両手で覆ってしまった。重厚な鎧からは想像も付かないほどの脆さを感じられる彼に、話の内容を全て理解できなかった樹でさえも、彼に対して恐れから一転、憐れみの心を持つようになった。
一方、彼の話を黙って最後まで聞いていたソラールは、尚もハベルへと近づいていく。
「・・・ハベル殿の気持ちはよく分かった。俺もハベル殿と同じく、かの地では一度ならず何度も心が折れたからな・・・・・・それでも俺は、貴公をそのまま行かせる訳にはいかない。貴公には決して見捨ててはならない人物がいるだろう。俺は彼女に託されたのだ。貴公が何と言おうと、まずは彼女に会うことだ」
「・・・そうか・・・貴公・・・これほど言っても分からぬか・・・ならば・・・それも仕方がないのだろうな・・・」
ハベルの纏う雰囲気が変わったと同時に、彼は兜を拾うことなくよろよろと立ち上がり、手元に『黒騎士の剣』を展開した。そして、足下の崩れかかっている獣の亡骸を突き刺し、勢いよくソラールの方へと投げつけた。
飛ばされた亡骸を反射的に両断してソウルへと変換すると、今度は強烈な刺突が繰り出される。ソラールは咄嗟に盾を展開するも、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。ザザザッと地面を這うように倒されたソラールを、ハベルは追撃することなくそのまま見据えていた。
完全に出遅れた樹はハッとしながらも弓を構え、ハベルに向けて照準を合わせる。弓に魔力を込め、必殺スキルを放とうとしたその時、倒れていたソラールから待ったが掛けられた。
「イツキ殿、手を出すな!」
「ソラールさん!? でも彼は―――」
「・・・頼む!」
彼は一言だけそう告げると、ものの見事にへこんでしまった盾を収納し、代わりに『太陽のタリスマン』を取り出した。そして、手元の四聖剣と化した太陽の直剣にタリスマンをあてがうと、彼の信仰の力が四聖武器の宝石に注がれる。柄の部分に埋め込まれた眩いオレンジの光を放つ宝石が、新たに会得したスキル《太陽の光の剣》を発動させ、直剣に熱い太陽の力が宿された。
まだ見ぬスキルの発現に、彼の本気具合が窺えた樹は弓を降ろし、若干の悔しさを残しながらも、二人の戦いを見届けることを決断する。
「・・・まだ、向かってくルカ」
「諦めが悪い男だというのは、貴公もよく知っていると思っていたのだがな?」
「ホザケッ!!」
助走で勢いをつけたハベルはそのまま漆黒の大剣を振り下ろすも、ソラールは剣を両手に持ち替えて真っ向からこれを受け止めた。剣と剣がぶつかり重なり合う波動が、離れている樹にも伝わり、思わずよろけてしまっていた。互いに振るわれた初撃の剣圧から、樹は既に格の違いを思い知っていた。
火花が飛び散るほど鍔迫り合いになるのも束の間、ハベルは更に連続で剣を振るった。スタミナの概念が失われたかのような彼の剣戟を、ソラールは冷静に一歩の範囲で躱していく。
しびれを切らしたハベルは横薙ぎに大剣を払うと、ソラールはその一撃にタイミングを合わせて軽やかに転がり、ハベルの背後を取った。致命の一撃が振るわれようとするその瞬間、ハベルは身体を捻り薙ぎ払う。
しかし、それも予想の範疇だったのか、ソラールは最小限のバックステップでこれを回避。そして太陽の力が籠った直剣で刺突を繰り出し、ハベルの胸部に命中させる。
太陽の光の力とはすなわち雷であり、特に古竜の不死身とされる岩の鱗を剥がしたのも、この太陽の力に他ならない。【岩のような】と表されるハベルの鎧も、彼の纏う力によって確実にダメージを受けていた。
それでも正面の攻撃には一切怯む様子を見せないのは、偏に鎧の強靱性によるものだろう。ハベルは構わず剣を振り下ろすと、またもソラールはこれを受け止めた。だが、推測よりも早い一撃故か、彼は受け止める際にスタミナを大きく削られてしまう。
「ぐぅぅっ!?」
「どウシた? この程度か、ソラール! 太陽の騎士トヤラはコの程度なノか! 一介ノ亡者スラたおセンのか」
「・・・な、何を・・・!?」
「ワタしをタオしテ見せろ! キサまの力はコンナものではナイハズダ! 闇をハラってミセロ! タイヨウナノダロウ!!」
「・・・・・・っ!! この・・・馬鹿野郎が・・・・・・・・・うおぉぉぉぉぉーーーーー!!!」
