メルロマルク王との謁見を済ませた勇者達は日が暮れたこともあり、王の申し出通りに来客部屋で休むこととなった。豪華な装飾のなされたベッドへ腰掛け、元康と樹は自身のステータスを確認し、ソラールとハベルは伝説の武器と成った自身の得物の具合を確かめていた。
というのもこの不死人二人、最初はこの世界についてある程度の知識を持っていると豪語した青年二人にならってステータス魔術の項目を確認してはみたものの、その項目のほとんどを理解することができなかったのだ。
『レベル』『スキル』『ウェポンブック』等々・・・馴染みのない単語の羅列に不死人二人は唸るばかりであった。ソラールは一つ一つを把握しようと青年二人に教えを請おうとしていたが、自分たちのステータスを確認するので忙しいのか取り入ってもらえなかった。やがて不死達はステータス魔術について考えるのを辞め、今に至る。
いろいろ試してみた結果、こちらは収穫が多かった。
まず大前提として、不死人は常人よりある程度万物に宿っているソウルをコントロールすることができる。無論、生物の場合は『死』を与えることで等しく『物』と成る為、対象が持つソウルは自然と新たな所有者へと流れてゆく。
・・・・・・話が逸れたが、不死人と成り果てた者は誰しもがあらゆる数の武器や防具、その他道具を所有物とする場合、自在にソウルへと変換し、そのまま体内に格納・必要なときには状況に応じて手元に展開することができる。
だが、この伝説の四聖武器とやらは呪いを抱えているためか、ソウルへと変換することができないどころか、手放すことすらままならなかった。ブレスレット等の飾り物程度には小さくすることができるが、如何せん呪いは強く、持ち主の手から離れることはなかった。
さらに呪いはこれだけではなかった。左手(ソラールであれば右手だが)に四聖武器と同種の武器しか装備できなくなってしまったのだ。ソウルから変換できるのは盾だけとなり、他の武器を無理矢理にでも手に取ろうとすると左腕に強烈な痛みが走る。そのお陰で大型の武器を両手で持つことも適わなくなった為、これからの波との戦い方を改めていかなくてはならなくなってしまった。
ただし、武器として認識されなかったのか、左手にタリスマンを所持することは可能であったし、呪術の火も問題なく使用することができた。杖はまだ試していないが、刺突できる代物でもあるため恐らく不可能だろう。お互い魔術ではなく、奇跡や呪術を多用する身としてこの点は助かったと言える。
「そういやさ、あんたら何時まで騎士RPしてんの? 固っ苦しいし、もうやめにしないか?」
「「・・・・・・・・・??」」
元康の問いに不死人二人は首をかしげるばかり。この部屋に着いたばかりのときも、『ゲーム』や『ネット』、『なんたらオンライン』等、訳の分からぬ単語ばかりを投げかけてきたために同様の反応しかできなかった。
そんな彼らの様子を見かね、樹が助け船を出す。
「あの、もしかしてお二方は僕たちの知らない、本当の異世界から召喚されたのではないですか?」
「はあ!? マジで!? じゃあ、あんたら日本人じゃなくて外国人だから話が通じないとか、そんなもんじゃないのか?」
「ううむ、イツキ殿の言うとおりやもしれんな。王に対する立ち振る舞いの違いといい、言葉は通じても意味の分からぬ語群の数々・・・」
「・・・・・・私はニホンという国を知らんし、聞いたこともない。アストラ、カタリナ、カリム・・・馴染みある国々だが、貴公等は知っているか?」
「あすとら、かたりな・・・ダメだ! 全然ピンとこねえ」
「海外には結構足を運んではいますが、ハベルさんの口から出た地名は全然聞いたことがないですね」
これが口火となったのか、勇者同士での異文化交流が始まった。時代、文明、文化、魔法の有無、さらには世界の成り立ちなど、何から何までその悉くが不死人達とは異なっていた。特に魔法に対する二人の反応は凄いもので、ハベルがその手に呪術の火を出現させると、有無を言わさぬほどの迫力で質問攻めにあった。
