私は昔から個性が無かった。
腕っぷしは弱くはないが、強くもない。
知識には多少の自信があるが、胸を張れる程ではない。
思想は悪ではないが、善でもない。
そんな私は、部下として扱うにはとても便利らしい。
現に毘沙門天様は多くの雑務を私に命じてくださる。
今の任務もその一つ…と言うには、少し個性が強すぎるな。
毘沙門天の代理、寅丸星の部下兼見張り役。
寅丸星は、今は私のご主人様であり、かつ監視対象でもあるという、何とも不思議な関係だ。
彼女を一言で言い表すならば…『光』だ。
その心には一欠片の闇すら存在せず、周りの者全てを照らす存在。
少し天然なところも、彼女の光を増大させる一因になっているだろう。
神の代理をするに足るだけの光が、彼女にはある。
そんな彼女を見ていると、時々思うことがある。
こんな私が部下で、良かったのだろうかと。
彼女は、私には眩しすぎる。
「はい、皆さんお疲れ様でした」
静寂に包まれていた部屋に聖の声が響くと同時に、私の意識は現実に引き戻された。
目を開くが、外の光に眉を顰める
長時間座禅を組んでいた足は、少し動きがぎこちない。
まるで寝起きのような身体を、伸びをして解す。
仏教徒の嗜みである、座禅。
暇潰しに、と始めたものだったが、今ではすっかり考え事の時間になってしまっていた。
「ナズーリン、お疲れ様」
座禅が終わった部屋の片付けをしていると、聖が話しかけてきた。
「ああ、聖。片付けなら私達がやっておくよ」
ちなみにこの場に残っているのは、私と聖、そして一輪の3人だけだ。
他の妖怪や人間は、終わるなりそそくさと外へ出ていってしまった。
あいつらは本当に無我の境地を目指しているのか、甚だ怪しいところだ。
「ありがとう。ナズーリンは本当に優秀な子ね」
私が、じゃなくて他の奴らが出来ていなさすぎるんだと思う。
それと、妖怪なのだから子供扱いはやめてほしい。
「そうですね。それに、今日の座禅だって1回も叩かれなかったし…もう本当に煩悩が無いんじゃない?」
しかし、私が反論するよりも先に一輪が同調した。
同時に、聖の表情が若干曇る。
こいつは、また考えなしに迂闊なことを言って…
「それは違うさ。煩悩があるから、座禅をするんだ。聖だってそうだろう?」
「その通りよ。流石ね、ナズーリン。そこまで仏の心が分かっていながら、なぜ仏門に下ろうとしないの?」
ぐっ、そっちへ繋げてきたか。
私が命蓮寺に居ながらどの宗派にも属していないのは、ちょっとした理由がある。
そもそも私の思想は、どちらかと言えば道教寄りなのだそうだ。
だが道教に入ればご主人と敵対するも同じ。
だからと言って、自分の考え方を曲げてまで仏門に下りたくもない。
そんな葛藤があり、結局無宗教を貫いているのだ。
そしてそれを包み隠さず話してしまえば、要らぬ心配をかけるかもしくは、仏教に洗脳的に勧誘してくるかのどちらかだろう。
つまり、この場は適当にはぐらかさなければいけない。
「いやぁ、これはただの知識だよ。この程度なら、一輪だって分かってるさ。ねぇ、一輪?」
「え゛っ!?も、もちろんですよ聖様!私だってそのくらい分かってますよ?」
とりあえず一輪に振ってみたが、正解だったようだ。
「はぁ…仕方ないわね。とりあえず、一輪の修行は増やしておきます」
「そんな!?」
一輪には悪いが、良い弾避けになってくれた。
「それと、ナズーリン」
そう言うと聖は、私の耳元に顔を近づけた。
「何か悩みがあるのなら、相談してくださいね」
「!!」
「それじゃあ、片付けお願いね」
聖は去っていった。
まるで全てを見透かされているようだった。
宗教のことだけではない。さっきの座禅のときのことまで、全て。
聖は優しく、そして完璧な人間だ。
きっと相談すれば、優しく返してくれるだろう。
だからこそ…聖に相談したくはなかった。
しかし今のやり取りで、無性に誰かに相談したくなってしまった。
優しすぎず、ある程度頭の切れる誰かに。
「なるほどのぉ。それで儂を呼びつけたってことか」
マミゾウはニヤニヤしながらこっちを覗き込んでくる。
「からかわれるのは分かってるさ。でも、マミゾウくらいしかいないんだよ、頭の切れそうなやつが」
命蓮寺の他のメンバーと言えば、ご主人、一輪、村紗、ぬえ…相談したいとは思わない。
「ふむ、からかうかどうかは内容にもよるかのう。ほれ、話してみい」
一瞬、どちらを言うか迷った。
しかし、宗教の方は今のスタイルを貫くとある程度心が決まっている。
もう片方…私の心にずっと潜む、大きな問題について相談することにした。
「なあ、マミゾウは私の個性って何だと思う?」
「普通なところじゃな」