先程から感じていた違和感の正体。殺気の込もらぬ威力だけの雑な剣戟の正体を知ったソラールは、バケツヘルムの下でギリッと歯を噛み締めながら、全身全霊の力を込めてハベルの剣を押し返した。黒騎士の剣が宙に放り上げられ、得物を失った無防備なハベルにソラールは剣を納めて拳を握る。
「ハベルッ!! 歯を食いしばれっ!!!」
四聖武器を手放した攻撃を実行に移したため、凄まじい呪痛がソラールの右手に襲いかかるが、彼はそれでも緩めなかった。様々な想いが込められた彼の拳に少しだけ太陽の力が宿った瞬間、ハベルの顔面に叩き込まれた。まるで雷が直撃したかのような衝撃がハベルの顔面を走り抜けると、彼は溜まらず膝を地面につけた。
「貴公は今まで何を
先程のハベルに勝る声量で、ソラールはグッタリとしているハベルに怒声を響かせた。
「貴公が化物だと? 勇者の資格がない? そんなもの知るか!! 確かに今の貴公は亡者だ! だが、貴公は今までどれだけの命を救ってきた? 此方の世界のことだけではない。貴公の今までの人生の中で、騎士として、勇者として、人々のために働いてきた貴公に感謝の思いを抱いている者はどれほど居る! 何故それらに向き合おうとしないんだ! 今の貴公は、使命から、生きることから、仲間から、亡者である自分自身から、立ち向かわずに逃げているだけだ! 俺やラフタリアを理由にするな!! 今の貴公のふざけた行動は俺や彼女だけじゃない! 貴公自身や今まで貴公と出会った者たちに対してもまったくにもって酷い侮辱だ!」
朗らかで太陽のような彼が、ここまで怒りを露わに激昂したことがかつてあっただろうか。少なくとも、彼の姿は樹だけではなく、対象であるハベルに多大なる驚愕を与えていた。
「それに俺が・・・貴公と同じく火継を成し遂げた俺が! 言うに事欠いて狂った貴公に負けるほど弱いとほざくか! 俺と同じ火継を成した貴公が導いたラフタリアが! 心折れた貴公に負けるほど軟弱だと言うのか!」
結果的にとは言え見捨てようとした己の従者の名を出されると、ハベルの鼓動は一段と跳ね上がった。
「出会い方はどうであれ、戦士としての道を·····貴公の従者としての道を選んだのは他でもないラフタリア自身だ! そして、ラフタリアにとっての導きは・・・太陽は・・・・・・他でもない貴公なんだよ!! それでも尚、貴公は彼女を見捨てようというのか!? まだそんな意味の無い生を続けるつもりなら、俺は何度だって貴公に拳で応えるぞ! そして、鎧を引きずってでもラフタリアの元へと連れていく! どうだ分かったか!!」
想いの宿った拳をその身に受けたときから、四聖の宝石は輝きを取り戻し、ハベルの中にあるドス黒い人間性が晴れていくのを、ハベル自身が自覚していた。そして、彼の熱い想いが込められた言葉が、ハベルの鎧のように固く閉ざされた心を徐々に解かしていく。それだけ彼の言葉には、まるで太陽のような熱を感じることができていたからだ。
それこそ、ハベル自身は勿論のこと、ハベルに対する疑念をどうしても捨てられずにいた樹の心を揺らがすには充分なほどに・・・。
ソラールは地面に投げ捨てられたハベルの兜を掴み、彼の目の前に差し出した。
「・・・・・・先にも言ったように、俺もロードランでは心が折れた。だからこそ、今の貴公の苦しみはよく分かる。情けないとわかっていながら心が支配され、誰との関わりも一切断ち、使命から何まで全てを投げ出したいと・・・・・・こんな俺にも拳をくれたのは貴公のような名もなき不死人だ。こんな俺にやり直す機会をくれたのだ! こんな俺を太陽だと言ってくれた。だからこそ、貴公が迷い苦しむのなら、俺がすぐさま照らしてやる! またこんな馬鹿な真似をしようものなら、いつだって俺の太陽の拳をくれてやろうじゃないか! だから貴公、立ち上がれ! 今の貴公がやるべき事は、貴公が一番よくわかっているはずだ!」
彼の言葉が熱く染み渡り、ハベルのドス黒い人間性は完全に抑制された。だが、それでもハベルは彼の手から兜を受け取ることに躊躇いを見せている。
「だが、貴公。私は・・・やはり化物だ。私の悪評は既に手遅れな程に広まっていることだろう。こんな私を庇ったとなれば、貴公とて・・・・・・ガッ!?!?」