―――火の時代が何時までも続いていれば、貴公等のような平和な生活もあり得たのかもしれないな・・・。
彼らが血を知らぬのも無理はない、とハベルは何気なく思ってしまう。
交流を深める中、さらに判明したことがある。同じ日本出身の樹と元康なのだが、どうやら双方の間でもかみ合わないことがあるそうだ。
「お前本当にネトゲやったことあるのか? エメラルドオンラインなんて知らない奴はいないほどの有名タイトルじゃねえか!」
「何を言っているんですか、そんなタイトルのゲームは聞いたことがないです。じゃあ聞きますけど、ディメンションウェーブっていうコンシューマーゲームは分かりますか? この世界そっくりの有名タイトルですけど」
「・・・・・・まてまて、一回情報を整理しよう。これでもゲームの歴史には詳しい方だと思っているが、お前が言うようなゲームは聞いたことが無い。でも、お前の認識では有名なタイトルなんだろう?」
「そのはずです、知らない人はいない程、と思っていますけど・・・」
「じゃあよ、念のために一般常識の確認といこうぜ。千円札に描かれてる人は?」
「・・・・・・小高縁一さんじゃあ?」
「いや誰だよそれ!? 谷和原剛太郎だろ!?」
「どうやら貴公等、お互いに違う平行世界のニホンから来たみたいだな」
話の決着がつかないとことを見かねたソラールが結論を出す。すると「「平行世界?」」と、今度は青年二人が首をかしげる番となった。
「ふむ、イツキ殿とモトヤス殿の世界で平行世界は馴染み無いか。俺達の世界では他人の平行世界へ霊体となって侵入する手段が様々あってな。二人の認識が違うのも、恐らくは《そういうこと》なのだろう」
「まじかよ・・・。ソラールさんの世界はどんだけファンタジーなんだ」
次元を超える手段が何通りもある、何でもありなソラールとハベルの世界を想像し、元康は軽く頭痛を覚え頭を抑える。一方で、ハベルの方でもソラールの出した結論に一人納得し、安心していた。
「じゃ、じゃあ折角ですし、一人ずつこの世界に来た時のエピソードを話し合うというのはどうでしょう。ちなみに、僕は塾帰りに横断歩道を渡っていた所、突然ダンプカー・・・えっと、ソラールさん達に分かりやすく言いますと、大きい馬車の様な乗り物が全力でカーブを曲がってきまして・・・気づいた時にはって感じです」
「なんと!? イツキ殿、まだ若いのに災難であったな」
若くして命を無くし召喚された樹にソラールは慰め、労いの言葉を掛ける。ありがとうございます。と礼を言うイツキを横に、次は俺だ!と言わんばかりに元康が身を乗り出した。
「俺はさ、ガールフレンドが多いんだよね。それでちょーっと・・・」
「俺から見てもモトヤス殿は顔が良いからな! それはさぞや不幸であったろう」
「分かってくれますかソラールさん。いやぁ……女の子って怖いね」
テヘッと舌を出して誤魔化しに掛かる元康を見て、樹とハベルの不快指数が少しばかり上昇した。
「では、次は俺だな! ・・・と言ってもどう説明したら良いものか」
うーむ、とソラールは考え込んでしまう。樹と元康はいわゆるファンタジー世界の住民である彼の過去に強い興味を抱いていた。実際、彼の過去については違う意味でハベルも気になっていた。もし彼が自身の手に掛けた“彼”と同一なのか、それとも樹と元康と同じ現象の様に平行世界の彼なのか・・・・・・。
「・・・・・・よし! 貴公等にも分かりやすく説明するとだな、俺の世界はこの世界の波のようなものにもう少しで飲まれる寸前だったのだ」
恐らく彼が語っている世界というのはハベルのいた世界と同等の世界だろう。最初の火が弱まり、ダークリングが出現すると共に現れた不死人と亡者の存在、そしてデーモンや醜い獣、亡者が支配する『闇の時代』の訪れ・・・。