まるで当然、と言うかのように即答した。
「…それは個性が無いって言うんじゃないか?」
「そうかの?こんなに個性的な妖怪が沢山居る中で、『常識』を振りかざせるのはお前さんくらいじゃよ。これはこれで随分と個性的じゃないかえ?」
そう…かもしれない。
私も一度その結論に至ったことがある。
けど…
「ダメだ…それじゃダメなんだよ…!」
「何故じゃ?個性が必要な瞬間なんて、そうそうあるとは思えんが」
確かに、中々無いだろう。
だからこそ、私は今の今までこんなに悩むことはなかった。
だがしかし、現に私は今、個性を欲しているのだ。他人には無い何かを。
何故なら…
「ご主人と、釣り合わないから…」
「釣り合う?寅丸と対等になりたいのか?」
「そうじゃない、けど…」
私とご主人とでは、差がありすぎる。
「私じゃなきゃいけない理由は無い。いつか…捨てられるんじゃないかって…怖いんだ」
…
沈黙。
まるで事実を肯定されたかのように重い空気に、私は顔を上げられなかった。
「お前さんは…」
ようやく口を開いたマミゾウの言葉は…
「相談する相手を間違っておるよ」
私を突き放したようにしか聞こえなかった。
「今は何もせんでいい。そのうち全てを打ち明けたくてたまらなくなるさ。お前さんのご主人にな」
数週間が経った。
結局悩みは解決せず、むしろ更に心に影が差したようにさえ感じた。
『明日にでも見限られるのではないか』とビクビクするようになった。
そんなある日のこと。
「あぁご主人、掃除は終わったよ」
その日は珍しく、掃除なんてものを命じられていた。
昔と同じような雑務。見限られる前兆かと思っていた。
「気分転換になりましたか?」
「は?」
予想外の言葉に少し戸惑う。
「聖が、ナズーリンの様子がおかしいと言っていたので、何か悩んでいるのかな、と」
…
ありがとう、と言うべきだった。言いたかった。
しかしその瞬間、心の底からふつふつと湧き上がってくる何かがあった。
『そのうち全てを打ち明けたくてたまらなくなるさ』
マミゾウの言葉が、今ようやく理解できた。
「気楽でいいよなぁ、ご主人は」
「はい?」
「私がご主人のことで悩んでるのも知らないで、私のことを気遣って…眩しい」
「私の…こと?」
「天然っていうのはずるいよなぁ。人のことにはすぐ首を突っ込むくせに、自分のことになるとまるで関係ないっていうような反応をする」
「ナズーリン…もしかして私のこと、嫌い…でしたか?」
「嫌い?嫌いな訳あるか。むしろ好きだ。大好きだ。だからこそ…ご主人に聞きたい。何で私なんだ?代わりなんていくらでもいるのに、どうして?理由があるなら…教えてほしい」
言い切った。
心の中に詰まっていたもの。言いたかったことを全て言った。
ご主人に、今の私はどう写っているだろうか。
下を向いて、スカートを掴んで、目に涙を貯めた私の姿は。
しばらくして、ご主人は語り始めた。
それは説法を説くような、優しくも力強い口調だった。
「私は、獣でした。妖獣とはいえ、知性が高いとは言えない、獣。そんな私が、毘沙門天様の代理を任されるなど、誰が予想したでしょうか。私は、何よりもまず知性を磨きました。仮にも毘沙門天を名乗る者が、舐められてはいけない、と。人型になれるようになる頃には、人間と差し支えない程度の知性を私は持っていました。その結果、どうなったと思いますか?…何も変わらなかったのです。人間も妖怪も、皆一様に私を『獣のくせに』と罵るのです。あの聖でさえ、初めは私のことを、人間でも妖怪でもなく、『獣』として認識していたのです。でも…あなただけは違いました。あなたは私に対して、『普通』に接してくれたのです。獣だからと嘲ることもなく、部下だからと気を使ったり謙ったりしている訳でもない。あなたにとってのその『普通』は、私にとって唯一無二のものだったのです。ナズーリン、あなたが自分をどう評価していたとしても、私にとってナズーリンはナズーリン、不変でありかけがえのないものなのです。代わりなど…何処に存在するでしょうか」
「ご主人…」
そんな風に、思ってくれていたなんて。
これじゃまるで、怖がっていた私が馬鹿みたいじゃないか。
『私の個性って何だと思う?』『普通なところじゃな』
悔しいけど、マミゾウの言葉は全て正しかった。
「それに、さっきナズーリンが大好きって言ってくれたの、とっても嬉しかったです。私も、ナズーリンのことが大好きですから」
「っ!!」
ずるい…ずるいよ…
そんなこと言われたら…
我慢していた涙が、溢れてしまうじゃないか。
「ごしゅじんっ!!」
私はご主人の胸に飛び込んだ。
その抱擁の優しさは、彼女が私の神様であることを実感させた。