ぽつりぽつりと語るハベルであったが、次の瞬間には鈍い音とハベルの呻きが同時に聞こえた。ソラールが手元の兜を、彼の頭に向けて軽く振り下ろしたのだ。それは端から見れば、まるで言うことを聞かない小さな子どもを叱る風である。
「まだウジウジウジウジと、そんなことを言うのか? 見くびるなと言ったはずだぞ、ハベル殿。俺の輝きが貴公一人にどうにかなるものか!・・・・・・ロードランで気付かされたのだ。俺は偉大な太陽に成りたいんじゃない。太陽のような、でっかく熱い男になりたいんだ・・・とな。それに何より、ここはロードランじゃない。この世界には命が・・・・・・ソウルの輝きが溢れている。この世界の様々なソウルが、剣の勇者として召喚された俺に輝き方を教えてくれる。だからこそ、俺はもっともっと輝けるのだ! 俺は貴公の優しさを知っている・・・・・・何より貴公も、この俺に輝き方を教えてくれた大切な一人であるのだぞ?」
再度ソラールによって差し出されたハベルの兜を、太陽の如く暑い熱意を帯びた言葉で語られたハベルが受け取らぬ理由は見当たるはずもなかった。ハベルは自らの足で立ち上がり、ソラールと真の意味で向き合う形となって、兜を彼の手から受け取った。
「・・・・・・すまなかった。世話を掛けたな、二人とも・・・・・・ありがとう」
「・・・まだ事態は終わってませんよ。すぐに城庭に戻りましょう。あの決闘については、僕からも進言させてもらいます。観戦していた勇者の二人が訴えれば、多少なりとも貴族等に影響を与えることはできるはずです」
「何時にも増して頼もしいな、イツキ殿。本当に感謝している。ああ、先の話はイツキ殿にも当てはまるぞ? 助けがいるならいつでも駆け付けよう。さあ、ハベル殿。戻るとするか! せっかくだ貴公、ラフタリア殿にも殴られてくると良い」
「・・・そうだな」
いくらか調子を取り戻したハベルは、しっかりとした足取りで二人の勇者へと追従していった。そんな彼の中に巣喰うドス黒い人間性の中心に、いつの間にかぽつりと小さな種火が灯されていた。
未だ目を覚まさない門番をやり過ごし、問題の決闘を行った城庭へと戻った瞬間、パァンッ! と乾いた音が木霊した。見るとそこには、地べたに倒れ伏している護衛の王国騎士達と決闘の元凶となった騎士団長、頬をはたかれたことに心底戸惑いを見せる槍の勇者とその仲間達、そして怒りで頬を染めたラフタリアの姿があった。
「私が・・・いつ助けてくださいなんて頼みましたか!!」
「へ・・・・・・で、でも、ラフタリアちゃんはあの怪物に酷使されてたんじゃ・・・まさか、まだ呪いが解けてないのか!?」
「知った風な口を利かないで! 他人に言われるがままの貴方に何が分かるんですか!」
ラフタリアは怒りを爆発させながらも〈役立たずで泣き虫で生きる希望を失っていた自分を救ってくれたこと〉〈何の価値もない奴隷であった自分に戦い方を根強く指導し、盾の従者にまで導いてくれたこと〉〈病を治し、食事を与え、いざというときは必ず守ってくれること〉を元康に対して力強く語っていく。ラフタリアはぶれることなく一貫して、ハベルはあなた方が思うような化物では無いという事を、純粋かつ真っ直ぐな眼差しで伝えていた。
彼女の言葉が未だ困惑に包まれている槍の勇者に伝わる事はなかったが、遠くから傍観する形となった三勇者・・・とくに盾の勇者には、しかと胸に響いていた。
「・・・彼女は・・・何と言いますか、強いですね。心も体も・・・」
「どうだ、貴公。言った通りであろう? ラフタリア殿は貴公が思うよりもずっと強い娘だ。それに、此方の世界において一番時間を共にしているのは彼女なのだ。他の誰よりも、貴公の本質を知る者だと俺は感じているがな」
「・・・ラフタリア・・・・・・」
「は、ハベルはそんな奴じゃ・・・」
「・・・じゃあ、あなたは病を患った、いつ死ぬとも知れない奴隷に手を差し伸べる事ができますか?」
「勿論だよ! そんなの人として当たり前じゃ―――」
「ならどうしてその優しさを、少しでもハベル様に向けてあげられないんですか! どうしてもっと周りを見ることができないのですか! あなたは・・・あなたって人はっ!! それでも四聖勇者なんですか!!!」