「世界を救うには誰かが太陽になって世界を救うしかなかった。だからこそ、俺は世界を救うべくこの身を捧げ、闇を打ち払う『太陽』になったのだ!!」
語り終えると同時に、ソラールは自らの内に沸き上がる想いを止められなかったのか、立ち上がっては太陽賛美のポーズを決めた。幾度となく繰り返してきたであろう洗練された賛美は、常人が聞けば馬鹿げていると一蹴りしそうなソラールの最期の信憑性を高めるに値するものであった。
「すげぇ・・・。すげぇよソラールさん! 自分の身を犠牲にして世界を救ったってことだろ!? 本物の勇者じゃねえか!」
「確かに・・・。ソラールさんの性格の良さはこの少ない時間でハッキリと分かりますし、物語の主人公と言われても不思議じゃないです。これはソラールさんに負けないよう、僕たちも頑張らなければなりませんね!」
「・・・・・・変人や狂人とまで呼ばれた俺がここまでの賞賛を受けたのは初めてだ。ウワッハッハッハ! そうか、この俺が勇者か! こんな俺が勇者に成れたのだ、貴公等も必ず成れるさ!ああ、あと俺のことはソラールで良いぞ。同じ勇者仲間だ! これから対等に協力していこうじゃないか!」
ウワッハッハ! とまた高らかに笑うソラールに、場の空気は最高潮に達していた。それこそハベルの最期を語る必要が無いほどに。
当の本人は、ソラールの最期を聞いてどこか安心していた。彼がハベルの知る“彼”でないこともあるが、それ以上に『太陽に成りたい』という彼自身の望みが叶ったことに、ハベルは喜びすら感じていた。ロードランにて数少ない善良な人物である彼の最期が『
「よし! 次はハベル殿の―――」
「勇者様、お食事の用意が出来ました」
ソラールの言葉を遮り、扉がノックされた後に使用人の声が響いた。返事をして扉を開けると、数人の使用人が豪華な料理をのせたカートを引っ張って入室していく。
「おお! これはなんとも美味そうだ! どれ、せっかくの食事が冷めてしまっては仕方がない。先にありがたく頂くとするか」
「ええ」
「そうだな」
「・・・・・・すまないが、食欲が湧かない。私は少しばかり外の風に当たってくる。・・・貴公等で楽しんでくれ」
「ぬ? ハベル殿、具合でも悪いのか?」
「大丈夫だ」と言って、ハベルはそそくさと備え付けの広いベランダの方へと足を運んでいった。心配そうに見送るソラールを余所に、元康と樹はヒソヒソと小声で話し合う。
「なんか、あいつだけ妙に口数が少ねぇし、なんて言うか感じ悪くね」
「そうですね・・・。やはり、『盾』だからでしょうか」
「ああ。そういやあいつ、『盾』だったもんな」
ベランダの柵に手を掛け、ハベルは夜の中で人の賑わいと明かりに溢れる町並みをぼーっと眺めていた。あの時代を生きる不死人であれば誰しもが心引かれる光景であるはずなのに、ハベルの心は至って平静としていた。
食欲がないというのは嘘ではない。食欲だけではなく、生理的な欲求を今のハベルは感じることができなかった。さらに他者のソウルの気配をより濃く感じ取れるこの状態に、ハベルは覚えがあった。
ふと左の籠手を外し確認すると、ダークリングが刻まれている自身の腕が露わになる。
―――ああ、やはりか・・・・・・。
「おーい、ハベル殿。早く来ないと料理がなくなってしまうぞ! それともやはり何か不都合なことでもあったか?」
背後からガシャガシャと鎧の音と明るい声が聞こえると、ハベルはすぐさま籠手を填め直した。振り返ると、バケツヘルムを外し口元にソースを付けた太陽の騎士がいた。尚も問いかけ続けるソラールに、ハベルは思い切って口を開いた。
「・・・・・・なあ、貴公は火継ぎを完成させたのだろう?」
「んん? そうだが・・・まさか貴公もか!?」
「ああ、そうだ」
「そうか・・・そうか! いやあ貴公も成し遂げたのだな! ただならぬ雰囲気だと思っていたんだが、そうかそうか! ならば貴公も勇者であり『太陽』であるな! ウワッハッハ!」
「いや・・・たしかにそうだが、貴公とは違うさ・・・・・・私は貴公の様に立派な志を持って火継ぎを成したわけではない」