怒りのあまり涙ぐむほど必死な彼女に、元康は訳が分からずに混乱するばかりであった。自分は正しい事をしていたのではないのか、騎士団長達の言っていた事は? マインの言っていた事がデタラメだったのか? 考えれば考えるほど元康は深みにはまり、何も言えずにただ立ち尽くすばかりであった。
「いい加減にしなさいよ! 亜人の分際で槍の勇者であるモトヤス様に助けられておきながら、何を偉そうに!!」
「そこまでですっ!!」
ラフタリアに手を挙げようと振りかぶったマインを制止するかのように、若い男の声が城庭に響いた。その場の全員が目を向けると、弓の勇者である川澄 樹が落ち着いた歩幅でマイン達の方へと向かっていった。
「マインさん、先の決闘にて貴方が行った妨害行為について、お聞かせ願いたいのですが?」
「なっ!?」と驚愕の声を挙げるマインを筆頭に、その場の全員がより一層ザワつき始めた。剣の勇者だけでなく弓の勇者までもが挙げた抗議の声に、貴族達からもどういう事だ、と次々と疑念の声が上がっていく。なにかとのせられやすい貴族達の疑念は、もはや王の一言だけでは静まる事はない。
まさかまさかの援護に驚きを隠せないラフタリアは、目を見開いて樹を見つめた。彼はラフタリアの視線に気が付くと、うっすらとはにかみながら顔を城庭の扉の方へと向ける。彼女もそれに倣うように視線を向けると、そこにはソラールと立ち並ぶ自らの主人の姿があった。
樹が何かを言うまでもなく、彼女はハベルの元へと一目散に駆け出した。そして全身をかけて飛び込む彼女を、ハベルは重厚な岩鎧越しに受け止めた。
「バカッ! バカバカバカバカッ! ハベル様の分からず屋っ! 頭でっかち! 頑固者っ! どうして! 私・・・もう戻ってこないかと・・・・・・よかった・・・」
様々な感情が入り交じりながら、ラフタリアは涙を流しながらドカドカとハベルの鎧を叩いていた。
「ラフタリア・・・すまなかった・・・私は・・・ずっと貴公に虚像を追わせてしまって・・・」
「ハベル様の悪い噂なんて、この国に居れば容易に耳にします! 私が本当に知らなかったとでも思っていたんですかっ! 私は・・・ただ・・・貴方の口から違うって・・・言って欲しかった。ハベル様に・・・本当の意味で信用されたかった・・・そんな事では離れていくわけがないって・・・信じて欲しかった・・・」
殴るのを辞めたラフタリアは一転してさめざめと泣き続けた。ずっと言えなかった本心を口にして・・・。
「貴公・・・すまない・・・私は・・・」
「でも、もう良いんです。こうしてまた戻ってきてくれただけで、私は・・・私は・・・」
城庭では樹が貴族等にも分かるほど言葉を選んで詳しく、客観的に決闘を解説していくなか、ラフタリアは客席から目が届かぬ廊下でハベルを抱きしめていた。もうどこへも行って欲しくないというとめどない彼女の想いは、確かにハベルへと届いていた。
「ずっと辛かったんですよね、ずっと一人だったんですよね。ハベル様が一番苦しんでいたのに、ハベル様は強いから、優しいから、私・・・全然気がつけなくて・・・・・・私は、盾の勇者の・・・いいえ、ハベル様の従者です。どこでだって胸を張って言えます! 誰にだって、例えハベル様にだって否定はさせません! 貴方が味わってきた苦しみは私には想像もつきませんが、それでも、少なくともこれからは、貴方の感じる苦しみを、貴方を縛る使命を、私にも分けてください! ハベル様と一緒なら、私はどんな事だって頑張れます! 私は貴方の従者なんですから」
「ラフタリア・・・・・・すまなかった・・・・・・本当に・・・・・・ありがとう・・・」
この期に及んでどうして良いか分からず宙を彷徨っていたハベルの両手が、ようやくラフタリアを抱きしめかえし、彼女の頭を撫でた。いつものように不器用な手つきではあったが、それが逆にラフタリアには安心感を与えていた。ソラールはそんな二人を見て無粋な事は言わず、ただ黙って頷いていた。
ラフタリアの言葉はまるで太陽のようにじんわりと暖かく、淀んだ人間性に埋もれたハベルの心を確かに照らしていった。ソラールとはまた違った彼女の太陽の熱は、ハベルの中に宿った小さな種火に注がれ、その大きさを増していくのであった