そう言って、ハベルは兜に手を伸ばし、ゆっくりと外して素顔をさらした。「それはどういう――」と、ソラールはハベルの顔を見た瞬間、それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。
「私も、最初はそうだった。貴公の様に、火継ぎを成して世界を救えるのは2つの鐘を鳴らした自分しかいない・・・そう思っていた。だが、いつしか無意味な死を繰り返し、友と思っていた者に裏切られ、友と思っていた者を殺し続ける内に・・・疲れていったのだ。どんな想いで火継ぎを成したかなど、あまり覚えていない。・・・・・・死にたかったのやもしれぬな。だからなのだろう、貴公とは違い最初の火に『人間性』すら全て捧げてしまったのだな」
ポツリ、ポツリと、ハベルは語っていく。己の最期や過去を思い出したのか、彼の声色に悲壮や絶望を感じ取れた。ソラールが『太陽』なら、ハベルは『暗月』、見る者がいればまさしく対照的に映ったであろう。
「お互い右も左も分からぬ未知の世界へと召喚され、明日も知れぬ身だ。過ぎた馴れ合いは無しといこうじゃないか、貴公」
抱かれ騎士の言葉を借り、ハベルは再び兜を被る。ソラールは終始無言のまま、その場を去って行った。
―――これで良いのだ、これで・・・。
彼の中で少しの悲しみと寂しさが渦巻いたが、もうしばらく風に当たっていれば消えるだろうと、また町並みへと顔を向ける。しかし、またすぐにガシャガシャと背後から鎧の音が聞こえてきた。
「おい貴公、言わなかったか? 過ぎた馴れ合いは―――」
「つべこべ言わずに飲め、貴公。俺は貴公と乾杯がしたいのだ!」
ハベルの言葉を遮り、ソラールは彼の目の前へとジョッキを差し出す。意地でも受け取らねば引っ込まぬその手に、ハベルは渋々といった感じでジョッキを手に取った。
「今の貴公は、食欲は湧かずとも酒を楽しむことはできるだろう? それに俺達不死人だって、他の生きている者達と同じく腹は空くし、夜になれば眠くもなる。太陽や月を見たら綺麗だと思う。つまりは同じなのだ。たかだか死ぬか死なぬかの違いだけだ。もっとも、こっちに篝火があるか分からんから、蘇る時にどうなるかは分からんがな」
ウワッハッハ! とソラールは笑うも、ハベルはただ渡されたジョッキを見つめるばかりだ。
「・・・・・・貴公の殺した『友』に俺も入っていたのだろうか? ・・・まあ、なんだ、実を言うと、俺も心が折れそうだった。ロードランのどこへ行っても、俺の求めていた太陽は無かった。挙げ句の果てに、やっとの思いで見つけたのは、見るに堪えない醜い虫だ。それで絶望していた俺に声を掛けてくれたのは、自分の名すら忘れた不死人だったよ」
その言葉にハッとハベルは反応し、ソラールの方へと身体を向けた。
「・・・貴公・・・・・・」
「だからなんだという話になるが・・・どうにも、身なりは違えど貴公は他人の様な気がしなくてな。だから、放ってはおけんのだ。貴公が“何”であれ、俺は貴公と盃を交わしたい。俺と同じ人間であり、俺と同じく火継ぎを成した貴公と」
「・・・・・・ああ!」
―――つくづく、貴公は太陽の様な男だな。
酒と共に人間性まで貰ったかのような感覚を覚えたハベルは、改めてジョッキをソラールの方へと傾ける。
「そうだ、貴公! せっかくだから乾杯の音頭はカタリナ式でも良いか? カタリナのジークマイヤー殿から教わった素晴らしき音頭なのだが」
「いいや、貴公。それはまた今度にしよう。それよりも、今は貴公の“アレ”で音頭をとりたい」
「おお、“アレ”か。まったく、こちらの世界に来てからというもの、嬉しいことだらけだな!」
そうして不死人達は、お互いの武運を祈り、盃を交わすのであった。
「「太陽万歳!!」」
あの殺伐としたロードランの地で、貴公は間違いなく太陽であった。太陽とは、つまりまったくそれでよいのだ………。